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鋼鉄少女
ハイリスクレッド
闘強少女道璃夢 5
IRON LADYL
☆
月曜日の朝、東京ターミナルは人々で溢れかえっている。
通勤、通学、その他の理由で人々が溢れかえっている。
グッガオー!
獣の雄叫びが突然、東京ターミナル内に谺する。
灰色の獣が巨体を立ち上げ溢れかえす人々の群れの中で暴れだす。
強靭な爪にひき裂かれる人、強靭な牙で噛み砕かれる人、悲鳴を上げ逃げ惑う人々の群れが溢れかえる。
まさに阿鼻叫喚のパニック状態の地獄絵図が繰り広げている。
☆
ふふふっ、愚かな平野民(へいやみん)どもよ思い知るがいい。
山吹色のパーカー姿の男が、深く被ったフードの中から瞳をギラッかせ呟いた。
☆
東京駅は封鎖され J R を始めとする私鉄、地下鉄、すべての鉄道の利用とレストラン、地下街の全てが閉鎖された。
灰色の獣の正体は、体長2メートルを超す灰色熊であった。
警察が出動し東京ターミナルを取り囲む。
しかし、迂闊に近づけないでいた。
灰色熊は、巧みにすばしっこく移動し簡単には姿を晒さない。
☆
品川ターミナルでも、新幹線が緊急停車し立ち往生していた。
上下線全ての電線に大量のカラスが止まり、ハリガネ、ワイヤーを絡めつけている。
☆
羽田エアポート発の飛行機全てが欠航していた。
大量のスズメが藁葛や小枝を旅客機のエンジンの中へ詰め込んでいた。
☆
関東エリアの各家庭の全てのペットが飼い主に牙をむき、死傷者がでている。
野良犬、野良猫はスーパーマーケット、レストラン、カフェを襲い街中が混乱状態に陥っている。
警察、役所、病院の人手は不足し混乱の極みに達していた。
☆
「いいか、みんな、我慢も限界にきた。決起するぞ」
おー!
八人の若者達が同意の声を上げている。
ここは、日本で最も秘境と言われる山奥である。
若者達は、山の民と呼ばれ、日本の山間部を渡り歩き、山の恵みを糧として生きてきた山岳民族である。
太平洋戦争以前には、山は富み、大勢を誇った山岳民族である。
太平洋戦争後からの復興、高度成長期などといわれた時代に見境なく山は荒らされ、切り開かれ、山の恵みは激減した。
それでも、山岳民族の誇りを失わないよう己達を持して生きていた。
そして、東北で未曾有の大震災、津波で山はさらに切り開かれた。
原子力発電所の崩壊で福島県周辺エリアの山々は生活不能になり、政府と地方自治体は責任をなすり合いを繰り返している。
平野(へいや)に住む人々のエゴと無責任さで山は見捨てられゆく。
八人の若者達、九州、四国、中国、近畿、中部、北陸、東北、北海道各エリアの代表者だ。
その前で、声を上げているのが、日本山岳民族の総長である若者である。
☆
宮城県仙台市青葉城近くで、一文字モータースの看板の下で車の下へ潜り込み、ガチャガチャと作業している。
一文字 速人(いちもんじはやと)は、今年、30歳になる。
いまだ独身の一文字モータースの経営者である。
モータースと看板してはいるが車、バイクだけでなくテレビ、ラジオ、クーラー等々と何でも修理するいわゆる地元の便利屋である。
☆
そんな、速人の夢はアメリカ映画のようなロボット、メカニックスーツを制作する事である。
アメリカ映画に絶大なる影響受けた速人は、トランスフォーマーの様に車がロボットに変形し、アイアンマンの様に人間に装着するメカニックスーツを作り上げるのが夢だ。
そんな夢に向かい夜な夜な寝る間も惜しんで試行錯誤を繰り返している。
試行錯誤繰り返す事、五年目ついに完成のメドをつけた。
白いボディに真っ赤なラインでメイクアップしたK-CAR(軽自動車)が一文字モータースの工場の一番奥に鎮座している。
速人は、おもむろにK-CARの運転席に乗り込む。
運転席のステアリング左斜め下の赤いグリップのレバーを握りしめる。
「トランスフォーム開始!」
と、ひとり言を声に出すと、力を入れてレバーを引いた。
シューシュー、シュイシュイ、グワングワン、ビシビシ。
ゴッン、痛。
グニュ、痛。
痛、痛、イタイー。
ピー、ピー、ピー。
トランスフォームが途中停止する。
速人は身体のあっちこっちの痛みに耐えながら目の動きだけでトランスフォーム途中停止したK-CARを目視点検してみる。
頭部、胸部、腹部に腰回りすべての脇が隙間だらけである。
あぁ、サイズ間違えたのか…?
