公開中
心眼少女
ハイリスクレッド
闘強少女道璃夢 9
SPADA
☆
剣(つるぎ)
☆
ガタン、ゴトッ、とその物音で彼女は目を覚ました。
ゴソ、ゴゾ、とさらに物音がする。
彼女は意識をさらに目覚めさせると、スルリとベッドから降りデイバッグのサイドポケットから長細い袋を手にした。
ズッ、ズッ、と階段を登ってくる音がする。
誰、って言うか誰も居ないはず。
父親は、泊まりがけで出張している。
母親は、弟のインターハイ出場の応援で今夜は居ないはず。
階段を登った正面に弟の部屋がある。
スッとドアを開ける気配がする。
弟の部屋から折り返した廊下の真ん中に彼女の部屋があり、その奥が両親の部屋である。
ズッ、ズッ、と彼女の部屋の前に気配が来る。
彼女はドアの陰へ身を寄せる。
長細い袋の中から棒状の物を取り出し、右手にグリップを握り左手で静かに引き伸ばす。
暗やみに白い剣の様な煌めきが浮かぶ。
スーッ、とドアが開き人影が侵入してくる。
彼女は右手の白い剣を、サッ、と軽く振りピタリと人影の右の首筋へ押し当てた。
人影がビクリッと身体を強張らせる。
「誰」と彼女が問う。
「ちっ、いたのかよ人が」と人影が言う。
「泥棒ね」
「ふん、そうだよ」
「警察を呼びますね」
人影は首を嫌々と左右に振るとドスを効かせて声を出す。
「ふざけんじゃねぇぞ」
同時に身体を左にひねり右手を振り上げた。
しかし暗やみに彼女の姿を、彼女の位置を確かめる事はできなかった。
瞬間、彼女の右手にした白い剣のグリップの底、グリップエンドが人影の顎の先端にヒットする。
その衝撃に人影が仰け反る。
がら空きの鳩尾に彼女の左の中高一本拳がくい込む。
息がつまり動きを止めた人影が崩れ落ちた。
☆
彼女の名前は、明梨 (あかり)、21歳の大学生である。
明梨の鳶色の瞳は光を必要としない。
明梨は、盲目なのである。
☆
その日は、明梨にとって中学生の陸上部として最後の日だった。
季節は初夏、しかし、初夏とは言えないほど太陽はギラつき、気温は高かった。
明梨は頑張ってきた。
それでも中学生の陸上県大会でファイナリストとして決勝レースまで進んだことは無かった。
明梨の住む地元は、世界陸上、オリンピックへと代表選手を毎回送り出す程、陸上レベルの高い県である。
ラストチャンスと気合は入っていた。
しかし、体調は良くなかった。
頭が揺れ、痛みを感じ、周りの光がギラギラと眩し過ぎると感じていた。
明梨本人は緊張のせいだからと自分に言い聞かせ大会へと望んだ。
午前中の予選レースを勝ち残り、遂に決勝レースへと進んだ。
午後のトラックに太陽はさらにギラついている。
決勝レース、ファイナリストの8人が横一線に並ぶ。
第七コースに立つ明梨の身体は熱かった。
燃えているんだ。と自分に言い聞かせる。
スターターの声が響く。 ヨーイ。
腰を落とし集中する。
パン。とスタートの合図が鳴る。
身体を前へと足を動かす。
一歩、二歩、三歩。奥歯を食いしばる。
四歩、五歩。グラリと視界が歪む。
そのまま明梨は光の無い世界へと引き込まれた。
髄膜炎を発症していた。
初期段階ではあったがギラつく太陽と高い気温のなかで無理な体力の消耗により倒れたのだ。
高熱が2日間続きながら最悪の事態だけは免れた。
しかし、後遺症が残り明梨は鳶色の瞳から光を失った。
もともと無口で内向的だった性格の明梨はさらに殻に閉じこもる様になった。
それでも季節は変わりゆき春がきた。
明梨は、視覚特別支援学校 高等部へと進学した。
☆
新しい生活もなかなか馴染めず、新しい希望も見つけられず無気力な日々を明梨は過ごしていた。
それでも季節は変わって行く。
高等部も一学期が終わる日に事件は起きた。
高等部での掃除や片付け、雑用をしていた為に帰宅の時間がいつもより遅くなってしまった。
夕陽もほとんど姿を消そうとしている。
辺りには夜の闇が覆い始めている。
そんな事も、今の明梨には関係なかった。
しかし、世の中は夜の闇に刺激される奴等がいるのである。
