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Ⅳ「茉莉花」
学生寮の自室、朝の柔らかな光が落ちるドレッサーの前。
チカゼは淡々と自身の身なりを整えていた。
十日前、『席が一つ増える』というシュウの言葉。
それが、あの中庭を焦土に変えた彼を指していることは疑いようがない。
「ね、チカゼちゃん」
ふいに隣のベットから、かすれ声がした。
同室のマツリカだ。
彼女は、毛布の海からずるりと顔を半分覗かせた。
自嘲気味に笑っている。
「ごめん、あたし、今日は一限からサボり。っていうか、リタイア」
濃い小麦色の肌が、シーツの白に沈み込む。
その肌の色は、学年や所属の垣根を超えて飛び回っている証だ。
けれど今朝は、そのエンジンが完全にオーバーヒートを起こしていた。
「……お願い。もし今日、出席状況について聞かれたら、『精神修行に出た』って言っておいて。……嘘、普通に『熱はないけど動けない』でいいや。あと、ノートもお願い……」
「行ってくるね。冷たい水、置いておくから」
チカゼは準備を整え、扉に手をかける。
「は〜い、いってらっしゃ〜い。放課後、保健室に来てね」
マツリカの言葉には、聞き捨てならない響きが混じっていた。
「保健室? 貴方、ただのオーバーヒートじゃないのね?」
チカゼが振り返る。
マツリカは重い瞼をこすりながら力なく笑った。
「あはは、バレた? さすが。……ちょっとね、なんだか、学校全体が『誰かのため息』の中に沈んでるみたいでさ。先生に遮断薬出してもらわないと、人混み歩けそうにないんだ」
他者の感情や魔力の残滓を過剰に受け取ってしまう、彼女の特異体質。
マツリカの視線は、窓の向こう、遠くの校舎に向けられていた。
「チカゼちゃん、よろしくね……今日の転校生、あたしの友達だから」
刹那、硬直。
「……説明しなさい」
チカゼは即座に、“お願い”ではなく“命令”のトーンで告げた。
指先が動き、卓上のコップが魔力によってふわりと浮き上がる。
「またあとで話す……って、えっ、ちょ、何であたしのコップを魔法で浮かせてるの!?」
「今すぐ説明して。さもなくば吹き飛ばす」
「割れちゃうっ!放課後!放課後もうめちゃくちゃ詳しく話します絶対」
なおも尋問を続けたが、マツリカの体調は見るからに芳しくない。
チカゼは溜息とともに魔力を解く。
釈然としないまま、部屋を後にした。