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4 氷の継母と授業2
お茶会まであと二週間。
私はずっとそわそわしていた。
(王族に会うなんて緊張するわ。同じ公爵家の友達もできるかしら……)
「今からでも楽しみだわ!」
私は新しく与えられた自室のベッドで抱き枕を抱きながら、満面の笑みを浮かべた。
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翌日。
「ネージュ嬢」
政治学の家庭教師がにこやかに微笑む。
「今日はテストですよ」
一瞬、私の頭の中が真っ白になる。
(は、え、抜き打ち?)
思わず固まる私を見て、家庭教師はにこりと微笑んだ。
「ご安心ください。普段の復習です」
「先生、それを世間では安心できないと言うんです」
「では始めましょう」
私は震える手で問題用紙を受け取った。
税制、外交、商会との関係、領地経営。
最初の頃なら一問も解けなかっただろう。
けれど今の私は違う。
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一時間後。
私は答案を提出した。
「終わりました」
「お疲れ様です」
授業はそれで終わりだったが、緊張で胃がキリキリしていた。
(この不安に苛まれながら私はこの一日を過ごさなければいけない……)
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昼食の時間。
「お嬢様、本日は鶏の香草焼きです」
「ありがとう」
料理は———味が全く分からない。
「お嬢様、お口に合いませんでしたか?」
ウェーランが心配そうに尋ねる。
「違うの」
私は遠い目になった。
「テストの結果が気になって」
「ああ……」
ウェーランは納得したように頷いた。
「大丈夫ですよ」
「何を根拠に?」
「お嬢様ですから」
何の答えにもなっていない。
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運悪く、今日の午後は義母の礼儀作法の授業だった。
「ネージュ」
「はい、お義母様」
「カップを持つ角度が二度ほどずれているわ」
「申し訳ありません」
いつもなら即座に修正できる。
しかし今日は違った。
頭の中がテストでいっぱいなのである。
(あの問題、第三問目の答え逆だったかしら)
「ネージュ」
「はい、お義母様」
「聞いていないわね」
「聞いておりました」
「言ってみなさい」
私は沈黙した。
義母が呆れたように目を閉じる。
「テストの結果が気になるの?」
「はい……」
「そう」
義母は紅茶を飲んだ。
「なら仕方ないわね」
(お義母様、優しい……)
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そして夕方。
家庭教師が答案を抱えてやって来た。
見た瞬間、私の心臓が嫌な音を立てる。
(来たわ……)
逃げたい。
今すぐ遠くへ逃げたい。
できることなら三日ほど逃亡したい。
しかし家庭教師は容赦なく答案を机の上へ置いた。
「採点が終わりました」
「はい……」
「結果ですが」
私はごくりと唾を飲み込む。
横ではウェーランが祈るように手を組み、義母は静かに紅茶を飲んでいた。
そして家庭教師は微笑んだ。
「百点です」
(ひゃ……ひゃく? ……聞き間違えかな? そうだよ、多分下一桁9だけ聞こえたんだわ!)
「すみません、先生、下一桁しか聞こえませんでした」
「……? いや、百点です」
「……!?」
私は答案をひったくるように受け取り、震える手で確認する。
端から端まで、綺麗な赤丸で埋め尽くされていた。
「ほ、本当に百点だわ……」
信じられない。
だって二か月前まで、私は関税が何かもまともに説明できなかったのだから。
「おめでとうございます、お嬢様!」
ウェーランが勢いよく拍手した。
「やりましたね!」
「え、ええ……」
その時、ぱたん、と義母が静かにティーカップを置いた。
「よく頑張ったわね」
それだけの言葉だったのに、私の胸はじーんと温かくなった。
目頭が熱くなり、ぎゅっと手で押さえる。
「……ありがと……ございます……」
泣くつもりなんてなかったのに、どんどん涙があふれてくる。
ただ、誰かに努力を認められることが、こんなにも嬉しいとは思わなかった。
すると家庭教師が咳払いをする。
「お祝いムードのところ申し訳ありませんが」
嫌な予感がした。
「来週は歴史の確認試験です」
私は静かに天を仰いだ。
「神様っていらっしゃらないのね……」
「お嬢様、百点取った直後に言う言葉ではありません」
ウェーランが呆れたように言う。
義母は紅茶を一口飲みながら頷いた。
「その通りね」
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数日後、歴史のテストの前日夜。
私はノートを見返していた。
「……アルベルト二世は欲張りで、アルベルト三世はお金好き。リヒャルト一世……戦争大好きおじさんで、カロリーヌ女王は、外交ガチ勢……」
私はぱら、と次のページへ送る。
「で、今の国王のルドヴィッグに繋がってくると」
「失礼です、ネージュ」
「ぎゃっっ」
いつの間にか後ろに立っていた義母に叫ぶ。
「あ。申し訳ございません」
「ふっ」
(お義母様って笑うと美少女すぎる……)
「余計なことは考えない」
「は、はい」
義母は机の上のノートを覗き込んだ。
「復習は順調?」
「……七割くらいは覚えました」
義母は私の隣へ腰掛けた。
「さあ、確認するわよ。建国歴54年……」
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今は歴史のテスト後である。
なぜ飛ばしたかと言うと、今までの私は、文字にするのもおぞましいほどひどい状態だったからだ。
昨日なんて義母が帰った後3回戻したし……というのは置いておいて。
横ではウェーランがそわそわしているし、義母はいつも通り優雅に紅茶を飲んでいる。
この人だけ世界が違う気がする。
絶対緊張とかしないタイプだ。
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「では、こちらが答案です」
「は、はひ……」
私は問題用紙に挟まっている答案用紙を恐る恐る取り出した。
(九十五点……きゅうじゅうご?)