明梨は、バス停に立っていた。
その前を男が3人通り過ぎる。
通り過ぎた所で3人は足を止めた。
ひそひそと話し合い始める。
3人の男が戻ってくる。
明梨に近づく。
いかなり一人の男が明梨の尻に手を伸ばし触り始めた。
明梨は身体を強張らせる。
さらにしつこく触り回す。
明梨は身体をくねらせ逃れようとする。
もう一人の男が手を伸ばし明梨の胸をまさぐる。
明梨はさらに身体をくねらせ逃れようとする。
3人目の男にはがいじめにされた。
スカートの中へと男の手が入ってくる。
明梨は声を出すことも出来ずその場にしゃがみ込む。
その時、バスのヘッドライトが近づいて来た。
3人の男は一斉に駆け出し逃げ出してた。
明梨の夏休みは自室に籠もる事で始まってしまった。
☆
明梨の母親の朱美(あけみ)は久しぶりに空手道場に来ていた。
明梨の弟の晃(あきら)の練習を見学するためだった。
この空手道場には明梨も小学生1年から6年生まで通っていた。
次席師範の多岐 一彦(たき いちひこ)が声を掛けてくる。
「お久しぶりです」
「お久しぶりです、お世話になっていますのに」
朱美が頭を下げる。
しばらく晃の話しをすると、多岐が話題を変えた。
「明梨は元気してますか」
はい。と返事をする朱美の表情が沈む。
沈黙の後に朱美は多岐を見据え声を出した。
「もしよければ、話しを聞いてもらえますか」
はい。と多岐が返事をする。
練習時間を終え練習生が居無くなった道場で多岐は朱美の話しを聞いた。
明梨が髄膜炎の後遺症で盲目になった事。
自分の殻に閉じこもり、さらに無口になった事。
視覚特別支援学校の高等部へ進学した事。
そして、卑劣な痴漢行為にあい自室に引き篭ってしまった事。
全てを聞き終えた多岐は朱美に訊ねた。
「明梨と話しをさせてもらえませんか」
朱美は僅かに思案してから返事をした。
「はい、是非お願いします」
「じゃ、少年部の練習時間に合わせて道場へ越させてください」
「え、少年部の練習時間にですか」
「はい、お願いします」
「では、明梨に伝えてみます」
その2日後、明梨は朱美と供に道場へやって来た。
多岐は明梨と朱美を見学者席へ座らせる。
明梨は気怠そうに腰を下ろし俯いている。
少年部の練習生達が声を上げて挨拶しながら集まってくる。
始めるぞ。多岐の張った声が響く。
少年部のリーダー役の、敬介が号令を掛ける。
整列。気を付け。
その号令の声に無意識に明梨の姿勢正される。
正座。
神前に、礼。
無意識に明梨の頭も下がる。
先生に、礼。
再び無意識に明梨の頭が下がる。
練習が始まる。
明梨が、練習生達の気合、動作に耳を傾け聞き入っている。
明梨の姿勢に気怠さが消えている。
練習時間の半分で小休止を入れる。
多岐が明梨へと近づいてゆき声を掛ける。
「どう、明梨、懐かしいやろ」
はい。と明梨が返事をする。
「道着の擦れ合う音、足音、声、息遣い、で見えるやろ様子が」
多岐が問う。
はい。と明梨が返事をする。
じゃ。と多岐が明梨を立ち上がらせ練習生達の前へ連れて行き、自分の横へ立たせる。
明梨は戸惑いながら立っている。
敬介。と多岐が呼び寄せる。
「形、演武しろ、明梨先輩がアドバイスしてくれるから」
その言葉に明梨も敬介も朱美も耳を疑った。
☆
しかし、道場の次席師範である多岐には逆らえない。
敬介が明梨と多岐の前に立ち演武の態勢をとる。
多岐は明梨に耳打ちをする。
「見るんじゃない、っていうか、感じるんだ」
敬介が演武する形の名を告げる。
はじめ。多岐の合図で演武を開始する。
タン、ザッザッ。
パン、ダン、パン、バッ。
明梨が首を傾げながら多岐に向かって小声で呟く。
やめぇ!!多岐の厳しい声が響く。
「敬介、本気でやらんかい」
ビックン、と身体を強張らせ敬介が姿勢を正す。
「なんで、手を抜く」
多岐がきつく問い詰める。
あぁ、あの、と敬介が言い淀む。
「明梨先輩には見えないと思ったからやな」
はい。と敬介が小さく答える。
