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αゴミ
AIで瞬時に作ると、その分飽きやすいし廃れやすい。制作したものが一瞬でゴミになる。これを巷では「AIゴミ」と呼ぶらしい。
風のようなものだ。
たしかに瞬間最大風速はすさまじいものだろうが、キハジの公式には今のところ勝てる要素はなさそうだ。
--- き ---
---
--- ハ|ジ ---
小学生ごろに習った。
これによると、「距離が変わらない」なら、「ハ=速さ」がどれだけ高速になろうが、光の速さで進むようになろうが、境界線が引かれた距離は変わらない。
その分時間が割を食って、めちゃくちゃ時間がかかる、という逆転現象が出てくると思われる。
理由は、「AIゴミ」のせいである。AIがゴミを作りまくるので、ゴミを処理せず放置して、逆にミスが増えるというミステリー。
「いや、AIゴミをAIで処理すれば……」
そう考えるかもしれない。
しかし、それこそゴミが増えるだけであろうし、その分有価物の生まれる可能性は今のところ微妙である。
人間、メンドーには打つ手なし。
とりあえず放置して、その後一括削除するという線はあるが、そのリスクは時間に比例しない。必要なものを必要なだけ。そんなことは歴史から見れば真新しい概念だった。
人類の、不必要から必要を見出す力は、そこまで育っていない。
思うに。
「大量生産・大量消費・大量廃棄」の三要素がちらつく。切り抜くのは簡単だが、手に入れるのはずっと難しい。野菜を包丁で切ってみると思う。
AIの技術革新にキョーフを覚えることはあろう。
僕もキョーフを覚えることはある。だから、こんなのを書いているのである。
でも、彼らが作っているのは、文字情報に化けた記号じゃないのかな。
思考が二次創作になろうとも。可能性の塊だと叫ばれていても。適応する側の人間は多数派にならなそうである。だって、自分の身体が第一ですから。
多分、AIの進歩とともに、運動系にブームが来そう。
記号は記号。
だから、あんまり不安にならなくてもいいのさ。
あれらは、幻。つまり、蜃気楼のような、霧のような。
都合の良い脳が作る記号。夢見る世界を創っては、着地点が架空に行きつくしかない。そんな感じがする。
あとは「選択する時間」をとればよい。
時間は余るようになるのだから……数多の記号は|塵《α》となる。軽くなる。