ため息と同時にトランスフォームを解除する。
K-CARから降りてアイアンスーツモードの装着サイズを測りなおしてみる。
背丈、161センチ、胸部、腹部、腰回りの周囲は90センチ。
身長、175センチで胸部、腹部、腰回りそれぞれが110センチの速人には到底な無理なサイズであった。
はぁ、と再びため息をつき速人はその場にしゃがみ込み、やっぱ、普通自動車で制作するべきだったと頭を抱えた。
☆
「はやと、ご飯だよ」 と、声が聞こえてくる。
母親の、ルリ子だ。
はーいよ。
返事をしながら腰を上げ、力なく食卓へ向かう。
速人は冷蔵庫を経由し350ccの缶ビールを取り出し食卓のイスにドサッと腰掛けた。
缶ビールのプルタブを開け、ひとくち口に含む。
トットットッツ、と原付きバイクの音が聞こえてくる。
しばらくすると、こもった声で、ただいま、と妹の結(ゆい)が姿を見せた。
有名スポーツブランドのウインドブレーカー上下にバイクグローブをはめ、フルフェイスのヘルメットを被ったままだ。
その姿に速人の視線が釘付けになる。
ん?アイアンスーツ、みたいだ。
結がヘルメットを取り、頭をブルブルと振る、ショートカットの髪がサラサラと揺れる。
速人は結を上から下へ、下から上へと見ながら質問する。
「結、おまえ、身長は、胸と腹と腰の周りのサイズいくらだ」
はっ、と突然の不躾な質問に結の目に不快感と殺気が宿る。
ちなみに妹の、一文字 結の身長は、158センチで上から、78、58、78、である。
「兄ちゃん、妹とは言えその質問は、セクハラ発言よ!」
んぐっ…とその言葉に速人が息を呑む。
「あ、あ、いや、いや、す、すまん」
慌てて謝りを入れると同時に速人は席を立ち、結の腕を掴む。
「ちょっと頼みがある、工場へ来てくれ」
「えー、やだ、お腹ペコペコだもん」
と、結は速人の腕を振りほどき食卓に付く。
速人は結の前に回り込み、自分の顔の前で両手を合わせ頭をペコペコと下げながら、懇願する。
「頼む、一生のお願いだから」
「ご飯、食べてからでもいいでしょ」
「お、あぁ、そうだな、なら後で頼む」
と、速人は頭をまた下げると目の前の唐揚げを口に入れた。
一文字 速人の父親は四年前に病で亡くなった。
父親の跡を継いで一文字モータースの経営者となり今は、六歳年下の妹、結と母親のルリ子の三人暮らしである。
けっきょく妹の結は食事を済ませると、サッサと風呂に入りベッドに潜り込んでしまった。
はぁ、と今日何度目かのため息をつきながら速人も今は風呂に浸かっていた。
☆
翌日の朝、九時。
速人は妹の部屋へ飛び込んだ。
「結、起きろ、兄貴の一生のお願いを叶えてくれよ」
「もぉ、まだ眠いし、今日は休養日なんだから、もぅ少し寝かせてよ」
「なに、休みなのか」
「それが、なんなのよ」
「よぉし、たっぷり試せるぞ」
速人はひとり悦に入ると、結をベッドから引きずり出した。
それから一時間後、結はお気に入りの有名スポーツブランドのジャージ上下の姿で、白いボディを真っ赤なラインでメイクアップされたK-CARの助手席に乗せられ、速人に連れ出されていた。
速人はK-CARを今は廃業したパチンコ屋の駐車場へ乗り付けた。
「結、降りて運転席に座れ」
「試乗するの」
「そうだ」
「じゃ普通に道路でいいじゃん」
「違う、車じゃなくて、トランスフォーム・アイアンスーツの試乗だ」
「はぁ、何それ」
「いいから、運転席に座って、ステアリングの斜め下の赤いレバーを引いてみろ」
「もぅ、わけわかんないわ」
ブツブツと文句を言いながらも結は速人の言う通りにK-CARの運転席に座りステアリングの斜め下にある赤いレバーを引いた。
シュイシュイ、グワングワン、シュウーン。
カッチ、カッチ、カッチ、カッチン。
うぅわ、うぅわ、な、何なに。
何故だかわからず身体にフィットするスペースに収まった結が顔を振る。
その動きに合わせてアイアンスーツモードの顔が振られる。
まるで、フルフェイスのヘルメットの様な視界に兄の速人が見える。
