現行のもの。
※時折過去に書いた小説の振り返りなどを書いていくかも。
※鍵がついている物は各ページのまえがきに書いてあります。
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2025/12/XX 心象風景
約6500文字。
心象風景(Wikipedia):
現実の外部世界に実在する景色ではなく、人間の心の中に思い描かれたり、記憶や感情として刻み込まれた風景のこと。現実には存在し得ない架空の光景が脳裏に浮かぶ場合もこれに含まれ、個人の主観的な経験、記憶、およびその時々の感情が色濃く反映される点が特徴である。
暇だったので、国語便覧を眺めていた。
ポケットをたたくとビスケットが割れて出てくるように、何かしらのページを目で叩いてみるとインスピレーションがあるような気がした。
その時は、現代文によく使われている評論キーワードを見ていた。学生時代では、よく試験範囲でしれっと書かれる代物だ。このページからこのページまで出ます、頑張れ。そんなページ番号を割り当てられるように、用語がズラリと並んでいる。
整然とした文字で出来た数列をみて、当時はぐえっと思ったのだ。今はそんなことにはならない。お酒を飲んで、二日酔いにならなければ、ぐえっとならないことに、なんだか頭がヤラれたような感じがする。
恣意的、自家撞着、自我……と続いて、自己肯定感とあった。
その人は、「自己肯定感」という単語について、何やら訝し気な目線をしていた。自己肯定って何なんだよ、って数年ほど前から思っていた。学生時代では、こんな単語はお見掛けしなかった。AIに意味を聞いたこともあったが、しっくりこない。何なんだろうな、と梶井基次郎の『檸檬』の冒頭のくだりのように、『私の心を始終|圧《おさ》えつけていた』のだった。
こう書いてある。
自己肯定感:自分のあり方を認める感覚。自信。
「なんだ、自信じゃねーかよ」
と、勢い任せに便覧を閉じてしまった。
とても単純で、その二文字のために誰かが余計な類義語を作ったことに腹を立てたのだ。
---
「自分を信じる」と書いて自信と書く。
しかし、今の日本社会では、自分を信じることができない人たちが多すぎる。というより、信じるって何? だと思う。信じたら終わり、とも思っていそうだ。
無神論者が、不確定で不定形で見えない何かを信じることができるのか?
その一般的な例が「自分」で、その中に詰まったアメーバ的な液体が内側を満たしている。液体の名は意味。
その意味を信じられるのか。
自分を形作り、自分のあり方を決定する証拠は、見えない何か。空気のように、吸って吐いて吸って吐いて。その見えない何かを無理やり見える化して、言語化して。それがごまかしだと分かると一気に自分が信じられなくなる。
だから、肯定しよう。
自身に自信を持つのではなく、『肯定』しよう。
見えない何かがあると存在することを認めるために、神は存在するのではなく、自分の存在を肯定しよう。
そんな感じで『自己肯定』という言葉がまかり通っている。なんだかこの言葉を見ると、回りくどいことをしているなと、最近思うようになった。
コップに水を注ぐことに意味があるのか。飲むならラッパ飲みをすればいいじゃないか。
なのに。どうして回りくどいことをする?
鏡の中の自分を自分と思い込んでいる。思い込まされている。鏡が『肯定』を意味していて、鏡に映った姿が目に入ったものが『自己肯定』……だが、それでいいのだろうか? それじゃあ、いつまでたっても自分が見えないままだ。
そのことへの言及について、この言葉は放棄し続けているような気がする。きっと見えるもの、見えないもの、色々なものが複合的に混じりあって、それらを含めて「自分を信じる」ということなのだ。
なのに、言語化されていないものを肯定しろというのか?
修学旅行で神社仏閣を巡るのは、こういうことなのかもしれない。そこに無理やりにでも不登校を行かせようとする働きがあるのも、これが理由の一つなのかもしれない。見えない何かに惹きつけられる、磁力のようなシンパシー。それが信じるということだ。
……ただ、このような余裕綽綽とした文章は、あくまで理性的な脳であるからこのように思えるのであって、感情的または精神的な不健康に脅かされた頭では、このような左脳的思考では全く歯が立たない、ということが実感できたことがあった。
---
X月上旬、その人は混乱期にあった。
正確に言えば、その人の頭の中が混乱期にあった。
どうしてなのかはセンシティブな情報で、開示請求されても開示できない。そう否認できるものだった。
それは職場での話であって、人間関係に関与するもので、その人自身には問題がないもので、相手は韓国人で、その人間がこの世のものとは思えないほど日本語の意思疎通ができなくて、その人自身に不備があって。
ともかく、少なくとも五人の人間が「こいつはおかしい」と証言するくらい強烈なものだった。
その人は、当事者だった。当然、被害者側である。韓国人ではないからである。
その人は、その外国人からの衝撃を7か月以上まともに喰らっていた。今は、七割くらいの感情が切り離された状態にいる。
あの余波は、頭の中にまで影響を及ぼし、台風の暴風域で憮然と立ち尽くすほどだった。鏡の中の自分が、風や雨で濡れて見えない。ぼやけていた。水という無害なはずの液体に、自分が溶けていくような。一粒一粒が雨に流され、風に揺れて、鏡に幻影的な亀裂を催していた。そんな不定形さに怯懦した。
「想像上の不安」という代物に頭をもっていかれていた。心理学の用語だ。まだ起こっていない未来の出来事、現実には起こり得ない状況。それらをわたあめのように膨らませていって、「杞憂だと思えない」と勝手に判断して、緊張していた。
それで、一時間か二時間後には、杞憂だとハタと思う。
周りを見渡せば何も起こっていない。その人の行動も何も起こっていない。その人の頭の中だけが昼夜逆転していた。勝手に、異世界に転移していって、仮想世界で冒険している。それがハタと気づく。そんなものだった。
その人の傾向として、不安になるとすぐ情報を集めたがる。
ネット情報に頼ろうとするのだ。ゴミ収集車のように、十本の指は情報の集積をする、集約をする。だが、目的地がない。十台のゴミ収集車が向かう先はいつも脳内だ。
自分の考えがぼやけている状態なので、集約した情報を取捨選択しないのだ。それで頭が混乱して、情報過多になって……。
ある種、パニック障害のなりかけだったのだろう。
きっかけは、ネット情報だった。
心理学の延長線上のブログだった。いっぱしのSNSの論客なのかよくわからないが、心理学系のオンラインカウンセラーと名乗っていた。
そのブログにて、パーソナリティ障害というものを見かけてしまった。それで何の気なしに調べ始めた。自己診断の、素人が作ったようなチェックリストにアクセスして、それで、それで……。
そんな頭では、極端なことでも正常だと思えてしまうものだ。自己愛性、境界性だと判断されるや、それらの特徴に、すべて当てはまっていると感じられた。
そこから、三日間。かなりの記憶がなかった。
その週の土曜日、主治医にそのことをぶつけてみた。
主治医はきっぱりとしたものだった。
「あなたは、パーソナリティではない。それっぽく見えているだけで、一時的にそうなっているように見えるだけ。混乱しているだけ」
これを聞いて、「そうか」と心の中で呟いた。
そうか。その人は混乱しているだけなのか。
混乱して、不安になって、情報を集めて。それで情報過多になっていることに気づいていなかった。そうか。
これだけ主治医と長い通院歴を積み上げているのだから、主治医の見方は合っているだろう。
相手が自己愛的なタイプで、その人はその余波を受けてただ混乱している状態なのか。
「二次障害でパーソナリティ、というのもあり得ませんか?」その人は念押しした。
「あり得ない」と主治医は断言した。
「あなたが思っているより、『本物』はもっとすごいレベルだよ」
---
クリニックから帰宅した。
自宅。混乱期であったメモ帳の一部を即座に破り捨てた。
A5サイズ、表紙は青、黒いぐるぐるのスパイラルリング。そのメモ帳からビリリッと切り破ってゴミ箱に捨てた。
無断の断捨離で、「想像上の不安」の詳細が記されていた聖書が、単なる文字になった。ごみ箱に捨てられると、即座に記憶から消去された。快感。
それで、混乱中に、無自覚に断定したものに対して、その人は一旦「待った!」をかけた。
断定から推定へ戻す。その時間軸の過程で、その人は50個以上も気づきを得ては、オフトゥンで卒倒する心持ちになった。自分はなんて馬鹿だったのだろう。力が入らない。
その気づきたちは、メモ帳に書く気にならなかった。認識だけ変われば、それでよかった。重要な何かであれば、再び気づくだろう。今は混乱期だ。そう感じた。そう思った。
部屋にいたしろたんをやさしく抱いて、夜の寂しさを慰めてもらった。
その日をやさしく振り返る。
メモ帳には、こんな記載があった。
「人は、時々1日が24時間であることを忘れてしまう。『24時間しかない』、『24時間もある』。そうやって24時間であることに過度な意味づけを行い、1日を理想化してしまう。1日を理想化して、その中で過ごす自分も引きずられて、「理想化」してしまう。そうすると、自分は苦しい。
等身大の1日に戻そう。等身大の自分に戻そう。誤字脱字を許そう。許せる自分に戻そう。あせらなくていい。ゾウガメみたいにゆっくりと。今を動かそう。」
---
とはいえ、混乱期を抜け出すには、それなりの時間を要した。その当時の気分はジェットコースターなアップダウンがあって、躁と鬱がごちゃまぜになっていた。二時間で気持ちが一周してしまう。不安定な不安が五里霧中的に設計してあって、安全性が確保されないまま気分が乗車しっぱなしだった。
混乱期というか混沌期というか。
ひどい時は30分もたてば気持ちが一周してしまうこともあった。
だが、その人自身は冷静でいた。今はジェットコースターに乗っている。その事実さえわかれば、一時的な混乱だとわかる。いっそ気分の波がもっと短くなって、メビウスの輪のように表裏一体の円になってくれたほうが都合がよかった。思考がぐるぐるのネガティブのパーになるようであれば、いっそWindowsのマウスポインターになれ。ぐるぐるしろ。デスクトップPCのコントロールパネルの、一つのアイコンのもとにうずくまれ。そっちのほうがワンクリック操作でアクセスできて、とてもとても良い。
原因は、まあ分かっていた。
鏡が割られていた。頭の中の話だ。鏡が割られ、鏡の中の自分が見えないことが所以だった。いつのまにかハンマーでたたき割ったようだ。自己肯定のやり方を忘却した。防衛機制の一種だろう。
自分がやりました、と自分で自首をしたい心持ちだった。まあ、過ぎたことは仕方がない。あたまのなかが混乱期なのだから。
だから、鏡に代わる何かを見つけて、今の自分が見えれば、それでいいのだ。
そして、混乱のエネルギーである衝動性さえ何とかすれば、自分を回すだけのコーヒーカップの停止スイッチがどこか分かるはず。極端な認知のゆがみ、思考のゆがみ、完璧主義的考え方。すべて収まる。そう考えた。
ネットで様々な方法をメモ帳に書き留めた。
精神医学、心理学、社会論理、群集心理、SNS心理……。思いつく限りのことをネットにぶつけ、判断を仰いだ。
あれではない、これではない。
試行錯誤する、学習する。
その感覚が、気晴らしになった。
思えば、その人は左脳的な考えばかり検索し、検討を重ねていた。それがちょっと、堂々巡りになっていた。自問自答をして、深堀りしなくていいところを深堀りしていく。それがちょっといけなかった。
どの辺で思考が空転していることに気づいたのだろう。
ネット検索してばかり、それを書き留めているばかり。はっと気づいた。
ネットの中に、答えはないことに。
左脳的な考えばかり。言語化された考えばかり。そんなこと、ないんだ。そうか。
左でダメなら、右だ。
右脳的な情報処理……イメージ、イメージ……。
それで、心象風景を喚び起こした。
その人は筆をおいて、目を閉じた。
そして、座禅を組むように、場面を想像することにした。
何も見えない。
だから、難しいことは、放棄することにした。
心の領土、形、輪郭……
「自己肯定の民」をそこに置いてみた。何ということはない。小さいしろたんをそこに住まわせてみた。
最初に出てきたのは、あまりにも自然的な風景だった。
前景には草原があり、後ろには滝と滝つぼがあった。作り物めいた空があり、綺麗な虹がかかっていた。
それが、三秒ほど上映されると、次の場面に切り替わる。
それは「混乱の渦」と呼ばれるにふさわしい砂漠地帯だった。
全景が大きな流砂でできた蟻地獄で出来ていた。その周りに砂丘の崩れる砂が飲み込まれていく。中にはかつて石の遺跡があったらしい建物のかけらがそこに置かれてあって、蟻地獄を丸のみするような黒い砂嵐が、降臨しているのである。
