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Ⅶ「夢」
夢を見た。
そこは、何もかもが真っ白な世界だった。
音もなく、風もない。
境界線を消失した白一色の空間。
ただ、チカゼと、彼女から十歩ほどの距離に、一人の女性が佇んでいる。
年は一見、三十代後半ほどに見える。
痩せていて、顔色は死人のように悪い。
過酷な放浪の果てにある者のようだった。
その肌に本来の血色が宿れば、ずっと若々しいはずだ。
髪や瞳の色彩と、すらりとした背の高さが、どこかチカゼ自身を彷彿とさせた。
(お母さん?)
ふとそんな気がしたが、チカゼはすぐ首を横に振る。
母に重い病歴など聞いたことがない。
家のアルバムに残る数年前の母は、もっと生命力に溢れ、柔らかく笑っていた。
女性の纏う灰色のローブが、肉の落ちた肩から力なく垂れ下がっている。
裾から覗く編み上げのブーツは、チカゼが履いているものとよく似ている。
(……未来の、私?)
嫌な発想だった。
あまりにも突飛、悲観的な飛躍だ。
摩耗しきった自分自身の成れの果て。
それをを見せられているような、不気味な既視感がこみ上げる。
ふいに、女性の瞳がわずかに動いた。
伏せられた睫毛の影。
濁った眼差しが、じっとこちらを射抜く。
「言っとくがわたしは、あんたじゃねぇからな」
その声は、チカゼ自身のものより幾分か高い。
嘲るような言い方で、明らかに馬鹿にされた。
そう感じたものの、不思議と腹は立たなかった。
相手の浮かべた表情は、今までの人生で出会った誰にも、そして鏡の中にいる自分自身にも、一度として浮かんだことのない色だった。
痩せこけた頬を不自然に引きつらせて笑うその姿には、拭い去れない悲壮感が漂う。
(……私じゃない。お母さんでも、おそらく親戚の誰かでもない)
決定的な異質さ。
その事実に、チカゼは安堵した。
自分や愛する家族が、あんな風に、絶望を煮詰めた笑い方をするとは到底思えなかった。
チカゼは静かに息を吐き、改めてその“他人”を真っ向から見据えた。
……なら、あなたは誰。
問いかける声は、声にならなかった。
口を開くことすらできない。
「……喋れない? 重症だなぁ可哀想に。いいよ、わたしと似てっから、考えてること大体分かるし、わたしが勝手に話す。わたしは……、………………………………………………………………は? なに、もしかして聞こえない? ……………………………ああ、ハイハイ、これで解決は都合が良すぎだと。まぁ魔法ってこんなもんだよな。仕方ねぇ、別の方法探すか……じゃあな」
そこで目が覚めた。