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推し活半年、2か月ぶりのほろ苦い再会
芥川遼太郎之介
半年目の節目に訪れた、少しほろ苦い再会の記録です。
2026年のプロ野球開幕頃に始まった、こころちゃん推し活も半年。
ホークスのリーグ優勝を見届けた翌日、2か月ぶりに迎えた再会は、救われるよろこびと、そのやさしさに寄りかかりすぎていた自分への反省とが交錯する、ほろ苦い節目となりました。
神様のように見ていた相手を、あらためてひとりの人として見つめ直そうとする掌編です。
2026年のプロ野球開幕と時を同じくして、「はじめまして」のご対面を果たしたこころちゃん。
オープン戦の時期には、タイミングが外れて一度ご対面は空振りに。それも何かのご縁だったのでしょう。
奇しくも前日、ホークスがリーグ優勝を決めました。その歩みと並行するように駆け抜けてきた、こころちゃん推し活の半年。
会う回数と懐具合の折り合いをつけながら、それでも「こころちゃんチャージなライフスタイル」を自分なりに続けてゆこうとした、その先に迎える6回目のご対面です。
5か月で5回という、会いたさが先に立った歩みをひとまず見つめ直し、「2か月に1回くらいがちょうどよいのではないか」という仮の落としどころを、ひと月寝かせて試してみる。
そんな小さな実験の1日を、これからの暮らし方ごと見つめ直す体験談として書き留めてみました。
遡ること2週間。5回目のご対面からひと月あまり。そのような折、パラレルワールドの福の神様ことこころちゃんは、金曜日の時間変更というかたちで、繰り上げシフトを突如お下しになりました。
当座の業務にも目処が付き、金曜日の午後なら有給も取れそう。心が揺らぎます。いや、ひとたび揺らいだ心は、もう後戻りできなくなっていました。いつもの、理性を飛び越えてしまう流れです。
衝動的に有給届を書きました。けれど、その日の降水確率は90%の予報。高校生の我が子の体育祭も中止が濃厚で、早退して帰宅した折には、休みになった当人とばったり顔を合わせることにもなります。
自宅にこころちゃんをお呼びする訳ではないのですが、この日のイレギュラーな帰宅と我が子とのニアミスを予感させ、わたしを踏みとどまらせた雨は、天からの「待て」のサインだったのでしょう。
心の赴くままの衝動は、ひとまずこの日は封印するほかありませんでした。給料日まで2週間。懐具合がいくらか持ち直すその週を、あらためて決行期と定めたのです。
とはいえ、実際にその1日を成り立たせるには、いくつかの条件があります。
ささやかに所帯も構えておりますゆえ、夜間や休日の訪問は控えております。機会は平日の午後から夕方に限られます。
そうした事情もあって、2週間前の繰り上げシフトは見過ごせませんでした。
通常のこころちゃんの出勤時間帯は16時から。19時帰宅をひとつの目安とすると、移動時間まで考慮して120分コースがぎりぎり成り立つかどうか、というところ。
実際、初見の開幕戦では、こころちゃんのスタート枠から、130分ロング割コースのデーゲームでプレイボール。ノックアウト級にメロメロとなりながらも、帰宅は怪しまれないぎりぎりセーフのゾーンで何とか逃げ切った、という具合です。
ですので2回目以降は、わたしが早退できる日と、こころちゃんが繰り上げシフトを出せる日とを、オキニトークですり合わせたうえで予約していたのです。
もっとも、ウェブ上で確認できる出勤シフトは1週間先まで。そこでこころちゃんにオキニトークを送り、2週間先の平日で、14時ごろから出勤できる日があるかをお伺いしました。
できることなら金曜日がど真ん中であることも、あわせてお伝えします。するとこころちゃんは、そのリクエストを、まさにど真ん中でキャッチして返球してくれました。
その時点では彼女もまだお店にシフトを出す前でした。けれど、予約電話ではオキニトークでの遣り取り済みであることをお伝えし、無事に予約完了の運びとなりました。