それに対して、前景には「自己肯定の民」がいた。しろたんたちは小さめな身体をさらに小さくしていて、その光景をかろうじて残った石の祭壇の陰にて、怯えて暮らしているのである。
そして、先住民たんは、長老たちの話を聞かせてやっている。
「これは、神の怒りなのだ」
声としては聞こえない。けれど、「自己肯定の民」の低姿勢のままぺたんと、強い風によってちょっと押しつぶされているような感じになって、「それでも寄り添うよ」と言っているような気がした。
神というのは、その人のことであろう。その人の頭のなかはこうやって想像しているのである。心の領土、形、輪郭は、こうやって外部から来た「黒い嵐」によって乱されているのである。
そうやって、再び心象風景が立ち上がった。
「自己肯定の民」たちが集まる構図だった。砂漠地帯であることは確かだが、そこには先ほどのような「混乱の渦」はなく、平坦だった。
横切るように、または遠くへ楕円して遠ざかるように。トロッコの線路が引かれてあった。その線路上をトロッコが載せられていて、しゅぽぽと蒸気機関車が近づいていくようになっていた。乗客は「自己肯定の民」つまり白いアザラシである。どうやら世界各地から散らばった「自己肯定の民」が集まって、集会が開かれようとしていたのである。
それが十秒ほど経つと、再び心象風景が立ち上がった。
それはたくさん集まった「自己肯定の民」が、「混乱の渦」の前で集まって祈念していた。扇形を逆向きに置いた構図で、下側のほうが扇子の弧を描く。最も危ない地点には、先住民たんや長老たんが|要《い》るのだろう。それで「黒い砂嵐」は時間経過とともに徐々に収まっていく……には時間がかかるということを暗示していた。
「寄り添ってあげよう。逃げないであげよう」
「神の怒りはこちらに向いていない」
「だから……」
映像的なノイズが走る。ホワイトノイズが無音声のまま描かれ、逡巡もなしに立ち消える。そして最後の場面になった。
それは黒い嵐が去り、流砂であったところには大きな社が出現していた。まるでパルテノン神殿のような荘厳さがその中から掘り起こされていた。隠されていたのだろう。そこに、先住民たんと長老たんはいて、他の者たちは中央にある蟻地獄だったところを避けるようにして、輪になっている。いや、輪になって並んでいるのである。遠景のトロッコの駅舎に向かうように、長蛇の列を作っていた。
先頭の列は、ごった返している。インド人の通勤風景のように、重なり合っているのかもしれない。黒く塗りつぶされていて、けれども白くなっていて。白黒写真になってトロッコを待っているようだ。
デ・キリコの絵のように、歪んだ遠近感であって、しかし、それゆえに中央の神殿について、白い彫刻が立っているように見える。『イタリア広場』シリーズ……どこか、そんな感じがする。
それで、肝心のその人の混乱は一時的に止んだ。
それで、「あれは何だったのだろう」と思いつつ、紙のメモ帳を取り出した。短く三つ書く。
「僕≠僕」
「スピニングダンサー」
「独創と天啓」
脳内にあった鏡は元通りになっている。ちゃんと「α」と書かれている。……安堵した。
・独創と天啓(あとがき参照)
https://www.tanpen.net/novel/f3fbd46e-b3a2-4340-95b2-54b70a0afe48/
しろたんに戻れ
約2400文字。短カフェ振り返りエッセイ。
Googleブラウザを起動したら、Geminiが標準装備されていた。
「Geminiに相談」というボタンをポチってすると、右側にチャットボットが出てくる。そこで、現在開いているぺージを読み込んで、読み取ってくれるというものだ。
試しにユザぺと備忘録メモを読み込ませたら、おべんちゃらなことが書いてあった。文章力が高く客観的な思考を持つと同時に繊細でなんちゃらだと書いてあった。
テキトーな抽象、後半はおそらくいい感じの具体を出力している。東野圭吾の『名探偵の掟』の天下一大五郎の書き出しを思い出す。
頭脳明晰、才気煥発、才色兼備、あとなんだっけ、……忘れた。
試しに「ワイのコメントブロック基準」を読み込ませたら、かなり過緊張気味な思考をしていると罵られた。え、これで……? これで一応マイルドな内容にして、薄味にしたのだが、AIによれば論理武装しすぎだからマイルドじゃないと? じゃあ改訂前の奴は、どうだったんだろう。ヤバかったんだろうな……。ふーむ、考え込んでしまう。
試しに「濁流出港」を読み込ませてみた。……ふむ、順当だった。壊れていないようだ。たぶんネットスラングの言葉を「極めて意味の曖昧な言葉」として取り扱ったようだ。それで取り乱したみたいな印象。
そんな感じでAIで遊ぼう的な物は終わった。
さて、不便に戻ろう。
今の時代は便利すぎて頭がイヤイヤ期に入っている。これ以上は良くないな、便利すぎて。すぐに飽きたほうがいい。
所詮二次創作の世界なのかも。
原点を求めることには際限がない。
面白いものを求めたほうがいいらしい。
~ここまでが理屈をこねているターン~
ここから本音……
ふええ……明日不安だよ~。
コミュニケーション全般が苦手だからって、かっこつけたいみたい。
「天才は状態」だって森博嗣は言っているから。どういう意味なの……? 面白い|謎《戯言》を吐くな。
過去のCBTを読んだ。
5/2X頃の奴。「その不安は持ってよし!」「自分を守るための不安」と。
さすがは数日前の僕だ。洞察力たけー。参考になる―。
もしかして、AIは森博嗣が残した謎とき道具だと思えばいいのでは?
抽象的な表現ばかり言っていて、読者が勝手に意味を付け加えていって、それが反発して認知のゆがみを促進させている。
「過度の一般化」「感情的決めつけ」などの考え方の癖が合わさって「拡大解釈」が起きて、自己評価が高くなりすぎるのである。それがアドラー心理学二次創作の罠である。これについてはまた今度。__初見殺し過ぎるわこんなの。__
だから、天才は状態なのである。
一瞬しか訪れないというのは、ドーパミンによる盛大な勘違いなのである。あの状態は持続時間はせいぜい4時間くらいなのである。時間経過で醒める夢、不安の反動、ふええ……しろたんー。しろたんが一番ー! むぎゅう。
そういうわけである。
この通り「自分は天才なのだ」と思い違いをしている|僕《バカ》は、不安がくると自分は天才ではないと自覚する。バカでかい「バカの壁」。それに阻まれる。天才という妄想、すなわち「妄想という妄想」をしているのである。
だから、この通りすぐさましろたんの下敷きになって、
「あ~、しろたんの壁には勝てな〜い。溶けるぅ」
と時間を捧げるのが一番いいに決まっているのだが、職場ではしろたんがいない。寝そべっていない。福利厚生として10匹くらいはいてもいいのに。その盤石な安心感が見えない。だからムダな妄想して、暇をつぶして不安がっている。イライラもしてしまう。その原因は、しろたんがいないからである。
……HSP? たしかにその性質はあるかもしれないが、過去の事象についてはしろたんが解決してくれたぞ。心象風景にしろたんを歩かせれば、何とかなりました。過去の僕からのお墨付き!
それでも不安になってしまう時がある。しかしながら、しろたんがいない時のために用意しているセルフケアがあるじゃないか。
ペンを取り、紙に書く。さらさらと上記のような考え事をアウトプットして、紙に書きだして。あ、これ「理屈」だ。となったそのあとに、線を引く。
それで、本音をポロッと書いてしまうのだ。そして、ペンを置き、自分の身体をヾ(・ω・*)なでなで、とする。
ホッとする。
コーヒー飲も。ついでに短カフェやろ。
こうなる。
~本音終わり~
---
本音と言いつつ、理屈も混じっているから面白い。
そういえば、「比喩に火を放つ」執筆中にAIに読み込ませたことがある。その時は「いやこれじゃ読者にはよくわからん。書き直せ」とGrokに怒られて何度も書き直した記憶がある。
だが、毎回書き直すとまた「ここがダメ、あれがダメ」などと言われて、最終的に堂々巡りじゃねえかって無視した記憶がある。その部分が「無言の帰宅」のところである。これだけだと分からんから、「無言の帰宅」のエピソードだけでなくSNSの描写を入れておけ、「1800冊」の奴を入れておけ、とせがまれて、もうとなったのである。前半のエッセイと有機的に繋がらないからだ、と……そんなことをおっしゃっていたので、その部分も入れておけ、となったのである。
AIに書き直せと言われ続けてもなお書き直さなかった部分がある。
それは終盤の「民主主義、社会主義、平等、自由~抽象的な概念は、往々にして美しい比喩をもたらすが、一方で絶対的な意味を求め歩く群衆を熱狂させる」のセンテンスである。この部分は直せなかった。直す必要がない。そう思えた。Grokはこの部分が抽象的過ぎて意味わからんなどと当時は言っていた。でも、今は絶賛している。すなわち、生み出す瞬間を知らぬ存ぜぬのハレーションなのである。
SNSで森博嗣信者を見かけた。だいぶ過去の奴の呟きである。
創作に関してはその通りだと思っている、らしい。
つまりまとめると、世の中わからないものだらけだけど、面白いものを求めたほうがいい。それはAIにはわかるまい。人間の指先からそれらが生まれるのだ。でも、不便に宿るのであり、便利には宿らない。
ペンを持ち、紙に書く。
今のところはそれに気づけただけでよし。……落ち着けたかい?
しろたんやAIに相談したっていいんだよ〜。
というか、なんで「比喩に火を放つ」がGoogleにサジェストされるの?
よくわかんないんだけど。群集心理だからか?
むしろ「濁流出港」を出せ。
比喩に火を放つ
https://tanpen.net/novel/fbe88612-9221-459e-bd5e-eb09d6a632cd/
濁流出港
https://tanpen.net/novel/13fd7925-d02b-403c-8ec1-072ecd2b3836/
当たり前という金砂
約6500文字
喫煙所は、社内にはない。
都内では社会規模にて禁煙にしてやろうという空気が蔓延しており、社内もまたそれに準じた。スモーキングルームだったところには自販機が置かれ、吸い殻入れは撤去。代わりにペットボトルの回収ボックスと、ペットボトルキャップの回収ボックスが設置された。
久しぶりに階段で降りようか、と彼は思っていた。
階段室の扉を開けた。一歩そこに踏み出すと、後ろのドアはばたんと音を立てて閉じられた。目の前には階段が。どこにでもある、何の変哲のない階段。縦に広げれば蛇腹のようになる階段だ。
7階、6階、5階……と踊り場にてベクトルがターンする。
階段の隙間より、人が佇んでいた。5階の踊り場だ。社用のスマホを耳元に当て、話し込んでいる。
「はい……はい、そうですね。そうしますと、はい、ええ、はい……」
と相槌だらけで内容は不明だが、おそらく営業的な打ち合わせだろう。すれ違った。見知らぬ待ち人の声は遠ざかっていく。
職場でも電話はできるが、内密な話なのだろうか。あるいは、相手の声を気にしての配慮か。一人になる時間を得るためか。密閉した空間に佇みたかったのか。
そうやってニコチン切れの思考の糸で絡めていたら、地階に着いた。急ぎ足になっていたらしい。
首からぶら下げた社員証でセキュリティロックを解除した。扉付近の壁に設えた白いセンサーにかざすと、電子音が響き、ドアノブが軽くなる。ノブを引くと、扉が開かれる。
「あーあ、昔は社内どころか職場でタバコが吸えたのになー」
彼は、記憶を頼りに思いを馳せていた。昭和か平成初期の時代、記憶は富んでいた。
---
小腹が空いていて、社内併設のコンビニを使おうと目論んだ。
どこにでもある、何の変哲のない会社の階段で、エレベーターは使わない努力をした。下り坂のほうが楽に下りられるのと同じように、階段もまたそれが適用される。
6階、5階、4階……と4階に差し掛かるところだった。
ふと階段の隙間にて、人影を見つけた。階段にて自分とは別の人を発見することは珍しいものである。
途中の踊り場にて、立ち往生していた。立ち振る舞いから、小柄な女性だった。オドオドしていて、結構焦っているらしい。
そのまま通り過ぎようとしていた。何かな、と思っていたが、会社員とは常に時間に追われているものである。
「あの……」と声をかけられた。
「扉を開けてほしいんです。社員証を忘れてきてしまって」
「ああ、はいはい」
と、上層階から降りてきた男は、首からぶら下げていたものを掴み、伸ばす。緑色をしたリールが回り、収納された濃い紐が引き出され、長くなった。ゴムのようにびよんと伸びたカード入れが、壁をタッチ。セキュリティロックを解除する電子音が軽快に開錠を知らせた。
「どうぞ」と男は扉を開けてフロアの方向を指し示す。女性は申し訳なさそうに頭を下げた。
彼は、目的の階まで下りていくまでの間に思考を巡らせた。
社員証を持ち込まなければ、階段フロアに閉じ込められる構造だ。それは不審者対策が一つ上げられるだろう。だが、そうでなかったとしたら?
