公開中
風待つ丘の郵便局と、迷子の小さなあかり
長いので時間があれば読んでください
第一章:青い屋根の郵便局
パピモッチのミルは、毎朝のルーティンが大好きだった。
朝露が残るハーブガーデンを一周し、焼きたてパンのような香ばしい自分の体香を確認する。それから、風車小屋を改造して作られた「風待つ丘の郵便局」の重い木製のドアを押し開けるのだ。
「おはよう、ミル。今日も良い風が吹いているね」
デスクの向こうから声をかけたのは、局長を務めるワタシラガのワタさんだ。頭の上の綿毛をふわふわと揺らしながら、器用にツルを使って手紙を仕分けしている。
この郵便局には、世界中からさまざまな手紙や小包が届く。
ある時は、遠くの雪山に暮らすアローラロコンからの「氷の結晶を同封した季節の便り」。
またある時は、広大な砂漠を旅するフライゴンからの「珍しい木の実の種」。
ミルのお仕事は、この丘のふもとにある小さな村「グリーン・ヘイヴン」の仲間たちへ、大切な便りを届けることだった。
「ミル、今日は特別な配達があるんだ」とワタさんが言った。
「お隣の森の奥深くに住む、大きなカビゴンさん宛ての小包さ。中身は特製の『オボンのみのジャム』。最近元気がなくて寝てばかりいるみたいだから、早く届けてあげておくれ」
「クンッ!」とミルは元気よく返事をした。
配達用のカバンを背中にしっかり固定してもらい、ミルは外へ飛び出した。丘の上からは、緑豊かな森と、その向こうに広がるキラキラした湖が一望できた。
第二章:森のオーケストラ
森の入り口に差しかかると、心地よい音がミルの耳に届いた。
コロトックが羽をバイオリンのように奏で、それに合わせてキレイハナたちが楽しそうにステップを踏んでいる。ここでは毎日が音楽会だ。誰も戦うことなんて考えない。ただ、季節の移り変わりを喜び、歌を歌って暮らしている。
「あ、ミルちゃん! 今日もお仕事?」
キレイハナの一 there が声をかけてくれた。
「クンクン!(うん、カビゴンさんのところへ!)」
ミルがそう答えると、キレイハナは「これ、お近づきのしるしに」と、朝摘みのシアンのみを一つ、ミルのカバンに入れてくれた。
ミルは森の奥へと進んだ。木漏れ日が水玉模様のように地面を照らしている。
しかし、奥へ進むにつれて、いつもより森が静かすぎることに気づいた。いつもならタマゲタケたちが顔を出したり、パチリスたちが木の実をかじる音が聞こえるはずなのに。
木々の隙間から、巨大な影が見えてきた。カビゴンだ。
大きな体でいびきをかいて寝ているが、いつもと違って、なんだか眉間にシワが寄っているように見える。
「クン……?」
ミルが近づくと、カビゴンのお腹の上が小さく動いた。
よく見ると、そこには一匹の小さなチョンチーがいた。チョンチーは水辺に住むポケモンだ。どうしてこんな乾いた森の奥深くにいるのだろう。
第三章:迷子のあかり
チョンチーの頭の上の触手(あかり)は、今にも消えそうなくらい弱々しく点滅していた。
「チチ……」
小さな声で鳴くチョンチー。どうやら、近くの湖から迷い込んでしまい、道が分からなくなって疲れて果ててしまったようだ。それに気づいたカビゴンが、自分の広いお腹の上に乗せて守っていたらしい。カビゴンが元気がなかったのは、この小さな迷子を心配して、ずっと見守っていたからだった。
「クン!」
ミルはすぐにカバンを開け、さっきキレイハナからもらった「シアンのみ」を取り出した。水分が豊富で、みずみずしい木の実だ。ミルはそれを鼻先で転がし、チョンチーの口元へ運んだ。
チョンチーはちいさく一口かじると、嬉しそうに目を輝かせた。少しずつ水分が行き渡り、頭のあかりが「ぴかちかっ」と明るさを取り戻していく。
それを見たカビゴンが、安心したように「ふぅ……」と大きなため息をつき、ゆっくりと目を覚ました。
「のぉーん……」
カビゴンはミルを見ると、お腹の上のチョンチーを優しく大きな手で包み、ミルへと差し出した。
『この子を、お家へ送り届けておくれ』
言葉は交わさなくても、ミルにはカビゴンの気持ちが痛いほど分かった。
ミルは自分の配達カバンの柔らかいスペースに、チョンチーをそっと座らせた。そして、ワタさんから預かっていた特製ジャムの小包を、カビゴンの足元に置いた。
カビゴンは嬉しそうに目を細め、ジャムの瓶を抱きしめながら、また気持ちよさそうに眠りについた。
第四章:湖への帰り道
ミルと、カバンに入ったチョンチーは、森を抜けてきらめく「ミスト湖」を目指した。
道中、チョンチーのあかりがピカピカと光り、ミルの行く道を照らしてくれる。それはまるで、昼間なのに小さな星灯りが足元で踊っているようだった。
「クン、クン♪」
「チチ、チ♪」
二匹はリズムを合わせて進んだ。戦うための技ではなく、ただお互いを知るための心地よい音が森に響く。
やがて、視界がパッと開け、青く澄んだ湖が見えてきた。
水面からたくさんのマリルやウパーたちが顔を出している。
「あ! チョンチーだ! 戻ってきた!」
湖のポケモンたちが大歓声をあげた。
チョンチーはミルのカバンからぴょんと飛び跳ね、水の中へと飛び込んだ。水を得た魚のように、チョンチーのあかりが一番の輝きを放つ。
チョンチーは水面から何度も飛び跳ねて、ミルに感謝を伝えた。湖の仲間たちも、ミルに向かって水を優しくパシャパシャとかけてお礼をしてくれた。ミルは体が少し濡れてしまったけれど、自分の香ばしい香りがミントのように爽やかになった気がして、とても誇らしかった。
終章:風が運ぶもの
丘の上の郵便局に戻る頃には、空は美しい茜色に染まっていた。
「おかえり、ミル。無事に届いたようだね」
ワタさんが温かい温風で、ミルの湿った体を乾かしてくれた。
ミルのカバンには、チョンチーのお母さんから預かった「湖の綺麗な真珠」と、カビゴンが寝言の合間に持たせてくれた「大きなきのみの葉っぱ」が入っていた。これらはすべて、今日の素敵な配達の記録だ。
郵便局の窓から、心地よい夜風が吹き込んできた。
明日もまた、誰かの想いが詰まった手紙が届くだろう。ミルは自分の特等席であるクッションの上に丸くなり、心地よい疲れの中で目を閉じた。
ポケモンたちの世界は、今日も静かに、そして優しく回り続けている。
(おわり)
読んでくれた方はありがとうございました