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目次
雨の檻
晴瀬です。
ふわふわパフェ発狂企画に参加させて頂きました。
②です。
お題は『雨』『檻』
いじめ表現があります。
苦手な方はUターン。
檻は人を苦しめるだけのものじゃないって話です。
静かな雨の音で目が覚める。
そのままぼーっと天井を眺めていると、ふと焦りが襲ってくる。
「いま、なんじ」
私は呟きながら時計を見る。
10:28。
さー、と自分の顔が青ざめていくのが分かった。
8:00の、はずだった。
昨日の光景を思い浮かべる。
「ねぇ、あんた明日の8時また来なよ」
「え…?」
「8時。8時だって言ったからね。遅れたら赦さないから」
私はその言葉に頷いたんだ。その剣幕に圧されて。
8時は、もうとっくに、過ぎている。
放心状態になって私は雨の音を聴く。
空は真っ黒だった。
絶望という2文字が頭を支配していた。
早々に滲んだ目の涙を拭って何事もない顔で私は自分の部屋を出る。
リビングではお母さんが椅子に座ってのんびりコーヒーを飲んでいた。寝起きの頭には想定外のことで私は驚く。
「今日、仕事じゃないの?」
頭に浮かんだ言葉を私は何も考えずにいう。今は一人になりたかった、と思う。そう尋ねるとお母さんは頷く。
「うん。休ませてもらったの。だって今日は雨だから」
ああ。そうだ。今日は雨だ。
「今日は外に出ちゃダメよ。濡れて風邪でもひいたら大変だから」
そうだ、今日は、雨。
私は雨の日に外に出られない。
母が、父が、過保護すぎるから。
お母さんが今日仕事に行けばよかったのに。
お母さんに今日急ぎの用が出来たらいいのに。
私はお母さんにバレないように唇を噛む。
小さい頃、雨の日に外に出た。
今日みたいな小雨の日。
お母さんにもお父さんにも何も言わず私は黙って外に出た。
きっかけは些細なことだった。
雨が綺麗だった。雨に濡れる葉が綺麗だった。ぬかるんだ土の上を歩いてみたかった。虹を見てみたかった。
確か、3歳くらいの頃。
親の目を盗んで。
初めてだった。黙って外に出るのも、雨の日に外に出るのも。
息を吸った。気持ちがいい、と思う。
傘を持たずに出たから私の髪は、服は、靴は、どんどん濡れていった。
濡れて頬に張り付く髪を剥がしながら私は歩く。
楽しかった。
1時間くらいだったか。私の体感では30分くらいの気でいたけれど、実際は1時間以上だったらしい。
家に帰ってみればお母さんが泣いていた。
お父さんはそんなお母さんを抱きしめて「大丈夫。絶対帰ってくる」そう言葉を繰り返す。
私は意味が分からずに、玄関の前で立ち尽くす。
どんな状況か分からない。
そんな私のことを両親は気付かなかった。
これは後から知ったことだけど、私は誘拐されたことになっていたらしい。
誘拐、失踪、行方不明。
不穏なワードすぎる。
それからちょっとして私を見付けたお母さんは更に泣いて喜んだ。
「よかった、よかった!もう!どこへ行っていたの!?心配したじゃないの」
私はなすがままに抱きしめられて、怪我がないか何もされてないか尋ねられた。
本当は誘拐でも失踪でもなかったわけだけれど、当時の私はそんなことを説明できるような口も頭ももっていなかった。
翌日は風をひいた。
38度の熱が出て、その日の両親の慌てっぷりは尋常じゃなかった。
もとから両親は過保護だったけど、その出来事から更に過保護になった。
出掛けなければいけない日の雨はいつも私を悩ませた。
あの日私のせいで、私を泣くほど心配させた両親に何も言えず、家で大人しくしているしかない。
昨日のあの子の顔を思い浮かべる。
