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警備少女2
ハイリスクレッド
闘強少女道璃夢 12
ボディガードはうら若き乙女で
☆
丹波篠山の山並みを薄いピンクの雲のように映えさせる古刹。
一六〇〇年を越える歴史をもつ境内の満開の桜の木々の花びらが舞う。
風はない、風はないが花びらが舞う。
突きの気魄の功を吐く、ハッ。
花びらが舞う。
打ちの気魄の功を吐く、ハッ。
花びらが舞う。
蹴りの気魄の功を吐く、ハッ。
花びらが舞う。
仮想の相手に、躱す、往なす、捌く、流す、体捌きに、足捌きに、一挙手一投足に、花びらが舞う。
気魄の功に合わせて花びらが舞うのか、花びらが舞うのに合わせて気魄の功を吐いているのか、それは定かでは無い。
動から静へと気魄を納め、立ち尽くした少女の真っ白な武術着を舞を納めた桜の花びらが薄いピンクに映していた。
16世紀、天文元年に創始されたと云い伝えられる『総合武術タケノウチ流柔術』の陰となりならがら、開祖 水部 龍彦(すいぶ りゅうげん)により直系血族伝承として守り伝えられた武術、龍水流柔術拳法(りゅうすいりゅうじゅうじゅつけんぽう)。
龍水流柔術拳法とはヤマト国古流柔術に大陸より琉球王国へ伝わった拳法を融合し編み出された Traditional Martial arts である。
その陰の武術が、21世紀、平成の時代を終え、令和の現に明かされる。
名は、梨七(りな)。
年齢は19歳(女子大二回生)。
11月1日生まれの乙女座。
血液型は、B型、身長 158cm。
物心ついた時より龍水流柔術拳法の直系血族として鍛錬を課せられて育った。
鍛錬の場は板張りの道場のみでなくぬかるむ田の中、河原、岩場、山の森林でも真の実戦、生命を掛けて行なわれる。
☆
丹波篠山の山間部で産まれ中学三年まで育った梨七は高校進学を機に神戸の山の手の青い屋根、白い壁、緑の芝生の御屋敷で暮らし神戸の女子高へ通い、女子大学へ進学し現在は二回生の夏休みを迎えている。
母方の伯父の奥様の弟、早田(はやた)家の御屋敷である。
御屋敷の主である早田は世界各国のスポーツイベントへ日本人アスリートを参加、出場させそのスポーツイベントを日本へ逆輸入すると云う企画実行の仕事をしている。
そして今回はアメリカで爆発的な人気を誇るエンタテイメントプロレス団体 E W W F へ日本人プロレスラーを参加出場させるため渡米するのである。
だが渡米の直前にスタッフの一人が同行出来なくなり、早田の妻が代わりのスタッフとして同行することになった。
早田の妻が渡米してしまえば御屋敷には夏休みの間、梨七ひとりで留守番になるため早田は梨七にも一緒にアメリカへ同行するように計らった。
しかし、梨七はただ観光気分での同行には気が引けたため僅かでも早田の役に立ちたいと申し出た。
そこで早田は梨七の武術の腕を役立てると云う名目で自分のボディガードをするように言い渡した。
梨七は夏休みになると同時に早田夫妻とスタッフに同行し渡米した。
☆
エンタテイメントプロレス団体 EWWF との折衝ミーティングは十四日間行なわれた。
そして EWWFのディーヴィズ・チャンピオン(女子チャンピオン)に日本人選手を挑戦させると云うチャンピオンシップ契約を成立させた。
EWWFのチャンピオンには、
ワールド・チャンピオン、
インターコンチネンタル・チャンピオン、
ユナイテッドステイツ・チャンピオン、
ユナイテッドステイツ・タッグ・チャンピオンと
女子チャンピオンのディーヴィズ・チャンピオンの五つのチャンピオンが設定されている。
EWWFの大会は全米だけでなく衛星放送で日本を始めとして全世界へも配信されているビックイベントであったが、日本人選手の参加は未だに成されていなかった。
増してチャンピオンシップはさらに盛り上がるのである。
そのチャンピオンシップへいきなり日本人選手が初参加するのである。
契約が成立した翌日にアメリカのマスコミを集め日本人選手がディーヴィズ・チャンピオンのタイトルマッチを行なう事を発表する予定だったが早田のもとへ日本から緊急の電話が入った。