「うおおおぉぉぉぉ」
一番初めに叫んだのはウェーランだった。
「やりました、やりましたよお嬢様ぁあああ!!」
「九十五点……!! ……あと五点……」
「お嬢様!?」
ウェーランが叫んだ。
「そこは喜ぶところです!」
「喜んでいるわよ!? 喜んでいるけどあと五点だったの! 悔しぃ……」
「よい心構えですね、ネージュ嬢」
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数日後
歴史の試験結果に浮かれていた私だが、現実は甘くない。
なぜなら。
「ダンスです」
義母がそう告げたからである。
「……ダンスですか」
私は遠い目になった。
礼儀作法も歴史も政治学も勉強すればどうにかなった。
だがダンスだけは違う。
覚えたと思ったら足を踏み外す。
回れと言われれば回りすぎる。
止まれと言われれば勢い余ってよろける。
つまり壊滅的だった。
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「ネージュ、右足」
「はい」
「違うわ、今動かしたの左足よ」
「え?」
「自覚もないの?」
「ありません」
「重症ね」
お義母様が額を押さえた。
横で見ていたウェーランが肩を震わせている。
(笑うな……!)
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お茶会まであと3日。
私は一曲ぐらいなら通せるぐらいの体力がついた。
今までは回るときや、ステップを踏むときにコルセットが腰と胸に刺さりまくっていて、ダンスどころではなかったのだ。
「ネージュ、今日はテストです。……ウェーラン、ネージュの相手をしてください。私はこちらで見ています」
義母は椅子に座ると、鑑定するかのようにじっとこちらを見ていた。
((緊張するぅ……))
義母がちらり、と演奏団の方を見ると、音楽が流れ始める。
(相手の目を見つめながら、ハイ、みーぎ、ひだり、みーぎ、ひだり、くるくるー。そしたらぎゅってやって、またくるくるー。ハイ、みーぎ、ひだり……)
心の中で数えながらやっていると、ス、と音楽が止まった。
「終わった……」
「ネージュ、まあまあな出来ですね。これならお茶会後の舞踏会も余裕でしょう」
私はぱあっと顔を明るくする。
義母の「余裕」は、合格だ。
「はい、お義母様!」
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「緊張しました、お嬢様ぁ……」
ウェーランは私の部屋に帰ってきてからずっとこの調子だ。
「もう、ウェーラン。ここまでにして」
「ハイっ!」
切り替え早いなぁ、と苦笑していると、「あ」とウェーランが時計を見た。
「夕食の時間です」
「じゃあ、すぐ行きましょう」
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いつものように義母とウェーラン、執事長とともにご飯を食べていると、義母がふと言った。
ちなみに、父は私たちとは別の時間帯に食べているらしい、かっこ悪い。
「ネージュ、わたくしはあなたのその能力を公にさらすつもりはございません」
「は、はぁ……」
「ですから! ネージュも外では外国語を話してはなりませんし、万が一、政治の権利がある者がこの国の不利益となることを言っていても、絶対に口を挟んではなりませんよ」
「それはつまり、私の能力が王族に知られれば、取り込まれてしまう可能性がある……と」
「はい」
私は政治学は好きだけれど、実際に自分が政治を動かすことができるようになった時、もしミスをしてしまったら、と考えるとそれだけで嫌になる。
「勿論です。私も、政治に何か参加したくありませんもの」
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ついに、お茶会当日。
珍しく義母はそわそわしていた。
(小動物みたいでかわいい……)
「顔に出ていますよ。にやにやするのはやめなさい」
「すみません」
私がカーテシーを行うと、「少し腰を落としなさい。あと、もっと顎を引いて」といつものように注意される。
変わらない幸せとはこのことかもしれない。