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ファインダー越しの魔法
金平糖
1. 夕暮れの公園と、不意打ちの関西弁
仕事帰りの夕暮れ時。なんとなく足が向いた静かな公園のベンチで、私は使い慣れない一眼レフカメラを構えていた。うまくピントが合わなくて、ため息をつきながらレンズをいじっていると、ふと横からひょっこり影が差した。
「あ、そこ、もうちょっと絞りを開けた方が、夕日キレイにボケるで」
驚いて顔を上げると、キャップを目深にかぶり、首からお気に入りのカメラを下げた、見覚えのある笑顔があった。向井康二その人だった。
「え……っ?」
声にならない声を上げた私に、彼は気さくにへへっと笑った。
「びっくりさせてごめん! いや、一生懸命ファインダー覗いてる姿見たら、ついアドバイスしたなってしもて」
テレビで見る通りの、あの親しみやすくて明るい関西弁。緊張でガチガチになっている私に気づくと、彼は隣のベンチに自然な仕草で腰を下ろした。
「俺もな、今日この辺で撮影あって、終わってからちょっと写真撮りたなって歩いててん。カメラ、好きなん?」
2. 時間が止まるファインダーの中
それから、私たちは並んで夕暮れの空や、風に揺れる木々を撮り始めた。
「写真ってな、その瞬間の空気感とか、そのときの自分の気持ちまで写り込むからおもろいねん。ほら、見てみ?」
彼に見せてもらったカメラの液晶画面には、さっきまでの私の、少しこわばった顔がなぜかふんわりと柔らかく写っていた。
「……なんか、私じゃないみたいです」
「そんなことないって。めっちゃええ顔してるやん。素の瞬間って、自分ではなかなか気づかれへんもんやからな」
その言葉に、胸の奥がキュッと締め付けられる。
不思議なことに、彼と一緒にレンズを覗いていると、周りの音がスッと消えて、二人の世界だけがスローモーションで流れているような感覚になった。まるで、このカメラのレンズを通した瞬間だけ、日常が魔法にかけられたみたいに特別になる。
「はい、こっち向いて」
不意に彼がシャッターを切った。カシャ、と心地よい音が響く。
3. フィルムに残る温もり
やがて、太陽が沈みきり、空が深い群青色に染まる頃。「そろそろ行かなあかんねん」と、彼は名残惜しそうに立ち上がった。
「今日はありがとうな。めっちゃ楽しかったわ。……あ、これ」
そう言って、彼は自分の首から下げていたカメラのレンズキャップを、まるで子供のようにおどけて私に手渡した。
「これ、持っといて。またどこかでカメラ持ってウロウロしてたら、返してや」
「えっ……それって」
「また会えるおまじない、ってことで!」
彼は眩しく笑うと、軽く手を振って夜の闇の中に消えていった。
夢うつつになりながら、自分の手元を見ると、さっき彼がくれたレンズキャップが温もりを伝えている。
家に戻り、今日一日が本当にあったことなのか確かめるように、自分のカメラの電源を入れた。
再生ボタンを押すと、シャッターを切ったはずのない最後の1コマに、夕日を背にして柔らかく笑うこーじの横顔がしっかりと記録されていた。
画面の向こうの彼は、まるで今にも話し出しそうに優しく微笑んでいる。
「またな」という声が聞こえた気がして、私はそっと胸を押さえた。次にカメラを持って出かける日は、きっと、昨日よりも少しだけワクワクしているはずだ。