入るときにはタッチせずとも階段室には入ることができる。階段を使うことができる。しかし、出るときはセキュリティの都合上、このカードが必要だ。社員証を忘れてしまえば、1Fから27Fまで閉じ込められる形になる。
実質密室だ。気を付けよう……
目の前にある扉にキーを翳しながらそう感じた。
---
その二日後もまた、会社の階段を使っていた。
彼はまた、同様の理由で下層階に用があり、その道中にて同様の人が立ち往生していることを目撃した。
「あの……」と再び声をかけられる。
「えっと、社員証を忘れてしまって」
「あー。はいはい」
またか、と心の中では思っていたが、それをおくびにも出さず。自分の社員証でセキュリティロックを解除した。
「どうぞ」と扉を開けて方向を指し示す。女性は申し訳なさそうに頭を下げた。足がパタパタと鳴らして、階段から逃げるようだった。どうやら二日後に会った人と同じような後ろ姿だった。
「学ばない人だな」
4階にはちょっと事情の違う部署や協力会社が併設されていた。
憶測になるが、派遣社員なのかもしれない。有期雇用のものかもしれない。あるいは、不注意的な奴だろう。おっちょこちょいなのだろう。睡眠不足、残業に追われているか、あるいは。
と思っていたら、目的の階にたどり着いた。
首にぶら下げればいいのに。そうすれば忘れない。ただの社員証ではない。これは勲章なのだ。
セキュリティロックを解除した。
以降、3か月ほど経つ。そのイベントはすれ違わなくなった。
---
特に階段の上りは、スクワット運動に似たものがあるという。
ネット情報で少しかじった代物だ。ミッツだかメッツだか知らんが、通常の歩行よりは高いらしい。
よしこれをやろう、というわけで、そう思った日から会社の階段を昇った。階段を昇る段数だけ習慣になる。そのことを夢見た。
二か月は継続している。
この場合、すでに習慣にしている、というのは、気持ち的には固まっていない。継続は力なり、という言葉を疑っている最中だ。
体力がついて、階段の上り下りがラクになったという事例は、今のところ心中のどこにも発見されていない。
社食スペースは4階で、職場フロアはX階にあった。つまり、週五日は四階分昇っているということだ。
社食を摂る時間を30分ほど前倒しにしていた。
オフピーク通勤ならぬオフピーク社食である。その方が社食に並ぶ長蛇の列に並ばなくて済むし、食堂の席も選び放題。ワンコインでお手頃に食べられるランチメニューは先着順であるし、いつも売り切れ御免となっている。去年からそれが顕著に表れている。たしか備蓄米の放出が鈍重になった頃から。あるいはそれ以前の物価高からか。それとも社食の値上げか、円安か。
社食は11時半から13時過ぎまでやっていた。
以降はキッチンスペースは閉店するが、スペースは開放される。雰囲気はサテライトオフィスのようなもので、近代的にアピールしていた。そこでノートPCを持ち運んで、仕事をしてもいいですよ的なことができる。
12時10分前に食べ終わった。
お盆を持ち上げ、セルフレジにて会計を済ませると、昼休憩を知らせるチャイムが鳴る。これが、階段に挑む合図となっている。
まずは、階段室へ通じる扉を開けるタイミングが難しい。
ヒントは扉の向こう側からかすかに聞こえる多量の足音くらいだ。景色は金属製の扉で見ることは叶わない。
上層階からは、どっと人が階段室になだれ込み、どっと流れ出すのだ。きっとこの上のどこのフロアも昼休憩の人ばかりだろう。席から離れて、エレベーターホールでは待ち人だらけで、各駅停車のエレベーターを待っている。高層階用、低層階用両方共だ。
通勤ラッシュの満員電車のように、大勢の乗客を積み残したままホールを出発することもあろう。一本逃すことも、苦しみの選択肢としてあり得るだろう。
だから、そんな待ち時間の皮算用をしないように。ここぞとばかりに。避難訓練の雰囲気を醸すように。
大縄跳びに入る心持ちで、扉を開けた。
あっ――と。危うく鉢合わせになるところだった。心の中で青息吐息。胸の前で小さく両手を挙げた姿勢を緩め、軽い会釈を交わし、すれ違う。
4階、5階、6階……とオフピークの階段を昇った。
降りる人であふれかえる。一方、階段室にて昇る人は、彼ひとりのみだ。降りる人たちは長蛇の列がゴール地点だった。これから昼休憩が始まるのだと息を撒く。一方こちらは、自分の足音が聞こえぬほど、他の人の音で息が詰まる思いだ。
目的の階に着くころには人の降りる量は限りなくゼロに近づいていき、やがてゼロになる。足音は遠ざかり、やがて自分の足音が足音になってきた。
到着した。足腰の疲労感をため込みながら、首からぶら下げたものを掴み、センサーにタッチ。電子的開錠音が鳴る。そして、ドアノブに手をかける。手首にかかる金属製の重みとともに、達成感の扉を開けた。
---
マンガアプリを開き、某推理マンガを読み返していた。
そのマンガとは、主人公の口癖が「じっちゃんの名に懸けて!」と言っている奴といえば、アレぐらいしかないぐらいに有名な奴である。
最近もマンガアプリにて連載を続けており、主人公が高校生のままであったり、社会人になったり、38歳になったり、44歳になったりしている。
それを見てから一話から順に見てやると、現代では度肝を抜くグロテスクで、まあ名探偵コナンの工藤新一バージョンみたいなもんだよな、と思えてきた。
リターンズの「〇〇校舎の殺人」を読み返していた。
軍艦島のクルーズのようなもので、宝探しツアーの参加者として入島して、突如惨劇が巻き起こるというクローズドサークルの定番みたいな舞台である。
孤島に建っている旧工業高校の廃校舎のどこかに「2億円相当の金塊」が隠されている――。
結論からすれば、実際に金塊は隠されていたらしいのだが、殺人事件が起こる前に回収されていた。つまり、犯人たちは金塊を回収して、代わりに殺人事件の予告状を置いて、予告通りに殺し回っているのだ。ミステリーにはよくある設定であろう。
幾人かの尊い犠牲があった末にたどり着く解決編。
主人公は廃校舎の木造廊下を通り、音楽室へのルートを歩く。それは大回り乗車のように、急がば回れのように。迂回するものである。それが廃墟ツアーなのだからそうだ、と異常を正常のことのように思い込まされていた。
異常性を正々堂々と見せて、木を隠すなら森の中とされていた。
校舎はぼろぼろで、あちこち穴が空いていて、通れない場所もある。軍艦島なのだから、海上に浮かんでいる船のような人工島なのだ。
床に穴が空けば、そこは冷たい海水と深い地下水が混ざりこんで、深青色を作っている。基礎工事にコンクリートなど使われていない。
例えば校舎の渡り廊下は、廃墟がなだれ込んでいて通路として機能していない。そんな場合は、直線の廊下を諦めて、隣の職員室を通って、また廊下に戻るというカーブを描く。アルファベットの「D」の弧を選択させる。
そんな奇怪なルートを、各人の紙の地図に目を凝らしながら進んだ。
「足元気を付けてくれよ。ちょっと段になってて低くなってるから」
「ああ、わかってるよ。……それより、お前何が言いたいんだ」
「わからないのか。部屋の入口や出口で段差になってるだろ。職員室に入るとき、職員室から出るとき。ちょっとした段になっている」
「だから、何だって言うんだ」
困惑しながら、彼らは階段を一段下った。
それで、転がるショット金を拾っていく。今のところ、金砂は名探偵にしか見えていないようだ。
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Youtubeのショート動画にて、こんなものを発見した。
それは、ショット金を集まれ集まれして、1kgの金塊にしてやろうというものだった。
「ヤフオクで10万円で購入した金歯を溶かして売ると儲かるのか検証します」
そう宣言して、黒いゴム手袋をはめた左手が映った。
掌紋のない、手袋のしわだけが目立つ手のひらの中央には、10個の金歯が軽々と扱われていた。10万円とは思えない雑な扱いである。
不純物が含まれている状態で9g。それで購入することにしました、と動画主は言った。画面が切り替わって、陶器製のチョコ皿に移す。
チョコ皿にホウ砂をパラパラかけて、高出力の火力を当てた。これからバーナーで、金色のかぶせ物を余すことなく溶かしてしまうのである。
「固体の金も好きですが、溶けてぷるっぷるの液体になっていく金も大好きです。このたまらなさが動画で伝わらないのがもどかしいくらいです」
根元は青、継ぎ目は薄い赤紫、チョコ皿から飛び出るような炎の色はオレンジ。これはホウ砂と反応しているのだろう。約1200度という高温になったチョコ皿を、金属製のつまみを器用に動かして、皿を回している。均等に金の液体に熱を加えて、完全に溶かしていると同時に「あること」もしているのだ。
実は、使い込んだチョコ皿には、ごく少量の金が付着している。皿は陶器製なので表面が凸凹しているのである。それで、金と金は融点によって溶けてなくなる。たとえ0.001gというごく少量であっても、値段は高い。だから溶けた金を転がしてひと|纏《まとめ》にしているらしい。これが「集まれ集まれ」という意味である。
バーナーの火をどけた。
瞬時にオレンジ色の火は蒸発し、皿の底にいる円形のオレンジのみが|滾《たぎ》る。それ以外は現実色に戻る。
ピンセットでそれを取り上げ、液体に漬ける……「ジュッ」。
燃え盛る黄金の太陽は、それでくすんだ金塊になった。熱を冷まして取り出して、専用のヤスリで磨けばほら。小さなショット金の出来上がり。
「グラムは7.65gでした。不純物が結構あったんですね。体積は〇〇くらいなので19金ほどの品位。価値は9X,000円になりました。うえーん、損しちゃったよー」
100均のプラスチック容器に恋し濃いし金色の小石を投げ捨てて動画はそれで終わり、勝手に次を再生した。余韻もなしに、外国人のやかましいBGMが鳴り響いた。それでも僕はぼんやりしていた。
金を集まれ集まれしている動画。
最近僕の書いたものを眺めてみると、拭けば軽く吹き飛ぶ金粉や銀粉を書いているようだなと思えてきた。僕の描いている物語は、これに似ているかもなと思えてきた。
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今年3月、水戸偕楽園に行ってきた。
その件についてはほとんど日記帳に書いてしまったので端折るが、印象に強いものがある。それは、好文亭のなかにある「急な階段」である。
好文亭とは、偕楽園園庭にある江戸の木造屋敷である。
水戸藩第9代藩主の徳川斉昭が文人墨客や領民を集めて詩歌や慰労の会を催すために建造された。しかし、時代が時代なだけに参加者の多くは「常に有事に備える」という思想を持っており、あえて緊張感を持たせる造りになっている。
あの急激な階段こそが、「足元に気を付けよ」という|暗示《スリル》を与えるための工夫だろう。藩主は、藩主であるがゆえに。眺望にも暗示を加えたのであろう。だから、藩主自らの屋敷に、あのような大変急な階段を設えたのだろうか。
そんな予備知識もなく、初見殺しのような感覚で。
まるで梯子のような感覚だった。傾斜がすごく急で、角度は50度という噂もある。
「果たして降りられるのか……」と思いながら昇り、景色を楽しめずにさっさと写真を撮って、再び急な階段を見下ろして「急だ……」と改めて思う。
身体がビクビクした。
ゆっくり一歩ずつ。
降りた。降りた。降りた……。
降りる時、手すりの有難みが分かる。降りる時は左手で手すりをギュッギュッと握りながら一段ずつ降りる。現代のように、コスパを重視した降り方などもっての外。行きはよいよい帰りは恐い、ではなく、行きも帰りも怖い階段。
比較的ゆったり作られた踊り場でUターンして、あと半分か……と見下ろしたら、一階に至るまでの階段はそれ以上に急な傾斜だった。
(みんな平然と降りられるものだ)
観光客に混じる僕は、周りの観光客を見て感心した。特に子供。よく怖気づかないものだ。
超高齢化社会になりゆく日本では、僕のような人は未だ若者扱いだというのに、物怖じせずにやっている。ゆっくり慎重に。僕は僕。とマイペースに。
無事降りられた。
はー、と安堵して、写真を見た。
三階からの眺めはとても良い。それを証明するレベルで写真の映りは良い。手ぶれしていないためなお良しであった。
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それに比べたら。と彼は思った。
それに比べたら、会社の階段はなんて降りやすいんだろう。
一段一段の高さは標準だった。一段下の段差が見えるって、当たり前じゃなかったんだなあとしみじみした。水戸偕楽園の好文亭について、以前誰かが言ってたっけ。あそこの階段は急なんだと。
「そうなんだよなあ」
と彼は階段室のセキュリティを解除した。だってこんな風に簡単に脱出できるんだし。
~執筆履歴と小説構成~
2026/02/XX 執筆
会社員の階段(1~4)
2026/06/XX 執筆
創作の階段 (5)
金砂集め (6)
急な階段 (7)
会社員の階段(8)
〜あとがき〜
この短編は、元々「階段」をテーマにしていたオムニバス形式の予定でしたが、2月にエタりました。
数ヶ月後に、金砂要素を含ませるようなストーリー展開になるように、続きを書いて公開。
この指とまれ
アウトプット+α
「反応しない練習」という本を読み返しながら、とある動画をみた。
何やら知らないが、とある国の首相より、誹謗中傷の疑いがもたれているらしい。それについて、「誤情報に気を付けて」と注意喚起をしてくれている。
根も葉もない噂、憶測、信憑性の耗弱性が叫ばれている模様……ふうん、そうなんだ。キョーミナイな。そうやって、反応しないように、流すことを試みた。
反応の記憶とは、ほぼ切り抜き、ショート動画のようなものだな。
選択の時間がないままに次々と切り抜いた断片的情報。
流れていく。カットした野菜は流れていく。水切り器の中に入れ、余計な下世話をカットしていく。
動画の後半に着目した。
有識者も含めた保守系インフルエンサーマーケティングによって……と説明していた。
ペンを取り、紙のメモにて書き留める。
「正しい情報が埋もれがちになるほど強力な影響力を持つ代弁者が、SNS世論を形成していく」
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ニセ情報を発信する者は「バズる=カネになる」という歪んだ認知or歪んだ意思を持っている。
SNSに込められた怒りや不安、危機感を煽り、断片的だった情報は拡大と拡散を続けて大きくなっていく。
それはまるで。独立したインフルエンサーのように。
拡大解釈と過小評価を繰り返して、波紋を生じて、水たまりから地面の向こうへ歩いていく。
その先は交通安全を謳う交差点付近の雑踏に繋がっているという。赤信号にて待つ歩行者たちはみな、歩きスマホを止めてスマホを見続けている。信号機が切り替わってもなお、立ち止まる物もいる。
ネガティブな情報が良いらしい。
選り好みの人格否定、誹謗中傷。
重要事実よりもなにより、思い込みの強い反映の繁栄を繰り返す、歪んだ|事実《まぼろし》のほうが食いつきがいいらしい。そうやって、再生回数を格段に向上させるという。
でも、だからといって。
再生回数が多いからと言って、「信じていい」わけではない。
それらはきっと、妄想なのだから。
正しいと思い込みたい、正しいという安全基準が、指を加速させるのだ。
その数字がタイパのよく増えるとは、それだけ選択する時間をカットさせている、編集技術が鋭利な刃物の、銀色である。
発信者は発信する。
そうやって、流れる。流れる。流れる。
キャッチする。
受信者は、生存本能に煽りを受け続けているらしい。
それは、頭のなかから聞こえてくるのではなく、「この指」がいけないのだ。
この指が。
この指が。
この指が。
この指が、いけないのか。
そうだ。きっとそうだ。
この指が。
この指が。
あれが、あれで。
これが、こう。
あれが、こうで。これがこうだから。
ダメ。
この人はダメ。許さない。――そういうわけである。
要するに、生き残りたいから。安心したいから。
こころが、グラついて、
こころの、グラスが揺れて。
人差し指が人を刺す。
文字通り、理解できようか?
