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碧緑の谷のガラス工房
読んでみて下さい!
第一章:風の渡る煙突
オルティガの街からさらに北へ、人間が滅多に足を踏み入れない険しい山々の合間に、一年中穏やかな風が吹き抜ける「碧緑(へきりょく)の谷」があった。
その谷の斜面に、古びたレンガ造りの工房がひっそりと佇んでいる。屋根から突き出た細長い煙突からは、時折、淡い紫や琥珀色の煙がもくもくと立ち上っていた。ここは、ポケモンたちだけが暮らす特別なガラス工房。
「バク、もう少し右だ。そこ、火力が弱まってる」
工房の奥、真っ赤に燃え盛る炉(ろ)の前で、大柄なバクフーンがふう、と息を吐いた。彼の名は「バク」。この工房の主(あるじ)であり、優れたガラス職人だ。バクフーンの背中から噴き出す炎は、普通の火とは違う。長年の経験によって完全にコントロールされたその熱は、硬い砂をドロドロとした美しい硝子(ガラス)の液体へと変える。
「バフン……」
バクは太い腕で、長い鉄の吹き竿(パイプ)を器用に回す。竿の先には、熱でオレンジ色に輝くガラスの塊。
「はい、お師匠! すぐに!」
炉の脇から飛び出してきたのは、小柄なヒノアラシの「ピコ」だ。ピコはまだ見習い。背中から小さな火花をパチパチと散らしながら、ふいご(送風機)の紐をいっしょうけんめいに引っ張る。しかし、力が足りずに足元がふらつき、お尻をペタンと床についてしまった。
「焦るな、ピコ。火は心だ。お前がバタバタすると、火も踊ってしまう」
バクは優しく諭すように言うと、吹き竿を口元に当て、そっと息を吹き込んだ。
スー……
バクの息を吸い込んで、オレンジ色の塊がぷうっと丸く膨らむ。それはまるで、熱い命を吹き込まれたシャボン玉のようだった。バクが竿を回しながら木製の型に押し当てると、瞬く間に美しい一輪挿しの花瓶の形が成形されていく。
この工房で作られるガラス細工には、不思議な力があった。バクの炎と息によって作られたガラスは、光の当たり方によって、持ち主の「心の記憶」を映し出すのだ。
第二章:森の配達員
お昼を告げる時計の鐘が鳴ると、工房の重い木製の扉がガラガラと開いた。
「こんにちはー! バクさん、ピコちゃん、入るよ!」
元気な声と一緒に飛び込んできたのは、大きなカバンを肩にかけたオオタチの「タチチ」だ。彼女は谷一番の配達員で、長い体をくねらせながら、いつも最高の笑顔で荷物を届けてくれる。
「タチチさん! 待ってました!」
ピコが嬉しそうに駆け寄る。タチチはカバンの中から、丁寧にワラで包まれた小さな木箱を取り出した。
「はい、これ。東の最果ての海岸に住むペリッパーさんが運んでくれた、特製の『きらめき砂』。今回のガラス、これを使うんでしょ?」
「ああ、助かる」
バクは太い手で木箱を受け取り、中に入っている純白の細かな砂を指でそっと触った。太陽の光を浴びて、砂粒一つ一つが星のようにきらめいている。
「これがあれば、次の注文の『思い出の灯籠(とうろう)』が作れる。ありがとう、タチチ」
「どういたしまして! あ、それとね、森の奥のドレディアのドレさんから伝言。最近、なんだか元気がなくて、部屋に飾るための『心が落ち着く色のガラス玉』が欲しいんだって。バクさん、作れる?」
タチチは心配そうに首をかしげた。
「ドレさんが……? よし、分かった。今日の夕方までに試作品を作ってみよう。タチチ、夕方にまた寄ってくれ」
「了解! じゃあ、私は次の配達に行ってくるね!」
タチチは長い尻尾をポンと振ると、風のように工房を去っていった。
第三章:ガラスのなかの色彩
午後になり、工房には静かな時間が流れていた。