その内容は、日本人選手に予定していた村里明衣子選手が負傷し渡米出来なくなったというものだった。
村里明衣子は元プロレスラーの現国会議員により、北朝鮮で開催されたプロレスイベントにも参加した名実共に今の日本の女子プロレスラーのトップである。
早田はやむおえず代役にジャガー真奈美を立てる事を EWWF側へ伝え契約の維持を計った。
ジャガー真奈美は女子プロレス最大の老舗女子プロレス団体のエースとして活躍したベテラン選手である。
けっきょく予定を一日遅らせマスコミ発表を行った。
発表会見の舞台上には早田とEWWFのコミッショナーとプロモーターが立っている。
発表会場には日米のプロレス専門誌、地上波、衛星放送のスポーツチャンネルが多数集まり華々しく行なわれていた。
☆
突然、マスコミの間を割ってひとりの女性が乱入し怒鳴り散らし始めた。
身長は180センチくらい、肩から腕への筋肉は半端なく盛り上がり、胸のふくらみも半端無く盛り上がり、その盛り上がりは黒地にゴールドのデザイン画の描かれたタンクトップの胸元から溢れんばかりの膨らみである。
ブロンドの長い髪は先端部を紫に染めてあり、ジーンズのショートパンツからは筋肉の隆起した太股から伸びた長い脚を剥きだしている。
それでいてウエストは見事にくびれ、チラリと見えるヘソの下をスワロスキーでデコられたベルトが煌めいている。
この女性こそが、現 EWWFディーヴィズ・チャンピオンでアルトメット・クィーンの称号で呼ばれている、ナタリー・アルバである。
ナタリーが早田に怒鳴っている。
「ジャパニーズプロモーター、私はジャガー真奈美などというロートルレスラーとのマッチメイクは了承出来ない、もっとバリバリの若い選手を出場させろ」
確かに現在の日本の女子プロレス界でジャガー真奈美は大ベテラン選手である。
しかし、女子プロレス最大の老舗女子プロレス団体が崩壊後は小団体が乱立した。
その各小団体のトップの称号となるチャンピオンベルトを争っている程度の選手ばかりでる。
ジャガー真奈美はフリーの選手としてその小団体を渡り歩き試合をしているがジャガー真奈美を脅かす若い選手はいないのであった。
そんな中で際立った選手が村里明衣子だったのだ。
「ジャガー真奈美が恐いのか!?」
早田は和えて挑発的な言葉をナタリーに向って発し睨みつけた。
ナタリーは途端に目を吊り上げ
「シャラープ」
と怒鳴りながら早田に駆け寄り左手で早田の胸ぐらを掴もうと左腕を伸ばした。
☆
その時 、小さな黒い疾風が起きた。
早田とナタリーの間に身体を割り込ませる様にし、伸びてきたナタリーの左手首に小さな黒い疾風は自分の左手の手刀を当て左腕の動きを止めた。
ナタリーは、ハッと息と止める。
その体勢のままブルーの瞳の目線を動かし小さな黒い疾風を見た。
そこには、黒いパンツスーツを着た小柄な少女の様な女性がいた。
梨七である。
早田のボディガード役として会見の舞台の脇に控えていたのだ。
「アンタ、何してるの」
ナタリーが梨七に怒鳴る。
「乱暴はお止めください」
梨七は流暢な英語で答えた。
「乱暴だって、アタシは暴れるのが仕事よプロレスラーなんだからさ」
ナタリーが梨七を睨みつけながら言う。
「それはプロレスのリングの中での事です」
梨七は冷静に切り返す。
その言葉と梨七の冷静さにナタリーの表情の怒りが増す。
ナタリーは目元を吊り上げ、右の拳を振り上げ梨七の顔面へ向け打ち下ろした。
拳が顔面の寸前でパチンと音を立てて止まった。
梨七の右手の平が拳を受け止めていた。
ナタリーはさらに目元を吊り上げブルーの瞳で梨七を睨みつけながら言う 。
「いったい何なんだアンタは」
「私は、ジャパニーズプロモーターのボディガードです」
梨七の答えにナタリーの表情から怒りが消え呆気に取られた表情へ変わった。
「はぁ、マジか、こんな小さくて役立てるのかい」
「はい、現にミス・ナタリーの乱暴を止めています」
「なに言ってんだい、アタシは本気出してなんか無いんだよ」
そう言うとナタリーは梨七に止められている右の拳を引きもう一度、拳を打ち下ろした。