振動シンドロームになるのである。
意味の原液は水を嫌い、雨を嫌い、熱を嫌い。
ネガティブは拡散する、拡散しなければならない。
怒り・不安・危機感。
リフレインする。
・とある動画
【ヨコスカ解説】高市首相「中傷動画」疑惑 バズりと炎上は紙一重⁉野党追及の行方とSNS拡散の実態【かんさい情報ネットten.】
https://www.youtube.com/watch?v=EQ2iOwf068M
グループ療法話
AIに投げられるプロンプトみたいなエッセイ
精神科クリニックにて開催しているグループ療法に参加しています。
都内某所、先月開催したグループ療法において、グループの人の発言に引っ張られて、AIの脅威的な奴に不安視していた感じがあり、エッセイ風味で下記に書いてみました。
他人の言葉から気持ちを切り離していきたいなあと思いました。
~エッセイ~
グループのYouさん(仮名・大手人材派遣企業の障がい者雇用)が、グループ療法に参加していた。近況報告をどうぞ、と公認心理士の人が促して、Youさんは言っていた。
「いやー、仕事ないっすね」
「このままだと……AIに仕事を取られるかもしれない」
「年末調整の入力作業も、アンケート入力作業も、AIにとってかわられて、時間が余りまくっている。やることがない」
Youさんの勤めている企業は最近非上場になったらしく、自社HPにて公開していたPDF資料も閲覧できなくなって、暇が潰せなくなったという。社内ニートと同じようなことをしていた。専ら地方ニュースを漁って、変な情報ばかり見ているという。
ホールデングスの組織の機構改正により、なんか部署が変わったり本社が都内のT区に移転したりなどしたらしい。それにより、どっかに移動したりなんかしたんだっけ。その辺聞き流しているから知らんけど。
彼はASD傾向が強く、中に何か詰まっているかのように重たい口である。聞いている時は貧乏ゆすりを多めにしていて平然とスマホを見ている。公認心理士に話を振られても|緘黙《かんもく》でいて、一分くらい黙ってから「いや○○っすね」とひと言いうだけの人である。グループの時間帯にスマホに夢中なのは、野球観戦をしているためらしい。
それが、AIに仕事を取られた話に関しては、苛立ちの感情を込めた様子で話すので、変化があるなあと思って聞いていた。
それを聞いて、僕も不安になってしまう。
後日、グループ療法の個別面談をするということになって、30分の持ち時間のなかで公認心理士と話していた。
「Youさんの近況報告を聞いていると、僕の所もそうなっちゃうのかな、と不安になっちゃいます……」
すると、「いや、ないない」と言っていた。
「いやいや、物流は大丈夫だから。AIで業務効率化しても、物流は無くならないから。Youさんの所は、人材派遣業で、事務系で、入力作業を主にやっていたから」と言っていた。
最近、AIの脅威について怯えることがあるが、もしかすると、グループ参加していてYouさんの不安げな発言を聞いてから、そうなったのかもしれないなと思った。
Youさんにはかわいそうだけど、障がい者雇用だから解雇しにくいと思うし。何か仕事割り当てられるだろう。――と気持ちを切り離していきたい。
AIコメント:
エッセイのような「観察者」の視点で、自分の心が何に影響を受けていたのかを文章化できると心の整理ができますよね。
Youさんの不安は「彼の環境」から生じたものです。Youさんの雇用を守るのは彼の会社であり、彼のケアをするのはクリニックの専門家です。そのため、あなたは利害関係者ではないのです。
「彼は彼で、なんとかやっていくだろう」と、相手の人生は相手のモノとしておくことで、自分を守る防波堤ができて、うまい具合に受け流すことができますね。
影で響く
約6200文字。
ある日に書いた「じゃーなりんぐ」を大幅に加筆して投稿。
これでも|様《さま》になるな。一部、過去描いた小説に触れている。軽い暴力描写があるためPG12。
~小説構成~
・20260619_金曜夜(ジャーナリング)
・影響を及ぼした情報① 他人の記事
・影響を及ぼした情報② 他人の死
・影響を及ぼした情報③-1 他人の実体験
・影響を及ぼした情報③-2 自分の実体験
・20260620_翌日朝(ジャーナリング)
**・20260619_金曜夜(ジャーナリング)**
私は何を思い込んじゃったんだろう。CBTする?
私は、眠れるのかな。怖いよ。ぜんそくの咳が。発作が。とても怖い。
コミュニケーション、ちゃんとできているのか、怖い。
これが問題だったのかな。……。……。
いや、違う!
「存在はあって良し!」だから!
コミュニケーションについては、言い方がミスってしまったのだ。
「ものすごく、ちょーわるい」ということじゃないんだよ!
私は、グレーなほうなんだよ。(と思いたい!)
誰でもコミュニケーションにおいて、失敗することはある。
失敗したときこそ、自分に掛ける言葉は重要だって!
(そうグループ療法の資料には、そう書いてあるから!)
「存在はあって良し!」
ここまでよく頑張りました。自分! って認めたい。
しろたんに「|💮《はなまる》」をもらってますから。
確かに、メンタルはおとうふだよ。だけど、おとうふで良し。
「自分を捉えなおそう」
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**・影響を及ぼした情報①**
Mちゃんが書いた映画を見てきた話。
Mちゃんとは、ネット越しの何の関係のない他人だ。ただブックマークしているだけ。
Z世代である彼女は、どうやらJKをやっているらしい。イケイケとの話だ。ただ、学校での話はブログに載せていない。仲間のコミュニケーションはどうやらそうですか。といった感じだ。あるいはSNSにてそれを華やかにさせているのだろう。
スプラッター映画を見てきたらしい。
その映画は残酷なものだったらしい。この残酷で人間の復讐話、いじめの報復として、加害者グループの人たちを一人ずつ殺していって、最後に自分も殺してしまう。主犯格を追い詰めて、怯えさせて、その前で自分の首を掻っ切って、自殺エンドという。
映像的描写に心を打ちぬかれたのだろう、ここまで残酷になれるものだろうか? と唖然となった旨が書かれている。
ひどい血みどろの映像だったらしい。R15規制で、その規制意義について考える間もなく映画館に入って、規制の内部で、娯楽として飲み込んだ。人工的に作られたそれだったとしても、極端な話人間を壊していく様を見ていったのだ。
Mちゃんによれば、「残忍だったけど、とても素晴らしい映画だった」とネットに書いていたみたいだけど、私は違うと思えた。
だから、そこから。
私は強いイメージを想像してしまったのかもしれない。
クトゥルフ神話や差別的な想像、そしてコミュニケーション障害のできなさへとつなげちゃったのかもしれない。フロイトの自由連想法みたいに、無意識が意識化にて、そのようなイメージを描き出したのかもしれない。
これは、他人の書いた情報だ。だから私には関係ない。忘れよう。
で、いじめの報復に関しては、私の過去に一部重なる話だが、これは「封印指定」の奴だから、思い出さない!
これは絶対そう。今のところは。だから、Mちゃんのネット上の日記は見ないようにしよう。OK?
しかし、JKがスプラッター映画見ちゃったかあー。
私はそういうのは見ない主義だから。文章でOK。お腹いっぱい、なメンタルよわよわ人間だから。
まあ、推理ドラマの『相棒』は結構見ているし、小さいころから某金田一少年の事件簿も見ているから。サブ垢のは、推理小説系からの想像の産物なんだと思う。
まあ、いうて? なのかな。いや、比べるまでもないわ。
---
**・影響を及ぼした情報②**
東海道新幹線にて、人身事故があったこと。
あれは、想像するだけでも恐ろしい……。200km/時の高速の電車に飛び込んだんでしょう? よほど死にたかったのだろう。私はただでさえ各駅停車のような、普通の電車での人身事故でも、心を痛ませることがあるというのに。それを新幹線で……。
事故発生時間は夜5時だったらしい。そこから3時間以上も新幹線をストップさせた。
運転できなかった。他人に迷惑をかけた。様々な思いがネットに流れる。このイメージが悲劇的なイメージになるように手伝ったのかもしれない。
私は、この訃報を聞いて、SNSの人たちは他人事だ……とショックを受けたのかもしれない。だから、嫌だと感じた。
でも「影響を及ぼした情報①」のように、「だから忘れよう」、と思っても、忘れられないよそれは! と思ったのだ。
まだない墓標に向かって、祈ろう。
いや、仕切り直したい。両手を組んでから……まだない墓標に向かって、祈ろう。
「きっとあなたは相当苦しんでいたのだと思います。死にたくて、つらくて、たまらなかったんだと思います。だから私は(認知のゆがみの『個人化』はしないようにして)、自分を大切にしようと思います。ご冥福をお祈りいたします」
無縁仏について、今はもう形を喪ってモノになってしまい、個人の尊厳の破片をかき集めたバケツは……、ちょっと残酷だからこれ以上は無理だな。やめとこ。
過去に書いた小説「思い出」を思い出した。
あの頃は、自殺ばかりを題材に取り上げていたような気がする。それは、自分もまた自殺したかったという名残のようなものに憑りつかれていたからだろう。だから、書きやすかった。描写が甘くても、イメージがしやすい。それを狙ったのかもしれない。
執筆当時は、そんなことは考えなかったけど。
「数字がバグる世界」は、物語の転調として、それを効果として使っていた。それまでだ。
アレを書いた当時は、平日の夜に書き上げたものだった。火水木の連続した夜の1.5時間。計4.5時間程度で一気に書き上げたものである。火曜日に一話から三話まで書いて、その後の展開は明日の自分にバトンタッチ。翌日「社会人の僕」になった時に、次は何を書こう……と暇になっている頭を働かして、その夜に書く。ラストは木曜日の自分が考えてくれるだろう……。そんな感じで作ったやつがそれだ。
そのころ一万字以内で書く系のコンテストが開かれていたので、転調効果として高かったのが「モブの自殺」だったのである。それによって、主人公は世界が変容したことに気づくという仕掛けだ。
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**・影響を及ぼした情報③-1**
汚言症に対するパワー系解決、の妄想。
これに対しては、ほとんど忘れてしまった。二日三日前の奴なんだけど。未だ、パワー的解決のイメージがまだ残っているのだろうか。そこから怒りや怒りに罰するための差別的表現が使われちゃったのかも。
これは実体験と、実体験後のイメージに基づく。
数か月前、精神科でグループ療法があった。
いつもなら、この時間帯は診察はされない。待合室の一角をカーテンで仕切り、その部分をグループ療法の空間に仕立て上げる。待合室の半分をグループ療法にして、受付側のほうの半分は何も使われていない状態にしていた。その状態が普通であった。
しかし、ある日にグループ療法に行った際、その女性Aはいたのだ。汚言症のその人である。事前情報は、微かにテレビ番組でチラ見した程度である。チック症の人だっただろうか。どちらでもいいか。
