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5話:消えぬ罪、背負う者
「……はぁ、はぁ、うっ、。」
瑠璃は人気のない、どこか分からない路地裏の地面に片手と膝をつき、呼吸を荒げながらもう片方の手で胸元付近の服の布をギュッと握った。
耳鳴りがし、激しい頭痛が響いて立ち上がることが出来ない。
視界が白く霞んで見えなかった。
あの時、レフェール達の前に姿を現した時、本当は怖くて仕方がなかった。
震える片手を後ろに隠し、持ち前の演技力で乗り越えただけ。
そして、瑠璃は戦闘が得意ではない。
全てが、怖くて仕方がない。
常人より五感が秀でていることが取り柄だった。
だから、その人の感情も、何となくだがわかるのだ。
何より、ヴェルアが一番怖い。
笑顔だが、あの目は人を自分の駒としか見ていない。
仲間の命も、何も考えていない。
「やだっ…やだ…。」
少しでも離れようと、逃げようと重い体を引きずる。
だが、突如背中に冷たいものが走る。
振り返ると、そこには夜鴉が無表情で立っていた。
「あっ……よ、がらす…。」
瑠璃はみるみる顔を真っ青にし、冷や汗を流した。
夜鴉は眉一つ動かさないまま、一歩足を踏み出す。
ブーツが地面の砂利を踏み締める音が、異様に大きく聞こえた。
夜鴉は瑠璃の目の前で足を止めると、その場にかがみ込む。
「…大丈夫か。」
滅多に喋らない彼から発せられた言葉は、瑠璃を案じる言葉だった。
連れ戻されると思っていた瑠璃は、瞬きして呆然とした。
「えっ…?つ、連れ戻しにきたんじゃ…?」
「あの人に従うのは、俺も、嫌だ。」
夜鴉は俯き、静かにそういった。
そして顔を上げると、瑠璃の方をまっすぐに見つめた。
「逃げよう。」
彼の口から発せられたのは衝撃的な言葉だった。
一番従順に見えていた夜鴉がそんなことを言うとは、瑠璃には想像もつかないことだった。
頭が真っ白になり、目を見開いて夜鴉を見上げた。
「正気…?あの人から、逃げようなんて…。」
「お前も、逃げようとしてただろ。」
夜鴉の言葉に瑠璃は言葉を詰まらせ、目を逸らす。
夜鴉は黒い帽子を被り直すと、瑠璃の手を掴んで立ち上がると同時に引き上げた。
「わわっ…!?」
強い力で引っ張られ、勢い余って夜鴉の胸元に倒れ込んだ。
夜鴉はそれを気にすることなく、瑠璃の手を取り直すと、そのまま前を向いて走り出した。
瑠璃は顔を真っ赤にし、俯きながらも引っ張られるがまま、足を動かす。
スラム街の様な荒れ果てた、管理が行き届いていない街を駆け抜けていく。
天蝕の組織に属する者が天蝕を、幽楽を裏切る事は、ただでは済まされない程の重罪だ。
今、二人はそれを承知で逃げている。
「…あなたも、嫌だったの?」
「あの人は、あまり、好きじゃ、ない。」
「そう…。」
瑠璃は顔を上げ、風を感じながらふと疑問に思ったことを口に出した。
途切れ途切れだが、夜鴉は前を向いたままそれに答えた。
瑠璃は眉を下げ、本当にいいのかと不安で心配になった。
「良いの?逃げた事が見つかったら…殺されるかもなのよ?」
夜鴉は、その問いにはすぐに答えなかった。
「俺は、別に。でもお前は、まだ、未来があるから……。」
数秒後、夜鴉はそう答えた。
最後の方の言葉は、声が少し掠れていた様に感じられた。
突然、夜鴉が足を止めた。
「何か、あったの…?」
夜鴉は前を真っ直ぐ見つめたまま、ピタリと一切動かない。
疑問に思った瑠璃が、彼と繋いでいた手を解き、彼の横から少し顔を出して彼の視線の先を見つめた。
そして、冷や汗を流す。
「戻りが遅いと思って来てみれば…何をしているのですか?」
いつの間に追って来たのか、ヴェルアが先回りして目の前に立っていた。
息も切らさず、髪ひとつ乱れていない。
まるで最初からそこにいた様に。
「何故……。」