『兄ちゃん、どうなってるの』
結が怒鳴る。
速人は、その声に応えず、ガッツポーズを作り小躍りしている。
結が苛立たしく足を踏み鳴らす。
ズガッ、ズガッ、ズガッ。
アイアンスーツモードの視界の前で速人が何かを喋っている。
しかし、結には聞こえない。
結は指を一本立てて自分の耳を指差し続けて両手を交差しバツを作り速人に示す。
速人は、その仕草にキョトンし、結と同じ仕草をする。
結が、うん、うん、と頷く。
アイアンスーツモードの頭が、うん、うん、と頷く。
速人は、自分の頭を抱えて天を仰ぎしばらく考えると唐突にゼッスチャーを始めた。
あ、る、け。と口で示すと、歩くゼッスチャーをする。
そのゼッスチャーに習って結が歩き始める。
アイアンスーツモードの結が歩き始める。
は、し、れ!速人が走り始める。
アイアンスーツモードの結が走り始める。
走り始めるとグングンと加速し、速人を抜き去り置いてけぼりにし、数メートル先でUータンして戻って来る。
ジ、ャ、ン、プ!速人が飛び跳ねる。
アイアンスーツモードの結がジャンプする。
軽くジャンプ、1メートル、少し強くジャンプ、2メートル、力いっぱいジャンプ、6メートル。
意思伝達のために動き回り疲れ果てた速人はしばらく黙りこみ、結に向けてオッケーのサインを右手の親指を立てて示した。
結が怒鳴る。
『兄ちゃん、どぉやって元に戻るの』
しかし、速人には聞こえてない。
何かを考え込んでいた速人はおもむろにアイアンスーツモードの結に近づくとスマートフォンの画面を目の前に突き付けた。
〈左脇腹横の赤いレバーを押し込め〉
結は頷き、赤いレバーを押した。
クィンクィン、シピューシピュー、ガコンガコン、ガッチャン。
K-CARに戻った運転席に結が茫然として座っている。
「結、撤収」
速人は助手席に乗り込み、帰宅を促した。
☆
「おやつ、おやつ、三時のおやつ」
結は、鼻歌混じりにリビングのテーブルで、ルリ子と向き合い、ブラックコーヒー片手に大福餅を頬張っている。
リビングの角に鎮座するテレビの画面では午後のワイドショーを映し出している。
東京駅、品川駅、羽田空港での動物達の異常行動について、ゲストコメンテーターとして、学者とか専門家とかといわれる人達がもっともらしく、ピント外れな解説をし、MCの男性がオーバーリアクションで相槌を打っている。
速人はと言うと、K-CARの試運転から帰宅し本来の仕事をしては唐突に出掛けては、また仕事をしてはK-CARを調整しては仕事をしてと忙しなく動き回っていた。
ふぅ、休憩、休憩、とひとり言を言いながら速人がリビングに入って来る。
「結、コーヒー」
「えー、自分で淹れなよ」
「優しくないなぁ」
はい、はい、とルリ子が席を立ってブラックコーヒーと大福餅を持って来る。
「母さん、ありがとうー」
そう言うと、速人は大福餅にかぶりつきながら、結にハンズフリーのインカムを差し出した。
「なにこれ」
「それがあればスマートフォンで直接会話できるだろ」
「は、なんの会話」
「だから、アイアンスーツモードを装着した中の結と外のオレだ」
「えー、まだやるの」
「やる」
「っていうか、なんの為にやるのよ」
「ん…それは、悪と…悪と戦うためだ」
「は、もぅー、悪ってなによ、わけわかんないわ」
そんな緊張感のない会話をしているとテレビ画面から聞こえていた音声が緊張感のある音声に変わった。
『臨時ニュースです!』
ワイドショーのMCの男性が真面目な顔つきに変わり原稿を読み始める。
速人とルリ子と結の視線がテレビ画面に集中する。
『ただいま入ったニュースです。大阪、梅田地下街に二頭の虎が現れ暴れています』
『続けてお伝えします。高知県では、土佐犬の数頭が高知市内で暴れている模様で負傷者がでているとの事です』
ぅわー、何なんだよ。
と速人とルリ子と結の声がシンクロする。
『さらに新しい情報です。宮城県仙台駅構内で、ゴリラが暴れている模様で観光客数人が怪我をしているようです』
マジか!?
