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雨粒の隙間でかわす約束
金平糖
1. 雨の日の隠れ家カフェ
都内の静かな裏路地。土砂降りの雨に追われるように、見慣れない小さなアンティーク調のカフェに飛び込んだ。看板には『Cafe Lumière(カフェ・リュミエール)』と小さく書かれている。この通りにこんな店があったっけ?と思いつつ、開いたドアのベルが心地よく響いた。
店内は驚くほど静かで、温かいコーヒーと古い木の香りが漂っている。窓際の席に目をやると、黒いコートのフードを深くかぶった長身の男性が一人、静かに本を読んでいた。
……いや、どこかで見たことがあるシルエットだ。
近づいてみると、フードを少し下ろしたその横顔は、テレビや雑誌で毎日見ない日はない、目黒蓮その人だった。
「あ……」
声に出してしまい、ハッとして口を押さえる私に、彼は驚く様子もなく、むしろ穏やかな笑みを浮かべた。
「いらっしゃい。……奇遇だね、外、すごい雨だね」
低くて落ち着いた声が、心臓をトントンとノックする。緊張で動けなくなる私に、彼は向かいの席をそっと指さした。
「よかったら、一緒にどう? この店、雨の日にしか開かない不思議な場所らしくてさ」
2. 日常から切り離された時間
夢を見ているのかと思った。彼のスケジュールがどれほど過密か、ファンなら誰もが知っている。こんな普通のカフェに、しかも雨の日だけに現れるなんて、まるでファンタジー小説のワンシーンのようだ。
「ここ、本当に不思議なんです。さっきまで必死で追っていた仕事の締め切りやプレッシャーが、嘘みたいに遠く感じられて……」
私が恐る恐るそう言うと、目黒くんはカップを持ち上げながら、ふっと柔らかく笑った。
「うん、俺もそう。ここにいると、変に『アイドルでいなきゃ』っていうスイッチがオフになるんだよね。不思議と、誰にも邪魔されない時間が流れてる気がする」
芸能人と、一般の会社員。住む世界は全く違うはずなのに、今の私たちはただの「雨宿りをする二人の人間」だった。
コーヒーを飲みながら、他愛のない話をたくさんした。最近美味しかった食べ物のこと、子供の頃のちょっとした失敗、そして、お互いが抱えている日々の小さな悩み。
彼はテレビで見せるクールな姿とは違い、まっすぐにこちらの目を見て、相槌を打ってくれる。その誠実な温かさに、胸がじんわりと熱くなった。
3. 終わらない魔法と、現実の境界線
やがて、窓の外の雨脚が少しずつ弱まり、空が淡い茜色に染まり始めた。
「……そろそろ、止むみたいだね」
目黒くんがぽつりと言った。寂しさが胸をかすめる。現実世界に戻れば、彼は遠い存在の人。私はまた日常の慌ただしさに戻っていく。
彼は立ち上がり、自分の手を私の手のひらにそっと重ねた。そこには、掠れた文字で『次回の雨の日も、ここで』と書かれている気がした。
「また、雨が降ったら、ここで会えるかな」
「……はい」
ドアを開けて外に出ると、冷たい雨上がりの空気が一気に現実世界を引き戻した。振り返ると、そこにあったはずのアンティーク調のカフェは消え、ただの古いレンガの壁があるだけだった。
「……やっぱり、夢だったのかな」
胸に広がる切なさを抱えながら、スマホを取り出すと、ニュースのトップに彼の姿があった。今日もどこかで、たくさんの人を笑顔にしている彼。
――でも。
ふと、自分の手のひらに、彼のコートの温もりがまだほんの少し残っているような気がした。
今度また雨が降ったとき、私の足は自然と、あの裏路地に向かっているかもしれない。ファンタジーのような、でも確かに心に通じ合った温もりを胸に抱いて。