私がいない間に落書きしちゃおうと思ったんだろうに、私がすんなりトイレから戻ってきてしまうから戸惑っただろうな。
「あっれぇ?もう帰ってきちゃったの?まだ行っててよかったのにぃ」
彼女はキャップをしないまま持っていたマジックペンを放り投げた。
マジックペンはペン先の方から床に落ち、そこには黒い点が付く。
「サプライズで書いてあげようと思ったのにぃ。『死んじゃえ』って」
そう言って彼女は声を上げて笑った。
大袈裟なくらいの、引き笑い。
私は彼女が苦しげに息を吸って笑う音を聞いて曖昧に笑った。
どんな表情をして、どんな行動をして、どんな声を掛ければいいのか分からなかった。
そんな私達をクラスメイトは黙って見ている。
クラスメイトもあの子と同じように共犯なんだって、皆考えたことないんだろうな。
そんなことをぼんやり思って、周りを見回した。
助けを求めたつもりはないけれど、皆がどんな表情をして傍観しているのか気になった。
私が見回すとその目線と自分の目が合わないように皆顔を伏せる。背ける。
自分では自然にやっているつもりなんだろうけど、見てるこっちにはバレバレで。
それが何故か愉快で私は笑った。
「ハハッ、」
と乾いた声が耳に入って、これが私の声なんだと驚く。
私はこんな風に笑わない。
「えっ?なんであんたが笑ってんの?」
さも可笑しそうに笑っていた彼女は私の乾いた笑い声を聞いた途端ピタリと笑うのを|止《や》めた。
すぐに止まるってことは作り笑いだったんだなぁ。
と私は呑気に考えて。
「えっ!?ちょ、えマジかー。めっちゃびびったんだけど。
キモいって。まじで。本当怖いから。怖い。
お前の笑いとか、笑顔とか、キモイの何者でもないから。
むしろ芋虫の方が可愛いかも〜!!」
先生がいない、この場所では彼女は王女様だ。
お姫様だ。
「もういいよ。もういい。お前がいるだけでもうここはゴミ箱だから。
ゴミ収集車だからさ。ふふ、
ね?あんたも嫌でしょ?人間様と一緒にいるのは。
嫌だよね?だってゴミって人間を|汚《けが》すじゃん?
それはさすがにゴミも嫌だよねぇ?
うん。だからもういい。お前は喋んな。
んー、その代わりにぃ明日の8時。朝の8時だよ?明日土曜だし、どうせ暇でしょ?
また来なよ。あたしん家の、近くの公園。
遅れたらさ、赦さないから」
途中まで笑いながら言っていた彼女は直前に恰も真面目、な顔を作って言った。
"赦さないから"
「…はい」
時計を見ては絶望する。
時間は刻々と進んでいき、戻ることはない。
今から行って謝れば赦してもらえるだろうか。
今行った方が、殴られる、蹴られる時間が短く済むだろうか。
焦りと不安と得体の知らない感情でお腹がぐるぐるした。
「お母さん」
気付けば呼んでいた。
「私、外に出たい」
「なんで?」
お母さんは笑顔で訊く。
「外に出たいの」
「あのね、貴方は小さい頃勝手に外に出てお母さんとお父さんを凄く心配させたの。
その後高熱を出して、死んじゃうんじゃないかって私達は凄く、凄く不安だったの。
貴方はもともと双子で生まれる予定だったのよ。
貴方のお姉ちゃんは、生まれる前に……生まれることができなかったの。
そのために貴方には、お姉ちゃんの分も生きてほしいの。
またあんなことになってしまったら、私は、…凄く怖いの。
だから、お願い。怖いのよ。私はまたいなくなってしまうんじゃないかって。
娘がまたいなくなるなんて、考えただけで嫌なのよ」
何度も聞かされた話をまた早口で繰り返してお母さんは私に懇願する。
私に双子がいた、という話はお母さんは随分前から私にしていた。
どうしても雨の日外に出なきゃいけないとき、外に出たいとき私が両親にそう言うと泣きそうな顔で話したのがこれ。
私はその話をされるたび何も言えない。