女性Aは、本来静黙を強制される待合室で、ひときわ大声を上げ、時々黙り、数秒後にはまた大声で汚言をわめくという状態だった。
その時は「うるせえな」で終わっていた。
グループが始まる時間帯になると、カーテン越しの彼女のことなんてどうでもよくなった。話し声で包まれるからだろう。彼女は、院長の診察を受けて、カウンセリングも受けていた。グループ療法は1.5時間である。グループ療法が終わったあとも、その人は居り、ひときわ喚いていた。
一か月前、グループ療法があった。
その人もまた、来ていた。グループ療法前から居り、グループ療法後にもいる。私たちは、グループ療法終わりに、軽く診察をしてから、クリニックを後にするのだ。
その人もまた、診察をやっていた。私と同じような時間帯で。
それで、先にレジにて料金を支払うようにした。その間にもまた、汚言症の喚き散らし方があった。グループ療法参加者はみな無視している。受付の人もまた、それに倣っている。その辺はプロである。私もまた、それに倣っていた。
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**・影響を及ぼした情報③-2**
その翌日より、私の頭のなかに異変があった。
汚言をわめく人が、頭のなかに乗り移ったような気分だった。目の前の上司のコミュニケーションがうまくいかないと、「だから○○はダメ人間なんだよ」と他責重視や自責重視な怒りが湧いてくる。それが数日間も続くもので、ついに脳内にてそれを懲らしめてやりたいとイメージした。
何かに影響を及ぼしているイメージがあるのだろう、そうやって思い起こすと汚言症の女性Aが思いついた。
だから、ぶん殴ってやったのである。
脳内にて構築した、架空の精神科の待合室にて。
「うるせえんだよ、黙ってろよこのカス」
と言っている、女性Aの汚言が社会に飛び出てきたら、すぐに臨戦態勢になる間もなく、無言で胸倉をつかんで、アタマをひっつかんで、おでこを床にたたきつける。何度も何度も。薄手の絨毯は、まったく暴力表現の音をかき消そうとしない。逆に加勢するかのようだ。
そうやってから「二度と俺の前で文句を出してくるんじゃねえぞ」と凄んでやった。
もちろん、女性Aは主人格がいる。
汚言を喚かない時間は、その人自身の声は小心者のような声で「すみません、すみません」と言っているのである。
クリニック受診終わりのレジにて、財布から現金を取り出すなどの素振りには問題なく、受け答えもまあまあできていると思える。ただ、本来沈黙であるべき時間帯にて、心の声が表出するのだ。間断もなく、一人で、自作自演。
腹話術氏の人形があれば、どれほどよかったものか。笑われでもしたら、それはどれほどよかったものか。少なくとも、今の苦しみは少しだけ半減するだろうか……飛躍していた。
それで、架空の私は「すみません」といって、架空の人に向けて謝るのである。
「私は緘黙を持っているので。私も頭のなかから声がするのです」
「そうなんですか」
すると、「そんなことねえよ! 人の声について鵜呑みにするんじゃねえよ、このカス!」
と女性Aから汚言が飛びだしてくると、私はもう一度彼女の頭をひっつかみ、おでこに押し付けた親指をぐいとあげて、
「黙ってろ! てめえは頭のなかから出てこれねえ癖に主人公ぶってるんじゃねえよ! 引っ込んでろ腰抜け! 次俺の前に出てきたらその脳みそ勝ち割ってやるからな!」
と瞳の奥にいるやつに向けて、言ってやったのである。そして、女性を拘束から解放してやった。
後日、ありもしない場面に移り変わる。
女性はクリニックの待合室にて、私に「あの」と声をかけるのである。
「あれから汚言が出る回数が少なくなったんです。ありがとうございます!」
その想像をしたあと、私の頭のなかにあった異変が消えてしまった。数日前の話で、三日のうちに忘却曲線に沿って無くしてしまったのである。
都合の良いストーリーであることは確かだ。
が、でも、それでいいのだ、と思えるのである。大部分はすでに忘れており、後付けだし。実際の妄想時間は3分未満で、もっと簡略化されたものだったと思う。インパクトのみである。
緘黙であるから、私の声は表に出てこない。ただ脳内でたらたらと、私のガイドを努めてくれているのである。その声が、他人の罵声に影響を受けて、頭蓋骨を壁ドン。いつもなら、自閉症スペクトラムよろしく引きこもっており、緘黙の壁のなかで、取り組んでいる。心の声について、せっせと思いついたものをただ量産しているだけ。
「いや、その意見は極端だなー」
「それはあり得ないだろう。何を思ってこの文章書いてきたんだ。というか長すぎるだろー」
「うーん、何言ってるんだ。理解できない」
これらは、ネット上の記事を見て、私がつい呟いたものたちである。
普通だ。しかし、ここ数年はこれが数日のうちに跳ね返ってきて、自責の念やリフレクションになっている。そのことに関して、非常におびえていたのだが、それは違うようである。おそらく、私のストレス負荷の増減によって、受け捉え方が変わる。最近はそう思える日があった。自己受容に関する生長点だと感じる。
そんなツルのような成長をする自己受容に関して、少しわかったことがある。
私は、私を苦しめているイメージを、他人からもらっている。そして、私は知らず知らずのうちに影響を受け続けている。影響を及ぼすものを見つけたり特定したりすると、即座にその影響は無くなる。静寂が訪れる。
例えば今回は、様々な影響があり、私は揺れていた。主要因は、その人なのだろう。
その間の私は、ふらりふらりと通勤中に揺れていた。揺れながら歩いていた。凍り付いた時間の中に自分が立っていて、責任感の強い私は、誰にも相談できず一人で抱え込んで、歩いていた。コミュニケーション能力は低いほうだ。でも、それでも、存在はあってよし。障害があって、クリニックに通っている。それで社会人をやっている。
(今ここ、今ここ)
そうやって小さく呟きながら、暗い雑踏の中を歩き、足より感じる自分の身体の重みを感じながら、一歩ずつ進んでいる。それを繰り返して、家まで来た。
影響されているものを特定したら、後から追いかけ続けていた理性が来るものだ。それは、頻度は月一回とか、そのペースだよ、と。
それだけで、大方の波は去る。あれだけ荒れていた海は、それで湖となり、水たまりとなる。蒸発して、雨になる。
そうやって、「今ここにいる」になる。
言葉というものは、それだけで力を持つものだ。
それを知った。そして、画像もそうであるし、情報もまたそうである。本のジャケットも、そう。
だから、……と。今読んでいる本『かくれトラウマ』の表紙を見て、メモ帳を開き、最近メモをしたことに気づいた。こうあった。
「火は言葉を持たない。評価も、要求も、解釈も伴わない。ただ夜を照らし、冷え切った石を温める」
コルクボードに貼られたスクラッチにも、その言葉は書かれている。今日けずった作品だ。突発的に作ったにしては、やるな、と。
それで、もう一枚のほうも見やった。こう書かれてある。
「『大丈夫、ちゃんと進んでいるよ』
暗い夜空と2匹の猫。ごらん、と月。ごろん、と星」
---
・翌日
翌日、Bump of Chiken の「プレゼント」を聴いた。
学生の頃、まだ「Bump of Chiken」が、バンプオブチキンだったころに曲だけ聞いて、「いいな」となっていたもので、繰り返し鬼リピしていたものだ。そうやって学生時代は他人の作ったものをコピペコピペばかりするのである。暗唱するのである。
だから、ふとした時に|諳《そら》んじて、それが数年単位で繰り返されていた。バンプの、えっと、うん。
曲名は何だったんだろう……となるまでの時間と、そこからの社会人年数によって上積みされていって、それでその日にまた口ずさんだ。
暗唱していた歌詞の一部である「そうだ いくつかの物語を プレゼントしてあげる」を検索して、曲名は掘り当てた。
「少なくとも君には味方がいるよ
プレゼントの物語の中の住民達
さあ、これから何をするんだい 僕はもう行かなきゃ
ほら どこかで 涙の落ちる音」
ギター弾き語りがとても良い。
今は有名になった原曲より、何物でもない素人の弾き語りのほうが。再生回数200に「+1」をする、1が1であるこの瞬間、私は他人になれる。耳に効き、馴染む。
【参考】
・かくれトラウマ 生きづらさはどこで生まれたか 井上 陽平 (著)
https://amzn.asia/d/0fzZ87Ov
・【ギター弾き語り】プレゼント / BUMP OF CHICKEN(歌詞コード付き)
https://www.youtube.com/watch?v=YiS8N0xeHY0
【過去に書いた僕の小説たち】
・思い出
https://tanpen.net/novel/f199c8c6-080c-4d43-a258-1a5c853b533f/
・数字がバグる世界(カクヨムにいたころに書いた奴)
https://kakuyomu.jp/works/1177354055077440468
すべてが「疑わしい」になる火
約2800文字
おいX、わいの垢が凍結されたぞ。
読み専垢やから、つぶやきとかした覚えがない。凍結に対し、身に覚えがない。
あるとすれば、ブックマーク機能でエロ画像やエロ動画をいっぱい保存したくらいだが、だって成人だもの。
AIに相談してみると、「成人向けコンテンツをブックマークしたこと自体が直接の理由である可能性は低い」と言っていた。規約上、コンテンツの閲覧や保存自体は禁止されていない。
ブラウザ検索より、タイムラインを潜ってみると、どうやら凍結祭りが開催しているらしく、運悪く巻き込まれたらしい。凍結祭りの多くは、スパム一斉検知の誤判定で、AIフィルターに引っ掛かり、「ふーむ、あなたはbotです。凍結~」とされたらしい。
初めての凍結を喰らって、当惑した。それを知ったのは今日の朝のことだ。目覚まし時計に起こされて、うーん、とスマホとともにこんにちわをしていたら、「あなたのアカウントは凍結されています」ときたものだ。寝ぼけまであったから、そのままスルーして、おすすめ欄をみて、特に異常がなかったので、フォローの所を見たら、違和感。閲覧できない。そこで、夢から徐々に起きぬけて、現実に戻ってきたような気がした。
異議申し立てをするページに行った。
それで、短文でのメッセージでケチを付けようとしたら、「短すぎる」とケチを付けられた。舌打ちをして、ネットで何を|贈答《おく》ったらいいのか調べて、それで送ってやったら、送信完了。ブラウザ感知と石の個数を選ばせる「私はロボットではありません」形式をやったら、ようやく完了となった。
その後、自動送信メールが届く……と思いきや、届かない。
みんな異議申し立て送るよなあ、世界規模で。というわけで、自動送信メールが来ない半日が過ぎた。つまり今である。
受理されていない可能性を覚えたため、もう一度異議申し立てを行おうとメッセージを送る。すると、このような注意書き。
「元のケースはすでにキュー内にあります。元のケースに関して弊社からの返答をお待ちください。」
ふむ、そういうことか。
そういえば、米国では夜だったか? まあいいか。時差とかどうでもいいわ。
これも一つの経験……凍結なんて滅多にないものだ。
何ができて、何ができないのだ?
