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目次
夢追少女
闘強少女道璃夢 1
夢追少女
☆
BLIZZARD・ANGLE
ブリザード・エンジェル
☆
ボクの名前は、ユキ。
ボクは、女子、少女、17歳の女だ!
そして、あだ名は、子供の頃から、妖怪、バケモノ、雪女。
なんでかと言うと、見た目、見たまんまを表してそう呼ばれた。
先ずは、肌が白い、しかも透き通る程に白い、さらに髪色が白い、産まれた時から白髪でサラサラストレート。
極めつけが、オッドアイ、右の目が鳶色、左の目が青色なのだ。
我ながらそりゃ妖怪だわなって思ったものだ。
当然のように社会はボクが溶け込む事を拒んできた。
ただ見た目の妖怪度合いが凄すぎるのかちょっかいを出す勇気も無いのか肉体的なイジメには合わなかった。
無視シカトいない者扱いは小学生の六年間と中学生の三年間は当たり前で教師ですら関わりたがらないでいた。
もっと言えば親でさえ、両親揃ってボクの扱いに匙を投げて構うことさえ鬱陶しがっていた、たぶん今も鬱陶しいと思っているだろう。
0、0001パーセントも有るか無いかの確率で生まれきたボクに戸惑いながらも一応可愛がろうと色々誤魔化したり隠したりして育ててくれた。
ただそれも、ボクが3歳まで、4歳になると妹が生まれ、その瞬間から家族、家の中でもボクはいない者、見えない者となった。
妹の名は、カレン。
カレンは、健康な肌色で両目とも黒くフサフサの黒髪だったからね。
両親は、ボクの存在を社会から隠すため幼稚園には通わせなかった。
6歳になると小学生、ここからは義務教育だからとりあえず入学式の次の日から学校へ連れて行ってくれて、後はボク任せ、不登校になろうが関わりもしない。
13歳からの中学生も義務教育だからとりあえず入学式の次の日から学校へ連れて行ってくれたて後はボク任せだった。
家族の中でもいない者になった4歳から小学校も不登校だからずっとひとりで家にいた。
でもある日、転機がきた。
10歳のある日の夜だった。
その日の夜は両親と妹カレンは一泊二日の旅行に出ていた。
夜のテレビなんて見たこともなかったが、その夜に何故か好奇心がおこりテレビのスイッチを入れてみた。
ボクの目に飛び込んできた鮮烈!
テレビ画面の中でキラキラと激しく躍動する少女達、華やかなコスチュームで、走る飛ぶ、ぶつかる吹っ飛ぶ、倒れる倒れても倒れても立ち上がりまた走る飛ぶぶつかる吹っ飛ぶ。
『宇宙一煌めく女子プロレス!』
その素敵さに感動した、そして虜になった。女子プロレスを知ろうと我を忘れた。
11歳12歳は女子プロレスを知ることに日々を費やした。
13歳時に中学校を卒業すれば義務教育が終わる、終わればボクも自由になれる。
自由になれば女子プロレスの世界、プロレスラーになれると思った。
それならボクも女子プロレスラーになりたい。なるにはどうすればいいか?
ボクなりの思考回路で思案したのがまずは運動能力向上と体力アップを目指す事だった。
昼間誰も居ない家の中で、基礎トレーニングから始めた。
腕立て伏せ、腹筋に背筋運動、スクワット、等々思いつくだけトレーニングをした。
夜間家族が寝静まると家を抜け出す、夜中ならボクの見た目を隠すためのフードもマスクもしなくても誰にも見られないからだ。
まずは思いつくだけランニングをする、ランニングを終えると家から少しだけ離れた公園に行くと鉄棒や砂場ででんぐり返しやジャンプキックのイメージトレーニングをする。もちろんそれが正解かどうかはわからなかったけど運動能力と体力は次第にアップしていった。
夜が明ける前に、家に帰りひと眠りして食事をする。
家族の中でいない者扱いでも母親は朝昼夜の食事だけは普通に与えてくれていた。
まぁ餓死とかされるは困るって思っていたのかもしれないのだろう。
女子プロレスラーになりたいための暗中模索我夢者羅無我夢中な日々は1年が経っていた。
いつものように夜中の公園ででんぐり返しやジャンプキックを繰り返し一息つくと傍らにあったベンチに腰を下ろすと無意識にうとうとした、ふっと気付くと日が昇りはじめ薄っすらと辺りを明るしていた。
その薄い明るさに人影を見た、黒色のスウェット上下に白色のスニーカーを履いてる。
人影は体を捻りながら膝を曲げ腕を前に後に振り戻し片足立ちから脚を前に横に後に伸ばし戻すと体の向きを変えまた同じ手順を繰り返している。
ボクはその人影の動きに見とれ時間を忘れた、さらに辺りはすっかり明るくなっていた。
明るくなって見えた人影は、ボクの父親よりも年上で祖父よりも年下に見える男の人だった。
男の人は、フゥーと息を吐き終えるとボクに向かって声を掛けてきた。
「おはようさん」
その言葉にボクは我に返り思わず返事を返した。
「おはようございます」
いつぶりだったろうか人と普通に挨拶するなんて。しかもボクの見た目にも何のリアクションする事もなくだった。
いない者扱いの者には家族すら挨拶しないのだから。
うん。と頷いた男の人はスッーと息を吸ってからゆっくりと息を吐き両脚を広げ腰を落とした。
ボクは自然に腰をあげ男の人に近づき声を掛けた。
「あの、何をしてるの?」
「形だね、東洋の武術にはだいたい形ってのが有って仮想の相手に稽古するんだ」
「仮想の相手って?」
「今風に言うなら、イメージトレーニングかな」
「へえ~ボクと同じってこと?でも…一人でイメトレばっかしてると誰かと向き合ってやりたいって思わない?」
「もちろん、相手と向き合ってする組手とか乱取りの稽古もする時もある」
「組手?乱取り?って?」
「今風に言うなら、スパーリングみたいなもんだな」
「へえ~ボクもスパーリングやってみたいなぁ。じゃあさ、ボクとスパーリングやってくれない?」
ほぉ~と男の人は目を丸くしてボクを見つめてきた。
「やれんのかい、お嬢ちゃん」
お、お嬢ちゃんって…
「ボクのなまえは、ユキだよ」
うん、と頷きながら男の人が答えてくれる。
「わしの呼び名は、ハリケンだ」
ハリケーン?なんだか不思議ななまえ…まぁいいか。
ボクは、ハリケーンさんに対峙するように立ち位置を変え向かい合うと両脚を広げ前に左足を踏み出し腰を落とし両腕を前に出しクラウチングスタイルで構えた。
「ほぉ~レスリングかい?」
ハリケーンさんが訊ねてくる。
すかさずボクが答える。
「プロレスだよ!」
うん、うん、と頷きながらハリケーンさんも腰を落とし両腕を前に出しクラウチングスタイルで構えた。
「うわ、プロレス出来るの?」
「見様見真似でな」
マジで?なんなんこのヒト…
お互いに向き合い、ファイト!
ハリケーンさんの掛け声を合図にボクはさらに大きく踏み出しロックアップを仕掛けた。
ザッシ!と衣擦れの音とともにハリケーンさんがロックアップで応えてくれる。
ングッ?動けない、不思議なことに前にも後ろにも左右にもびくともしない自分の体も相手の体もだ。
戸惑った瞬間、上半身の力が抜け前へとつんのめる、ハリケーンさんの体が視界から消えた、同時にボクの頭が締め付けられる。
ハリケーンさんがロックアップから体を入れ変えボクのサイドに移りヘッドロックに極めてきたのだった。
極められたヘッドロックにもがいてみるがびくともしない、瞬間体がふわっと浮きくるりと視界が回り地面に背中から落とされる。
ベッタと言うかバッタと言うかボクは自分の背中が地面に着いた感覚に全身の力が抜け落ちた。
ふわりとハリケーンさんが立ち上がりボクに向かって右手を差し出してくれた、その右手をボクも右手を差し出して掴まえた。
ひょいとボクの体が起こされ立ち上がる、ハリケーンさんはボクの背中をパンパンと払いなが言葉を掛けてくれた。
「ユキちゃん、何歳?」
「14」
「まだまだこれからだ、まずは体を作るんだ、食って寝てトレーニング食って寝てトレーニングの繰り返し」
「うん」
「背丈は、160はいるな、体重は、50以上であとはパワーアップしないと」
「うん、わかった」
そんなこんなの話しをして、また会うと約束して、すっかり明るくなった町中をマスクやフードで自分を隠しもせずボクは家に帰った。
ハリケーンさんとのスパーリングは週3回が自然に行われた、そして1年が経っていた。
いよいよ中学生義務教育も終わりに近づいてきた、ボクは『宇宙一煌めく女子プロレス』の団体への入門書を入手した。
ただ入門書には親の承諾が必要なのだ。
両親はボクの変化に気づいているのだろか?
相変わらず気にも止めず会話も無いけれど…
両親、家族としては唐突だったろう…
ボクは、女子プロレス団体の入門書と女子プロレスラーになる夢、覚悟、情熱を語り、産まれた時からの透き通る程に白い肌色と白髪と眼の色は変わらないが、しっかりと鍛えて、ウエイトアップしビルドアップされた体をボクを除いて一家団欒を演じている父に母に、妹カレンに提示し承諾のサインをもらった。
ボクは、中学校の卒業式が行われたその日の夜に女子プロレス団体のある首都圏へ向かい、時を得て入団テストを受け、合格を経て入団し練習生となった。
『宇宙一煌めく女子プロレス』の団体の練習生として、1年間は、あっと言う間に過ぎプロテストに合格しデビューが許さた。
デビュー戦が出来ると決まるとある大会のリングで観客、団体のファンへ紹介され挨拶をした。
この時、ボクは人生で初めて長袖にロングパンツのジャージを着ていたとわいえマスクやフードで白髪や白すぎる肌の顔を隠すこと無く大勢の人前に立ったのだった。
その日の夜にボクは、波利井拳(ハリケーン)さんに電話をした。
ハリケーンさんは我が事のように喜びある提案をしてくれた。
「なんかさ、キャッチフレーズがあると良いよね?」
「キャッチフレーズですか?」
「そうそう先輩達にもあるんじゃない?」
はぁ、確かに有るね~
「でも、自分から言うのも図々しくないですか?」
「あははは、じゃわしからひとつ提案はどうよ?」
マジで!?
「ぅわ〜おねがいします」
「おぅ、ほな、言うぞ、嵐のように激しいユキ。ってことで、ブリザード!とな、一目瞭然、神に選ばれたルックスは、天使、エンジェル!だな、で合わせて、ブリザード・エンジェル!なんてどうよ?」
ブ、ブリザード?エンジェル?
って言うか、神に選ばれたルックス……
ボクは、このハリケーンさんの言葉にじわりと涙が溢れ出した。
今までずっと、妖怪だとかバケモノだとか言われてた見た目を神に選ばれたルックスだなんて。
「いい〜いいです、これ、ブリザード・エンジェル!使わせてもらいます、ありがとうございます」
遂に、デビュー戦の日がやってきた。
透き通る様な白い肌を敢えてセールスポイントに純白にシルバーのキラメキをデコレーションしたリングシューズにコスチュームに身を包みバックステージで出番をまつ。
デビュー戦は、タッグマッチである、いつも練習のコーチングしてくれた先輩、マッスル・レディ!ミドリ先輩とのチームだ。
対戦相手チームもこの日、同じデビュー戦のひとりと先輩とのチームだった。
いよいよ出番がきた、会場に、マッスル・レディ、ミドリ先輩の入場テーマ曲が鳴り響く。
入場ゲートをくぐる、入場テーマ曲が耳に直に鳴り響く、入場花道にスポットライトが当たりレーザー光線が煌めく中を歓声に応えながら、進みリング、イン。
コーナに立ちリングアナウンサーの選手コールを待つあいだに会場の観客席を見回した。
何千人という観客がボク達を見ている。そんな中でも本部席の後に知った顔が見えた、妹のカレンと母親が座っていた。
特に残念では無いが父親の姿を見ることは無かった。
と、突然会場の照明が消え観客席の一点にスポットライトが当てられ場内アナウンスが始まった。
「ご来場の皆様、ビッグサプライズでございます、本日デビューの選手達への花束贈呈ため、東洋の神秘、グレート・ハリケーン選手の登場です」
うおお〜うおお!会場が観客が異様な雰囲気の盛り上がりになる。
会場に和楽器の音色の入場テーマ曲が鳴り響く、スポットライトの中にギラギラのジャケットを羽織った人影があらわれた。
そのギラギラの人影がリングに向かって右手を突き上げたポーズで歩んでくる。
ギラギラの人影がリングインすると会場の照明の明るさが戻り、赤と黒色の隈取りされたファントムマスクの顔がさらされた。
「グレート・ハリケーン選手より花束の贈呈です」
まず、花束を手にしたハリケーンが赤コーナーへ向かいデビュー選手に花束を手渡す。
続けて、青コーナーへ向かいデビュー選手である、ユキに花束を手渡すと右手を差し出した、ユキも反射的に右手を差し出して握り合った時、聞き覚えのある声が聞こえた。
「ユキちゃん、おめでとうさん」
えっ?まさか、ハリケーンさん?と思った時にはすでにハリケーンはリングを降りていた。
ボクは、感謝の気持ちにじわりと涙に滲む両目いちど閉じ改めて姿勢を整え気を引き締めた。
リングアナウンサーがリング中央に立ち高らかにコールした。
「青コーナー、本日デビュー戦、一目瞭然神に選ばれたルックス!ブリザード・エンジェル!ユキ、〜!」
うおお〜、ドドドッ!どよめきと歓迎を煽る足が踏み鳴らされた。
遂に来たんだ、遂に辿り着いた、遂に始まる、もう隠すことも誤魔化したりしなくても良いんだ!
ボクは、17歳、女子プロレスラーだ!!
宇宙一煌めく女子プロレスラーへのゴングが鳴り響いた。
カァーン!!
終り。
伝承少女
闘強少女道璃夢 2
魂・tradition
☆
RIDER SPIRITS
☆
くも膜下出血。
49歳だった。
父が倒れ、救急搬送された。
しかし、緊急処置のかいもなく生命は途絶え亡くなった。
大学の入学式が終わり、私の誕生日の5日後だった。
大学の入学を喜んでくれた。
ささやかだったけれど誕生日も祝ってくれた。
誕生日プレゼントだといわれ車の免許を取るための教習所の入校パンフレットと申し込み書を手渡してくれた。
『ゴールデンウィークは無理だけど夏休みには、SAKI の運転でドライブ行けるぞ』
父の言葉が思い出される。
その言葉に私も想像してみた。
車で出かける時は、父が運転席、母は助手席、妹と私は後ろの座席だった。
私が運転席になったら助手席は父なのかな、妹と母が後ろの座席かな。
妹が助手席で父と母が後ろの座席とか。
そんな他愛も無い事さえも考えられなくなってしまった。
バタバタとしている間に通夜がおこなわれ、葬儀がおこなわれ、、初七日が過ぎてしまった。
やっと日常が落ち着きを取り戻しつつあるある日、私は父の専用になっていた部屋の前に立っていた。
父はこの部屋を、秘密基地と呼んでいた。
父が生きていた時には、一度も足を踏み入れた事はなかった。
ドアノブに手を掛ける。
何故か胸が高鳴る。
自分の知らなかった父がいるかも知れない。
もしかすると知ってはいけない父がいるかも知れない。
息を吸い、一度眼を閉じ、息を吐き、眼を開け、ドアノブを捻り静かに押し開けた。
一歩足を踏み入れる。
正面にはデスクがありその上には少々型落ちのデスクトップ型のパソコンが置かれていた。
二歩、三歩と踏み込む。
右側が本棚になっている。
多くの文庫本と数十冊の雑誌が並んでいる。
へぇ、父さんって意外と読書好きだったんだ、と思いながら左側へと視線を移す。
目に飛び込んできたのは本棚の仕切り板を改造したスペースに立つ特撮ヒーローのフィギュアだった。
30センチくらいの高さで、黒いボディに濃い緑色の手、足、頭部、真っ赤な眼に真っ赤なスカーフを首に巻き腰には無骨なベルトが何かを主張している。
第一印象は、なんか地味、だった。
他にもいくつかの似た様な容姿の小さ目のフィギュアが並んでいる。
フィギュア達の横には書籍スペースが有りその特撮ヒーローに関する本たちが並んでいる。
ソロリ、ソロリと近づき本たちの背表紙を眺めてゆく。
仮面ライダー、と記されている。
へぇ、と頷きながら思いを巡らせる。
聞いた事はあるけど、詳しくは知らなかったなぁ。
父さんって少年だったんだなぁ。
なんて想いながら右手が自然に前に伸び一冊の本を手にしていた。
仮面ライダー歴代誌。
と記されている。
表紙を開いてみる。
『受け継がれる魂』
その一文が最初の頁だった。
次の頁には歴代年表一覧があった。
※ 1971年 仮面ライダー誕生。
へぇ、父さんは、1966年生まれだから、5歳の時だ。
物心ついた男の子の前に現われたヒーロー、心の中に宿ったヒーローだったのだ。
年表は、1994年まで続き、一旦空白が生まれている。
※ 1994年、実際の時代は平成(1989年より)であったがこの年までの仮面ライダーを『昭和ライダー』と呼ばれている。
※ 2000年、仮面ライダーが復活再開される。この年からが『平成ライダー』と呼ばれている。
と空白には書かれている。
へぇ、私は、1996年(平成8年)生まれだから、仮面ライダー不在の時代だったんだ。
年表は、2015年で終わっている。
次の頁へ進む。
仮面ライダー。と表記され写真が載っている。
始めの写真は、飾られてる30センチくらいのフィギュアと同じである。
仮面ライダーと変身者とされている男性俳優が同じ無骨なベルトを腰に巻き装飾されたバイクに股がった姿の写真である。
あぁ、見た事あるこの人。
最近はバラエティ番組などでも出演している男性俳優である。
次の頁には、仮面ライダー2号と表記されている。
同じ様に変身者の男性俳優が載っているが私にはわからない人だった。
次の頁には、仮面ライダー1号と表記されている。
仮面ライダーのビジュアルが若干違いが見られるが、変身者の男性俳優は前の前の頁と同じだった。
えっ、何、どうなってるの。
でも、なんか違う。
写真の中の男性俳優が変身ポーズを取っている。
写真の下の欄にある解説文を読んでみる。
※ 1号という呼び名を加えられ新しい姿に変わり変身ポーズも考案された。
この変身ポーズは全国的な流行となり社会現象にもなった。
へぇ、そうなんだ。
次々と頁を進めてゆく。
いつの間にか父が使っていた椅子に腰を下ろし、デスクの上に本を置き仮面ライダー歴代誌にのめり込んでいた。
特に、平成ライダーになってからは、今、テレビや映画で活躍中の男性俳優が多くいて楽しくなってしまったのだ。
仮面ライダー歴代誌を読み終え、元あった位置に本を戻し改めてフィギュアを見つめるとなんだか愛おしい気持ちが湧いてきた。
父さんが大好きだった仮面ライダー。
私が大好きだった父さん。
父さん、私も仮面ライダーを大好きになっても良いよね。
心の中で呟いてみる。
☆
その日の夕食後、リビングルームのマガジンラックに落とし込まれていたら教習所のパンフレットに気が付いた。
日々の慌ただしさに完全に忘れていたのである。
パンフレットを広げてみる。
普通乗用車、とetc…
自動二輪車って、バイクってこと?
中型って、小型、普通、AT車?
大型って、大型、大型特種?
ちんぷんかんぷんだった。
後ろへ振り向き、母を見る。
だが頭を振って、母にも詳しくはわからないだろうなと思う。
母から妹へと目を向けてみたが、高校生の妹もわからないだろうなと思った。
でも、仮面ライダーって、バイクに乗るからライダーだよねって考える。
ってことは、聞いてみるならバイク屋さんかな?
翌朝、私は教習所のパンフレットをバッグに突っ込み家を出た。
大学の授業を終えるとバイク屋さんへと向った。
店の前にはキラキラと輝くバイクが沢山並んでいる。
ぅわぁ、バイクってデカッ。
その迫力に身体が固まってしまった。
それでも何とか足を進めてゆく。
そこへタイミングよく店の人らしき人が現われ優しく声をかけてくれた。
色黒の顔にスマートな身体つきのオジサンだった。
「いらっしゃい、原チャリ、スクーターなら、こっちにあるよ」
は、原チャリ、って?スクーターって?
やっぱ、ちんぷんかんぷんだった。
私はその言葉に答える様に慌ててバッグから教習所のパンフレットを取り出しオジサンに向けた。
「あの、ちょいと教えてもらいたいんですけど」
オジサンは、うん、うん、と頷くとパンフレットを覗き込んだ。
「なるへそ、これから免許とるのかい」
はい、と私は頷いた。
「でも、よくわからなくて、区別が」
あぁ、と納得したオジサンが説明を始めてくれた。
排気量の違いによって必要な免許が違う事とかスタイルの仕様によって用途が違う事なとetc。
そう言いながら店の中へ案内してくれ実物を指差してくれる。
けど、単純な色やスタイルでさえ多すぎて目移りするばかりだった。
はぁ、仮面ライダーのバイクって、どれくらいなんだろ?
気持ちはヘコむばかりだった。
とりあえず、私はソロリソロリと店の中をうろついていた。
SAKI。ん?って自分の名前を呼ばれた気がした。
目の前の、三台向こうの、赤いバイクにSAKIって書いてある。
私は、オジサンに声をかけて右手を上げ指差した。
「あの、赤いバイクは?」
おぉ、とオジサンは返事をすると赤いバイクに近づき周りを片付け全体像を見せてくれた。
「KAWASAKI Ninja 250cc カワサキ、ニンジャ、250cc だな」
カッコイイ、思わず声を洩らした。
「気に入ったかい?なかなか上等だぞ」
とオジサンは微笑むと言葉を続けた。
「バイク入門には適してる、安定性も操縦性もスピード感も上等だぞ」
そのバイクにひと目惚れ。
私の気持ちは決まった。
私は、スマートフォンを取り出しカメラを起動させオジサンに聞いてみた。
「このバイクを撮ってもいいですか」
はぁ、とオジサンは少し驚きながら、いいけどと答えてくれ続けて言った。
「こいつの、パンフレットがあるから、あげるよ持ってお帰り」
えぇ、パンフレットって有るんだ。
いいんですか?
うん、うん、とオジサンは嬉しそうに頷き奥の事務所からパンフレットを持って来てくれた。
そしてパンフレットを渡してくれながら教えてくれる。
「こいつに乗るなら、中型の普通、っていう免許取りなよ」
はい。わかりました。ありがとうございます。
私は、何度も頭を下げ、礼を言い、パンフレットを胸に抱いて、そのバイク屋さんを後にした。
☆
夕食後また私は、父の部屋、秘密基地にいた。
父が大好きだった仮面ライダー関連の書籍スペースを覗いていた。
『仮面ライダーを作った男達』
と表紙に記されている。
※宇宙から来た銀色の巨人。よりも等身大の特撮ヒーローを作りたい。
が始まりだった。
※バイクという身近な乗り物を操って活躍する特撮ヒーロー。
しかし、改造人間であると言う非人間的な哀愁を持っている。
へぇ、改造人間なんだぁ。
※非人間的というコンセプトにより原案時の仮面ライダーの顔、頭部のモチーフはSkull であった。
しかし、原作者の子供が怖がったため、バッタへとモチーフが変更された。
Skull、ってドクロ?
※以降、カブトムシ、トカゲというモチーフもあったが昭和仮面ライダーの殆どがモチーフはバッタっとなっている。
※平成仮面ライダーになってからはモチーフも様々となる。
龍、コウモリ、トランプ、鷹、虎、ライオン等となりフルーツにまでモチーフとなった。
最近では、バイクにさえも乗らず、車に乗り、その車がモチーフとなった。
特に、平成10作目の仮面ライダーなどは何がモチーフなのかさえよくわからない。(実際は、バーコードである)
※平成仮面ライダーには非人間的な哀愁は無く、ライダーベルトの持つ変身能力適合者がライダースーツを装着することで仮面ライダーとなる。
へぇ、ライダースーツなんだぁ。
って事は、私もライダースーツが必要だって事だわ。
翌日、大学から帰宅した教習所への入校申し込み書へ記入した。
姓名 : 宍甘 早姫(ししかい さき)
生年月日 : 1996年 4月14日(19歳)
性別 : 女
とね。
自動二輪車の中型の普通、を○で囲んでゆく。
次の日曜日が父の四十九日だった。
四十九日が終わったら申し込み書を出しに行くと心に決めていた。
☆
大学へ通い、教習所へ通うという生活が始まった。
さらにバイクとライダースーツを購入するためのアルバイトも始めた。
それでもめまぐるしく思えたのは教習所へ通っている1ヶ月間だけだった。
バイクの免許を取ってからはバイト時間を増やしもした。
それでも父の部屋、秘密基地で過ごす時間も欠かす事はなかった。
DVDを視聴し、コミックを読破した。
そうして、あっ、という間に季節は過ぎ、私は 20歳の誕生日を迎えた。
誕生日の日、再びバイク屋さんへと向った。
バイク屋さんの手前で一旦止まると大きく息を吸い顔を少しだけ上に上げた。
あっ、マジか?!
目に入ったのは、バイク屋さんの看板だった。
前回訪れた時は気付かなかった、バイク屋さんの店名であった。
『立花オートモータース』
立花のおやっさん。歴代昭和仮面ライダーには欠かせない名物キャラである。
私は、嬉しくなりウキウキと立花オートモータースの店内へと踏み込んだ。
すると前回と同じ様にタイミング良く、おやっさんが顔を出してくれた。
おやっさんは私の顔を覚えてくれたらしくすかさず声をかけてくれた。
「おぉ、いらっしゃい、免許取ったかい?」
はい。と私は返事を返した。
おやっさんは、うん、うん、と頷き笑顔を向けてくれた。
「あるよ、KAWASAKI Ninja 250の赤いのね」
はい、買います。
と言い、購入手続きをしながら私は、おやっさんに聞いてみた。
「あの、赤いバイク、取っといてくれたんですか?」
うん、と頷き、おやっさんがニヤリとして答えてくれた。
「いつか、きっと、君が来ると思ってね、売れては仕入れ売れては仕入れしてたのさ」
その言葉に私は、めっちゃ感動してしまった。
ありがとうございます。
と何度も言いながら、さらにライダースーツが欲しい事を告げると、おやっさんは仲間のショップを教えてくれた。
☆
私の誕生日から5日後、4月19日が父の命日である。
自宅では朝から一周忌の法要のため慌ただしくしていた。
午前9時から法要が始まり、読経を唱えるお坊さんに従い、母と妹と私と親戚達が畏まり手を合わせていた。
自宅での法要を終えると父の眠っている墓地へ向かい、墓前で読経を唱えてもらい仕上げとなる。
私は、自宅での法要が終わると、妹に少し用事があるからお墓には一人で行くからと告げ、自室で法要のために着ていた黒服を脱ぎ捨てた。
デニムパンツとライダースジャケットに着替えると、父の部屋、秘密基地に置いておいたボストンバッグを手に自宅を飛び出しバイク屋さんへ向かった。
立花オートモータースに着くと、店頭で赤い KAWASAKI ninja 250が私を待っていた。
店の事務所の隅を借り全身をライダースーツに包んだ。
フルフェイスのヘルメットを右脇に抱え赤いバイクの傍らに立つ。
その姿を見つめて、おやっさんが嬉しそうに表情を崩しながら親指をいっぽん立てて右拳を突き出してくれた。
「いいね、上等だ」
私は、微笑みながら頷き、シールドを上げたままフルフェイスのヘルメットを被った。
スタンド上げバイクに股がる。
ライダーグローブを嵌めた手を2度、3度と握っては開きを繰り返した後、エンジンキーを ONにする。
エンジンスタートのセルボタンを押すとエンジンが声を上げる。
股間から心地よい小さな振動を感じる。
スロットルを軽く捻りエンジンを吹かしてみる。
首を僅かに捻り、おやっさんに目を向けた。
おやっさんが優しい眼差しで言葉をかけてくれた。
「気をつけてな、いってらっしゃい」
はい、と私は頷き返事をした。
「いってきます、おやっさん」
アクセルを捻り軽やかかつ勢いのあるエンジン音と供に赤いバイクが駆け出した。
☆
父の墓石の前に、お坊さんと母と妹と親戚達が立ち並んでいた。
その背後からバイクのエンジン音が近づいて来る。
ファン、ファン、シュルルル、ファン。
父の墓前に立ち並んでいる、お坊さんと母と妹と親戚達の背後に赤いバイクが滑り込み停車した。
その背後に停車した赤いバイクに驚き立ち並んでいた全員が振り返った。
赤いバイクのエンジンが切られライダーが降りて来る。
紫色のライダースーツに紫色のフルフェイスヘルメット。
紫色のフルフェイスヘルメットの全面には白くドクロが描かれている。
父の部屋、秘密基地にあったコミック。
仮面ライダーSPIRITS。
第一巻で原案時のオマージュとして登場した仮面ライダー TAKI をモデルに模したデザインである。
自称、仮面ライダー SAKI である。
唖然としている母、妹、親戚達を置き去りにして父の墓石の前に立つ。
両脚を肩幅よりもやや広く取り、左拳を左腰だめに引き付け、指先まで伸ばした右腕を左斜め上前方へ上げ構える。
右腕を左斜め上前方から右斜め上前方へと、ゆっくり動かしながら台詞を口にする。
ライダー!
右腕が右斜め上前方にきた瞬間に素早く指先まで伸ばした左腕を右斜め上前方へ突き上げる、右拳を右腰だめに引き付け、強く台詞を口にする。
変身!!
決まった。
しばらく自己陶酔に浸った私は、フルフェイスのヘルメットを脱ぎ父に向かい報告をした。
「父さん、私、ライダーになったよ、仮面ライダー SAKI」
『いいぞ、カッコイイぞ、早姫』
私にはそう父の声が聞こえた。
ただただ、唖然、呆然、意味不明の顔の、お坊さんと母と妹と親戚達に向って、失礼しました。と私は頭を下げ最後列に移動た。
何とか無事に?法要を済ませ自宅へ向かう母と妹に、私は少しバイクで走ってから帰るからと告げ、赤いバイクに股がった。
母と妹は何かを言っているようだったが、その言葉はすでにエンジン音にかき消され私の耳には届いていなかった。
父の眠っている墓地から県道へ出る。
県道から国道へ出る。
走行する乗用車、トラックに並走し、追い越し、追走しながらバイクの乗り心地を確かめる。
15分ほど国道を走り、右に折れ、しばらく行くと緩やかな山道になる。
緩やかな登り、下りに、緩やかなカーブが何度か続いて行く。
緩やかな山道を下り、T字路を右に折れると海岸線へと向かう。
左側に春の陽射しに煌めく海面を見ながら緩やかにカーブした海岸線を駆ける。
海面からの潮風に少しだけ逆らいながら受ける風圧が心地よい、気持ちいい、一種の快感に浸っていた。
ライダーになって良かったと思った。
父さん、ありがとう。と心の中で呟いてみる。
海岸線を終え右に折れる。
そのまま緩やかな山道を越えると県道に出る。
そのまま県道を真っ直ぐに走り国道に突き当たり右に折れる。
国道から自宅へ向かう側道へ降りる。
側道をしばらく走り突き当たりを左に折れるとコンビニがある。
ここでひと休み、喉の乾きを癒やそうと、私はそのコンビニの駐車場へとバイクを乗り入れた。
高齢の女性がコンビニの硝子張りの自動ドアから出てくるところだった。
高齢の女性の右手に今、買い物したばかりであろうコンビニ袋を下げ、左手には淡い桃色の手提げ鞄を下げていた。
☆
フルフェイスのヘルメットのシールドを上げ一息吐くと顎の下のストラップに手を掛けた時だった。
ダッダッダ、と耳障りな音に手を止め何気なく首を捻り、音のする方へ顔を向けようとした瞬間。
あああッー、と悲鳴が聞こえた。
高齢の女性が路上に崩れ落ち、ある方向を指差し必死に続けて声を出そうとしていた。
私はその指差している方向へ視線を向けた。
原動機付自転車、いわゆる原チャリ、スクーターに二人乗りした後ろの男の手に淡い桃色の手提げ鞄が握られていた。
ドロボー、高齢の女性の声がしている。
私はエンジンキーを捻り、ONにするとセルボタンを押し赤いバイクに股がった。
アクセルを捻り、走り始める。
原チャリとの距離は30メートルくらいはあった。
一気に距離を縮めるために加速する。
加速による風圧を感じた。
海岸線を駆けていた時よりも風圧を感じていた。
何故?
フッと気がつく。
フルフェイスのヘルメットのシールドが上がっている。
シールドを下げていないだけで風圧が増した様に感じていたのだ。
風圧?と頭にひとつの台詞が過ぎった。
『カラダに風圧を受けるとベルトの風車が回り仮面ライダーに変身するのである』
仮面ライダー誕生。と記されたDVDの中で聞いた台詞だった。
私も、その風圧をエネルギーにする気持ちで、フルフェイスのヘルメットの中で気合いを込めて声を出した。
変身!
同時に素早くシールドを下ろし前を逃走する原チャリを睨みつけた。
原チャリと私の赤いバイクの距離はみるみる縮まり追いついた。
けど、私はどうしたら良いんだろう?
と一瞬考えてしまった。
とりあえずと原チャリの右斜め後ろから近づき声を出した。
「鞄、その鞄を返しなさい!」
私の声が聞こえたのか二人乗りの後ろの男が顔を向けてきた。
「その鞄を、返しなさい!!」
もう一度、私は声を出した。
後ろの男は、前の男、運転している男に向って口を動かしている。
何かを言っているようだったが私には聞き取れなかった。
前方の信号機が黄色に変わった。
私は思わずアクセルを緩めた。
同時に原チャリのスピードも緩くなった。
信号機が赤色に変わった。
よし、止まった。と気を緩めた瞬間に原チャリが突然左へ傾き信号機手前の路へ曲がった。
ヤバッ!
咄嗟に私も赤いバイクを左へ傾け路へ曲がる。
センターラインも無く、車両同士なら譲り合えばやっと行き違える幅の路である。
左側は新築工事中のマンションを囲う鉄塀が路沿いに立てられている。
右側はメインストーリーに向って立ち並ぶ店舗の裏口が連なっている。
辺りには人の気配も無く、ここがチャンスだと感じた私はアクセルを一気に捻りエンジンを吼えさせ距離を詰めた。
原チャリの真横に位置すると左膝を引き上げ脚を力を込めて突き出した。
ライダー、キック!
決め技はこれに決まっている。
突き出した左脚が、フッと浮いた感じの後、ドカッ、と手応えが伝わってきた。
原チャリの運転者の脇腹に当たっていた。
二人乗りの後ろの男の脇腹を狙ったはずだったのに。
運転者は脇腹に受けた衝撃で態勢を崩しハンドル操作がフラついている。
フラついた原チャリはマンションを囲う鉄塀へ向って行く。
鉄塀をギリギリの距離で躱すと目の前に電柱が立っていた。
ガガッ、ガズッ、と鈍い音が響いた。
ライダーキックの勢いのまま通り過ぎていた私は、その鈍い音に赤いバイクを止め振り返った。
鉄塀と電柱の間に原チャリと運転者が突っ込み挟まっている。
後ろの男は後方へ転倒し、その傍に高齢の女性から引ったくった淡い桃色の鞄が転がっている。
私は赤いバイクをターンさせると鞄のもとまでバイクを近づけ素早く拾い上げ、来た道を駆け戻った。
高齢の女性はまだコンビニエンスストアの前でおろおろしながら立っていた。
私は高齢の女性の前へ赤いバイクを止め鞄を彼女へ差し出した。
はっ、と我に返った様に目を見開くと頭を下げながら高齢の女性は礼の言葉を発した。
「ありがとうございます、ありがとうございます」
私は、うん、と頷くとそのまま立ち去ろうとしたが、まだ彼女の声が聞こえていた。
「あの、お名前は、あなたの、お名前は?」
名前って、なんだか私は照れくさく声を出せないまま彼女へ顔を向けた。
フルフェイスヘルメットのシールド越しに視線が合った気がした。
私は、右手でフルフェイスヘルメットの顎の下を少しだけ押し上げ小さく声を出した。
「通りすがりの仮面ライダーです」
それだけを言い、私はアクセルを捻り、自宅へ向って駆け出した。
父の部屋、秘密基地はすっかり私の秘密基地にもなっていた。
ライダースーツにフルフェイスヘルメット、ライダーグローブ、ライダーブーツと赤いバイク、KAWASAKI Ninja 250の KEY の保管場所である。
父の一周忌だった日、引ったくっり騒動の翌日の夕方だった。
夕飯作り中の母を手伝うために台所へと向った。
台所の手前のリビングルームを通り過ぎようとした。
リビングルームのテレビがつけられその前に妹が座ていた。
妹は手もとのスマートフォンを持て遊んでいる。
つけられているテレビを観ているふうではなかった。
テレビの画面では夕方のニュースが地方向けに変わっている。
私は台所に入り先ずはと冷蔵庫から炭酸飲料のペットボトルを取り出しキャップを捻りひとくち飲み込んだ。
その時、地方向けのニュースが聞こえた。
『仮面ライダーが現れました。
引ったくり犯人に、奪わばれた鞄を取り返し被害者へと戻しました。
被害者の話では赤いバイクに乗った紫色のライダースーツでヘルメットにはドクロが描かれていたそうです』
その言葉に妹がハッと顔を上げた。
テレビ画面に出たテロップを凝視した後、慌てて振り向いてきた。
ニュースの言葉はまだ続いていた。
妹の瞳と私の瞳が見つめ合った。
私は妹の瞳に向って自分の口もと、口角をめいっぱい上げ白い歯を見せた。
ニィン!
終り。
2019年 平成31年
平成の仮面ライダー、20人の歴史は終わった。
2019年 令和元年
令和の仮面ライダーの歴史が始まった。ゼロワン01。
抜刀少女
闘強少女道璃夢 3
Drawn Sword Girl
☆
抜けば珠散る氷の刃!
☆
真夏の夕刻をまだまだ太陽が暑く照らしている。
地響きの様なエキゾノートサウンドを轟かせながら Dark Gray Metallic color の車が私に向かって駆けてくる。
Dark Gray Metallic color の車が私の目の前に停車する。
SUBARU BRZ-GT。
私の目の前に停車した Dark Gray Metallic colorの車の助手席のウィンドウが音もなく開いていく。
ひょこっと、つぶらな瞳に長めの顔が現れる。
カスミ、と名付けられた5歳のシェルティ(シェットランドシープドッグ)だ。
カスミは白と黒のマーブルカラーの長い毛足の体をくねらせながら私を見つめてくる。
その愛くるしさに私の顔もとたんに緩んでしまう。
カスミの後ろから、運転席から声が、昭和な台詞が聞こえてくる。
「ヘィ、彼女、俺のマシーンに乗らないか?」
その声に、うん。と私は頷いた。
私の頷きにカスミはヒラリと身をひるがえし後部座席へと跳び移り助手席を空けてくれる。
私は助手席に乗り込みシートベルトをしながら運転席に向かって声を掛ける。
「リュウ、ありがとう」
おぅ。
と声を出しながら左拳の親指を立てて見せる。
後部座席のカスミが、クゥンと切なく鼻を鳴らす。
カスミも、ありがとうね。
ワン。
カスミの声を合図にSUBARU BRZ-GT のアクセルは踏み込まれ Dark Gray Metallic colorの車は再びエキゾノートサウンドを響かせて駆けはじめた。
☆
私の姓名は、流水(ながみ)梨冴(りさ)12歳。今は小学校の6年生。
そして、Dark Gray Metallic colorのSUBARU BRZ-GT を運転しているのは、リュウ。
姓名は、流水(ながみ)龍(りゅう)
65歳の私の祖父。
じっちゃん、である。
髪は白髪?って言うより、銀色?