「何故か?貴方達が逃げようとも、私には全部お見通しです。」
「夜鴉…早く…逃げ…なきゃ…。」
瑠璃は震える声で、夜鴉の服の裾を掴む。
夜鴉は一歩後退り、瑠璃の背中に腕を回すと、素早く抱え上げてその場から駆け出した。
彼の鍛えられた足腰のおかげか、みるみるヴェルアから遠ざかっていく。
「振り落とされるな、よ…。」
普段より少しだけ息を荒くしながら、夜鴉は前を向いて走り続ける。
瑠璃は彼の首に腕を回し、落とされない様しっかり腕に力を込める。
彼の肩越しにヴェルアがいる方向を見ると、ヴェルアは一歩もその場から動いていなかった。
『どこへ行こうと、罪は消えないですよ。』
口を開いてなくとも、ヴェルアがそう言っている様に感じる。
瑠璃は不気味に思い、ふいに夜鴉の方を見た。
夜鴉の額には汗が滲み、大分疲れている様子だった。
「夜鴉、大丈夫…?」
「…気に、するな。」
夜鴉は表情は変えず、荒れ果てた街を抜け、森の中へと入っていく。
植物が、木々が生い茂り、日中だと言うのに薄暗く感じられた。
「(どうなるんだろう…)」
瑠璃がそう思っていた矢先、一つの影が勢い良く隣を通り過ぎた。
「っ、…。」
夜鴉は目を見開いて足を止め、その場に膝をついて崩れ落ちた。
「きゃっ…!?」
瑠璃は勢い良く振り落とされ、地面にぶつかる。
乾き切った硬い地面のせいで、痛みが走った。
「何…?って、え…。」
痛む体を起こして目を開けると、赤い何かが顔へ、服へとかかった。
それが何か、理解するまでは時間がかかった。
だが、夜鴉の姿を見てようやく理解した。
`血だ。`
夜鴉は頚動脈を鋭い刃物で切り裂かれ、鮮血を撒き散らして倒れていた。
辺り一面真っ赤に染まり、血の海と化していた。
「あ、ああぁぁ!!夜鴉、夜鴉!」
瑠璃は悲鳴をあげ、夜鴉の方へと駆け寄ってその体を起こした。
首からの血は止まらず、流れ出たまま。
彼の目は硬く閉じられ、即死していた。
**`「あぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁ!!!!!!」`**
森の中に瑠璃の甲高い悲鳴が響き渡る。
涙が溢れ、ボロボロと頬を伝って落ちていく。
「目を開けて、開けてよ、夜鴉!!」
彼の頬に両手を添え、自分の頬へと向かせてその名前を呼ぶ。
だが、返事は返ってこない。返ってくるはずがない。
瑠璃は彼の体をその細い腕で抱きしめ、泣き続けた。
「ほら、裏切るからこうなるんです。」
聞き覚えのある声がして、ハッとして顔を上げると、ヴェルアが目の前に立っていた。
その手には、夜鴉の頚動脈を切り裂く時に使われたであろうナイフが握られていた。
そのナイフが夜鴉を殺したのだと分かったのは、血塗れで、血が滴っていたからだ。
「っ、あなた…。」
怒りが湧き上がるが、それよりも異様な存在に対する恐怖の方が勝ってしまった。
逃げなきゃ、そう分かっていても足は、体は言うことを聞かない。
「さあ、戻りましょうか。」
ニコリと微笑み、有無を言わさぬ手つきで夜鴉の死体から瑠璃を引き剥がした。
ヴェルアは瑠璃を抱き上げると、付き添っていた部下の一人に手で指示を出す。
部下の男は浅く礼をすると、夜鴉の死体を背負い、そのまま闇に溶け込む様にして消えていった。
「貴女に逃げる術はないですよ。」
絶望的な言葉を囁くと、ヴェルアは歩き出す。
瑠璃はその腕の中で、頭が真っ白になったまま、意識を失った。
「…裏切った貴女には、どんな罰を与えましょうか。」
ヴェルアは意識を失った瑠璃を一瞥すると、静かにそう呟いた。
今回は幽楽の瑠璃ちゃん・夜鴉をメインに書いてみました!
裏切っちゃいましたね…瑠璃ちゃんどうなることやら。
幽楽が一番闇深い組織です…ある意味(?)
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