「手を抜いてると明梨先輩が、俺に言ったんだ、失礼やぞ」
はい。すみませんでした。やり直します。
敬介が頭を深く下げる。
改めて敬介が演武開始の態勢をとる。
はじめ。
敬介は形の演武を終え姿勢を正す。
多岐は明梨に感じた事を声に出して言う様に促す。
はい。と返事をすると明梨が声を出す。
「五手目の払いが弱く、六手目の突きが活かされていません」
うん。と多岐が頷く。
「それと最後の跳び技の着地が乱れました」
明梨が言い終えると多岐が声を出した。
「俺も同じや、敬介はどうや」
はい。と敬介が項垂れる。
ありがとう。と多岐は明梨に言い背中を優しく押し見学者席へ向かわせた。
明梨はスタスタと足を進め席へ腰を下ろした。
練習再開の掛け声で道場の中の空気が動き出す。
練習メニューを全て終え、整列、正座、礼、をして練習生達が帰り支度を始める。
多岐は明梨と朱美のもとへいく。
明梨と朱美は立ち上がり頭を下げる。
「明梨、その気があるなら練習にくるといいよ」
多岐が声をかける。
その声に朱美が不安そうに視線を多岐に向ける。
「ただし、練習時間は、青年部の時間にな、高校生だから明梨は」
明梨が不安そうに首を傾ける。
「始まりは、お母さんに送ってもらって、帰りは、俺が送るから」
申し訳ないと朱美の視線が多岐に向けられる。
大丈夫、任せて下さい。と多岐は声に出さずに朱美に言う。
うん。と朱美が頷く。
そこへ、敬介が駆け寄って来る。
明梨の正面に気を付けをする。
その気配に合わせて、明梨も姿勢を正す。
「ありがとうございました」
と敬介が頭を下げる。
「ありがとうございました」
と同時に明梨も頭を下げる。
敬介が嬉しそうな笑顔を明梨に向ける。
明梨も嬉しそうに笑顔を敬介に向けた。
明梨と朱美が道場の出入口に立ち改めて頭を下げる。
明梨。と多岐が声を掛ける。
「右手を上げて、手を開いて」
明梨が言われた通りに、右手を上げ、手の平をみせる。
パチン。と多岐がハイタッチする。
またな。多岐の声に、うん。と明梨が声を出す。
バイバイ、と明梨が手を振る。
コラ、コラッ。朱美が咎める。
明梨は多岐に向かって、ペロリと舌を出した。
それから3日後の青年部の練習に明梨は参加した。
☆
明梨は青年部の練習生達に歓迎され、あたたかく受け入れられた。
女性の練習生も多く馴染みやすくもあった。
多岐は、明梨を特別扱いする事無く通常どおりの練習メニューを行なわせた。
それどころか他の練習生から、もぅ少し手柔らかにすれば。とさえ言われていた。
明梨に笑顔が戻りつつあった。
練習後に明梨を自宅へと送る。
車で、10分間程の道程だ。
多岐から何も問わなくても明梨からポツポツと話をしてくる。
黙ってその話を聞き、別れ際にパチンとハイタッチをする。
バイバイと手を振り自宅へ入る明梨の後ろ姿を見送る。
夏休みも残り2週間になった日の練習後、明梨が多岐に訊ねてきた。
「タッキー先生は、剣道やったことある」
「ん、あるよ」
「難っい」
「なんで?やりたいか」
「いや、なんて言うか」
明梨は多岐と二人だけの時にはタメ口で喋ってくる。
多岐も気にはしていない。
明梨は意を決した様に喋り始めた。
「空手は楽しいよ、でも、相手が見えてないと怖いって言うか、顔の位置とか、顔の向きとか、背の高さとか、道場の人たちは話ししてるうちに、そう言うのがわかってくるけど、いきなりくる悪い奴らはわからんしぃ」
多岐には、明梨の言う事が良くわかっていた。
闇雲に拳を振るえば相手の顔面に当てる事はできる。
だがその拳が相手の歯にでも当たれば自分の拳を傷つける事になる。
フルフェイスのヘルメットでも被っていれば明梨の拳では通用しない。
「向き合う相手との間合い?距離がちょっとあると落ち着ける気がするぅかなぁって」
わかった。と多岐は答えると続けて言葉を出した。
「ちょっと考えるわ、ほんで連絡するわ」
ありがとう。と言う明梨を自宅へと送って行った。
翌日の夜、多岐は明梨のスマートフォンを呼び出した。
