編集者:NASA
売れない画家が、旅に出て自然の素晴らしさなどを感じるお話です。
心温まる優しいお話です。
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目次
旅の日に1話
主人公和田光太(こうた) 24歳 一人暮らし 神奈川県横浜市在住
プロローグ和田光太は絵を描くアーティストで、昔は天才画伯少年として一時期有名になったが、最近はあまり絵の評価も良くなく、今はアパートで貧乏暮らしをしている。
1 新しい人生
光太には一つの夢があった。
それは自分の絵が世界に認められ、褒められるという夢だ。
だが今の現実を見ると、夢はまったく叶いそうにない。
もう心も体ももうボロボロだ。
「どうしよう。今のままでは将来が心配だ。もっと絵が上手くなればなあ。」そこで気晴らしに外に出て、ラーメン屋に入った。
ラーメンを頼んで、待ち時間にふとテレビを見た。
するとラーメン屋にあったテレビで、こんなことをやっていた。
「旅に出て楽しい人生を送れるようになった人にインタビューしてみた。」という企画だ。「こちらが旅に出て楽しい人生を送れるようになったAさんです。」とリポーターが言った。
「こんにちは。僕は旅に出る前は、アイドルを目指していました。ですが顔もダンスもアイドルには向いていなかったんで、オーディションには8回ほど応募しましたが、どれも合格することはありませんでした。そこで僕は気晴らしに山梨県に3泊ほどの旅に出ることにしました。3泊ほどの予定が、旅が楽しすぎて一ヶ月ほどまでに伸びてしまいました。」
「へえそんなに楽しかったんですね。」
「はい。思ったよりも楽しかったです。山梨県は僕にとてもあっていて良かったので今は山梨県に住んでいます。ですから旅に出ようかと迷っている人は、まず短期間の予定で旅に出るのもいいかもしれません。」
そのとき光太に希望が見えた。
旅の日に2話
2 旅のスタート
「そうだ。僕もどこか自然豊かなところに、旅に出よう。」と思いついた。
そこでラーメンを急いで食べて、家に帰ると「どこかいいところはないかな」と探し始めた。
そこである街が目に入った。
そこは長野県小布施町だった。
さらに探してみると北海道東川町、岐阜県高山市などと自然が豊かで生活にも困らない町が、いくつも見つかった。
「よし明日から旅に出よう。」と準備を進めた。
予定はこうだ。
明日(9月17日) 長野県小布施町
9月19日 岐阜県高山市
9月21日 北海道東川町
9月23日 神奈川県横浜市(帰宅)
こんなかんじの6泊7日の旅だ。
3 長野県小布施町での旅スタート
そしてついに出発の時が来た。
横浜から長野まで高速バスで行くことにした。
そして高速バスに乗って長野まで揺られている間に、長野ではきっと疲れるから少し寝ようと思った。
起きるとあと30分ほどで、小布施町に着く頃であった。
しばらく景色を眺めていると、ついに小布施町に着いた。
まず最初にはここから歩いて2分ほどのところにある「隠れ茶屋」というところでお茶や和菓子を食べようと思っている。
そして着くと隠れ茶屋は、山に近い林の中に立っていて、周りに建物は一つもなく周りは竹に囲まれているというところで、まさに自然に囲まれてリラックスできる場所だと思った。
ここまで歩いてくる価値はあったと思った。
そして隠れ茶屋の茶卓でお茶や和菓子、景色を楽しんで隠れ茶屋の茶卓を出たら、次に向かうことにした。
泊まる古い家を予約してあるので、不動産屋さんに立ち寄って鍵をもらって、家に荷物を置きに行くのだ。
その家も自然に囲まれていて、商店街などから遠くない距離にあるそうだ。
そして家に着くと、思っていたよりボロボロだったが、鍵を開けてドアを開けると中は思ったよりも綺麗で、住み心地は良さそうだった。
ガスは少しだけ通っていて、水もすぐそこに湧き水があってその水を引いているから困りはしない。
荷物を置いて腕時計を見ると2時ごろになっていた。
このあとは盆栽パークというところに行こうと決めていた。
盆栽がたくさんあって、さらに自分で盆栽を作って持って帰れるという僕にとてもあっているパークだ。