速人は呟くといきなり立ち上がり結の腕を掴まえた。
「ど、どうしたの兄ちゃん」
「行くぞ、ゴリラ退治だ」
「な、なんでよ」
「アイアンスーツで仙台を守るためだ」
「だから、なんで、アタシなのよ、兄ちゃんが自分でやりなよ」
「アイアンスーツの装着サイズが、おまえのサイズだからだよ」
「さ、サイズって」
「頼む、結」
速人は頭を思いっきり下げながら、アイアンスーツを装着することに信頼できる人間は可愛い妹の結しかいないと懇願した。
そんな速人の頼みに反論出来ないまま引き摺られる様に結はK-CARに乗り込まされた。
☆
仙台駅構内から駅前のロータリーは警察により規制線が引かれている。
その周囲を野次馬の人混みが取り巻く。
通行規制で渋滞が起こり車が溢れてる。
K-CARは仙台駅へ辿り着くにはかなり遠い場所で行き止まっていた。
クッソ!速人は手近な脇道へ入り込みK-CARを止めた。
「結、ここでトランスフォームだ」
「ここって、駅まで遠いじゃん、どうするのよ」
「走れ、あとは飛び越えろ」
「はぁ、無茶ぶりだわ」
「こいつの欠点は空を飛べない事だ」
「はぁ」
「しかし、こいつのジャンプ力と、結の身体能力なら飛び越えれる、ポップ、ステップ、ジャンプだ」
「はぁ、よく言うわ」
「じゃ、ハンズフリー装着して、出動だ」
「ふぁーい」
しぶしぶと気の抜けた返事をすると結はハンズフリーを右耳に装着しスマートフォンを通話状態にしてジャージのポケットへ入れる。
続けてK-CARの運転席に座り、赤いレバーをグッイと引いた。
シューウン、シューウン、シャキン、カッチ、カッチ、カッチ、カッシャーン。
午前中よりはかなりスムーズにトランスフォームしアイアンスーツモード装着が完了した。
「テスト、テスト、スマートフォン感度良いか」
「大丈夫よ」
よっし!速人はひとり気合いを入れると結に向けてゴーサインを出した。
『レッツゴー!!』
速人の勝手なゴーサインに、結はやけくそ気味に走りだす。
右足で踏み切る!
ポップ、渋滞を飛び越す。
左足で、ステップ、野次馬を飛び越す。
再び右足で、ジャンプ、規制線を飛び越す。
ついでに空中で一回転し着地する。
足を揃え、両手をYの字に上げ、ポーズを決める。
息も切れ切れに駅前の陸橋を駆け上がった速人がスマートフォンに向かって怒鳴る。
「Y字ポーズはいらねーよ」
「あははは、つい癖で」
と結が照れ笑いし、両手を下げる。
実は、結は器械体操の選手なのだ。
高校、大学、そして、今、社会人になり、スポーツジムでインストラクターをしながら現役選手を続けている。
駅構内から駅前のロータリーに場所を移し暴れていたゴリラが突然現れたアイアンスーツモードの結に気づく。
ゴリラの表情に戸惑いが浮かぶ。
しかし、それも僅かな時間だった。
ゴリラが結に向かって猛然と威嚇行動を始める。
「ぅわー、こっち向いて怒ってるよ、兄ちゃん」
「怯むな、戦え、結」
「えー、どうやってよ」
「近づいてぶん殴りゃいいんだよ」
「やだぁ、恐いよ」
「大丈夫だ、アイアンスーツモードなんだから勝てる」
そんなやり取りの間にゴリラは結の目の前まで近づいていた。
グガオー!
両腕を振り上げ、ゴリラは結を抱き締める様に両腕を振り下ろした。
「キャー、やらしいわね」
結の悲鳴が速人のスマートフォンから聞こえ耳に突き刺さる。
その悲鳴の甲高さに速人の顔が歪む。
バシュッ!ドサッ!
