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【メモ2】中文
メモの山から見つけたメモの一部。
中文とは、メモにしてはちょっと多めみたいな意味です。空行で区切られてる感じです。
※自作文章とどっかからメモったやつが混在しています。あしからず。
線路の上を滑っていく。目の前の店は隣の店へとすり替わる。便利な電車。便利とは、速さだと思う。めまぐるしく変わる変化の速さだと思う。
時間的効率は上がったのだけれども、その変化が瞬間的なコマ送りだから、変化に追いつけず、すぐ過ぎ去ってしまう。そこが不便だなあって思ったりすることが、今抱えている不安や亡失感だったりするのかもしれない。
美しい天使。
絹のように細やかな白い髪。青い瞳は煌めく海を映し出していた。僕はその瞳に魅了されあししげなく通った。小学生中学生高校生。そして大学生。バイト前にも寄ったりもした。
(コピペ)
言論統制の向きがあって、反発があると追い出しが出てくる。根本的な原因は混ぜてはいけないものが混じること。混ぜてはいけない洗剤を混ぜたように過剰反応が発生する。おおむね住み分けがうまくいっていないことに起因すると思う。オリジナルを好む人と二次創作を好む人等のように感性が違う人同士が出会ったときにとる行動としては、攻撃したり追い出したりがよくある。
結局みんな、小説を通して、自分の物語を読んでいる。必ず正しい読解なんて存在しない。
(間違った読解はあると思うけど)
そこにあるのは、自分にとって一番面白い読解、だけだ。
(中略)
もちろんすべての描写を細かくすればいいってもんでもないけれど、私たちは、普通なら切り捨ててしまうような細部を執拗に書くことに対して「文学」を感じる生き物らしい。
(三宅香帆)
肉体精神資産価値。同等の価値を持つ女性を見つけたらいいんじゃないでしょうか。人もおもちゃも一緒です。美しさや希少性で様々な価値を作り出します。あの人じゃないといけないなんてこと、あるんですか?
一緒に過ごした時間、感情的な記憶。そういったストーリーがあなた達を「唯一無二」にしています。(ドラマ)
娯楽が娯楽でなくなってるよね問題。
あー、疲れた。そうだ、現実逃避しよう!
にならず、あー、疲れた。死にたいになってるなって思った。なんでだろ。娯楽がありすぎるから?
娯楽が娯楽になってないから?
娯楽に疲れたから、娯楽に手を付けず、自分の人生って空っぽだ。そう思ってしまうのでは?
帰宅。
カタカナの「ロ」の形をした額縁があって、その中に収められた絵画がある。大きく口を開けた何者かの口内の絵。その絵を見ながら、インスピレーションを働かせる。PCを起動させる間に、頭を無防備に晒した。口内の絵画が僕の脳内へ。捕食して、脳を喰らう。ひと皺に沿い、牙をむき出しにして、一部を……。メモ用に使っているサイトに訪れて、何かを生み出した。
エレベーターな話
エレベーターは車いすの人が使う想定である。
まあ、普通の人も使ってもいい。罰金取られないし。車いすの人を見ていると、駅のエレベーターは同じ場所に作ればいいんでは? と思ってしまった。10両編成で五〜六両目に降りればどこの駅でもエレベーターがある。そのほうが車椅子の方は楽ちんだ。
でも、そうなると階段だって同じ考え方が使えるし、両方ともそれをやるとかち合ってしまう。譲り合うとは、これも込みでしてるのだろうか。
学生に対して「大人っぽいね」と褒める行為は、単に「化粧してブサイクになったね」という意味ではないでしょうか。
だって童顔の方がいいですもん!
気付きについて最近気づいていないと思ってるのなら、それは気づきについて難しく考えていると思った。何かを見てこう思うでも、それはそれで良い。
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早熟なら全部知ってるヤツ!
故に! 知らないなら! 早熟でない!
という背理法を則った形容しがたい読み物。
気づいちゃった。
おいしい牛乳のストロー|口《くち》。
アルミじゃなくて、プラスチックじゃないか!
