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グループ備忘録
約6200文字
エッセイ的な取り組み。
都内某所にてグループ療法を受けてきたので、備忘録的に書いておこうとする試みです。
※サブ垢で載せていたグループ療法を、こっちで更新するかも、みたいなノリ。
※ファシリ:グループの司会進行役。公認心理士。
**近況報告**
**・僕**
正社員になって〇年経過。
〇/1付けで人事異動があった。僕はあんまり関係ないけど、上司は次の課長が着任するのが二週間遅れということで、一時的に次課長兼務になって忙しいようだ。周りが忙しいと、バタバタと走る音が七転八倒するから、感覚過敏持ちは困る。環境の変化は心の焦りを宿らせる。
最近やっていることは、自分の身をまとっている理想像を丁寧に削り、好転反応を出している。好転反応とは、メンタルがおとうふになることで、身体もおとうふになって敏感になっちゃう、ということである。
あとは、セルフケアをまとめたり、睡眠導入のやり口を開発して、ジャーナリング版自由連想法をやってみたり。すごくよく寝れる。どういう理屈なんだろう。それで眠剤を減薬した。
……なんか書き出してみると色々やっているようだ。こんなに変わって、激的に体調が崩れるなんてことはあまりなく、試行錯誤の変わることだらけ。中途半端でも、それでよし状態。
**・社会人組**
仕事はぼちぼち。一人はAIに職を奪われて社内ニート状態。詳しくは「グループ療法話」にて。この人から不安をもらって、一時的におとうふになったことがあった。
他人の感情は他人のもの。この不安は勝手に借りパクしちゃったものだから、書き出して自他の境界からポイってする。そして、「おとうふ状態であってよし」ってしろたんカウンセリングする。
「自分軸と他人軸」という言葉がある。いわばおとうふになるとは「他人軸に振り回されている状態」である。__最近これについてふと気づいた。__
まあ、この人は以前から社内ニートみたいなところがあったから。
無呼吸症候群の人は眠気がすごいらしく、グループ療法中に居眠りをしていた。僕が話している最中でも隣でいびきをかいているのが分かる。
「起きてる?」(手で肩をさする)
「んあ」 (うめき声)
はっきり申し上げれば、失礼である。
**・ニート、休学組**
半年前に大学休学生が入った。それ以外は興味がないため知らん。
20歳ニートは、ニートであることは数年から相変わらず。2X歳ニートになったことくらいか。
この人には深夜の公園にて、公園の周りをぐるぐる散歩する習慣があるらしい。それで僕にはなんとも奇妙なことに見えて、「いや、コンビニ行ったら?」と提案したことがあった。以降、コンビニに行ったりと改善は見られたが、最近はまた公園ぐるぐるを再開したようだ。修行僧なのかハムスターなのか。公園を回し車に見立てる行動には、得体の知れない念が感じられる。
最近は兄さんと一緒にカラオケをしたとのこと。朝から晩までぶっ通しで7時間くらいやったらしい。巷で話題のドパガキかもしれん。体力あるなあ。
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**話題提供(僕より提供)**
・2X歳ニートが依然と比べれば活動的になったと思う。
散歩時間が今までよりも増えた。最初は近所を30分、それが一時間とか二時間とか歩いている。それを毎日やっていると聞いて、個人的にはすごいなと思った。
しかし、当の本人は「苦しい」「何もできない自分が情けなく感じる」などと言っている。行動の時間と範囲が広がっているのに、その見方はおかしいんじゃないかと。
「つまり、自分の存在意義を全否定するところに自己否定感が強く表れていると思うんだけど」
僕の言葉に、ニートは答える。「散歩はしているけれど結局、リタリコとか就労に関するところには行けていない」
「それは話が別じゃない? リタリコに行こうと決めたきっかけは親が言ったんだっけ?」
「違いますね。ここのグループワークの中で出てきたから行ってみようかな、という感じです」
「グループで情報が入ってね。それで自分で決めた感じだよね」とファシリ。
「昨年から決めてたことで、結局何もしないで過ごしちゃっているなと。なんでこんな風に行動に移せないんだろうと思っている」
※補足 リタリコ:
就労移行支援所の大手。障がい者版の職業訓練校のこと。
身体障害、知的障害、精神疾患者などが通い、就労を目指す。五年前(当時)は特別養護支援の所からの斡旋で、高校生くらいの人が来てインターンごっこをやっているのを見かけた。
今はDEI、多様性だねー。
「『リタリコに行こう』というのはニート自身が決めたというわけでしょう? だったら締め切りが実質ないんだし、ゆっくりでもいい。まあ、個人的にはニートさんはその段階じゃないと思う。だって、ハードルが高いし。」
話してて、ふむ……ってなる。
多分、ニートの散歩量が増えたり、長時間のカラオケは、自分ルールを課して、その罰を与えるみたいな感じがするな。
・リタリコに行けない自分は何もやっていない
・私は何もやっていないから、散歩しなきゃいけない