Silver colorです。
Silver color の髪は長く伸ばされ、無造作に後ろに撫で付けているのでまるでドラゴンの鬣の様に見える。
黒地にセクシーな女性のイラストがプリントされたTシャツ。
ダメージ加工されたショートジーンズにスーパースターのスニーカーが今日の出で立ちである。
☆
夏休み、ママとパパの薦めで中高一貫校の受験をするために私は進学塾で特別講習を受け始めたのだ。
今日は、その特別講習の初日でした。
普段は家の近くの塾へ自転車で通っているのだけれど進学塾は私の家からバスで20分以上かかる場所にある。
講習の始まりは午後1時。
講習が終わるのは午後6時。
ママもパパも共働きなのです。
だからバスで行き帰りする予定だった。
そこへ、リュウが帰りの迎えに来てくれたのだ。
☆
リュウ(じっちゃん)は、5年前まで地元の銀行に勤めていた。そして定年退職した。
定年退職してからは暇な時間ができ朝に夕に散歩する事した。
その散歩の相棒にと産まれて数ヶ月のシェルティのカスミを譲り受けてきたのだ。
カスミって名前はカスミがリュウの家に来たその日、テレビを見ていてCMに出ていた可愛い女優さんを気に入りその女優さんから拝借したらしい。
漢字で書くと(架純)です。
まだその頃のリュウは、髪は黒く、落ち着いたベージュ色のポロシャツに焦げ茶色のスラックスって感じの服装で、じっちゃん。って呼んでた。
それが3年前、突然、祖母、ばぁちゃんが病気で亡くなってしまった。
じっちゃんとばぁちゃんは二人で暮らしていたから突然一人になってしまったじっちゃんはめっちゃ落ち込んでしまった。ほんと可哀想だった。
そんなじっちゃんを見かねたパパは、ばぁちゃんの四十九日が過ぎるとママと私と一緒に暮らそうって提案した。
じっちゃんは寂しさの中にちょっとだけ嬉しそうな表情を作り出して、ありがとう。って答えてた。
結局その時には、はっきりと何も決まらず何と無く2ヶ月以上経った頃、前触れもなくじっちゃんが私達の家にやって来た。
Dark Gray Metallic color の SUBARU BRZ-GT に乗り、Silver color に髪を染め上げ、ワインレッドの革ジャンにウォッシュの利いたジーンズという姿で。
その姿、出で立ちにパパもママも私も唖然、呆然だった。
敢えて出た言葉を言うなら、パパは「お、親父…」
ママは「お、義父さん…」
私は「…じっちゃん…」
そして、じっちゃんは私に向かって言葉を出したのだ。
「梨冴、じっちゃんはやめてくれ!リュウって呼び捨てしてくれ」
と言い切り、ニッカ、と笑顔を作り言葉を続けた。
「そこのマンションの一番上、10階に引っ越したから御近所付き合いよろしくな」
と言い終わり、どや顔で右拳の親指を立てて見せた。
☆
リュウの暮らしはじめたマンションは私達の家から歩いて5分とかからない場所だった。
リュウ曰く、一緒に暮らすとパパやママや私の生活リズムを狂わせるからのぉ、って。
年寄りは朝が早いからのぉ、って。
洗濯物も増えるし気も使わせるからのぉ、って。
結局、夜ご飯は一緒に食べるって事で決まりました。
リュウからは過分な食費を渡してもらってるみたいでママの顔が緩んでます。
私もリュウが近くに暮らしはじめてくれたおかげで色々教えてもらたり、助けてもらたり、ちょっと得している。
リュウの暮らすマンションの部屋の間取りは、お風呂、トイレ、洗面所と、12畳のダイニングキッチンと寝室用の12畳になっている。
フローリングに仕上げられた12畳のダイニングキッチンの真ん中にはペルシャ絨毯。
その上にはコンパクトなテーブル、向かって左側の壁側にはテレビとオーディオプレーヤー。
リュウの部屋のBGMはたいていがR&Bっていう洋楽。
テレビとオーディオプレーヤー、ベランダに向かうガラス面以外の壁面にはびっしりと本が並べている本棚。
推理小説、犯罪小説、アクション小説、コメディ小説、恋愛小説、時代物小説にファッション雑誌からスポーツ雑誌まで何でもありです。
その片隅に、カスミのおトイレセットが有る。
もっともカスミはリュウとの朝夕の散歩以外はおトイレをしないのだけど。
寝室用の12畳には家具はいっさいなくウォークインクローゼットとロフトにリュウの寝具と洋服は収納さている。
そしてクローゼットに向き合う場所に神棚があり、香取大明神と鹿島大明神と記された掛軸が2本掛けられている。
掛軸の前には、四段の刀掛け台に四振りの刀が置かれている。
四振りの刀。
一番下が、白木の木刀(鍔付き)。
下から二番目が銘刀(妖刀)村雨の模造刀。
上から二番目が居合刀(刃研ぎ無し)。
一番上が真剣刀(刃研ぎ有り)である。
リュウが、居合道のひとり稽古をする為である。
勿論、ちゃんとしかる場所でしかる必要な手続きをし許可を得て居合道の道場にも属している。
☆
リュウが神棚の前に立つ。
カスミもリュウの傍らで神棚の前に立つ。
出で立ち、服装はいつもその日その時のままだ。
リュウ曰く、居合道は武である。武に先手はない。
先手はないとは護身。
Self defence である。
Self defence ならば何時如何なる時にでも体現実戦出来なければ無意味。
ジーンズだから、ジャージだから、ミニスカートだから、サンダルだからって言い訳は無しである。
あとは、心。
心掛け、心構えである。
リュウが神棚を見上げる。
カスミも神棚を見上げる。
リュウが柏手をパン、パンと打ち鳴らし手を合わせ頭を垂れる。
それに合わせてカスミも頭を垂れる。
合わせた手を解きSilver colorの長い髪に両手の指を差し込み後ろへ撫で付ける。
続けて白木の木刀の脇に有る白く細長い布を手に取り細長い布の真ん中を額に当て後頭部へ向け布を回し伸ばす。
白く細長い布、はちまきを後頭部でキリッと絞める。
カスミは静かにリュウの傍らから離れダイニングキッチンと寝室用の境にちょこんと座り視線をリュウに向ける。
リュウは、白木の木刀を左手に持ち12畳の真ん中に正座し木刀を左脇の床に静かに置き黙想する。
黙想を解き木刀に左手を伸ばし右手を添えて左脇に差し込む所作をおこない腰だめに左手で握り持つ。
☆
私は、リュウの居合道の稽古を始めて見たとき正直怖くてビビッちゃった。
ギラリッと異様に輝く刀に、いつものチャラ男風のリュウとは別人の厳めしオーラにビビッちゃった。
でも、めっちゃカッコいいとも思った。
初めのうちはダイニングキッチンの片隅から遠く眺めてたけど月日が経ち慣れてくると興味も湧いてきた。
いつからかカスミと並んで正座してリュウの居合道の稽古を真面目に見るようになっていた。
☆
私は一人っ子なので小学校から帰ると宿題を済ませリュウの部屋へ行く。
リュウがマンションに引っ越して来るまではママかパパが帰って来るまでは一人ぼっちだった。
居合道の稽古を見る。
本棚にある雑誌を読む。小説を読む。
カスミとじゃれあって遊ぶ。
夕方からリュウとカスミと私で散歩に行く。
そのまま散歩から私達の家へ帰る。
リュウとカスミは夜ご飯を一緒に食べてマンションへ帰る。
夏休み、冬休み、春休みは午前中からリュウの部屋へ行く。
そんな感じで一人ぼっちの毎日が無くなった。
リュウの居合道の稽古を見るようになって半年くらい経った頃、私もやってみたいなぁ。って呟いた。
本気か?リュウに聞かれた。
本気だよ。って答えた。
うん。って頷いてリュウが微笑み返してきた。
それから、1週間後、リュウが私に白木の木刀(鍔付き)を手渡してくれた。
「それは、梨冴 専用じゃ、身丈に合わせてそれぞれじゃからな」
めっちゃ嬉しかった。
それも私専用だなんて背筋がピーンって伸びて緊張しちゃった。
その日から私はリュウの指南で居合道の稽古を始めた。
勿論、技術だけじゃなく心掛け、心構えまでちゃんと理解する様に稽古した。
☆
進学塾の特別講習も終り、わずかに残っていた夏休みも終り、2学期が始まった。
居合道の稽古も2年半が経っている。
二学期が始まり2週間、いつも通りに学校から帰ると宿題を済ませてリュウの住むマンションへ向かった。
ただいま。と声をかける。
タッタタタ、とカスミが出迎えに駆けてくる。
カスミを受け止め抱き締める。
カスミと並んで部屋の奥へと足を進めるリュウが声を掛けてくれる。
「梨冴、おかえり」
ただいま。と答えるとリュウは手にしていた色鮮やかな長細い包みを差し出してきた。
鮮やかな朱色に錦糸刺繍。
うわぁ、綺麗。声を出しながら私はその細長い包みを受け取った。
包みの口を括っている紐を解き中身を取り出してみる。
模造刀だった。
銘刀、村雨の模造刀である。
リュウの刀掛け台に置かれている模造刀と同じだった。
違いは長さ、私の身丈に合わせてあるためにちょっとだけ短い。
「そろそろ、梨冴も鞘抜き、鞘入れをしてもいい頃じゃ」
「リュウ、ありがとう、私、ガンバる!」
☆
白木の木刀で居合の手順、形、体裁きを稽古してきたそれに刃の抜き入れが加わるのだ。
居合道の最初にして最も難しのが刀の、刃の鞘抜き(抜刀)。
左手、左腕、腰の捻り、肩の入り身、右手の添え握り、右腕の抜き払い。
全てを一挙動で行う。
勿論、抜刀された刃もその流れの一閃で斬り込まれる。
一刀両断。一撃必殺。
初手で決まる、あっても二手まで。
流れのままに鞘入れ(納め)なければ成らない。
まして、私がリュウから指南してもらっている居合はリュウの思考により独自のスタイルに変化させてあるから更に難しい。
悪く言えば、我流。
でも、リュウ曰く、現時代的に進化させたもの。
名付けて「リュウスイリュウ」
リュウスイリュウ?って?
「龍水流じゃ」
ん?それってリュウの姓名の後ろから読みじゃん!
いぇーい。と、どや顔で右拳の親指を立てる、リュウ。
こうして私の模造刀による鞘抜き(抜刀)鞘入れ(納め)の悪戦苦闘の日々が始まった。
☆
残暑が終り朝夕に涼しさが増し木々の葉が色づき紅葉し色を失ない寒さを感じ始めジングルベルが聞こえてくるカスミとの散歩もちょっと厚着していく冬休みが始まり大晦日がきて年が終わる。
勿論、ちゃんと学校へ行き宿題をして塾へ行って中高一貫校の受験勉強も抜かりなくやっている。
受験生には正月はない!なんて言われるけどいつも通り楽しく過ごしてお年玉を握って初売りへリュウと行く。
もっとも何を買っても支払いはリュウが全部してくれるのでお年玉が減ることはない。
ママには内緒です。
学校も三学期が始まり小学生も残りわずか。
いよいよ、中高一貫校の受験日がやってきた。平常心、平常心、リュウのアドバイス?を心の中で繰返し受験の2日間を乗り越える。
10日後。
合格発表の日はママと一緒に見に行った。
やったー!見事に?無事に?合格していた。
そして小学生最後の日、卒業式。
中学校は皆と離ればなれになると思うと涙が溢れてきた。
でも、4月からは中学生、新しい友達出来るからちょっとワクワク。
☆
そして4月。
今日から中学生。ピカピカの1年生?
中学校の入学式、中高一貫校は通学学区が広いから私の知らない住所からの人もたくさんいる。
入学してから初めの1ヶ月間は友達になれそう?ちょっと無理?みたいな感じで様子見です。
そうしているうちに気になる人が2人いた。
男子が1人、女子が1人。
って言ってもイケメン男子ってわけじゃなく、ぶっちゃけヤナ感じの方。
女子の方もカワイイってわけじゃなく、何だか暗いって言うか静か過ぎじゃね?って感じです。
ヤナ感じの男子ってのは、やたらと声がデカイ。態度がデカイ。体もデカイ。いつも上から目線でモノを言う。
姓名は、オオクラショウゾウ(大蔵 省造)
女子の方はいつもぽっんと一人で静かに本を読んでいる。声も小さいし声をだして笑わない。体もちょっと小さいかな?
姓名は、ミナモシズカ(水面 静花)
1ヶ月が過ぎると案の定と言うか、ヤナ予感が当たったって言うか。
ヤナ感じの男子オオクラショウゾウが静か過ぎる女子ミナモシズカに目をつけ虐めを始めた。
シズカ女子のミナモ(水面)私のナガミ(流水)同じ水の文字を持つ親近感でなんとなくシズカのフォローをしてみる。
しかし、オオクラショウゾウは意に介せず虐めを繰り返す。
シズカはただなされるままに項垂れ縮こまる。
フォローする私には、ありがとう。って声を出すのに、ヤツには、やめて!の声が出せない。
さらに周りのクラスメイトも見て見ぬふり、触らぬオオクラショウゾウに祟り無し?ですか?
そして、遂に、私とオオクラショウゾウとの対決の日が来てしまった。
☆
体育の授業。
週に1度、1時間だけ武道の時間がある。
剣道、柔道、空手道の内から選択する。
もっとも私達生徒が選択するんじゃない、学校の都合で選択される。
空手道、中高一貫校の中高どちらにも空手部はない。って事は指導する先生がいない。で却下。
柔道、中高のどちらにも柔道部はあるのだけれど畳みの道場が限定されているって却下。
剣道、中高のどちらにも剣道部はある。板張りなら道場じゃなくても体育館で間に合う。指導する先生もいる。って事で私の通う学校の武道の時間は剣道です。
体育館の用具倉庫に無造作にまとめて突っ込んである竹刀をそれぞれ手に持ち体育館の床に整列して正座する。
もちろん、服装は体操服です。
指導する先生の言う通り号令に合わせて礼をして竹刀を正面に構えてまずは蹲踞する。
竹刀を構えて蹲踞するなんて初めてのクラスメイトばかりで、ぐらぐらと体勢を崩して床に転がる。
右足を前、左足を後ろに爪先立ちになって竹刀を正面に構えて振りかぶる。
ぴょんぴょんと前後に跳ねながら竹刀を振り下ろす、振りかぶる、振り下ろす、振りかぶる、振り下ろす、を繰り返す。
男子、女子に分かれて頭の高さ、頭の横に突きだし並んだ竹刀を叩きながら進み打ち、順番に打ち手が入れ替わる。
「ピィー!」
先生の笛が鳴り響く。
「みんな、ちょっとすまない、教員室へ行ってくるから自主練習してくれ」
そう言うと先生が体育館から出ていってしまった。
途端にざわざわと声が聞こえてくる。
テキトーに竹刀を振り回しながら男子達の練習が乱れ始める。
女子達は、ちょっと休憩とばかりに竹刀をダラリと下げて杖がわりに顎を乗せている。
さすがに、体育の授業用具の竹刀と言えども一応、刀。
私は、刀の先を床に着けたりわしない。
私は左手に竹刀を持ちそんなクラスメイトの女子達を眺めていた。
しかし、竹刀って、刀って文字はあるものの私の知っている刀とは全然違っている。
刀としての反りもなければ、刃と峰の別もない。
切り分けられた竹を組み合わせたただの竹の棒。
もちろん鍔もない。
正式な剣道部の練習や試合では鍔を付けるらしいけど。
☆
ちょっと休憩している女子達の空気が乱れ揺れる。
揺れた空気の中をオオクラショウゾウがデカイ態度で割り込んでくる。
その足は、シズカに向かっていた。
私は視線だけでオオクラショウゾウの背中を追った。
「おら、竹刀の先を床に着けるんじゃねぇよ」
オオクラショウゾウがシズカに声を出す。
シズカは黙って頭を左右に振る。
シズカの持つ竹刀の先は床に着いてはいなかった。
言いがかりだ。
「なら、構えろよ、教えてやるよ」
オオクラショウゾウの声にシズカが頭を左右に振る。
そんなシズカに苛立ちオオクラショウゾウがいきなり竹刀を振り上げ打ちつける。
咄嗟の反応で体を背けた弾みでシズカの竹刀がオオクラショウゾウの持つ竹刀にぶつかる。
「おー、やる気あるじゃん」
苦々し顔でオオクラショウゾウが竹刀を横に振り払う。
シズカの竹刀が弾かれ飛ばされた。
続けて竹刀の先をシズカに向け近づいていく。
シズカがジリジリと後ずさる。
さらに詰めていく。
竹刀の先がシズカの右肩に触れる。
ん。と息を止めるシズカが座り込む。
オオクラショウゾウがシズカを見下ろし続けて竹刀の先で突っつき小突き始めた。
右肩、左肩、左腕、右腕。
竹刀の先がぶれてシズカの胸に当たる。
シズカが恥じらい慌てて両腕を胸の前に置き体を縮こめる。
シズカの仕草にオオクラショウゾウの顔がぐにゃりとゆがみ厭らしさを表す。
竹刀の先はしつこくしつこくシズカの胸に当たる。当てる。
くっそ!
心の中で罵り私はシズカに近づき左手に持っていた竹刀を右手に持ちかえ下から上へと振り上げた。
バシャッ!
オオクラショウゾウが手にしている竹刀がシズカの前から弾かれた。
ンガッ?
何が起きたか理解出来なかったオオクラショウゾウの動きが固まり止まる。
びっくりしたままの目を私に向け声を出してきた。
「んだ、テメエェ?」
「やめなさい」
「テメエェにはカンケイないだろ!」
「あるわよ、友達がイジメられてるんだから」
「トモダチだぁ?」
「そうよ」
ふぅーん。と声とも息ともつかない空気を吐きながらシズカと私に目を行き来させると目付きを変えた。
「なら、代わりにテメエェに教えてやるよ、剣道を」
「けっこうよ、素人でしょ、アンタ?」
私は睨み返しながら声を出した。
「はぁ?素人じゃねぇよ、経験者だぁよ」
「意外、じゃ未熟者ね」
私の言葉にオオクラショウゾウの目が顔がみるみる怒りの表情に変わっていった。
突然、ウガァー、ガァー、ウァー。
意味不明な雄叫びを上げながらオオクラショウゾウが私に向かって竹刀を横に、縦に、斜めにめったやたらに振り暴れだした。
☆
めったやたらに振り回される竹刀の軌道を捌き、往なし、かわしていく。
右へ左へ前へ後へオオクラショウゾウの振り回す竹刀の軌道をかわしていく。
「チッ、テメエェ、逃げてばっかよ?!」
オオクラショウゾウが声を出す。
私は、そんな声をシカトしてやたらめったらに振り回される竹刀をかわしていく為の間合いを保っておく。
「ウラァ、打ち合え!」
いいえ。本来、刀とは打ち合い、当て合うものではなく、互いの隙をついて切り合うものなのだ。
刀と刀が打ち合わされ、当て合わされたならたちまち刃は落ちて切れなくなってしまう。悪くすれば刀自体が折れる事もある。のだって、リュウから習った。
「逃げてばっかじゃ勝てねぞ?」
んー、確かに。たまにはいい事言うじゃんオオクラショウゾウも。
私は左手に竹刀を握り直し腰だめに添え、罵詈雑言を声に出しながら竹刀を振り回し暴れるオオクラショウゾウの隙を窺った。
振り回される竹刀のスピードに速さは感じない、当然、鋭さもない。
ただただ力任せに振っている。やっかいなのは、めったやたらで出鱈目な軌道が読めない事だった。
それでもオオクラショウゾウがバテてきたのか息が乱れ始め竹刀の振りがさならに鈍り始めた。
よしっ!何とかなるか?
って感じで私は右手を竹刀の柄に添えた。
鯉口を切る。あら?左手の親指がスカを食う。
しまった、鍔が無いのだ。
それでも柄に添えられた右手は竹刀を腰だめから抜き放っていた。
パコン!?
竹刀の先っぽが力なくオオクラショウゾウの右腰骨に当たる。
まったくタイミングもスピードも気力も煌めきも無い竹刀の先っぽじゃ切り裂けません。
それでも自分の体に竹刀を当てられた事に呆気に取られたのかオオクラショウゾウの動きが一旦停止した。
しかし再起動したオオクラショウゾウは更に手に負えない様になってしまった。
『手負いの獣ほど厄介だ』ってリュウの部屋にある小説で読んだっけ?!
一段と増した荒ぽさに私は次第に壁際と押し込まれていった。
竹刀の軌道を見切り後へと送った左足が壁際に当たる。
ヤバイ、ここまでか?
それでも咄嗟に一歩前へ出る。
壁際に詰まった私に向かってニヤニヤと顔を崩しながらオオクラショウゾウが正面から近づいてくる。
私の2メートル程手前で足を止めて竹刀の先っぽを突きだしてくる。
「もぉ逃げれんぞ、さっきのお返ししてやるぜ」
その言葉を出すと顔を周りに向け大声を上げた。
「全員集まれ、コイツを取り囲め」
その言葉に遠巻きに見ていたクラスメイト達がぞろぞろと集まり私の周りを囲み始めた。
囲み始めたクラスメイトに向かってさらにオオクラショウゾウが何やら喋りだした。
くっそ。何とかしなきゃだ。
ってか、ヤるしかない!
気を集める。じわりと腰を落とし体勢を整える。
腰だめに竹刀を持つ左手の汗を体操服のズボンに擦り付ける。
柄に添えていた右手の汗を体操服のズボンに擦り付ける。
ん?何?
ズボンの右側のポケットに当たる物がある。
そっとポケットに手を入れてみる。
思い出した!
鍔を入れていたのだ。
リュウが趣味で作ってくれた鍔である。
竹刀用なので真ん中は丸く穴が空いている。
周りはなだらかな四角形、四角に切り込みの飾り彫り、平らな面にも飾り彫りが施されている。
その飾り彫りは、銘刀、村雨の鍔と同じ紋様になっている。
梨冴。の名も刻まれている。
私はそっとポケットから鍔を取り出し竹刀の柄にはめ込む。
じわりと右手で押し込む、クンッと手応えを感じた所で左手の親指で押し返してみる。
ピタリ、と嵌まった事を確認すると親指で鍔の飾り彫りを撫でていく。
模造刀とはいえ手に馴染んだ銘刀、村雨の感覚がふわりと浮き上がる。
一通り喋り尽くしたのかオオクラショウゾウの目が私に向き直り声を出してきた。
「これで終わりだ、覚悟しろ」
私は睨み返し左の腰だめに刀を添え直し柄に右手を添えた。
今一度、左手の親指で鍔を撫でる。
銘刀、村雨。
またの呼び名を『妖刀、村雨。邪を退け、妖を治める。抜き放たれた白刃は氷の如く煌めき、一振りの太刀筋には氷の珠を残像する。神聖の太刀』
ここでヤられるわけにはいかない今までの稽古した事が無になってしまう。
リュウから指南された我流 居合道、
龍水流。
じっちゃんの名にかけて!
オオクラショウゾウの体がふわふわと揺れ始め竹刀の先っぽまでゆらゆらと揺れ始めた。
来る!打ち込んで来る!
感じた。
ダァアー。大声を上げてオオクラショウゾウの体が迫って来る。
刹那!妖刀、村雨。
鯉口を切る!抜刀!
一閃、切り裂く!
切り返し閃光、切り裂く!
スパンッ!
一閃、左脇腹を切り裂き。
バサッ!
切り返し閃光、右腹前部を切り裂く。
左の腰だめに妖刀、村雨を納め、小さく息を吐いた。
☆
オオクラショウゾウが打ち下ろした竹刀が、私の頭上で止まっている。
10センチ。
足音が慌てて近づいてくる。
声が聞こえてくる。
「おーい、何やってんだ?」
先生の声だった。
どけどけ。私とオオクラショウゾウを取り囲んでいるクラスメイト達の間をかき分け先生の姿が現れる。
ゆらり、と私の頭上で止まっていた竹刀の先っぽが揺れて落下した。
私は頭を左へと振り先っぽをかわす。
カチャ、先っぽが私の右肩に当たった瞬間だった。
同時に私はカクンと左膝を床に落とし踞った。
「バカヤロー!」
怒鳴り声を出しながら先生がオオクラショウゾウから竹刀を取り上げ胸ぐらを掴み締め上げる。
「誰か、流水を医務室へ連れて行ってくれ」
先生の声に反応した誰かの足音が私に近づいてくる。
って言うか特に痛い所はないのだけどね。
私は誰にも見られない様に竹刀に嵌めた村雨の鍔を抜き取ろうと踞っただけなのだ。
近づいて来たのはシズカだった、私の傍らに腰を下ろし手を差し伸べてくる。
私は黙ってシズカに従い医務室へ向かった。
オオクラショウゾウは先生に引き摺られる様に教員室へ連れて行かれた。
その後、私とシズカは先生から事情聴取を受けた、更にその後、クラスメイト全員が事情聴取を受けた。
それによってオオクラショウゾウの虐めが全員から証言された。
そして翌日からオオクラショウゾウの姿を私の通う中高一貫校で見ることはなかった。
終り。
打撃少女
闘強少女道璃夢 4
STRIKER girl
~女子格闘技テッペンへの道~
☆
何故、空手は、伝統空手道はオリンピック正式種目に受け入れ難いのか…??
それは伝統空手だからこその形の技が、突き、蹴りのスピードが早すぎるため、一般の人々はもちろん、テレビカメラでさえ捉えられないためなのである。
『伝統空手道の形の中にこそ技の真髄が有る!』
☆
「キャー」
カッカッカッ…
ダッダッダッ
「たすけてー」
カッカッカッ…
女性の悲鳴と乱れたハイヒールの足音が聞こえてくる。
それを追いかける重い足音が聞こえてくる。
重い足音がハイヒールの足音に追いついた。
「おら、可愛がってやるって言ってるんだよ」
「いや!やめて!」
女性は重い足音に捕まり腰からその場に崩れ落ちた。
重い足音の主である男が女性にのし掛かりブラウスの胸を引き裂いた。
「やめなよ!」
少女の声が清く響いた。
男は顔上げ首を傾げながら、清く響いた声の聞こえた方向に視線を向けた。
「やめろよ、ゲス野郎」
少女の声に怒気がこもる。
その言葉が勘に触ったのか男は立ち上がり声を発した方向へ体を向き直した。
そこにはママチャリを背にした上下ジャージ姿でスラリと背高な少女が立っていた。
男は下品にニヤッつきながら少女に近づき無造作に腕を伸ばした。
瞬間!
ドコッ!
ウッ!ドサッ…
息を詰まらせ宙に浮き男は地面に這いつくばった。
少女は何も無かったかのようにクルリと身を翻しママチャリにまたがりその場から姿を消した。
☆
オオサワ イツミ(大澤 逸 美)は自宅の自転車置き場にママチャリを止め、玄関のノブを静かに開けながら家の中の様子を伺いながらソッと入り込む
家の中に見える灯りはキッチンの小さな仄かな灯りと
母親の寝室の不完全に閉じられたドアの隙間からだ…
イツミは足音を忍ばせキッチンへ向かい冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出しゴクリと一口喉に飲み込む。
そのまま浴室へ向かい、洗濯機へ向かって今着ている物を脱ぎながら放り込んでゆく。
ジャージの上下、ソックス、Tシャツ、スポーツブラ、スパッツにパンツを最後に洗剤を入れ洗濯開始のボタンを押す。
バスタブに熱い湯を入れながらシャワーで汗を流しシャンプーし洗顔してバスタブに入り半身浴程度に湯が溜まれば湯入れを止めて目を閉じる。
目を閉じた闇の中に動画が再生される。
(ドコッ!ウッ!ドサッ…グゲッ…)
いくら相手が無造作で無防備だったにしても大の男があんなにも簡単に倒れ動かなくなるとは思わなかった。
自然体に脱力しノーモーションでのフロントキックを的確に鳩尾へ蹴り込んだだけなのに…
洗濯終了のブザーが鳴った。
それを合図にイツミはバスタブから上がった。
☆
洗濯物を左手に持ち、肩からスポーツバッグを掛け、頭からバスタオルを被り、右手に学生鞄を握り全裸のままイツミは二階の自分の部屋へ向かった。
半袖半パンのスエットを身につけベッドへ転がって睡魔に引きずり込まれゆく。
イツミは母親と二人暮らしで父親は小学六年生の時に家を出て行った。
理由は母親の繰り返す浮気だった、今でも母親は時々男を連れて帰ってきて夜を過ごすのだ。
そのために玄関のドアを開け必ず見知らぬ靴が無いか確かめるのが習慣になっている。
高校一年生の夏休み前の定期テストを終えて昼過ぎに帰宅したイツミはキッチンへ行き冷蔵庫から炭酸飲料のペットボトルを取り出し振り向いたところへ見知らぬ男が立っていた。
男はなれなれしく奇妙な声で「母さんの友達だよ、よろしくね」っと握手を求める様に右手を差し出てきたイツミはつられて右手を出すとそのまま強く握りしめられ男の腕の中に引き込まれた。
「可愛いじゃねぇか友達ごっこしようぜ」言いながら制服の上から尻を捕まれ、顔を近づけて唇を重ねようしてきた。
イツミは思いっきり頭を振って抵抗をした、そのはずみで男の顎にイツミの頭が当たり男はその場に倒れ込んだ。
☆
あの時の不快感、恐怖感を味あわせた男の理不尽さが許せない。
だからイツミは男が嫌いだ、その男に甘え媚びる母親が嫌いだ、自分を残して姿を消した男・父親が嫌いだ。
そんな世の中の全ての男をぶっ飛ばす事を心に誓い総合格闘技のジムに通いはじめて一年が経っていた。
ジムでは一応、レディスコースに所属はしているがトレーニング時間を増やすためと自宅へ帰り時間を遅らせるために混合コースにも参加している。
通常は男性と女性のスパークリングは行われる事は無いのだが
イツミに対して下心見え見えで自分に声を掛けてくる男には必ず返す台詞を決めている。
『アタシとスパークリングして勝ったら、お茶でもご飯でも何でも何処でも付き合ってあげるよ』
イツミを誘った男達はその言葉に一瞬戸惑うのだが、次の瞬間頭中に下品な思いを浮かべる。
スパークリングをすれば当然寝技になる、関節技、絞め技で押さえ込めばどさくさ紛れに彼女のカラダに密着して触って楽しめる事を
『ただしアンタが負けたらリングの真ん中で土下座して「ごめんなさい僕は変態です」って声を出して言えよ』
とイツミは付け加える。
☆
イツミは、ストライカーである
総合格闘技において、スタンド(立ち状態)での打撃に特化した選手のことをストライカーと称する。
もちろん、総合格闘技の技術としてグラウンド状態でのサブミッション(関節技、絞め技)もトレーニングはしているが、レディスコースの会員同士か女性コーチを相手にしか行わない。
下品な男達とスパークリングを行う時にはグラウンド状態はもちろんサブミッションはイツミから一切仕掛けないし相手にも触らせる事はしない。
下心見え見えの下品な思いにかられている男達の思考はタックルからグラウンド状態への思いでいっぱいで顔面へのガードは甘くなっている。
その顔面へ打撃を集中的打ち込む、焦ってガードが上がり過ぎたボディへ蹴りを入れる、さらに膝蹴りを突き刺して仕止めてしまう。
そしてそれがイツミの今の最高の楽しみでストレス解消法になっている。
☆
すでに同じジムの一般会員の男達はほとんどがイツミの公開処刑スパークリングを経験者になってしまっていた。
最近では、たまに新規で入会してきて事情知らずに意気がってイツミに声を掛ける男くらいしか公開処刑を受ける事はない。
今のイツミの思いは選手コースの男性とスパークリングをしてみたいのだが
さすがに選手コースの男性には下品な思いを持つものは無くイツミに声を掛けたりはしてこない。
気持の中には負けはしないと言う思いはあるが自らスパークリングを申し込むには自分のプライドが許さないのである。
もちろん、女子の総合格闘技の大会もトーナメントも有るので選手コースの女性会員もいるが、女子と戦う事が魅力的なことには思えないのだった。
確かにイツミの打撃のテクニックはスピードもパワーもコントロールもずば抜けていて一般会員である事が勿体無いと言う声も聞くのだが…
ジムには一般会員のメンズコースとレディスコースがあり、さらに男性と女性の選手コースが有る。
その各コースにコーチがいて全コースを統括するチーフコーチがいる。
チーフコーチは各コースのコーチをサポートしてほとんど裏方の役だとイツミは思っていた。
☆
チーフコーチであるその男の名は
フワ カイト(不破 凱 斗)という。
年齢32歳のまだまだ現役の選手であるが自ら好んでは試合に出ることをはしない、が、
やむを得ず、相手選手やジム、大会・トーナメントのスポンサーからのオファーの有った場合だけ出場するというちょっと変り者の選手なのだ。
チーフコーチという立場上、全てのコースに顔を出すが積極的にコーチングする訳でも無く、
もちろん、イツミもコーチングを受けたことも無ければ日常会話もしたことは無い。
会員達はカイトコーチと呼んでいる。
最近はストレス解消の公開処刑スパークリングも無く力まかせにサンドバッグにパンチ、キックを叩き込む日々のイツミにそのカイトコーチが声を掛けてきた。
「イツミさん次の日曜日、時間有ったら付き合わないか?飯くらいは御馳走するからさ」
イツミはあまりの唐突な事に戸惑いその言葉を聞き過ごすところだった。
カイトコーチの顔をまじまじと見つめ、イツミは心の中で呟いた…コイツもただの男なんだ…
それからいつも通りの台詞を言った。
「アタシを誘うならスパークリングして勝ってからだよ、コーチが勝ったら、お茶でもご飯でも何でも何処でも付き合ってあげる、ただしアンタが負けたらリングの真ん中で土下座してよ」
☆
「へぇ~」と気の無い返事をしたかと思うとカイトコーチは手近に有ったパンチンググローブを手に取りリングへ入っていく。
まさかの展開に、イツミは慌ててオープンフィンガーグローブをはめてリングへ駆け上がる。
その様子に気付いた会員達がリングサイドに集まり始めた。
チーフコーチで現役選手だというが、イツミはカイトのトレーニングをしている姿もスパークリングしている姿も見たことは無い、おそらく一般会員達の全員が見たことが無いはずである。
この時、イツミにはカイトをリングに上げたことにしてやったりの気持とヤバイかもと言う気持が交錯していた。
リングサイドの誰かが声を掛けてくる「カイトコーチ、何分間のタイムですか?」
スパークリングには3分間、6分間、10分間、15分間と時間無制限があるからだ。
しかし、カイトは「タイマーはいらないから、誰か開始の合図だけしてください」と言った。
イツミにはその意味が理解できなかった。
そして誰かが声を発した「スパーリング開始!」
カァーン!ゴングが鳴った。
同時に、イツミはファイティングポーズをとり勢いよく踏み出した。
☆
カイトは両腕をだらりと体側にたらし軽く軽く身体でリズムを刻んでいる。
そのリズムを刻んでいる体勢はフットワークでもなくただ無防備であるようにしか見えない。
しかし、イツミはそれが誘いだと警戒した。
カイトには軽く軽くリズムをとるだけで特別な威圧感も無い…
そんなカイトにイツミは勢いよく踏み出した足を止め近づけないでいた。
それでもとスピードなら負けないとイツミは自分に言い聞かせ一気に間合いを詰めてストレート気味に左拳のジャブを打つ!
パッシ!
その左拳の内側を弾かれる。
パンチは勢いよく左の外側へ流される。
同時に、左腕の付け根をピッキ!と電気が走るような痛みを感じた。
カイトは表情も体勢も何も無かった様に自然体で軽く軽くリズムをだけ取っている。
イツミは一度間合いを外して気持に力を入れ直して、もう一度一気に間合いを詰めて左ストレートを放った。
イツミの目にはそのストレートが左拳が完全にカイトの顔面を捉えた様に見えた。
が、カイトの顔面は消えていた。
バッチン!
同時に、イツミのボディへカイトの右のショートストレートが衝撃を与えていた。
カイトはダッキングでイツミの放った左拳と同時にパンチを放ったのだ。
☆
カイトは何も無かった様にまた自然体でイツミに向き合っていた。
何かが違う…
その感じたイツミは再び間合いを外してカイトを見ていた。
カイトは、相変わらず両腕を体側に下げたままだった。
その体勢からカイトのファイトスタイルが見えてこない、ゆえに間合いが読めない。
ここは、一か八か、パンチに見せかけてミドルキックを狙うか…??
イツミはステップを刻みながらカイトとの間合いを詰める。
左、右とパンチでフェイントを入れ右ミドルキックを放つ。
カイトの左脇ボディへキックが届いた。
思った瞬間、蹴り足は左側へ捌かれ身体が流される。
同時に軸足に触れる感じがあった。
わずかに間を感じると背中からリングに打ち付けられた、瞬間、同時にイツミの顔面鼻先へカイトの右拳が落ちてきた。
鼻先の肌に触れたパンチンググローブの感触に敗北感がこみ上げた。
カイトは囁くように問いかけてきた。
「まだ続けるかな?」
イツミは仰向けに倒れたままで首を左右に振りながらギブアップを呟いた。
カイトは、ニコッと小さく微笑み「じゃ次の日曜日、朝の10時前に迎えに行くよ」と言葉を残してリングを降りて行った。
あぁ~イツミちゃんがカイトコーチの手に落ちちゃったよ~
リングサイドの誰かの声が響いた…
☆
日曜日の朝の9時からの30分間をイツミは鏡に写った自分の姿を見る事に費やしていた。
クッソ!
毒づきながら身につけているショートパンツを脱ぎ捨て、キャラクターのプリントされたTシャツを脱ぎ捨て、スポーツブランドのTシャツに上下ジャージに着替え直す。
浮かれた気持を持っている自分の姿を恥ずかしいと鏡を睨み付ける…
そんな事を繰り返していると、家の前にカイトの車が止まる音がした。
イツミは何でこんな気持になっているのかと自問自答しながら階段を降りて行く。
日曜日、無言で母親と顔を合わせているのも息苦しいし、暇つぶしよ、とそう自分に言い訳しながら玄関のドアを開けて出て行く。
カイトが運転席から降りてきて助手席へイツミをエスコートしてくれる。
イツミはカイトの姿を無意識にチェックする。
特にお洒落している感じではなくラフな格好のカイトの姿に浮かれていた自分をさらに恥ずかしく思った。
カイトの運転する車は市街地を抜けて緑のなかを抜け郊外にあるスポーツアリーナの駐車場に滑り込んで行き止められた。
その場所にイツミは戸惑いながらカイトの顔を見つめる。
そんな事を気にする様子も無くイツミをエスコートしてアリーナの正面ゲートへ向かって歩いていく。
いったい何が有るのだろうか?
☆
〈JKF・オールジャパン空手道チャンピオンシップ〉
の看板が掲げてある。
イツミは心の中で呟いた…空手って…
「イツミさんの空手って言うイメージは?」
カイトが問いかけてきた。
「接近してローキックして胸や腹を殴りあうかな?」
イツミは素っ気なく答えた。
「やっぱ、そう言うイメージが多いよね、フルコンタクト空手だね。
JKFは伝統空手って言われてる、世界的には近代空手とも言われているんだよ」
「伝統空手?近代空手??」
「昔風に言えば、寸止め空手だよ」
「え…寸止めなんて見る価値あるんですか…??」
イツミは思わず呟いた。
カイトがニコッり微笑ながら言う。
「まぁ百聞は一見に如かずだよ」
カイトは観客席の中へすいすいと歩んで行く、アリーナの中央には、一段高く試合コートが設置されている。
試合コートが正面から見える辺りの観客席でカイトが近くにいた学生に声を掛ける。
とたんに学生は弾かれた様に立ち上がり二人分の席を開けてくれた。
カイトが声を掛けてくる。
「イツミさん、座りなよ」
「はい、ありがとうございます」
イツミはぎこちなく返事をしながら、ぎこちなくカイトの隣に腰を下ろしながら言葉を出した。
「あの、カイトコーチ、イツミさんって呼ぶのやめてくれませんか」
「そう?じゃなんて呼ぶの?」
「呼び捨てでいいです、イツミって」
「了解。」
カイトがあっさりと答える。
☆
しばらくすると場内アナウンスが流れ始めた。
『只今より、女子形決勝戦を行います』
場内に軽快な音楽が響きわたる。
選手入場通路から真っ白な空手着に赤い帯を締めた選手と青い帯を締めた選手が入場してくる。
赤い帯を締めた選手がふっと顔を上げこちらへ視線を向けニコッと微笑んだようだった。
イツミは自分を見たのかと思った時、カイトが右手をサッと上げ応えていた。
「知り合いですか?」
イツミが問いかけた。
「元カノさ」
カイトはサラリと答えた。
はぁ?元カノ?
まさか新しい彼女だってアタシを見せつけてるのか?