直ぐに明梨の声が聞こえてくる。
『タッキー先生』
『うん、昨日の話しやけど、考えが有る、それと、お母さんに認識してもらってから、了解が必要や、いいか』
『うん、えぇよ、タッキー先生、ありがとう』
『じゃ、お母さんと代わって』
うん、と明梨が答え、朱美に代わる。
多岐は朱美に昨日の明梨との会話の内容を話した。
そして、これからの事に認識を持ち、了解を出来るか、出来ないかを判断して欲しいと告げた。
『とりあえず、一見は百聞に如かず、なので明日にでも練習後に来て下さい』
はい。と朱美の返事を聞き終えて多岐はスマートフォンを切った。
☆
「明梨、右手を出して」
多岐に言われ明梨が右手を前に出す。
明梨の手の平の上に、白いステックが乗せられる。
明梨と朱美が、同時に、何っと表情を変える。
明梨がステックを握り締める。
「特殊警棒だよ」
「とくしゅ、けいぼう」
明梨が首を傾ける。
「そう、警察官や警備員が持ってるやつさ」
朱美が、あぁ、と頷く。
「正確には、ストップピン式アルミ特殊警棒って言うんだけどね」
「でも、これ、短くない」
「伸縮式になっててね、左手で先を摘んで、パチン、パチンって音がするまで引っ張ってごらん」
明梨は言われた通りに先を摘んで引っ張ってみる。
特殊警棒は滑らかに滑り伸びパチン、パチンと音をたてる。
「収納時、縮めた時は25センチで、伸長時、伸ばした時は65.5センチになるんだ」
伸びた特殊警棒を明梨は撫でてみる。
「重さは、320g、軽いから片手で振ることができる、その割には耐久打撃が、1,000kg、もあるんだ」
「たいきゅう、だげき、って」
明梨が首をひねる。
「んー、丈夫さ、強さ、かな」
「1,000kg、ってどのくらい」
また、明梨が首をひねる。
「たとえば、俺が100%本気で蹴ると、400kg、ぐらいかな」
「えー、タッキー先生の本気の倍以上」
明梨と朱美が同時に驚きの表情をみせる。
多岐は、苦笑いをしながら説明を続ける。
「軽くて、強くて、扱いやすい、白色でコーティングしてあるから白杖(はくじょう)に添えて握り込めばカモフラージュされる」
うん。と明梨が頷く。
「これが明梨の、SPADAだよ」
「すぱーだ、って」
「イタリア語で、剣(つるぎ)って言う意味さ」
笑顔で、明梨が呟く。剣。
「護身術に警棒術と言うのがあるんだ、それを教えるから」
「タッキー先生が教えてくれるの」
「もちろんさ」
と、明梨に言うと、多岐は朱美に向かって言葉を続けた。
「朱美さん、この事を保護者として認識し、了解してもらえますか」
はい。と朱美は即答する、
「宜しくお願いします」
と、多岐に向かって頭を下げた。
そして、明梨は空手の練習後、警棒術の練習を始めた。
☆
※
ストップピン式特殊警棒の場合、伸ばす際に振り出す必要がなく。
伸ばす前の特殊警棒を持ち、片方の手で先端部をつまんで軽く引き伸ばすだけでパチン、パチンとロックがかかり、一度かかったロックは使用中は100%確実に機能する。
そのため「突き技」も100%安心して使用できる。
収納方法も至って簡単で、シャフト側面に付いているロックピンを押すだけでロックは解除され軽い力ですっと縮まる。
アルミは素材重量比ではスチール系特殊警棒の約半分の重さになっている。
ゆえに、素早く動き、打撃、防御と楽に使用できるうえ携帯や持ち歩きなどの負担が軽くなっている。
アルミは弱いといったイメージがあるのかもしれないが、アルミにも多くの種類が有り特殊警棒用の強度のあるアルミ合金を使用している。
取り外し可能なツバが付いており万が一相手の凶器とつばぜり合いになって、その凶器が手元に滑ってきても使用者の手を守る役割をはたすのだ。
ツバの素材にはポリカーボネート(防弾素材にも使用されている)で日本刀にも耐える強度をもっている。
十字展開式なので携帯時は回転されて一文字に、使用時は必要に応じて十字に展開できるのだ。
※
☆
明梨の夏休みも終り2学期の初日になった。
