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蛍
晴瀬です。
ヤナギと企画した。
お題は『夏』『夜』
主人公すぐ死ねって言います。
相変わらずの捻くれ具合。
蛍の話です。
ある夏の夜の話。
死んでしまおうと思った。
夏の日の夜、独りで。
夏が嫌いだった。
自分で傷付けたから腕は出せず半袖が着れない。
水泳なんて下着だけで街を歩いているようなもんで。
なのにそれを学校は当たり前にのように推奨していて、馬鹿だなって。
泳げて、将来何になる?
水泳選手に、ここの全員なると思うんですか?
馬鹿じゃん。
馬鹿すぎる。
全部死ねばいい。
心が|荒《すさ》んでた。
死ねって、心の中で叫んで。
6月なのに40度超える気候に絶望した。
「腹が痛え」
そう言って痛むお腹を押さえ、女なんだなって笑った。
死ねよ全部。
腹の痛みを少しでも和らげるように冷たいお茶を飲まず、水分を摂らなかったら貧血も相まって吐きそうになる。
このまま死ねたらいいと思った。
視界がぐちゃぐちゃになって意地で目を開けてみれば視界は真っ白。
耳の中で何か音が聞こえる。
暑いけど寒い。
机に伏せて息をした。
ここまで来たら周りの目なんてどうでもいい。
とか言いながらも5、10分経ったら全て収まって、伏せていた頭を上げた。
前に立つ担任の顔を見て、こんな女にはなりたくないと思う。
唐突に死にたいと思った。
死にたい、いや、死のうと。
大人になりたくない。
ババアにもジジイにもなりたくない。
人でいたくない。
人とかそういう概念を超越して消えてしまいたいと。
夏の夜。
暑苦しい熱帯夜。
外に出た。
ここのところずっと家にいない親に手紙を書き殴った。
『死にたいから死んだだけ。
心配とか、どうせしないだろーけどしないでね。
後悔してないから』
家を出て歩いた。
こんな気持ちの悪い夜に誰も外には出ない。
自分が死んでも、いずれ忘れられて"過去"になってくんだろうな。
それでいい。
誰からも忘れられたときこそ消えたってことだろうから。
何となく、山を登った。
小さな、裏山。
昨日の雨で泥濘んだ土を踏んで、泥で汚くなっていく靴を眺めた。
歩きながら気付いた。
どうやって死ぬのか考えていなかった。
浅はかだなと最期まで思う。
なんとかなるか、と適当に考え木と木の間の夜景を見た。
幸せな人生だったんだろうな。
きっと、皆から見たら。
皆、辛いし頑張ってるし耐えてるし。
何かに押し潰されそうで、それを押し返したらあっちが潰れるんだって分かっているから苦しい。
どうすればいいのか足掻いたところで壁は迫ってきて判断を急かされる。
自分が死ぬか相手が死ぬか。
そんな極限の状態でも相手のことを思いやって自分が辛い方を選ぶ人たちは本当に凄いんだと思う。
頑張ったね、ってその言葉を言ってほしかっただけなのかもしれない。
頑張れとか、もっと頑張ろうとか、さらに、もっと、まだまだ、それより、そんなの、今でも頑張ってるのに更に求められて器の大きさが足りないことに気付いて。
どうしようもないと自分に失望して諦めて傷付けて責めて。
辛かったね、弱くてもいいんだよ、自分の気持ちを優先させていいんだよ
そう、微笑んで静かな声で言ってほしかった。
「ねえ」
と声が聞こえた気がして立ち止まる。
願望から幻聴が聞こえているのかもしれない。
そう考えて少し笑った。
山の向こうに小さく打ち上がる花火が見えた。
あんなふうにすぐ消えて、でも一瞬で人に感動を与えられるような花火になれば、そんな人生だったならきっと幸せで楽しくて死のうなんて思わなかったかもしれない。
叶わないけれど、少し考えた。
また歩き出す。
月が綺麗だった。
きっと今日は満月。
月明かりで足元を照らして自分は歩いていた。
自分の歩く音しか聴こえない静寂。
時折蛙の鳴く声や車のブレーキ音などが響いた。
人がここで死のうとしているのに、世界は当たり前のように回っている。
それが、なんだか哀しかった。
最期まで愛されたいと願っていた。
誰かに気付いてほしかった。
誰かに「大丈夫?」そう訊いてほしかった。
誰かに優しく抱き締めてほしかった。
誰かに自分を認めてほしかった。
すべて幻想だと、理解しているから悔しかった。
そう願っていない振りをすることが出来ない。
嫌というほど解っているから。
出来たらきっと、今よりずっと楽だったはずで。
右側の草むらが揺れたように見えて足を止めた。
右側の草だけ。
風は吹いていない。
体がビリビリした。警戒している、と思う。
草むらをじっと見つめる。
葉と葉の擦れる音だけが鼓膜を震わせた。
ホタルだと、思った。
見た目はゴキブリのくせに、発光してゴキブリよりかは生きる権限が認められている、あのホタル。
小さい頃とてつもなくホタルが羨ましかったことを、今思い出した。
見た目が悪くてもそうやって光っていれば存在価値があるのだとホタルが証明していた。
だから自分も、と思った。
見た目がどんなに悪くたってそれを見せないくらいに光ればいいんだと。
まるでそいつは、ホタルだった。
やあ、とそいつは自分の行く道の前に仁王立ちしにこやかに笑った。
フレンドリーに、穏やかに。
悪く言えば、怪しい、胡散臭い笑顔。
「死にきたのかい?」
唐突にそいつは自分にそう投げかけた。
眉を歪めてそいつを睨む。
怖くはなかった。ここで殺されたって何されたってどうでもいい。
でも、ここで時間を喰って朝になるのだけは嫌だった。
死ぬときは夜、そう決めていた。
「誰だよ」
語気を強く、そう尋ねても笑顔を崩さずそいつは答える。
「|蛍《ほたる》、とでも言おうか?君がそう言っていたからね」
じりじり後退りしながらそいつの目を見た。
吸い込まれそうなほど、真っ黒な瞳だった。
「僕ねえ、心が読めるんだ」
馬鹿みたいなことを言う奴だと思う。
「死にきたんでしょ?」
黙っていると蛍は続けた。
「ここの裏山さ、毎年この季節になると自殺志願者が多くてね〜。掃除とか通報とか大変なんだからね?