梨七はその拳の甲を右掌底で下方へ叩き込み、すかさず左手でナタリーの右手首を上から捕まえ手首の関節を極める。
さらに自分の右手の平を添えると一瞬強く引き、肘関節を極める。
そのまま自分の右側へナタリーの右腕を捻り肩関節を極めた。
ナタリーの身体は、あっという間に極められた右腕につられて前のめりに傾く。
グガッ、と呻き声を上げ先端部を紫に染めたブロンドの髪を乱れさせナタリーが頭を振った。
「わかったよ、わかった、もぅ暴れないから、離してくれよ」
ナタリーは苦痛の表情で呻くように声を出す、梨七はその言葉を聞きゆっくりと極めていたナタリーの右腕を離した。
ナタリーは体勢を戻し先端部を紫に染めたブロンドの髪を振り戻しブルーの瞳で梨七を見つめ問いかけた。
「なかなかやるわねアンタ、でアンタ、名前は」
「リナ、です」と答えた。
「OK」とブルーの瞳でウィンクするとニャリと不敵に顔を歪める。
ナタリーはマスコミ達の前に進み出ると仁王立ちになり両腕を大きく広げ高らかに声を上げた 。
「皆さん、今ままでの様子、カメラに納めたわね」
マスコミのカメラマン達が頷くのを確認したナタリーは次に地上波、衛星放送のカメラに向って指差し改めて声を出した。
「と、言うことは、今ままでの様子が世界中に配信されたわね」
カメラの後ろでスタッフ達が頷くのを確認したナタリーはさらに言葉を続ける。
「アタシは、あの小娘、リナとチャンピオンシップを闘うわ」
と勝手に高らかに宣言した。
ナタリーは梨七に視線を向け
「いいわね、リナ」と言い放つ。
「私はプロレスラーではありません」と梨七は答えた。
「アンタ、マーシャルアーツやってるんだろ、格闘技者だろ、なら資格はあるよアタシが認める」
ナタリーの無茶ぶりに梨七は答える。
「私は武術家です、私闘はいたしません」
「はぁ、逃げるのかい、マスコミ達の前で、世界中に配信されてる放送カメラの前でアタシに恥かかせておいて卑怯だろ」
ナタリーはさらなる無茶ぶりで梨七に迫った。
「逃げなどは、いたしません。ですが、エンタテイメントの為の闘いも、いたしません」
梨七が言い切る。
「エンタテイメントで無い闘いならセメントってことね」
ナタリーが言葉を継ぐ。
梨七の漆黒の瞳とナタリーのブルーの瞳が見つめ合い視線で火花を散らす。
☆
プロレスの世界でのセメントとは、真剣勝負と意味する隠語である。
近年のプロレスはエンタテイメントと称されほとんどが申し合わせで試合を行なわれている。
セメントの試合、セメントマッチなどとは死語である。
勿論、エンタテイメントプロレスの女子チャンピオンがセメントマッチなどありえるはずもない。
ナタリーはEWWFのコミッショナーとプロモーターに向き直り
「アタシとリナのチャンピオンシップはセメントマッチだよ、ヨロシクね」
言い放つと会見会場から出て行ってしまった。
ナタリーの勝手なチャンピオンシップの対戦相手の発言、セメントマッチの発言にEWWFのコミッショナーとプロモーターは慌てふためいている。
早田も頭を抱え考え込んでいる。
梨七は早田のもとへ歩み寄り頭を下げた
「申し訳ございませんでした、私のせいでこの様な事態になってしまい」
「いや、元はと言えばナタリー・アルバの乱入が想定外だったんだ」
早田は取りなした。
「しかし、私にも責任は有ります、ですからナタリーと闘います私」
梨七の言葉に早田は目を見開いた。
「EWWFのコミッショナーとプロモーターにお伝え下さい」
梨七は言葉を続けた。
早田は梨七の漆黒の瞳を暫く見つめた後、僅かに首を立てに振り、立ち上がりEWWFのコミッショナーとプロモーターのもとへゆき梨七の意思を伝えた。
EWWFのコミッショナーとプロモーターは怪訝な表情で早田の言葉を聞いている。
彼らは小柄で少女の様な梨七が自分よりはるかにデカいナタリーと闘い試合が成立するのかを心配してるのだ。
「セメントマッチを認めるなら成立する」
二人は早田のこの言葉にさらに目を剥き彼女の生命の保証は出来ないとまくしたてた。