そこで家の外に出ると、一人のおじいさんが立っていた。
「おう、こんにちは。ここの空き家に住むのかい。」
「いえ、住むのではなく旅の宿屋がわりに、借りているだけです。」
「そうなんじゃなぁ。しかし小布施町はいいじゃろ。自然は豊かで、人は皆優しいしのぅ。」
「そうですねぇ。自然に癒されますよねえ。」と言葉を返して、僕は盆栽パークに向かった。
盆栽パークに着くと、盆栽パークはとても自然に囲まれていて、リラックスできるような場所にあった。
料金も大人一人で400円ととてもお手頃な価格で、とても良かった。
そして料金を払って中に入ると、そこはとても広くて、数えきれないほどの盆栽がたくさん置いてあった。
どれだけ見ても終わらないので、50分ほど見たら、観察は終わりにして、自分で盆栽を作ることにした。
色々な盆栽があって迷ったが、結果一番個性的なものを選んだ。
どこの枝を切ればいいかとても迷ったが、アドバイスをもらいながらなんとか完成できた。
そして盆栽を持って家に帰った。
家に帰ると疲れが一気にたまってきた。
もう5時半をすぎていた。
夜ご飯を商店街に買いに行った。
商店街に着くと、色々なものを売っていて、僕はたこ焼きを買った。
そして家に帰ると、たこ焼きを食べてすぐに寝た。
旅の日に3話
4 長野県小布施町2日目
朝起きて盆栽に水をやって、朝ご飯はまだ何もないので、商店街に出かけたときにでも、買おうと思っていた。
そして外に出るとつつみが置いてあった。
中を開けると手紙と共に野菜サラダのようなものが入ったタッパーが出てきた。
手紙を開けると「旅のお方へ 私は昨日会ったものです。朝ごはんを商店街などで済ますのもいいですが、自然の美味しさを知って欲しくて信州温野菜蒸しサラダをお裾分けしました。私の名前は佐々木良平といいます。またお名前教えてください。」
「なんて優しい人なんだ。」
「やっぱり長野の人は優しいなあ。」そう思いながら蒸しサラダを口にすると、幸せな気持ちでいっぱいになった。
サラダは思ったよりもとても美味しくて、自然の偉大さが、自分の中に流れ込んでくる気がする。
そして朝ごはんを食べて、外に出るとまたおじいさん(佐々木良平さん)がいた。
「どうも今日はありがとうございました。本当に助かりました。」
というと佐々木さんは「いえいえそんな。いいんじゃよ。ところであなたのお名前は?」と聞いてきた。
そこで「僕の名前は和田光太です。神奈川県の横浜でアーティストを目指しています。」
「そうですか。それでは『和田さん』とよんでいいかい。」
と聞いてきたので、「はい。よろしくお願いします。」
「ところで佐々木さんがおすすめする自然を感じられる場所ってありますか?」と聞いてみた。
すると「そうじゃなぁ。そうだ。小五郎さんの庭に行ってみたらどうじゃ。今だと木々が綺麗に紅葉し始めている頃じゃろう。」
「その小五郎さんの庭とはどこにあるんですか?」
「そこを曲がって少し先にあるんじゃよ。本当に綺麗じゃよ。」
「教えてくれてありがとうございました。では行ってみます。」と言って別れた。
サラダを食べてお腹もふくれたことだし、行ってみるかと思った。
そしてチャイムを鳴らすと、おじいさんとおばあさんが出てきた。
「こんにちは。あなたが小五郎さんですか。」ときいた。
「そうじゃが何か。」
「すぐ近くの佐々木さんに庭が綺麗とのことで教えてもらいました。ちなみに僕は近くの空き家を旅の宿屋と
して借りています。和田光太といいます。」
「そうかい。それにしても小布施町はいいところじゃろ。」と聞いてきた。
だが、本当にそうだと思ったので「はい。僕も昨日小布施町にきて驚きました。」と返した。
「そうだったか。それで私の家の庭を見たいのかい。」
「はい。とても綺麗だと聞いたので、ぜひ拝見させていただければなあと。」
「いいぞいいぞ。縁側から眺めるか。」
「はいぜひ。」
そうして庭に入った。
庭に入ってみると、外から見た時よりも美しさが増していて、言葉を失うほどの美しさだった。
木の葉は紅葉し始めていて、とても綺麗だった。
その瞬間はっとした。
これが本当のアートかとそして庭を眺めながら、美味しいお茶とお煎餅をいただいた。