透けてるぞ……内容液が。普段覗けないものが覗けるという感覚……、これがメイジクオリティ。
下り行きのエスカレーターが入れ替え工事で使用できなくてざまぁとか思ってたら、上り行きのエスカレーターが使えなくなってた。下りだったら階段使えバカとか思ってたのに、上りとなると勝手が違う。ぐぬぬ。50段の階段が……。都会とは、実際のところ階段が多い気がする。だから、エスカレーターさんの力で地下から地上に、地上から橋上駅舎へ向かわなくてはいけない。つまり、田舎のように、階段を数段上ったら駅のホーム!みたいなことがなかったりするのです。
理科の教科書、小扉のページに人体図鑑を見つめる子役の子どもたちが教科書を見ている。劇中劇の効果を持つ小扉の宣材写真だが、撮影時点で教科書はまだ完成してないので子供たちは表紙だけ教科書の白紙ページを見て、興味深げな眼差しを向けている。
勉強とは実際、こんな感じだったような?
側溝男
側溝にあったスマホを拾うが、動画モードのままだったため不審に思い、警察に相談。ロック付きだが、解析の結果男の電話番号と判明。逮捕に踏み切ろうと側溝を歩いていると、男が側溝に入っていたため現行犯逮捕。(ネットニュース)
泡にも硬いとやわらかいがあるとわかった。これは観察実験の結果である。対象物はサイゼのドリンクバー、カプチーノ。
さじでかき混ぜる。さじの回す動作に引っ張られ、下層の液体は混ぜられ、境界の泡の層は引っ張られる。泡は溶けていく。泡の大きさが小さくなっていく。泡のみの層が硬い表情であった。撹拌されるがことにやさしげな柔和さを伴って、表面に被さる。
主人公死亡、RPGパロディ、地球滅亡、殺し屋・死神登場。
描いてる本人はそう思ってないけどジャンプ編集部は腐る程見ているパターン
どれもちゃんと描こうと思ったらクソ面倒いな
やるなら独自性出せってだけでやめろなんて書いてないんだが(ジャンプスレ)
感情を書かずに読者に感情を伝える方法
喜怒哀楽を書いたほうがわかりやすくなる。でも、それはどうだろうか?
「〇〇〜」彼女は口を尖らせる。
この「口を尖らせる」ときはどんな状況だろう。怒っているとき?反論したいとき?
こんなふうに、直接的に感情を書かなくたって、読者に感情を伝えられる。
小さく肩を上げた。腕組みをした。など、表現の仕方は色々ある。
(参考:数奇にして模型 P375)
正直言って少しは分かります。興味はあるし、やってみたいと思うこともありますよ。だけど、それを実際にするかしないかは、大きな違いです。考えるかどうかではなくて、実行するかどうかが、正常か異常かを分ける一線ですから。(数奇にして模型 P248)
意志とは、死の呼び声である。だから、意志の自覚は、死の産声になる。
どれくらい細胞の数が増加したときに、生命は意志を持つのだろう。単細胞であれば、いつまでも生きられるのに。
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これは科学とかそういう領域に収まる代物じゃない。存在が知られれば、壮大な奪い合いが起こるはずだ。……そこでだ詩織ちゃん、誰かにこのりんごを食べてもらおうと思って。
(じいさんばあさん若返る)
逢魔ヶ時だったこともあって、宵闇の神社で見たこの光景が、今だに現実だったのかどうか疑わしいのです。青うるむ夕空のなかを、鴉の真っ黒な影ばかりが舞っていました。
見えます……見えます!
