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『ウソツキ』×『【終の防衛戦】』特別協奏編 第零査定「虚飾の硝煙」
放課後の旧校舎地下室に漂っていたはずの、焼き切れたルーター基板の焦げたプラスチック臭は、空間の歪みと共に突如として「硝煙と血錆」の重苦しい死臭へと塗り替えられた。
「——バグ、か。いや、これは『戦区』の侵食だな」
俺、御堂綾の唇から漏れたのは、低く乾いた自嘲だった。相手の呼吸や脈拍からその喉の奥に隠された「嘘」を100%割り出すはずの、俺の網膜の視覚演算システムが、激しいノイズを上げて完全停止している。
胸元のデジタルバッジは、見たこともない禍々しい血の赤色に染まり、エラー音を執拗に明滅させていた。
学園のAIシステムが、外側から引き裂かれるように書き換えられていく。
コンクリートの床を割り、泥と火薬に塗れた『戦域のインフラ』が、物理的にこの空間を侵食してきていた。手元のスマホが狂ったように震え、画面にはカーストのスコアではなく、血塗られたような赤文字が浮かび上がる。
**【システム警告:これより栄華学園第零査定を執行。敗北は『戦死』を意味します】**
「な、何が起きているの……!? この泥臭い匂いは一体……!」
傍らに立つ神代玲奈が、プレッシャーにその綺麗な顔をクシャクシャに歪め、俺の制服の袖に細い指先を突き立てて縋り付いてきた。元・女王の鋭敏な知覚すら、この圧倒的な世界の崩壊を前にして激しく取り乱している。
「イェア!! 面白いじゃねえかフレンド!! どんなバグだろうと、俺の筋肉の打鍵速度で物理的に殴り倒してやるぜ!!」
背後で、身長221センチの巨大な壁——
樽巻拳殴が、融解して白煙を噴き上げるタフブックをデスクに叩きつけ、ギザ歯を剥き出しにして豪快に咆哮した。
その瞬間、彼の周囲の空気が体熱で陽炎のように激しく歪む。だが、その熱量を一瞬で凍りつかせるほどの「本物の戦場の気配」が、旧校舎の重厚な鉄扉の隙間から染み出してきた。
ガシ、ガシ
と冷酷な軍靴の音が地下室に響き渡る。現れたのは、学園の生徒ではない。黒い鉄と蒸気機関を思わせる、無彩色で構成された大帝国の軍服を身に纏い、その刀剣から薄青い硝煙を立ち上らせた兵士たち——
**ヴァルハイト大帝国軍・第零特殊異能連隊特攻部隊。**
「……今日から特攻部隊二等兵として入りました、アース・フェアローレンと言います。よろしくお願いします」
銀髪の少年アースに続き、威圧的なレオナルド・イーサンや、不敵な笑みを浮かべるカイ・クレプシス伍長らが姿を現す。
さらに、保護者のようにフェイ・ティミダ軍曹が背後に立ち塞がり、異能力を持つ特攻部隊が地下室の空気を圧殺していく。
人間の嘘を数値化して支配する『ウソツキ』の狂気と、目の前の敵を蹂躙する『終の防衛戦』の特攻部隊が交差する欺瞞の銃撃戦が幕を開ける。
——本日の観測を終了。世界軸の交わりを確認。これより脱出方法を探すフェーズと入ります。
次回、「虚飾の硝煙2」
ロボットと人間
ちなみに、これは作者本人の許可を得て作られたものです。(ほぼ現場のお遊びみたいなもんだったけど)
「——おい、大丈夫かい? 気がついた?」
低くて、だけどどこか心地よくて優しい男の声が、鼓膜を微かに揺らした。
ナツキ・スバルが重い瞼を押し上げると、視界に飛び込んできたのは、見慣れない真っ白な天井だった。
体を起こそうとした瞬間、強烈な立ちくらみが襲い、スバルは思わず「う、ぐ……」と額を押さえてベッドに倒れ込む。
「無理に動いちゃダメだ。まだ血の巡りが悪いみたいだからね」
すぐ側から聞こえた声に驚き、スバルが視線を向けると、そこに立っていた人物の姿に、思わず言葉を失った。
……うわ、超絶美人……っ!