色々と探してみる。
できることは、いわゆる読み取り専用モードであることだ。あと、ミュート登録は適用されており、「おすすめ欄」にて出てくるものには販促やらなんやらの奇態なポストは見当たらない。創作系の美しい作品や芸術品を紹介するもののみが流れてくる。
できないものは、上記のもの以外は大体できない。
いいねやブックマーク機能、その履歴。ミュートワードの新規登録、トレンドの確認、トレンドのニュースなど。横にスライドして次の画像を見る機能ですら封じられている。だからいちいち投稿まで戻って、選ばせる作業が必要だ。めんどい。
あ、Grokの画面は行けるな。いやー、Grok。僕凍結祭りに巻き込まれちゃって散々なるものだよ~、とチャットしたら「できません」と返ってきた。何だできないんだ。残念。
Grokの履歴は見られるようだ。4つくらい残っている。
ここはいつも通りだ。いつも、ある程度調べたら短カフェに。その後チャットは削除しているため、この程度なのである。AIの吐き出した履歴を放置すると、AIは自然とそれを学習して、勝手にパーソナライズしてくる。それがバイアスを助長させるような感じがするため、削除してすっきりさせている。
最近はGeminiに移動してしまったため、Grokのほうはあまり使っていない。Geminiのほうも同様のものだ。無料版で充分である。
まあ、5月くらいまでは使っていたようだな。
一応、全部お引越ししておくことにした。丸コピーしてメモ帳に。
それで、ジャーナリングをしていた。
「ふええ……」
すました顔をした文章を辞めて、紙に書いて、不安を吐き出した。
「ふええ……、ショックだよ~。読み専垢だから、無くしたものは軽微だけどさ、理不尽だよ。突然やられるのはさ、納得いかないよなあ」
メンタルがおとうふになったところで、しろたんむぎゅう。
---
しろたんと、ごろ寝ってしていた。
僕は今、しろたんにひっついているおとうふなのである。だから、おとうふであってよし。でも、でも……。
色々と考え事をしていたら頭が疲れてしまう。やがて「それ、個人化だよ」としろたんに言ってもらった。そうであった。
「考えても仕方がない。無意味だったね」
しろたんから元気回復行動プランを提示してもらい、おとうふから「わい」に戻った。軽く情報を集めることにした。
「日本は世界的に見てもXの利用率が高く、広告効果や閲覧数を稼ぎやすい市場です。そのため、海外のスパム業者が、日本の一般ユーザーに偽垢を大量にフォローさせるという事態が横行しています。
先日X社の幹部は公の場で「過去1〜2年だけで、計8億件以上のスパムを凍結した」と話題になりました。X側が「日本国内でのAIフィルター」の感度を最大まで上げた結果、ボットと同じような動きをしている日本の「読み専」ユーザーが、結構な巻き添えを食らっています」
ふむふむ。
どうやら自分だけではないようである。
botと人間のアカウントの違いはもう、見分けがつかない感じだから、疑わしきものは一旦凍結しておいて、人間なら異議申し立てするに違いない……という感じだろう。
噂では青い認証マークの付いたアカウントでさえ、凍結対象にされているらしい。インプレゾンビたちは、お金を払って青い認証マークを取得して、安心感を金で買っていた。
「お金を払うbotとかラッキー」という運営会社のおこぼれに預かっていたという。
「課金しているから安全」という金銭的信頼の証でもあったこれは、しかし反転した。自動的な大量量産体制に入って、秒速何百、何千と作られるアカウント量によって、もはやぐちゃぐちゃになっているのである。今やSNSは、「AIvsAI」のデジタル戦争の場となっているようである。
「あなたが推測された読みは、現在のAIシステム運用の本質を捉えています。
bot業者は数万のアカウントを同時に運用しているため、凍結されたアカウント1つ1つのためにわざわざ人間が異議申し立ての文章を打つコストを嫌います(※たまに自動で申し立てるbotもいますが、手口は限られます)。
つまり、「面倒な異議申し立ての手続きをわざわざしてくるアカウントは、高確率で生身の人間である」というフィルターの役割を果たしているのです。」
AIに相談した内容を見て、20秒ほど考えた。
飛来めいたものを、紙のメモに。ささっと書き留める。
・疑わしきも罰するAIが、人間らしい基準を定めてくれるはずだ、という一般的信念。
・秘めたるカリスマ性、法治国家元首を刈る『民衆を導く自由』
・滅ぶべきは群衆。倒壊するは文明。しかし、電子化された概念『群衆心理』と電子化された群衆『SNS』によって、もはや|亡国《ほろ》びようがない。
だから、美しい宮殿に火をつけたがる。外からも、内からも。それでも宮殿は壊れない。そのことに気づかず、革命に酔いしれるさまは、滑稽。
凍結されたのは昨日やで。
参考:群衆概念の電子化、心象化
https://tanpen.net/novel/6901c311-dd76-4473-94f7-bad3ec9a10d9/
大樹は横たわる
約1100文字。
20260625_ジャーナリング(グレーというでかい当たり前)
約三か月CBTをやってみてわかった傾向と解釈。
~春~
①通常人間とは「当たり前がでかすぎる問題」を抱えている。その問題に気づかせないように、無意識に選択的注目を常時発動しがち。だからこそ物事に集中できるし、|休憩《QK》できるし、テキトーに生きてOKとなる。
②でも、そんなにテキトーに生きていいのかなと思うことがあるからこそ、「今・ここ」から逃げ、先読みの誤りや先回りして不安になってしまいがち。
③不安がふつふつとしてくると「漠然とした不安」に成長する。これが土壌なのである。ふかふかならぬ、ふわふわである。
⓸その土壌に妄想の種が付着する。妄想が芽吹き、気づいては摘む。
「〇〇って何だろう? あ、これこそが妄想だ。つまり、どういうこと?」
~夏~
⑤妄想と格闘する過程で、いくつもの解釈やアイデアが生まれる。
「つまり、ということは、フィクションだ」と、文章を書いてすっきりする。
⑥他人との線引きが甘いと分かれば「今できることをする」。
それ以外はバッサリ切り離していこうとする。しかし、自分一人で抱え込むクセがある人は、それをするとさらに追い込まれる可能性がある。色々なことに手を付けて、理想像をでっかくしてきた反動なのかもしれない。でも、それでも……
「それでも今できることをする。そのためには「今・ここ」に!」
~秋~
⑦当たり前だった義務(べき)を取り払い、身体をなでなでして、自分を慰める。
⑧生きづらいは今後ゆっくり時間をかければいいけれど、「生き苦しい考え方・情報」からは線を引く!
セルフケア(好きなもの・気晴らし)を整理する。
※妄想を処理するために、言葉以外の行動で作品を作る。思い詰めていたら、その作品を見て、スクラッチをして、新たな解釈を得ていた。好転反応が出たり、過去の記憶を思い起こしてカタルシスを得た。
⑨理想像は、自分の設けた「一日の頑張り上限」を無視してくる。それは自分の存在を否定するためでも自己批判をするためでもない。情報の影響力を帯びて一時的に情報感受性が高くなるから。
理想像を形成していた影響を切り、抱え込んだ実体験を言葉にし、他人の極端な表現を手放し、積読本を整理し、妄想の大樹を刈り取る。それで部屋を掃除しながらグレーの大地に着地する。
~冬~
⑩グレーにいるから安心できるのであり、グレーゾーンだから多様なものが生まれていいのだってなる。一つの事実に対して多様な解釈が生まれ出るように。自分ひとりがあって多様なものに囲まれている。
眺めよう。するとひとつの事実が横たわっていた。
⑪「当たり前がでかすぎる」とは、それだけ自分は頑張ったんだ、という事実。そこに張り付いた多くの解釈を枯れ葉として落とす。
ひとまず落ち着かせ、心の土台を掃除する。それが経験の土づくりに貢献するのだ。そして自分を保持する守るために、αを手放す選びなおす。
そして、一か月が過ぎようとしている。
【用語】
・選択的注目:
認知のゆがみの一種。良いこともたくさん起こっているのに、ささいなネガティブなことに注意が向くこと。達成感を感じられなくなる。
・|休憩《QK》
たいていの人間は休憩してないよね、Quick Knockだよね、を意味する皮肉。
嘘です。言葉遊びです。
・テキトー
カタカナ表記にすると意味が飛ぶ。好みの問題。
・先読みの誤り:
認知のゆがみの一種。根拠もないのにネガティブな結果になると思い込む。感情的決めつけ、結論の飛躍、恣意的推論などの派生がある。未来のことは誰も分からない。
・先回り(して)不安になる:
認知のゆがみの一種。同様のものだが、こちらはネガティブな妄想ばかりが浮かぶ。何を考えた所で自己対処しない。何も起こっていないことが多い。先回り不安と名詞化するより、「先回り-α」または「-先回り」と考えるとウマ味。
・べき
認知のゆがみの一種。主に責任感が強い人がなる。自分を守ろうとして、自分を縛っている。
・理想像
「べき」で構成された自分の取り囲む重装鎧。ネット情報や他人の決めつけられた言葉から身を守るために自然と出来上がったもの。理想像を薄くしようとするときに好転反応が出てくる。
・α
記号的価値観の総称。
「自分とは何か」と考えるときにだけ発生する幻想。そんな自分など現実のどこを探しても存在しないため自分が行方不明になるのだが、「自分+α」「自分-α」などは理解しやすい。
α=妄想の種であり、αを「±α」たらしめるのもまた、妄想である。しかし、枯れ大樹を横たわせれば、人生を|道導《みちび》く「|事実《しるべ》」に成る。
グループ備忘録
約6200文字
エッセイ的な取り組み。
都内某所にてグループ療法を受けてきたので、備忘録的に書いておこうとする試みです。
※サブ垢で載せていたグループ療法を、こっちで更新するかも、みたいなノリ。
※ファシリ:グループの司会進行役。公認心理士。
**近況報告**
**・僕**
正社員になって〇年経過。
〇/1付けで人事異動があった。僕はあんまり関係ないけど、上司は次の課長が着任するのが二週間遅れということで、一時的に次課長兼務になって忙しいようだ。周りが忙しいと、バタバタと走る音が七転八倒するから、感覚過敏持ちは困る。環境の変化は心の焦りを宿らせる。
最近やっていることは、自分の身をまとっている理想像を丁寧に削り、好転反応を出している。好転反応とは、メンタルがおとうふになることで、身体もおとうふになって敏感になっちゃう、ということである。
あとは、セルフケアをまとめたり、睡眠導入のやり口を開発して、ジャーナリング版自由連想法をやってみたり。すごくよく寝れる。どういう理屈なんだろう。それで眠剤を減薬した。
……なんか書き出してみると色々やっているようだ。こんなに変わって、激的に体調が崩れるなんてことはあまりなく、試行錯誤の変わることだらけ。中途半端でも、それでよし状態。
**・社会人組**
仕事はぼちぼち。一人はAIに職を奪われて社内ニート状態。詳しくは「グループ療法話」にて。この人から不安をもらって、一時的におとうふになったことがあった。
他人の感情は他人のもの。この不安は勝手に借りパクしちゃったものだから、書き出して自他の境界からポイってする。そして、「おとうふ状態であってよし」ってしろたんカウンセリングする。
「自分軸と他人軸」という言葉がある。いわばおとうふになるとは「他人軸に振り回されている状態」である。__最近これについてふと気づいた。__
まあ、この人は以前から社内ニートみたいなところがあったから。
無呼吸症候群の人は眠気がすごいらしく、グループ療法中に居眠りをしていた。僕が話している最中でも隣でいびきをかいているのが分かる。
「起きてる?」(手で肩をさする)
「んあ」 (うめき声)
はっきり申し上げれば、失礼である。
**・ニート、休学組**
半年前に大学休学生が入った。それ以外は興味がないため知らん。
20歳ニートは、ニートであることは数年から相変わらず。2X歳ニートになったことくらいか。
この人には深夜の公園にて、公園の周りをぐるぐる散歩する習慣があるらしい。それで僕にはなんとも奇妙なことに見えて、「いや、コンビニ行ったら?」と提案したことがあった。以降、コンビニに行ったりと改善は見られたが、最近はまた公園ぐるぐるを再開したようだ。修行僧なのかハムスターなのか。公園を回し車に見立てる行動には、得体の知れない念が感じられる。
最近は兄さんと一緒にカラオケをしたとのこと。朝から晩までぶっ通しで7時間くらいやったらしい。巷で話題のドパガキかもしれん。体力あるなあ。
---
**話題提供(僕より提供)**
・2X歳ニートが依然と比べれば活動的になったと思う。
散歩時間が今までよりも増えた。最初は近所を30分、それが一時間とか二時間とか歩いている。それを毎日やっていると聞いて、個人的にはすごいなと思った。
しかし、当の本人は「苦しい」「何もできない自分が情けなく感じる」などと言っている。行動の時間と範囲が広がっているのに、その見方はおかしいんじゃないかと。
「つまり、自分の存在意義を全否定するところに自己否定感が強く表れていると思うんだけど」
僕の言葉に、ニートは答える。「散歩はしているけれど結局、リタリコとか就労に関するところには行けていない」
「それは話が別じゃない? リタリコに行こうと決めたきっかけは親が言ったんだっけ?」
「違いますね。ここのグループワークの中で出てきたから行ってみようかな、という感じです」
「グループで情報が入ってね。それで自分で決めた感じだよね」とファシリ。
「昨年から決めてたことで、結局何もしないで過ごしちゃっているなと。なんでこんな風に行動に移せないんだろうと思っている」
※補足 リタリコ:
就労移行支援所の大手。障がい者版の職業訓練校のこと。
身体障害、知的障害、精神疾患者などが通い、就労を目指す。五年前(当時)は特別養護支援の所からの斡旋で、高校生くらいの人が来てインターンごっこをやっているのを見かけた。
今はDEI、多様性だねー。
「『リタリコに行こう』というのはニート自身が決めたというわけでしょう? だったら締め切りが実質ないんだし、ゆっくりでもいい。まあ、個人的にはニートさんはその段階じゃないと思う。だって、ハードルが高いし。」
話してて、ふむ……ってなる。