両親を、また苦しめてはいけないと心が叫ぶ。
「ごめん、そうだよね」
私は薄く笑顔を作って、そう言った。
「ううん、分かってくれたらいいのよ」
お母さんも同じように小さな笑顔で頷いた。
ここは檻だ。
雨の、檻。
「あのさ、|蒼衣《あおい》。学校で…なんかあった?」
言いにくそうに顔を顰めてお母さんが言った。
「え?」
そう聞き返す私の声はありえない程上ずっている。
「あの、ね、貴方の服に血が、着いていたのよ。
違ったらいいんだけど、あの、お腹にあたる辺りに血が着いてて。
あの、その、えっと…」
歯切れが悪いお母さんに私は苛々した。
デリカシーを問いたくなった。
「いじめかって?」
そう、私は言った。
上ずっていたさっきのあの声を私はもう再現できない。
馬鹿みたいに強気で、いつの間にかそんなことを言っていた。
あの子にも、クラスメイトにも、担任にも、両親にも隠していた"強気"が今騒ぎ出した。
ああ、もう、私馬鹿だ。
でも少し、高揚感があった。
久し振りの感情に気分が高まった。
「いじめ…とか…今最近は…騒がれてるし、あの、そう…」
尚もはっきりと言わないお母さんに私は我慢が出来なくなる。
「いじめ…かな?」
そう言ってお母さんの顔を盗み見てみれば目が真ん丸で。
「ねえお母さん。
机に死ねって落書きされるのはいじめかな?
朝8時に呼び出されて殴られるのはいじめ?
私の物を盗まれるのは?
捨てられるのは?
私が何かアクションを起こすたびにどこからか笑いが聞こえてくるんだけどこれは?
ねえ私、もう、疲れちゃった」
そう声に出すと、本当に疲れた気がした。
ああ、私は疲れていたんだ。
寝ても、食べても、笑っても、全部私じゃないみたい。
それは、私が疲れていたからなんだ。
「お母さん」
疲れの中から声を絞り出してみれば、お母さんが、泣いた。泣いていた。
「ごめん、ごめんねぇ。お母さん、気付いてあげられなかった。もっと早く、気付いてあげればよかったよね。
ごめん。ごめんねぇ」
そうやって謝罪の言葉を何度も繰り返して、涙を流した。
何故泣くのはお母さんなのか、何故謝るのはお母さんなのか、私は訳が分からず立ち尽くした。
まるであの日のように。
「これから、どうしたい?学校、行きたくないよね。ごめんね。
何でもしたいことがあったら、したくないことがあったらいっぱい言ってね。
学校もいかなくていい。それとも、転校したい?」
泣いた涙でお母さんの化粧が崩れていく。
"てんこうしたい?"
その言葉を私は瞬時に漢字に変換できない。
気付けば馬鹿正直に頷いていた。
「てんこう、したい」
「ごめん。そうだよね。ごめんね、守ってあげられなくて」
お母さんは尚も泣き続け私を抱きしめた。
「もういいんだよ。我慢しなくて。苦しまなくていいんだよ」
お母さんが私の背中を|擦《さす》る。
守られたのだと思う。
昨日、彼女が8時に来いと言ったから。
今日、私が寝坊したから。
今日、雨が降っていたから。
今日、外に出られなかったから。
今日、お母さんが私に訊いたから。
ここは、檻だ。
雨の檻。
でも、盾かもしれない。
そう思った。
雨の檻。
それは、盾にだってなる。
貴方に檻があるなら、それを盾にしたい。
物は、使いよう。
蛍
晴瀬です。
ヤナギと企画した。
お題は『夏』『夜』
主人公すぐ死ねって言います。
相変わらずの捻くれ具合。
蛍の話です。
ある夏の夜の話。
死んでしまおうと思った。
夏の日の夜、独りで。
夏が嫌いだった。
自分で傷付けたから腕は出せず半袖が着れない。
水泳なんて下着だけで街を歩いているようなもんで。
なのにそれを学校は当たり前にのように推奨していて、馬鹿だなって。
泳げて、将来何になる?