人が増えるとメンドーだなまったく感が運営には見えます。
怒涛のお知らせラッシュ。
それからお盆は休ませろよガキども、感が文章から垣間見えます。前に僕が「短編カフェはもっと利用者減って欲しい」と呟いた気がするのですが。
それは人が増えると余計なルールが増えるからですね。人が増えれば騒ぎを起こす連中が増える。そいつらの頭の悪い人によって、運営は舌打ちするのです。舌打ちの数だけルールは増えてくるのです。
社会ってこんな感じで出来てくるんだなぁって思ったりしています。
あ、今も舌打ちしました。
僕には見えます。これはあれです。素のやつです。たぶんコードミスったんでしょう。デバッグがメンドーなんだと思います。
舌打ちするなら開発中にしたい。いくらでもしたい。運営ってのはそういう奴です。たぶん。
多様性を尊重し、違いを認め合うことの重要性が説かれる時代である。そんな考えが広まったから生きづらく感じ、結果自殺が増えたような気がする。
という風刺の効いた文章書いてやりたい。
けど思いつかない。むむむ。
不登校児は見るな
って書くと見ちゃうんだよねー!
知ってる知ってるー。
でも、普通に見ちゃいけないと思う。
警告はした。
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この世で多分一番価値がある資産は『時間』だ。これは100%平等に与えられており、金持ちだろうと貧乏人だろうと貴族だろうと平民だろうと分け隔てなく24時間毎日手に入る。ただし、繰越はできない。毎日使い切りの資産だ。貯金も出来ない。
この掛替えの無い資産を引きこもりの人達は様々な理由があったにせよ、無駄使いしてきた存在だ。そして時が過ぎ、年齢を重ねてしまった。他の人たちはその限られた時間資産を投入し、浪費したり、消費したりしながら生きる為に必要なスキルやもろもろの経験を獲得した。そして今がある。
その時間的マイナス面を短期間に取り替えそうと言うのだから当然、肉体的、精神的負荷は増大する。それを乗り越える事が出来れば『取り返し』がつく訳だ。これは非常にフェアな戦いだと思う。本人のヤル気とチャレンジだけでなんとでもなるし、辞めるのも自由だから。
(中略)
私は少し違和感がある。好きで時間を無駄にしたのだから野たれ死のうが、犯罪者になろうが、それは自然な事で特段なんとかして上げるのはおせっかいだと思うからだ。
まあ、営利団体だからお金を取る以上、儲けている訳だからまったく慈善事業という訳ではないのだろうが。別に引きこもりを否定している訳でもニートを差別する訳でもない。現実問題として、時間が経てば生き辛くなる事は事実だと認識してもらえばいいのである。
これが「不登校児へのジャブ」です。
(ブログ)
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ファンレターを数値としてとらえ始めたら終わりです。ファンレターは中身です。それなのに、あなたは何通というガワだけ見て、判断しようとした。数字に囚われたのです。
おめでとうございます。あなたは数値依存症です。一生数に囚われてください。何事も数えないものなのです。
髪の毛の本数なんて普通数えないでしょ? そういうことなのです。禿げてる人が数えるとは思いますが…。
どうして数えるのかというと、あなたは禿なんです。自信がないからです。今どきの言葉で言えば、自己肯定感が無いからです。自己肯定感って何?っていうと、ひと言で済ますと「ごはん粒を数えなくてもごはんおいしい」って思えるかどうかですね。
「確かにネットで見る限り、自分もヒキの行動には失敗が多いと思う。ただ、その理由がよく分からない」
「それは簡単。自分の思い込みで物事を進めて、他人の意見を全く取り入れてないのが問題。それだけ。勉強でも同じ」
「例えば?」
「受験系で多いのは、『俺はこういう勉強法で行くんだ!』みたいな人ね。俺様主義者。ほぼ100%成績上がらない」
「それはどうして?」
「いや、単に方向性がイカレてる。酷いのになると、『俺は大学の教科書を使って勉強する!』とか言い出す。高校のも出来てないのに」
「それはただの馬鹿では?」
「いや、そこまで行かなくても近いのは結構多いよ。それで騒ぐ。
『俺はこんなに一生懸命やってるのに!』」
q:働く意味が分からない。
a:それが通用するのは10代まで。
「先生、『やる気がない』に対する社会からの返答って何だと思います?」
「『やる気がない』に対する?……いや、分からん。何だろう?」
「私は不登校児でしたが、外に出てから初めて気付きましたよ。たった一言。『なら、死ね』」
参考:
不登校関係
https://www.carpefidem.com/column.html