これまでの口コミ投稿では、第二回投稿で詠んだ一句を除いては、こころちゃんを推しと表現してきませんでした。
けれど、はじめまして以来、日々日記を読み、みたよを押し、オキニトークを頂けた折には返信し、月1ペースでお会いしてきた歩みを振り返れば、やはり推しであるのでしょう。
2年前、以前利用していたポチャ店にも、ペースを維持できる距離感で心を通わせていた仲よしさんがいて、リクエスト出勤かつ本指名で複数回お会いしていました。
個性的で、芯が通り、ヲタク気質。服装も装飾品も黒とパープル推しで、髪色も紫。アニメ好きでもありました。
差し入れは毎回、ふるふるゼリーと、彼女の愛猫ちゃんへのチュール。
考察も深く、たとえばエヴァンゲリ○ンに話題を向けると、彼女なりの視点で作品に潜む意図を論じてみせるのです。まさにヲタク気質でした。
あるとき何気なく、推しのある人はしあわせだね、と口にすると、お兄さんの推しはわたしじゃないと?博多らしい口調でそう返されたことがありました。本当はおじさんなのですが。なるほど、そうだね、と応じたものの、その一言は妙に心に残るものでした。
やがてスマホが壊れ、2か月ほど放置した末にようやく復旧してみれば、もう彼女の名はお店の在籍リストにはありませんでした。
移籍したのかもしれない。そう思って、小柄、巨乳、ヲタク、ぽっちゃりといった彼女の特徴を手がかりに、シティヘブンで検索をかけてみるのですが、ついにその姿を見つけることはできませんでした。
けれども、その捜索の過程で、豊満倶楽部とこころちゃんにたどり着いたのです。
あのとき見失ったご縁の先で、いまのわたしはこころちゃんに出会っている。そう思うと、この半年の歩みにも、どこか不思議な連なりを感じるのです。
そして気がつけば、こころちゃんと過ごす時間そのものが、わたしにとって心を整えるひとときになっていました。
こころちゃんチャージをすると、心がふっと穏やかになります。人にも優しくなれるのです。
ささくれ立った気持ちが、こころちゃんと過ごす時間のなかで、少しずつほどけてゆくのでしょう。
現世には、心をすり減らす要因があまりにも多すぎる。
そんななかで、自分の内側までぎすぎすしてきたとき、わたしはパラレルワールドの福の神様ことこころちゃんに、そっと救いを求めるのです。
けれど、その救いを求める気持ちが依存に傾いたとき、こころちゃんとの受け止め方のずれを生んでしまうのかもしれません。
こころちゃんの日記やオキニトーク、そして直接の会話から、彼女がサウナ好きであることは把握していました。
もっとも、髪のお手入れや化粧直し、さらには次の枠もあるという現実を思えば、ご一緒するのは、まあ難しかろうと考えるのが自然でしょう。
そう思っていたところ、こころちゃんからオキニトークで、入浴剤泡泡買いました🥰とのご連絡。
ならばと、本日は屋上露天風呂付きの部屋を狙って別のホテルに赴くも、平日昼間ど真ん中にもかかわらず空振りに。
そこまでの幸運は持ち合わせていませんでした。
そこで、消去法でサウナ付きの部屋を選択します。ひとまず電源を入れ、彼女を待つことにしたのでした。
やがて、こころちゃんが到着。2か月ぶりのご対面です。ああ、やっぱりかわいい。
さっそく、彼女より泡泡の入浴剤をご披露いただきます。こちらも差し入れの鮭とばを捧げつつ、ここに至る経緯をお伝えしたところ、思いのほかプライベートサウナに興味津々。ご一緒いただけることに。
サウナが温まるのを待つあいだ、フロントへかき氷と麻辣湯を注文。届くまでのあいだは、リクエストしていた透け透けの萌え萌え増し増し下着を身に着けていただき、オプションの写真撮影。
そうこうするうちに飲食オーダーも到着。あわせて、今月こころちゃんが赴かれたという、ひまわり園や放生会のお写真も見せていただきます。
無音は寂しいな、とこころちゃん。いつもはBluetoothスピーカーに彼女のスマホをつなぐのですが、本日は別のホテルです。Bluetoothはなさそう。そこでテレビモニターをつけてみます。