水泳選手に、ここの全員なると思うんですか?
馬鹿じゃん。
馬鹿すぎる。
全部死ねばいい。
心が|荒《すさ》んでた。
死ねって、心の中で叫んで。
6月なのに40度超える気候に絶望した。
「腹が痛え」
そう言って痛むお腹を押さえ、女なんだなって笑った。
死ねよ全部。
腹の痛みを少しでも和らげるように冷たいお茶を飲まず、水分を摂らなかったら貧血も相まって吐きそうになる。
このまま死ねたらいいと思った。
視界がぐちゃぐちゃになって意地で目を開けてみれば視界は真っ白。
耳の中で何か音が聞こえる。
暑いけど寒い。
机に伏せて息をした。
ここまで来たら周りの目なんてどうでもいい。
とか言いながらも5、10分経ったら全て収まって、伏せていた頭を上げた。
前に立つ担任の顔を見て、こんな女にはなりたくないと思う。
唐突に死にたいと思った。
死にたい、いや、死のうと。
大人になりたくない。
ババアにもジジイにもなりたくない。
人でいたくない。
人とかそういう概念を超越して消えてしまいたいと。
夏の夜。
暑苦しい熱帯夜。
外に出た。
ここのところずっと家にいない親に手紙を書き殴った。
『死にたいから死んだだけ。
心配とか、どうせしないだろーけどしないでね。
後悔してないから』
家を出て歩いた。
こんな気持ちの悪い夜に誰も外には出ない。
自分が死んでも、いずれ忘れられて"過去"になってくんだろうな。
それでいい。
誰からも忘れられたときこそ消えたってことだろうから。
何となく、山を登った。
小さな、裏山。
昨日の雨で泥濘んだ土を踏んで、泥で汚くなっていく靴を眺めた。
歩きながら気付いた。
どうやって死ぬのか考えていなかった。
浅はかだなと最期まで思う。
なんとかなるか、と適当に考え木と木の間の夜景を見た。
幸せな人生だったんだろうな。
きっと、皆から見たら。
皆、辛いし頑張ってるし耐えてるし。
何かに押し潰されそうで、それを押し返したらあっちが潰れるんだって分かっているから苦しい。
どうすればいいのか足掻いたところで壁は迫ってきて判断を急かされる。
自分が死ぬか相手が死ぬか。
そんな極限の状態でも相手のことを思いやって自分が辛い方を選ぶ人たちは本当に凄いんだと思う。
頑張ったね、ってその言葉を言ってほしかっただけなのかもしれない。
頑張れとか、もっと頑張ろうとか、さらに、もっと、まだまだ、それより、そんなの、今でも頑張ってるのに更に求められて器の大きさが足りないことに気付いて。
どうしようもないと自分に失望して諦めて傷付けて責めて。
辛かったね、弱くてもいいんだよ、自分の気持ちを優先させていいんだよ
そう、微笑んで静かな声で言ってほしかった。
「ねえ」
と声が聞こえた気がして立ち止まる。
願望から幻聴が聞こえているのかもしれない。
そう考えて少し笑った。
山の向こうに小さく打ち上がる花火が見えた。
あんなふうにすぐ消えて、でも一瞬で人に感動を与えられるような花火になれば、そんな人生だったならきっと幸せで楽しくて死のうなんて思わなかったかもしれない。
叶わないけれど、少し考えた。
また歩き出す。
月が綺麗だった。
きっと今日は満月。
月明かりで足元を照らして自分は歩いていた。
自分の歩く音しか聴こえない静寂。
時折蛙の鳴く声や車のブレーキ音などが響いた。
人がここで死のうとしているのに、世界は当たり前のように回っている。
それが、なんだか哀しかった。
最期まで愛されたいと願っていた。
