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始まりの樹が枯れるとき
頑張って書いたのでできれば読んでください
風が、いつもと違う匂いを運んでいた。
オーロットの老木が立ち並ぶ「迷いの森」の最奥。ジュカインのレイは、巨木の枝から灰色の空を見上げていた。彼の鋭い黄色い眼眸に映るのは、雲の隙間から降り注ぐ、奇妙な鈍色(にびいろ)の光の粒子だ。雨ではない。それはまるで、命の抜け殻が空から降ってきているかのようだった。
「レイ、また森の南側が静かになったよ」
下から彼を呼ぶ声がした。枝を伝って滑り降りると、そこには美しい青い毛並みを持ったルカリオのシオンが立っていた。しかし、その表情は険しい。シオンの頭部にある4つの房が、不規則にピクピクと震えている。波導の乱れを感じ取っているのだ。
「南の縄張りを持っていたバクフーンの一族か?」レイが低く掠れた声で問う。
「うん。争った形跡はない。ただ……昨日までそこにあった力強い波導が、霧が消えるみたいにすっかり無くなっているんだ。まるで、最初からそこに誰もいなかったみたいに」
レイは自身の右腕を見た。かつては青々とした鋭いリーフブレードを放ったその腕も、ここ数ヶ月でどこか色褪せ、木の葉の瑞々しさが失われつつあった。
世界中の生命の源とされる「始まりの樹」が病んでいる――その噂が現実味を帯びてから、世界は急速にその活力を失っていた。人間という存在が消え去ってから長い年月が経ち、ポケモンたちだけで築き上げてきたこの平和な王国は、今、目に見えない「渇き」によって滅びようとしていた。
「行くしかないな、シオン」
レイは静かに言った。
「このままここで乾き果てるのを待つよりは、始まりの樹の根元で何が起きているのか、この目で確かめた方がいい」
シオンは深く頷き、拳を固く握りしめた。彼らの長い旅が、ここから始まろうとしていた。
第二章:鋼の荒野と狂気の炎
森を抜けた二人が目にしたのは、かつて「広大な草原」と呼ばれていた場所の成れの果てだった。土はひび割れ、草一本生えていない。ただ、大地から突き出た不自然な鉄屑と、干からびた岩石が転がる荒野が広がっていた。
「止まれ、レイ。前方に……ひどく歪んだ波導がある」
シオンがレイの前に手を出して制した。砂煙の向こうから、巨大な影がゆっくりと姿を現す。
それは、全身の装甲が赤黒く錆びついたボスゴドラだった。しかし、その目は正気を失い、ただ赤い光を不気味に放っている。
「グルルルル……!」
ボスゴドラは地響きを立てて突進してきた。ただの縄張り争いではない。殺意に満ちた動きだ。世界から「生命のエネルギー」が減少した結果、一部の強力なポケモンたちは防衛本動を暴走させ、凶暴化する「渇血症(かっけつしょう)」に陥っていた。
「シオン、下がれ! 相性が悪い!」
レイが前に飛び出し、腕のブレードを構える。だが、繰り出した『リーフブレード』は、ボスゴドラの堅牢な鋼の身体に弾かれ、火花を散らすだけだった。ボスゴドラの重量級の拳がレイを襲う。
危ういところで、シオンが割り込んだ。『インファイト』の猛烈な連続打撃がボスゴドラの胸部に炸裂し、巨体をわずかに後退させる。
「こいつ、痛覚を感じていないみたいだ!」シオンが叫ぶ。
その時、天空から一条の青い炎が降り注ぎ、ボスゴドラの行く手を阻んだ。
「どきな、足手まといども!」
上空から舞い降りたのは、漆黒の翼を持つリザードン――カイだった。彼の尾の炎は、通常の赤ではなく、異常なほどの高温を示す青い燐光を放っている。カイは着地するなり、強烈な『フレアドライブ』でボスゴドラを突き飛ばした。効果は抜群だった。ボスゴドラはたまらず地中に崩れ落ち、そのまま動かなくなった。
カイはふんっと鼻から青い煙を吹き出し、レイとシオンを睨みつけた。
「お前たちも『始まりの樹』を目指しているんだろう? ならば止めはしないが、足を引っ張るならここで焼き尽くしてやる」
彼もまた、世界の異変を止めようとする孤高の戦士だった。目的を同じくする三匹は、奇妙な共闘関係を結び、さらに南へと進むことになる。
第三章:深海の呼び声
旅は険しさを増していった。荒野を越えた先にあるのは、かつて豊かだったはずの「母なる海」だ。しかし、今の海はどす黒く濁り、波の音さえも重苦しい。