バクは、タチチが届けてくれた「きらめき砂」を炉に入れ、じっくりと溶かしていく。ピコはその横で、ガラスに着色するための鉱石の粉をすり鉢でゴリゴリと細かく砕く担当だ。
「お師匠、ドレディアさんはどうして元気がないんでしょう」
ピコがすりこぎを動かしながら尋ねた。
「ドレディアは、季節の変わり目に敏感なポケモンだ。特に秋から冬に変わるこの時期は、自慢の花の香りが少しずつ薄れていく。それが寂しいのかもしれないな」
バクは溶けたガラスを竿の先に巻き取りながら言った。
「じゃあ、どんな色のガラスがいいのかな。赤? それとも黄色?」
「ドレディアに必要なのは、刺激の強い色じゃない。彼女の心を包み込むような、深い森の奥の木漏れ日……『まどろみの緑』だ。ピコ、あの棚の三番目にある、苔色の粉を持ってきなさい」
「はい!」
ピコは短い足でハシゴを登り、深い緑色の粉が入った小瓶を取ってきた。
バクはその粉を、ドロドロに溶けたガラスの表面にまぶす。そして、ゆっくりと竿を回すと、透明なガラスの中に、まるで生き物のように美しい緑色の渦が広がっていった。
スー、ハー、スー……
バクが丁寧に息を吹き込む。ガラスは小さな球体の形になり、表面にはバクの炎の温もりが、そして内部には深い森の静けさが閉じ込められていく。
ピコはその様子を、目を輝かせて見つめていた。「いつか自分も、誰かの心を温めるようなガラスを作りたい」。小さな胸の中で、見習いヒノアラシの夢が静かに膨らんでいた。
第四章:夕暮れの光と木漏れ日
夕方、約束通りタチチが工房に戻ってきた。その頃には、バクが作ったガラス玉は完全に冷まされ、完成していた。
それは、ただの緑色のガラスではなかった。
夕方の斜めの光がガラス玉を通り抜けると、工房の床の上に、まるで本物の大樹の影と、そこから漏れる柔らかな太陽の光の模様――「木漏れ日」がくっきりと浮かび上がったのだ。
「わあ……! すごい、きれい……!」
タチチは思わず両手(前足)を合わせて感嘆の声を上げた。ピコも自分のことのように胸を張る。
「これなら、きっとドレディアさんも元気になりますね!」
「ああ、彼女の部屋にこれを置けば、いつでも暖かい春の森の中にいるような気分になれるはずだ。タチチ、届けておくれ」
バクは優しく微笑みながら、ガラス玉を柔らかな布で包み、タチチのカバンに入れた。
「任せて! 急いで届けてくるね!」
タチチはカバンを揺らしながら、夕焼けに染まる谷の道を、軽快に走っていった。
第五章:ともる灯り
夜が訪れ、碧緑の谷は深い藍色に包まれた。
工房の炉の火を落とし、バクとピコはテラスに出て、温かいきのみのスープを飲んでいた。
遠くの森を見つめていると、木々の隙間から、ぽつんと小さな、しかしとても温かみのある緑色の光が灯るのが見えた。ドレディアの部屋の窓から漏れる光だ。その光は、まるで波紋のように優しく周りの森を照らし、心なしか夜の寒さを和らげてくれているようだった。
「お師匠、届きましたね」
ピコがスープのカップを両手で持ちながら、嬉しそうに言った。
「ああ。良いガラスができた。だがピコ、これは俺だけの力じゃない。砂を運んでくれたペリッパー、届けてくれたタチチ、そして火を絶やさなかったお前がいたからだ」
バクはピコの小さな頭を、大きな手でぽんぽんと叩いた。ピコの背中から、嬉しさで小さな、可愛い火花がパチパチと飛び散る。
「明日は、あの『思い出の灯籠』の仕上げだ。明日も早いぞ、ピコ」
「はい! 僕、もっともっと頑張ります!」
夜風が谷を吹き抜け、工房の煙突を優しく鳴らす。
戦いのない、ただお互いを思いやるポケモンたちの世界。そこには、ガラスのように透明で、そして炉の火のように温かい毎日が、これからもずっと続いていくのだった。
(終)
読んでくれてあざした〜😊