誰かに気付いてほしかった。
誰かに「大丈夫?」そう訊いてほしかった。
誰かに優しく抱き締めてほしかった。
誰かに自分を認めてほしかった。
すべて幻想だと、理解しているから悔しかった。
そう願っていない振りをすることが出来ない。
嫌というほど解っているから。
出来たらきっと、今よりずっと楽だったはずで。
右側の草むらが揺れたように見えて足を止めた。
右側の草だけ。
風は吹いていない。
体がビリビリした。警戒している、と思う。
草むらをじっと見つめる。
葉と葉の擦れる音だけが鼓膜を震わせた。
ホタルだと、思った。
見た目はゴキブリのくせに、発光してゴキブリよりかは生きる権限が認められている、あのホタル。
小さい頃とてつもなくホタルが羨ましかったことを、今思い出した。
見た目が悪くてもそうやって光っていれば存在価値があるのだとホタルが証明していた。
だから自分も、と思った。
見た目がどんなに悪くたってそれを見せないくらいに光ればいいんだと。
まるでそいつは、ホタルだった。
やあ、とそいつは自分の行く道の前に仁王立ちしにこやかに笑った。
フレンドリーに、穏やかに。
悪く言えば、怪しい、胡散臭い笑顔。
「死にきたのかい?」
唐突にそいつは自分にそう投げかけた。
眉を歪めてそいつを睨む。
怖くはなかった。ここで殺されたって何されたってどうでもいい。
でも、ここで時間を喰って朝になるのだけは嫌だった。
死ぬときは夜、そう決めていた。
「誰だよ」
語気を強く、そう尋ねても笑顔を崩さずそいつは答える。
「|蛍《ほたる》、とでも言おうか?君がそう言っていたからね」
じりじり後退りしながらそいつの目を見た。
吸い込まれそうなほど、真っ黒な瞳だった。
「僕ねえ、心が読めるんだ」
馬鹿みたいなことを言う奴だと思う。
「死にきたんでしょ?」
黙っていると蛍は続けた。
「ここの裏山さ、毎年この季節になると自殺志願者が多くてね〜。掃除とか通報とか大変なんだからね?
分かってるかなぁ?お陰で呪いがかかってるとか言われて。
とんだ風評被害だよ」
そう言って独りで大袈裟に溜息をついた。
変な奴。
暫く沈黙が流れた。
薄暗い夜、目の前の男を睨んで動かない少女と、そうされても一切動揺せず夜景を眺める男。
異様な光景だった。
「後悔は、ない?」
親指の爪を中指の爪で弾きながら退屈そうに突然蛍は言った。
「後悔」
そのまま復唱すると蛍は急にこちらへ向き直った。
足が動くたび、泥濘んだ土が音をたてる。
「美味しいもの食べておけばよかったとか
友達とか家族に別れを言ってないとか
あの漫画読んどけばよかったとか
夏を越したかったとか
もっと眠りたいとか
勉強しないでゲームしたいとか
学校バックレたいとか
死ねって叫びたいとか
嫌いな人を殴ってないとか
誰かに抱き締めてもらってないとか
もっと笑っておきたかったとか
もっと僕と話したいとか」
黙っていた。今口を開いたらいらないものまで溢れそうだから。
汚くて、濁っている澱のような自分の心。
「絶対、後悔はしちゃ駄目だよ」
「生きてたらいつでも死ねるけど死んだらもう戻れないから」
「それでもいいなら、どうぞ」
そう言って蛍は道を開けた。
まるで気取った王子のようにお辞儀をして手のひらを山頂に続く道に向けた。
ただ疑問だった。
「生きろって、言わないの」
そう呟いた。
「生きろって言ってほしいの?」
「頑張れって、生きてって、死なないでって、そんなこと言わないでって、言ってほしいの?」