しかし、この場を早田は何とか乗り切り、梨七とナタリーでチャンピオンシップをセメントマッチで行なう事が了承され、翌日にルール・ミーティングが行なわれ、翌々日に正式な調印式が行なわれた。
正確に言えば、ルール・ミーティングと言うより当日の演出打ち合わせである。
選手入場時の演出、選手入場時のテーマ曲、リングでのマイクパフォーマンスの台詞などなどである。
特にマイクパフォーマンスに関しては時には演技指導まで行なわれる事もある。
梨七は入場時の演出、テーマ曲等は早田は一任し自分はオープンフィンガーグローブの着用をする事を伝えた。
オープンフィンガーグローブのは自分の拳を守る為でもあるが何より相手に致命傷を与えない為である。
もちろん『マイクパフォーマンスなどは、いたしません』
とも言い切った。
☆
ブルーホワイトのスポットライトに白く輝く肌が浮かびあがる。
ワインレッドの地にホワイトシルバーで型どられた桜の花びらが散りばめられたデザインのラッシュガードブラタイプのボディフィットウェアにグラップリングショートパンツ。
黒髪を後ろでひとつに束ね、前髪は眉下のラインで真っ直ぐに切り揃えてある。
両手に白地にピンクの縁取りのあるオープンフィンガーグローブを装着し素足の梨七が入場ゲートに立っている。
場内アナウスが会場に響き渡る。
「ブルーゲート!ジャパニーズ、マーシャルアーツ、ガール。リィーナァー」
入場テーマ曲が響き渡る。
『ビル・キルのテーマ』
日本のロックミュージシャンが作曲して世界的ヒットになっり、ハリウッド映画のテーマ曲にも使われた曲で、早田が演出したのだ。
入場ゲートのスタッフが梨七に合図をする。
梨七はスッーと息を大きくひとつ吸い込み漆黒の瞳の視線を真っ直ぐに見据えた。
アメリカン・スーパーアリーナの真ん中に映し出されたリングへ向け静かに花道を歩き始めた。
その小さな身体の少女の様な女性、梨七に観客は言葉を忘れた様にシーンとし、好奇の視線だけを送っている。
リングサイドの最前列に早田夫妻と早田の仕事のスタッフ達が座っている。
梨七はリングインの前に立ち止まり、早田夫妻とスタッフ達に頭を下げた。
早田は腕組みをし固い表情で目礼を梨七に返した。
早田の妻は柔らかく微笑み小さく頷く。
スタッフ達は皆、何かに祈っているかの様に胸の前で両手を合わ指を絡めている。
梨七とナタリーがチャンピオンシップの調印式を行なってから五日目が経ち今日の試合となったのである。
梨七がリングインすると会場が暗転し、一変、七色のレイザービームが狂った様に乱舞する様に発せられ、会場アナウスが再び響き渡る。
「レッドゲート、EWWFディーヴィズ・チャンピオン、アルトメット・クィーン、ナタリー・アルバァー」
ピンクのスポットライトにナタリーが浮き上がる。
エナメルの黒地にゴールドのトライバルデザインの揚羽蝶がプリントされたラッシュガードブラタイプのボディウェアに同じエナメルの黒地にゴールドのサイドラインのスパッツにゴールドのリングシューズである。
先端部を紫に染めたブロンドヘアーを靡かせながら軽快なステップを踏んでいる。
ナタリーの入場テーマ曲が鳴り響く、聞き慣れた響きに観客達が盛り上がり、奇声の様な声を上げ始めた。
ナタリーはまるでクラブで踊っているような仕草で観客を煽りながらリングへ向って来ている。
そのナタリーの姿をスポットライトが追いかける。
見事にくびれたウエストには黒い革の地にホワイトゴールドのプレートが燦然と輝いている。 ディーヴィズ・チャンピオンのベルトがある。
梨七はそのナタリーの姿を美しいと思いながら見つめていた。
例えエンタテイメントプロレスとはいえチャンピオン、トップレスラーである、その人間にしか醸し出せない美しさがあるのだ。
ナタリーがリングインし観客の歓声に応える様にリングを歩き回る。
梨七は青コーナーへ、ナタリーは赤コーナーへ立ち視線をぶつけ合う。
コミッショナーによるチャンピオンシップの宣言が行なわれ、リングアナウンサーが選手紹介を行ない、両国の国歌演奏になる。
日本の国旗がスポットライトに照らし出され国歌が流れ始めると梨七は目を閉じ静かに聞き入った。
