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きのみ泥棒と、優しすぎるオーロットの森
読んでくだせ〜
その森の奥深くには、どんな地図にも載っていない、おとぎ話のような場所がありました。
年中、陽だまりのような暖かさに包まれ、木々にはルミの実やオレンの実が、まるで宝石のように鈴なりに実っています。
ここを守っているのは、ひときわ大きな一本の動く大木――オーロットでした。
オーロットの体はゴツゴツとしていて、頭には怪しげな緑色の葉が茂り、真ん中には赤く光る大きな目がひとつ。初めて見るポケモンなら、誰もが恐怖で逃げ出してしまうような姿です。
けれど、この森のポケモンたちはみんな知っていました。彼が、風で巣から落ちたムックルの雛をそっと頭に乗せて戻してあげるような、世界で一番優しいオーロットであることを。
ある日の夕暮れ。オーロットが静かに根を下ろしてまどろんでいると、カサリ、と小さな音が響きました。
赤い目をゆっくりと開けると、そこには一匹の小さなクスネがいました。
クスネの体は泥で汚れ、お腹はペコペコなのが遠くからでもわかるほど、小さく鳴っています。
クスネはキョロキョロと辺りを見回すと、オーロットの足元に実っていた見事なオレンの実に飛びつきました。そして、小さな前足でそれをむしり取ると、大急ぎで口に放り込んだのです。
「……!」
オーロットの大きな目がクスネを捉えました。
普通の森なら、縄張りを荒らす「きのみ泥棒」として怒られても仕方のない場面です。クスネもハッと気づき、オーロットの巨体を見上げて恐怖に身をすくませました。
(怒られる! 叩かれる!)
クスネはギュッと目を閉じました。
しかし、待てど暮らせど衝撃は来ません。代わりに聞こえてきたのは、古い大木が風に揺れるような、優しくのどかな「ギギギ……」という声でした。
クスネが恐る恐る目を開けると、目の前に長い枝が伸びていました。その枝の先には、先ほどクスネが食べたものよりも、ずっと大きくて甘そうなモモンの実が、ふたつも乗せられていたのです。
「ギ、ギ?」
オーロットは、まるで「もっとお食べ」と言うように、優しく枝を揺らしました。
クスネは困惑しました。今まで生きてきた荒野では、食べ物は奪い合うもので、泥棒が見つかれば激しく攻撃されるのが当たり前だったからです。
けれど、お腹の虫の鳴き声には勝てません。クスネはひったくるようにモモンの実を受け取ると、夢中でかぶりつきました。口いっぱいに広がる甘い果汁に、クスネの尻尾が思わずパタパタと揺れます。
それからというもの、クスネは毎日その森に現れるようになりました。
最初は「泥棒」のつもりでコソコソとやってくるのですが、オーロットはいつもそれをお見通しで、クスネがやってくると一番美味しい実がなる枝を、そっと地面の近くまで下げて待っているのでした。
ある日、クスネはいつものようにオレンの実を食べながら、ふと不思議に思って問いかけました。
「くすん?(ねえ、どうして僕を怒らないの? 僕は泥棒なんだよ?)」
オーロットは、ただ静かに微笑むように目を細め、一本の太い枝でクスネの頭を優しく撫でました。
オーロットには言葉はありませんが、その温もりだけで伝わるものがありました。この森にあるものは、お腹を空かせたすべての生き物のもの。そして、小さなクスネが毎日ここへ来て、お腹いっぱいになって嬉しそうに帰っていくことが、この優しい大木にとっての何よりの喜びだったのです。
クスネの心の中で、少しずつ変化が起き始めました。
ただ貰うだけの「泥棒」でいることが、なんだか恥ずかしく、申し訳なくなってきたのです。
(僕も、オーロットに何かあげたいな)
そう思ったクスネは、次の日から森の中を歩き回り、オーロットが喜びそうなものを探すことにしました。
ある日は、川底で見つけたピカピカ光る綺麗なきれいな石。