イツミの心の中は、?、?の嵐だった。
カイトの声が聞こえくる。
「イツミは空手の形って知ってるかい?」
「はぁ何か踊りみたいな事するヤツってくらいは…」
「そっかやっぱ、百聞は一見に如かずだな」
カイトとの会話していると場内の照明が消され選手にスポットライトがあたり選手紹介のアナウンスが聞こえきた。
そのアナウンスに一万人収容のアリーナ内に拍手と歓声が響きわたる。
イツミは何が何だか解らない状況になっていた。
いよいよ試合開始をコートからコールされた。
「赤!ナカイ選手!」
「ハイッ!」
選手の返事が合図だったかのようにアリーナ内には緊張と静寂が訪れた。
☆
一分の隙のない所作と歩き姿で試合コートの演武開始位置へ立ち、凛とした姿勢で一礼する。
『スーパー リンペイー!』
赤い帯を締めた選手の声がアリーナ内に響きわたる。
その響きの鋭さがアリーナのサッシが軋み破壊するのではないかとイツミは無意識に身を縮めていた。
次の瞬間、演武する選手の身体がスッと転位し構えをとる。
構えた拳が引かれる。
それがイツミには消えた様に見えたと言うか動作じたいが見えなかった。
スッ、パシッ!
スッ、パシッ!
スッスッ、パシッ!
スッスッ、パシッ!
イツミには何が起きているのか理解できなかった。
と言うか動作じたいが見えないのだ。
拳が見えるのは演武する選手が静止した一瞬だけだった。
起こりと言う予備動作は何も無くイツミの目に止まらぬ速さで形を打つ選手は転位、転体、転技が繰り返してゆく。
選手がスッと腰を低く構えたと同時に「アィヤァー」気合いを放って形の動作が終了した。
アリーナ内が拍手と歓声が再び包まれた。
さらに対戦相手の青い帯を締めた選手の形演武が終了し判定のコールを待つ。
審判員全員が赤い旗を上げている。
『赤の勝ち!』
カイトの元カノが勝ち、オールジャパンチャンピオンになったのだ。
アリーナ内は拍手と歓声でスタンディングオベーションで盛り上がっていた。
カイトは拍手を五回くらいしただけでイツミに問いかけてきた。
「突き、蹴りの動作が見えたかい?」
「いいえ、見えませんでした」
イツミはうなだれながら素直に答えた。
☆
イツミは空手道の形が踊りみたいななんて思っていた自分が恥ずかしかった。
続いて、場内アナウンスが流れる
「女子組手決勝戦を行います」
同じように選手入場、選手の紹介の後、試合開始のコールがされた。
イツミは目を見張った。
選手の拳にはオーブンフィンガーグローブのようなモノを付け、マウスピースのみで向き合っている。
青い帯を締めた選手はスラリと背が高くて自分と同じような体型だ。
自然体で両腕を軽く身体の前で構えてリズムを軽く軽く打っている。
その姿にイツミは気付いた
…この軽いリズムはカイトコーチと同じだ…
瞬間的に選手が動いた
パシッ!
またもイツミの目には見えなかった
相手の顔面を突いて元の体勢に、構えに戻っていた。
まったく力みなく構え軽く軽くリズムをだけを打っているだけのように見えた。
瞬間!
スパーン!
頭部に回し蹴りが決まっていた。
「見えたかい?」
カイトが問いかけてくる。
「見えなかったです…」
イツミは、またうなだれながら悔しさを噛み締めた。
カイトが言う。
「ストライカーの理想かな、自然体、ノーモーションでスピードを活かすが」
☆
よしっ、ご飯食べに行こうかとカイトは席を立ち上がりながら席を開けてくれた学生に一言礼を言った。
学生はまた弾かれた様に立ち上がり深々と頭を下げている。
イツミは慌ててカイトの後を追って行く。
観客席のエリアを出たロビーでオールジャパンチャンピオンになったばかりのカイトが元カノだと言った女性と出会った。
カイトを見止めた元カノが駆けよってくる。
カイトはサッと両腕を開く。
元カノが胸に飛び込んでハグし会う。
身体スッと離すと改まって握手をして頭を下げ何やら親密な感じで会話している。
イツミは意味不明な二人を恥ずかしい気分で眺めていた。
不意にカイトから呼び掛けられイツミは二人へと近づいた。
カイトの元カノはイツミよりもひとまわり小さい体つきだった。
あの試合中の気迫と気合いがこの小さな身体から発せられていたことが信じられなくイツミには驚きだった。
そしてカイトの言葉にイツミはさらに驚き呆気にとられた。
「この娘を全日本チャンピオンにするよ、女子総合格闘技のね」
その言葉に元カノから
「いいコーチと出会えて良かったですね、頑張ってください。」
と激励を受けてしまった。
あまりの唐突に何を言っているんだこの二人は…
イツミはリアクションできなかった…
またLINEするね~って言うと元カノは表彰式が行われるアリーナ内へと駆けて行った。
☆
翌日、ジムへ行くとイツミに好奇の視線が向けられる。
日曜日のカイトコーチとのデートの内容を知りたがっている視線である…
そんな色っぽい1日では無かったのに…
そこへカイトからイツミは、A4サイズ封筒を手渡される。
「必要事項を記入して持ってきてくれ、女性選手コースに登録する手続きだから」
「あ…はい…」イツミは戸惑いながらそれを受け取った。
「二ヶ月後にテストスパークリングをするから、打撃で1ラウンド、グラップリングで1ラウンド、ミックスで1ラウンド、合計3ラウンドでタイムは各3分間でやるから調整してな、相手は僕だ」
カイトはさらりと矢継ぎ早に説明しているがイツミの頭の中は昨日といい今日といいパニックるばかりだった。
二ヶ月間のトレーニングメニューが女性選手コースのコーチからイツミに渡され翌日より開始された。
毎日のランニング、ストレッチ、基本と体感トレーニングの繰り返し、パンチ、キックのミット打ち、グラウンドでのサブミッション、1日の仕上げはミックスでスパークリング締めくくる。
それをカイトはチーフコーチとして眺めているだけで相変わらずアドバイスもしてこなかった。
☆
日々のトレーニングメニューにボロボロになりシャワーを浴びてジムの休憩室でスポーツドリンクを飲んでいるイツミの所へひとりの選手コースの男性が声を掛けてきた。
「よっ、カイトコーチとスパークリングやったお嬢さんだろ」
「あ、はい…」
イツミは戸惑いながら返事をした。
男性は気にせず話を続けてくる。
「で、どうだった、ウィザード・カイトを体感した感想は?」
「は?うぃざーどかいと、って?」
「異名だよ、カイトコーチの、誰もパンチもキックも当てられない、サブミッション仕掛けても掴まえきれない、魔法を使っているかの如きのポジショニングさ」
その言葉にイツミはカイトとのスパークリングを思い浮かべながら男性の言葉に納得しながら聞き入っていた。
「どうやったら魔法を使ったみたいに身体を動かせる様になるんでしょうか?」
イツミは無意識に尋ねていた。
「さぁなぁ、総合格闘技をやる前にやってたモノにヒントは有るのかもな」
そう言葉を残して男性はその場を立ち去って行った。
イツミはカイトの姿を思い浮かべながら帰宅の道をママチャリを飛ばした。
☆
結局、二ヶ月間は矢のように過ぎ、スパークリング当日がやって来た。
スパークリングの内容次第で大会・トーナメントへのエントリーが認められる判断はカイトコーチとジムの会長の二人だ…
今までは大会やトーナメントには大した魅力を感じていなかったイツミだったがカイトに負けたら何でも何処でも付き合うと宣言したうえ、ぼろぼろになりながら続けた二ヶ月間のトレーニングを無駄にしたく無かった。
イツミのテストスパークリングの開始に合わせて選手コースの男性女性がリングサイドに集まり始めた。
そこへゆっくりとカイトが姿を現した。
オーブンフィンガーグローブを着用し、ファイトパンツにラッシュガード姿の戦闘モードのカイトの姿にイツミをはじめその場の全員が息を呑みカイトの纏うオーラに戦慄さえ覚えた。
タイム係から声が掛かる。
「第1ラウンド、打撃ラウンド、3分間開始します。」
カーン!ゴングが鳴り響いた。
イツミはアップライトに構えてフットワークを刻みカイトとの間合いを詰める。
カイトは前回のスパークリングと同じように身体で軽く軽くリズムをだけを刻み両腕は体側に下げたままの構えである。
イツミが、左ジャブを打つ!
スッと転位しカイトの姿が消える。
イツミが、左右とワンツーを打つ!
スッスッとまたカイトの姿が消える。
まさに魔法の如くの動きである。
☆
ワン、ツーからミドルキックへ
ローキック、ミドルキック、ハイキック、パンチを混ぜて攻めに攻める
しかし、一発としてカイトに触れる攻めはなかった。
ラスト30秒のコールされてからカイトの攻撃が始まった。
それも全てがカウンターだ。
イツミのパンチに合わせてボディへ顔面へパンチが飛んでくる。
カイトが消えたと思った瞬間にキックが跳ね返ってくる。
イツミはダウン寸前で終了のゴングを聞いた。
1分間のインターバルを挟みコールされる
「第2ラウンド、グラップリングで3分間開始します。」
カーン!ゴングが鳴り響いた。
イツミはクラウンチングスタイルから手の取り合いからカイトのヘソに向かってタックルで素早く飛び込む。
カイトの身体に触れる瞬間にスッとタックルを切られ背中を押さえられリングに押し付けられ動きを止められる。
スッと身体を離し間合いを外してイツミを見つめるカイト。
イツミはフェイントを入れ低空タックルでカイトの足首を取りに飛び込み、足首をキャッチする。
イツミは身体をスピンさせながらポジションを入れ変えようとする、その動きに合わせてカイトの身体もスピンして腹部へオンザニーの状態で乗ってくる。
イツミはカイトのコントロールから逃げることが出来ないまま体力だけを消耗し時間だけが過ぎてゆき終了のゴングが鳴った。
☆
打撃とグラップリングのミックスで行う3ラウンド目の開始のゴングが鳴った。
イツミは大きく肩で息をしながらファイティングポーズをとる。
1分間のインターバルでは体力の回復は出来ていなかった。
フラフラと前へ向かっていきカイトのボディへ無造作にタックルを仕掛ける。
その無造作なタックルにカイトが、しりもちを付く。
イツミは無我夢中でマウントポジションへ移行しパウンドをカイトの顔をめがけて降り下ろした。
グッキとイツミの首の左側から力が加えられる。
右脇から肩がグイッと締め付けられる。
右腕が引っ張られ前のめりになり後頭部に圧迫を感じた瞬間、イツミの意識は飛んでいた。
ゆっくりと目を開けると隣に女性コーチが座っていた。
「アタシは…?」
イツミの呟きに女性コーチから言葉が帰ってきた。
「カイトコーチの三角絞めでアナタ落ちたのよ」
「そうですか…」
イツミは何も考えられないまま涙が溢れてきた。
女性コーチから明日は必ずジムを休んでトレーニングをしない事を言われ、回復したら明後日か明明後日にジムに来るように言われ自宅へ送り届けられた。
今日のさんざんな結果ではイツミは選手コースには登録されないだろう。
大会出場は無理だと諦めが浮かび落ち込んでいた。
☆
イツミは眠り続けた何時間眠り続けたさえ解らないくらい眠り続け、学校さえも休んでしまった。
二日目は重い身体を引きずり学校だけは行き帰宅後はまた眠った。
三日目にはジムへ行かなければならなかった。
身体も気分も重いままで渋々ジムへ向かった。
ジムへ入ると女性コーチに呼ばれトレーナー室へ連れていかれメディカルチェックを受けながらコーチの言葉を聞いた。
「女性選手コースでミーティングが行なわれるので参加するように」
言われるままにイツミはトレーナー室をあとにした。
イツミは恐る恐る選手コースのエリアに入ると女性選手メンバー全員が揃い拍手で迎えてくれた。
イツミは戸惑いながらも無意識に頭をペコリと下げた。
女性選手コースのコーチから正式登録されたので選手コースのメンバーとしてトレーニングをするように言われ
イツミはかすなか声で「はい…ありがとうございます。よろしくお願いします。」とまた無意識に頭を下げた。
そして会長から女性選手コースのメンバー全員にTシャツと一枚のパンフレットが配られた。
『ULTIMATE・JK-No.1JAPAN Cup オーブントーナメント』
のタイトルの下部に
キャッチコピーが記されている。
日本の全ての女子格闘技者参戦のバーリトゥード開催!
☆
Challenger!
Tシャツの背中にプリントされている。
フロントには大会タイトルがそのままプリントされている。
そして、会長から説明が始まった。
「大会開催日は来年の8月1日、北海道、東北、中部、関東、近畿、中国、四国、九州・沖縄の各地区の代表選手8名がトーナメントを戦い、たったひとりにチャンピオンベルトが与えられる、要するにそれが優勝者だ」
「5月に各地区代表選考会が行なわれ、代表選手とリザーブ選手の1名づつが選ばれる、この地区選考会への出場選手を決めるジム内の選考会を2月に行います」
ジムから地区選考会出場者を3名を決め1名をリザーブにする
リザーブ選手とは代表選手にアクシデント等で出場出来ない場合の代替えの選手である。
イツミは集中力散漫のまま会長の話を聞いていた。
…3名か…選手コースの登録メンバーは自分を含めて20名のはず…常時大会出場者はその半分の10名だが…
ジム内の選考会出場者が呼ばれている。
案の定常時大会出場者10名の名前が呼ばれた。
そして、少し間を置いて、女性コーチが今回限定で現役復活すると言う声に続いてイツミの名前が呼ばれた。
…え?はい…って言うかマジですか…
「以上の12名でジム内の選考会を行います」
会長の説明は終わった。
☆
選手コースのトレーニングは必ず二人組で行なわれる。
ストレッチ、体感トレーニングはサポートしあい、打撃ではミット打ちを交互に行いメンバー全員でローテーションする。
グラウンドは技を掛ける側と掛けられる側を全員でローテーションし、続けてディフェンスとオフェンスを全員でローテーションして行い、仕上げはマススパークリングを全員でローテーションして終わる。
イツミは全員と絡む事で自分の実力不足と経験不足を痛感し凹む一方だった。
現役復活した女性コーチはコースのメンバーとは距離を置きカイトと組み、他の選手達とのローテーションには参加していなかった。
相変わらずカイトはイツミにコーチングしてくれるわけでも無く。
イツミをこの状況に置いた責任も感じていないようだった。
いったい何を考えているのか解らないとヒトだとカイトを睨みながら、これからの3ヶ月間が思いやられるだけのイツミだった。
☆
選手コースのメンバーになってから3週間が過ぎイツミは疲れの残る身体と気分をリフレッシュするつもりで本屋へ来ていた。
イツミは格闘シーン、アクションシーンの有る小説を読むのが好きなのだ。
その格闘シーン、アクションシーンに自分の姿をはめ込み戦いながら小説を読む想像の世界へのめり込む。
そんな内容の新しい小説を探して店内をフラフラと歩いていると〈スポーツ誌〉のコーナーの雑誌の表紙が目に止まった。
愛くるしい笑顔で可愛いデザインの衣装の肩にチャンピオンベルトを乗せている。
その雑誌を手に取り表紙を開いてみた、表紙で笑顔の女性のプロフィールとインタビュー記事に若干のグラビアが掲載されている。
17歳、イツミと同じ年齢だった。
現在、シューティング・ボクシング女子チャンピオンで来年の8月のJK-No.1JAPAN Cupへ参戦するとインタビューに答えている。
もちろん、地区選考会から参戦して代表選手の座を手に入れるとも。
イツミは彼女の出場地区を確認した。
近畿地区となっている。
さらにページを捲ると派手な水着の様なコスチュームでやはりチャンピオンベルトを腰に巻いている別の女性のグラビアとインタビュー記事があった。
その女性も8月のJK-No.1JAPAN Cupに参戦すると答えている。
出場地区は中部地区だった。
その女性は、女子プロレスのチャンピオンらしい。
☆
そんな記事を見てしまったイツミの気分はリフレッシュどころかさらに重くなった。
雑誌を元の場所へ戻し顔を上げると今度は見覚えの有る女性の顔が雑誌の表紙に有った。
カイトが自分の元カノだとイツミに言った女性だった。
空手雑誌のようだ。
イツミはその雑誌を手に取り表紙を開くとオールジャパンチャンピオンの誌上セミナーが掲載されていた。
イツミはその内容を読んでみた。
『0から100への無挙動』
『ぶれない二点軸』
『転位・転体・転技』
なにやら難しい様で立ち読みではとても理解できる内容ではなかった。
イツミはそのままレジへ行き空手雑誌を購入しママチャリを飛ばし帰宅した。
翌日、イツミはジムでカイトに空手雑誌を購入した事、元カノさんのセミナー記事の掲載内容を説明し、元カノさんに直接教えてほしいから連絡してもらえないかと尋ねた。
カイトはニコッと微笑んで簡単に了解してくれた。
それから3日後にカイトから金曜日の夜に元カノがカイトの自宅に遊びにくると聞かされ、イツミもカイトの自宅に来るように言われ自宅の場所を教えられた。
金曜日。
イツミはトレーニング後に教えられたカイトの自宅へへ向かってママチャリを飛ばした。
☆
イツミの乗るママチャリは住宅街を通り抜け同じデザインで立ち並ぶ八軒の平屋戸建ての内の一軒の前で止まった。
カイトの自宅であることを示す表札はなく、代わりに名刺くらいの大きさに『 Marici Do-Jo 』の看板?らしきものが出ていた。
イツミは遠慮がちにインターフォンを押す。
インターフォンが鳴りしばらくするとドアが開けられるとカイトの元カノの顔が現れた。
「あの…イツミと言います、こんばんは」
イツミは、ペコリと頭を下げた。
「ナカイ ノゾミ(内海 愛)です、こんばんは。どうぞ遠慮なく入って」
ノゾミは笑顔でそう言うとイツミを招き入れた。
「あの…カイトコーチは?」
「もぅすぐ帰ってくるんじゃない」
どうやらイツミのママチャリの方がカイトの車より先に到着してしました様だった。
イツミは、なんとなく気まずい思いになりただたたずんでいた。
「私と話がしたいって聞いてるわ」
そう言いながらノゾミはイツミをリビングへ通してくれた。
適当に好きなとこへ座ってと言い残し、ノゾミはキッチンへ飲み物を用意しにゆく。
リビングの真ん中にはガラス張りのローテーブルが有りそのテーブルを挟んでイツミとノゾミは腰を下ろした。
テーブルにはオレンジ100%のジュースが置かれいる。
「練習の後でしょイツミさんは?」
ノゾミの言葉にイツミは「はい…」と答える。
ノゾミは微笑んで
「練習の後はオレンジジュースよ」と勧めてくれた。
☆
「あの…何で練習の後はオレンジジュースなんですか?」
イツミはオレンジジュースを飲みながら尋ねた。
ノゾミは、ニコッと微笑んだ。
愛らしい八重歯がキラリと覗く。
「練習後のオレンジジュースは筋肉疲労の回復をたすけるのよ、もちろん果汁100%じゃなきゃダメだけどね」
ノゾミはさらに言葉を続けた。
「練習の前は林檎ジュース、練習中はバナナよ、トップアスリート目指すなら自己管理しなきゃね」
イツミはその言葉にノゾミを見つめ直した…
目の前のノゾミは、カイトコーチの元カノは、八重歯が素敵なこの女性は、空手のオールジャパンチャンピオンという紛れもないトップアスリートなのだ…
イツミはこのトップアスリートである女性、ノゾミに教えをさらに請いとさらに強く思った。
そして、自分の思いをノゾミに向けイツミは言葉を出し話し始めた。
今置かれている自分の状況、そういう状況になった経緯、そうした状況にした張本人のカイトコーチの無関心さ。
そしてさらに、空手雑誌に掲載されていたノゾミの誌上セミナーの内容に現状を打開するヒントがあると思ったことを一気に語り尽くした。
ノゾミはイツミの言葉を黙って聞き終えると
「あのセミナー記事の内容の言葉は、全てカイトの言葉なのよ基本的にはね」
とため息のような息を吐いた。
☆
「え、でもカイトコーチは何も言ってくれませんでした」
イツミはぶっきらぼうに言葉を出した
「だと思ったわ、それでイツミさんと話をしてくれって言ったのね、私にカイトは」
今度はほんとに、ため息をついてノゾミは立ち上がった。
「イツミさん、こっちへ来て」
ノゾミに言われるがままにイツミは立ち上がった。
隣の部屋へと案内されるとイツミは目を見張った。
その部屋には何も置かれてなく床にはウレタン製のマットが敷き詰められている。
空手の試合用の公式マットだとノゾミが教えてくれた。
足を踏み入れると足の裏に伝わる感じが総合格闘技のリングにも似ている。
イツミが呆然としている目の前でノゾミはトレーニングウェアに着替え言葉を出した。
「ようこそ、Marici Do-Jo (マリーチ 道場)へ」
※ Marici(マリーチ)摩利支天 ※
摩利支天とは、陽炎を表す言葉で、陽炎は実体がないので捉えられず、焼けず、濡らせず、傷付かない。
隠形の身で、常に日天の前に疾行し、自在の通力を有すとされる。
これらの特性から、日本では武士道の間に摩利支天信仰があったとされている。
言いながらノゾミは微笑んで部屋の中央に移動し、微笑みを消し、空手の形を打ち始めた。
スッ、パシッ!
スッ、パシッ!
スッスッ、パシッ!
スッスッ、パシッ!
あの試合の時と同じだったイツミにはノゾミの拳が見えない、体捌きが読めない。
ノゾミは、一通り演武し終わると雑誌の誌上セミナー記事内容に添って動作を付けながら解説を始めた。
イツミはその解説に添って自分の身体を動かし始めた。
☆
『0から100への無挙動』
脱力すると言うこと、無駄な力、力みを排除する、リラックスしてどんな構えでも、どんな態勢でも自然体で広く視線を心がけ、瞬時に全力を発揮する。
『ぶれない二点軸』
人間は二点の軸の移動で身体を動かしている、その都度に一点づつを意識すれば体幹が上がり身体はぶれず身体の移動が行える。
『転位・転体・転技』
二点軸を意識すれば身体がぶれる事なく大きくも小さくも位置を変えられるそれにより攻防の技も大きくも小さくも伸びやかにも使える。
イツミはノゾミの教えを黙々と繰り返していた。
ただただ一心不乱に繰り返した。
気がついた時には外は明け始めていた。
そこで二人は区切りを付け、リビングへ戻ると絨毯に転がりカイトが眠っていた。
カイトの帰宅したことさえ気がつかなかった程集中していたのだ。
「イツミさんシャワー浴びるといいわ」
ノゾミが浴室を指差して言った。
イツミはその言葉に甘えシャワーを浴び終えるとノゾミのモノであろうスエットが用意してありそれを身に付けた。
続けてノゾミもシャワーを浴び、カイトの物であろうスエットを着こんでいた。
絨毯に転がり眠っているカイトを横目にしながらイツミはふっと聞いてみたい事が頭に浮かんだ…
ノゾミは、ほんとに元カノなのか…?…
☆
「私たちはベッドで寝ましょ」
ノゾミはベッドに潜り込んだ。
ひとつのベッドです枕が二つ並べてある…
それを見てイツミの疑念はさらに強くなった。
ノゾミさんって、やっぱ元カノじゃないんだ…
と思ったのも束の間で疲れが勝っていたのでイツミはノゾミの横に潜り込んで後は睡魔にまかせて爆睡した。
イツミとノゾミは同時に目を覚ました。
ふっと、絨毯を見るとカイトはいなかった。
キッチンから物音がしている。
ノゾミは何かを気にする事もなくベッドから抜け出しキッチンへ向かう。
イツミもそれを見て後に続いてキッチンへ向かった。
ノゾミに手招きされイツミは並んで椅子に腰を下ろした。
カイトが声を掛けてくる。
「おはよ、ノゾミ、ありがとうな」
「イツミ、おはよ、お疲れさん」
ノゾミがカイトに向かって言葉を返し会話が始まった。
「で、いかがでしたか?イツミさんは」
「合格点かな」
「自分でコーチングすれば良かったんじゃないの」
「いや、イツミに本物に触れて欲しかったからさ」
「カイトだって本物じゃない」
「いやいや、染み込みかたと滲み出る度合いが違うから、オーラってやつね」
そういうカイトをスルーして、ノゾミはイツミに顔だけ向けて言葉を出した。
「と言うことで、後はリピートリピートリピート、1万回のリピートね。いつでも気が向いたらここ、Marici Do-Jo を使うといいわよ」
イツミはノゾミとカイトを交互に見て言った。
「すみません、思考回路が付いて行ってませんけど…」
☆
昼食にカイトの手作りカレーライスを3人で食べ終えると早々にイツミはカイトの家をあとにした。
ノゾミがカイトの元カノじゃないと言う思いが生じて居心地が良くなかったからだったが…
まぁ真相はいつの日か解るだろとイツミは、自宅へ向けてユルユルとママチャリを進めた。
イツミは、次の金曜日、ジムでカイトから呼び止められた。
「今夜は来るのか?家へ」
「はい…いいんですか?」
「無くすなよ」
とカイト言われ自宅の鍵を渡された。
この日から毎週金曜日と土曜日のジムの後はMarici Do-Jo(カイトの自宅)で練習し、練習が終わるとシャワーを浴びカイトにイツミの自宅へ送られると言う生活パターンが始まった。
とは言うもののカイトからコーチングが有る訳でも無く、黙々とノゾミの言葉を思い出しそれをリピートするだけだった。
それでもその成果が出ていきたと感じられたのは6週間後だった。
イツミがジムのトレーニングを終え自宅への道をママチャリを走らせていた夜だった。
不意に遠くから女性の悲鳴が聞こえてきたのだ。
☆
「キャー」
カッカッカッ…
ダッダッダッ
「たすけてー」
カッカッカッ…
女性の悲鳴とハイヒールの足早で乱れた足音が聞こえてくる。
それを追いかける重い足音が聞こえてくる。
「おら、可愛がってやるって言ってるんだよ」
「いや!やめて!」
女性は重い足音に捕らえられ腰から崩れ落ちた。
重い足音の主である男は女性にのし掛かりいきなりブラウスの胸を引き裂いた。
「やめなよ!」
その時、少女の声が響いた。
その少女の声に男は顔上げ首を傾げながら、その幼さの残る声の聞こえた方向を見た。
「やめろよ、ゲス野郎」
さらに少女が声を出した。
その声の言葉が勘に触ったのか男は立ち上がり声を発した少女の方向へ向き直った。
そこにはママチャリを背にして上下ジャージ姿でスラリと背高な少女が立っていたのがイツミだった。
フロントキック一撃のみであったが、イツミは今までの日々の過ごし方が間違いでないと手応えを確信していた。
☆
そして2月になり、ジム内の選考会当日がやって来た。
対戦組み合わせはその場でくじ引きで決められ3グループで行われた。
選手A対選手B
選手C対イツミ
互いの勝者同士で決勝戦を行なう。
選手D対選手E
選手F対選手G
互いの勝者同士で決勝戦を行なう。
選手H対女性コーチ
選手I対選手J
互いの勝者同士で決勝戦を行なう。
それぞれの決勝戦を勝った選手3名が代表選手となり。
リザーブ選手1名はジムの会長が指名する。
試合は3分間2ラウンドで、決着はKO・ギブアップ・判定で付く。
公式試合用オープンフィンガーグローブを着用し公認ファイトパンツにラッシュガードはイツミにとって初めての本格的戦闘着の着用だった。
イツミのファイトパンツは帯を締めた様になっている。
このデザインのモノを選んだのはオールジャパンチャンピオンのノゾミの姿を意識してだった。
イツミは、大きく静かに深呼吸し目を閉じて集中力を高めてゆく。
…自然体、ノーモーション、0から100へ、転位・転体・転技、でもストライカーのPRIDEは貫いてやる…
係員を努めている会員からイツミに声が掛かる。
準備お願いします、青コーナです。
イツミは、気合いを込めて返事をする。
「ハイッ!」
軽いリズムのステップで身体から無駄な力を抜いてゆく。
いよいよリングインのコールされた。
イツミは無意識に呟いた。
「負けない、アタシは負けない」
イツミはリングへ踏み込み青コーナに立った。
『第1ラウンド開始』
カァーン!
タイム係のコールと同時にゴングが鳴った!
☆
対戦相手はアップライトスタイルに構えて、グイグイと間合いを詰めてくる。
イツミは左拳をやや前に出し右拳を胸につける構えでリズムを軽く軽く身体で刻む。
間合いが詰り相手は左ジャブを打ち、右ローキックを放ってきた。
イツミは左脛でローキックをカットして間髪入れず右ローキックを返す。
足先だけにスピードを乗せ左腿の裏側へローキックを走らせる。
ビッシ!と言う衝撃音が響き相手の顔が歪む。
相手はイツミの返しに反応できなかった自分に苛立ち形相を変え一気にラッシュを仕掛けてきた。
右ジャブを2発打ってから右ストレートへ繋ぐ。
イツミは左ジャブを頭も揺らさず見切り右ストレートに合わせてボディへフロントキックを突き刺す。
虎趾が鳩尾へめり込み相手が前のめりに倒れた。
レフリーが駆け寄りストップを掛けKOを宣言した。
イツミは青コーナに戻り大きく息を吐いた。
対戦相手に向かって頭を下げて礼をしガッツポーズもせずリングを降りて控えスペースへ戻りマウスピースを外した。
「吐きそうだったわ、怖かった」
イツミはセコンドを努めてくれている会員に向かって思わず呟いていた。
イツミはストレッチマットのひかれた床へうつ伏せになり軽いマッサージをしてもらい筋肉をリラックスさせる。
☆
係員を努めている会員から2度目の声が掛かる。
準備お願いします、青コーナです。
イツミは気合いを込めて1度目と同じように返事をする。
「ハイッ!」
軽いリズムのステップで身体から無駄な力を抜いてゆく。
青コーナに立ち2戦目の相手と向かい合う。
『第1ラウンド開始』
カーン!
イツミは、一戦目と同じように構えてリズムを軽い刻みながら対戦相手との間合いを詰める。
間合いが詰り、スッと相手の姿が消える。
相手がボディへタックルを入れてくる。
完全な不意打ちになりふわっと身体が浮く。
相手の勢いも伴ってイツミはマットに倒れリングサイドまで転がってゆく。
イツミは身動き出来ない状態になり思考が止まる。
瞬間、相手の身体がのしかかってくる。
…ヤバイ…
と思った時レフリーから声が掛かる。
「ブレイク、元の位置!」
対戦相手は悔しそうにノロノロと立ち上がる。
助かった…
イツミは?気持を切り替える様に頭を振りながら立ち上がるとリング中央でファイティングポーズを取る。
対戦相手もファイティングポーズをとり左ジャブを打ってくる。
イツミはそのジャブに合わせてバックステップしてかわす。
対戦相手が睨み付けてくる。
次は、イツミが左ジャブを打って間合いを詰める。
☆
対戦相手もイツミのジャブに合わせてバックステップする。
イツミはジャブに続けて右ストレートは放つ。
対戦相手はさらに間合いを外すように後退する。
完全にイツミの打撃を警戒しているためだ。
さらにイツミはキックを織り交ぜて対戦相手を追いかける。
対戦相手は打撃戦に付き合う気はないと言う意思表示のようにイツミの打撃攻撃をかわし続ける。
時間だけが過ぎてゆき第1ラウンド終了のゴングが鳴った。
イツミは肩で息をしながら青コーナへ戻りマウスピースを外し水分補給をする。
イツミは打撃戦に付き合わない対戦相手をどう対応するか考えを巡らせている。
考えている間に、第2ラウンド開始のゴングが鳴った。
イツミはフラリと立ち上がりステップを踏みながらリング中央へ向かう。
対戦相手は完全にタックルを狙った低く態勢をとり速攻で突っ込んでくる。
とっさにイツミは思わず左膝を前へ突き出した。
「ガッツン!」と衝撃を感じる
ドサッ…と対戦相手がリングにうつ伏せに倒れる。
レフリーが対戦相手に駆け寄りKOを宣言し、イツミの勝利をコールした。
ラッキーパンチならぬラッキー膝蹴りがカウンターで対戦相手の顔面に決まったのだった。
☆
結果、選手E、復活した女性コーチとイツミが勝ち残り地区選考会出場者となった。
イツミはジムの外へ出て…やっと一歩踏み出したと感じて空を見上げた。
気がつくとカイトが傍に立っていた。
「日曜日の昼間にもMarici Do-Jo へ来い」
そうカイトは言い残すとイツミの肩をポンと叩いてジムの中へと戻っていった。
金曜日、土曜日のジムトレーニング後の練習に日曜日の昼間練習が加えられたのだ。
5月の地区選考会まであと3週間になった金曜日のMarici Do-Joにノゾミが姿をみせた。
ノゾミは9月のカラテ・ワールドカップへ向けての日本代表選手のメンバー選考会を終え代表選手メンバーに選考されたので
暫くは強化合宿の生活が続くので気分転換にやって来という。
イツミは、やはりノゾミはカイトの元カノでは無いと確信していた。
そして二人の関係の真相にさらに興味が湧いてきた。
カイトに尋ねても喋ってはくれないだろうからイツミはノゾミに尋ねる事にした…
☆
地区選考会出場者のメンバー表と試合トーナメント表がジムへ届いた。
選考会は2日間で行なわれ、出場者は16名である。
要するに4つ勝たなければ代表選手にはなれないと言う事だ。
イツミは気持を締め直しトレーニングに集中した。
☆
その日のイツミの打撃は冴えわたっていた。
1回戦、2回戦、準決勝と全てを1ラウンド内のKOで勝ち上がりストライカーとして注目を集めた。
地区選考会も遂に決勝戦を迎えた。
決勝戦の対戦相手は全国的にも有名な選手だった。
しかしその対戦相手は準決勝でイツミのジムの女性コーチと2ラウンドをフルに戦い僅差の判定勝ちで決勝戦に上がって来たため、かなりのダメージを残していた。
20分間のインターバルがあったにせよ回復は到底無理だったようで、リングインしてもなお右顔面をアイシングし続けている。
リング中央でレフリーの注意を聞いている右の目蓋が大きく腫れているのが見えた。
イツミは自分のコーナへ戻る時に観客席の一番前に座っているカイトがセコンドに何が耳打ちしているのが目に入った。
コーナを背にリング中央に振り返ったイツミの耳にセコンドが呟いた。
「非情になれ!」
イツミはカイトを横目に見た。
カイトは黙ったまま頷いた。
カーン!
ゴングが鳴ったと同時にイツミは対戦相手目掛けて駆け出しホップステップジャンプで左膝を前へ突き出し宙に舞った。
グガシャ!
イツミは手応えを感じ相手を振り返った。
対戦相手はすでに大の字で倒れていた。
☆
試合会場は呆然として静まりかえっている、両選手のセコンドも、レフリーさえも呆然としている。
イツミが倒れた相手に近づく、その時、カイトの声が聞こえた。
「ストップ、ストップだ、イツミ!」
その声が合図だったかのように慌ててレフリーが対戦相手に駆け寄るとKOをコールした。
同時に対戦相手のセコンドがリングに入ってくる。
騒然する中でレフリーはリング中央でイツミの勝利をコールした。
コールを受けイツミは黙って対戦相手に頭を下げて礼をしてリングを降りた。
試合後のセレモニーで主催者より8月のJK-No.1JAPAN Cupへの出場代表選手をイツミであることが発表した。
リザーブ選手には、通常イツミと決勝戦を行なった選手が登録されるのだが、イツミから受けたダメージの回復が見込めないため、準決勝の相手であったイツミの所属ジムの女性コーチが指名され2人に認定証が手渡された。
しかし、イツミの内心には大変な事になったと不安が気持を占領していくのを感じていた…
そしてこの日を境に日々のジムトレーニングとそれにプラス金曜日、土曜日と日曜日の昼間のMarici Do-Jo の練習時にカイトからアドバイスがされるようになった。
さらに、Marici Do-Jo の練習後はシャワーを浴び全裸でカイトの指示でベッドに横たわる。
その全裸のイツミの身体をバスタオルで被いカイトの手が伸びてくるとイツミの筋肉はリフレッシュされてゆく。
☆
7月になりJK-No.1JAPAN Cupの出場全選手リストとトーナメント表が届き、それを囲んでジムの雰囲気はざわついていた。
イツミもそんなざわめきの中でトーナメント表に目を向けていた。
各地区代表選手名にあの格闘技雑誌の表紙を飾っていた同じ年齢のシューティングボクシング女子チャンピオンも、グラビアを飾っていた女子プロレスチャンピオンの名前があった。
他の5名も全国的にも有名な選手揃いだった。
まっただ中無名な選手はイツミだけだった。
そこへカイトから声がかけられた。
「見たのか?」
「はい…一応は」
「そっか、一回見ればあとは見なくてもいいよ」
「はい…」
「そんなモン何回見ても何時間眺めても強くなりはしないんだ。
もちろん相手を知ることは大切だが考えすぎると自分を見失う事になる。
自分に集中して自然体で的確にパフォーマンスをすれば結果は勝手に付いてくるんだ」
…確かにカイトの言う通りだ…とイツミはざわめきの囲みから抜け出た。
高校は夏休みに入りその日からイツミはカイトの自宅である、Marici Do-Jo に泊まり込みで練習を始めた。
イツミの母親はそんな行動にも無関心で問いもしないければ咎めもしてこない。
それどころかイツミが不在になることで気楽に男を連れ込めるとが嬉しいようだった。
☆
カイトの家に泊まり込む事にイツミはノゾミに少々申し訳ない気持はあったのだが8月1日迄の期間だけだし許してくれるだろうと勝手に決め込んだ。
8月1日の試合は10分間2ラウンドで行なわれる1dayトーナメントである。
優勝するには3試合を勝ち上がらなければならない。
そのための練習メニューが組まれていた。
午前中はスタミナアップのためのランニングとサーキットトレーニングを行う。
午後は休息をかねて高校生として宿題、課題に取り組む。
夕方からジムトレーニングを行い
夜はMarici Do-Jo で
『0から100への無挙動・ぶれない二点軸・転位・転体・転技』を完全なパフォーマンスとして身に付ける練習を行い、練習後のシャワー後のカイトの全身マッサージを受けるという毎日のメニューだ。
カイトの全身マッサージはまるで魔法のようだった。
イツミは自分自身が粘土細工の粘土になった様に感じていた。
マッサージによって格闘技者、ストライカーとしての身体に練り直され造り上げられていくことを実感していたからだ。
きっとノゾミもカイトとの付き合いの中でこうしてオールジャパンチャンピオンになり世界へ立ち向かう日本代表にまでなったのだろうなという思いのなかで「いいコーチと出会えて良かったね」と言ったノゾミの言葉をイツミは思い出していた。
そしてイツミは心の中で決意した、必ずやJK-No.1JAPAN Cupチャンピオンベルトをこの手に掴んでみせる!
☆
試合当日。
8月1日、 JK-No.1JAPAN Cupのリングにイツミは立っていた。
スポーツアリーナの観客席の熱気と歓声に圧倒されながらイツミは開会セレモニーを終え控え室で臨戦態勢へ気持を整え直し、カイトを先頭にセコンド陣とリングへ向かった。
イツミにとっての第1試合のゴングが鳴った。
対戦相手は完全なグラップリングの選手で低い態勢でグラウンドを必要に狙ってくる。
イツミは緊張と打撃戦にまったく付き合わない相手に手こずりながら10分間2ラウンドをフルに戦い僅差の判定勝ちをした。
体力は大きく消耗していた。
カイトに抱き抱えられながら控え室へ戻ってきた。
控え室は完全にブラインドで区切られ、イツミは全裸にされマッサージ用のベッドにうつ伏せに寝かされカイトのマッサージを受けながらサポート陣のアイシングを受けた。
マッサージを終え新しいラッシュガードとファイトパンツを身につけるとブラインドの外から声が掛かる。
イツミは2試合目のリングへ向かった。
2試合目の対戦相手はクラウンチングスタイルに構えグラウンドを狙うフェイントをまじえながらパンチ、キックを繰り出して絡み付いてくるというトリッキーな選手だった。
☆
イツミにとって初めてのタイプの対戦相手で対応に手こずりながら第1ラウンドが終了した。
自分のコーナに戻ったイツミにカイトが耳打ちしてくる。
「相手がパンチ、キックを振り回したあとにクリンチだ、そして直ぐ相手を突き放す、放れ際にハイキックだ、頭を狙え」
イツミは深呼吸しがら頷いた。
カイトのアドバイスは的確だった。
指示通りにクリンチからの放れ際に繰り出したハイキックは見事に対戦相手の側頭部を捕らえKO勝ちをおさめた。
おかげでイツミは自分で歩いて控え室まで戻れる余裕も残っていた。
もうひとつ。
次は決勝戦である。
決勝戦でのイツミの対戦相手が決まる試合が終わると20分間のインターバルが取られる。
マッサージとアイシングを終えて仰向けに寝転び顔にタオルをのせて集中力を高めてゆく。
そこへイツミのサポートメンバーが駆け込んでくる。
「決勝戦の相手が決まりました、シューティングボクシングの選手です」
イツミは、その声を聞きながらあの格闘技雑誌の表紙のチャンピオンベルトを肩に掛けた笑顔を想い浮かべた。
カイトの声が聞こえた。
「そっか、確かイツミと同じ年齢の高校生のストライカーだな、美少女対決だ」
イツミはカイトの美少女って言う言葉に耳を疑った。
確かに対戦相手の選手は美少女だったけど、アタシは…??