ゴリラが吹っ飛び地面に倒れ伸びている。
いきなり抱き締めてきたゴリラを突き離すために咄嗟に突き出した結の左手の平が掌底打ちとなりゴリラの右顎を捉えていたのだ。
おぉー、駅前ロータリーを取り囲んでいた警察隊、野次馬からどよめきが起きる。
その時、駅ビルに向かい合うビルの屋上の広告塔に隠れていた山吹色のパーカー姿の男が、チッ、と舌打ちをしその場を立ち去っていた。
野次馬達が、携帯電話、スマートフォンをかざしてアイアンスーツモードの結を写し始める。
「結、撤収だ、撤収」
呆気に取られ倒れて伸びているゴリラを見つめていた結は、速人の声に我に返った。
瞬時に回れ右をすると再びホップ、ステップ、ジャンプと規制線、野次馬、渋滞を飛び越す。
続けてダッシュをしビルの影に入り、トランスフォームを解除し結はK-CARに戻した。
☆
リビングの角のテレビ画面に写しだれている視聴者投稿の画像を不機嫌な顔で結が睨んでいる。
速人が声をかける。
「どした、ヒーローになったんだぞ」
「だって、アイアンヒーロー、アイアンヒーローってさ、アイアンヒーローのヒーローってさ、男ってことじゃん」
「あぁ、そう言われたらそうだけど」
「アタシは、男じゃないもん」
「はぁ、じゃあアイアンウーマンとか」
「えー、ウーマンってオバサンぽくない」
「じゃ、アイアンガール」
「んー、ガールはコドモぽいかなぁ」
「ったく、じゃ何なのさ」
「んとね、ウーマンとガールの間かなぁ」
「間ねぇ、レディ、とか」
「いいかも、レディって」
「アイアン、レディってか」
「うん、アイアンレディ」
やっと納得の顔つきに結はなった。
☆
山岳民族の若者達が集まっている。
車座になった九人の内の一人が立ち上がる。
総長の男である。
「動物操りの術の成果はどうだ」
「はい、なかなかの騒ぎになっています」
日本各地で起きている、動物達の異常行動は山岳民族が動物操りの術で起こしていたのである。
日本国の全ての自然、野生からの怒りの意思を思い知らせる事を大儀と掲げた行動である。
「関東は東京、関西は大阪、四国は高知、東北は宮城県、次はどこだ」
総長が八人の若者達に問いかける。
「はい、しかし、宮城県の仙台駅では邪魔が入りました」
東北代表者の若者が顔を伏せながら告げた。
「邪魔とは何が起きたのだ」
「はい、一応、騒ぎは起こしたのですが、パニックに陥る前に、ゴリラが卒倒させられました」
「卒倒とは」
「アイアンヒーローとか言う者が現れ、一撃でゴリラを倒したのです」
「何、アイアンヒーロー、何者だ」
「なんでも、アメリカ国のヒーローだとか」
「アメリカ国だと、平野民どもめ姑息な真似をしやがって」
総長は顔を赤らめて怒りを表す。
「宮城県の仙台を今一度襲撃だ」
「はい、操る動物は何を」
「虎だ、虎だ、二頭の虎だ」
☆
ゴリラ騒ぎの翌日。
結は、スポーツジムで午前中のコーチングを終え、ジムの喫茶スペースで他のスタッフとランチをしていた。
喫茶スペースには大型のテレビが設置されおり、画面にはスポーツDVDが常に流れていて通常のテレビ番組を映し出すことはほとんど無い。
突然、男性スタッフが喫茶スペースに駆け込んできた。
大型テレビの近づくと、リモコンを操作して通常テレビ番組に切り替えた。
『 臨時ニュースです。ただいま、青葉城公園に、二頭の虎が現れました。観光客に怪我人が出ているもようです』
喫茶スペースにいた、スタッフ、ジム利用者達のいっせいにテレビ画面、ニュースに釘付けになる。
ブー、ブー、ブー、結のスマートフォンのマナーモードが震えだした。
慌てて、結は、スマートフォンの待受を覗く。
(お兄ちゃん)と表示されている。
結は、ソっと席を立ち喫茶スペースのすみへ移動しスマートフォンを耳に当てた。
お兄ちゃんである、速人の声が聞こえてくる。
『 結、出動だ 』