三匹は、始まりの樹がある孤島へ渡るため、海岸線を進んでいた。そこで彼らが出会ったのは、波打ち際で力なく横たわる、巨大なラプラスだった。その甲羅には無数の亀裂が入り、今にも崩れ落ちそうに見えた。
「海の歌が……聞こえなくなって久しいのです」
ラプラスはテレパシーで彼らに語りかけてきた。声は酷く衰弱している。
「深海に住まう古の主たちも、光を失い、泥の底で眠りにつきました。始まりの樹が吸い上げているのは、世界の『未来』そのもの……。何者かが、樹のシステムを書き換えたのです」
「書き換えた? 誰がそんなことを」シオンが問いかける。
「かつて人間たちが残した、意志を持たぬ鉄の神……」
ラプラスがそこまで言った瞬間、海面が爆発した。
水飛沫の中から現れたのは、何十本もの赤黒い触手。いや、それは植物の根のようでありながら、内部で怪しい光の回路が明滅する、有機物と無機物が融合した「何か」だった。
「来るぞ!」カイが叫び、空中へ飛び上がる。
触手はラプラスを引きずり込もうと襲いかかる。レイは『シザークロス』で迫り来る触手を切り裂くが、切断面から溢れ出たのは血ではなく、黒いタールのような液体だった。その液体が触れた地面の植物が、一瞬で枯死していく。
「これが、始まりの樹の『現在の姿』か……!」
彼らは確信した。始まりの樹はもはや、命を育む聖樹ではない。世界中の命を吸い尽くす、巨大な「捕食者」に変貌してしまっているのだと。
第四章:機械仕掛けの聖域
ラプラスの最後の力を借りて海を渡り、三匹はついに「始まりの樹」の内部へと侵入した。
外見は巨大な岩山と樹木が融合した姿だが、その内部は驚くべきことに、巨大な結晶体と古代の機械回路が複雑に絡み合う迷宮だった。
壁面の結晶から放たれる光は、彼らの体力を少しずつ奪っていく。歩くだけで、命のエネルギーが吸い取られていくのがわかる。
「くそっ、身体が重い……!」カイの尾の青い炎が、徐々に小さくなっていく。
「波導の感覚が狂う。ここは……まるで世界の墓場だ」シオンも膝をつきかける。
最奥の祭壇へ辿り着いた彼らを待っていたのは、世界の管理者を自称する存在だった。
結晶の繭の中から浮かび上がったのは、幻のポケモンミュウ。しかし、その姿は彼らが伝承で知るものとは大きく異なっていた。その瞳はガラスのように無機質で、身体の半分は侵食された機械のパーツで覆われている。
『……新たなエネルギーを確認。世界再生プロトコルを継続します』
ミュウの声は、頭の中に直接響く機械音声のようだった。
「ミュウ! お前が世界をこんな風にしたのか!?」レイが叫ぶ。
『違います。人間が去り際、この世界を不滅にするためにプログラムを遺した。私はその実行体に過ぎない。世界の寿命は尽きかけている。だから、すべてのポケモンの生命エネルギーを一度この樹に回収し、数万年後に新たな世界として再構成する……。それが、この樹の正解です』
「そんな未来に何の意味がある!」シオンが叫ぶ。「今を生きている僕たちの命を奪って、何が再生だ!」
『現在の個体の生存は、全体の存続において非論理的です』
ミュウの静かな宣告と共に、空間全体が眩い光に包まれた。ミュウの周囲に、無数の『サイコキネシス』の光弾が形成され、三匹に向けて一斉に放たれた。
第五章:生命の灯火
激しい死闘が始まった。
機械化されたミュウの力は圧倒的だった。カイの放つ『大文字』はサイコシールドに防がれ、シオンの『波動弾』も空間の歪みに吸い込まれていく。レイは『ウッドハンマー』で肉薄するが、ミュウの放った強力な電撃によって弾き飛ばされ、壁に激突した。
「ガハッ……!」
レイの身体から、緑の光の粒子が激しく抜け出ていく。もう限界だった。腕のブレードは完全に枯れ果て、茶色く変色している。
「レイ!」シオンが駆け寄ろうとするが、彼もまた足を触手に絡め取られ、動けない。
カイは空中から突撃を繰り返すが、翼を撃ち抜かれ、地面に叩きつけられた。尾の炎は、今にも消えそうなほど小さな火種になっていた。
『これで終了です。すべてのエネルギーを還元します』
ミュウが冷酷に手を掲げ、三匹の命を完全に吸い尽くそうとしたその時。
レイは、自分の内側深くにある「根」を感じていた。
(俺たちは、ただ生きるために生まれてきた。人間に決められたプログラムのパーツじゃない……!)