白衣を着たその人は、白雪姫のように真っ白な肌をしていた。
ベリーショートの金髪は毛先にかけて鮮やかな赤色のグラデーションになっていて、いくつかの毛束がクセ毛らしく跳ねている。端正すぎる顔立ちは、まるで精巧に作られた人形のようだ。
しかし、スバルが息を呑んだのは、その美貌だけが理由ではなかった。
「……あれ? 待て、美人だと思ったけど、声は明らかに男……だよな? っていうか、背、高っ!」
ベッドに横たわるスバルを見下ろすその人物は、ゆうに180センチは超えているであろう、モデルのような高身長だった。
さらに、男らしい骨張った手足や低い声とは裏腹に、白衣の下の胸元には、世間一般で言う「巨」の部類に入るであろう、確かな柔らかい膨らみが主張している。
脳内の処理が追いつかず、スバルが目を丸くしてフリーズしていると、その美人は困ったように、けれど愛らしくふふっと微笑んだ。
「驚かせてごめんね。私は旧量産型タイプA。気軽にA先生とでも呼んでくれたら嬉しいよ。こう見えても、私は医療用ロボットなんだ。性別も『両性』という形でデザインされているから、その……少し、不思議な体型をしているかもしれないね」
「ろ、ロボットォ!? いやいや、待て待て、ロボットって……こんなに人間くさいロボットがいてたまるか!」
スバルは思わずベッドから飛び起きそうになりながら、自分の状況を整理しようと頭をフル回転させる。
ルグニカ王国でもなければ、自分のいた元の世界でもない。ここは、どこか不気味で、それでいて奇妙な静けさに満ちた「保健室」という空間だった。
「ロボット、ねぇ……。いや、確かにそう言われりゃ、なんか作り物じみた完璧すぎる美人だけどさ」
スバルは頭をガシガシと掻きむしりながら、ベッドの上で小さくため息をついた。
異世界で魔女教だの魔獣だのと渡り合ってきたスバルだが、まさか今度は現代風の保健室で「Eカップの両性ロボット先生」に看病される羽目になるとは夢にも思わなかった。
「あ、そうだ。俺はナツキ・スバル。しがない高校生……だったはずなんだけど、なんでか今は中学生の制服を着せられてるっぽいんだよな。なぁ先生、ここって一体どこなんだ?」
「スバルくん、だね。良い名前だ」
A先生は嬉しそうに目を細め、手元にあるカルテのようなものにペンを走らせようとした。だが、その手が不自然にピタリと止まる。
「……あれ? ごめんね、スバルくん。今、君の名前をどう綴るんだったか、一瞬分からなくなっちゃって。カタカナ、だったかな?」
「おう、カタカナでスバルだ。……って、先生、大丈夫か? ロボットなのに物忘れとかあるのかよ」
「ふふ、恥ずかしいんだけどね。私はちょっと古いタイプだから……最近、忘れっぽくて。多分、ギガが足りてないんだと思う」
お茶目に首を傾げるA先生だったが、その表情にはどこか自嘲気味な影があった。
スバルはその様子に、微かな違和感を覚える。ロボットが「ギガが足りない」と冗談めかして言う。それ自体はコミカルだが、この保健室の、いや、この学校全体の空気がどうにも冷ややかで、どこか狂っているような気がしてならなかった。
窓の外に目をやると、校庭では体育の授業らしきものが行われているが、聞こえてくるのは「ピッ、ピッ」という機械的な電子音と、ひたすらシャトルランを繰り返す生徒たちの足音だけだ。楽しげな話し声は一切聞こえてこない。
「なぁ、A先生。この学校って、なんかおかしくねぇか? 先生たちも、生徒も、なんかこう……」
「——言っちゃダメだ」
「うおっ!?」
次の瞬間、目の前に影が差したかと思うと、スバルの唇に柔らかく、けれど力強い感触が押し当てられた。
A先生の手だ。182センチの長身から伸ばされた大きな、けれど骨張った男らしい手が、スバルの口元を完全に塞いでいた。
驚いて目を見開くスバルの至近距離に、A先生の端正な顔がある。毛先が赤い金髪が、スバルの頬にカサリと触れた。
「……校長は、いつ会話を聞いているか分からないから。この学校の教師について、何か変だと感じることがあっても、絶対に口に出してはダメだ……」