『しゅ、出動だ、って仕事中だよ今は』
『悪との戦いに時と場合は関係ない』
『そんな、無茶苦茶だわ』
『K-CARで迎えに行くから準備ヨロシク』
反論の間もなくスマートフォンの通話は切れていた。
結は、慌ててジムの駐車場へ駆け出した。
シュルル、ルルゥ。
TURBOエンジンにアップデートされパワーアップしたエキゾノートと供にK-CARが駆け込んできた。
結の前に止まると速人が運転席から降りてくる。
速人は結を自分が今座っていた運転席に押し込み、自分は助手席に乗り込み高らかに号令を掛けた。
「トランスフォーマー・アイアンレディ、レッツゴー」
はぁあ…と結は盛大にため息をつき、K-CARを走らせ始めた。
東北大学の敷地内を通り抜けて、青葉城公園への登り道へ出る。
しかし、登り道の坂道は渋滞を起こしていた。
二頭の虎の出現で通行止め、進入禁止の規制が行われているからだ。
結は、K-CARをすかさず、Uータンさせ、東北大学の敷地内へ戻り、人目のない場所へ止めた。
「いくよ、兄ちゃん」
「おー」と答えると速人は助手席から外へ出た。
結は、ハンズフリーを右耳にセットしスマートフォンを通話状態にしてジャージのポケットに入れると、赤いレバーを左手で握った。
☆
アイアンレディにトランスフォームした結がダッシュで駆け出す。
ホップ、ステップ、で坂道の渋滞を飛び越える。
ジャンプ、で青葉城公園最上位置の石垣に手を掛ける。
全身のバネを使い身体を跳ね上げ空中で一回転し着地する。
タン、と足を揃えY字ポーズを決める。
独眼竜、伊達政宗公の銅像の前で周囲を威嚇していた二頭の虎が、突然現れたアイアンレディに唖然とする。
しかし、それも一瞬で二頭の虎は結に向かって威嚇を始めた。
結も二頭の虎に向かって身構えた。
すると遠巻きにいた、観光客や野次馬達から声があがる。
おー、アイアンヒーローだ。
その声に反応しアイアンヒーローコールが起こる。
アイアンヒーロー、アイアンヒーロー、アイアンヒーロー。
速人が息も切れ切れに後れ馳せながら駆け込んでくる。
通話状態の速人のスマートフォンから、アイアンヒーローコールが結の耳に聞こえくる。
結は、クルリと体を捻りアイアンヒーローコールをしている観光客や野次馬達に向き直り、両腕を顔の前で交差しバツ印を作り怒鳴った。
『アイアンヒーローじゃない、アイアンレディよ』
しかし、その怒鳴り声は速人の耳にしか聞こえない。
両腕を交差したバツ印、エックスポーズに、ファイティングポーズと勘違いした観光客や野次馬達から、おー、とさらに歓声があがる。
『何やってだよ、結』
『だって、ヒーローじゃないし、レディだもん』
『今、そんな事言ってる場合じゃないだろ、虎だ、虎退治だ』
速人の指摘に、もぉ、と不満を漏らしながら結は二頭の虎に向き直った。
ガルルッ、ガルルッ。
二頭の虎は頭を下げ狙いをすまし、いまにも襲いかかろうとしていた。
『キャー、恐いよ、兄ちゃん、どうしたらいいのよ』
んー、と唸って宙を睨みながらはてなと考え込む。
はっ、と思いつき速人は説明を始めた。
『虎は、首筋に噛みついてくる、だから首筋に隙を作る、噛みつくためにデッカく口を開ける、そこに片腕を出して噛みつかせると動きが止まる、その瞬間に頭のテッペンをぶん殴る、だ』
『はいー、何それ、大丈夫なの』
『大丈夫だ、タレントの百獣の王が言ってたから』
『えー、そんなの大丈夫と思えないよ』
そんな瞬間、一頭の虎が、アイアンレディの左側の首筋目掛けて飛びかかってきた。
『いゃー』
叫び声と供に結の左腕が反射的に首筋の前に上がる。
ガジュツ!と虎は左腕に噛みついてくる。
しかし、超鋼鉄製のアイアンレディのボディには牙は食い込まない。
案の定、虎の動きが止まる。
『今だ、結』速人が叫ぶ。
エイッ、と右腕を振り、結はげんこつを虎の脳天に叩きつけた。