「言われたくないけど、そんなこと言う大人はいないから」
そう言うと蛍は小さく鼻を鳴らした。
どうやら笑ったようだった。
「僕大人じゃないし」
「何歳?」
そう尋ねても蛍は首を振るばかりだった。
「忘れちゃったんだよね〜」
「死んだら、どう?」
生きている蛍に思わず訊いた。
誰かに、死んだらこうだよって教えてほしかった。
今になって死ぬことに少し躊躇っている気がした。
「いや、蛍は、生きてる…よね?」
「死んだらねぇ」
蛍は自分のした生きているか、という問いに応えず話し出そうとする。
「蛍?」
「死んだらねぇ、多分…きっとこう思うんだろうよ」
蛍は笑った。
愉しげに、でもその笑顔は少し翳っていた。
まるで、楽しい遊園地から帰りたくない子供のように。
「うん、よく聞いて。これは大事な話だからね。
君は、君が正しいと思う選択をしなければいけない。
面倒臭いけど、しなきゃいけないんだよね」
道の横に避けても、蛍は自分の目を見続けていた。
その目を見つめ返す。
「死んでも、いいんだね?」
いつの間にか、東の空が赤に色付いていた。
「朝日が見たいかい?」
欲が出てきたなら、それに従うべきだよ
蛍はそう言った。
「ホタルはね、オスは10日、メスは2週間で死ぬんだよ」
風が吹いて蛍の髪が揺れた。
長い睫毛が頬骨に影を落とした。
「一緒に死ぬ?」
「それとも、僕より生きる?」
馬鹿みたいなことを言っていた。
蛍はホタルじゃない。
ホタルのような"人"だ。
蛍は生きている。
「蛍は生きるよ」
「君は?」
「蛍は、ホタルじゃないからね」
「蛍は生きてるから」
蛍の問いを無視した。
自分は、生きるのか分からない。
でもここで、蛍と朝日を見たいと思った。
「ホタルは、ゴキブリかもしれない。
ただ光る、嫌われものかもしれない。
でも光ってるからさ。
ただ、理由が光を魅せるためじゃなくても進化を遂げたんだよ。
ホタルだってさ、凄いんだよ。
気持ち悪くたって、光るだけで人に喜ばれる。
それが凄く、嬉しい」
「でも期待されている。
光らなきゃ、そう思う。だから、無理をしてそのまま死んでいく。
死にたい、消えたいと願う。
どうでもいいから、この世界から逃げ去りたい」
「これってさ、ホタルでもなんでもなく、紛れもない人間の話なんだよ」
「人間も、ホタルだよ」
蛍はそう言って、笑った。
泣き笑いのような、苦しげな笑顔だった。
---
蛍と朝日を見た。
2分で書いた手紙を破った。
見られたくはないから。
学校をバックレてみて、あの裏山に戻って叫んだ。
この汚い世界に苦しめられる人が少なくなりますように、そんな願いも籠もっていた。
蛍は、消えた。
ただ、戻ったのだと思う。
本来居るべき場所へ。
ただ、何年後かには一緒に居られるようになるから。
それを願うのは今じゃなくても、いいのかもしれない。
ある夏の、夜の話。
蛍と人の、熱帯夜。
きっと何かが起こるから。
きっと何かが音を立てて動くから。
ただ、夏の夜、死にゆくと必ず現れる。
君の蛍が。
ヤナギ
https://tanpen.net/novel/2937c440-594b-4fd3-aef9-049fba4657a5/
生クリーム
晴瀬です。
ふわふわパフェ発狂企画に参加させて頂きました。
①です。
お題は『生クリーム』『黒』
真っ黒な少女の話です。
「一緒に遊ぼ〜」
なんて甘い声で言ってみたって誰も答えてくれない。
私がこんなになったのっていつからだっけな?