ある日は、風に乗って飛んできた、見たこともない色の美しい羽。
クスネがそれをオーロットの根元にちょこんと置くと、オーロットは嬉しそうに体を揺らし、自慢の木の葉の髪飾りのように、その羽を頭にくっつけました。その姿を見て、クスネは胸の奥がぽかぽかと温かくなるのを感じました。
月日は流れ、季節は秋から冬へと向かっていました。
あんなに暖かかった森にも、冷たい北風が吹き込むようになります。
ある朝、クスネが森へやってくると、いつも出迎えてくれるオーロットの様子が変でした。
いつもなら元気に揺れている葉が元気をなくし、その巨体はピクリとも動きません。赤い目も、うっすらと曇っています。
「くすん!?(オーロット、どうしたの!?)」
クスネは慌ててオーロットの足元に駆け寄りました。
近くにいた森の物知りなヤレユータンが、静かに首を振って教えてくれました。
「ヤレ……(この冬は寒すぎる。オーロットは森の木々を守るために自分のエネルギーを使い果たし、深く眠ってしまったのだ。彼を癒すには、山の一番高い場所にしか咲かない『ふしぎな草』が必要だが、この寒さでは誰も行けない……)」
クスネはオーロットの冷たくなった幹に触れました。
いつも自分に温かい実をくれた、大好きな優しい枝。今度は、自分が助ける番だ。
「くすん!(僕が行く!)」
クスネは力強く鳴くと、振り返る communications もなく、冷たい風が吹きすさぶ冬の山へと駆け出しました。
小さな体にとって、雪山の寒さは凍えるようでした。鋭い岩に足元をすくわれ、何度も転び、自慢の毛並みはボロボロになりました。それでも、クスネの頭にあるのは、あの優しいオーロットの目と、一緒に過ごした温かい日々のことだけでした。
「くすん……くすん……!」
息を切らし、ついに山の頂上にたどり着いたクスネは、雪の中から健気に顔を出している、緑色に光る『ふしぎな草』を見つけました。
クスネはそれを丁寧に口にくわえると、寒さで震える足に鞭打って、再び森へと駆け降りました。
森に戻ったときには、すっかり夜になっていました。
クスネは息も絶え絶えになりながら、オーロットの根元へたどり着き、口にくわえていた草をそっと根の上に置きました。
そして、祈るようにオーロットの幹にしがみつきました。
「くすん……(お願い、目を覚まして……)」
クスネの流した一粒の涙が、ふしぎな草に落ちました。
その瞬間、草がまばゆい光を放ち、光の粒子がオーロットの根から吸い上げられていきました。
静寂の中、パリパリと凍りついていた幹が音を立てます。
そして――「ギギギ……」と、懐かしい音が響きました。
ゆっくりと開いた赤い目は、いつもの優しい光を宿していました。
オーロットは足元で力尽きて眠りそうになっているクスネを見つけると、一番優しい大枝で、そっとその小さな体を包み込み、自分の胸元へと引き上げました。
オーロットの体から伝わる、懐かしい木の温もり。クスネは安心して、深い眠りに落ちていきました。
次の朝、目が覚めたクスネは驚きました。
オーロットの頭には、クスネが命がけで持ち帰った『ふしぎな草』が、まるで新しい勲章のようにしっかりと根づき、青々と茂っていたのです。
そしてオーロットの枝には、これまで見たこともないほど大きくて、黄金色に輝く特別なきのみが実っていました。
オーロットは優しい目でクスネを見つめ、その特別なきのみを差し出しました。
クスネはもう、泥棒のようにつまみ食いはしません。しっかりと両手で受け取り、オーロットの顔を見上げて、嬉しそうに鳴きました。
それからの森では、少し変わった景色が見られるようになりました。
大きくて優しいオーロットの頭の上に、一匹のクスネがちょこんと座り、森を見守っています。
かつての「きのみ泥棒」は、今では世界で一番優しいオーロットと一緒に、この温かい森を守る立派な番人になったのでした。
ありがとうございま〜す!