と自分の逃げ道をふさぐような。
でも実際はそうじゃない。だって、できているところは誰しもあるんだから。月1回のグループ療法に行けているし。散歩とかも、以前よりも時間が増えているし。「できた」は事実側なのだ。
なのに、『何もやっていない』というのはおかしい。これは「思い込み」だ。事実と思い込みは切り分けないと、事実がゆがんで解釈されてしまう。自分ができているところに目を向けづらくなってしまう。そうなると自己肯定感が低いというか、『自己肯定感を感じないから自分は自己肯定感が低い』とさらに思い込んでしまう。それは自己否定感の何物でもないから、自分が苦しいよね、となる。
その後、僕とニートは色々と話す。
まとめるとこんな感じになった。
・ニートさんの『やることがないと……』という自動思考によって、つい自己否定のほうに自然に嵌りやすくなっている。
・自分ものさしと他者ものさし。
僕がニートさんに尋ねたのは、「リタリコに行く」は自分の考えなのか、親の考えからきているものなのか、あるいは別の何かなのか。それらを分けてみようと。今のところは自分で情報を集めて自分で決めたんだねということ。(それ以降は関係がない)
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「自分で決めたのであればたぶんそのハードルが高い。今までできなかった時間、費やされてきた過去、そういった心の荷物が多すぎる。今、何をしたらいいのかわからないという状態はカウンセラーとかに相談をして、聞いてみるとかあるよ」
ファシリがまとめてくれる。
「ここまでいろいろと僕さんが思うところを言ってくれました。リタリコに電話をすることはハードルが高い。その他にやることがあるのでは? そんなことを言ってます」
ニートが答える。
「そうですね。確かにハードルが高いのかもしれない。ちょっとまだ働いていないことに対しての罪悪感というか。社会からの圧力を感じる」
「それは、偏った見方じゃない? 働いていない人も多くいるし、平然と生活保護をとっている人もいる。今の社会で働くということは相当に難しい。別に働くことだけではないし、別の生き方もある」
「イラン情勢が~、原油高で~。だから不安だ、不安で動けないんだ」
「うーん、色々あるかもしれないけど。正直言って、何も変わってないよ。風が吹けば桶屋が儲かるじゃないんだから。主語を大げさに広げて、『だから自分は動けない』は関係ないでしょ?」
「僕さんは、コロナ禍の時に就労移行支援に行ってましたもんね」とファシリ。
「ええ、そうですね。サビ管に、『早く登録しましょうね。早いに越したことはないんですから』と急かされて、登録したんですけど、初回通所日はガランとしてましたね。政府の打ち出した緊急事態宣言で、本日から在宅訓練に切り替わったんですって。
『ええ! 聞いてないんですが?』みたいな。まあ、そんな感じで不安感はありましたけど、「まあ、何とかなるやろ」の精神で乗り切りましたね」
僕続ける。
「ニートさんがさっき言っていたみたいに今の自分を否定するようなものが無意識に出ているだろうと。そのことについて自分で気づく、気づかないとでは全然違うと思う。
『ああ、自分はこういう風に考えやすいんだな……』と日常的に思い詰めていて、いやな気持になってしまうというのもわかるし、ネット上にはそういったネガティブな情報はゴマンとある。
別にニートさん個人の問題ではないし、みんなそうだし、今働いている人も影響があるんだから。自分たちもそういう時期が確かにあったし」
「働いていない時期があったもんね」とファシリ。
「なので、今は何でもないように振舞ってはいますが、過去にはそういったものもありますよ、ということをニートさんには伝えたいなと思いました」
<ファシリ:ニートさんの自己否定感は、現在働いていないことに対する罪悪感(社会からの圧力)から来ていそうです。今気付いていることとしてどんなものありそうですか?>
「雑にまとめちゃうと普通から離れちゃっていること。これは小さい時から発達障害もあったので違和感みたいなものがあった。そういう小さいころから感じていたこと、不登校にもなってまた離れた気がするから。そのまま中学を卒業した後に高校とかに行かず、中卒で学校から離れちゃって。やっぱり普通じゃないという感覚が自分の中にあって、それが自分の中で大きな圧力になっている」
「あの、今『普通』という言葉を使ってたんだけどさ、ニートさんの思う普通って何をイメージしているの?」
「例えば……」
ニート、なんか言っていく。
ファシリ、ホワイトボードに書く。ニートが思い描く普通について、こんなことを言う。
・オフィスワーカーでバリバリに働いている。
・大学に行っている
・立派な趣味を持っている
「これは自分の思っていることが高すぎるのかもしれませんが、そういうキラキラしたもの。そういうのって別に普通ではないですよね。かなり上位の人というか」
「それは『普通』ではないでしょ」
「え?」とニート。僕、理詰めする。
「自分で言ってたでしょ。普通ではない、って。僕から見ても、そのホワイトボードに書かれたものは『普通』よりも上位のものだから。そうじゃなくて、もっと下げてみてよ。もっと下げてみて、もう一度言ってみて、ニートさんの思う『普通の具体例』」