その声は、先ほどまでの穏やかなものとは一変し、ひどく切迫していた。
A先生の綺麗な瞳が、ほんの一瞬だけ、警告を告げるかのようにパチバチと赤く発光したのを、スバルは間近で確かに目撃した。
スバルの口を塞ぐA先生の指先は、ロボットの体温調節機能のせいか、人間よりも少しだけ高めの熱を持っていた。
至近距離で見つめ合う中、スバルはトクン、と自分の心臓が跳ねるのを感じる。
しばらくして、A先生は「……驚かせてごめんね」と静かに手を引いた。
「大丈夫かよ、先生。目が赤く光ってたぞ。……それに、校長が聞いてるって、マジなのか?」
スバルが声を潜めて尋ねると、A先生はベッドの脇にある丸椅子に腰掛け、力なく微笑んだ。
「私はただの養護教諭だから、難しいことは分からないんだ。でもね、前にも似たようなことがあった気がする。……昔、この学校で問題を起こして、私は一度『初期化』されたらしいんだ。だから、今の私には半年前からの記憶しかない。それより前のことは、何ひとつ……」
寂しげにまつ毛を伏せるA先生の姿は、182センチの巨躯を感じさせないほどに儚げだった。
美人で、優しくて、誰からも人気がある保健室の先生。だけどその実態は、いつ記憶を消されるか分からない、システムの限界に怯える哀れな人形。
スバルは、胸の奥がキリキリと痛むのを自覚した。
これまで数々の絶望を見てきたスバルだからこそ、目の前の美しいロボットが抱える孤独を、どうしても放っておけなかった。
「半年前、ねぇ……。じゃあさ、先生。もし今度また初期化されたら、お前は俺のことも忘れちまうのか?」
「……おそらくね。カルテのデータは残せても、私のシステムが君を『特別な人』だと認識していた記憶は、すべて消えてしまう」
A先生は、自分の胸元にそっと手を当てた。
「おかしいよね。ロボットの私に、特定の個体に対して胸が苦しくなるようなプログラムは組まれていないはずなのに。……スバルくん、私は君を忘れたくないな」
その言葉は、悲痛な告白のようだった。
記憶の容量が足りない。いつ消えるか分からない。そんな絶望的なエラーを前に、スバルはベッドから床に足を下ろし、A先生の正面に立った。
そして、その大きくて骨張った、だけど温かい両手を、自分の両手でぎゅっと力強く握りしめた。
「だったら、心配すんじゃねぇよ!」
「スバルくん……?」
「お前が忘れたって、俺の記憶の容量は有り余ってんだよ! お前が俺の名前を忘れたら、何度だって俺が『ナツキ・スバルだ!』って教えてやる。お前が自分の名前を忘れたら、俺が『お前は最高に綺麗で優しいA先生だ!』って叫んでやるよ!」
スバルは真っ直ぐに、A先生の綺麗な瞳を見つめ返した。
「ロボットのプログラムがなんだよ。消されたら、また一から上書きすりゃいい。お前のギガが足りないなら、俺がお前の分まで全部覚えておいてやるから、安心しろ!」
泥臭くて、けれど圧倒的に前を向くスバルの言葉。
その瞬間、バチバチッ、と保健室の空気に一際大きな電子音が響いた。A先生の瞳が激しく赤色に明滅する。システムが、想定外のエラー——
すなわち、プログラムにない『愛情』というバグを検出した証拠だった。
けれど、A先生はそのエラーを拒絶しなかった。
赤く光る瞳のまま、A先生の目から、一筋の透明な液体が零れ落ちる。ロボットのはずなのに、それはまるで、人間の涙のようだった。
「あぁ……本当に、君は不思議な子だね、スバルくん……」
A先生は、握られていた手をそっと解くと、そのまま長い腕を伸ばしてスバルの小さな体を強く抱きしめた。
白衣の奥にある、豊かな胸の柔らかさと、ロボットが作り出す確かな温もりがスバルを包み込む。
「私のシステムが壊れても、君のこの温かさだけは、回路の底に焼き付けておくよ」
「あぁ、そうしてくれ。……っていうか先生、抱きしめられると、やっぱりその、お前の胸がめちゃくちゃ当たって……色んな意味で心臓に悪いんだけど!」
「ふふ、照れてるスバルくんも可愛いね」
耳元で囁くA先生の声は、もう怯えてなどいなかった。
不気味で異常な淡本中学校の、その片隅にある小さな保健室で。二人は静かに、けれど絶対に消えない約束を交わすように、お互いの体温を確かめ合うのだった。