☆
リングへ向かう通路奥で選手呼び出しのコールを待つ。
決勝戦は呼び出しコールされて入場のBGMが流される。
先に対戦相手の選手のオリジナル入場テーマ曲が鳴り響いた。
大歓声が聞こえてくる、さすが有名選手だ。
続いてイツミの名前がコールされた。
BGMはスペクタキュラー!キャストバージョンの『アイ・オブ・ザ・タイガー』である。
この曲は、カイトがイツミをイメージして選曲された曲だ。
その曲に合わせて集中を高める。
入場ゲートを潜り花道で一旦止まり、リングを睨み付け改めて歩みだす。
リングインして自分のコーナ、青コーナへ立つ。
リングアナウンサーがマイクを掲げながら高らかに声を発した。
『JK-No.1JAPAN Cup決勝戦を行います!
奇しくもこの対戦は同じ年齢の女子高校生、美少女ストライカーどうしの決戦です』
イツミはその美少女と言う言葉に思わず吹き出していた。
しかしそれがイツミの緊張を和らげていた。
リングアナウンサーの選手紹介が終わり
レフリーの注意を聞きコーナに戻りマウスピースをセットし噛みしめた。
カイトが耳もとで呟いた。
「10分間楽しんでこい!」
イツミは息を呑み「ハイッ!」と返事をしてコーナーを飛び出した。
イツミと対戦相手の選手はファイティングポーズも間合いの取り方まで同じだった。
☆
イツミが左ジャブを打つ、相手が左ジャブを返してくる。
相手が右ローキックを放ってくる、イツミが右ローキックを返す。
イツミが左ローキックを相手の左内腿へヒットさせる、相手も左ローキックをイツミの内腿へ返してくる。
まったくの探り合いのまま時間だけが過ぎてゆく。
突破口がお互いに見出だせない
観客の立場なら、緊張感漂う試合と感じるか?
盛り上がり場面に乏しい凡戦と感じるか?
もちろん戦っているファイターには関係無い事なのだが…
第1ラウンド終了のゴングが鳴る。
自分のコーナへ戻るとカイトから声が掛かる。
「座らないで聞け」
カイトは次にセコンドに声を掛ける。
「マウスピースを洗ってやれ」
イツミは立ったまま嗽をしてカイトに向き合う。
「ここからが勝負だ!屈伸しておけ、非情になれ!遠慮するな!」
イツミは言われた通りに軽く屈伸をしてからマウスピースを含みしっかりと噛みしめ直した。
セコンドアウトのブザーが鳴りカイトがイツミの瞳を見つめて無言で頷いた。
カーン!
第2ラウンド、開始のゴングが鳴ったと同時に対戦相手に向かって駆け出しホップステップジャンプで左膝を前面に突き出す。
イツミの体が宙に舞った。
グシャッ!
ドサッ…
☆
リングに舞い降りたイツミは対戦相手を振り身構えた。
仰向けに倒れた相手は首だけをもたげ、頭を振りながら態勢をうつ伏せへと変えようとしていた。
相手はイツミの膝蹴りを間一髪のところで両腕を顔面の前で交差してガードしていたのだ。
しかしそれなりのダメージは与えていた。
「イツミ、被され!」
カイトの指示が飛ぶ。
イツミは相手の頭の方向から身体を被せ右腕を相手の喉元へ滑り込ませた。
左腕を相手の右脇のしたから回し自分の右腕とクラッチさせる。
「イツミ、焦るな、ゆっくりだ、じっくり絞めろ」
カイトのアドバイス通りにゆっくりとじっくりとイツミは右腕を絞めていく。
イツミと相手の動きが止まり、暫くしてレフリーからブレイクか掛けられスタンディングに戻される。
「イツミ、ミドル、ミドル、キャッチandリリースだ!」
カイトの指示が飛ぶ。
だが、イツミにはその指示は初めて聞く言葉だった。
…何言ってるのカイトコーチは…
イツミは、戸惑い苦し紛れに右ミドルキックを放つ、相手がブロックする。
と同じように相手の右ミドルキックが返ってきた。
今度は、右ミドルキックを2連発でイツミが放つ。
相手がムキになり同じように右ミドルキックを2連発で返してくる。
☆
相手の2連発のミドルキックの1発目をブロックし2発目のキックを、右足をイツミは自分の左脇と左腕の間にキャッチした。
と同時に相手から左フックが飛んでくる。
イツミはそれをダッキングでかわすと相手の軸足、左足を自分の右足で刈り込んだ。
対戦相手は一瞬宙に浮く、そのタイミングでキャッチしていた右足を左腕から離すと相手は背中からリングに叩きつけられた。
「よし、イツミ、離れて、立ち上がってきたら一気にラッシュだ!」
イツミはカイトを見ないで頷き、フラフラと立ち上がってくる対戦相手を睨み付けた。
まさしく雌虎が獲物を狙うような眼差しで。
本来の総合格闘技の試合なら相手がリングに倒れた場合、マウントポジションを取りパウンドから関節技か閉め落とすのがセオリーだが、カイトはイツミのストライカーとしてのPRIDEを尊重し立ち上がってくるのを待たせたのだった。
イツミは立ち上がった相手に駆け寄ると一気にパンチ、キックの乱れ打ちを始める。
相手も負けじとパンチ、キックを返してくる乱打戦となるなかで第2ラウンド終了のゴングが鳴った。
二人はレフリーに強引に引き離されお互いのコーナーへフラフラと戻り判定、ジャッジの集計を待っち、再度リング中央に呼び寄せられた。
☆
「引き分けなら延長戦も有る気を緩めるな。」
カイトの言葉がイツミの耳の中に納められた。
イツミはリング中央でレフリーを挟んで対戦相手選手と横並びして集計結果のコールを待った。
ジャッジは3名である。
集計結果をリングアナウンサーが読み上げる。
「ジャッジA、赤!」対戦相手のポイントだ…
「ジャッジB、青!」イツミのポイントだ。
少し間を置いて「ジャッジC、青!」
イツミのポイントが読み上げられた。
「よってJK-No.1JAPAN Cupチャンピオンは青コーナ~イツミ選手です!」
観客の歓声に掻き消されそうな判定を聞きながらイツミは天を見上げた。
対戦相手の選手が近づいて来てイツミを抱きしめた。
「ありがとう、また戦いたいなアナタなら」と呟いた。
「いえ、こちらこそ、ありがとうございました。またその時は、こちらこそよろしくお願いします」
イツミは頭を下げた。
イツミに主催よりチャンピオンベルトが手渡される。
イツミが、戸惑っていると対戦相手の選手がイツミの肩にチャンピオンベルトを掛けてくれ、イツミの手を高々と上げ讃えてくれた。
次の月の格闘技雑誌の表紙にイツミがチャンピオンベルトを肩に掛けた写真が表紙を飾っていた。
終り。
鋼鉄少女
闘強少女道璃夢 5
IRON LADYL
☆
月曜日の朝、東京ターミナルは人々で溢れかえっている。
通勤、通学、その他の理由で人々が溢れかえっている。
グッガオー!
獣の雄叫びが突然、東京ターミナル内に谺する。
灰色の獣が巨体を立ち上げ溢れかえす人々の群れの中で暴れだす。
強靭な爪にひき裂かれる人、強靭な牙で噛み砕かれる人、悲鳴を上げ逃げ惑う人々の群れが溢れかえる。
まさに阿鼻叫喚のパニック状態の地獄絵図が繰り広げている。
☆
ふふふっ、愚かな平野民(へいやみん)どもよ思い知るがいい。
山吹色のパーカー姿の男が、深く被ったフードの中から瞳をギラッかせ呟いた。
☆
東京駅は封鎖され J R を始めとする私鉄、地下鉄、すべての鉄道の利用とレストラン、地下街の全てが閉鎖された。
灰色の獣の正体は、体長2メートルを超す灰色熊であった。
警察が出動し東京ターミナルを取り囲む。
しかし、迂闊に近づけないでいた。
灰色熊は、巧みにすばしっこく移動し簡単には姿を晒さない。
☆
品川ターミナルでも、新幹線が緊急停車し立ち往生していた。
上下線全ての電線に大量のカラスが止まり、ハリガネ、ワイヤーを絡めつけている。
☆
羽田エアポート発の飛行機全てが欠航していた。
大量のスズメが藁葛や小枝を旅客機のエンジンの中へ詰め込んでいた。
☆
関東エリアの各家庭の全てのペットが飼い主に牙をむき、死傷者がでている。
野良犬、野良猫はスーパーマーケット、レストラン、カフェを襲い街中が混乱状態に陥っている。
警察、役所、病院の人手は不足し混乱の極みに達していた。
☆
「いいか、みんな、我慢も限界にきた。決起するぞ」
おー!
八人の若者達が同意の声を上げている。
ここは、日本で最も秘境と言われる山奥である。
若者達は、山の民と呼ばれ、日本の山間部を渡り歩き、山の恵みを糧として生きてきた山岳民族である。
太平洋戦争以前には、山は富み、大勢を誇った山岳民族である。
太平洋戦争後からの復興、高度成長期などといわれた時代に見境なく山は荒らされ、切り開かれ、山の恵みは激減した。
それでも、山岳民族の誇りを失わないよう己達を持して生きていた。
そして、東北で未曾有の大震災、津波で山はさらに切り開かれた。
原子力発電所の崩壊で福島県周辺エリアの山々は生活不能になり、政府と地方自治体は責任をなすり合いを繰り返している。
平野(へいや)に住む人々のエゴと無責任さで山は見捨てられゆく。
八人の若者達、九州、四国、中国、近畿、中部、北陸、東北、北海道各エリアの代表者だ。
その前で、声を上げているのが、日本山岳民族の総長である若者である。
☆
宮城県仙台市青葉城近くで、一文字モータースの看板の下で車の下へ潜り込み、ガチャガチャと作業している。
一文字 速人(いちもんじはやと)は、今年、30歳になる。
いまだ独身の一文字モータースの経営者である。
モータースと看板してはいるが車、バイクだけでなくテレビ、ラジオ、クーラー等々と何でも修理するいわゆる地元の便利屋である。
☆
そんな、速人の夢はアメリカ映画のようなロボット、メカニックスーツを制作する事である。
アメリカ映画に絶大なる影響受けた速人は、トランスフォーマーの様に車がロボットに変形し、アイアンマンの様に人間に装着するメカニックスーツを作り上げるのが夢だ。
そんな夢に向かい夜な夜な寝る間も惜しんで試行錯誤を繰り返している。
試行錯誤繰り返す事、五年目ついに完成のメドをつけた。
白いボディに真っ赤なラインでメイクアップしたK-CAR(軽自動車)が一文字モータースの工場の一番奥に鎮座している。
速人は、おもむろにK-CARの運転席に乗り込む。
運転席のステアリング左斜め下の赤いグリップのレバーを握りしめる。
「トランスフォーム開始!」
と、ひとり言を声に出すと、力を入れてレバーを引いた。
シューシュー、シュイシュイ、グワングワン、ビシビシ。
ゴッン、痛。
グニュ、痛。
痛、痛、イタイー。
ピー、ピー、ピー。
トランスフォームが途中停止する。
速人は身体のあっちこっちの痛みに耐えながら目の動きだけでトランスフォーム途中停止したK-CARを目視点検してみる。
頭部、胸部、腹部に腰回りすべての脇が隙間だらけである。
あぁ、サイズ間違えたのか…?
ため息と同時にトランスフォームを解除する。
K-CARから降りてアイアンスーツモードの装着サイズを測りなおしてみる。
背丈、161センチ、胸部、腹部、腰回りの周囲は90センチ。
身長、175センチで胸部、腹部、腰回りそれぞれが110センチの速人には到底な無理なサイズであった。
はぁ、と再びため息をつき速人はその場にしゃがみ込み、やっぱ、普通自動車で制作するべきだったと頭を抱えた。
☆
「はやと、ご飯だよ」 と、声が聞こえてくる。
母親の、ルリ子だ。
はーいよ。
返事をしながら腰を上げ、力なく食卓へ向かう。
速人は冷蔵庫を経由し350ccの缶ビールを取り出し食卓のイスにドサッと腰掛けた。
缶ビールのプルタブを開け、ひとくち口に含む。
トットットッツ、と原付きバイクの音が聞こえてくる。
しばらくすると、こもった声で、ただいま、と妹の結(ゆい)が姿を見せた。
有名スポーツブランドのウインドブレーカー上下にバイクグローブをはめ、フルフェイスのヘルメットを被ったままだ。
その姿に速人の視線が釘付けになる。
ん?アイアンスーツ、みたいだ。
結がヘルメットを取り、頭をブルブルと振る、ショートカットの髪がサラサラと揺れる。
速人は結を上から下へ、下から上へと見ながら質問する。
「結、おまえ、身長は、胸と腹と腰の周りのサイズいくらだ」
はっ、と突然の不躾な質問に結の目に不快感と殺気が宿る。
ちなみに妹の、一文字 結の身長は、158センチで上から、78、58、78、である。
「兄ちゃん、妹とは言えその質問は、セクハラ発言よ!」
んぐっ…とその言葉に速人が息を呑む。
「あ、あ、いや、いや、す、すまん」
慌てて謝りを入れると同時に速人は席を立ち、結の腕を掴む。
「ちょっと頼みがある、工場へ来てくれ」
「えー、やだ、お腹ペコペコだもん」
と、結は速人の腕を振りほどき食卓に付く。
速人は結の前に回り込み、自分の顔の前で両手を合わせ頭をペコペコと下げながら、懇願する。
「頼む、一生のお願いだから」
「ご飯、食べてからでもいいでしょ」
「お、あぁ、そうだな、なら後で頼む」
と、速人は頭をまた下げると目の前の唐揚げを口に入れた。
一文字 速人の父親は四年前に病で亡くなった。
父親の跡を継いで一文字モータースの経営者となり今は、六歳年下の妹、結と母親のルリ子の三人暮らしである。
けっきょく妹の結は食事を済ませると、サッサと風呂に入りベッドに潜り込んでしまった。
はぁ、と今日何度目かのため息をつきながら速人も今は風呂に浸かっていた。
☆
翌日の朝、九時。
速人は妹の部屋へ飛び込んだ。
「結、起きろ、兄貴の一生のお願いを叶えてくれよ」
「もぉ、まだ眠いし、今日は休養日なんだから、もぅ少し寝かせてよ」
「なに、休みなのか」
「それが、なんなのよ」
「よぉし、たっぷり試せるぞ」
速人はひとり悦に入ると、結をベッドから引きずり出した。
それから一時間後、結はお気に入りの有名スポーツブランドのジャージ上下の姿で、白いボディを真っ赤なラインでメイクアップされたK-CARの助手席に乗せられ、速人に連れ出されていた。
速人はK-CARを今は廃業したパチンコ屋の駐車場へ乗り付けた。
「結、降りて運転席に座れ」
「試乗するの」
「そうだ」
「じゃ普通に道路でいいじゃん」
「違う、車じゃなくて、トランスフォーム・アイアンスーツの試乗だ」
「はぁ、何それ」
「いいから、運転席に座って、ステアリングの斜め下の赤いレバーを引いてみろ」
「もぅ、わけわかんないわ」
ブツブツと文句を言いながらも結は速人の言う通りにK-CARの運転席に座りステアリングの斜め下にある赤いレバーを引いた。
シュイシュイ、グワングワン、シュウーン。
カッチ、カッチ、カッチ、カッチン。
うぅわ、うぅわ、な、何なに。
何故だかわからず身体にフィットするスペースに収まった結が顔を振る。
その動きに合わせてアイアンスーツモードの顔が振られる。
まるで、フルフェイスのヘルメットの様な視界に兄の速人が見える。
『兄ちゃん、どうなってるの』
結が怒鳴る。
速人は、その声に応えず、ガッツポーズを作り小躍りしている。
結が苛立たしく足を踏み鳴らす。
ズガッ、ズガッ、ズガッ。
アイアンスーツモードの視界の前で速人が何かを喋っている。
しかし、結には聞こえない。
結は指を一本立てて自分の耳を指差し続けて両手を交差しバツを作り速人に示す。
速人は、その仕草にキョトンし、結と同じ仕草をする。
結が、うん、うん、と頷く。
アイアンスーツモードの頭が、うん、うん、と頷く。
速人は、自分の頭を抱えて天を仰ぎしばらく考えると唐突にゼッスチャーを始めた。
あ、る、け。と口で示すと、歩くゼッスチャーをする。
そのゼッスチャーに習って結が歩き始める。
アイアンスーツモードの結が歩き始める。
は、し、れ!速人が走り始める。
アイアンスーツモードの結が走り始める。
走り始めるとグングンと加速し、速人を抜き去り置いてけぼりにし、数メートル先でUータンして戻って来る。
ジ、ャ、ン、プ!速人が飛び跳ねる。
アイアンスーツモードの結がジャンプする。
軽くジャンプ、1メートル、少し強くジャンプ、2メートル、力いっぱいジャンプ、6メートル。
意思伝達のために動き回り疲れ果てた速人はしばらく黙りこみ、結に向けてオッケーのサインを右手の親指を立てて示した。
結が怒鳴る。
『兄ちゃん、どぉやって元に戻るの』
しかし、速人には聞こえてない。
何かを考え込んでいた速人はおもむろにアイアンスーツモードの結に近づくとスマートフォンの画面を目の前に突き付けた。
〈左脇腹横の赤いレバーを押し込め〉
結は頷き、赤いレバーを押した。
クィンクィン、シピューシピュー、ガコンガコン、ガッチャン。
K-CARに戻った運転席に結が茫然として座っている。
「結、撤収」
速人は助手席に乗り込み、帰宅を促した。
☆
「おやつ、おやつ、三時のおやつ」
結は、鼻歌混じりにリビングのテーブルで、ルリ子と向き合い、ブラックコーヒー片手に大福餅を頬張っている。
リビングの角に鎮座するテレビの画面では午後のワイドショーを映し出している。
東京駅、品川駅、羽田空港での動物達の異常行動について、ゲストコメンテーターとして、学者とか専門家とかといわれる人達がもっともらしく、ピント外れな解説をし、MCの男性がオーバーリアクションで相槌を打っている。
速人はと言うと、K-CARの試運転から帰宅し本来の仕事をしては唐突に出掛けては、また仕事をしてはK-CARを調整しては仕事をしてと忙しなく動き回っていた。
ふぅ、休憩、休憩、とひとり言を言いながら速人がリビングに入って来る。
「結、コーヒー」
「えー、自分で淹れなよ」
「優しくないなぁ」
はい、はい、とルリ子が席を立ってブラックコーヒーと大福餅を持って来る。
「母さん、ありがとうー」
そう言うと、速人は大福餅にかぶりつきながら、結にハンズフリーのインカムを差し出した。
「なにこれ」
「それがあればスマートフォンで直接会話できるだろ」
「は、なんの会話」
「だから、アイアンスーツモードを装着した中の結と外のオレだ」
「えー、まだやるの」
「やる」
「っていうか、なんの為にやるのよ」
「ん…それは、悪と…悪と戦うためだ」
「は、もぅー、悪ってなによ、わけわかんないわ」
そんな緊張感のない会話をしているとテレビ画面から聞こえていた音声が緊張感のある音声に変わった。
『臨時ニュースです!』
ワイドショーのMCの男性が真面目な顔つきに変わり原稿を読み始める。
速人とルリ子と結の視線がテレビ画面に集中する。
『ただいま入ったニュースです。大阪、梅田地下街に二頭の虎が現れ暴れています』
『続けてお伝えします。高知県では、土佐犬の数頭が高知市内で暴れている模様で負傷者がでているとの事です』
ぅわー、何なんだよ。
と速人とルリ子と結の声がシンクロする。
『さらに新しい情報です。宮城県仙台駅構内で、ゴリラが暴れている模様で観光客数人が怪我をしているようです』
マジか!?
速人は呟くといきなり立ち上がり結の腕を掴まえた。
「ど、どうしたの兄ちゃん」
「行くぞ、ゴリラ退治だ」
「な、なんでよ」
「アイアンスーツで仙台を守るためだ」
「だから、なんで、アタシなのよ、兄ちゃんが自分でやりなよ」
「アイアンスーツの装着サイズが、おまえのサイズだからだよ」
「さ、サイズって」
「頼む、結」
速人は頭を思いっきり下げながら、アイアンスーツを装着することに信頼できる人間は可愛い妹の結しかいないと懇願した。
そんな速人の頼みに反論出来ないまま引き摺られる様に結はK-CARに乗り込まされた。
☆
仙台駅構内から駅前のロータリーは警察により規制線が引かれている。
その周囲を野次馬の人混みが取り巻く。
通行規制で渋滞が起こり車が溢れてる。
K-CARは仙台駅へ辿り着くにはかなり遠い場所で行き止まっていた。
クッソ!速人は手近な脇道へ入り込みK-CARを止めた。
「結、ここでトランスフォームだ」
「ここって、駅まで遠いじゃん、どうするのよ」
「走れ、あとは飛び越えろ」
「はぁ、無茶ぶりだわ」
「こいつの欠点は空を飛べない事だ」
「はぁ」
「しかし、こいつのジャンプ力と、結の身体能力なら飛び越えれる、ポップ、ステップ、ジャンプだ」
「はぁ、よく言うわ」
「じゃ、ハンズフリー装着して、出動だ」
「ふぁーい」
しぶしぶと気の抜けた返事をすると結はハンズフリーを右耳に装着しスマートフォンを通話状態にしてジャージのポケットへ入れる。
続けてK-CARの運転席に座り、赤いレバーをグッイと引いた。
シューウン、シューウン、シャキン、カッチ、カッチ、カッチ、カッシャーン。
午前中よりはかなりスムーズにトランスフォームしアイアンスーツモード装着が完了した。
「テスト、テスト、スマートフォン感度良いか」
「大丈夫よ」
よっし!速人はひとり気合いを入れると結に向けてゴーサインを出した。
『レッツゴー!!』
速人の勝手なゴーサインに、結はやけくそ気味に走りだす。
右足で踏み切る!
ポップ、渋滞を飛び越す。
左足で、ステップ、野次馬を飛び越す。
再び右足で、ジャンプ、規制線を飛び越す。
ついでに空中で一回転し着地する。
足を揃え、両手をYの字に上げ、ポーズを決める。
息も切れ切れに駅前の陸橋を駆け上がった速人がスマートフォンに向かって怒鳴る。
「Y字ポーズはいらねーよ」
「あははは、つい癖で」
と結が照れ笑いし、両手を下げる。
実は、結は器械体操の選手なのだ。
高校、大学、そして、今、社会人になり、スポーツジムでインストラクターをしながら現役選手を続けている。
駅構内から駅前のロータリーに場所を移し暴れていたゴリラが突然現れたアイアンスーツモードの結に気づく。
ゴリラの表情に戸惑いが浮かぶ。
しかし、それも僅かな時間だった。
ゴリラが結に向かって猛然と威嚇行動を始める。
「ぅわー、こっち向いて怒ってるよ、兄ちゃん」
「怯むな、戦え、結」
「えー、どうやってよ」
「近づいてぶん殴りゃいいんだよ」
「やだぁ、恐いよ」
「大丈夫だ、アイアンスーツモードなんだから勝てる」
そんなやり取りの間にゴリラは結の目の前まで近づいていた。
グガオー!
両腕を振り上げ、ゴリラは結を抱き締める様に両腕を振り下ろした。
「キャー、やらしいわね」
結の悲鳴が速人のスマートフォンから聞こえ耳に突き刺さる。
その悲鳴の甲高さに速人の顔が歪む。
バシュッ!ドサッ!
ゴリラが吹っ飛び地面に倒れ伸びている。
いきなり抱き締めてきたゴリラを突き離すために咄嗟に突き出した結の左手の平が掌底打ちとなりゴリラの右顎を捉えていたのだ。
おぉー、駅前ロータリーを取り囲んでいた警察隊、野次馬からどよめきが起きる。
その時、駅ビルに向かい合うビルの屋上の広告塔に隠れていた山吹色のパーカー姿の男が、チッ、と舌打ちをしその場を立ち去っていた。
野次馬達が、携帯電話、スマートフォンをかざしてアイアンスーツモードの結を写し始める。
「結、撤収だ、撤収」
呆気に取られ倒れて伸びているゴリラを見つめていた結は、速人の声に我に返った。
瞬時に回れ右をすると再びホップ、ステップ、ジャンプと規制線、野次馬、渋滞を飛び越す。
続けてダッシュをしビルの影に入り、トランスフォームを解除し結はK-CARに戻した。
☆
リビングの角のテレビ画面に写しだれている視聴者投稿の画像を不機嫌な顔で結が睨んでいる。
速人が声をかける。
「どした、ヒーローになったんだぞ」
「だって、アイアンヒーロー、アイアンヒーローってさ、アイアンヒーローのヒーローってさ、男ってことじゃん」
「あぁ、そう言われたらそうだけど」
「アタシは、男じゃないもん」
「はぁ、じゃあアイアンウーマンとか」
「えー、ウーマンってオバサンぽくない」
「じゃ、アイアンガール」
「んー、ガールはコドモぽいかなぁ」
「ったく、じゃ何なのさ」
「んとね、ウーマンとガールの間かなぁ」
「間ねぇ、レディ、とか」
「いいかも、レディって」
「アイアン、レディってか」
「うん、アイアンレディ」
やっと納得の顔つきに結はなった。
☆
山岳民族の若者達が集まっている。
車座になった九人の内の一人が立ち上がる。
総長の男である。
「動物操りの術の成果はどうだ」
「はい、なかなかの騒ぎになっています」
日本各地で起きている、動物達の異常行動は山岳民族が動物操りの術で起こしていたのである。
日本国の全ての自然、野生からの怒りの意思を思い知らせる事を大儀と掲げた行動である。
「関東は東京、関西は大阪、四国は高知、東北は宮城県、次はどこだ」
総長が八人の若者達に問いかける。
「はい、しかし、宮城県の仙台駅では邪魔が入りました」
東北代表者の若者が顔を伏せながら告げた。
「邪魔とは何が起きたのだ」
「はい、一応、騒ぎは起こしたのですが、パニックに陥る前に、ゴリラが卒倒させられました」
「卒倒とは」
「アイアンヒーローとか言う者が現れ、一撃でゴリラを倒したのです」
「何、アイアンヒーロー、何者だ」
「なんでも、アメリカ国のヒーローだとか」
「アメリカ国だと、平野民どもめ姑息な真似をしやがって」
総長は顔を赤らめて怒りを表す。
「宮城県の仙台を今一度襲撃だ」
「はい、操る動物は何を」
「虎だ、虎だ、二頭の虎だ」
☆
ゴリラ騒ぎの翌日。
結は、スポーツジムで午前中のコーチングを終え、ジムの喫茶スペースで他のスタッフとランチをしていた。
喫茶スペースには大型のテレビが設置されおり、画面にはスポーツDVDが常に流れていて通常のテレビ番組を映し出すことはほとんど無い。
突然、男性スタッフが喫茶スペースに駆け込んできた。
大型テレビの近づくと、リモコンを操作して通常テレビ番組に切り替えた。
『 臨時ニュースです。ただいま、青葉城公園に、二頭の虎が現れました。観光客に怪我人が出ているもようです』
喫茶スペースにいた、スタッフ、ジム利用者達のいっせいにテレビ画面、ニュースに釘付けになる。
ブー、ブー、ブー、結のスマートフォンのマナーモードが震えだした。
慌てて、結は、スマートフォンの待受を覗く。
(お兄ちゃん)と表示されている。
結は、ソっと席を立ち喫茶スペースのすみへ移動しスマートフォンを耳に当てた。
お兄ちゃんである、速人の声が聞こえてくる。
『 結、出動だ 』
『しゅ、出動だ、って仕事中だよ今は』
『悪との戦いに時と場合は関係ない』
『そんな、無茶苦茶だわ』
『K-CARで迎えに行くから準備ヨロシク』
反論の間もなくスマートフォンの通話は切れていた。
結は、慌ててジムの駐車場へ駆け出した。
シュルル、ルルゥ。
TURBOエンジンにアップデートされパワーアップしたエキゾノートと供にK-CARが駆け込んできた。
結の前に止まると速人が運転席から降りてくる。
速人は結を自分が今座っていた運転席に押し込み、自分は助手席に乗り込み高らかに号令を掛けた。
「トランスフォーマー・アイアンレディ、レッツゴー」
はぁあ…と結は盛大にため息をつき、K-CARを走らせ始めた。
東北大学の敷地内を通り抜けて、青葉城公園への登り道へ出る。
しかし、登り道の坂道は渋滞を起こしていた。
二頭の虎の出現で通行止め、進入禁止の規制が行われているからだ。
結は、K-CARをすかさず、Uータンさせ、東北大学の敷地内へ戻り、人目のない場所へ止めた。
「いくよ、兄ちゃん」
「おー」と答えると速人は助手席から外へ出た。
結は、ハンズフリーを右耳にセットしスマートフォンを通話状態にしてジャージのポケットに入れると、赤いレバーを左手で握った。
☆
アイアンレディにトランスフォームした結がダッシュで駆け出す。
ホップ、ステップ、で坂道の渋滞を飛び越える。
ジャンプ、で青葉城公園最上位置の石垣に手を掛ける。
全身のバネを使い身体を跳ね上げ空中で一回転し着地する。
タン、と足を揃えY字ポーズを決める。
独眼竜、伊達政宗公の銅像の前で周囲を威嚇していた二頭の虎が、突然現れたアイアンレディに唖然とする。
しかし、それも一瞬で二頭の虎は結に向かって威嚇を始めた。
結も二頭の虎に向かって身構えた。
すると遠巻きにいた、観光客や野次馬達から声があがる。
おー、アイアンヒーローだ。
その声に反応しアイアンヒーローコールが起こる。
アイアンヒーロー、アイアンヒーロー、アイアンヒーロー。
速人が息も切れ切れに後れ馳せながら駆け込んでくる。
通話状態の速人のスマートフォンから、アイアンヒーローコールが結の耳に聞こえくる。
結は、クルリと体を捻りアイアンヒーローコールをしている観光客や野次馬達に向き直り、両腕を顔の前で交差しバツ印を作り怒鳴った。
『アイアンヒーローじゃない、アイアンレディよ』
しかし、その怒鳴り声は速人の耳にしか聞こえない。
両腕を交差したバツ印、エックスポーズに、ファイティングポーズと勘違いした観光客や野次馬達から、おー、とさらに歓声があがる。
『何やってだよ、結』
『だって、ヒーローじゃないし、レディだもん』
『今、そんな事言ってる場合じゃないだろ、虎だ、虎退治だ』
速人の指摘に、もぉ、と不満を漏らしながら結は二頭の虎に向き直った。
ガルルッ、ガルルッ。
二頭の虎は頭を下げ狙いをすまし、いまにも襲いかかろうとしていた。
『キャー、恐いよ、兄ちゃん、どうしたらいいのよ』
んー、と唸って宙を睨みながらはてなと考え込む。
はっ、と思いつき速人は説明を始めた。
『虎は、首筋に噛みついてくる、だから首筋に隙を作る、噛みつくためにデッカく口を開ける、そこに片腕を出して噛みつかせると動きが止まる、その瞬間に頭のテッペンをぶん殴る、だ』
『はいー、何それ、大丈夫なの』
『大丈夫だ、タレントの百獣の王が言ってたから』
『えー、そんなの大丈夫と思えないよ』
そんな瞬間、一頭の虎が、アイアンレディの左側の首筋目掛けて飛びかかってきた。
『いゃー』
叫び声と供に結の左腕が反射的に首筋の前に上がる。
ガジュツ!と虎は左腕に噛みついてくる。
しかし、超鋼鉄製のアイアンレディのボディには牙は食い込まない。
案の定、虎の動きが止まる。
『今だ、結』速人が叫ぶ。
エイッ、と右腕を振り、結はげんこつを虎の脳天に叩きつけた。
グニャオ、奇妙な声を発し、虎は一瞬にして卒倒し、その場に伸び落ちた。
☆
『やったー、まんざらでもないね、タレントの百獣の王も』
結の、はしゃいだ声がスマートフォンから聞こえてくる。
速人は苦笑いをするしかなかった。
はしゃいでいる間に結に、アイアンレディに向かって二頭目の虎が飛びかかってきた。
キャー、不意を付かれた結が、アイアンレディが押し倒される。
虎の右前足が、アイアンレディの左肩に乗せられ押さえつけている。
虎の左前足が、アイアンレディの右の二の腕を押さえつける。
押し倒され、上半身の動きが封じられたアイアンレディの首筋が露わになる。
虎は、天に向けて、ガァオー、とひと吠えするとデカい口を開け、アイアンレディの首筋を目掛けて噛みついた。
グガッチッ、虎の牙と超鋼鉄製の首筋がぶつかる。
虎は、頭を左右に振り、牙を食い込ませようともがく。
『やだぁ、ヤメてー』
結の叫び声に速人が答える。
『落ち着け、結』
さらに、スマートフォンに向けて声をかける。
『噛みついてくる口へ目掛けて頭突きだ』
速人のアドバイス?に結は、虎の口の位置を確かめ、頭を振り、噛みついてくる牙へ超鋼鉄製の頭を打ち当てた。
アイアンヘッドバット!?
バギッ、バギッン、と虎の牙が砕ける。
グニャオ、と悲鳴の様な泣き声を出し虎が仰け反る。
アイアンレディの右二の腕を押さえつていた虎の左前足の力が緩む。
結は、瞬間的に右腕を左に振り、虎の左顎にビンタを打ち付けた。
虎の首が右方向へガクンと傾き、そのまま体ごと吹っ飛んでゆく。
二頭の虎は、卒倒し仲良く並び伸びている。
アイアンレディが立ち上がり二頭の虎を見下ろしていた。
アイアンヒーローが勝ったぞ!と何処からか声があがる。
観光客や野次馬から歓声があがり、再びアイアンヒーローコールが起きる。
スマートフォン越しにアイアンヒーローコールを耳にした結は、観光客や野次馬に向き直り、自分の顔の前で両腕をクロスし、バツ印を作った。
エックスポーズ!?