多分、ニートの散歩量が増えたり、長時間のカラオケは、自分ルールを課して、その罰を与えるみたいな感じがするな。
・リタリコに行けない自分は何もやっていない
・私は何もやっていないから、散歩しなきゃいけない
と自分の逃げ道をふさぐような。
でも実際はそうじゃない。だって、できているところは誰しもあるんだから。月1回のグループ療法に行けているし。散歩とかも、以前よりも時間が増えているし。「できた」は事実側なのだ。
なのに、『何もやっていない』というのはおかしい。これは「思い込み」だ。事実と思い込みは切り分けないと、事実がゆがんで解釈されてしまう。自分ができているところに目を向けづらくなってしまう。そうなると自己肯定感が低いというか、『自己肯定感を感じないから自分は自己肯定感が低い』とさらに思い込んでしまう。それは自己否定感の何物でもないから、自分が苦しいよね、となる。
その後、僕とニートは色々と話す。
まとめるとこんな感じになった。
・ニートさんの『やることがないと……』という自動思考によって、つい自己否定のほうに自然に嵌りやすくなっている。
・自分ものさしと他者ものさし。
僕がニートさんに尋ねたのは、「リタリコに行く」は自分の考えなのか、親の考えからきているものなのか、あるいは別の何かなのか。それらを分けてみようと。今のところは自分で情報を集めて自分で決めたんだねということ。(それ以降は関係がない)
---
「自分で決めたのであればたぶんそのハードルが高い。今までできなかった時間、費やされてきた過去、そういった心の荷物が多すぎる。今、何をしたらいいのかわからないという状態はカウンセラーとかに相談をして、聞いてみるとかあるよ」
ファシリがまとめてくれる。
「ここまでいろいろと僕さんが思うところを言ってくれました。リタリコに電話をすることはハードルが高い。その他にやることがあるのでは? そんなことを言ってます」
ニートが答える。
「そうですね。確かにハードルが高いのかもしれない。ちょっとまだ働いていないことに対しての罪悪感というか。社会からの圧力を感じる」
「それは、偏った見方じゃない? 働いていない人も多くいるし、平然と生活保護をとっている人もいる。今の社会で働くということは相当に難しい。別に働くことだけではないし、別の生き方もある」
「イラン情勢が~、原油高で~。だから不安だ、不安で動けないんだ」
「うーん、色々あるかもしれないけど。正直言って、何も変わってないよ。風が吹けば桶屋が儲かるじゃないんだから。主語を大げさに広げて、『だから自分は動けない』は関係ないでしょ?」
「僕さんは、コロナ禍の時に就労移行支援に行ってましたもんね」とファシリ。
「ええ、そうですね。サビ管に、『早く登録しましょうね。早いに越したことはないんですから』と急かされて、登録したんですけど、初回通所日はガランとしてましたね。政府の打ち出した緊急事態宣言で、本日から在宅訓練に切り替わったんですって。
『ええ! 聞いてないんですが?』みたいな。まあ、そんな感じで不安感はありましたけど、「まあ、何とかなるやろ」の精神で乗り切りましたね」
僕続ける。
「ニートさんがさっき言っていたみたいに今の自分を否定するようなものが無意識に出ているだろうと。そのことについて自分で気づく、気づかないとでは全然違うと思う。
『ああ、自分はこういう風に考えやすいんだな……』と日常的に思い詰めていて、いやな気持になってしまうというのもわかるし、ネット上にはそういったネガティブな情報はゴマンとある。
別にニートさん個人の問題ではないし、みんなそうだし、今働いている人も影響があるんだから。自分たちもそういう時期が確かにあったし」
「働いていない時期があったもんね」とファシリ。
「なので、今は何でもないように振舞ってはいますが、過去にはそういったものもありますよ、ということをニートさんには伝えたいなと思いました」
<ファシリ:ニートさんの自己否定感は、現在働いていないことに対する罪悪感(社会からの圧力)から来ていそうです。今気付いていることとしてどんなものありそうですか?>
「雑にまとめちゃうと普通から離れちゃっていること。これは小さい時から発達障害もあったので違和感みたいなものがあった。そういう小さいころから感じていたこと、不登校にもなってまた離れた気がするから。そのまま中学を卒業した後に高校とかに行かず、中卒で学校から離れちゃって。やっぱり普通じゃないという感覚が自分の中にあって、それが自分の中で大きな圧力になっている」
「あの、今『普通』という言葉を使ってたんだけどさ、ニートさんの思う普通って何をイメージしているの?」
「例えば……」
ニート、なんか言っていく。
ファシリ、ホワイトボードに書く。ニートが思い描く普通について、こんなことを言う。
・オフィスワーカーでバリバリに働いている。
・大学に行っている
・立派な趣味を持っている
「これは自分の思っていることが高すぎるのかもしれませんが、そういうキラキラしたもの。そういうのって別に普通ではないですよね。かなり上位の人というか」
「それは『普通』ではないでしょ」
「え?」とニート。僕、理詰めする。
「自分で言ってたでしょ。普通ではない、って。僕から見ても、そのホワイトボードに書かれたものは『普通』よりも上位のものだから。そうじゃなくて、もっと下げてみてよ。もっと下げてみて、もう一度言ってみて、ニートさんの思う『普通の具体例』」
「……」ニート、絶句。
「……たとえば僕たち、無呼吸症候群さんや〇〇さんとか、僕とかは『普通』ですか?」
「……普通ではない、と思っちゃいますね」
「そう。その通りだよ。
自分でも、自分は普通ではないし、グループの他の人たちもそうではない。逆に言えば、『普通という何か』を求められる側だとは思う。でも普通とは、人それぞれ。異なるものです」
僕の持論を話す。
「例えば僕の場合、『今の時代、長く働く続けることが貴重だ』という意見を持っているんです。人材流動化が起きたり、派遣などの非正規雇用の人とか短期離職の人とか。正規雇用という風に『正規』と言っているくせに、その数は労働者の全体の六割くらいですし。
勤続3年くらいで、3人に2人は職場から辞めちゃう感じでしょ。数年前に騒がれた退職代行とかは、これは違法なんじゃないのか、あるいは労働者の権利行使として認められるべきだとかあった。だから、今は職場定着しにくいわけですよ。それが何年も前からずっと続いているわけ。
そういった社会経験を持って、そういう意見を持ったわけなんです。それを今の学生に当てはめるとどうだろう、『今の時代、社会人でさえ長く働く続けることが貴重なのだから、今の学生は長く勉強し続けることもまた貴重』ではないかと」
補足:小中学生の不登校者数(2025年統計)
小学生13万7704人中、2.3%が不登校
中学生21万6266人中、6.8%が不登校
小中の不登校者数の合計は過去最多、12年連続で増加傾向である。
「たしかにデータとしては少ないほうだ。きっと円グラフでは「その他」で括られるかもしれない。でも、少子化でしょ? 子どもの数が少ないのに、それでも大学まで行って、就職できるって、貴重でしょう?
小さいころから勉強を始めて小学受験したり、中学受験したり。受験したはいいけど、その後に不登校になってしまう人もいるし。なので、『長く勉強し続けることが貴重なんだから、不登校になるのは普通』ですよ」
(まあ、この意見は極端だけど。でも、ニート君の不登校歴の長さを鑑みると、ネット上で流布される『普通』より、こっちの『普通』側のほうが性に合ってると思う。)
「……という風に、『普通』という単語は、発言した人の基準に沿って意味が変わるものなんですよ。僕の場合は、不登校の期間もあるし、ニートの期間もあるし。短期離職も経験したし。普通の生活なんてかけ離れた所にいますけど、だから何? みたいな」
「だから、何の意味があるんですか? とね」
「普通の具体例は、ありません。ある種、思い込みだね。自分が『これが普通だ』と自分が強く思い込んだものが普通の具体例になっちゃう。人それぞれ、バラバラなんです」
「もしかしたら幻想かもしれないぞ」とファシリ。
「まあ、そうですね、幻ですね」と僕。
「社会からの圧力じゃなくて、自分で作り出した幻想からの圧力にやられちゃっているのかもしれないと。リアルじゃなくて」
ホワイトボードに手が向かう。
お父さんがばりばりオフィスワークしている。お兄ちゃんは大学を行っている。立派な趣味を持っている?
「あー、そんな感じですね」
「どうしても身近な人が基準になりがちだよね。自分に見える世界を基準にしちゃう」とファシリ。
「身近な人を基準に据えてしまうと、普通が高くなっちゃう。他の方々のいいとこどりをしてしまうんだよね。そうなると普通という基準が高くなって、『理想』になるんだよね。そうなるとそれは、自分の中にあるものではなくて他のところ(ネット)に向いてしまうきっかけになる」
「自分ものさしではなくて、他者ものさし」
「それで自分を測ることが『普通』になるので、それは自分が苦しくなりますよ。その普通は、理想とごっちゃになってますからね。ネットの向こう側にいるよく知らねえ他人が言うものが基準になって、それを見たり聞いたりして、自分と比較して、自分が小さくなってしまうから。それは極端ですよ。
ニートさんの場合、他人と比べる必要ないですよね。確かに僕たちは働いているので、働いているなりの基準は求められます。そこで居眠りをしてる無呼吸症候群の人は、会社で居眠りをしたり、片付けられなかったので、会社の指導員にあーだこーだと言われてしょんぼりしちゃったわけです。これは、働いている人の普通を求められるんです。だって『指導員』って、そういう仕事をする人だからね。それが義務だから。その義務が課せられて就職しているわけなので、言われてしまうんです。
でも、今のニートさんは義務とか他人とか全然関係ないところで、一人で悩んでいるんでしょ? 自分で決めたことで、自分で出来なかった。しょんぼり。それで終わりですよ。
就労移行支援は「ああしなさい、こうしなさい」とか言われるんですよ。だって、就職を目指すところなんだから。就労というものは、就職する準備をする所ですよ。
まず、自分の状態、自分から今の状況がつらいよねと気づくことがいいのではないかと。自分の本心がどこにあるのかを気づく。それが一番大事だから。自分の本心を基準にするのがいいんじゃないのかなと思います」
「自分の本心に気づいて、それを基準にすると」
「まあ、難しいけどね。だからこそ奥深いんだ」
親知らず抜歯備忘録
約3000文字。
抜歯後の食事って、抜かれた所が穴になって、血餅に気を遣わないといけないからストレス負荷すごいよねっていう話。
**・~抜歯前日(備考のみ)**
1週間以上前から不安になっている。
寝る前に、明日の「起床→家出る→歯医者到着」までのタイムスケジュールを書き留めておく。
明日の持ち物も用意しておき、持ち物リストもメモに書いておいて寝た。不安でいっぱいだったけど、しろたんにいい子いい子してもらいながら寝た。こういう時のために、僕はしろたん激よわ丸になったのだった。
**・寝る前日記(抜粋)**
明日は歯医者だ、右上の親知らずが抜かれてしまう……!
この歯は思い入れがある。口を閉じるたびに頬に当たり、
「なんで斜めに生えているんだろう?」と2X歳からずっと付き添っていた。神奈川県C市からそれは斜めだった気がする。C市の歯医者さん(おじいちゃん先生)にて虫歯を治療して、ニートになった後に「抜いてしまうか?」となった時、抜くのを躊躇ったのだ。
「いえ、抜きません」と怖がって以降、5年以上が経過したのだ。
(中略)
夕方までは、なんやかんやおとうふになっていたが、先週に比べると不安になっていない……かも。いや、違うか。身体をヾ(・ω・*)なでなでして、一緒に頑張ろうね。僕の身体、ありがとう。
**・抜歯当日**
昼:メイバランス
inゼリー(スプーンで掬いながら)
夜:おかゆ(温めてから人肌まで冷ます。スプーンでぐるぐるかき混ぜながらさらに液状化させる)
備考:
・昼前に親知らず抜歯(右上)。歯は貰ってきた。
・計1.5時間くらい。
行き→歯医者到着→受付→待つ→入室/エプロンつける→麻酔→麻酔待ち→抜歯準備(口腔内お掃除)→抜歯(ヘーベル・|鉗子《かんし》)→お会計/処方箋貰う→薬局にて痛み止め貰う→帰り。
・鉗子で引っ掴まれた時、顔が引っ張られ、ぐらぐらされる。顔全体が引っ張られるような独特な揺れ方をする。てこの原理を感じた。麻酔で痛くなかったよ。
・麻酔が切れるまでは暇だったため、貰ってきた自分の歯を子供のように観察していた。長さは二センチ程度で、歯茎に埋まっているのは1cmくらいだ。
「この歯は、朝には生えていて、今は抜かれて手元にいる……」と。なんだか不思議な感覚だった。ダイソーで購入したピルケースの一区画に収まる程度の大きさしかないのに、口の中に入れたままだと大きく感じるものだ。拡大解釈ってこんな感じなのだろうか。
・麻酔が切れる寸前にて疼痛を発したため、痛み止めを服薬。4時間後に再び痛み止めを服薬、寝る前にも服薬。計3錠消費した。
・久しぶりに食べるおかゆってこんなに味しなかったっけ? となるため、適当にしょうゆをかけるとウマ味。しょうゆは万能調味料。
・食べる際、顔を傾けて食べた。もはや噛むことをしない。そのまま喉に流すように。ひとくちずつ飲み込んでいった。掬うスプーンの量にも気を付けた。多いと飲み込めないので、少な目に掬うとよいらしい。
・夕食後の歯磨き
傷口以外の部分を細心の注意をしながら超慎重に磨く(傷口付近はほぼ磨いていない)。歯磨き粉はつけなかった。食べかすを取るようなイメージで磨く。傷口だけでなくほかの歯も慎重に磨く感じでいた。
・就寝時
しろたんをむぎゅって慰めてもらいながら就寝した。寝つきが悪めだったが、いつも通りいつのまにか寝ていた。しろたん強い。しろたんに激よわ丸。
**・抜歯後1日目**
昼:inゼリー(スプーンで掬いながら)
ジャージー牛乳のプリン
ティラミス
夜:かっぱえびせんをお湯でふやかした奴
備考:
・inゼリーなどのゼリー飲料をそのまま吸うと、口腔内が陰圧されて血餅が取れる懸念があるとのこと。だからわざわざお椀に移して、スプーンで掬って食べていた。