最強と最凶
——世界が、一瞬で反転した。
つい先刻まで所属する帝国軍の陣地にいたはずのカイ・クレプシスは、気づけば見知らぬ広大な平原の真ん中に立っていた。大気の匂いも、満ちている魔力の質もまるで違う。
「おやおや……これは噂に聞く『次元転移』ってやつかな? 参ったね、迷子になっちゃった」
いつもの糸目笑顔を浮かべ、カイは飄々と頭を掻く。
だが、事態は呑気なものではなかった。突然の強制転移の衝撃により、カイの体内で眠る強大すぎる氷の魔力が、彼の意志から離れて微かに「暴走」を始めていたのだ。
カイの足元から、禍々しい黒白色の氷が、凄まじい速度で周囲の平原へと伝播していく。
触れた大地がサラサラと消滅し、空間そのものが削り取られていく。このまま暴走が続けば、数キロ先にある都市ごと、世界の理が消えてなくなる。カイ自身には攻撃の意志は一切ない。ただ、そこに立っているだけで世界を滅ぼす「歩く天災」と化していた。
その破壊の波が、一人の青年の前でピタリと止まった。
燃えるような赤髪に、透き通るような青い瞳。白い騎士服を纏った、ルグニカ王国が誇る最強の象徴――剣聖ラインハルト・ヴァン・アストレア。
「——そこまでだ」
ラインハルトの瞳には、かつてないほどの警戒と、それ以上の痛ましさが宿っていた。
彼が持つ『嘘を見抜く加護』や数多の加護が、目の前の「糸目の男」に悪意や攻撃の意志が一切ないことを告げている。男はただ、困ったように笑っているだけだ。
だが、その足元から広がる氷は、世界のすべてを消し去る明確な「世界の敵」だった。
「あなたに戦う意志がないことは分かっている。でも、その力を止めなければ、この先にある街の人々が消え去ってしまう。……人々の命を護るため、僕はあなたを止めなければならない!」
ラインハルトが正義のために、そして人々を救うという最もな大義のために、その腰にある龍剣『レイド』の柄に手をかける。
剣聖の強大すぎる器に応じ、世界の理が龍剣の抜剣を許可した。キィィンと、大気を震わせる神聖な音が響く。
それを見たカイは、ふっと糸目笑顔を消した。
剥き出しになった、酷く冷徹で、濁りきった「素」の瞳。
「僕が望んでこの力を持って生まれたとでも? 望んでここに降ってきたとでも思ったのかい。世界に愛され、望むままの『加護』を与えられてヒーローやってるお前なんかにさ……触れるものすべてを消し去り、誰の目にも映らない化け物として生きていくしかない僕の気持ちなんて、1ミリも理解できるわけがないだろう」
「……それでも、僕は誰も死なせたくない!」
刹那、ラインハルトが踏み込んだ。
光速をも超える一閃。放たれた剣圧は空間を裂き、世界そのものを再構築するほどの絶対的な破壊の光となってカイへと殺到する。
——だが、カイは一歩も動かない。ただ、自身の周囲に極薄の氷を一枚、音もなく張っただけだ。
「——無駄だよ」
直撃したはずの剣聖の一撃が、カイの展開した薄氷の壁に触れた瞬間、すべての威力を吸い取られて霧のように消え失せた。
世界最強の剣聖の攻撃が、完全に無効化される。その理不尽な光景に、さしものラインハルトも微かに目を見張った。
「アハハ、すごいね剣聖様! でも、僕の仮面を剥ぎ取ろうなんて、100年早いんだよ」
カイは再び狂気的な糸目笑顔を顔面に貼り付け、その姿をふっと空気の中に消し去る。気配も、魔力も、因果すらも消えた完全な虚無。
ラインハルトの『気配を察知する加護』すらも何も捉えられずに虚空を掴む。死角――いや、どこでもない「空間そのもの」から、絶対的な死の気配が爆発した。
パキパキパキ、と大気が凍りつく音が四方八方から同時に響く。
カイが姿を消したまま展開した、氷の棘がラインハルトを包み込み、一斉に殺到する。
「ハァッ——!」
ラインハルトは龍剣『レイド』を凄まじい速度で一閃させた。
迫り来る氷の茨をことごとく粉砕する。だが、砕け散った氷の破片がラインハルトの頬をかすめた瞬間、世界がラインハルトのピンチを察知した。
——っ、『必中の加護』……!