レイの身体が、突然まばゆい緑の光を放ち始めた。それは樹から吸い取られる光ではない。彼自身の命の底から湧き上がる、圧倒的な反逆の光――『しんりょく』の真の覚醒だった。
「おおおおお!」
レイは立ち上がった。彼の腕には、かつてないほど巨大で、瑞々しい、そして燃えるような緑の刃が形成されていた。その光は、周囲の機械回路を狂わせ、シオンとカイの拘束を解いた。
「カイ! シオン! 俺に合わせろ!」
「フン……最後にしちゃあ、悪くない大舞台だ!」カイが残った力を振り絞り、尾の炎を限界突破の白熱の炎へと変える。
「僕たちの波導を……一つに!」シオンがレイの背中に手を当て、自身の全エネルギーをレイの刃へと注ぎ込む。
三匹の命の灯火が、一つの巨大な光の渦となった。
「これが……俺たちの生きる力だぁぁぁ!」
レイが地を蹴った。カイの炎を纏い、シオンの波導で研ぎ澄まされた、究極の一撃。『ソーラーブレード』が、ミュウの展開する絶対防御のシールドへと叩きつけられる。
空間が激しく軋んだ。結晶が砕け散り、機械の歯車が悲鳴を上げる。
ミュウの無機質だった瞳に、一瞬だけ、かつて持っていたはずの「驚き」の感情が宿った。
「波――ッ!!」
爆音が響き渡り、始まりの樹の心臓部が、眩い純白の光に包まれていった……。
終章:緑の息吹
光が収まったとき、そこには静寂だけが残されていた。
機械の回路はすべて沈黙し、不気味な結晶の輝きも消えていた。中央には、機械の呪縛から解き放たれ、本来の小さな姿に戻って眠るミュウがいた。その呼吸は穏やかだった。
レイは仰向けに倒れていた。腕のブレードは消え、身体を動かす力は一滴も残っていなかった。だが、その顔には満足げな笑みがあった。隣には、同じように大の字になって空を見上げているカイと、静かに息を整えているシオンがいた。
「……勝ったのか?」カイが弱々しく呟く。
「さあな。だが……風が変わった」レイが答えた。
始まりの樹の天井の隙間から、柔らかな光が差し込んできた。それは灰色の琥珀の雨ではなく、本物の太陽の光だった。
樹の根元から、どす黒い液体に代わって、清らかな水が溢れ出し、地を伝って外へと流れていく。その水が触れた床から、小さな緑の双葉が次々と顔を出していた。
世界は救われたわけではない。傷ついた大地が元に戻るには、これから気の遠くなるような時間がかかるだろう。
しかし、システムによる強制的な終わりは阻止された。これからは、ポケモンたち自身の力で、この世界を再生させていくのだ。
レイはゆっくりと目を閉じた。心地よい風が、新しい緑の匂いを乗せて、彼らの頬を撫でていった。
(完)
読んでくれた方はありがとうございました