警棒術の習得はまだまだ基本的な域を出ていない。
「これは、SPADAは、御守だ、頼り過ぎてはいけない、まずは自分の洞察力を研ぎ澄ましなさい」
多岐の言葉を胸に秘め、SPADAを細長い袋に入れ、デイバッグのサイドポケットに差し込む。
一見すると折りたたみ傘の様である。
デイバッグを背負い、新品のスニーカーを履く。
インディゴブルーのジーンズに薄いピンクのポロシャツを着ている。
不安そうに見送る母親、朱美に向き直ると明梨は微笑んだ。
「行ってきまーす」
そして、明るく声を出す。
「いってらっしゃい、気をつけてね」
うん。と明梨は頷き玄関ドアを開けた。
視覚特別支援学校 高等部の生活と空手道場での空手と警棒術の練習で月日は無事に過ぎて行った。
☆
季節は変わりゆき春が来て、明梨は大学生になっていた。
大学1回生の初夏、あの忌まわしい出来事から3年目である。
あの日と同じ、バス停に立っている。
あの日と同じ、時間である。
大学での資格取得に必要な書類を特別支援学校へ取りに行った帰りである。
夕陽もほとんど姿を消そうとしている。
夜の闇が辺りを染め始めている。
夜の闇に刺激される奴等がいる。
明梨の鼓動が乱れている。
スゥー、と鼻から息を吸う。
ハァー、と口から息を吐く。
明梨は自分を落ち着かせる。
デイバッグのサイドポケットの細長い袋を撫でてみる。
SPADA、ワタシを守ってね。小さく呟く。
耳障りなリズム音を漏らしながら、センスの欠片もないカラーリングの乗用車が、明梨の前を通り過ぎる。
通り過ぎた、乗用車が急停車する。
乗用車のドアが開けられる音が3つする、閉まる音が3つする。
3人の男の声が聞こえてくる。
「あれ、目見えないしるしだせ」
「なにが」
「白い杖だよ」
「へぇ、じゃ俺らの顔はバレないってことか」
「おぉ、いいじゃん、いいじゃん」
「拉致るか」
「おぉ、いいじゃん、いいじゃん」
「くるまに乗っけて、ゆっくりおたのしみだ」
「おぉ、いいじゃん、いいじゃん」
その声に、明梨は身を固くした。
3年前と同じ声だと明梨は直ぐにわかった。
悪ガキは、悪ガキである、進歩も成長も無い。
しかも、3年前の事は記憶にもない様である。
明梨は長細い袋を手に取る。
中身を取り出し、静かに引き伸ばす。
白杖と合わせてカモフラージュし握り込む。
3人の男の足音が近づいて来る。
明梨の脳裏に、多岐の言葉が浮かぶ。
『躊躇ってはいけない、一撃必殺』
1人目の男の手が背後に伸びてくる。
ヒュン。白い煌めきが走る。
ガシュン。と衝撃音が男の手首を打ち据えていた。
アガッ、と声を出しながら一方の手でダラリとぶら下がっだ手首を押さえ1人目の男がうずくまる。
うらぁ、なにすんじゃい。
声を荒げながら、2人目の男が掴みかかってくる。
明梨は左足を後方へ捌き、白い煌めきを振り戻し打ち据える。
ガッ、メリッ、と衝撃音に骨の軋む音が混じる。
ダラリとぶら下がっだ肘を抱えて2人目の男がうずくまる。
3人目の男が、クッソと詰め寄って来る。
トン、と白い煌めきが男の喉を突く。
フゴッ、と息をつまらせ3人目の男が尻餅をつく。
「アナタたち消えなさい、ワタシの前から」
明梨が毅然と言う。
男たちの目が怯えた目に変わり明梨を見る。
それとも。と言いながら明梨が僅かに腰を落とし身構える。
3人目の男が喉を押さえ咳き込みながら慌てて駆け出す。
手首と肘を抱えて残りの2人の男が駆け出す。
3人の男が乗用車に乗り込むと、けたたましいタイヤの摩擦音をあげながら急発進した。
ありがとう、SPADA。呟きながら優しく撫で縮める。
細長い袋に納め、デイバッグのサイドポケットに差し込む。
刹那、ガッン、グワシャン。と凄まじい激突音が響いてきた。
同時にバスが明梨の前に滑り込み停車する。
明梨はバスに乗り込むと座席に腰を下ろした。
バスのヘッドライトには、縁石を乗り越え、電柱に激突し大破したセンスの欠片もないカラーリングの乗用車が照らし出されていた。
終り。