なんだか、眺めているうちに心があたたかくなってきた。
あまり長居するのも失礼なのでそろそろ帰ろうと思ったので「すみません小五郎さん。そろそろ失礼しようと思います。」
「そうかい。また見にきていいぞ。」
「お茶とお煎餅ありがとうございました。またきます」
そして家に帰ってきた。
腕時計を見たら11時になっていた。
そして居間に寝転んだ。
「あんなに素敵で感動するものを見たのは初めてだ。自然がここまでですごいと思わなかったなぁ。」と言った。
その時だった。
この美しい自然を絵に描きたいと思ったのだ。
絵の具は旅には持ってきていないので、家に帰るしかない。
どうしようか。
旅から帰るのも嫌だが、この旅で感じたことを絵に描かないことも嫌だ。
そこで苦渋の決断だが、家に帰ることにした。
旅の日に4話
5 旅の終わり
この先に行く予定だった岐阜県や北海道にはまた今後行くことにして、長野県から横浜まで行きと同じ安い高速バスで行くことにした。
横浜に着く頃にはきっと朝の6時ごろであろう。
そして高速バスに乗り、すぐにねた。
そして起きると5時だった。
あと一時間ほどで着く頃だった。
そして着いた。
そこから少し歩いて家に向かった。
家に帰ると、なんだか懐かしいにおいがした。
そして荷物を放り投げ、すぐに絵にとりかかった。
僕は、小布施町で感じたこと全てを絵にこめた。
自然の美しさ
自然の偉大さ
自然の素晴らしさ
自然の生命力
自然の豊かさ
自然の感動を絵に込めた。
そうしているうちに、日が沈んでいった。
だが光太は手を止めなかった。
まだ、もっともっと、さらにというふうに自然の素晴らしさを描いていったからだ。
そして夜の11時に絵は完成した。
合計16時間の大作だ。
そして光太は絵を描いてとても満足した。
なぜなら力を使い果たすまで一生奮闘に描いたからだ。
そして光太はそのまま眠りについた。
6 「自然のちから」
光太は絵に「自然のちから」という題名をつけた。
光太は絵をコンクールに出品した。
この絵が今までで一番美しく素晴らしい絵だからだ。
そしてこの絵は金賞を取った。
そして世間にこの絵を公開すると「これは素晴らしい」「まさに自然だ」などの好評を得た。
それからこの絵をきっかけに光太は売れっ子になった。
そして光太は自然の絵を描き続けた。
自然の絵以外は描かなかった。
なぜなら光太は、自然の絵でないと絵の魅力を表現できないからだ。
旅の日に5話(最終話)
7 その後の人生
光太は今60歳になっていた。
光太は世界でも「自然しか描かない」有名な画家となっていた。
そして今光太はある企画の取材を受けていた。
「有名な画家和田光太さんに、インタビューしてみた。」という企画だ。
そしてこんなことを聞かれた。
「和田光太さんはなぜ自然の絵を描こうと思ったのですか。」
そしてこう答えた。「長野県小布施町で自然にたくさんふれ、自然と共に過ごし、自然の豊かさに改めて気づかされたからです。そこでこんなことを私は学ばされました。『自然の美しさ』『自然の偉大さ』そして『自然の素晴らしさ』を学ばされました。その頃私は横浜に住んでいて、自然に一ミリも興味はありませんでした。ですが、小布施町に行ったことで、こんなにも素晴らしいものがあったのか、とおどろかされました。それから私は自然の絵を描き始めました。」
「これからも光太さんは自然の絵だけを描き続けるのですか。」と聞かれた。
「はいそうです。いつまで自分が絵を書き続けるのかはわかりませんが、きっとこの先も絵を描くときには自然の絵を描くと思います。」
「ありがとうございます。最後に一言どうぞ」
そしてこう言った。「今、自分の人生に迷っている人、悲しみに苦しんでいる人、悩んでいる人たちは、今すぐにでも旅に出てみてください。そんなことで自分は悩んでいたんだとなんだか悩んでいることがくだらなくなってきますよ。なので皆さんも短くていいので旅に出てみてください。」
そのインタビューが東京にあるラーメン屋さんにあるテレビに流れていました。
そしてそれをある売れない画家の少年が見ていました。
「よーし、僕も旅に出てみようっと」
おしまい