お洒落な服を着て、先生にバレないようなお化粧を頑張って、髪を綺麗に結って、可愛い笑顔を作った。
清楚で、可愛くて、文句の付け所がない"私"の完成。
「|姫偉《めい》」
そう呼ぶのはお母さん。
「今日も可愛いね〜」
振り返った私の頬を撫でながらお母さんは言う。
貴方に、そんな風に、そんな言葉で、言ってほしいわけじゃないのに。
それでも私は私を取り繕うのをやめない。
これがもう、私だから。
私は、私が創り出した"私"に乗っ取られたんだ。
馬鹿みたい。
本当に、馬鹿。
どんなに可愛く取り繕ったって、私の心の汚い汚い真っ黒な感情は消えない。
どんなに甘く、どんなに見た目を可愛くデコったって、私の真っ黒などす黒い感情は消えない。
まるで汚い生クリーム。
子供が食べきれなかったクリスマスケーキ。
待ち合わせ場所に来なかった彼氏のアイスクリーム。
見当違いの味だったパフェ。
流行りに乗り切れなかったマリトッツォ。
それが私。
求められようと頑張ったのに、その頑張りは報われない。
そうしたらどんどん捻くれていってさ。
今じゃもう、『ふわふわで可愛いっ!』なんかじゃ隠せないほどのどす黒さ。
私は甘い生クリーム。
でもそれは真っ白な純白の生クリームじゃない。
黒いドロドロの生クリーム。
私の心はどろどろだ。
未定 3
晴瀬です。
ヤナギ考案アンニャントロマン企画に参加しました。
リレー小説で、
みはなださん→ぺんぎんさん→晴瀬(現在)→ヤナギさん→かのんさん
の順番です。
1話と2話は下にURL貼ったんで飛んでください。
ちなみに4話は8月4日に投稿されます。
蝉の声で、目が覚めた。
きっと、この声はアブラゼミ。
そんな下らないことがふと頭に思い浮かんで、ぴくりと瞼が動いたのが分かった。
「|斗羽《とわ》?」
静かな低い声が聞こえた。
少しずつ目を開けると照明の光がダイレクトに飛び込んできて私は顔を顰めた。
特に体に違和感はなかったから「おはよ」と小さく言った。
「斗羽、起きた?大丈夫?痛いところはある?あ、あるよね、そうだよね、たくさん寝て元気になってね」
|傍《はた》を見ると私の枕元に周が座っていた。
私が目を覚まして早々少々大きな声で一人で喋りだす。
と、その声を咎める人がいた。
「|周《あまね》、ここ病室」
反対側を向くと|実來《みくる》が苦笑しながら私を見ていた。
「大丈夫?」
こんな二人に言われて私は事故に遭ったことを思い出した。
「今|沙羅《さら》と|蛍《けい》でお昼買ってきてもらってる」
実來がホッとしたように椅子の背もたれにもたれながら言った。
「事故に遭ったの夕方だったから、半日以上寝てたんだよ」
周が小さく笑顔を作りながら言う。
「あ、」
焦ったように周が言葉を次いだ。
「お母さん、今来てないけど、多分、すぐ来ると思うよ、あの、昨日電話したら、行くって、うん、言ってたし」
「ああ、うん分かってる」
私が適当に相槌を打つと、病室の扉が開いた。
「お昼、買ってきたよ〜………斗羽!?」
「起きてる、え?いつの間に?大丈夫、あの、痛いとこない、え、あれは?ナースコール」
沙羅が病院だということ忘れて叫ぶ。
蛍が驚きながらも的確に物を言った。
「あ、忘れてた」
周があっけらかんと言って、今になってナースコールを押した。
「ねえ、連絡しよ〜よそこはさぁ。言ったじゃん?連絡しようって。あんなたくさんじゃんけんして私と蛍が行くことになっちゃったんだから〜、もう〜、目覚めたと知ったらすぐ帰ってきたのにぃ」
沙羅がふてくされたように手に持っていたビニール袋を振り回した。
「|溢《こぼ》れる、溢れる!」
実來が慌てたようにそのビニール袋を止めて苦笑した。