その姿に観光客や野次馬達も、顔の前で両腕をクロスしバツ印にしエックスポーズを作りさらに歓声を大きくする。
『もぉ、兄ちゃん何とか言ってよ』
結の指摘に速人は歓声がする方へ顔を向けた。
歓声を発しながら大騒ぎの観光客や野次馬達から少し離れた土産物店の看板に隠れていた男が顔を歪めながら、アイアンレディを睨んでいる。
山吹色のパーカー姿で顔を歪めている男の姿を見止めた速人は何か不審に感じた。
速人は山吹色のパーカー姿の男に近づいてゆく。
男と速人の視線がぶつかり合う。
チッ、と舌打ちをし男が背を向けて駆け出した。
『結、怪しい男が逃げてる』
速人の声に結が視線を移す。
『あの男を捕まえるんだ』
結は、逃げるパーカー姿の男を視線に捉えると、一歩、二歩と踏み出しジャンプする。
ズザッ、と着地し態勢を低くし両腕を左右に大きく広げ、通せんぼの姿勢を取った。
突然頭上から降ってきたアイアンレディの通せんぼに山吹色のパーカー姿の男は驚き、つんのめる様に足を止めた。
男は行く手を阻まれ顔を後へ向ける。
そこへ必死の形相の速人が追いつき、身構えた。
「怪しい奴だー」 と、大声で速人が叫ぶ。
その大声に観光客や野次馬達が反応し、山吹色のパーカー姿の男を取り囲んだ。
そこへ、遅ればせながらと警察官数人が現れた。
話しを聞かせてもらおぅか。と山吹色のパーカー姿の男を警察官数人が確保した。
『結、撤収だ』
速人はスマートフォンに声をかけると、その場から離れた。
結は、アイアンレディは、ダッシュ、ホップ、ステップ、ジャンプで青葉城公園から離れた。
☆
数日後。
青葉城公園で警察官に確保された、山吹色のパーカー姿の男の自供により、山岳民族の怒りの実力行使、暴動による日本各地での動物操りの騒動の全貌が明らかとなった。
終り。
戦士少女
闘強少女道璃夢 6
Proxy Combat
☆
Valenia orange colorの夕陽に向かって駆ける一台の車。
Valenia orange colorの夕陽がその車のボディを煌めかせている。
キラキラと煌めく湘南の海を左側に眺めながら海岸通りを駆ける一台の車。
夕陽でシルエットになっている江の島を左斜めに見ながら緩やかに右へと道は流れて行く。
ステアリングを握る彼女の長い黒髪が後ろへと流れている。
Moon Rock MetallicのHONDA S2000 のカウルは取り外され今は open car 仕様である。
ちなみに、open car とは、和製英語である。
※
アメリカではコンバーチブル(Convertible )
イギリスではロードスター(Roadster )もしくはドロップヘッドクーペ(Drophead Coupe )
フランスやドイツではカブリオレ(Cabriolet / Kabriolett )やカブリオ (Cabrio) と呼ばれる。
※
神奈川県藤沢市内のインテリジェンスビルの地下へと滑りこむ moon rock metallic の S2000。
S2000のドアが開く。
無駄な脂肪のないスラリとした脚が現れ黒いハイヒールが地下駐車場のコンクリートの地面に降ろされる。
黒いハイヒールはカツカツと音を響かせながらビルの内へと歩みを進める。
銀色に輝くエレベーターの扉の前に立つと扉が開かれる。
美しい指がビルの階数を示すパネルに触れる。
44の数字に赤い灯りが点灯しエレベーターが上昇を始める。
44の数字の赤い灯りが消え、扉が開かれ再び歩み始めたが、黒いハイヒールの足音はワインレッドの絨毯に消されている。
長い黒髪で、黒いハイヒールの彼女は歩みを止めドアの前に立ち、美しい指がドアのノブを握り、少しだけ捻りを加えて前方へ押した。
☆
ドアの向こう側には4メートルほどの通路が有り、その先に44階を全て使用したワンフロアがある。
通路から望む正面は外界を見渡せる硝子張りのウインドになっている。
この硝子はミラーガラス仕様なので外からは内部を覗くことはできない、さらに、防弾ガラスである。
当然、100パーセントUVカットでもある。
そのウインドを背にする位置に大きめのデスクが有り、背もたれの高い椅子がある。
その椅子には小柄な老紳士が背を預け細身の葉巻を燻らせている。
長い黒髪の女性は、そのデスクより五メートルほど手前で黒いハイヒールの踵をキッチと合せ、背筋を真っ直ぐに伸ばし、両手を体側に合せ、声を発した。
「遅くなり申し訳ありません、冴刀(ごとう) 哀梨(あいり)、ただいま参上いたしました」
同時に上半身を45度前に傾けた。
「うん、ご苦労さんだね、まぁ、楽にして」
老紳士の言葉に、冴刀 哀梨は上半身を起こし、左足を左横へ半歩開き、両手を身体の後ろで組んだ。
「いよいよ初陣だね、代理戦の」
老紳士は、そう言いながら椅子から腰を上げデスクの前方へ歩み出てきた。
「はい」
「やれるかい?」
「はい」
「そうか、なら安心して任せよう」
「ありがとうございます」
「三日後の土曜日の深夜24時に、鎌倉の廃業となったクラブだ」
「承知しました」
「他に聞きたい事はあるかな?」
「いえ」
「よろしい」
「失礼します」
冴刀 哀梨は再び上半身を45度前に傾け、元の姿勢に戻ると、右足を後ろへ引き、回れ右をして、4メートルほどの通路を通りドアのノブを少しだけ捻り手前に引き再びワインレッドの絨毯の上に立った。
☆
代理戦とは 金銭や物、利権などを争う者や企業の代理戦士となり相手側の代理戦士と身ひとつで戦うのである。
そして闇のVIP会員と呼ばれる人々が観客として観戦し対戦は賭けの対象となる。
勝てば代理戦を依頼した依頼元より報奨金が払われ、賭けの賞金も手に入る。
その額は時に、数億円にもなる事もある。
もちろん負ければ報償金や賞金を手にするどころか最悪の場合は代理戦士自身の命の保証もない。
対戦ルールは、銃器および刃物は使用できない。
但し、身に付けている物は使用可能である。
例えば、ハイヒールを履いていれば、そのハイヒールの踵で相手の目玉でも金玉でも踏み潰す事も許される。
只、ハイヒールを故意に脱ぎ、手に持ち武器化することはできない。
戦闘開始は代理戦を請け負う者同士、戦士同士が向き合えば任意開戦である。
決着は完全KOのみである。
哀梨は、仄かに艶のある黒いタクティカルブーツ、黒い乱闘服のズボン、身体にピッタリとフィットした黒い長袖のラッシュガードで上半身を包み、両手には黒いプロテクトグローブを嵌めた出で立ちで代理戦場に立っている。
前髪は眉の下のラインで切りそろえV字を示している。
長い黒髪は頭の後へ編み込まれひとつに纏め背中に垂れている、それはまるでドラゴンの尾に見える。
☆
冴刀 哀梨は警察官であった、女性武装機動隊員を辞職してから十四ヶ月が過ぎ、代理戦の場に立っている。
合気道参段、空手道参段である。
合気道は警察官になり必須武道として習得したものである。
空手道は、中学生の頃から続けている武道で、高校時代には全国大会で優勝し、大学生の時には、日本代表として国際大会にも出場した経験もある。
この国際大会出場で経験した、得たいの知れぬヒリヒリとした緊張感に魅せられた。
哀梨は、さらなるヒリヒリ、緊張感を求めるようにいつしかなっていった。
出来る事なら命を賭けたギリギリのヒリヒリを、緊張感を体験したいと思い、警察官になったのである。
しかしながら警察官になり、女性武装機動隊員になり四年の歳月が過ぎても命を賭けるようなヒリヒリとした緊張感に出会うこと無かった。
もともと使命感や正義感など無かった哀梨にとっては警察官でいる意味も無い歳月でしかなかった。
警察官を辞職してからも生まれ育った土地柄からきたものか『いざ鎌倉…』の言葉が心の中に常にあり鍛錬を怠ることは無かった。
早朝からランニングをし、人気の無い早朝の公園の器具やベンチを利用し基礎鍛錬を行ない。
立木の中を巧みなステップワークで駆け回り、立木に向かい、突き、蹴り等の体術を練り続けていた。
そんな日々が20日ほど過ぎたある朝、立木に向かっている哀梨に声を掛けて来た老紳士がいた。
その老紳士は、源元 頼友(みなもと よりとも)と名乗り、企業コンサルタント会社を経営していると自己紹介してきた。
哀梨にとって何の興味も沸かない内容だった。
しかし、老紳士、源元 頼友のもう一つの自己紹介に引き寄せられた。
それは、アンダーグラウンド・ヴァーリトゥード・パーティのフィクサーという内容である。
アンダーグラウンド・ヴァーリトゥード・パーティとは、闇の格闘技界と言われ、派手な演出もパフォーマンスも無くただ力だけを誇示し合い、試合では無く死合と言われ、闇のVIP会員の観客が集まり現金を賭け模様される闇のイベントである。
老紳士、源元 頼友は、哀梨にアンダーグラウンド・ヴァーリトゥード・パーティの戦士にならないかと誘ってきた。
ヒリヒリの緊張感に飢えていた哀梨は、危険な香りの漂うその誘いを待っていた様に即答で戦士になる事を承諾した。
アンダーグラウンド・ヴァーリトゥード・パーティの死合は、偶数月に男性の部が、奇数月に女性部が行なわれ、哀梨は6戦全勝で1年間を過ごしていた。
☆
廃業したクラブが久しぶりに熱気に包まれている。
死合場となるフロアに直径八メートルの八角形のスペースが金網で囲まれている。
そのスペースにだけが照明で明るく浮き上がっている。
周辺の薄暗い中には闇のVIP会員達が非情な興奮の熱気を漂わせ死合開始を待ちわびている。
直径八メートルの八角形の中で立ち尽くしている哀梨に観客達の視線が集まる。
代理戦の対戦相手は当日まで証されない、それは、仕込み(八百長)を防ぐためである。
哀梨と対峙する金網が、ギィィと耳障りな音を立て開かれる。
のそりと黒く大きな影が現れる。
照明に照らされ姿が浮かぶ。
太い腹回りに太い腕、太い脚が付いている。
首は無い、肩から肉が盛り頭が付いている。
頬は鼻よりも高く肉で盛り上がり、太い眉の下に一筋の筋を引いた様な斜めに吊り上がった目が付いている。
後ろへと撫で付けたザンバラ髪から鬢付け油の香りが臭ってくる。
背丈は、188センチの哀梨よりも20センチほど高い。
体重は、53キロの哀梨の二倍以上の100キロを超えていそうだ。
下半身は、はち切れそうな濃紺のスパッツ、上半身は濃紺のTシャツで、腰には真っ赤な廻しを絞めている。
女子相撲元横綱の盛山 悦江(もりやま えつえ)である。
女子相撲史上最強と言われながらも気性の荒さ、粗暴な振るまいが問題視され表舞台から姿を消していたのである。
代理戦士の両者が向き合い、闇のVIP会員達はさらに非情な興奮を高める。
女子相撲元横綱、盛山 悦江が徐ろに左足に体重を掛け右脚を、スィッと体側に高々と上げ、フロアを踏みつけ四股を踏んだ。
ズズッン、と悦江の四股踏みでフロアに地響きがし、金網がギシギシと揺さぶられる。
同時に、哀梨の身体が動いた。
右足、左足と大きく踏み出し左足を軸に右足刀を、悦江の水月に向けて蹴り込んだ。
グガシッ、と激突音が響く。
悦江は腰を落とした四股立ちの態勢のまま右腕と左腕を身体の前に縦に揃え哀梨の足刀を受け止めた。
受け止められた衝撃の反動で、哀梨の身体が立っていた元の位置まで弾き返され尻餅をついた。
まさかの思いに哀梨は頭を軽く左右に振りながら右膝立ちになる。
瞬間、視界が影に覆われ、上半身に衝撃を受ける。
悦江が四股立ちから摺足で突進し、右肩口のぶちかましを行なったのだ。
哀梨の身体はさらに後方へ弾き飛ばされ、金網へ背中から激突する。
強かに背中を打ち付けられた哀梨は瞬間的に呼吸困難に陥り、酸素を求めて口を開けパクパクと、まるで池の鯉のように動かす。
再び悦江が突進しくる。
太い右腕が、哀梨の顔面めがけて真っ直ぐに突き出される。
反射的に顔を右に振り、突っ張りを躱すと、哀梨は、そのままの勢いで右側へ転がる。
ギャシャン、目標を失った悦江の突っ張りが金網にぶつかる。
哀梨はさらに右へと転がり、悦江との間合いを外し立ち上がる。
空かさず足幅を肩幅に取り、鼻からスッと素早く息を吸い込み、両腕を顔の前で交差させる。
両足の虎子を支点にし踵を僅かに外へ開き、交差した両腕を外へ開き、喉の奥から息を吐く。
カッツー、カッ、息吹きを行ない、呼吸を整え、全身の筋肉を締め直す。
正拳を固めた両腕を開き、三戦立ちの哀梨は悦江に視殺線を向ける。
哀梨に向き直った悦江は、ゴリャー、と雄叫びをあげ、両腕を振り上げ突進する。
はがいじめに、しようと悦江が両腕を振りおろす。
刹那、哀梨の姿が悦江の視界から消える。
哀梨はその場に尻餅をつく様に身体を沈め、両足を前方へ突き出した。
哀梨の足の裏、タクティカルブーツの裏が悦江の足首目がけて伸びてゆく。
哀梨の右足の裏が悦江の左足首に、哀梨の左足の裏が悦江の右足首にヒットする。
両足首を同時に後へと蹴り払われた悦江の巨体が一時宙に浮く。
意表をつかれ両腕、両足を大の字に広げた悦江の巨体がフロアへ向け落下してくる。
哀梨は素早く右へ転がり、右膝をフロアにつき、左膝を立てた姿勢に構える。
ドシャン、鈍い音がして悦江の巨体がフロアに這いつくばる。
数秒の静寂の後、悦江は両手をフロアに打ちつけ、グイッと腕を突っ張り上半身を持ち上げる。
顔だけを哀梨に向け、グニャリと表情を歪める。
悦江は右膝、左膝を引き寄せ四つん這いになる。
その姿はまるで森のクマの様だ。
少し昔に、地上最強と自称し、牛や熊と闘ったと云う空手家の伝説を思い出す。
右膝を支点に身体を捻り回転させ、低空の左の回し蹴りを、哀梨は繰り出した。
足首を固め、爪先を立てた哀梨の左の回し蹴りが、悦江の臀部の真ん中のアナを目がけて突き刺さる。
臀部の真ん中を通してある廻しと、タクティカルブーツの爪先が激突する。
グボッ、鈍い音に、悦江の裏返った悲鳴に近い声が被る、ヒャワッ。
哀梨も顔を顰めながら左足をブルブルと振る。
相撲の廻しの硬さは半端ではない。
素人の肌に摺りつけようものなら、ズルリ、ザラリと皮が剥けてしまう。
指を差し込もうとしても突き指するのが落ちなのである。
再びフロアに大の字に伏せた悦江は両手、両足をジタバタと振り回しもがき痛みを紛らわす。
痛みが紛らわされた悦江がドズン、ドズンと足音を立てて立ち上がった。
哀梨は、悦江との間合いを計りながら両腕の肘を脇に付け、プロテクトグローブをはめた左右の拳を顎の前へ構え、スタンディングファイティングポーズをとった。
悦江が大股でのっしのっしと哀梨に近づいてくる。
左腕を振り上げ、哀梨の顔面右側へ張り手を、ブゥンと振る。
哀梨はその張り手を膝を曲げダッキングで躱す。
すかさず膝を伸ばし伸び上がると右のロシアンフックを、悦江の左顔面に打ち込む。
ムメリッ、と音がする、が悦江はかまわず、右腕を振り上げる。
哀梨の顔面左側へ向けて張り手が振られる。
再びダッキングで躱し伸び上がり左のロシアンフックを打ち込む。
ムメリッ、と音がする。
プロテクトグローブの拳の部分は強化プラスティック製で出来ているはずだが悦江は平然とし、また右腕を振り上げ張り手を振る。
三度目のダッキングで躱そうとした時、悦江の右腕が途中で止まった。
ん、と気をとられた次の瞬間、哀梨の胸元に衝撃がきた。
哀梨の身体は、その衝撃に弾かれ後方へ飛ばされ金網に激突していた。
悦江は三度目の張り手をフェイントにし、瞬時に両手を揃え両手突きを行なったのだ。
哀梨は金網を背にしたまま膝を曲げ、首を項垂れ力無く息を吐いた。
その状態を目にした悦江が、哀梨に向かって猛然と駆け出した。
哀梨との間合いがあと三歩の所で悦江は両腕を、身体を広げ全身で体当たりする。
悦江の身体があと三歩に迫った所で、哀梨は咄嗟に膝と身体を真上と伸び上がり、さらに両腕を上へ伸ばしジャンプした。
ジャンプした位置で両手で金網をしっかりと掴んだ。
同時に右膝を曲げ前方へ突き出し、足の裏、タクティカルブーツの底を金網に噛ませる。
ガッグチャ、と音がする、哀梨の右膝が悦江の顔面の真ん中にめり込んでいる。
数秒の静止から、悦江の身体が後へ棒倒しの様に倒れフロアに全身を打ちつけた。
顔面の真ん中から鮮血が吹き上がり、顔面を赤く濡らしてゆく。
哀梨は金網から両手を放しフロアへ降り立ち、悦江に向かって警戒のファイティングポーズをとる。
1秒、2秒、3秒、、、6秒、、、、10秒。
悦江は、ピクリとも動かない。
『勝負あり、死合終了』 の声がクラブ内に響き渡る。
金網の一箇所が開かれ、担架が運び込まれる。
哀梨は警戒のファイティングポーズを解き、大きく息を吸い込み、大きく息を吐いた。
命を賭けた、ヒリヒリとした緊張感が開放される。
☆
数カ月後。
長い黒髪を後方へ靡かせながら、
黒いサングラス越しに、
ギラギラと夕陽に煌めく湘南の海を左手に眺めながら、夕陽にシルエットになった江の島を左は見送り、
オープンカー仕様の moon rock metallic の HONDA S 2000が駆けてゆく。
終。
変身少女
闘強少女道璃夢 7
レイナ・フブキ
☆
無機質に光っている処置台の上に広げられた野生の黒いバッファローレザー。
その上に広げられた野生の隼の銀色の羽毛。
その上に真っ白と、言うより透き通っていると表したほうが正確な一人の少女のが生れたままの姿で横たえられている。
その少女を野生の隼の銀色の羽毛に埋もれさせる。
野生の隼の銀色の羽毛に埋もれた少女を野生の黒いバッファローレザーで包んでしまう。
野生の黒いバッファローレザーで包まれた少女の胸部、腹部、右足首、左足首、右手首、左手首、頭部、額のあたりをまで身体中に太めの白いベルトが巻かれている。
腰のあたりには、縦に10センチ、横に20センチ程の大きさの四角いバックルが付いたさらに太めで白いベルトが巻かれ無機質に光っている処置台に固定されている。
四角いバックルからは直径5センチ程の太さの4本の白い電気コードの様な物が四角いバックルの四つ角それぞれに伸び、処置台の側面へと繋がっている。
さらに四角いバックルから3センチ程の太さの白い電気コードの様な物は胸部、腹部、右足首、左足首、右手首、左手首、頭部、額のあたりへと伸び接続されている。
☆
少女の名は、風吹 麗七(フブキ レイナ)
少女は、十四歳の12月24日、クリスマスイヴの夜にサンタクロースという、父親からプレゼントを贈られ、母親の手作りのクリスマスケーキや美味しい料理を食べ幸せな時間を過ごすはずだった。
しかし、そこに突然、現れた謎の七人の男達によってその幸せな時間は訪れなかった。
謎の男達の中の一人が言葉を発した。
『 私の名は、オーガ大佐 』
そう名乗った男は見栄を切る様に顔を歪めた。
そして言葉を続けた。
『 我々は、悪の秘密結社サターン・クロスだ、遺伝子人工融合の世界的権威者である風吹 純一郎の身柄を拘束にきた 』
「な、何のためだ」
純一郎は声を荒らげながら、妻と娘を隠すように自分の後ろへまわらせた。
『 我々、サターン・クロスのために遺伝子人工融合による最凶改造人間を作り出していただくためだ 』
「さ、最凶の改造人間だって」
『 猛獣、猛毒獣と凶悪な人間の遺伝子人工融合による最凶改造人間を世の中に送り込み惨殺と殺戮の恐怖で世界を支配する 』
「なに、そんな事が出きる訳がないだろう」
『 それは、我々、サターン・クロスの申し出を断ると言う事かな 』
「あたり前だ」
純一郎は気丈に言い返した。
『 そうか、ならば考え直させてやろう 』
そう言うと、オーガ大佐は凶悪な表情で傍らにいた男に目配せをした。
目配せを受けた男は、純一郎を押し退け、後ろに隠れていた妻の腕を掴み純一郎の目の前へ引きずり出す。
純一郎の妻であり、麗七の母親である由紀子である。
男は由紀子と純一郎を向き合わせる。
瞬間、由紀子の背後に鈍い光が一閃疾った。
由紀子の顔が突然ゆがみ声にならない呻きを上げた。
由紀子が純一郎の前に、崩れ落ちる。
オーガ大佐の右手には鈍い光を放つサーベルが握られていた。
右肩口から左脇腹へ袈裟がけに由紀子の背中が切り裂かれいた。
『 どうだ風吹 純一郎博士、我々に協力するかね 』
オーガ大佐が問いかける。
純一郎は床に膝をつき由紀子にそっと触れる。
『 まだ協力が出来ないと言うならば、次は娘を斬り捨てる 』
純一郎は顔を上げ懇願した。
「頼む、娘には手を出さないでくれ」
『 いいとも、我々、サターン・クロスに協力するのならば 』
「わかった」
苦渋の思いで純一郎は返事をした。
麗七は突然の乱入者と、母親が殺された事により放心状態で床に座り込んでいる。
純一郎はサターン・クロスの二人の男達に拘束され家の外へと連れ出された。
男達が純一郎を家の方へ向き直らせる。
オーガ大佐が右腕を上げ合図する。
すると他の四人の男達が家に火を放った。
「な、なにをバカな娘が中に」
怒鳴り声を上げた純一郎であったが、同時に、口と鼻に布があてられ闇の中へ引き込まれた。
☆
朦朧とする意識の中で純一郎は目を覚ました。
灰色の天井が目に入る。
目だけで周囲を伺いながら意識を目覚めさせゆく。
そしてまた目を閉じる。
瞬間フラッシュバックがおき燃えさかる自分の家の様子が蘇った。
ハッと、いきなり上半身を起こし今一度、辺りを伺いながら顔を振る。
ど、何処だ、ここは。
見覚えのない部屋の様子が目に入る。
天井は灰色、四方の壁も灰色、床も灰色。
金属製の枠がむき出しのベッドに寝かされていた自分がいる。
突然、声が聞こえてくる。
『 お目覚めかな、風吹博士 』
純一郎は辺りを見まわしながら声を出した。
「その声は、オーガ大佐か、娘はどうなった、約束が違うだろ」
『 そうかな、我々は娘には手出しはしていない、家に火を放っただけだ 』
その言いように、ぐぐっ、と純一郎は拳を強く握り、奥歯を噛み締め俯いた。
『 そこは、風吹博士、あなたの居住スペースだくつろいでくれたまえ 』
「娘だ、娘の安否確認が出来なければ協力はしない」
純一郎は顔を上げ声を出した。
「頼む、家の様子を見に行かせてくれ。せめて、花だけでもたむけたい」
しばらくの沈黙の後
『 いいだろう、それで協力を惜しまないと誓うなら 』
すると壁の一部が開き二人の男が入ってきた。
純一郎は、一瞬身構えたが男に口と鼻に布をあてられ再び闇の中へ引き込まれた。
目ざめた純一郎はワンボックスカーの中にいた。
運転席にも助手席にも誰もいなかった。
座席の脇には花束が置かれている。
窓の外に目を移すと、そこは焼け落ちた純一郎の家であった。
ワンボックスカーのスライドドアを開け花束を左手に持ち、純一郎は焼け落ちた家の前に立ちただ呆然と黒焦げの辺りを見つめた。
ぼんやりと思いをめぐらす。
妻と娘で囲んだ食卓、研究のための時間をも忘れた書斎。
くつろぎを与えてくれたリビング。
突然、サターン・クロスが現れ奪われ、平穏な妻と娘との生活を奪い去った。
ふっとそんな思いが止まった。
リビングであったろう焼け跡に僅かに盛り上がっている場所がある。
純一郎は、その場所へゆっくりと近づく。
その盛り上がりに向けて、由紀子…と純一郎はそぉ呟いた。
その場所に膝をつき右手を伸ばし、その盛り上がりにそっと触れた。
だか由紀子に見えた黒焦げの盛り上がりは音も無く崩れ灰となった。
なんてことだ亡骸も残らないなんて。
純一郎は唇を噛み締めた。
だがその灰となった由紀子の下にもうひとつの盛り上がりがある事に気付いた。
もうひとつの盛り上がりに右手を伸ばして触れてみる。
ドクッ、ドクッ、僅だが鼓動が純一郎の右手に伝わってくる。
まさか、麗七か、生きているのか。
純一郎は焦る気持ちを抑えながら黒焦げになった麗七の全身をなぞった。
そして、純一郎は着ていたコートを脱ぎ、その場に広げ、麗七の身体を優しく抱き上げ、コートの上に乗せ包み込んだ。
コートに包んだ麗七を抱き上げ、純一郎はワンボックスカーへと戻った。
いつの間にか運転席と助手席にサターン・クロスの二人の男が座っていた。
純一郎は男達に声をかけた。
「娘の亡骸を持ち帰らせてくれ。私の居住スペースで供養のために置かせてくれ」
運転席の男が答える。
『 それで我々への協力を誓うのか 』
「誓う。私の出きる事は全てやらしてもらう」
『 よし、それなら構わない 』
純一郎はワンボックスカーに乗り込みコートに包まれた麗七を静かに後部座席へ横たえた。
助手席の男が振り向き布を純一郎に向けて突き出してくる。
「大丈夫だ、信用しろ。私は、もう逃げも隠れもしない」
助手席の男は運転席の男に目を合わせ頷き合うと布を持つ腕を引っ込めた。
そして、ワンボックスカーは走り出した。
☆
純一郎は研究に没頭した。
しかし、それは悪の秘密結社であるサターン・クロスに加担した訳ではなかった。
ただ、サターン・クロスの思惑通りに動物と人間の遺伝子が本当に人工融合できれば、娘の麗七を瀕死の昏睡状態から回復させる事ができるのではないかと考えたからだ。
意識の回復をみせず、生きている鼓動だけで今は生命維持装置だけが頼りになっている。
麗七が蘇生回復し生きるために動物との遺伝子人工融合が必要だと純一郎は考えたのだ。
悪である最凶改造人間を作り出すことになるが、娘の、麗七の現状回復には変えられない思いだった。
研究は一ヶ月が過ぎ基礎設定ができ人体実験を開始した。
ゴリラと人間。
2ヶ月が過ぎ、ライオンと人間。
3ヶ月が過ぎ、トラと人間。
6ヶ月が過ぎ、ワニと人間。
8ヶ月目に掛ろうとしているが、今一歩のところで成功しないでいた。
急がなければと純一郎に焦りが出はじめていた。
もちろん、サターン・クロスのオーガ大佐も苛立ちで落ち着きを無くしていた。
何が足りないのか、純一郎の思考は行き止まっていた。
不意に、純一郎はそんな行き詰まった気分を変えるために外の空気を吸いたいとオーガ大佐に申し出た。
その申し出に苛立っていたオーガ大佐が顔を歪める。
しかし、オーガ大佐は
『私がお伴しよう』と先を歩き始めた。
サターン・クロスのアジト内の通路を何度か曲がり、階段を上り純一郎とオーガ大佐はアジトである建物のテラスに出て並び立ち空を見上げた。
見上げた空の半分は青く晴れている。
半分は黒い曇で覆われている。
「今日は何月何日なんだろう」
純一郎は独り言のように呟いた。
『八月四日、夏だな』 オーガ大佐が独り言のように呟く。
そうしているまにみるみる間に空の全面が黒い雲に覆われ稲光が走り始めた。
続けて雷鳴と同時に突然の豪雨が二人のいるテラスを打ち付け始めた。
二人は慌ててテラスから室内へ戻った。
瞬間、轟音と地響きが起き 、パシュン、と突然闇が訪れる。
停電だ、まずいぞ、人工融合の装置が停止してしまう。
そう叫ぶと純一郎は駆け出した。
オーガ大佐が後を追ってくる。
研究室へ飛び込むと純一郎は自家発電を起動させた。
同時に再び轟音と地響きがした。
研究室内が爆発するように煌めき閃光に包まれる。
落雷と自家発電の起動が重なりショートを起こしたのだ。
だが、しばらくすると、その煌めく閃光が収まりなぜか研究室内が通常の明るさに戻った。
グゴッ、グゴッ、と音が聞こえてくる。 ズズッ、ズズッ、と音が聞こえてくる。
研究室の中央の処置台の上で動き出す物がいる。
まさか、遺伝子人工融合が成功したのか。
純一郎は呟いた。
処置台の上で上半身を起こす改造人間がいる。
☆
キングコブラと人間の遺伝子人工融合が成功し、最凶改造人間第1号が誕生した。
身体を起こしたキングコブラ人間が処置台から降り立つ。
身体、手、腕、脚は人間の姿であるが、頭部と顔面は、キングコブラその物である。
全身は蛇である独特の鱗である。
シューウン、シューウン、と息を漏らしながら、辺りを見回している。
でかしたぞ、風吹博士。
オーガ大佐は賛辞を口にしながらキングコブラ人間に近づいてゆく。
キングコブラ人間がオーガ大佐を睨みつける。
刹那、キングコブラ人間の口が大きく開きオーガ大佐に襲いかかった。
オーガ大佐は、スッと体をかわすとキングコブラ人間の後頭部へ手刀を打ち付けた。
バカモノ。
と一喝するとオーガ大佐は部下達に調教スペースへ連れてゆけと命じる。
部下達が慌ててキングコブラ人間を取り押さえに近づくと悲鳴があがった。
キングコブラ人間は部下の一人に噛みつき、腕を巻きつけ絞め殺していた。
さらにキングコブラ人間が暴れだす。
部下達が次から次へと襲われ倒れてゆき研究室はパニック状態になった。
遺伝子人工融合の成功を目にした純一郎は踵を返して駆け出した。
自分の居住スペースへ駆け込む。
処置台へと近づいてゆく。
麗七、お前の遺伝子人工融合は成功しなかったのか。
呟きながら右手を黒いバッファローレザーに伸ばす。
サターン・クロスに拘束され研究を続けながら密かに麗七の回復のために処置をおこなっていたはずなのに。
無念な思いを噛みしめながら純一郎の右手が麗七を包んだ黒いバッファローレザーに触れてみる。
途端に
ビッキ、ビッキ、音がする。
パッキ、パッキ、音がする。
黒いバッファローレザーに亀裂が入る。
亀裂が長く伸びてゆく。
バサッ、バサッ、と音ともに上半身が現れる。
まるで卵から孵化する様に全身が現れる。
全身黒いバッファローレザーのボディに、両腕は肘から指先まで銀色に、両脚は膝から爪先まで銀色に隼の羽で履いている。
銀色の頭部に紅い目、口元は隼の嘴の様に鋭い形状である。
バッファローと隼の遺伝子が人工融合された麗七の姿であった。
麗七。純一郎が声をかけた。
麗七は静かに頭を振り視線の焦点を合わせるように純一郎に顔を向けた。
お父さん。麗七は静かに声を出した。
純一郎は、大きく頷くと涙を流しながら麗七に近づき優しく抱きしめた。
温かい父の抱擁と温かい涙が、麗七の身体が人間形態に戻してゆく。
白い肌に、長い黒髪の美しかった少女・麗七に戻してゆく。
しかし、再会の感慨に浸っている時間はなかった。
サターン・クロスのアジト内の騒ぎが二人のいるスペースにも近づいていた。
純一郎は生まれたままの姿の麗七に自分のコートを羽織らせた。
「麗七、ここは悪の秘密結社であるサターン・クロスのアジトの中だ、今、ある騒ぎが起きている。この機に乗じて逃げるんだ」
「え、どう言う事」
「詳しい話は後だ、まずは逃げるんだ」
純一郎は麗七の手を取ると居住スペースの外へと出た。
☆
アジト内の通路を右へ左へ走りぬけ純一郎と麗七は階段を駆け上がる。
その背後で声がした。
風吹博士がいないぞ。
博士を探すんだ。
純一郎と麗七はさらに足を速めテラスへと出た。
階段の上り口から足音が聞こえてくる。
「麗七、お前だけでいいから逃げるんだ」
「でも、お父さんはどうするの」
「大丈夫だ、私はここに残る」
そう言うと純一郎は麗七を見つめ言葉を続けた。
「今、お前の身体はバッファローと隼の遺伝子が人工融合されている、キメラ人間なんだ」
えっ、麗七が瞳に驚きを表す。
「瀕死の昏睡状態から蘇生回復させるにはそれしか方法が無かった」
ゴクリ、と麗七の喉がなる。
「しかし、サターン・クロスの改造人間とは違う、お前の心には愛がある、自分で考える頭脳がある」
麗七は自分の手を胸にあて父親の顔を見つめた。
「家に帰るんだ、私の書斎のあった場所に地下室がある、そこにこれからお前が生きてゆくために必要な物がある」
麗七は自分の暮らしていた家に、父親の書斎の下に地下室があるとは知らなかった。
「麗七、両腕に力を込めて大きく広げるんだ」
うん、と頷くき言われるがままに、麗七はその場から一歩、二歩、と後退り両腕を胸の前で交差すると力いっぱい左右に広げた。
えぃ。バサッ、バサッ、と麗七の両腕の内側から体側にかけて翼が現れる。
「翔べ。翔ぶんだ」
父親の声に反応し麗七は両膝を軽く曲げ空に向けジャンプする。
グゥン、と身体が舞い上がる。
バサッ、と翼をひと振りするとさらに高く舞い上がる。
「身体、全身をリラックスさせるんだ」
空を舞う、麗七に向けて父と声をかける。
スゥッ、と息を軽く吸い、はぁ、と息を軽く吐く。
フワッ、と風が吹くと麗七の身体が無重力の様に宙を舞う。
ドカッ、ドカッ、とオーガ大佐と部下達が階段を駆け上がり、テラスに辿り着き純一郎の周りを取り囲んだ。
『 逃げれはしないぞ、風吹博士 』
オーガ大佐が憎々しげに問いかける。
「もちろん、逃げはしない私は」
『 では、何故こんなところ来ている 』
オーガ大佐は腰にさげていたサーベルを抜き純一郎に突き付けた。
その様子を上空から見下ろしていた麗七の背筋にゾンッと怒りの気持ちが走る。
鈍い光を放つあのサーベルで母親の命は無残に絶たれた。
そして、今、父親にそのサーベルが向けられている。
麗七の怒りの気持ちが一瞬で沸点に達する。
ぐぐっ、ぐぐっ、と麗七の身体が、全身が軋み、うねり、変身し始める。
全身に力を込めて軋みに、うねりに麗七は耐える。
フンッ、と唐突に全身の力みが開放される。
黒いボディに銀色の手、脚、紅い目が鋭く煌めく。
麗七が、バッファローと隼のキメラ人間へ完全変身した。
☆
完全変身した麗七がオーガ大佐をめがけて頭から急降下する。
ヒュゥー、と隼の翼が空を切り、風を切る。
麗七が急降下してくる音に、ふっとオーガ大佐が顔を上げた。
天より舞落ちてくる銀色の煌めきにオーガ大佐が目をみひらき驚きを表す。
オーガ大佐の間近で麗七の身体が急反転し右足が突き出される。
バシュン、とオーガ大佐の右腕に右足の裏が激突し、手にしていたサーベルが吹き飛ばされる。
さらに激突の勢いでオーガ大佐の態勢が崩れ左側へ倒れる。
麗七は翼をバサッとひと振りし宙に浮き止まりオーガ大佐を睨みつけた。
倒れたままでオーガ大佐が屈辱の表情の顔を上げる。
麗七とオーガ大佐の視線がぶつかり合う。
少しの間を置いてオーガ大佐声を出す。
『 な、何者だ、貴様は 』
麗七も少しの間を置いて声を出す。
「レイナ、キメラ人間。レイナ・フブキ」
『 キメラ人間だと 』
独り言のように言うとオーガ大佐は純一郎に視線を移し苦々しく言った。
『 風吹博士、貴様の仕業だな 』
オーガ大佐は態勢を整えながら、転がったサーベルへと手を伸ばした。
それを見たレイナは父親の頭上から声をかけた。
「お父さん、掴まって、私の足首に」
純一郎はレイナを見上げながら頷くと両腕を上へ伸ばし足首を掴んだ。
レイナが翼をひと振りすると純一郎の身体がフワリと浮き上がる。
さらに翼を振る。
力を込めてさらに翼を振る。
オーガ大佐がサーベルを振り回しながら怒鳴り声をあげているが、すでに高く舞い上がったレイナは無視をして飛び去っていた。
☆
バサッバサッ、と羽音をさせながらレイナが舞い降りてくる。
純一郎の両足が地面に着く。
続けてレイナの両足が地面に着く。
ふぅー、とレイナが大きく息を吐くと変身形態から開放されてゆく。
生まれたままの姿に父親のコートを羽織ったままの自分の姿に麗七の顔が赤らむ。
純一郎と麗七の前には焼け落ちて基礎だけがむき出しの家の跡があった。
純一郎が静かに歩き出し自分の書斎のあった場所へ行き、その場に膝まずき何かをまさぐり始めた。
裸足のままの麗七は恐る恐る足を進め、父親へと近づいた。
しかし、キメラ人間である麗七の足の裏には痛みも違和感も感じられなかった。
純一郎が、グイッと何かを引っ張ると地面の一箇所が重々しい音をさせながらスライドしてゆく。
やがてスライドが止まると、地下室へとつながる階段が見えてきた。
「おいで麗七」
麗七に言葉をかけ純一郎が階段を降り始めた。
素直に麗七も父親に続いて階段を降り地下室へと足を踏み入れた。
地下室は父親の極秘研究室の様だった。
さらに奥には金庫が見えている。
純一郎は金庫に近づきおもむろに扉を開ける。
そこにあったのは、赤と白の包み紙に大きなリボンで飾られたクリスマスプレゼントだった。
純一郎はクリスマスプレゼントを手に取り麗七に向かって差し出しながら言った。
「ゴメンな、ずいぶん遅れたクリスマスプレゼントで」
麗七は瞳から涙を流しながら頭を振り感謝を述べた。
「うぅん、ありがとう、お父さん」
「うん、母さんと父さんからだ」
お母さん、と呟きながら麗七は父親に抱きつき嗚咽した。
純一郎は麗七を抱きしめ背中を、ポンポンと軽く打った。
「そうだ、今日は八月四日なんだ。麗七の、十五歳の誕生日だね」
えっ、そうなの。麗七が呟く。
「誕生日プレゼント、買いに行こう」
「わぁ、ありがとう、お父さん」
「洋服が良いよな、全部焼けちゃったからな」
「じゃ、いっぱい買ってもらわなきゃ」
笑顔で麗七と純一郎は歩き始めた。
終り。
Re・少女達
闘強少女道璃夢 8
Re+VENGERS
☆
Striker Angel
ストライカー・エンジェル
☆
超有名私立大学の法学部に通う女子大学生5人組。
その5人組はその超有名私立大学の KICK☆Boxing 愛好会(キックボクシングあいすかい)の先輩後輩で特別な仲間である。
KICK☆Boxing 愛好会は大学から歩いて10分の場所にある White Tiger KICK☆Boxing GYM(白虎キックボクシングジム)に所属している。
この特別な5人組を含めた愛好会の全会員はこのジムでトレーニングをしている。
それは、
WhiteTiger KICK☆Boxing GYMのオーナーであるコジロー(虎士郎)が超有名私立大学の法学部のOB であり、元アマチュアキックボクシングチャンピオンだからである。
KICK☆Boxing 愛好会の特別で優美精鋭5人組を Striker Angel と呼ぶ。
何が、特別か?
それはそれぞれが身に纏う影の色である。
纏う影の色は紅蓮に揺めき漆黒に侵蝕させている…
父よ母よ妹よ、兄よ弟よ恋人よ、還らぬ大切な人への想い…
纏う色、RETALIATIONcolor!
☆
Striker Angel Body Data。
ナナリ(菜々梨)22歳
172センチ 80センチ57センチ83センチ
股下 85センチの9頭身。
黒い長い髪に黒い瞳のCOOLbeauty。
硬式空手 元高校全国チャンピオン。
リナ(梨奈)21歳
157センチ 72センチ57センチ82センチ
股下 77センチの9頭身。
黒い長い髪に黒い瞳のCOOLbeauty。
テコンドー 元高校全国チャンピオン。
アイリ(愛梨)21歳
160センチ 91センチ60センチ88センチ
股下 79センチの9頭身。
黒い長い髪に黒い瞳のCOOLbeauty。
連盟空手 元高校全国チャンピオン。
リカ(梨香)20歳
164センチ 84センチ58センチ89センチ
股下 81センチの9頭身。
栗色の長い髪に栗色の瞳のCOOLbeauty。
フルコン空手 元高校全国チャンピオン。
リコ(梨子)20歳
160センチ 80センチ57センチ80センチ
股下 79センチの9頭身。
栗色の長い髪に栗色の瞳のCOOLbeauty。
協会空手 元高校全国チャンピオン。
まさに、理想的なStriker style である事も特別な理由だ。
☆
男性 A。
交通事故を起こし高齢の女性を死に至らしめた。
自動車運転過失致死傷罪。
☆
自動車を運転する際に必要な注意を怠って、人を死傷させた場合に適用され、法定刑は7年以下の懲役・禁固または100万円以下の罰金。
法律の原則は加害者の更正が第一目的である、そのため酌量があり最高刑に達する事はない。
ましてや罰金刑となれば100万円以内の金額で人一人死に至らしめた罪は償われた事になるのである。
☆
法要が行われている。
男性Aの車に跳ねられ亡くなった高齢の女性の法要である。
幼い少女が悲しみの表情で手のひらを合わせている。
まもなく中年?になろうかという男性が切なく苦しい表情で手のひらを合わせている。
まもなく中年?になろうかという女性が表情も無く手のひらを合わせている。
亡くなった高齢の女性の孫。
亡くなった高齢の女性の息子。
亡くなった高齢の女性の息子の妻。
表情こそそれぞれに違いは有れど心の奥に持つ思いは1つ。
理不尽。祖母は、母は、姑は、なぜ死ななければならなかった?
死に至らしめた男性Aに下された罪状にも納得出来ない!
☆
法要の翌日。
幼い少女とまもなく中年?になろうかという男性とまもなく中年?になろうかという女性は夜の食卓を囲んでいた。
幼い少女が話し始めた。
「パパ、ママ、リタリエイションて何?」
まもなく中年?になろうかという男性・パパ、とまもなく中年?になろうかという女性・ママは幼い女の子、娘の発したその言葉に思わず見つめ合う。
パパが娘に向き直り問い返す。
「何その言葉?」
娘が答える。
「あのね、髪の長いキレイなおねえちゃんが、リタリエイションのお話しをしたかったら、今度の日曜の朝6時に河原の公園においで。って言ってた」
ママがスマートフォンの画面を睨みながら声を出す。
『RETALIATION(リタリエイション)
その意味は?
仕返し(しかえし)
報復(ほうふく)
返報(へんぽう)
復讐(ふくしゅう)
しっぺ返し(しっぺがえし)
お礼参り(おれいまいり)
敵討ち(かたきうち)
仇討ち(あだうち)
雪辱(せつじょく)
[ 要 約 ]
『心に害を、心に傷を与えた相手に対して、それに見合う害、傷を返すこと』
ママが説明した言葉に娘の表情が引き締まる。
ママは自分が説明した内容に表情を引き締めた。
髪の長いキレイなおねえちゃんが気になって仕方無いパパだけの表情はだけは引き締まらなかった。
☆
今度の日曜の朝。
早朝である、パパは目を覚ました。
隣で寝ているママに気付かれない様にベッドから抜け出しパジャマを脱いだ。
下着だけの格好で考える。
髪の長いキレイなおねえちゃんとお話しするなら何を着ていこう?
考え中のパパの後ろで気配が動く。
ママがベッドから起き出し着替えを始めている。
パジャマを脱ぎ、ジーンズにTシャツを身に着ける。
その上にパーカーを羽織りスマートフォンと財布をポーチに入れ斜めに掛ける。
その様子に慌ててパパもジーンズにTシャツにパーカーと同じ服装になる。
スマートフォンをジーンズの左後ろポケットへ、財布をジーンズの右後ろポケットへ突っ込む。
ママが寝室のドアを開ける。
パパがそれに続く。
すでに玄関には、お気に入りのスカートにお気に入りのTシャツにお気に入りのパーカーを羽織った娘がいた。
やっぱ、親子。
やっぱ、家族。
思いは1つなのだ。
「行くぞ!」
パパの声でママと娘は手を繋ぎ、娘はパパと手を繋いで歩き始めた。
日曜の朝、それも早朝6時の河原の公園に人の姿もまばらだった。
髪の長いキレイなおねえちゃんをパパは顔を左右に振って探す。
公園の中央に芝生の広場がある。
広場の真ん中でお揃いの強い赤色のTシャツにハーフパンツにスポーツレギンス姿をした5人の女性達がヨガマットを広げストレッチしている。
ぅわぁ、皆、髪の長いキレイなおねえちゃんじゃないか!?