アメリカの国旗がスポットライトに照らし出され国歌が流れ始めると今ままで踊るようにステップを踏んでいたナタリーは動きを止め静かに目を閉じた。
アメリカ国歌の演奏が終わってナタリーがチャンピオンベルトを腰から外し両手で高々と頭の上に掲げると会場全体がUSAコールで包まれた。
チャンピオンベルトがコミッショナーに返還され、梨七とナタリーがリングの中央でレフリーによる簡単なルール確認とボディチェックが行なわる。
一旦、両者コーナーへ戻って、とレフリーが二人を分ける。
梨七は自分のコーナーへ後退るようにして戻る。
ナタリーはその場で立ち尽くしたままである。
梨七がコーナーに背中を付ける寸前、ナタリーが猛ダッシュで突進してきた、まだ試合開始のゴングは鳴っていない。
ナタリーは奇襲の体当り、ボディアタックで梨七をコーナーでの圧殺しょうとしたのだ。
ナタリーの身体が梨七にぶつかる寸前で試合開始のゴングが鳴った。
ゴングの音色の余韻のうちに、ドッスンという鈍い音と供にナタリーの身体が宙に浮き後方へ2メートル程吹き飛んだ。
大歓声だった観客は何が起きたのかわからず呆然として声を失っている。
吹き飛んだナタリーはリング中央で空気を、酸素を求める様にアゥアゥと口を開けたままのたうち回っている。
梨七は右足を一歩前に踏み出し、腰を落とし、右の拳を胸の前へ、左の拳を右足太股の前に両腕を交差させる様に突き出し構え残心を取っていた。
右の拳はナタリーの鳩尾へ、左の拳はナタリーの左足の付け根の動脈に撃ちつけたのだ。
オープンフィンガーグローブだった為、カウンターとなった衝撃と圧迫によるダメージだったが、素手の拳なら中指を一本突き出し、中高一本拳にし鳩尾の深部へ刺し込み、足の付け根の動脈を圧切する技である。
☆
シーンと静まり返っているアメリカン・スーパーアリーナにナタリーの苦しげな息遣いだけが聞こえている様にだった。
梨七は音も立てない足取りでナタリーへ近づこうと身体を前に進めた。
それに気づいたレフリーが我に返って梨七に右手の平を向け叫んだ。
「ダウンだ、ニュートラルコーナーへ」
レフリーは倒れているナタリーの元へゆき屈みこむと顔を覗き込み様子をみながら問いかけている。
「ナタリー、大丈夫か、立てるか」
苦しげな息遣いも落ち着いてきたナタリーは顔を立てに振りながら、イエスと答えた。
それを聞いたレフリーは立ち上がり改めてダウンのカウントを始めた。
「ワンー、ツゥー、スリィー、フォー」
間延びしたカウントである。
ナタリーがふらつきながら立ち上がる。
頭を下げ、左足の付け根を庇う様に自分の左の手の平を当て、右足の力だけで立ち上がるとフラリと身体の重心が崩れリングロープに背中から身体を預け、乱れたブロンドヘアーの間から梨七をブルーの瞳で睨みつけた。
梨七はそれに応える様にニュートラルコーナーを離れ足を進めナタリーの前に立つ。
「まだだ、ロープブレイクだ」
レフリーが梨七に向け再び叫んだ。
梨七は、一歩後退る。
ナタリーがロープから背中を離し乱れたブロンドヘアーを振り上げ雄叫びをあげる。
ゥリャー、掛け声と同時にナタリーは右腕を振り上げラリアットを梨七の首筋へめがけ振り下ろす。
梨七はナタリーのラリアットを軽く膝を曲げ、ダッキングし躱す。
身長差が二十センチもあるためナタリーのラリアットは有効ではないのだが苦し紛れの策としかいえない。
空振りし体勢を崩したナタリーの後方から梨七の左腕がナタリーの股間に差し込まれ右足太股に絡みつく。
右腕が前方から差し込まれ右足太股に絡みつくとナタリーの身体がスッと宙に持ち上げられた。
梨七の倍、もしくはそれ以上の体格のナタリーを軽々と持ち上げた光景に観客達は驚嘆の声をあげた。
梨七は持ち上げた位置から後方へナタリーを反り投げでリングのマットへ後頭部から叩きつける。
ナタリーはその勢いとマットの柔らかさで大きくバウンドする。
アメリカンプロレスのリング、マットは表面は硬いがスプリングが柔らかく出来ている。
レスラーの受け身をとる技術が稚拙である、と言うより出来ないと言っても過言ない為、レスラーの身体を守るためスプリングを柔らかくしてあるのだ。
