公開中
かんづめ
工場で、かんづめを作っている。
ツナのかんづめ。コーンのかんづめ。すもものかんづめ。抹茶のかんづめ。
どれも白と銀のパッケージで、蓋のところに中身を表す簡単な絵がプリントされている。
一日に何万個と、作る。隣の工場でも作っているし、そのまた隣の工場でも作っている。できあがったかんづめは種類ごとに別々のトラックに載せられて、さらに別々のところに運ばれていく。小売店、飲食店、個人宅にも。
祖先たちが繰り返した戦争と疫病の歴史、そして取り返しがつかないほどまでに環境破壊が進行した20XX年。私たちは工場内で作られたかんづめ以外のものを食べられなくなっていた。
ツナもコーンもすももも抹茶も、すべて工場のなかで作られている。祖先たちは海からとった魚でツナを、茶畑で育てた茶葉で抹茶を作っていたようだけれど、今の時代にそんなことはできない。空気が汚染されていて、マスクをつけないと外には出られないし、つけていても長居はできないほどなのだ。そんな環境で作物が育つはずもない。
偉い人たちは、祖先の行動を愚かしいと批判する。自分たちのことしか考えていない自己中心的な生きものだと罵倒する。
でも、私はそう思わない。
たしかに愚かな部分もあると思う。けれど、進化には犠牲がつきものだし、起こってしまったことや今はもういない人々についてとやかく言ったって、何にもならない。
これは、逆らう意志をなくした敗残兵とおなじ思考回路だろうか。ネットでは偉い人たちのような批判派と私のような無気力派が言い争っている。でも、肯定派は誰ひとりとしていない。
工場で、今日もかんづめを作る。
ツナ。コーン。すもも。抹茶。レモン。お酒。梅干し。キャンディ。焼き鳥。工場の清潔な空間で作られた、安全で似た味のする食べものたちが、レーンを流れていく。
AI技術が発達してから、私たち人間の労働は格段に楽になった。記録に残る祖先たちの労働に比べて、だ。誰も残業をしないし、パワーハラスメントなどというものに悩むこともない。業務内容は管理AIによって完璧に決められ、能力別に個人に振り分けられる。どのみち、誰も大したことはしていないのだ。
私が割り当てられているのは、できあがったかんづめが流れていくレーンに、なにか不具合がないか確かめる監視ゾーンだ。知能レベルは中。上の方には食べものをかんづめに入れる機械の不具合を監視するひとたちがいる。彼らの知能レベルは上である。
私たちより下には、できあがったかんづめを決められた数だけ箱に入れ、運ぶ人たちがいる。知能レベルは下だけれど、それよりも体力のあるひとが選ばれる。だから、ここには私より頭のいいひとがいてもおかしくない。
知能レベルというのは、小学校から高校まで、毎月の成績や生活態度によって決められる。そうそう、高校までが義務教育になったのは、私が生まれてからのことだ。
生徒は月末になると、白い大きなコピー紙を提出させられる。そこには小テストの点数から毎日の簡単な日記、食べたもの、家庭状況など、こまかく、本当にこまかく記載されている。個人情報のかたまりだ。
ひと教室二十人の三クラス編成、学校全体で百八十人。それだけの個人情報のかたまりを載せたトラックは、偉い人たちと高度管理AIが働く議会というところに運ばれる。そして、私たちの知能レベルが決められていく。
だから、かんづめを作っている、という言葉には、語弊があるかもしれない。正しくは、「かんづめを作るレーンを監視している」だ。私自身はとくに何もしていない。誰もなにもしていない。
レーンが壊れたことなんて一度もないし、あったとしても、工場内を巡回している修理ロボットがすぐに直してくれるそうだ。だからみんな、パイプ椅子に座って、背を丸めて、レーンをひたすら眺めている。
仕事が終わると、腰が凝っている。更衣室でマッサージ椅子に座りながらスマホの通知を確認し、マスクをつける。隣でレーンを監視している|左枝《さえだ》さんが入ってくるけれど、お互い挨拶はしない。いつものことだ。
祖先たちの時代にはあったらしい挨拶や社交辞令などというものを、私たちは待ち合わせない。無駄だからだ。私たちは無駄を嫌う。
ひとしきりマッサージ椅子に揉まれてから立ち上がる。かばんを肩からかけ、更衣室を出る。
歩きながらもスマホを眺め続ける。向かいの工場で作られている新商品、完全防菌加工化粧水なるものが、声高に宣伝されている。
家までは、徒歩二分にも満たない。工場の周りに群生するように、家々が建てられている。どれも同じ生成色の壁に、若草色の屋根。陸空両用の水素車。
家に入ると、かすかに甘い匂いがする。留守ロボットの室内臭管理をカスタムして、薔薇と菫を混ぜた匂いを作ったのだ。
冷蔵庫から、ふたつのかんづめを取り出す。ミルクパンとウインナー。ぱきりと開けて、皿に出す。
留守ロボットを呼びだし、宙に浮いた画面で新作の映画を観る。精巧に作られた人型の俳優ロボットたちが、抱き合って涙を流している。
留守ロボットが言う。「明日の出勤は八時半。十二時には就寝して下さい」。
明日も明後日も、その次も、かんづめを作る。
百年後、もっと先、私たちが祖先と呼ばれる頃には、世界はどうなっているだろう。画面を見つめながら、ミルクパンの最後をのみこんだ。