パパの表情がまた緩む。
5人の女性うちの一人が顔を上げ娘に視線を向ける。
ナナリが顔を上げ娘に視線を向ける。
あっ、と娘が声を出そうとするとナナリは自分の右手の人指し指を立て自分の唇にあてると、シィーと娘の声を制した。
続けてその人指し指をある方向へ向けた。
娘の顔が人指し指に示された方向へ向く。
それに合わせてママの顔が、パパの顔が同じ方向へ向く。
そこに1人の男性がベンチに腰を下ろし5人の女性達を見つめていた。
男性の髪は黒髪に銀髪が混ざりあい虎の毛並みの様に見える。
スポーツサングラスを掛け黒地に銀色の三本ラインのトレーニングウェア姿をしている。
コジローである。
娘とママとパパがコジローに近づいていく。
コジローの前までいくとパパがぎこちなく会釈した。
コジローは立ち上がり言葉を出した。
「おはようございます、せっかくですから少し散歩しましょう」
そう言うとコジローは芝生の広場を囲むウォーキングコースを歩き始めた。
コジローの横にパパが並び、娘とママが並び手を繋ぎ少しだけ前を歩く。
コジローは3人にだけ聞こえる声で話し始めた。
「リタリエイション代行をします」
はい…パパが頷く。
「実行メニューは3種類、6万コース、12万コース、18万コース」
「お金ですか?」
パパが訊ねる。
「6万は、相手を重症にする。12万は、半殺し。18万は、抹殺!」
え!?
思わずパパが声を出した。
「18万で抹殺なんですか?安くないですか?」
「金額の問題ではないです、心の、気持ちの問題ですから。最低限の必要経費設定です」
コジローが言い切る。
はぁ…と息を吐き、んー…とパパが唸りながら考え込んだ。
考え込みながら歩き続け歩き続ける。
ちょうど芝生の広場を囲むウォーキングコースを一周し終え、スタート地点となったベンチの前まで戻っていた。
「もう一周しながら3人で相談して下さい」
そう言うとコジローはベンチにひとり腰下ろした。
パパとママと娘は二週目の散歩を始めた。
二週目が終りコジローの前に戻ってきた。
パパがコジローに向けて言葉を出した。
「あの…12…で…」
「18万のコースでお願いします」
ママがパパの声を遮り声を出した。
おまえ?12って…言ってただろう?パパが驚きママに目を向ける。
娘も声を出す、18万でお願いします。
その声にパパも18万でお願いします。と改めて声を出した。
娘とママとパパがコジローに向けて頭を下げる。
「では、手付金1万を今、残りの17万は結果を出してから、またご連絡をした時に」
はい!パパが慌てて財布を取り出す。
あら?五千円札しかない。
ママが空かさず財布を取り出し五千円札をもぅ一枚重ねる。
娘はパパとママが重ねた五千円札二枚を、一万円を手に握りしめコジローに差し出した。
「結果は、TVのニュース、ネット、新聞記事として全国に拡散しますから確認しておいて下さい」
パパは思った、交通事故とは言え人一人を殺して100万円以内の金で罪を償えるなんて(しかも男性Aは両親に金を、罰金を、払ってもらっている)
そんな奴を、18万円の金で抹殺してくれるなんてありがたい事だろう。
母を殺した犯人の男性Aをぶん殴ってヤりたかった。
でも、ぶん殴り方がわからなかった。
ぶん殴り返されるかもしれないと不安が先に立った。
だいたい殴りあいのケンカもしたこともないのだから仕方ない。
☆
そもそもの始まりは3年と半年前。
ナナリが超有名私立大学の法学部に入学しKICK☆Boxing 愛好会に入会しWhite Tiger KICK☆Boxing GYMで練習し始めて半年程経ったある日だった。
その日の練習を終えてGYM練習生達が帰り始めた。
ナナリは帰り始めた練習生達の最後尾にいた。
そこに練習生達の間をかき分け一人の高齢の男性がGYMに入ってきた。
高齢の男性がGYMのオーナーであるコジローの名を大声で呼び始めた。
その大声にコジローが慌てて駆け寄って声を掛けた。
「どうなさったんですか大先輩?」
大先輩。
コジローがそう呼ぶ高齢の男性、超有名私立大学の法学部のOBでありキックボクシング選手だったコジローの後援者、支援者である。
今も大先輩はコジローがオーナーとなったこのGYMを支援してくれている資産家である。
大先輩が話し始めた。
「騙された、詐欺にあった」
金額は、10万円。
資産家の大先輩にとって然程痛手と言う金額ではなかった。
しかし、人を騙すという行為、それが気に食わない、ぶん殴ってヤりたい。
しかし、高齢の自分では簡単にはぶん殴れない。
「コジロー、頼む!
ワシの代わりに奴をぶん殴ってくれ、勿論、礼はする」
こうしてコジローは大恩義ある大先輩の、ぶん殴り代行を仕方なく引き受けてしまったのだ。
ぶん殴る奴、大先輩を騙した奴は直ぐに見つけることができた。
しかし直ぐにぶん殴る事はできなかった。
ぶん殴る事は簡単だが周りに人目が有りすぎた。
まさか公衆の面前でぶん殴るわけにもいかず、奴と人目のない場所で2人きりになることは難しかったからだ。
コジローが奴を尾行しているとふらりとナナリが現れた。
ナナリは奴に声を掛けた。
ナナリほどの美女に声を掛けられば99パーセントの男が助平根性で付いていく。
あっさりとナナリは奴と2人きりの場面を作り出した。
そこへコジローが現れる、奴に向かってぶん殴りに掛かった。
ところが奴はおもわぬ強者でコジローは手こずり苦戦した。
苦戦中のコジローにナナリが加勢した。
ナナリの加勢により奴をぶん殴りボコボコの重症することに成功した。
その証拠にとコジローはデジカメで写真を撮った。
その上、騙し取られた10万円の回収にも成功した。
証拠写真と10万円を手にコジローとナナリは大先輩の元へ出向いた。
大先輩は、大満足じゃ!と喜び謝礼にと回収した10万円をコジローに差し出した。
コジローは頭を左右に振って受け取りを一度は拒んだ。
しかし大先輩は「それではワシの気がすまん!」と強く言い続けた。
そして強い言葉に押され続けて思わずコジローは「3万円」と口走ってしまった。
3万円、それはコジローが近々に迫っていた支払いの金額だった。
もっともその事は口には出しはしなかった。
大先輩は、そうかそれならば3万円でと、コジローに3万円を差し出し、ナナリに3万円を差し出した。
ナナリも一度は拒んだが大先輩が納得してくれずその3万円を受け取った。
3万円×2人=6万円。
ぶん殴り代行、相手を重症にして6万コースが成立した。
そこから、大先輩の口コミで高齢の資産家達から騙された、騙した奴をぶん殴ってくれ!
と次々とぶん殴り代行の依頼が舞い込む様になったのだ。
☆
ぶん殴り代行が半年程経った頃、半殺しの依頼が舞い込んだ。
やはり高齢の男性の資産家だった。
「孫娘が痴漢にあった、奴を半殺しの目に合わせなければワシは死にきれん!」
と息巻き、半殺し代行をしてくれと懇願され、引き受けてしまった。
しかし、痴漢をした奴を探し出し半殺しの目に合わせる事は難しかった。
まずは犯人を探し出す為の人手が必要だった。
そこで、リナとアイリを仲間に入れ4人で行動を開始した。
神の助けか、悪魔が味方したか4人で行動して直ぐに資産家の孫娘に痴漢した奴を見つけ出した。
4人で痴漢した奴をボコボコにし片腕、片脚をへし折っり、その証拠写真を撮った。
証拠写真を依頼してきた資産家に提出する。
謝礼は、3万円×4人=12万円。
半殺しにして、12万コースが成立した。
そしてまた半年程経った頃、高齢の男性が代行を依頼してきた。
しかしこの男性は資産家ではなかった。
男性自信と妻である女性の二人分の年金と僅かな収入で慎ましく暮らしていた。
高齢の男性が話し始めた。
「先日の年金支給日に家内が銀行にお金を引き出しに行った。
その銀行からの帰り道、いきなり後ろから襲われた」
男性の妻は後頭部を固いもので殴られその場で意識を失なった。
失なった意識は今も戻らず、意識不明の昏睡状態である。
当然、引き出したばかりの年金は全額奪われた。
男性曰く
「もぅすぐ家内の生命は消える、家内の復讐をしなければワシの気がすまん」
コジローが申し訳なさそうに声を出た。
「しかし、警察が犯人を捕まえるでしょ?」
その声に男性は首を左右に振って言葉を出た。
「警察が捕まえて裁判しても極刑は望めん!犯人は何年かすると出てくる。例え無期でも犯人は生きている、塀の中で暑くも寒くもなく、3食、食らいながら」
確かに!
しかし警察よりも早く犯人を見つけ出せるのか?
コジローの思案を見透かした様に男性が声を続けて出した。
「実は、犯人に心当たり、思い当たる奴がいる、警察には話してはない」
えぇー!?
そんな重要なことを?
しかしそこまで思い詰めた男性の気持ちに応えやりたい。
コジローは抹殺の依頼を引き受けた。
☆
何故、法学部?
法を知り、法の仕組みを知り、法の抜け穴、盲点、至らなさを知り晴らせぬ思いを晴らす!
Re;Vengers!
☆
高齢の男性の心当たり、思い当たる奴を捜しだし、犯行の確証を取り、確実に抹殺を実行する。
当然として自分たちRe;Vengers の存在が露になってはいけない。
用意周到。
完全無欠。
疾風怒濤。
リカとリコを新たに仲間に入れた。
コジローと5人のStriker Angel。
3万円×6人=18万円
抹殺して、18万円コースが成立した。
☆
娘とママとパパが手付金一万円を手渡してから4日後。
男性Aが執行猶予中の仕事を終えて自転車を漕ぎ出す。
近所のスーパーマーケットで発泡酒を2本と値引き札付きの弁当を買う。
スーパーマーケットを出たところで発泡酒の1本を開け一気に喉に流し込む。
ぷはー!息を吐きながら自転車に再び股がり漕ぎ出す。
自動車運転過失致死傷罪だかなんだかしらないが人一人死なせても運転免許証は取り消されなかった。
会社も首にはならなかった。
ただし自動車の保険の掛け金がべらぼうに上がってしまった。
車の修理代も掛かる。
取り敢えず今は自転車だ。
会社の近くに安アパートを借りたので支障はない。
思ったよりも自転車は良い。
信号も一方通行も駐車違反も無いし酒を飲みながらでお構い無しだ。
もちろんそれは大間違いの違法行為である。
この角を曲がれば自宅の安アパートだと男性Aが思った瞬間、目の前に突然人影が現れた。
その人影は男性Aの、自転車の行く手に塞いでいた。
突然だったので男性Aの自転車は急ブレーキにつんのめり地面へ転倒した。
痛って…誰だ?
ふらふらと男性Aが立ち上がる。
辺りには値引き札付きの弁当と発泡酒の缶が2本転がっている。
1本は既に空缶になっていた。
男性Aの顔が人影に向く。
刹那、顔面を衝撃が襲う。
衝撃の勢いで男性Aの体が捻れ後ろへ向く。
後ろには他に4つの人影が有った。
続けて両脚に、両腕に、顔面に後頭部に全身の全てが衝撃に包まれていた。
そして最後の衝撃。
延髄への衝撃が男性Aの意識を完全に撃ち切った。
その撃ち切られた意識は二度と戻る事は無かった。
翌朝のTVニュースで男性Aの事故死?が放送された。
その事故死?はネットニュースでも拡散された。
当然、新聞記事としても拡散された。
その日の夜の食卓で娘がママとパパに向かって言った。
「髪の長いキレイなおねえちゃんが今度の日曜の朝6時に河原の公園にいるって言ってたよ」
ママとパパは、ホッとした笑顔で「了解」と娘に返事をした。
終り。
心眼少女
闘強少女道璃夢 9
SPADA
☆
剣(つるぎ)
☆
ガタン、ゴトッ、とその物音で彼女は目を覚ました。
ゴソ、ゴゾ、とさらに物音がする。
彼女は意識をさらに目覚めさせると、スルリとベッドから降りデイバッグのサイドポケットから長細い袋を手にした。
ズッ、ズッ、と階段を登ってくる音がする。
誰、って言うか誰も居ないはず。
父親は、泊まりがけで出張している。
母親は、弟のインターハイ出場の応援で今夜は居ないはず。
階段を登った正面に弟の部屋がある。
スッとドアを開ける気配がする。
弟の部屋から折り返した廊下の真ん中に彼女の部屋があり、その奥が両親の部屋である。
ズッ、ズッ、と彼女の部屋の前に気配が来る。
彼女はドアの陰へ身を寄せる。
長細い袋の中から棒状の物を取り出し、右手にグリップを握り左手で静かに引き伸ばす。
暗やみに白い剣の様な煌めきが浮かぶ。
スーッ、とドアが開き人影が侵入してくる。
彼女は右手の白い剣を、サッ、と軽く振りピタリと人影の右の首筋へ押し当てた。
人影がビクリッと身体を強張らせる。
「誰」と彼女が問う。
「ちっ、いたのかよ人が」と人影が言う。
「泥棒ね」
「ふん、そうだよ」
「警察を呼びますね」
人影は首を嫌々と左右に振るとドスを効かせて声を出す。
「ふざけんじゃねぇぞ」
同時に身体を左にひねり右手を振り上げた。
しかし暗やみに彼女の姿を、彼女の位置を確かめる事はできなかった。
瞬間、彼女の右手にした白い剣のグリップの底、グリップエンドが人影の顎の先端にヒットする。
その衝撃に人影が仰け反る。
がら空きの鳩尾に彼女の左の中高一本拳がくい込む。
息がつまり動きを止めた人影が崩れ落ちた。
☆
彼女の名前は、明梨 (あかり)、21歳の大学生である。
明梨の鳶色の瞳は光を必要としない。
明梨は、盲目なのである。
☆
その日は、明梨にとって中学生の陸上部として最後の日だった。
季節は初夏、しかし、初夏とは言えないほど太陽はギラつき、気温は高かった。
明梨は頑張ってきた。
それでも中学生の陸上県大会でファイナリストとして決勝レースまで進んだことは無かった。
明梨の住む地元は、世界陸上、オリンピックへと代表選手を毎回送り出す程、陸上レベルの高い県である。
ラストチャンスと気合は入っていた。
しかし、体調は良くなかった。
頭が揺れ、痛みを感じ、周りの光がギラギラと眩し過ぎると感じていた。
明梨本人は緊張のせいだからと自分に言い聞かせ大会へと望んだ。
午前中の予選レースを勝ち残り、遂に決勝レースへと進んだ。
午後のトラックに太陽はさらにギラついている。
決勝レース、ファイナリストの8人が横一線に並ぶ。
第七コースに立つ明梨の身体は熱かった。
燃えているんだ。と自分に言い聞かせる。
スターターの声が響く。 ヨーイ。
腰を落とし集中する。
パン。とスタートの合図が鳴る。
身体を前へと足を動かす。
一歩、二歩、三歩。奥歯を食いしばる。
四歩、五歩。グラリと視界が歪む。
そのまま明梨は光の無い世界へと引き込まれた。
髄膜炎を発症していた。
初期段階ではあったがギラつく太陽と高い気温のなかで無理な体力の消耗により倒れたのだ。
高熱が2日間続きながら最悪の事態だけは免れた。
しかし、後遺症が残り明梨は鳶色の瞳から光を失った。
もともと無口で内向的だった性格の明梨はさらに殻に閉じこもる様になった。
それでも季節は変わりゆき春がきた。
明梨は、視覚特別支援学校 高等部へと進学した。
☆
新しい生活もなかなか馴染めず、新しい希望も見つけられず無気力な日々を明梨は過ごしていた。
それでも季節は変わって行く。
高等部も一学期が終わる日に事件は起きた。
高等部での掃除や片付け、雑用をしていた為に帰宅の時間がいつもより遅くなってしまった。
夕陽もほとんど姿を消そうとしている。
辺りには夜の闇が覆い始めている。
そんな事も、今の明梨には関係なかった。
しかし、世の中は夜の闇に刺激される奴等がいるのである。
明梨は、バス停に立っていた。
その前を男が3人通り過ぎる。
通り過ぎた所で3人は足を止めた。
ひそひそと話し合い始める。
3人の男が戻ってくる。
明梨に近づく。
いかなり一人の男が明梨の尻に手を伸ばし触り始めた。
明梨は身体を強張らせる。
さらにしつこく触り回す。
明梨は身体をくねらせ逃れようとする。
もう一人の男が手を伸ばし明梨の胸をまさぐる。
明梨はさらに身体をくねらせ逃れようとする。
3人目の男にはがいじめにされた。
スカートの中へと男の手が入ってくる。
明梨は声を出すことも出来ずその場にしゃがみ込む。
その時、バスのヘッドライトが近づいて来た。
3人の男は一斉に駆け出し逃げ出してた。
明梨の夏休みは自室に籠もる事で始まってしまった。
☆
明梨の母親の朱美(あけみ)は久しぶりに空手道場に来ていた。
明梨の弟の晃(あきら)の練習を見学するためだった。
この空手道場には明梨も小学生1年から6年生まで通っていた。
次席師範の多岐 一彦(たき いちひこ)が声を掛けてくる。
「お久しぶりです」
「お久しぶりです、お世話になっていますのに」
朱美が頭を下げる。
しばらく晃の話しをすると、多岐が話題を変えた。
「明梨は元気してますか」
はい。と返事をする朱美の表情が沈む。
沈黙の後に朱美は多岐を見据え声を出した。
「もしよければ、話しを聞いてもらえますか」
はい。と多岐が返事をする。
練習時間を終え練習生が居無くなった道場で多岐は朱美の話しを聞いた。
明梨が髄膜炎の後遺症で盲目になった事。
自分の殻に閉じこもり、さらに無口になった事。
視覚特別支援学校の高等部へ進学した事。
そして、卑劣な痴漢行為にあい自室に引き篭ってしまった事。
全てを聞き終えた多岐は朱美に訊ねた。
「明梨と話しをさせてもらえませんか」
朱美は僅かに思案してから返事をした。
「はい、是非お願いします」
「じゃ、少年部の練習時間に合わせて道場へ越させてください」
「え、少年部の練習時間にですか」
「はい、お願いします」
「では、明梨に伝えてみます」
その2日後、明梨は朱美と供に道場へやって来た。
多岐は明梨と朱美を見学者席へ座らせる。
明梨は気怠そうに腰を下ろし俯いている。
少年部の練習生達が声を上げて挨拶しながら集まってくる。
始めるぞ。多岐の張った声が響く。
少年部のリーダー役の、敬介が号令を掛ける。
整列。気を付け。
その号令の声に無意識に明梨の姿勢正される。
正座。
神前に、礼。
無意識に明梨の頭も下がる。
先生に、礼。
再び無意識に明梨の頭が下がる。
練習が始まる。
明梨が、練習生達の気合、動作に耳を傾け聞き入っている。
明梨の姿勢に気怠さが消えている。
練習時間の半分で小休止を入れる。
多岐が明梨へと近づいてゆき声を掛ける。
「どう、明梨、懐かしいやろ」
はい。と明梨が返事をする。
「道着の擦れ合う音、足音、声、息遣い、で見えるやろ様子が」
多岐が問う。
はい。と明梨が返事をする。
じゃ。と多岐が明梨を立ち上がらせ練習生達の前へ連れて行き、自分の横へ立たせる。
明梨は戸惑いながら立っている。
敬介。と多岐が呼び寄せる。
「形、演武しろ、明梨先輩がアドバイスしてくれるから」
その言葉に明梨も敬介も朱美も耳を疑った。
☆
しかし、道場の次席師範である多岐には逆らえない。
敬介が明梨と多岐の前に立ち演武の態勢をとる。
多岐は明梨に耳打ちをする。
「見るんじゃない、っていうか、感じるんだ」
敬介が演武する形の名を告げる。
はじめ。多岐の合図で演武を開始する。
タン、ザッザッ。
パン、ダン、パン、バッ。
明梨が首を傾げながら多岐に向かって小声で呟く。
やめぇ!!多岐の厳しい声が響く。
「敬介、本気でやらんかい」
ビックン、と身体を強張らせ敬介が姿勢を正す。
「なんで、手を抜く」
多岐がきつく問い詰める。
あぁ、あの、と敬介が言い淀む。
「明梨先輩には見えないと思ったからやな」
はい。と敬介が小さく答える。
「手を抜いてると明梨先輩が、俺に言ったんだ、失礼やぞ」
はい。すみませんでした。やり直します。
敬介が頭を深く下げる。
改めて敬介が演武開始の態勢をとる。
はじめ。
敬介は形の演武を終え姿勢を正す。
多岐は明梨に感じた事を声に出して言う様に促す。
はい。と返事をすると明梨が声を出す。
「五手目の払いが弱く、六手目の突きが活かされていません」
うん。と多岐が頷く。
「それと最後の跳び技の着地が乱れました」
明梨が言い終えると多岐が声を出した。
「俺も同じや、敬介はどうや」
はい。と敬介が項垂れる。
ありがとう。と多岐は明梨に言い背中を優しく押し見学者席へ向かわせた。
明梨はスタスタと足を進め席へ腰を下ろした。
練習再開の掛け声で道場の中の空気が動き出す。
練習メニューを全て終え、整列、正座、礼、をして練習生達が帰り支度を始める。
多岐は明梨と朱美のもとへいく。
明梨と朱美は立ち上がり頭を下げる。
「明梨、その気があるなら練習にくるといいよ」
多岐が声をかける。
その声に朱美が不安そうに視線を多岐に向ける。
「ただし、練習時間は、青年部の時間にな、高校生だから明梨は」
明梨が不安そうに首を傾ける。
「始まりは、お母さんに送ってもらって、帰りは、俺が送るから」
申し訳ないと朱美の視線が多岐に向けられる。
大丈夫、任せて下さい。と多岐は声に出さずに朱美に言う。
うん。と朱美が頷く。
そこへ、敬介が駆け寄って来る。
明梨の正面に気を付けをする。
その気配に合わせて、明梨も姿勢を正す。
「ありがとうございました」
と敬介が頭を下げる。
「ありがとうございました」
と同時に明梨も頭を下げる。
敬介が嬉しそうな笑顔を明梨に向ける。
明梨も嬉しそうに笑顔を敬介に向けた。
明梨と朱美が道場の出入口に立ち改めて頭を下げる。
明梨。と多岐が声を掛ける。
「右手を上げて、手を開いて」
明梨が言われた通りに、右手を上げ、手の平をみせる。
パチン。と多岐がハイタッチする。
またな。多岐の声に、うん。と明梨が声を出す。
バイバイ、と明梨が手を振る。
コラ、コラッ。朱美が咎める。
明梨は多岐に向かって、ペロリと舌を出した。
それから3日後の青年部の練習に明梨は参加した。
☆
明梨は青年部の練習生達に歓迎され、あたたかく受け入れられた。
女性の練習生も多く馴染みやすくもあった。
多岐は、明梨を特別扱いする事無く通常どおりの練習メニューを行なわせた。
それどころか他の練習生から、もぅ少し手柔らかにすれば。とさえ言われていた。
明梨に笑顔が戻りつつあった。
練習後に明梨を自宅へと送る。
車で、10分間程の道程だ。
多岐から何も問わなくても明梨からポツポツと話をしてくる。
黙ってその話を聞き、別れ際にパチンとハイタッチをする。
バイバイと手を振り自宅へ入る明梨の後ろ姿を見送る。
夏休みも残り2週間になった日の練習後、明梨が多岐に訊ねてきた。
「タッキー先生は、剣道やったことある」
「ん、あるよ」
「難っい」
「なんで?やりたいか」
「いや、なんて言うか」
明梨は多岐と二人だけの時にはタメ口で喋ってくる。
多岐も気にはしていない。
明梨は意を決した様に喋り始めた。
「空手は楽しいよ、でも、相手が見えてないと怖いって言うか、顔の位置とか、顔の向きとか、背の高さとか、道場の人たちは話ししてるうちに、そう言うのがわかってくるけど、いきなりくる悪い奴らはわからんしぃ」
多岐には、明梨の言う事が良くわかっていた。
闇雲に拳を振るえば相手の顔面に当てる事はできる。
だがその拳が相手の歯にでも当たれば自分の拳を傷つける事になる。
フルフェイスのヘルメットでも被っていれば明梨の拳では通用しない。
「向き合う相手との間合い?距離がちょっとあると落ち着ける気がするぅかなぁって」
わかった。と多岐は答えると続けて言葉を出した。
「ちょっと考えるわ、ほんで連絡するわ」
ありがとう。と言う明梨を自宅へと送って行った。
翌日の夜、多岐は明梨のスマートフォンを呼び出した。
直ぐに明梨の声が聞こえてくる。
『タッキー先生』
『うん、昨日の話しやけど、考えが有る、それと、お母さんに認識してもらってから、了解が必要や、いいか』
『うん、えぇよ、タッキー先生、ありがとう』
『じゃ、お母さんと代わって』
うん、と明梨が答え、朱美に代わる。
多岐は朱美に昨日の明梨との会話の内容を話した。
そして、これからの事に認識を持ち、了解を出来るか、出来ないかを判断して欲しいと告げた。
『とりあえず、一見は百聞に如かず、なので明日にでも練習後に来て下さい』
はい。と朱美の返事を聞き終えて多岐はスマートフォンを切った。
☆
「明梨、右手を出して」
多岐に言われ明梨が右手を前に出す。
明梨の手の平の上に、白いステックが乗せられる。
明梨と朱美が、同時に、何っと表情を変える。
明梨がステックを握り締める。
「特殊警棒だよ」
「とくしゅ、けいぼう」
明梨が首を傾ける。
「そう、警察官や警備員が持ってるやつさ」
朱美が、あぁ、と頷く。
「正確には、ストップピン式アルミ特殊警棒って言うんだけどね」
「でも、これ、短くない」
「伸縮式になっててね、左手で先を摘んで、パチン、パチンって音がするまで引っ張ってごらん」
明梨は言われた通りに先を摘んで引っ張ってみる。
特殊警棒は滑らかに滑り伸びパチン、パチンと音をたてる。
「収納時、縮めた時は25センチで、伸長時、伸ばした時は65.5センチになるんだ」
伸びた特殊警棒を明梨は撫でてみる。
「重さは、320g、軽いから片手で振ることができる、その割には耐久打撃が、1,000kg、もあるんだ」
「たいきゅう、だげき、って」
明梨が首をひねる。
「んー、丈夫さ、強さ、かな」
「1,000kg、ってどのくらい」
また、明梨が首をひねる。
「たとえば、俺が100%本気で蹴ると、400kg、ぐらいかな」
「えー、タッキー先生の本気の倍以上」
明梨と朱美が同時に驚きの表情をみせる。
多岐は、苦笑いをしながら説明を続ける。
「軽くて、強くて、扱いやすい、白色でコーティングしてあるから白杖(はくじょう)に添えて握り込めばカモフラージュされる」
うん。と明梨が頷く。
「これが明梨の、SPADAだよ」
「すぱーだ、って」
「イタリア語で、剣(つるぎ)って言う意味さ」
笑顔で、明梨が呟く。剣。
「護身術に警棒術と言うのがあるんだ、それを教えるから」
「タッキー先生が教えてくれるの」
「もちろんさ」
と、明梨に言うと、多岐は朱美に向かって言葉を続けた。
「朱美さん、この事を保護者として認識し、了解してもらえますか」
はい。と朱美は即答する、
「宜しくお願いします」
と、多岐に向かって頭を下げた。
そして、明梨は空手の練習後、警棒術の練習を始めた。
☆
※
ストップピン式特殊警棒の場合、伸ばす際に振り出す必要がなく。
伸ばす前の特殊警棒を持ち、片方の手で先端部をつまんで軽く引き伸ばすだけでパチン、パチンとロックがかかり、一度かかったロックは使用中は100%確実に機能する。
そのため「突き技」も100%安心して使用できる。
収納方法も至って簡単で、シャフト側面に付いているロックピンを押すだけでロックは解除され軽い力ですっと縮まる。
アルミは素材重量比ではスチール系特殊警棒の約半分の重さになっている。
ゆえに、素早く動き、打撃、防御と楽に使用できるうえ携帯や持ち歩きなどの負担が軽くなっている。
アルミは弱いといったイメージがあるのかもしれないが、アルミにも多くの種類が有り特殊警棒用の強度のあるアルミ合金を使用している。
取り外し可能なツバが付いており万が一相手の凶器とつばぜり合いになって、その凶器が手元に滑ってきても使用者の手を守る役割をはたすのだ。
ツバの素材にはポリカーボネート(防弾素材にも使用されている)で日本刀にも耐える強度をもっている。
十字展開式なので携帯時は回転されて一文字に、使用時は必要に応じて十字に展開できるのだ。
※
☆
明梨の夏休みも終り2学期の初日になった。
警棒術の習得はまだまだ基本的な域を出ていない。
「これは、SPADAは、御守だ、頼り過ぎてはいけない、まずは自分の洞察力を研ぎ澄ましなさい」
多岐の言葉を胸に秘め、SPADAを細長い袋に入れ、デイバッグのサイドポケットに差し込む。
一見すると折りたたみ傘の様である。
デイバッグを背負い、新品のスニーカーを履く。
インディゴブルーのジーンズに薄いピンクのポロシャツを着ている。
不安そうに見送る母親、朱美に向き直ると明梨は微笑んだ。
「行ってきまーす」
そして、明るく声を出す。
「いってらっしゃい、気をつけてね」
うん。と明梨は頷き玄関ドアを開けた。
視覚特別支援学校 高等部の生活と空手道場での空手と警棒術の練習で月日は無事に過ぎて行った。
☆
季節は変わりゆき春が来て、明梨は大学生になっていた。
大学1回生の初夏、あの忌まわしい出来事から3年目である。
あの日と同じ、バス停に立っている。
あの日と同じ、時間である。
大学での資格取得に必要な書類を特別支援学校へ取りに行った帰りである。
夕陽もほとんど姿を消そうとしている。
夜の闇が辺りを染め始めている。
夜の闇に刺激される奴等がいる。
明梨の鼓動が乱れている。
スゥー、と鼻から息を吸う。
ハァー、と口から息を吐く。
明梨は自分を落ち着かせる。
デイバッグのサイドポケットの細長い袋を撫でてみる。
SPADA、ワタシを守ってね。小さく呟く。
耳障りなリズム音を漏らしながら、センスの欠片もないカラーリングの乗用車が、明梨の前を通り過ぎる。
通り過ぎた、乗用車が急停車する。
乗用車のドアが開けられる音が3つする、閉まる音が3つする。
3人の男の声が聞こえてくる。
「あれ、目見えないしるしだせ」
「なにが」
「白い杖だよ」
「へぇ、じゃ俺らの顔はバレないってことか」
「おぉ、いいじゃん、いいじゃん」
「拉致るか」
「おぉ、いいじゃん、いいじゃん」
「くるまに乗っけて、ゆっくりおたのしみだ」
「おぉ、いいじゃん、いいじゃん」
その声に、明梨は身を固くした。
3年前と同じ声だと明梨は直ぐにわかった。
悪ガキは、悪ガキである、進歩も成長も無い。
しかも、3年前の事は記憶にもない様である。
明梨は長細い袋を手に取る。
中身を取り出し、静かに引き伸ばす。
白杖と合わせてカモフラージュし握り込む。
3人の男の足音が近づいて来る。
明梨の脳裏に、多岐の言葉が浮かぶ。
『躊躇ってはいけない、一撃必殺』
1人目の男の手が背後に伸びてくる。
ヒュン。白い煌めきが走る。
ガシュン。と衝撃音が男の手首を打ち据えていた。
アガッ、と声を出しながら一方の手でダラリとぶら下がっだ手首を押さえ1人目の男がうずくまる。
うらぁ、なにすんじゃい。
声を荒げながら、2人目の男が掴みかかってくる。
明梨は左足を後方へ捌き、白い煌めきを振り戻し打ち据える。
ガッ、メリッ、と衝撃音に骨の軋む音が混じる。
ダラリとぶら下がっだ肘を抱えて2人目の男がうずくまる。
3人目の男が、クッソと詰め寄って来る。
トン、と白い煌めきが男の喉を突く。
フゴッ、と息をつまらせ3人目の男が尻餅をつく。
「アナタたち消えなさい、ワタシの前から」
明梨が毅然と言う。
男たちの目が怯えた目に変わり明梨を見る。
それとも。と言いながら明梨が僅かに腰を落とし身構える。
3人目の男が喉を押さえ咳き込みながら慌てて駆け出す。
手首と肘を抱えて残りの2人の男が駆け出す。
3人の男が乗用車に乗り込むと、けたたましいタイヤの摩擦音をあげながら急発進した。
ありがとう、SPADA。呟きながら優しく撫で縮める。
細長い袋に納め、デイバッグのサイドポケットに差し込む。
刹那、ガッン、グワシャン。と凄まじい激突音が響いてきた。
同時にバスが明梨の前に滑り込み停車する。
明梨はバスに乗り込むと座席に腰を下ろした。
バスのヘッドライトには、縁石を乗り越え、電柱に激突し大破したセンスの欠片もないカラーリングの乗用車が照らし出されていた。
終り。
警備少女
闘強少女道璃夢 10
Home Security Girl
☆
丹波篠山の山並みを薄いピンクの雲のように映えさせる千六百年の歴史ある寺の境内の満開の桜の木々。
風はない、風はないのに花びらが舞う。
突きの気魄を吐く、ハッ。
打ちの気魄を吐く、ハッ。
蹴りの気魄を吐く、ハッ。
気魄の功に花びらが舞う。
受け流す、往なす、捌く、交わすの体捌き、足捌きの一挙手一投足の気魄の功に花びらが舞う。
気魄の功が花びらの舞いに合わせているのか、花びらの舞いが気魄の功に合わせているのか。
どちらともいえない。
動から静へと気を納め立たづむ少女を桜の花びらが取り巻いて真っ白な武術着を薄いピンクに映している。
16世紀、1532年天文元年に創始されたと云い伝えられる総合武術タケノウチ流柔術の陰となり直系血族伝承として伝えられた Traditional Martial arts。
龍水流柔術拳法(りゅうすいりゅうじゅうじゅつけんぽう)今、485年の陰より明け放たれる、21世紀、平成を終え、令和の現代へ。
龍水流柔術拳法とは、打撃、投げ、極めを流水の如く柔軟に受け流す、往なす、捌く、交わされると同時に攻勢を行う。
その攻勢は龍の逆鱗に触れた如くの衝撃を受けるという総合活殺体術で、ヤマト国古流柔術に大陸より琉球王国へ伝わった拳法を、流祖・水部 龍彦(すいぶ りゅうげん)により融合し編み出されたTraditional Martial artsである。
姓は、水部、名は、梨七(りな)年齢は17歳(高校二年生)物心ついた時より龍水流柔術拳法の直系血族七代目伝承者として鍛錬を課せられて育った。
鍛錬の場は板張りの道場のみでなくぬかるむ田の中、不揃いな石の河原、切り立つ岩場、森林深い山中でも真の実戦を追究し、生命を掛けて行なわれる。
梨七は丹波篠山の山間部で産まれ中学三年生まで育った。
そして、高校進学を機に神戸の山の手の青い屋根、白い壁、緑の芝生の御屋敷に下宿し暮らし始め、神戸の女子高へ通い始めて1年間が過ぎている。
神戸の山の手の青い屋根、白い壁、緑の芝生の御屋敷は母方の伯父の奥様の弟の御屋敷である。
そしてこの御屋敷での梨七の最重要任務は番犬ならぬ番・美少女である。
Home Security Girlとして御屋敷を Guardする事である。
☆
「ん…?」邪心者の気配。
真夏の熱帯夜に梨七は、ハッと目を覚ました。
ベッドの脇に置いてあるスマートフォンに手を伸ばし時刻を確かめた。
『 2 : 5 5 』の数字が見えた。
こんな時間に御屋敷にやって来るとは、やはり邪心者に間違いないと、梨七はベッドからスルリと滑り降りると私室の出窓の下へ行き片膝を立て出窓のガラス越しに庭を覗いた。
その時、御屋敷の囲みを乗り越えて侵入する黒ずくめの衣服に黒塗りの仮面を付けた三つの影を見とめた。
梨七は片膝を立てままベッドの脇の衣装箱に手を伸ばし静かに蓋を開け中味を取り出した。
まるでクマの着ぐるみの様なパジャマをスルリと脱ぎ捨て衣装箱から取り出した衣装を手早く身に着けた。
157センチの背丈に、72センチのバストを☑️マークのpink colorのラッシュガードブラで包み、82センチのヒップを包んだスポーツショーツ、の上に真夏にふさわしいショートのジーンズパンツを履き、ウエスト、57センチの身体に取り出した pink colorのベルトを締めた。
pink colorの☆マークのハイカットスニーカー履くと両手の拳にpink colorのオープンフィンガーグローブを装着した。
オープンフィンガーグローブを装着するのは自分の拳を守るだけでなく突きや打ちを受けた相手に致命傷を与えない為でもある。
邪心者三人は建物の裏手に回ろうと庭を横切っている。
梨七は、その動きから目を離さいないようにしながら窓を開け放ち私室の外へ御屋敷の庭へ飛び降りた。
pink colorのハイカットスニーカーは音も立てず着地する。
ちなみに梨七の私室は御屋敷の二階である。
人の気配に気付いた邪心者三人は足を止め振り向いた。そこには庭の芝生に自然体で立ち尽くす少女の姿があった。
月の光も無いのに白く輝く肌に、pink colorのラッシュガードブラ、stone wash のショートなジーンズパンツの姿が浮かび見え pink colorのベルトが煌めいている。
長い黒髪を後ろでひとつに束ねポニーテール、両手の拳にpink colorのオープンフィンガーグローブを装着したアメリカンコミックのヒーローの様な少女の姿であった。
邪心者三人は驚愕の表情で少女を見つめた。
梨七は邪心者三人に向かい「どなたですか、ご用件を承りますが」と声を発した。
邪心者三人は梨七の自然体の姿と柔らかな物言いに呆気に取られたが、直ぐに我に返ったように、にゃにゃと顔を歪めて喋り始めた。
「やれやれ防犯装置も番犬もいないと思ったら、小娘がお出ましかよ」
「で、お譲ちゃん頭悪いのか」
「こちとら遊んでんじゃないんだケガするぜ」
その言葉を聞き流しながら梨七は漆黒の瞳で邪心者三人を気魄を込めて睨みつけ言葉を出した。
「生憎ですが、御屋敷にお入り頂くことも、この場からお帰り頂く事も出来ません」
邪心者三人の一人が一歩前に出て「っうか、何様だよお譲ちゃんは?」と問う。
「私はこの御屋敷のホームセキュリティガールです」と梨七は言い放った。
邪心者三人は不可解、理解不能の表情をしたが直ぐに思い直したように梨七を取り囲んだ。
しかし、梨七は相変わらずの自然体のままで三人を見回した。
邪心者三人は体型と声から男性とわかっていたが梨七は怯みはしていなかった。
敢えてわかりやすく表せば、丸い体、小さな体、細い体、デブ男チビ男ガリ男の三人組である。
ガリ男が一歩前に出ると、ボクシング風の構えをし微妙に身体を揺らしながら梨七の顔へ向け、左のジャブを出し、右のストレートを伸ばしてきた。
梨七は左足を僅かに左斜め後ろへずらすと左のジャブを見切り、右のストレートに自分の右腕を軽く添え往なすと同時に腰の捻りを効かせた左拳の下突をガリ男の右脇腹の第十二肋骨へ突き刺す。
もし、オープンフィンガーグローブ無しの拳なら完全に骨折し折れた骨は内臓に刺さっていたかもしれない。
さらに梨七は軽く添えていた自分の右手でガリ男の右手首を掴み身体をかがめて背負投の如く投げつけ庭の芝生に脳天から叩きつけた。
ガリ男はそのまま失神した。
叩きつけられた場所がコンクリートや岩場なら脳天はかち割れ命はなかっただろう。
投げを決め身体をかがめた態勢の梨七にデブ男が両手を振りかざして背後から襲い掛かってきた。
梨七は素早く振り向くと右肘を立てデブ男の懐へ飛び込み鳩尾へ肘を突き込んだ、デブ男は己の勢いと体重が仇となり必要以上のダメージを受けその場に無防備に立ち尽くす。
梨七はそのままの態勢から左腕を大きく振り子のように振り左の裏拳を股間へ撃ちつける。
グニャリとした感触と同時にデブ男は泡を吹き、そのまま後ろへ倒れ失神した。
オープンフィンガーグローブ無しの拳ならデブ男の股間にある物は完全に潰れていたであろう。
チビ男は息を呑み失神した仲間二人を見ながら
「くっそ、小娘、容赦はしねぇぜ」
と呟くと腰のベルトに取り付けてあったサックからサバイバルナイフを取り出し右手に握り自分の身体の前に構えた。
梨七は静かに立ち上がり、スッーとひと息吸うと右足をチビ男へ向け一足擦り出し右手刀を僅かに前に出し身構えた。
チビ男は構えたサバイバルナイフを小刻みに突き出しながら梨七との間合いを詰めてくると、思いっ切りっといった感じでサバイバルナイフを大きく突き出した。
梨七は右足を支点にし左足を右へ躱し自分の体を半身にする。
チビ男は目標を失いたたらを踏みながら梨七の脇を通りす抜ける。
同じ動作を二度三度と繰り返すが梨七を捉えられない。
チビ男は開き直ったのか途端にサバイバルナイフをやたらめったらに振り回し始めた。
しかし、梨七はなんの危機感も感じ無いまま冷めた視線でその動作を眺めていた。
ふっと、我に返ったチビ男はサバイバルナイフを大きく振り上げ一旦静止するとそのまま袈裟がけに梨七に切りかかってくる。
梨七はやや大きめにバックステップし軌道を躱す。
チビ男は空振りとなったサバイバルナイフを持つ右腕を燕返しの様に振り戻した。
梨七は素早く元の位置に戻ると、振り戻されたチビ男の右腕の肘を自分の左掌底で受け止めた。
チビ男の動きが一瞬止まる。
刹那、梨七は自分の右手でチビ男の右手首を掴み左手を添え、右足を軸にそのまま大きく自分の身体の左側へ振る捻る左足を後ろへ引く、小手返しが決まる。
チビ男の身体は軽々と宙を舞い一回転し顔面から芝生へ叩きつけられた、同時にゴリッという鈍い音がし右腕の肩関節が外れた。
通常ならば激痛で絶叫するところだが顔面から芝生に叩きつけられた衝撃で既に失神していたチビ男の絶叫は聞こえなかった。
失神した邪心者三人、デブ男、チビ男、ガリ男を梨七が一箇所に引き摺り集めた時、御屋敷の門の前に制服姿の警察官が二人、汗を拭き拭き駆けつけてきた。
梨七が束ねていたポニーテールの長い黒髪を解くと真夏の熱帯夜とは思えない爽やかな一陣の風がフワリと吹き抜けた。
名は、梨七(りな)、歳は、17歳(高校二年生)、11月1日生まれ、乙女座、B型。
龍水流柔術拳法直系血族の伝承者。
皆様の御屋敷にも彼女の様なホームセキュリティガールをいかがでしょうか。
終。
退屈少女
闘強少女道璃夢 11
Boredom
☆
退屈だぁ…
退屈だぁ…
退屈過ぎると虚しくなる。
虚し過ぎると寂しくなる。
あぁ何て寂しい人生なんだろう…
☆
春の青い空を見上げながら一人思っている少女。
少女、彼女の名は、優梨(ゆうり)
名占いによれば、スポーツは天才的であると出る。
明後日から高校3年になる女子高生である。
☆
4月の初めの土曜日、神戸の大学へ進学した兄の下宿先のアパートへ荷入れの手伝いに来ていた。
と言うよりは両親に半強制的に手伝わされたのだ。
思ったよりも早く荷入れが終り上機嫌の父の言い出しで、家族四人分のコンビニ弁当買い込んで車を走らせ桜咲き誇る山並みで花見をしていた。
☆
丹波の山並みを薄いピンクの雲のように映えさせる千六百年の歴史ある寺の境内の満開の桜の木々。
コンビニ弁当を食べ終えた優梨はひとりふらふらと境内を歩きながら春の青い空を見上げ一人思っていた。
退屈だ…退屈だ…
ん…ふっと気づく。
風はない、風はないのに花びらが舞う。
突きの気魄を吐く、ハッ。
打ちの気魄を吐く、ハッ。
蹴りの気魄を吐く、ハッ。
気魄の功に花びらが舞う。
受ける、躱す、往なす、捌く、流す。
体捌き、足捌きの一挙手一投足の気魄の功に花びらが舞う。
気魄の功が花びらに合わせているのか、花びらが気魄の功に合わせているのか。どちらともいえない。
何?優梨の瞳が、視線が止まる。
動から静へ気を納め立たづむ一人の少女を桜の花びらが取り巻いて真っ白な武術着を薄いピンクに映している。
優梨はそこに立っている自分より小柄な少女を見つめていた。
優梨の視線に気づいた小柄な少女が静かに頭を垂れて一礼してきた。
優梨は、その一礼を無視するかのように小柄な少女に向かって足を進めた。
優梨は自分の身長と同じくらいの間をとり止まり、小柄な少女を見下ろした。
優梨の身長は、172センチ、小柄な少女はそれよりは15センチ程低い。
優梨が不躾に言葉を吐き出す。
「何?今のは何?空手?」
小柄な少女はそんな不躾さを気に止めることもなく小さく微笑んで答える。
「いえ、武術です」
「武術?空手とは違うの?」
「空手とは空手道、道は教育的体育です。柔道に剣道などもまた同じです」
「じゃ武術って何?」
「武術の術は活殺の技です」
「活殺って殺すってこと?」
「時と場合ですけど」
「ってとこは、強いのね?」
「さぁ、強いかどうかはわかりません」
小柄な少女は小首を傾げた。
その小首を傾げた仕草に優梨はムカついた。
ムカついた勢いで言葉を吐き出した。
「私、強いのよ、ヤってみる?」
「無意味な争いは好みません」
小柄な少女が顔を左右に振る。
「意味は有るわ、強いか弱いかがわかる」
優梨が無理やりに食い下がる。
小柄な少女の困惑の顔が愛らしいく優梨はさらにムカつく。
両脚を開き、腰を落とし、左手を正中線前に出し、右拳を右脇に添えて身構える。
兄の荷入れの手伝いでストレッチジーンズを履いてきて良かった、と優梨は思った。
身構える優梨に対して小柄な少女は「じゃ少しだけ」と呟き右足を一足前へ摺り出し、両腕は体側に垂らし自然体になる。
無防備。優梨の目にはそう見えた。
一気に右拳を突きだし、右足を踏み込み、すかさず左拳を突きだす。
小柄な少女の身体がスィ、スィと優梨の拳をかわす。
かわされた体勢から続けて左右の拳を突きだす。
ヒラリ、ヒラリと往なされる。
クッソ、罵りと共に右脚で脇腹めがけて回し蹴りを振る。
小柄な少女の右手が、さっと伸び優梨の右脚回し蹴りに触れる。
優梨の体が流される。右脚が流され体が開き死に体になる。
しまった!