バウンドした勢いで上半身を起こしたナタリーは後頭部を両手で押さえ両足を投げ出し、尻餅をついた様な格好で項垂れている。
梨七は、ゆっくりと近づきナタリーの右体側へ位置どると右腕を掴み上向きに引き上げ自分の右肩をナタリーの右脇に当てる。
右腕をナタリーの首に前方から回し右手首をナタリーの左の首、頸動脈に押し当て、左手を自分の右手首に添える、自分の右頭側をナタリーの後頭部に接するとググッと絞める。
ナタリーの右の脇にに押し当てた自分の右肩に体重を乗せ更に梨七は躊躇なく絞める。
ナタリーは苦しさのあまり無理やり逃れようと足をにばたつかせる。
自由なっている自分の左手を振り回し梨七の頭を髪を捕まえようとやたらと暴れる。
暴れれば暴れるだけ締め付けの力が増してゆく。
一般的人間ならこの状態では五秒と保たないであろう。
さすがに鍛えてあるだけにナタリーの肩から腕、胸の筋肉が耐える力を与えている。
二十秒、三十秒と硬直状態になる。
レフリーが見るに見かね二人に近づきナタリーの左の頸動脈へ回されている梨七の右腕の下から自分の右手を差し込み大声をあげる。
「チョークだ、反則だ」梨七に怒鳴る。
チョークとは相手の喉を絞める反則の事である。
しかし、梨七の右腕はナタリーの顎の前から回されているので喉には触れもしていない。
レフリーもEWWFの一員であり仲間のナタリーを負けさせたくない為の行為だ。
梨七は漆黒の瞳を冷たく煌めかせレフリーは見つめた。
とたんに、背筋に氷りの刃を当てられた感覚に囚われレフリーは後退り梨七の側から離れた。
梨七は何もなかった様に自ら技を外し立ち上がり、足を滑る様に運びナタリーの正面に移り間合いをとり立ち位置を決め漆黒の瞳で見下ろし見つめた。
ナタリーがふらつきながら何とか無理やりに立ち上がった。
刹那、梨七の身体が二十センチ程浮き上がる、その瞬間、旋風が起きた。
ナタリーの乱れていたブロンドヘアーがフワリと元へ戻り美しい顔が現われ、ブルーの瞳が切なく揺れている。
同時に衝撃が疾走った。
梨七の左足の踵がナタリーの左の頸動脈へ突き刺さっている。
ナタリーは何もなかった様にそのまま後方へ倒れる。
☆
梨七の身体が二十センチ程浮き上がり、右肩から前方へ宙返り回転する、左足がしなり、踵が凶器の如く唸り相手の急所に突き刺さる技である。
倒れているナタリーはピクリとも動かない、完全失神状態である。
レフリーはナタリーの元へ駆け寄ると本部席に座っているEWWFのコミッショナーへ視線を向けて、ダメだっと首を左右に振る。
コミッショナーが苦い顔で頷く。
レフリーは、TKOをコールしリングドクターを呼び込む。
レフリーは吹っ切れた様に立ち上がると梨七の側へゆき梨七の右腕を掴み高々と上げ大声でコールした。
「ウィナー、リィーナァー!」
同時に観客は爆発的大歓声を上げる。
ナタリーはまだ倒れたままで赤コーナーでドクターチェックを受けているが、セレモニーが始られる。
コミッショナーがチャンピオン認定証を読み上げ、黒い革の地にホワイトゴールドのプレートが燦然と輝いているEWWFディーヴィズ・チャンピオンのベルトが梨七に手渡される。
梨七はチャンピオンベルトを手にしコミッショナーに頭を下げる。
チャンピオンベルトを暫く見つめチャンピオンベルトに目礼をし、梨七はナタリーの元へ近づいた。
梨七は腰を下ろしナタリーの胸の上にチャンピオンベルトをソっと置くと、意識を取り戻したナタリーの耳元で言葉を発した。
「このチャンピオンベルトは貴方の為のベルトです、貴方の腰に巻かれている事に価値があるのです」
そして、梨七は立ち上がり、背を向け、花道の奥へ姿を消した。
梨七の居なくなったリング上ではコミッショナーがマイクを持ち高らかに声を出している。
「ただいま、リナ選手のチャンピオンシップの返上により、ナタリー・アルバの防衛とします」
一瞬の呆然状態の会場は静まる。
しかし、我に返った観客達の歓声と怒号が渦巻きパニック状態となってしまった。
☆
龍水流柔術拳法、直系血族継承者、梨七の姿と衝撃的な技は全米のみならず世界中へ配信され白日の下へ明かされた。
終り。