私もそのいつも通りの様子に何故か安心して笑った。
❋
どうやら私の傷は頭のたんこぶ、足の打撲、体全体にちょくちょくあるかすり傷ぐらいで済んだようだった。
「お大事になさってください」
検査が終わって少ししたら看護師さんにそう言われて退院した。
「お母さん、こなかったね」
病院からの帰り道、蛍が静かに言った。
「まあ、母子家庭だし」
私は念の為、と言われて渡された松葉杖の端を弄りながら言った。
「仕事忙しいしさ」
私に興味もないだろうし、そう心の中で付け加える。
「あ、夏祭り台無しにしてごめんね、花火も見れなかった」
私が思い出したように言う。
我ながら、話を逸らすのが上手い。
「ううん、いいよまた皆で線香花火とかすればいいし」
周が隣で首を振った。
「線香花火!!本当映えるよね〜!やろやろ!!インスタ!!」
沙羅が後ろでぴょんぴょん跳ねながら応えた。
実來が笑って蛍が「単純だなぁ〜」と頭を掻く。
周がふざけて沙羅のまねをして飛び跳ねる。
青春してるなぁ、と思う。
夏祭りなんかは行けなかったけど、こういう青春だって、いいと思った。
❋
「ただいま」
そう声を掛けて玄関から家に入ったけれど誰も応えてはくれない。
分かっているけど、少し期待している自分がいたことに気付いた。
時計を見上げて、午後4時を確認した。
スマホのホーム画面からLINEを開いて、『母』の文字とその横の飾り気のないアイコンをタップして文字を打ち込んだ。
『今帰りました。頭にたんこぶ、足に捻挫とかすり傷程度で済みました。夜ご飯は適当に食べます』
送っても、すぐに既読が付くなんてことはない。
今はきっと、仕事だから。
明日は確か、久し振りに休みだった気がする。
❋
「おはよう」
そう声を掛けてリビングに入ったけれど、誰も応えてはくれない。
まだお母さんは寝ているから。
起こさないように静かにパンを食べた。
お昼が過ぎて、13時になってからお母さんは起きてきた。
「おはよう」
そう言って入ってくるからおはようと返す。
もうお昼だけどね、と小さく口の中で呟いて。
「怪我、大丈夫だった?」
お母さんが聞く。
「うん、全然大丈夫」
私が答える。
短く会話して、その後は各々自由に過ごした。
「ねえ、進路どうすれば、いいかな」
唐突に私は言った。
お母さんは弄っていたスマホから顔を上げて私の顔をまじまじと見つめる。
「就職すればいいんじゃない?
お金だって必要だし、どうせやりたいこともないんでしょう?行きたい大学とかないなら早く社会に出たほうが得よ」
分かってはいた。
こういう答えをすることは容易に想像できた。
でもお母さんは、
「早くに社会出るなんてしなければよかった」
「大学に言って、大卒にしておけばもっといい会社は入れた」
なんて言い訳してたじゃん。
なんて、そんなことは口が裂けても言えない。
「そうだよね」
私は、見えるか見えないかぐらいの角度で頷いた。
でも微かに、私以外の人間に私の人生を決められたくない。
微かに、意思ができた。
未定から小さく小さく、前進できる気がした。
『未定』 みはなださん
https://tanpen.net/novel/473553cf-41ac-460a-a614-5e62df2f40b8/
『未定 2』 ぺんぎんさん
https://tanpen.net/novel/608ad44f-6963-4204-a476-db1db008274a/
次はヤナギ!!
なんとも繋げにくい終わり方。あとなんか、内容薄い気がする…。
言うなら、斗羽が目覚まして母子家庭が判明したくらいじゃん。
…うんでも、ヤナギならなんとかしてくれるよ!!
だってヤナギだもんね!