グニャオ、奇妙な声を発し、虎は一瞬にして卒倒し、その場に伸び落ちた。
☆
『やったー、まんざらでもないね、タレントの百獣の王も』
結の、はしゃいだ声がスマートフォンから聞こえてくる。
速人は苦笑いをするしかなかった。
はしゃいでいる間に結に、アイアンレディに向かって二頭目の虎が飛びかかってきた。
キャー、不意を付かれた結が、アイアンレディが押し倒される。
虎の右前足が、アイアンレディの左肩に乗せられ押さえつけている。
虎の左前足が、アイアンレディの右の二の腕を押さえつける。
押し倒され、上半身の動きが封じられたアイアンレディの首筋が露わになる。
虎は、天に向けて、ガァオー、とひと吠えするとデカい口を開け、アイアンレディの首筋を目掛けて噛みついた。
グガッチッ、虎の牙と超鋼鉄製の首筋がぶつかる。
虎は、頭を左右に振り、牙を食い込ませようともがく。
『やだぁ、ヤメてー』
結の叫び声に速人が答える。
『落ち着け、結』
さらに、スマートフォンに向けて声をかける。
『噛みついてくる口へ目掛けて頭突きだ』
速人のアドバイス?に結は、虎の口の位置を確かめ、頭を振り、噛みついてくる牙へ超鋼鉄製の頭を打ち当てた。
アイアンヘッドバット!?
バギッ、バギッン、と虎の牙が砕ける。
グニャオ、と悲鳴の様な泣き声を出し虎が仰け反る。
アイアンレディの右二の腕を押さえつていた虎の左前足の力が緩む。
結は、瞬間的に右腕を左に振り、虎の左顎にビンタを打ち付けた。
虎の首が右方向へガクンと傾き、そのまま体ごと吹っ飛んでゆく。
二頭の虎は、卒倒し仲良く並び伸びている。
アイアンレディが立ち上がり二頭の虎を見下ろしていた。
アイアンヒーローが勝ったぞ!と何処からか声があがる。
観光客や野次馬から歓声があがり、再びアイアンヒーローコールが起きる。
スマートフォン越しにアイアンヒーローコールを耳にした結は、観光客や野次馬に向き直り、自分の顔の前で両腕をクロスし、バツ印を作った。
エックスポーズ!?
その姿に観光客や野次馬達も、顔の前で両腕をクロスしバツ印にしエックスポーズを作りさらに歓声を大きくする。
『もぉ、兄ちゃん何とか言ってよ』
結の指摘に速人は歓声がする方へ顔を向けた。
歓声を発しながら大騒ぎの観光客や野次馬達から少し離れた土産物店の看板に隠れていた男が顔を歪めながら、アイアンレディを睨んでいる。
山吹色のパーカー姿で顔を歪めている男の姿を見止めた速人は何か不審に感じた。
速人は山吹色のパーカー姿の男に近づいてゆく。
男と速人の視線がぶつかり合う。
チッ、と舌打ちをし男が背を向けて駆け出した。
『結、怪しい男が逃げてる』
速人の声に結が視線を移す。
『あの男を捕まえるんだ』
結は、逃げるパーカー姿の男を視線に捉えると、一歩、二歩と踏み出しジャンプする。
ズザッ、と着地し態勢を低くし両腕を左右に大きく広げ、通せんぼの姿勢を取った。
突然頭上から降ってきたアイアンレディの通せんぼに山吹色のパーカー姿の男は驚き、つんのめる様に足を止めた。
男は行く手を阻まれ顔を後へ向ける。
そこへ必死の形相の速人が追いつき、身構えた。
「怪しい奴だー」 と、大声で速人が叫ぶ。
その大声に観光客や野次馬達が反応し、山吹色のパーカー姿の男を取り囲んだ。
そこへ、遅ればせながらと警察官数人が現れた。
話しを聞かせてもらおぅか。と山吹色のパーカー姿の男を警察官数人が確保した。
『結、撤収だ』
速人はスマートフォンに声をかけると、その場から離れた。
結は、アイアンレディは、ダッシュ、ホップ、ステップ、ジャンプで青葉城公園から離れた。
☆
数日後。
青葉城公園で警察官に確保された、山吹色のパーカー姿の男の自供により、山岳民族の怒りの実力行使、暴動による日本各地での動物操りの騒動の全貌が明らかとなった。
終り。