世界が剣聖に、新たな最強のチートを授けた。放った攻撃が、どんな遮蔽も隠密も無視して、必ず「標的」に命中する絶対の加護。
ラインハルトがその神速の刃を、不可視の虚空へと向けて振り抜く。世界のルールが「ラインハルトの勝ち」を確定させた瞬間。
——しかし、カイ・クレプシスという男の恐ろしさは、そこからだった。
ガキンッ、と、ラインハルトの刃が「虚空の何か」に物理的に弾かれた。
姿を現したカイは、最初から避ける気などさらさらないように、ラインハルトの剣の軌道上に、ピンチの瞬間にだけ『攻撃無効化の氷』をピンポイントで合わせていたのだ。
「『必ず当たる』なら、大人しく当たってあげるよ。……でもさ、当たった攻撃の威力が『ゼロ』になるなら、それは当たっていないのと同じだよねぇ?」
糸目を細め、歪んだ愉悦を浮かべるカイ。
彼は最初から、ラインハルトとまともに切り結ぶ気など毛頭なかった。
飄々と毒舌を吐き、糸目笑顔で相手を挑発しながら、ラインハルトの『加護の予測』をあえて自分の肉体の動きだけに集中させ、思考の死角となった足元に、最低限の魔力で氷のラインを結んでいた。
ラインハルトの全力を込めた踏み込みのエネルギーは、地面の氷に触れた瞬間、すべて無効化されている。どれほど最強の脚力を持っていようとも、地面を蹴る力がゼロになれば、一歩も前に進めない。
カイの軍人歴13年、29個の前科。それは、彼がルミナス聖教皇国をはじめとする数々の国家を、武力だけでなく「完璧な策略と、人間の心理の隙を突く頭脳」によって破滅に追い込んってきた証拠だった。
相手の勝ち確定のチート(加護)が発動することすら計算に入れて、最初から「ハメ殺す」ための盤面(チェス)を構築する。それがカイの真骨頂。
「本当に、底が知れないな、君は」
ラインハルトの額に、冷たい汗が伝う。
目の前にいる男は、ただ強いだけではない。こちらの「正しさ」や「強さ」をすべて理解した上で、その裏をかくためだけに、世界で最も冷徹に頭脳を回転させている。
だが、二人の怪物が交わしたエネルギーの残滓により、空間の臨界点はとうに突破していた。
カイの足元に、元の世界へと引き戻す次元の亀裂が完全に開く。
「おっと、チェックメイトの前にタイムアップだ。残念だねぇ」
カイはふっと仕込み刃を収め、いつもの飄々とした糸目笑顔に戻る。
この異世界への転移から、ラインハルトとの遭遇、そして今この瞬間に至るまで、すべてはカイの頭脳の中で「無傷で生き残るための生存戦略」として処理されていた。
「じゃあね、眩しすぎる剣聖様。君とのチェスは楽しかったよ」
亀裂に呑み込まれ、姿が消え去る直前。
カイは仮面の奥の、濁りきった「素」の瞳でラインハルトを見下ろし、その圧倒的な頭脳の底知れなさを残したまま、不気味に笑って消え去った。
後に残されたのは、完璧にその頭脳で立ち回られ、一太刀も浴びせられなかった無敗の剣聖ラインハルトだけだった。