刹那、左脚、軸足が刈られ体が宙に浮く。
無防備に背中から地面に打ち付けられた。
打ち付けられた痛みに全身が強張り歯を食い縛り両目を強く瞑る。
恐る恐る目を開ける、春の青い空が、周りを彩る桜が目に写る。
そこへ、ヒョイと小柄な少女の顔が割り込む。
右手の指の、人差し指と中指を立てている。
勝利のVサイン?ピースサイン?能天気なと思った瞬間、人差し指と中指の先端が優梨の瞳に落ちてきた。
殺…抉られる!?
紙一重で指先が止まり強張った全身の力が抜け、安堵の溜め息を吐く。
「ごめんなさい、今日はこれで、失礼しますね」
小柄な少女の声が聞こえてきた。
☆
大人は無責任だ。
無責任な言葉を安易に吐く。
体が太っていれば、相撲取りに、体がゴツければプロレスラーになれと。
足が早ければ、陸上で、体が柔らかければ体操選手。
優梨は、子供の頃から背が高かった、大人の無責任で安易な言葉は誰も決まって、バレーボール選手かバスケットボール選手。
優梨は、サッカーがやりたかった。
優梨の住んでいた静岡県はサッカーの盛んな県だったし兄もサッカーをやっていたからだ。
小学生の時期は男女混合でサッカーができる。
優梨は大人の無責任で安易な言葉に逆らう様にサッカーチームに入った。
しかし、そこでも大人の無責任で安易な言葉が待っていた。
『背が高いから、ゴールキーパーだ』
え?なんで背が高いとゴールキーパー?
優梨は、ストライカーになりたかったのだ。
ピッチを駆け巡り、ドリブルでボールを運び、シュートを打ちゴールネットを揺らす。
そんな思いは叶わず結局、ゴールキーパーとして初めての試合に出場した。
自分の守るゴールから遠くに見える相手チームのゴールの前でもたつくチームメイトにムカついた。
ムカついている所へ相手の選手が自分に向かってへっぽこなシュートをしてくる。
へっぽこシュートを軽く受け止めると優梨は、猛然と駆け出した。
ドリブルで相手のデフェンスを次から次へと抜き去り。
チームメイトさえも置き去りにして相手チームのゴールに向かってシュートした。
ボールはゴールネットを揺らした。優梨はガッツポーズで振り返った。
相手チームは唖然。
チームメイトは茫然。
観戦していた父兄はどよめき。
チームの監督、コーチの顔は憮然と怒り。
それを機に優梨はサッカーを辞めてしまった。
大人の無責任で安易な言葉に従ってバレーボールチームに入った。
背が高いだけでなくジャンプ力も秀でていた優梨はブロッカーとして専念させられた。
ブロックしてもブロックしてもアタック、スパイクが決められないチームメイトにムカついた。
私は、アタッカーになりたい。
気持ちがもたげると止めれない。
ブロックしないで直にアタックする。
ブロックしないで直にスパイクする。
そんな優梨にチームメイトは茫然。
チームの監督、コーチは憮然と怒り。
それを機に優梨はバレーボールを辞めてしまった。
結局、大人の言葉に従っても良いことはなかったのだ。
☆
優梨は生まれながらにして持っている身体能力の高さ、運動神経の良さに加え、見ていれば理解してしまう理解力の高さから、やってみれば直ぐ出来てしまう事が、自分をムカつかせ、周りを置き去りにし、大人に認められない状況を作っていたのだ。
中学生になり、そんな事情を知らない上級生や部活の教師が優梨に声を掛けてくる。
優梨は、小学生の頃の嫌な思いをしたくない為に部活に参加する気はなかったのだ。
執拗に部活に勧誘してくる教師に根負けし結局バスケットボール部へ入部した。
さすがに中学生のバスケットボール部には優梨よりも背の高い選手は多くいて身長だけで目立つことはなかった。
それでも身体能力、運動神経は群を抜いていた。
1ヶ月もすれば優梨のドリブルに着いてこられる選手は上級生にさえいなかった。
そんな優梨にチームメイトからパスが回って来なくなる。
優梨がボールを持ちドリブルをすると一人舞台になる。
やっぱ、小学生も中学生も変わりはしない。
優梨はムカついた。それを機にバスケットボール部を退部した。
☆
日々は流れ、退屈な中学生が終り高校生になる。
高校生になると部活の勧誘も激しくなる。
学校の方針とかで部活が半義務化されている。
退屈だ…誰か私を負かせてくれ。
私は寂しいのだ、誰か私を負かせてくれ。
高校入学から10日も過ぎた頃、ある部活へ勧誘された。
空手道部だった。
空手?見たこともない。
個人競技?
やれるかも?優梨の気持ちが傾いた。
優梨は空手道部に入部した。
すべてが初めてで目新しく気持ちがウズウズと盛り上がってきた。
それも一通りの基本動作を修得するまでの期間だった。
空手競技には、形と組手がある。
基本動作から形の練習になる。
形それを初めて見た時は複雑だなと思った。
それでも見本演武を見て、手順を習う、見て習い聞いた記憶をたどり体を動かす、三度も繰り返せば体に刻まれ人並みに演武出来た。
組手にしても初めは、ぶつかり合い、突き、蹴りの衝撃音にたじろいだが動きは実に単純単調で直に理解出来た。
相手と向き合えば相手の意思が読み取れることも理解した。
3ヶ月もすれば優梨は素人の域を出ていた。
半年もすれば優梨に組手で敵うものは居なくなり、形の指導さえ上級生では口出し出来なくなっていた。
退屈だ…
優梨の口からもれる言葉。
誰か私を負かせてくれ。
負かせてくれれば退屈じゃなくなるのに…
さすがに高校の部活は辞める事が許されず、月に1度か2度、自分の体の鈍りを取るために練習に参加するだけの部員として3年生になっていた。
☆
3年生になってからの一学期、優梨はモヤモヤとして過ごしている。
あの日の小柄な少女の姿が浮かんでは消えまた浮かぶ。
私は、負けた?
いや、負けてはいない?
見れば理解出来た?
いや、出来なかった?
瞳を凝らし視線を釘付けにして見たはずだ…
向き合えば相手の意思が読み取れる?
いや、向き合っても手を合わせても読み取れなかった…
私は負けたのか?
いや、まだだ!
まだ、努力していない、努力がしたい、努力がしたかった。
ちょっとずつ、糸を紡ぐように地道に努力がしたい。
努力して自分の能力が研かれ、研ぎ澄まされていく。
ちょっとずつ、ちょっとずつ、確実に一つずつ、一つずつ理解しそれを身に付けいく。
そしてその努力の成果をぶつける。そしてその努力の成果を潰される。
また始めから努力する。そうすれば退屈な虚し過ぎる寂しい日々から脱け出せる。
あの日の小柄な少女にまた会わなければ脱け出せない。
☆
夏休みになると、優梨は僅かな着替えとジャージを鞄に詰め込み神戸へ、丹波の山並みの寺の境内へ向かった。
兄のアパートに押し掛け、1人丹波の山並みの寺の境内へ向かった。
1日目、小柄な少女には会えなかった。
2日目も真夏の日射しを避けるように寺の境内の石段に腰を降ろし、ただ待っていた。
僅かに意識が揺らぎ目を閉じた。
軽く頭を振り目を開ける。
目の前に人影が立っている。はっと顔を上げる。
小柄な少女が微笑みながら優梨を見つめていた。
「こんにちは、お久しぶりですね」
小柄な少女の言葉に我に返り立ち上がる。
優梨は小柄な少女に整体し頭を下げた。
身体を折り曲げ90度以上折り曲げ頭を下げた。
頭を上げ言葉を出す。
自分でも信じられないぐらい素直に声が出ていた。
「私は、優梨と言います、先日、体験した武術を教えてください」
「はい…私は、梨七(りな)です」
小柄な少女はその言うと、ちょっと困り顔になり言葉を探していた。
優梨は、じっと焦らず、ムカつかず梨七の顔を見つめ続けた。
「私の一存でこの場ではお答え出来ません、良ければ我が家に来て、お話しを聞いて頂けますか?」
我が家?って?
話しって何なんだよ?
それでも優梨はムカつかず「はい」と答え梨七に従った。
寺があった山並みを下り、梨七の実家に着く。
古式雄大な日本家屋が鎮座していた。
黄金色の畳の間に梨七の父親と梨七、優梨の3人で向き合う。
先ずは、梨七の体得している武術を理解し納得してからだと言われた。
☆
その武術とは、16世紀、
1532年天文元年に創始されたと云い伝えられる総合武術たけのうち流柔術の陰となり直系血族伝承として伝えられた武術。
龍水流柔術拳法(りゅうすいりゅうじゅつけんぽう)
484年の陰の歴史を持つ武術。
龍水流柔術拳法とはヤマト国古流柔術に大陸より琉球王国へ伝わった拳法を融合し編み出された武術である。
龍水流開祖は、梨七の御先祖様である。
梨七、年齢は18歳(高校3年生)物心ついた時より龍水流柔術拳法の直系血族として鍛錬を課せられて育った。
鍛錬の場は板張りの道場のみでなくぬかるむ田の中、河原、岩場、山の森林でも真の実戦、生命を掛けて行なわれる。
☆
時代も移り変わり現の時世です。
もし志を持ち龍水流の門を叩き、深透していただけるのであれば迎え入れたいと思います。
梨七の父親であり、現在の龍水流責任者の言葉であった。
優梨は姿勢を正し深く頭を下げた。
「よろしくお願いいたします」
「はい、こちらこそ、よろしくお願いします」
龍水流の責任者から許しが言い渡された。
同時に優梨は梨七の実家で共に暮らす事になった。
兄のアパートから僅かな着替えを詰め込んだ鞄を梨七の父親の運転する車で神戸まで行き戻ってきた。
その日の夜から鍛練、稽古は始められた。
龍水流という武術の身のこなしは魔法の様で間近に見ても優梨には理解出来なかった。
それは、まさに身体極みの動きだった。
それでも、焦らず、ムカつかずもちょっとずつ、ちょっとずつ確実に一つずつ、一つずつ理解しそれを身に付けていく努力をした。
瞬く間に夏休みは終り高校生としての学校生活が始まった。
☆
ちなみに、丹波の山間部で生まれ中学3年生まで育った梨七は高校進学を機に神戸の山の手の青い屋根、白い壁、緑の芝生の親戚の御屋敷で暮らし神戸の女子高へ通っている。
☆
夏休みが終わると3年生は部活引退になる。
9月の中旬に引退式らしきものが行われる。
その場で部活のキャプテンの交代式も行われる。
優梨も、その儀式を3年生部員の1人として参加していた。
あぁ、やっと空手道部から解放された。そんな優梨の思いを遮るように顧問から発表があった。
今までキャプテンだった、夏希がスポーツ推薦で大学へ行く事が決まったと。
へぇ、あの程度の夏希がスポーツ推薦とは、優梨は苦笑した。
☆
空手の組手の試合は、決められた時間内に決められたポイントを先取りするゲーム…
スポーツである。
ポイントを時間内に先取りしてしまえばそこで勝敗が決まる。
ポイントが先取り出来なければ時間終了時のポイント数が多い方が勝利となる。
☆
夏希は優梨と唯一規定の時間終了まで試合を出来た相手だったのだ。
ただ勝つのは常に優梨だった。
その苦笑した顔を夏希に睨まれていた気がした。
☆
優梨は自己鍛練、自主稽古に時を費やした。
自宅の自室で廊下で庭で、近所の公園で河川敷で。
朝は散歩に出る。
ゆっくりと足を運ぶ、早足で運ぶ、軽く駆けてまたゆっくりと足を運ぶを繰り返す。
意識した呼吸でリズムを取らす常に自然に会話をする様に息をする。
両耳にイヤホンをする、マスクで口元を隠し、聞こえてくる言葉を会話をする様に口を動かす。
これは梨七が優梨に教えてくれた自然に会話する様に呼吸出来るようになるための方法だった。
「梨七さんは何を聞いているんですか?」
「梨七さん、だなんて…同じ歳の女子高生じゃない、梨七で良いわ」
「あぁ、なら梨七は…何聞いているの?」
「私は、英会話、聞いてリピートして口に出すの」
え?英会話か…
優梨の興味の外であった。
「一石二鳥よ、英会話と自然な呼吸使いの」
梨七がニコリと微笑む。
結局、優梨も英会話を聞きながら英会話を口に出しながら朝の散歩をしている。
☆
夏が去り、秋が来て秋が去り、冬が来て年が終り、年が明け新年が始まる。
1月の下旬、空手道部の送る会が行われる。
と言っても和気あいあいと余興に費やすわけではなく、卒業する3年生と後輩たちが組手試合をするのである。
1人の3年生に対し5人の後輩たちが1分間の1ポイント先取り試合を行い、3年生が思いを託す、後輩たちがその思いを受け継ぐみたいな志向である。
優梨もこの送る会に参加していた。
順番に3年生と5人の後輩たちの試合が進んで行く。
優梨の順番がくる。
優梨の相手は茶帯の2年生が2人、1年生が2人、黒帯の2年生が1人だった。
茶帯の1年生の1人目が前に立つ。
はじめ!の声ともに大声を出しながら左拳を突きだし規則正しくステップを踏んでいる。
優梨は右足を一足だけ前に出し、両腕を体側に自然体で向き合う。
声は出さない、と言うよりは無理に大声を出すことは自分の動きに起こりを生み、居着きを生むのである。
気合い。とは大声では無く丹田より身体の練りにより発せられる気魄の功である。
それは龍水流柔術拳法の基本のひとつである。
無防備にしか見えない優梨の構えに茶帯の1年生が戸惑い大声を出し続けている。
端からも優梨の姿は無防備にしか見えていないので茶帯の1年生に向けて激が飛ぶ。
その激に反応して茶帯の1年生が左右の突きを連打し飛び込んでいく。
優梨の右足が反応し前蹴りが伸び水月に突き刺さった。
2人目の茶帯の1年生も同じように大声と共に飛び込んいき、優梨の左上段回し蹴りが顔面にヒットした。
茶帯の2年生2人も同じように大声と共に飛び込み、一撃で勝負がつく。
残った黒帯の2年生が優梨の前に立ち睨み付けてくる。
優梨は小首を傾げ不敵に微笑み返す。
ちょっと試してみようか?
入り身を…
優梨の頭に梨七の父であり龍水流の責任者の言葉が過る。
『己の誇示の為に技を無闇に使ってはいけない』
それでもと、優梨は心の中で謝りの言葉を出す。
『ごめんなさい、一瞬だけです』
右足を一足だけ前に出し、僅かに顔面に隙を作り待つ。
案の定、黒帯の2年生はバカデカイ声と共に左前拳の飛び込み突きで顔面に向かってきた。
優梨は僅かに左斜め前に体を捻り右肩から相手の懐に入り身し、飛び込み突きを交わし、右足を大きく一歩踏み込む、相手の脇腹と自分の脇腹が触れ合う、空かさず上半身を跳ね上げた体を起こした。
入り身投げ!
瞬間、相手の体が横に飛び宙で一回転し足元、床に叩きつけられた。
床に叩きつけられ仰向けに倒れた顔面に…
人差し指と中指を立て目を抉る…とイメージし正拳を落とし紙一重で止めた。
☆
優梨は、少しずつ、一つずつ、糸を紡ぐ様に確実に努力する。
退屈と、虚しさと、寂しさから脱け出すために。
終り。
警備少女2
闘強少女道璃夢 12
ボディガードはうら若き乙女で
☆
丹波篠山の山並みを薄いピンクの雲のように映えさせる古刹。
一六〇〇年を越える歴史をもつ境内の満開の桜の木々の花びらが舞う。
風はない、風はないが花びらが舞う。
突きの気魄の功を吐く、ハッ。
花びらが舞う。
打ちの気魄の功を吐く、ハッ。
花びらが舞う。
蹴りの気魄の功を吐く、ハッ。
花びらが舞う。
仮想の相手に、躱す、往なす、捌く、流す、体捌きに、足捌きに、一挙手一投足に、花びらが舞う。
気魄の功に合わせて花びらが舞うのか、花びらが舞うのに合わせて気魄の功を吐いているのか、それは定かでは無い。
動から静へと気魄を納め、立ち尽くした少女の真っ白な武術着を舞を納めた桜の花びらが薄いピンクに映していた。
16世紀、天文元年に創始されたと云い伝えられる『総合武術タケノウチ流柔術』の陰となりならがら、開祖 水部 龍彦(すいぶ りゅうげん)により直系血族伝承として守り伝えられた武術、龍水流柔術拳法(りゅうすいりゅうじゅうじゅつけんぽう)。
龍水流柔術拳法とはヤマト国古流柔術に大陸より琉球王国へ伝わった拳法を融合し編み出された Traditional Martial arts である。
その陰の武術が、21世紀、平成の時代を終え、令和の現に明かされる。
名は、梨七(りな)。
年齢は19歳(女子大二回生)。
11月1日生まれの乙女座。
血液型は、B型、身長 158cm。
物心ついた時より龍水流柔術拳法の直系血族として鍛錬を課せられて育った。
鍛錬の場は板張りの道場のみでなくぬかるむ田の中、河原、岩場、山の森林でも真の実戦、生命を掛けて行なわれる。
☆
丹波篠山の山間部で産まれ中学三年まで育った梨七は高校進学を機に神戸の山の手の青い屋根、白い壁、緑の芝生の御屋敷で暮らし神戸の女子高へ通い、女子大学へ進学し現在は二回生の夏休みを迎えている。
母方の伯父の奥様の弟、早田(はやた)家の御屋敷である。
御屋敷の主である早田は世界各国のスポーツイベントへ日本人アスリートを参加、出場させそのスポーツイベントを日本へ逆輸入すると云う企画実行の仕事をしている。
そして今回はアメリカで爆発的な人気を誇るエンタテイメントプロレス団体 E W W F へ日本人プロレスラーを参加出場させるため渡米するのである。
だが渡米の直前にスタッフの一人が同行出来なくなり、早田の妻が代わりのスタッフとして同行することになった。
早田の妻が渡米してしまえば御屋敷には夏休みの間、梨七ひとりで留守番になるため早田は梨七にも一緒にアメリカへ同行するように計らった。
しかし、梨七はただ観光気分での同行には気が引けたため僅かでも早田の役に立ちたいと申し出た。
そこで早田は梨七の武術の腕を役立てると云う名目で自分のボディガードをするように言い渡した。
梨七は夏休みになると同時に早田夫妻とスタッフに同行し渡米した。
☆
エンタテイメントプロレス団体 EWWF との折衝ミーティングは十四日間行なわれた。
そして EWWFのディーヴィズ・チャンピオン(女子チャンピオン)に日本人選手を挑戦させると云うチャンピオンシップ契約を成立させた。
EWWFのチャンピオンには、
ワールド・チャンピオン、
インターコンチネンタル・チャンピオン、
ユナイテッドステイツ・チャンピオン、
ユナイテッドステイツ・タッグ・チャンピオンと
女子チャンピオンのディーヴィズ・チャンピオンの五つのチャンピオンが設定されている。
EWWFの大会は全米だけでなく衛星放送で日本を始めとして全世界へも配信されているビックイベントであったが、日本人選手の参加は未だに成されていなかった。
増してチャンピオンシップはさらに盛り上がるのである。
そのチャンピオンシップへいきなり日本人選手が初参加するのである。
契約が成立した翌日にアメリカのマスコミを集め日本人選手がディーヴィズ・チャンピオンのタイトルマッチを行なう事を発表する予定だったが早田のもとへ日本から緊急の電話が入った。
その内容は、日本人選手に予定していた村里明衣子選手が負傷し渡米出来なくなったというものだった。
村里明衣子は元プロレスラーの現国会議員により、北朝鮮で開催されたプロレスイベントにも参加した名実共に今の日本の女子プロレスラーのトップである。
早田はやむおえず代役にジャガー真奈美を立てる事を EWWF側へ伝え契約の維持を計った。
ジャガー真奈美は女子プロレス最大の老舗女子プロレス団体のエースとして活躍したベテラン選手である。
けっきょく予定を一日遅らせマスコミ発表を行った。
発表会見の舞台上には早田とEWWFのコミッショナーとプロモーターが立っている。
発表会場には日米のプロレス専門誌、地上波、衛星放送のスポーツチャンネルが多数集まり華々しく行なわれていた。
☆
突然、マスコミの間を割ってひとりの女性が乱入し怒鳴り散らし始めた。
身長は180センチくらい、肩から腕への筋肉は半端なく盛り上がり、胸のふくらみも半端無く盛り上がり、その盛り上がりは黒地にゴールドのデザイン画の描かれたタンクトップの胸元から溢れんばかりの膨らみである。
ブロンドの長い髪は先端部を紫に染めてあり、ジーンズのショートパンツからは筋肉の隆起した太股から伸びた長い脚を剥きだしている。
それでいてウエストは見事にくびれ、チラリと見えるヘソの下をスワロスキーでデコられたベルトが煌めいている。
この女性こそが、現 EWWFディーヴィズ・チャンピオンでアルトメット・クィーンの称号で呼ばれている、ナタリー・アルバである。
ナタリーが早田に怒鳴っている。
「ジャパニーズプロモーター、私はジャガー真奈美などというロートルレスラーとのマッチメイクは了承出来ない、もっとバリバリの若い選手を出場させろ」
確かに現在の日本の女子プロレス界でジャガー真奈美は大ベテラン選手である。
しかし、女子プロレス最大の老舗女子プロレス団体が崩壊後は小団体が乱立した。
その各小団体のトップの称号となるチャンピオンベルトを争っている程度の選手ばかりでる。
ジャガー真奈美はフリーの選手としてその小団体を渡り歩き試合をしているがジャガー真奈美を脅かす若い選手はいないのであった。
そんな中で際立った選手が村里明衣子だったのだ。
「ジャガー真奈美が恐いのか!?」
早田は和えて挑発的な言葉をナタリーに向って発し睨みつけた。
ナタリーは途端に目を吊り上げ
「シャラープ」
と怒鳴りながら早田に駆け寄り左手で早田の胸ぐらを掴もうと左腕を伸ばした。
☆
その時 、小さな黒い疾風が起きた。
早田とナタリーの間に身体を割り込ませる様にし、伸びてきたナタリーの左手首に小さな黒い疾風は自分の左手の手刀を当て左腕の動きを止めた。
ナタリーは、ハッと息と止める。
その体勢のままブルーの瞳の目線を動かし小さな黒い疾風を見た。
そこには、黒いパンツスーツを着た小柄な少女の様な女性がいた。
梨七である。
早田のボディガード役として会見の舞台の脇に控えていたのだ。
「アンタ、何してるの」
ナタリーが梨七に怒鳴る。
「乱暴はお止めください」
梨七は流暢な英語で答えた。
「乱暴だって、アタシは暴れるのが仕事よプロレスラーなんだからさ」
ナタリーが梨七を睨みつけながら言う。
「それはプロレスのリングの中での事です」
梨七は冷静に切り返す。
その言葉と梨七の冷静さにナタリーの表情の怒りが増す。
ナタリーは目元を吊り上げ、右の拳を振り上げ梨七の顔面へ向け打ち下ろした。
拳が顔面の寸前でパチンと音を立てて止まった。
梨七の右手の平が拳を受け止めていた。
ナタリーはさらに目元を吊り上げブルーの瞳で梨七を睨みつけながら言う 。
「いったい何なんだアンタは」
「私は、ジャパニーズプロモーターのボディガードです」
梨七の答えにナタリーの表情から怒りが消え呆気に取られた表情へ変わった。
「はぁ、マジか、こんな小さくて役立てるのかい」
「はい、現にミス・ナタリーの乱暴を止めています」
「なに言ってんだい、アタシは本気出してなんか無いんだよ」
そう言うとナタリーは梨七に止められている右の拳を引きもう一度、拳を打ち下ろした。
梨七はその拳の甲を右掌底で下方へ叩き込み、すかさず左手でナタリーの右手首を上から捕まえ手首の関節を極める。
さらに自分の右手の平を添えると一瞬強く引き、肘関節を極める。
そのまま自分の右側へナタリーの右腕を捻り肩関節を極めた。
ナタリーの身体は、あっという間に極められた右腕につられて前のめりに傾く。
グガッ、と呻き声を上げ先端部を紫に染めたブロンドの髪を乱れさせナタリーが頭を振った。
「わかったよ、わかった、もぅ暴れないから、離してくれよ」
ナタリーは苦痛の表情で呻くように声を出す、梨七はその言葉を聞きゆっくりと極めていたナタリーの右腕を離した。
ナタリーは体勢を戻し先端部を紫に染めたブロンドの髪を振り戻しブルーの瞳で梨七を見つめ問いかけた。
「なかなかやるわねアンタ、でアンタ、名前は」
「リナ、です」と答えた。
「OK」とブルーの瞳でウィンクするとニャリと不敵に顔を歪める。
ナタリーはマスコミ達の前に進み出ると仁王立ちになり両腕を大きく広げ高らかに声を上げた 。
「皆さん、今ままでの様子、カメラに納めたわね」
マスコミのカメラマン達が頷くのを確認したナタリーは次に地上波、衛星放送のカメラに向って指差し改めて声を出した。
「と、言うことは、今ままでの様子が世界中に配信されたわね」
カメラの後ろでスタッフ達が頷くのを確認したナタリーはさらに言葉を続ける。
「アタシは、あの小娘、リナとチャンピオンシップを闘うわ」
と勝手に高らかに宣言した。
ナタリーは梨七に視線を向け
「いいわね、リナ」と言い放つ。
「私はプロレスラーではありません」と梨七は答えた。
「アンタ、マーシャルアーツやってるんだろ、格闘技者だろ、なら資格はあるよアタシが認める」
ナタリーの無茶ぶりに梨七は答える。
「私は武術家です、私闘はいたしません」
「はぁ、逃げるのかい、マスコミ達の前で、世界中に配信されてる放送カメラの前でアタシに恥かかせておいて卑怯だろ」
ナタリーはさらなる無茶ぶりで梨七に迫った。
「逃げなどは、いたしません。ですが、エンタテイメントの為の闘いも、いたしません」
梨七が言い切る。
「エンタテイメントで無い闘いならセメントってことね」
ナタリーが言葉を継ぐ。
梨七の漆黒の瞳とナタリーのブルーの瞳が見つめ合い視線で火花を散らす。
☆
プロレスの世界でのセメントとは、真剣勝負と意味する隠語である。
近年のプロレスはエンタテイメントと称されほとんどが申し合わせで試合を行なわれている。
セメントの試合、セメントマッチなどとは死語である。
勿論、エンタテイメントプロレスの女子チャンピオンがセメントマッチなどありえるはずもない。
ナタリーはEWWFのコミッショナーとプロモーターに向き直り
「アタシとリナのチャンピオンシップはセメントマッチだよ、ヨロシクね」
言い放つと会見会場から出て行ってしまった。
ナタリーの勝手なチャンピオンシップの対戦相手の発言、セメントマッチの発言にEWWFのコミッショナーとプロモーターは慌てふためいている。
早田も頭を抱え考え込んでいる。
梨七は早田のもとへ歩み寄り頭を下げた
「申し訳ございませんでした、私のせいでこの様な事態になってしまい」
「いや、元はと言えばナタリー・アルバの乱入が想定外だったんだ」
早田は取りなした。
「しかし、私にも責任は有ります、ですからナタリーと闘います私」
梨七の言葉に早田は目を見開いた。
「EWWFのコミッショナーとプロモーターにお伝え下さい」
梨七は言葉を続けた。
早田は梨七の漆黒の瞳を暫く見つめた後、僅かに首を立てに振り、立ち上がりEWWFのコミッショナーとプロモーターのもとへゆき梨七の意思を伝えた。
EWWFのコミッショナーとプロモーターは怪訝な表情で早田の言葉を聞いている。
彼らは小柄で少女の様な梨七が自分よりはるかにデカいナタリーと闘い試合が成立するのかを心配してるのだ。
「セメントマッチを認めるなら成立する」
二人は早田のこの言葉にさらに目を剥き彼女の生命の保証は出来ないとまくしたてた。
しかし、この場を早田は何とか乗り切り、梨七とナタリーでチャンピオンシップをセメントマッチで行なう事が了承され、翌日にルール・ミーティングが行なわれ、翌々日に正式な調印式が行なわれた。
正確に言えば、ルール・ミーティングと言うより当日の演出打ち合わせである。
選手入場時の演出、選手入場時のテーマ曲、リングでのマイクパフォーマンスの台詞などなどである。
特にマイクパフォーマンスに関しては時には演技指導まで行なわれる事もある。
梨七は入場時の演出、テーマ曲等は早田は一任し自分はオープンフィンガーグローブの着用をする事を伝えた。
オープンフィンガーグローブのは自分の拳を守る為でもあるが何より相手に致命傷を与えない為である。
もちろん『マイクパフォーマンスなどは、いたしません』
とも言い切った。
☆
ブルーホワイトのスポットライトに白く輝く肌が浮かびあがる。
ワインレッドの地にホワイトシルバーで型どられた桜の花びらが散りばめられたデザインのラッシュガードブラタイプのボディフィットウェアにグラップリングショートパンツ。
黒髪を後ろでひとつに束ね、前髪は眉下のラインで真っ直ぐに切り揃えてある。
両手に白地にピンクの縁取りのあるオープンフィンガーグローブを装着し素足の梨七が入場ゲートに立っている。
場内アナウスが会場に響き渡る。
「ブルーゲート!ジャパニーズ、マーシャルアーツ、ガール。リィーナァー」
入場テーマ曲が響き渡る。
『ビル・キルのテーマ』
日本のロックミュージシャンが作曲して世界的ヒットになっり、ハリウッド映画のテーマ曲にも使われた曲で、早田が演出したのだ。
入場ゲートのスタッフが梨七に合図をする。
梨七はスッーと息を大きくひとつ吸い込み漆黒の瞳の視線を真っ直ぐに見据えた。
アメリカン・スーパーアリーナの真ん中に映し出されたリングへ向け静かに花道を歩き始めた。
その小さな身体の少女の様な女性、梨七に観客は言葉を忘れた様にシーンとし、好奇の視線だけを送っている。
リングサイドの最前列に早田夫妻と早田の仕事のスタッフ達が座っている。
梨七はリングインの前に立ち止まり、早田夫妻とスタッフ達に頭を下げた。
早田は腕組みをし固い表情で目礼を梨七に返した。
早田の妻は柔らかく微笑み小さく頷く。
スタッフ達は皆、何かに祈っているかの様に胸の前で両手を合わ指を絡めている。
梨七とナタリーがチャンピオンシップの調印式を行なってから五日目が経ち今日の試合となったのである。
梨七がリングインすると会場が暗転し、一変、七色のレイザービームが狂った様に乱舞する様に発せられ、会場アナウスが再び響き渡る。
「レッドゲート、EWWFディーヴィズ・チャンピオン、アルトメット・クィーン、ナタリー・アルバァー」
ピンクのスポットライトにナタリーが浮き上がる。
エナメルの黒地にゴールドのトライバルデザインの揚羽蝶がプリントされたラッシュガードブラタイプのボディウェアに同じエナメルの黒地にゴールドのサイドラインのスパッツにゴールドのリングシューズである。
先端部を紫に染めたブロンドヘアーを靡かせながら軽快なステップを踏んでいる。
ナタリーの入場テーマ曲が鳴り響く、聞き慣れた響きに観客達が盛り上がり、奇声の様な声を上げ始めた。
ナタリーはまるでクラブで踊っているような仕草で観客を煽りながらリングへ向って来ている。
そのナタリーの姿をスポットライトが追いかける。
見事にくびれたウエストには黒い革の地にホワイトゴールドのプレートが燦然と輝いている。 ディーヴィズ・チャンピオンのベルトがある。
梨七はそのナタリーの姿を美しいと思いながら見つめていた。
例えエンタテイメントプロレスとはいえチャンピオン、トップレスラーである、その人間にしか醸し出せない美しさがあるのだ。
ナタリーがリングインし観客の歓声に応える様にリングを歩き回る。
梨七は青コーナーへ、ナタリーは赤コーナーへ立ち視線をぶつけ合う。
コミッショナーによるチャンピオンシップの宣言が行なわれ、リングアナウンサーが選手紹介を行ない、両国の国歌演奏になる。
日本の国旗がスポットライトに照らし出され国歌が流れ始めると梨七は目を閉じ静かに聞き入った。
アメリカの国旗がスポットライトに照らし出され国歌が流れ始めると今ままで踊るようにステップを踏んでいたナタリーは動きを止め静かに目を閉じた。
アメリカ国歌の演奏が終わってナタリーがチャンピオンベルトを腰から外し両手で高々と頭の上に掲げると会場全体がUSAコールで包まれた。
チャンピオンベルトがコミッショナーに返還され、梨七とナタリーがリングの中央でレフリーによる簡単なルール確認とボディチェックが行なわる。
一旦、両者コーナーへ戻って、とレフリーが二人を分ける。
梨七は自分のコーナーへ後退るようにして戻る。
ナタリーはその場で立ち尽くしたままである。
梨七がコーナーに背中を付ける寸前、ナタリーが猛ダッシュで突進してきた、まだ試合開始のゴングは鳴っていない。
ナタリーは奇襲の体当り、ボディアタックで梨七をコーナーでの圧殺しょうとしたのだ。
ナタリーの身体が梨七にぶつかる寸前で試合開始のゴングが鳴った。
ゴングの音色の余韻のうちに、ドッスンという鈍い音と供にナタリーの身体が宙に浮き後方へ2メートル程吹き飛んだ。
大歓声だった観客は何が起きたのかわからず呆然として声を失っている。
吹き飛んだナタリーはリング中央で空気を、酸素を求める様にアゥアゥと口を開けたままのたうち回っている。
梨七は右足を一歩前に踏み出し、腰を落とし、右の拳を胸の前へ、左の拳を右足太股の前に両腕を交差させる様に突き出し構え残心を取っていた。
右の拳はナタリーの鳩尾へ、左の拳はナタリーの左足の付け根の動脈に撃ちつけたのだ。
オープンフィンガーグローブだった為、カウンターとなった衝撃と圧迫によるダメージだったが、素手の拳なら中指を一本突き出し、中高一本拳にし鳩尾の深部へ刺し込み、足の付け根の動脈を圧切する技である。
☆
シーンと静まり返っているアメリカン・スーパーアリーナにナタリーの苦しげな息遣いだけが聞こえている様にだった。
梨七は音も立てない足取りでナタリーへ近づこうと身体を前に進めた。
それに気づいたレフリーが我に返って梨七に右手の平を向け叫んだ。
「ダウンだ、ニュートラルコーナーへ」
レフリーは倒れているナタリーの元へゆき屈みこむと顔を覗き込み様子をみながら問いかけている。
「ナタリー、大丈夫か、立てるか」
苦しげな息遣いも落ち着いてきたナタリーは顔を立てに振りながら、イエスと答えた。
それを聞いたレフリーは立ち上がり改めてダウンのカウントを始めた。
「ワンー、ツゥー、スリィー、フォー」
間延びしたカウントである。
ナタリーがふらつきながら立ち上がる。
頭を下げ、左足の付け根を庇う様に自分の左の手の平を当て、右足の力だけで立ち上がるとフラリと身体の重心が崩れリングロープに背中から身体を預け、乱れたブロンドヘアーの間から梨七をブルーの瞳で睨みつけた。
梨七はそれに応える様にニュートラルコーナーを離れ足を進めナタリーの前に立つ。
「まだだ、ロープブレイクだ」
レフリーが梨七に向け再び叫んだ。
梨七は、一歩後退る。
ナタリーがロープから背中を離し乱れたブロンドヘアーを振り上げ雄叫びをあげる。
ゥリャー、掛け声と同時にナタリーは右腕を振り上げラリアットを梨七の首筋へめがけ振り下ろす。
梨七はナタリーのラリアットを軽く膝を曲げ、ダッキングし躱す。
身長差が二十センチもあるためナタリーのラリアットは有効ではないのだが苦し紛れの策としかいえない。
空振りし体勢を崩したナタリーの後方から梨七の左腕がナタリーの股間に差し込まれ右足太股に絡みつく。
右腕が前方から差し込まれ右足太股に絡みつくとナタリーの身体がスッと宙に持ち上げられた。
梨七の倍、もしくはそれ以上の体格のナタリーを軽々と持ち上げた光景に観客達は驚嘆の声をあげた。
梨七は持ち上げた位置から後方へナタリーを反り投げでリングのマットへ後頭部から叩きつける。
ナタリーはその勢いとマットの柔らかさで大きくバウンドする。
アメリカンプロレスのリング、マットは表面は硬いがスプリングが柔らかく出来ている。
レスラーの受け身をとる技術が稚拙である、と言うより出来ないと言っても過言ない為、レスラーの身体を守るためスプリングを柔らかくしてあるのだ。
バウンドした勢いで上半身を起こしたナタリーは後頭部を両手で押さえ両足を投げ出し、尻餅をついた様な格好で項垂れている。
梨七は、ゆっくりと近づきナタリーの右体側へ位置どると右腕を掴み上向きに引き上げ自分の右肩をナタリーの右脇に当てる。
右腕をナタリーの首に前方から回し右手首をナタリーの左の首、頸動脈に押し当て、左手を自分の右手首に添える、自分の右頭側をナタリーの後頭部に接するとググッと絞める。
ナタリーの右の脇にに押し当てた自分の右肩に体重を乗せ更に梨七は躊躇なく絞める。
ナタリーは苦しさのあまり無理やり逃れようと足をにばたつかせる。