分かってるかなぁ?お陰で呪いがかかってるとか言われて。
とんだ風評被害だよ」
そう言って独りで大袈裟に溜息をついた。
変な奴。
暫く沈黙が流れた。
薄暗い夜、目の前の男を睨んで動かない少女と、そうされても一切動揺せず夜景を眺める男。
異様な光景だった。
「後悔は、ない?」
親指の爪を中指の爪で弾きながら退屈そうに突然蛍は言った。
「後悔」
そのまま復唱すると蛍は急にこちらへ向き直った。
足が動くたび、泥濘んだ土が音をたてる。
「美味しいもの食べておけばよかったとか
友達とか家族に別れを言ってないとか
あの漫画読んどけばよかったとか
夏を越したかったとか
もっと眠りたいとか
勉強しないでゲームしたいとか
学校バックレたいとか
死ねって叫びたいとか
嫌いな人を殴ってないとか
誰かに抱き締めてもらってないとか
もっと笑っておきたかったとか
もっと僕と話したいとか」
黙っていた。今口を開いたらいらないものまで溢れそうだから。
汚くて、濁っている澱のような自分の心。
「絶対、後悔はしちゃ駄目だよ」
「生きてたらいつでも死ねるけど死んだらもう戻れないから」
「それでもいいなら、どうぞ」
そう言って蛍は道を開けた。
まるで気取った王子のようにお辞儀をして手のひらを山頂に続く道に向けた。
ただ疑問だった。
「生きろって、言わないの」
そう呟いた。
「生きろって言ってほしいの?」
「頑張れって、生きてって、死なないでって、そんなこと言わないでって、言ってほしいの?」
「言われたくないけど、そんなこと言う大人はいないから」
そう言うと蛍は小さく鼻を鳴らした。
どうやら笑ったようだった。
「僕大人じゃないし」
「何歳?」
そう尋ねても蛍は首を振るばかりだった。
「忘れちゃったんだよね〜」
「死んだら、どう?」
生きている蛍に思わず訊いた。
誰かに、死んだらこうだよって教えてほしかった。
今になって死ぬことに少し躊躇っている気がした。
「いや、蛍は、生きてる…よね?」
「死んだらねぇ」
蛍は自分のした生きているか、という問いに応えず話し出そうとする。
「蛍?」
「死んだらねぇ、多分…きっとこう思うんだろうよ」
蛍は笑った。
愉しげに、でもその笑顔は少し翳っていた。
まるで、楽しい遊園地から帰りたくない子供のように。
「うん、よく聞いて。これは大事な話だからね。
君は、君が正しいと思う選択をしなければいけない。
面倒臭いけど、しなきゃいけないんだよね」
道の横に避けても、蛍は自分の目を見続けていた。
その目を見つめ返す。
「死んでも、いいんだね?」
いつの間にか、東の空が赤に色付いていた。
「朝日が見たいかい?」
欲が出てきたなら、それに従うべきだよ
蛍はそう言った。
「ホタルはね、オスは10日、メスは2週間で死ぬんだよ」
風が吹いて蛍の髪が揺れた。
長い睫毛が頬骨に影を落とした。
「一緒に死ぬ?」
「それとも、僕より生きる?」
馬鹿みたいなことを言っていた。
蛍はホタルじゃない。
ホタルのような"人"だ。
蛍は生きている。
「蛍は生きるよ」
「君は?」
「蛍は、ホタルじゃないからね」
「蛍は生きてるから」
蛍の問いを無視した。
自分は、生きるのか分からない。
でもここで、蛍と朝日を見たいと思った。
「ホタルは、ゴキブリかもしれない。
ただ光る、嫌われものかもしれない。
でも光ってるからさ。
ただ、理由が光を魅せるためじゃなくても進化を遂げたんだよ。
ホタルだってさ、凄いんだよ。
気持ち悪くたって、光るだけで人に喜ばれる。
それが凄く、嬉しい」
「でも期待されている。
光らなきゃ、そう思う。だから、無理をしてそのまま死んでいく。
死にたい、消えたいと願う。
どうでもいいから、この世界から逃げ去りたい」
「これってさ、ホタルでもなんでもなく、紛れもない人間の話なんだよ」
「人間も、ホタルだよ」
蛍はそう言って、笑った。
泣き笑いのような、苦しげな笑顔だった。
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蛍と朝日を見た。
2分で書いた手紙を破った。
見られたくはないから。
学校をバックレてみて、あの裏山に戻って叫んだ。
この汚い世界に苦しめられる人が少なくなりますように、そんな願いも籠もっていた。
蛍は、消えた。
ただ、戻ったのだと思う。
本来居るべき場所へ。
ただ、何年後かには一緒に居られるようになるから。
それを願うのは今じゃなくても、いいのかもしれない。
ある夏の、夜の話。
蛍と人の、熱帯夜。
きっと何かが起こるから。
きっと何かが音を立てて動くから。
ただ、夏の夜、死にゆくと必ず現れる。
君の蛍が。
ヤナギ
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