「……」ニート、絶句。
「……たとえば僕たち、無呼吸症候群さんや〇〇さんとか、僕とかは『普通』ですか?」
「……普通ではない、と思っちゃいますね」
「そう。その通りだよ。
自分でも、自分は普通ではないし、グループの他の人たちもそうではない。逆に言えば、『普通という何か』を求められる側だとは思う。でも普通とは、人それぞれ。異なるものです」
僕の持論を話す。
「例えば僕の場合、『今の時代、長く働く続けることが貴重だ』という意見を持っているんです。人材流動化が起きたり、派遣などの非正規雇用の人とか短期離職の人とか。正規雇用という風に『正規』と言っているくせに、その数は労働者の全体の六割くらいですし。
勤続3年くらいで、3人に2人は職場から辞めちゃう感じでしょ。数年前に騒がれた退職代行とかは、これは違法なんじゃないのか、あるいは労働者の権利行使として認められるべきだとかあった。だから、今は職場定着しにくいわけですよ。それが何年も前からずっと続いているわけ。
そういった社会経験を持って、そういう意見を持ったわけなんです。それを今の学生に当てはめるとどうだろう、『今の時代、社会人でさえ長く働く続けることが貴重なのだから、今の学生は長く勉強し続けることもまた貴重』ではないかと」
補足:小中学生の不登校者数(2025年統計)
小学生13万7704人中、2.3%が不登校
中学生21万6266人中、6.8%が不登校
小中の不登校者数の合計は過去最多、12年連続で増加傾向である。
「たしかにデータとしては少ないほうだ。きっと円グラフでは「その他」で括られるかもしれない。でも、少子化でしょ? 子どもの数が少ないのに、それでも大学まで行って、就職できるって、貴重でしょう?
小さいころから勉強を始めて小学受験したり、中学受験したり。受験したはいいけど、その後に不登校になってしまう人もいるし。なので、『長く勉強し続けることが貴重なんだから、不登校になるのは普通』ですよ」
(まあ、この意見は極端だけど。でも、ニート君の不登校歴の長さを鑑みると、ネット上で流布される『普通』より、こっちの『普通』側のほうが性に合ってると思う。)
「……という風に、『普通』という単語は、発言した人の基準に沿って意味が変わるものなんですよ。僕の場合は、不登校の期間もあるし、ニートの期間もあるし。短期離職も経験したし。普通の生活なんてかけ離れた所にいますけど、だから何? みたいな」
「だから、何の意味があるんですか? とね」
「普通の具体例は、ありません。ある種、思い込みだね。自分が『これが普通だ』と自分が強く思い込んだものが普通の具体例になっちゃう。人それぞれ、バラバラなんです」
「もしかしたら幻想かもしれないぞ」とファシリ。
「まあ、そうですね、幻ですね」と僕。
「社会からの圧力じゃなくて、自分で作り出した幻想からの圧力にやられちゃっているのかもしれないと。リアルじゃなくて」
ホワイトボードに手が向かう。
お父さんがばりばりオフィスワークしている。お兄ちゃんは大学を行っている。立派な趣味を持っている?
「あー、そんな感じですね」
「どうしても身近な人が基準になりがちだよね。自分に見える世界を基準にしちゃう」とファシリ。
「身近な人を基準に据えてしまうと、普通が高くなっちゃう。他の方々のいいとこどりをしてしまうんだよね。そうなると普通という基準が高くなって、『理想』になるんだよね。そうなるとそれは、自分の中にあるものではなくて他のところ(ネット)に向いてしまうきっかけになる」
「自分ものさしではなくて、他者ものさし」
「それで自分を測ることが『普通』になるので、それは自分が苦しくなりますよ。その普通は、理想とごっちゃになってますからね。ネットの向こう側にいるよく知らねえ他人が言うものが基準になって、それを見たり聞いたりして、自分と比較して、自分が小さくなってしまうから。それは極端ですよ。
ニートさんの場合、他人と比べる必要ないですよね。確かに僕たちは働いているので、働いているなりの基準は求められます。そこで居眠りをしてる無呼吸症候群の人は、会社で居眠りをしたり、片付けられなかったので、会社の指導員にあーだこーだと言われてしょんぼりしちゃったわけです。これは、働いている人の普通を求められるんです。だって『指導員』って、そういう仕事をする人だからね。それが義務だから。その義務が課せられて就職しているわけなので、言われてしまうんです。
でも、今のニートさんは義務とか他人とか全然関係ないところで、一人で悩んでいるんでしょ? 自分で決めたことで、自分で出来なかった。しょんぼり。それで終わりですよ。
就労移行支援は「ああしなさい、こうしなさい」とか言われるんですよ。だって、就職を目指すところなんだから。就労というものは、就職する準備をする所ですよ。
まず、自分の状態、自分から今の状況がつらいよねと気づくことがいいのではないかと。自分の本心がどこにあるのかを気づく。それが一番大事だから。自分の本心を基準にするのがいいんじゃないのかなと思います」
「自分の本心に気づいて、それを基準にすると」
「まあ、難しいけどね。だからこそ奥深いんだ」