自由なっている自分の左手を振り回し梨七の頭を髪を捕まえようとやたらと暴れる。
暴れれば暴れるだけ締め付けの力が増してゆく。
一般的人間ならこの状態では五秒と保たないであろう。
さすがに鍛えてあるだけにナタリーの肩から腕、胸の筋肉が耐える力を与えている。
二十秒、三十秒と硬直状態になる。
レフリーが見るに見かね二人に近づきナタリーの左の頸動脈へ回されている梨七の右腕の下から自分の右手を差し込み大声をあげる。
「チョークだ、反則だ」梨七に怒鳴る。
チョークとは相手の喉を絞める反則の事である。
しかし、梨七の右腕はナタリーの顎の前から回されているので喉には触れもしていない。
レフリーもEWWFの一員であり仲間のナタリーを負けさせたくない為の行為だ。
梨七は漆黒の瞳を冷たく煌めかせレフリーは見つめた。
とたんに、背筋に氷りの刃を当てられた感覚に囚われレフリーは後退り梨七の側から離れた。
梨七は何もなかった様に自ら技を外し立ち上がり、足を滑る様に運びナタリーの正面に移り間合いをとり立ち位置を決め漆黒の瞳で見下ろし見つめた。
ナタリーがふらつきながら何とか無理やりに立ち上がった。
刹那、梨七の身体が二十センチ程浮き上がる、その瞬間、旋風が起きた。
ナタリーの乱れていたブロンドヘアーがフワリと元へ戻り美しい顔が現われ、ブルーの瞳が切なく揺れている。
同時に衝撃が疾走った。
梨七の左足の踵がナタリーの左の頸動脈へ突き刺さっている。
ナタリーは何もなかった様にそのまま後方へ倒れる。
☆
梨七の身体が二十センチ程浮き上がり、右肩から前方へ宙返り回転する、左足がしなり、踵が凶器の如く唸り相手の急所に突き刺さる技である。
倒れているナタリーはピクリとも動かない、完全失神状態である。
レフリーはナタリーの元へ駆け寄ると本部席に座っているEWWFのコミッショナーへ視線を向けて、ダメだっと首を左右に振る。
コミッショナーが苦い顔で頷く。
レフリーは、TKOをコールしリングドクターを呼び込む。
レフリーは吹っ切れた様に立ち上がると梨七の側へゆき梨七の右腕を掴み高々と上げ大声でコールした。
「ウィナー、リィーナァー!」
同時に観客は爆発的大歓声を上げる。
ナタリーはまだ倒れたままで赤コーナーでドクターチェックを受けているが、セレモニーが始られる。
コミッショナーがチャンピオン認定証を読み上げ、黒い革の地にホワイトゴールドのプレートが燦然と輝いているEWWFディーヴィズ・チャンピオンのベルトが梨七に手渡される。
梨七はチャンピオンベルトを手にしコミッショナーに頭を下げる。
チャンピオンベルトを暫く見つめチャンピオンベルトに目礼をし、梨七はナタリーの元へ近づいた。
梨七は腰を下ろしナタリーの胸の上にチャンピオンベルトをソっと置くと、意識を取り戻したナタリーの耳元で言葉を発した。
「このチャンピオンベルトは貴方の為のベルトです、貴方の腰に巻かれている事に価値があるのです」
そして、梨七は立ち上がり、背を向け、花道の奥へ姿を消した。
梨七の居なくなったリング上ではコミッショナーがマイクを持ち高らかに声を出している。
「ただいま、リナ選手のチャンピオンシップの返上により、ナタリー・アルバの防衛とします」
一瞬の呆然状態の会場は静まる。
しかし、我に返った観客達の歓声と怒号が渦巻きパニック状態となってしまった。
☆
龍水流柔術拳法、直系血族継承者、梨七の姿と衝撃的な技は全米のみならず世界中へ配信され白日の下へ明かされた。
終り。
鋼鉄少女達
闘強少女道璃夢 13 集合編
ジャスト+愛
☆
憂鬱な梅雨も終わり初夏といえる季節だった。
宮城県仙台市の青葉城公園の近くにある、一文字モータースで二代目経営者、一文字 速人は平穏に自動車修理をしていた。
妹の結は、リビングで母親のルリ子と休養日の昼下がりのお喋りに花を咲かせていた。
一文字モータースの前に重厚なエンジン音の黒塗りの車が四台停車した。
車のドアの開く音に重なるように数人の足音が聞こえてくる。
「ごめんください」
上等なスーツを身に付けた男性が戸口から声をかけてくる。
修理中のエンジンルームから速人は顔を上げ戸口に目を向けた。
いらっしゃいませ。
と言いながら見たことあるような男性だなっと思った。
戸口に立つ男性と速人の視線が合う。
「一文字 速人さんですね、宮城県知事の伊達 ミキ男です」
ち、知事さんですか。
「はい、私が一文字 速人ですが」
「突然ですが、あなたと重要なお話をしたいと言う方をお連れしました」
はぁ、なんだろ。
「どちら様でしょうか」
スッ、と無駄な動きも無く女性が現れる。
でっぷりとした県知事の伊達の隣に立っているせいなのか否か、スリムでスタイリッシュさが際立っている。
両脇に体格の良い男達が立っている。
胸にSPのバッジが光っている。
「突然お邪魔して申し訳ありません。内閣総理大臣の鯉池 由梨子です」
はぁ、はぁー。
「総理大臣、ですか」
「はい」
ぅわー、マジか。
「い、一文字 速人でございます」
速人は、ギクシャクと頭を下げる。
突然、現れた内閣総理大臣の鯉池 由梨子は数カ月前に起った騒ぎでアイアンヒーローが活躍し仙台市を守った件を語り、実物を見たいと言った。
あぁ、はぁ、
とオドオドしながら速人は赤いラインでメイクアップした白い軽自動車のもとへと案内した。
あたふたとしながら、妹との結を呼びトランスフォームを実行し、アイアンスーツの装着を完了して見せた。
「実は、妹が装着しているので、アイアンレディと名づけてます」
速人が説明を終えると、 なるほど。と鯉池 由梨子が感心する。
「一文字さん、何の目的でアイアンレディを作られましたか」
鯉池が、改めて問いかける。
え、あぁ、と速人は言い淀みながらも言いきった。
「悪と、悪と戦うためです」
「ならば、我々と一緒に戦って頂けませんか」
「はぁ、我々とは」
「日本国、国家です」
えぇ、あぁ、
「私に何が出来るのでしょか」
「トランスフォーム・アイアンスーツを追加製造してください、国家が全面バックアップします」
ぅわー、「マジですか」
「マジです」
鯉池は、トランスフォームを解除して軽自動車から降りてきた結にも一緒に戦ってほしいと申し入れをした。
速人と結は、鯉池の申し入れを受け入れた。
その日から十日後、鯉池が発起した新チームへの招集状が届いた。
★
Japan
Ultimate
Self-defense
Team
Iron ladies
略称 JUST-I
ジャパン
アルティメット
セルフ-ディフェンス
チーム
アイアンレディース
略称 ジャスト+愛 (アイ)
からの招集状である。
そして、同じ招集状を受け取った者達がいた。
大澤 逸美
〈女子総合格闘技Japanチャンピオン〉
水部 梨七
〈龍水流柔術拳法直血伝承者〉
冴刀 哀梨
〈アンダーグラウンドヴァーリトゥードパーティ戦士〉
風吹 麗七
〈キメラ人間・レイナ・フブキ〉
風吹 純一郎 ふぶきじゅんいちろう 〈遺伝子人工融合世界的権威者〉
紅 雪李
〈総合格闘技コーチ〉
☆
速人と結は水道橋駅に降り立っていた。
「ねぇ、兄ちゃん何で東京ドームなのよ」
さぁ、と肩をすくめると速人と結は東京ドームの正面入口へ向かって歩き出した。
警備員が立っている。
速人と結は警備員に声をかけられ氏名を確認されると関係者以外立入禁止と書かれたドアへと案内された。
恐る恐るという感じで速人がドアを開けると濃紺のスーツを身に付けた男性が待っていた。
その男性の後を速人と結は着いてゆく。
男性はミーティングルームと書かれたドアをノックする。
ドアが開かれるとグレーのスーツを身に付けた女性が速人と結を室内へと招き入れた。
室内には円卓がある。
すでに数人の男女が席についている。
三つの空席があり速人と結が指示された席に腰を降ろすと再びドアが開き鯉池 由梨子が入って来た。
「皆さん、本日はご苦労様です。私がこのチームの最高責任者である、内閣総理大臣の鯉池 由梨子です」
そう挨拶すると最後の空席に腰を降ろした。
では、と声にした女性が立ち上がった。
先程、速人と結を招き入れた女性である。
グレーのスーツを身に付けているとは思えない艷やかな色気を漂わせている。
女性は挨拶がわりにとチームの説明を始めた。
Japan
Ultimate
Self-defense
Team
Iron ladies
略称 JUST-I
ジャパン
アルティメット
セルフ-ディフェンス
チーム
アイアンレディース
略称 ジャスト+アイ(愛)
私がこのアイアンレディース総長を仰せつかりました、木口 魔弓です。
現在、日本国は北は北方領土、南は尖閣諸島、さらに竹島と国土問題で睨み合っている諸国の脅威にさらされています。
それらは国際法にのっとり日本国公的機関の対応しています。
しかし、国内に新たな敵が出現しました。
悪の秘密結社・ビックサターン・クロスと称する組織です。
その悪の秘密結社の陰謀、野望を阻止する為に今、このジャスト+アイ(愛)が発足しました。
この説明にクエスチョンマークを頭の中に浮かべる何人かがいた。
木口 魔弓の右手が合図するとミーティングルームの壁の一面から大画面のスクリーンが表れ、VTRが映し出された。
『我々は、悪の秘密結社・ビックサターン・クロスである。
そして私が最高幹部のジェネラル・オーガである。
我々の目的は最凶改造人間による恐怖での全世界の支配である。
その足掛かりとしてまずは日本国を恐怖の支配下に治める』
はぁ、とさらにクエスチョンマークを頭の中に浮かべる。
鯉池が話し始める。
「詳細は後ほど、一見は百聞にですから、先ずは各人の紹介をしてください」
はい、と頷くと魔弓が紹介を始めた。
鯉池 由梨子 こいいけゆりこ
〈ジャスト+アイ(愛) 最高責任者、内閣総理大臣〉
木口 魔弓 きぐちまゆみ 〈ジャスト+アイ(愛) アイアンレディース総長〉
一文字 結
〈アイアンレディ初号機搭乗員〉
大澤 逸美
〈アイアンレディ搭乗員 女子総合格闘技Japanチャンピオン〉
水部 梨七
〈アイアンレディ搭乗員 龍水流柔術拳法直血伝承者〉
冴刀 哀梨
〈アイアンレディ搭乗員 アンダーグラウンドヴァーリトゥードパーティ戦士〉
風吹 麗七
〈アイアンレディ搭乗員 キメラ人間・レイナ・フブキ〉
一文字 速人
〈トランスフォーム・アイアンレディ開発者〉
風吹 純一郎 ふぶきじゅんいちろう 〈遺伝子人工融合世界的権威者 悪の秘密結社・ビックサターン・クロスを知る人物〉
紅 雪李
〈総合格闘技コーチ アイアンレディ搭乗員格闘技術コーチ〉
以上、他多数のサポートメンバーが現場におりますので皆さん、よろしくお願いいたします。
魔弓の言葉が終わると、
「では、皆さん移動しましょう」
言葉と同時に立ち上がった鯉池がドアへ向かって歩き出した。
☆
鯉池に続いて全員が東京ドームのグランドへ出た。
グランドの中央には赤いラインでメイクアップした白いK-CARが置かれている。
白いK-CARへ鯉池が近づく、続いてそれぞれがK-CARを囲む。
スリムなスーツ姿が凛とした鯉池 由梨子。
グレーのスーツで艷やかな色気を漂わせている木口 魔弓。
スリムフィットジーンズに有名スポーツブランドのTシャツの結。
ジーンズのショートパンツにハイカットスニーカーにゆったりしたTシャツの逸美。
黒いパンツスーツは梨七。
黒いワンピースに黒いハイヒールの哀梨。
紺色のブレザーに紺色のスカートにサーモンピンクのブラウス、都内有名私立高校の制服の麗七。
洗いざらしのブルージーンズに白いポロシャツの一文字 速人。
サマージャケットにチノパンツの風吹 純一郎。
ダメージジーンズに上半身にフィットしたTシャツの紅 雪李。
鯉池が速人に頷きかけ合図をする。
結と、速人は声をかける。
結が歩み出てK-CARの運転席へ乗り込みエンジンをかける。
いつもの手順で通話用にハンズフリーを装着しようとする結に速人が新たなインカムを手渡す。
「今日からこれだ、専用インカムと専用スマートフォンでオープン会話できる」
新たなインカムを装着した結が右手の親指を立てオッケーサインを出す。
速人が高らかに声を出す。
「トランスフォーム・アイアンレディ、ゴーチェンジ!」
結が、トランスフォームを開始する。
シュィーン、シュィーン、カチッ、カチッ。
トランスフォーム・アイアンスーツを装着した結が、アイアンレディの勇姿で立っている。
ぅわー、と誰ともなく声を出す。
「結、ダッシュ」
アイアンレディが走りだす。
あっという間にセンターバックスクリーンまで行くとバク転で元の位置まで戻って来る。
「ジャンプ」速人の声が響く。
グッと膝を曲げ真上に跳び上がる。
東京ドームの天井のスピーカーにタッチし宙返りしながら降りてくる。
着地時に両腕をY字にして決めポーズを作る。
また誰ともなく声を出す。
早っ、ってか凄っ。
満足気に鯉池が向き直り声をかけた。
「この初号機を改善進化させ、あと四機製造します。それを各位に搭乗員していただきます」
はぁ。マジか。
みたび誰ともなく発した声に、マジです。
と鯉池が答えた。
結が、トランスフォームを解除して戻って来る。
続いて風吹博士、お願いします。
と鯉池が促す。
はい。と風吹 純一郎が前に出る。
麗七、と娘を呼ぶ。
お見せして。と麗七に声をかける。
はい。と麗七は、一歩前に出ると両腕を胸の前で交差し、えぃ、と掛け声を出した。
両腕が左右に広げられ、腕の内側から体側へ翼が現れる。
バサッ、とひと振りし宙に舞い上がる。
バサッ、バサッ、と翼を振り自在に宙をを舞い、飛び回る。
信じられなーい、と声がもれる。
麗七は一旦、空中に停止すると、
フンッ、フンッ、と身体をうねらせる。
ハッァ、と気合と供にキメラ人間・レイナ・フブキへ変身する。
純一郎以外は全員が絶句している。
麗七が舞い降りてくる。
変身を解除する。
「これが動物の遺伝子を人工融合して誕生したキメラ人間です」
純一郎は悲しさと悔しさを滲ませた顔で続けた。
「ビックサターン・クロスは遺伝子人工融合のノウハウを利用して猛獣と凶悪犯の改造人間を作り出しているのです、そしてその改造人間を使って恐怖支配する計画です」
全員がシィんと静まり返っている。
「この悪の計画を阻止する対抗手段がアイアンレディなのです」
風吹博士の言葉が終り、さらなる静けさがそれぞれの頭の中のクエスチョンマークを消してゆく。
静けさを破り、鯉池が声を出す。
「皆さん、よろしくお願いいたします。なお、私は、これで失礼します」
魔弓が向き直り返事をする。
「はい、ご苦労様でした」
鯉池は、元来た通路へ消えて行く。
それを見届けると魔弓が残った者達に声をかける。
「これより、ジャスト+アイ(愛)本部施設へ案内します」
魔弓が通路へ向かい歩き出す。
後についてそれぞれが歩き出す。
ミーティングルームの前を通り過ぎ。
監督室の前を通り過ぎる。
通路の突き当りで魔弓が止まる。
行き止まりの壁に魔弓が左手の平を触れさせる。
指紋および手のひら認証が行われ壁の真ん中辺りに長方形の穴が現れる。 魔弓が覗き込む。
瞳認証と顔認証されると、シュルル、と壁が左へスライドし4メートル四方のスペースが現れる。
「エレベーターです、皆さん乗ってください」
魔弓の言葉にしたがい全員が乗り込むと、たった一つのボタンに魔弓の指がタッチする。
しばらくすると再びスライドし目の前に五角形のスペースが現れる。
「え、どうなったの」
結が思わず声を出す。
「現在、東京ドーム地下250メートルです」
魔弓が答える。
「マジで」 逸美がつぶやく。
魔弓が逸美を睨む。
逸美が、ペロリと舌を出しながら肩をすくめる。
五角形のスペースの中央に魔弓は立つと説明を始めた。
前方に四つの通路が有る。
向かって右から、
一番通路、アイアンレディ開発室、
二番通路、遺伝子人工融合研究室、
三番通路、各人の宿泊ルーム、
四番通路、搭乗員トレーニングジム。
「以上です、各人の宿泊ルームに、ジャスト+愛の制服が用意されています。
制服着用後、一文字 速人さんは開発室へ、風吹博士は研究室へ、搭乗員五名と紅 雪李コーチはトレーニングジムへ移動してください。
集合は60分後です、解散」
はい。了解。
とそれぞれに返事をし宿泊ルームへ向かい歩き始めた。
☆
ジャスト+愛でのトレーニングも三日目になっていた。
格闘技未経験者の一文字 結には過酷なメニューであったが持ち前の運動神経で何とか他の四人についていっていた。
三日目のトレーニングのラストに五人は、五角形になりストレッチしている。
紅 雪李が、水部 梨七に声をかける。
「幻とか伝説って言われていたけど、見事だね、龍水流」
梨七は、サッと正座になると雪李に向かい頭を下げる。
「ありがとうございます」
礼をすると梨七はストレッチに戻った。
「コーチ、知ってるんですか、梨七の格闘技」
逸美がストレッチしながら気易く問いかける。
「武道ってか、武術だな、本物は初めて見せてもらったけどね」
雪李が答えた。
へぇー。と息を合わせる。
すると続けて、哀梨が口をひらいた。
「気を悪くしないでもらいたいんだけど、麗七の身体ってさ、変身してない時はどうなの」
他の三人も興味を示す顔になる。
「はい」っと麗七は返事をすると立ち上がった。
「哀梨さん、私の身体をどこでもいいので殴ってみてください」
えっ、哀梨が驚く。
「いや、いや、言葉でいいよ」
「いえ、一見は百聞にですから」
そうなの、と哀梨は他の三人を見る。
やはりみな興味を示す顔になっている。
ならば、と哀梨は立ち上がり麗七の前に立ち、右拳を右脇に引き付け構える。
麗七は棒立ちのまま「どうぞ」と言う。
ハッ、気合を入れ右の正拳突きをはなち右拳が麗七の腹部に当たる。
バッチン、痛っ。
哀梨が右拳を抱えて痛がっている。
麗七は、ニコッと微笑む。
「私の身体は、隼とバッファローの遺伝子キメラ融合で出来ています。ですから身体はバッファローの硬さなんです」
「マジで、無敵じゃないの」
結が声を上げる。
「いえ、所詮は生身と同じです、鋭い牙や爪を持つ猛獣に敵いませんし、刃物や銃弾にも敵いません、ですからアイアンスーツを装着させていただく事にしまった」
「なるほどね」
哀梨が右拳をぶらぶらと振りながら納得する。
ピロリロリン、ピロリロリン。
とスマートフォンの着信音がなりひびいた。
ジャスト+愛、専用特殊スマートフォンがそれぞれに貸与されている。
有事発生のアラート回線でスクランブルが各人に如何なる場合、場所でも知らされるようにだ。
もちろん通常の通話、メール、インターネットにも使用できる。
アイアンスーツを装着しアイアンレディ搭乗時にはお互いのオープン会話、総長からの指令をオープン受信もできる。
雪李がスマートフォンを取り耳に当てる。
あぁ、終わってる。
うん、わかった。
じゃ。
通話の受け答えの気易さに五人の視線が雪李に集中する。
「コーチ、誰から」 逸美が問いかける。
「ん、魔弓だ。30分後にグランドに集合だってよ」
「魔弓って」 五人の声が揃う。
「馴れ馴れしくないですか、呼び捨ては」 哀梨が尋ねる。
「なんでだ」
「いえ、総長は上司ですし」
「そう言われるとそうだな」
「まさか、特別な関係があったりして」
「バァーロ、魔弓は学生時代からの仲間だ」
「えぇー」 再び五人の声が揃う。
「怪しいー、サツキさんに報告しなきゃ」 逸美が言う。
誰、誰。と四人がざわめく。
「雪李コーチの彼女」
逸美が四人に向かって言う。
「ちげぇーよ、元カノだ」
「へぇ、元カノと一緒に暮らしますかねー、咲桜から聞いてるよ」
逸美が横目で雪李を睨みながら言う。
紫 咲桜(むらさき さくら)
紅 雪李がMMAをコーチングしている女子格闘技選手で、逸美とは LINE 仲間なのである。
おかげで雪李に関するの情報提供元となっている。
キャー。と四人が歓声を上げる。
「うっせぇ、さっさとシャワーしてグランド集合だ」
雪李は無理やり話しを終わらせシャワー室へ向かった。
☆
木口 魔弓(きぐちまゆみ)
JUSTーI(愛)
アイアンレディース総長。
そして、内閣総理大臣 鯉池 由梨子の特殊任務秘書官である。
木口 魔弓と紅 雪李は同じ大学の同期生であり格闘技サークルの仲間であった。
魔弓は、関西エリアにある、KG大学の政治学部に入学した。
同じ年、紅 雪李も、KG大学の文学部に入学した。
学部の違いから入学時から互いを知っていたわけではなく、せいぜい授業のための教室移動の際にすれ違うていどであった。
しかし、背丈、172センチ、80センチ、58センチ、83センチに股下、85センチという魔弓の際立つスタイリッシュな容姿は目立っていたので雪李を始めとする男子達の視線を惹き付けていた。
そんなすれ違いが2、3回あり、4回目のすれ違いの時、魔弓が足を止めウルフボブの髪をふわりと揺らし唐突に雪李に声をかけてきた。
「ねぇ、あなたって、わたしと同じ血の匂いね」
その言葉と同じ感覚を雪李も持っていた。
雪李は立ち止まり静かに魔弓を見つめた。
しばらく雪李と見つめあった魔弓は「じゃまた」の言葉を残して立ち去った。
数日後、雪李は格闘技サークルの新入生見学会に足を運んだ。
その見学会に魔弓も参加していた。
魔弓と雪李はそのまま格闘技サークルに入会した。
魔弓の格闘技のバックボーンは、キックボクシングであった。
スタイリッシュなボディそのままにクールでセクシーなファイテングポーズから繰り出されるパンチ、キックは魅とれるばかりであった。
特に、ハイキックの瞬発力は抜群で、スパーリング相手をした者達はその一撃でKOされていた。
雪李の格闘技のバックボーンは、武術である。
空手、拳法、柔術、合気道等の間合いを征する術を体得し、見切る、交わす、往なす、捌く、触れさせず当てる、打つ、が真骨頂である。
そのテクニックは、後のファントムの異名となってゆく。
雪李も魔弓との初めてのスパーリングの時には魔弓のハイキックを完全には見切れず間一髪ブロックで凌いだのである。
当然、ハイキックをブロックされ凌がれた魔弓は負けず嫌いな性格MAX状態になる。
二人のスパーリングは日々、幾度となく行われた。
互いに切磋琢磨し、リスペクトしあい、次第に二人で過ごす時間が増えていった。
言葉を交わし合う時間。
技術を交わし合う時間。
互いの身体を労り、癒し合う時間。
互いの心を労り、癒し合う時間。
唇を交わし、指先から全ての肌を交え、互いを求め合い、互いの求めを交わし合う時間。
そんな時間を過ごし合っていても互いに、彼氏だとか、彼女だとか、恋人同士だとかと言う感情にはならなかった。
『同じ血の匂い…』がそうさせていたのかもしれない。
魔弓は、大学を卒業すると、東京へと暮らしを移した。
そして、政治の世界へと進み、当時、防衛大臣であった鯉池 由梨子に師事し秘書官として今に至っている。
10年振りに開催された、格闘技ビッグイベント・夏の陣での、紅 雪李、ベニ!ユキーデ!の活躍を目にした魔弓から、ジャスト+愛の格闘技術コーチにとたっての願いだと口説かれた。
そんな仲の魔弓からの口説きを無下に断る事も出来ず雪李は、コーチを引き受けたのである。
☆
30分後、結、逸美、梨七、哀梨、麗七がグランドに集合した。
グランドの中央に五台のK-CARが並べられている。
五台のK-CARと並びガンメタのワンボックスカーが一台止められている。
魔弓、一文字、風吹博士、雪李がワンボックスカーの前に並んでいる。
「皆さん、お待たせしました」
一文字 速人が一歩踏み出し五人に向かい声をかけた。
おー、と声が上がる。
「各人、担当のK-CARへ搭乗してください」
はい。返事と供に五人が駆けだす。
K-CARの白いボディにはそれぞれのイメージカラーがメイクアップさせている。
紫色のラインでメイクアップされたK-CARへ逸美が。
オレンジ色のラインでメイクアップされたK-CARへ哀梨が。
臙脂色のラインでメイクアップされたK-CARへ梨七が。
黒色のラインでメイクアップされたK-CARへ麗七が。
赤色のラインでメイクアップされたK-CARへ結が。
それぞれに搭乗する。
スマートフォンをオープン会話設定にし制服の左胸の少し上のポケットにセットする。
「皆さんのボディサイズと運動能力を有効に発揮出来るようになっています」
一文字が解説する。
「もちろん初号機もグレードアップさせてある」
と妹の結に速人は言った。
「エンジン始動」
「はい」
と揃った返事が返ってくる。
五台のK-CARのエキゾノートが響く。
「トランスフォーム開始」
「はい」
手順はすでにレクチャー済である。
ステアリングの左斜め下のレバーを引く。
シューウン、シューウン、シューウン、シューウン、シューウン。
五機のアイアンレディが立ち並ぶ。
「まずは、歩行から」
「はい」
ズザッ、ズザッ、と五機がグランドのバックスクリーンへ向かって歩き出す。
はじめの一歩、二歩、三歩はぎこちながったが歩数が増すと自然にスムーズになってゆく。
バックスクリーン前まで歩くと揃って振り返る。
「次は、ダッシュ」
「はい」
バックスクリーンからバックネット方向に向けて五機が駆けだす。
一歩、二歩で高速ダッシュになる。
バックネット前まで揃って止まり、振り返る。
「順番にジャンプしてください」
「はい」
先ずは、結が軽く屈伸するように膝を曲げ伸ばし手本を見せるようにジャンプする。
逸美がジャンプする。
梨七がジャンプする。
哀梨がジャンプする。
麗七に向けて風吹博士が声をかけた。
「麗七、翼を広げているイメージを持ちなさい、宙を舞うイメージを持ちなさい」
「はい、わかりました」
返事をすると麗七がジャンプし両腕を左右に広げるとアイアンレディが宙を舞った。
右へ左へ、自在に宙を舞う。
凄え。と声が上がる。
麗七は急降下する。
地面に激突するのかと思える程スレスレで、フワッと止まり優雅に着地した。
「素晴らしい」
一文字が感嘆の声を出す。
「よぉーし、シャドーで動きを確かめろ」
雪李が指示する。
「はい」
と返事を揃えると、それぞれがファイティングポーズを取り構えた。
ほぼ同時に、 ビビッ、ビビッ、ビビッとスマートフォンが有事発生のアラートでスクランブルを知らせた。
『至急、至急、都内、渋谷駅前にて未確認生体物が暴れ、死傷者が出ている。急行願う』
『了解。ジャスト+愛、出動します』
魔弓が応える。
「K-CARへ戻し渋谷駅前へ行くわよ。ジャスト+愛の初陣よ」
高らかに魔弓が声を上げた。
「了解」返事と供に五機のアイアンレディが、五台のK-CARへ戻る。
「総長、麗七は車の運転できません」
結が声を出す。
「わかってるわ」
と魔弓は言い放つと麗七のK-CARへ駆け寄る。
「私が運転するわ、麗七は助手席へ」
「はい、ありがとうございます」
魔弓が運転席へ、麗七は助手席へ納まった。
ガンメタのワンボックスカーに、一文字、風吹博士と雪李が乗り込む。
ワンボックスカーが走り出す。
続いて、魔弓の運転するK-CARが、結の、逸美の、哀梨の、梨七のK-CARが走り出す。
東京ドームのグランド、外野左中間のフエンスがスライドして開きトンネルが現れる。
吸い込まれたワンボックスカーとK-CARはLEDで照らされているトンネル内をフルスピードで駆け抜ける。
パッと明るく視界が開放され屋外へと出た。
外部からはまるで東京ドーム・シティ・ホテルの地下駐車場から出車してきた様に見えていた。
☆
猛スピードでガンメタのワンボックスカーが前をゆく車を追い越してゆく。
五台のK-CARがピタリと離れず着いてゆく。
渋谷駅前よりもワンブロック手前のビル影にワンボックスカーとK-CARが停車する。
黒色のラインでメイクアップされたK-CARから、魔弓が飛び出し、ワンボックスカーへと乗り移る。
「アイアンレディースは待機。指令CARは現場の状況確認に向かう」
「ラジャー」五人のが揃い返事をする。
麗七が助手席から運転席へ移動する。
指令CARであるワンボックスカーがゆっくりと走り出し渋谷駅前へと向かう。
泣き叫ぶ声と悲鳴が重なって辺りは恐怖でパニックになっていた。
渋谷駅前からハチ公像の前迄の一帯の地面が赤黒く染まっているように見える。
騒ぎを聞きつけた近くの交番から制服警官が二人で駆けて行く。
ワンボックスカーが停車し状況確認は始める。
ハチ公像の前で二人の制服警官が足をとめた。
ズリッズリと止めた足が後退りする。
ハチ公像の影からアイヴォリー色の巨体の者が現れる。
アイヴォリー色の巨体の者が二人の制服警官に向かって歩き出す。
二人の制服警官は何かを叫びながら、拳銃を抜き構えた。
言葉を理解しないのか無視しているのか構わずアイヴォリー色の巨体の者は足を進めてゆく。
一人の警官が叫びながら拳銃を発砲する。
パン、パン。
カチン、カチン。
拳銃の弾は弾き返される。
続けて、もぅ一人の警官が発砲する。
パン、パン。
カチン、カチン。
弾は弾かれ方向を変えて飛んでいく。
うわー、と叫び声がした。
弾かれ方向を変えた流れ弾が周囲にいた市民に被弾した。
「ダメだ。拳銃では無理だ、やはりヤツはビッグサターン・クロスの改造人間だ」
風吹博士が苦々しく言う。
風吹博士に視線を向け頷いた魔弓が指令を出す。
「トランスフォーム開始。アイアンレディース出動」
「ラジャー」
返事と供に五台のK-CARがトランスフォームしアイアンレディに変わる。
「行きまーす」一声を掛け、結がダッシュ、ホップ、ステップ、ジャンプしビル群を飛び越えてゆく。
続けて、逸美、哀梨、梨七がビル群を飛び越える。
麗七はフワッと舞い上がりビル群を飛び越える。
ザンッ、ザンッ、ザンッ、ザンッ、ザンッ、と突然現れた五機のアイアンレディがアイヴォリー色の巨体の者を取り囲んだ。
アイヴォリー色の巨体の者は呆気に取られ動きを止めた。
拳銃を構えていた二人の警官も呆気に取られ動きを止めた。
アイヴォリー色の巨体の者が我に返り巨体を揺さぶり五機のアイアンレディを順番に凝視する。
ガッガッ、と足音をさせ紫色でメイクアップされたアイアンレディ、逸美が歩み出る。
ブゥン、と右脚を唸らせハイキックをアイヴォリー色の巨体の者の左側頭部へ放つ。
アイヴォリー色の巨体の者は僅かに頭部を左へ方向ける。
ガゴン、とハイキックがヒットする。
しかし、アイヴォリー色の巨体の者はスッと頭部を元へ戻し平然としている。
続けて左のミドル、右のローと矢継ぎ早に逸美は蹴りを入れる。
それでもアイヴォリー色の巨体の者はビクともしない。
どぅなってるの。と逸美が後退る。
「犀(サイ)だ、ヤツは、白犀(シロサイ)の遺伝子人工融合された最凶改造人間だ」
風吹博士の声がアイアンレディ達の耳に聞こえてくる。
「シロサイの皮膚は鎧の様に硬い、ライフル弾でも弾き返される」
「じゃどうしたらいいの」
風吹博士の声に麗七が答える。
んー、と風吹博士が考え込んだ。
すると雪李が風吹博士に問いかける。
「関節部は、どうでしょうか、鎧と鎧の間に隙間があります」
「シロサイの力に負けなければ有効かもしれません、特に喉は弱点かもしれません」
よし。と雪李は頷くとアイアンレディ達にアドバイスを発した。
「みんな、関節だ、関節を狙っての打撃と関節技だ」
「ラジャー」
五人の返事が揃って返ってくる。
オレンジ色にメイクアップされたアイアンレディが、哀梨が、シロサイ改造人間に向かって駆けだす。
シロサイ改造人間の目前で滑り込みスライディングで足元を抜け背後に回り込み、スクッと立ち上がる。
シロサイ改造人間の右膝裏の関節にローキックを放ち始める。
赤色にメイクアップされたアイアンレディが、結が、ジャンプし錐揉み回転しシロサイ改造人間を飛び越えて背後に着地する。
シロサイ改造人間の左膝裏の関節に覚えたてのローキックを放ち始める。
同時に両膝関節にローキックを雨霰と受けだしたシロサイ改造人間が揺らぎ出す。
黒色にメイクアップされたアイアンレディが、麗七が、駆けだしシロサイ改造人間の正面に立つと、フワッと身体を浮かし両腕を羽ばたかせた。
猛スピードで麗七が飛行する。
シロサイ改造人間の手前で勢いよく反転し両足を揃え胸元へドロップキックをみまう。
ローキックでの揺らぎとドロップキックの衝撃でシロサイ改造人間は二、三歩後退ると、ドスンと尻餅をつく。
臙脂色でメイクアップされたアイアンレディが、梨七が、素早くシロサイ改造人間の背後につく。
梨七は自分の左腕をシロサイ改造人間の左腕に絡めチキンウィングに固める。
続けて右腕をシロサイ改造人間の顔面に回しフェスロックに固める。
梨七がチキンウィングとフェスロックに固めた自分の両腕を絞る。
ウグゥ、とシロサイ改造人間の顎が若干浮く。
さらに梨七が絞る。
ウグゥ、とシロサイ改造人間の顎がさらに浮く。
「逸美、蹴上げだ、顎を蹴上げるんだ」
雪李がアドバイスを飛ばす。
しゃあー。
と気合を入れ、逸美が駆け寄り右脚を振り上げた。
トーキックでシロサイ改造人間の顎をあげさせる。
☆
逸美の蹴上げで完全に仰け反ったタイミングで梨七の左手と右手が絡み合いロックされチキンウィング・ウィズ・フェスロックが極まる。
シロサイ改造人間の喉部が無防備にあらわになる。
すかさず、哀梨が身体を捻りスピンキックで左足の裏をシロサイ改造人間の喉に蹴り込む。
結が左足をローキックの要領で回し蹴りをシロサイ改造人間の喉へ蹴り込む。
ゴボッ、と喉を鳴らし頚椎が損傷させるとシロサイ改造人間の身体からパワーが無くなり項垂れた。
梨七が残心の体勢から極めを解く。
シロサイ改造人間の身体がその場に崩落ちる。
「シロサイ改造人間が動かなくなりました」
麗七が魔弓へ報告した。
「研究素材として捕獲しましょう」
風吹博士が魔弓に提案した。
はい。と魔弓は返事をすると支持を出した。
「シロサイ改造人間、捕獲」
するとどこに待機していたのか、ガンメタのコンテナ車が現れた。
コンテナ車の後部扉が自動的に開かれる。
麗七と逸美がシロサイ改造人間を持ち上げコンテナ車へ積み込むと瞬く間に走り去っていた。
「アイアンレディース、撤収」
魔弓が指令を出す。
「ラジャー」
声を揃えて五機のアイアンレディが駆けだす。
ダッシュ、ホップ、ステップ、ジャンプするとビル群を飛び越えて姿を消した。
ビル影でトランスフォームを解除したK-CARに雪李が駆け寄り麗七のK-CARの運転席へ乗り込む。
麗七は助手席に納まり頭を下げた。
「雪李コーチ、ありがとうございます」
雪李は右手の親指を立てて、お疲れと言いながらステアリングを握った。
「ジャスト+愛、帰還せよ」
魔弓の指令が出る。
ラジャー。
の声と供に五台のK-CARがガンメタのワンボックスカーに続いて走り出した。
その日の夜、内閣総理大臣、鯉池 由梨子による会見が開かれた。
その場で、悪の秘密結社・ビッグサターン・クロスなるテロ組織が世界支配を目論み、日本国が最初の標的になっている事を明らかにした。
そして、それに対抗するため、ジャスト+愛、なるチームを発足させたと発表した。
ジャスト+愛、についての詳細は秘密保護法の下でも最高秘密となると説明したのみで終えた。
ジャパン
アルティメット
セルフデフェンス
チーム
アイアンレディース
略称 ジャスト+アイ(愛)と、悪の秘密結社・ビッグサターン・クロスの戦いは始まったばかりである。
終り。
過去作ストリーからの登場者
『鋼鉄少女』
一文字 速人
一文字 結
『打撃少女』
大澤 逸美
『警備少女』
水部 梨七
『戦士少女』
冴刀 哀梨
『変身少女』
風吹 麗七
風吹 純一郎
『 Phantom・!! 』
紅 雪李
以上。