・ネット情報にて、抜歯後食事を都度調べていた。
・抜歯後だから、抜歯されている様子が収録されたYouTube動画を視聴。ヘーベル、臼歯用抜歯鉗子を見ると「うわー」ってなっちゃう。怖いもの見たさで見てしまう。
その後「ドライソケット」と呼ばれる単語を見つけ、調べて「うわー」ってなっちゃう。
・効率よく高カロリーを摂取したい欲が出てきて、スイーツに手を出す。脂肪? 上等だぞ、となる。
・歯磨き粉を付けて、傷口以外の部分を慎重に磨く。
・抜歯後数日は食べれるものが無くて精神年齢が低めとなっており、かっぱえびせんをふやかす遊びをしていた。水でふやかすとシュワシュワ音が鳴って嬉しい発見をする。おかゆと同様、しょうゆをかけると「食べれなくはない、か……?」となる。クリエイトされた味、練り物感に戸惑う。
**・抜歯後2日目 月**
朝:バウムクーヘンを水で溶かしながら食べる
昼:かけうどん、半熟卵の天ぷら、塩バニラプリン
夜:うどん
備考:
・平日。会社出勤日。
・恐る恐るうどんを食す(反対側)。
コシがあるものは抜歯後はNGとかネットに書いてあったが、意外と食べられることがわかる。というか、社食で食べられるものはその程度しかないから。
・歯に気を遣うと、当たり前に食べていたものが当たり前に食べれなくなるため、「当たり前にできすぎた問題」にぶち当たった。以降、メンタルがおとうふになった時に、
「当たり前がでかすぎる問題」と、
「当たり前にできすぎた問題」について、立ち戻ることができるかもしれん。
・トッピングの「半熟卵の天ぷら」は、これなら食べられるな、となったため。案の定、OKだった。また明日も食べよう。
**・抜歯後3日目 火**
昼:かけうどん、半熟卵の天ぷら、スイートポテトスティック
夜:雑炊(具なし)、プロテイン飲料
備考:
「血餅ができる頃に、タンパク質を取ったほうが早く治るよ」とネット情報では書いてあって、プロテイン飲料を購入。
飲む。……うーん、飲みなれてないものに手を付けると、微妙だなあってなる。残す。
**・抜歯後4日目 水**
昼:釜揚げうどん、半熟卵の天ぷら
夜:オムライス弁当
備考:
・口の中が突然変な味がした。ドロッとした唾液だった。
調べると血餅の形態変化らしく、無色透明だったら問題なしとのこと。よかったー、ってなる。
知恵袋などで調べると、
「変な味がしたら化膿している兆候だから今すぐ歯医者に行ったほうがいい」
などと不安をあおるような情報が多めだった。
・知恵袋のようなジャンク情報サイトでは、素人連中が専門家のように不安をあおるだけ煽って、挙句間違った断言をする情報は役に立たない。でも、見ちゃうもんだよねー。
僕も見たから、「ふええ、そうなのー?」とかなっていた。
でも違うらしい。確率で言ったら化膿とか5%もないし。
また、怯えていたドライソケットだが、よほどの喰い方をしていないとそうならないみたいだ。というか、露出してたら激痛で口の中が終わってしまうらしい。調べる前に悶絶、痛みで門前払いとのことだ。
医師の口コミサイトを見ると、
「抜歯当日に気を付けていたら以降は大丈夫ですよー。リスク高いのは当日なんすよ」と軽めに語っていた。それはそれにちょっと不安なんすよ。
**・抜歯後5日目 木**
昼:わかめの天ぷらとおろしうどん、半熟卵の天ぷら
夜:ごはん、刺身など
備考:
うどんに飽きる。明日はうどん以外のものを食べたい。でもなー……。
みたいな感じで、心の中で天使と悪魔が戦っていた。
**・抜歯後6日目 金**
昼:しょうゆらーめん、小ライス
夜:ハンバーグ弁当
備考:
柔らかいものが食べられるようになる(まだ反対側で噛んでいる状態)。
誤って傷口に舌が触れたことがあったが、特に痛みもなく。でも、傷口についてはデリケートなおとうふだと思っているから、以降も触らないように気を付けている僕ってすごい。
恐る恐るストローで飲むことを試したが、大丈夫そうだった。でも、痛いんだか、痛くないんだか曖昧な感じがあったため、大事を取って辞めておいた。
**・抜歯後7日目 土**
昼:チーズハンバーグ弁当
夜:サイゼ(ピザ、フォッカチオ、ティラミス)
備考:
午前歯医者に行き、傷口を見てもらう。「無問題っすねー」となった。よかったー。
「穴が塞がるまで2~3か月くらいかかるよ。その後骨が形成されるまで1年はかかるよ」的なことをいわれ、歯医者終了。お会計は200円だった。ご褒美ゼリーをいっぱい買った。
参考:
・易しいタイプの親知らず抜歯 2021年製作(戸塚駅前内藤歯科(横浜市)
https://www.youtube.com/watch?v=v7x2XkvAHy8
・歯を抜いたらご覧ください(同上)
https://www.youtube.com/watch?v=1iK9WiPrfWU
※実写のためやや注意。へーベルの用い方
・歯科医師が「親知らずの抜歯の流れ」を徹底解説!!(芝パークタワーデンタルクリニック)
https://www.youtube.com/watch?v=-YjdDNY9wAs
しろたんによる癒し枠
・しろたんについて考える夜(081X)
しろたんとは何か。しろたんは偉大だ。しろたんは立派だ。しろたんはすごい。
むぎゅうしたい。むぎゅうしよう。なでなで、くったり。
しろたんとは何か。しろたんとは、概念だ。しろたんは僕のおとうふを食べてくれる。
しろたんは、頃合いを見計らって、食べるのを止めてくれる。共存しているのだ。
何が言いたいかというと、癒されているのだ。邪魔をするな。
・しろたん公式垢(しろたんふんわりInfo)
https://x.com/sirotan_fun
・しろたん公式垢
https://x.com/sirotanfunwari
・しろたんがやらないこと
https://gendai.media/articles/-/153369?page=3
・しろたんじぇんと
https://image.rakuten.co.jp/sirotan/cabinet/2504/96136082_5.jpg
・ぼくはしろたん(歌)
https://www.youtube.com/watch?v=3J3Yn-FinU0
・しろたん垢
https://x.com/okurumi30/status/2083160749975994782
https://x.com/8mmmo
https://x.com/Shirotan_mochi/status/2082391272237785405
https://search.yahoo.co.jp/realtime/search?ei=UTF-8&rkf=1&ifr=tl_unit&p=%231%E6%97%A51%E3%81%9F%E3%82%93
AIドットバトル
**・AIドットバトルとは**
相手に勝てそうなモンスターをドット絵で描いて、それAIに読み込ませて、AIがいい感じのモンスター名と設定を考えてもらって、バトルさせるという奴。最近発売されたゲームらしい。(あとがき参照)
AIが考えてくれる設定がいい感じに中二病で、どれもインスピレーションを刺激してくれたので、以下にテキトーに書き写した。
しかし「圧倒的な存在感」という便利ワード、便利だからって使い過ぎやろAI。あと、どんだけ伝説の守護者いるねん。絵心プロと絵心教室な人が混じっていて面白かった。
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**・森の守護者**
ヒノタマの火の粉が空気を焦がし、熱風が森を包む。しかし、森の守護者は青い剣で火の粉を払い除ける。燃え盛る火の粉を跳ね返し、森の守護者は静かに勝利の咆哮をあげた。
**・火の鳥**
炎のエネルギー体であるフレイムスパークは、高速で飛翔しながらあらゆる敵を焼き尽くす。高速で飛び回りながら放つ灼熱の火花は、戦場を無作為に焼き払い、たちまち炎の筵とする。空を舞う火の鳥フレイムスパークは、水の守護者に勝利した。
**・深海の闇**
深海の闇から現れる伝説の守護者「ヴァイオレット・リヴァイアサン」。
強力な尾と鋭い牙で敵を一掃し、深海の闇より空間を捻じ曲げ、混戦を制す。圧倒的な存在感で恐怖を放ち、その力で以て戦いを終わらせた。
**・火の渦**
燃え盛る炎の渦をまとい、高速回転する。猛炎の刃で鋭く切り裂いていく中、炎の嵐は森の守護者さえも燃やし尽くし、最後は燃え盛る王冠が輝きを放ち、無数の炎が雷光のように炸裂した。怪力と異形の迫力が舞う夜空を照らす炎のように輝き、戦いの力は暴君が勝利した。
**・火の鳥VS深海の闇**
フレイムスパークの猛スピードの炎の雨は、一瞬で周囲を熱く包み込んだが、深海の闇はその圧倒的な身体から繰り出す尾の一振りで、炎の奔流を払い除けた。
空間がゆがむ恐怖の力に抗えず、フレイムスパークの炎は徐々に弱まり、深海の闇が勝利の証を静かに称えた。
こうして深海の伝説が今宵も輝きを放ち、ヴァイオレット・リヴァイアサンは夜の奥へ帰って行った。
**・ドラゴン族**
天空を支配する古代龍の一族「ヴェルドラグナ」。風の流れを自在に操り、雷鳴とともに襲い掛かる。鱗は固く、翼は嵐を巻き起こす力を持つ。
**・宇宙の調停者**
三つの腕から放たれる異なる属性のエネルギーが、海中の闇に煌めく。冷静な知性で、相手の狡猾な攻撃を分析し、光と闇のバランスを操る圧倒的な力が獲物を圧倒する。
逃げ場を失った狩猟者は次第に追い詰められ、高次の宇宙の守護者の前に無力さを露わにさせた。
存在自体が恐怖の化身であり、絶望を呼ぶ夜の世界を支配する。そうして震える大海原の支配者にもなった。
加藤純一のAIドット絵バトル ダイジェスト
https://www.youtube.com/watch?v=vb0tWYUyiws
わいの持論①
持論を書きたかったと供述している。
若干、AIによる手直しがあります。
思考とは、いつもGPSの効かない未知の洞窟を探索しているようなものだ。
目的は財宝。好奇心というアクセルを踏み込み、AIが提示する「それっぽい答え」に背中を押され、どんどん奥へと進んでいく。興奮状態にある探検隊はなかなか止まれない。「引き返そう」という理性のブレーキすら忘れて、行き当たりばったりに危険な深部へ足を踏み入れてしまう。
僕の持論にて「正確性より修正力のほうが大事」というものがある。
そもそも、思考の段階で正確性を追求し続けるのには無理がある。なぜなら頭のなかにすべてがある状態では、正しさを正確に判別する要素もまた頭のなかにある。根拠がないという穴を埋めるために、根拠なく思い込むことを促進したり、感情的なレッテルを飲み込むことがあるのである。
物理的な作業なら目の前にミスが発生する。それを減らす努力はできるであろう。しかし、思考のミスは頭のなかで生じるし、事前に予知することはできない。正解を求めて「ああすればよかった」と過去ばかり振り返れば、単にメンタルを病むだけだ。
こういった時、本当に必要なのは、アクセルでもブレーキでもなく、「思考をバックさせること」である。つまり、一歩下がるということ。一度立ち止まって休む。作業興奮に寄りかかった身体をクールダウンさせる。すると、目の前が疑える。「あれおかしいぞ?」と疑問を持つことができる。
「正解だと信じて突き進むか、不明確な恐怖で固まるか」の二択から解放され、冷静に現在地を見返せる。
来た道を戻ってルートを変えよう。そういうわけで、思考に柔軟さを取り戻すことができる。
すでに進んでしまっているもの、それこそが現在での特徴であって、ミスがあったからと言って止めてしまえるほど思考というものは鈍足ではない。思考における正確性をあげることよりは、現在進行中の目の前をちょこっとだけ修正していく「修正力」が大切。
レッテル
約1000文字。
言葉の王たる「レッテル」は、他者を従える王者の風格があった。
常日頃から臣民である言葉を気に掛けており、言葉を服として着服している。お金の話ではない。きっとタンスの話をしている、と口を濁しておこう。今時タンス貯金をしているなんて知れたら、年金暮らしの高齢者のようなひどい扱いをされるかもしれない。
部屋のなかは小説やエッセイやら新聞などが所狭しと蔵書されている。中には年代物の論文などが散見されていて、いくつかの時代の波に沈積されたサンゴ礁のような死蔵品も埋もれている。もう少しすれば、知識でできた石油に化けるのではないだろうか。体積換算すれば、世界を見通せる森羅万象が、半径30万km程度はあるだろう。
そうして、レッテルは、服を着こなして外に行き、小銭を数文字落としながら経済を回している。時にはジャケットを着て、一般大衆にウケる顔をしながら大衆の前に躍り出ることもある。一冊の本、一枚の広告、ワンクリックなキャッチコピー。お手の物だ。
自国民は文字であるからして、王自らが文字になって、レッテルにリネームをしているのだ。そうしてやらないと、臣民たちは安心して文字になれないだろう?
言葉で散財をしたり、テキトーに放浪している。頭のなかに一瞬現れては消えてを繰り返す神出鬼没をやっている。すると、人間たちは「ひらめいた」と誤認して、勝手に指先より文字を|殖《ふ》やしてくれるのだ。これほどまでに率先して奴隷をしてくれる動物はいないだろう。
そうやって、ニートの妄想のようなことをしている。近年は、非常にラクになった。
名づけという役目を全部召使に任せて、レッテルは家で紅茶を嗜んでいる。レッテルにとって召使は召使でいいのだが、近年はアルファベットやカタカナ語がまかり通ってきた。そのため今後召使のことを「AI」と名付けることにした。すると、召使はお任せあれとデジタル世界へお使いに出かけてしまった。以降、レッテルはニートとして|暮《す》ごしている。
いま暮ごすと書いたのは、単に筆者が誤字をしただけであるが。
いま頭のなかに住むレッテルがおっしゃったのだ。漢字の上に一文字落とせと。そうすれば誤字には見えず、きっと見落としてくれるだろうと。
きっと昔はルビ機能などのない、手書きで済んでいたから一文字で済んだのだ。しかし、今は一文字落とすだけでもマークダウン記法のような記号を使わなければならないとは、|便利《いや》なヨノナカになったものだ。
久々に言葉の王はメモ書きをする。デジタル世界に遣う召使に対して、こう書いた。
「クリックも召使に任命したい。どうすればいい?」と。