Ne○flixが見れる仕様でしたので、こころちゃんのアカウントを入力して彼女お気に入りの名探偵コナ○を再生します。コナ○が本日のBGM。
泡泡の入浴剤は、お湯を張りすぎると溢れてしまうとのことで、浴槽の半分ほどで止めておきます。
そしていよいよ、サウナへ。
先ほどの麻辣湯も効いて、こちらはすでに汗ばんでおります。
お互い、サウナでの混浴は初めて。コンパクトな2人掛けで温度もやや低め。ふつうならサウナでは沈黙が作法なのでしょうが、ここでは自然と会話が続きました。
汗のにじむこころちゃんに触れてみたい。手を伸ばしかけますが、壁に触れると熱いでしょ♡とそっと制され、そこは断念。
至近距離から無念そうに眺めるだけで我慢するわたしに、こころちゃんがひとこと。
代謝がいいんだね♡
砂時計3周ほどでサウナを退室。所要15分ほどだったでしょうか。
シャワーで体を流していただき、サウナタイムはこれにて終了。
続いて混浴タイム。ジェットバスのスイッチをオンにすると、みるみるうちに浴槽は泡泡で満たされ、そのなかに浮かぶ彼女のシルエットが眩しすぎる。
湯上がり、差し入れたフルーツ類にナイフを入れ、シェアしながら頂きます。秋を感じる果実🍐 🍑。ドライアイスで冷やしていたため、炭酸ガスが効いて、若干しゅわりとした口当たりです。
そのあとベッドへ…。けれどこの日のわたしは、救われたい気持ちばかりが先立ち、彼女との向き合い方をどこかで取り違えていたのかもしれません…
これまで、わたしはこころちゃんに救いを求めすぎていました。回数や所要時間は言うまでもなく、発言や振る舞いにおいても、です。
前者については自覚がありました。けれど今回、後者においても、恩恵を授けてくださる神様として救いを求めるあまり、こころちゃんが血の通ったひとりの人であること、そして尊厳ある存在であることへの礼節を欠いた一言で、彼女の心を痛めてしまったのです。
接客に徹するだけなら、そこは受け流されていたのかもしれません。けれど、これまで心を通わせてきたから、ひとりの人として向き合い、その感情をにじませてくれたのだと思いたい。
そうしてあらためて問うのです。彼女はわたしにとって、神様なのか、人なのか。
そのことに思いを巡らせるのですが、嫌われてしまったのではないかという不安に、動揺と混乱が重なり、しまいには放心して、我を忘れそうになります。
それでも、反省してしゅんとするわたしを許し、やさしく受け入れてくれるこころちゃん。その寛容に、またしても救われるのでした。
わたしに顔を寄せて、頬から顎にかけて手を当て、そっと無精髭を撫でるのです。
いつものルーティンである膝枕と髭抜きを促すこころちゃん。
ところが迂闊にも毛抜きを忘れてきました。探しても探してもみつかりません。
何という天の悪戯でしょうか。いいえ、己がしくじっただけです。
諦めて、そっとこころちゃんにもたれかかることしかできませんでした。
とはいえ、そのやさしさに寄りかかっていてばかりではいけません。思考を先へ進めます。
次はいつ会ったらよいのだろう。その間合いを、自分に問い直してみます。ここで焦ってはなりません。
会いたい気持ちのまま、救われたいまま赴くのではなく、何よりもまず、神様ではなくひとりの人としてのこころちゃんの気持ちに思いを寄せ、慈しむこと。
そのうえで、こころちゃんに向ける言葉や振る舞いの在り方を、今度こそあらためるのです。
そうすることで、心地よく向き合える間合いも見えてくるのでしょう。こころちゃんにとっても、わたしにとっても。
その間合いこそが、これまでテーマとしてきた持続可能ペースなのかもしれません。
神ではなく人である彼女との、これからの向き合い方をあらためて考える起点となった、半年目に迎えた2か月ぶりのほろ苦い再会なのでした。
あのときの雨は、時期を待つだけでなく、この思考へと導くための天からの「待て」のサインでもあったのでしょうか。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、再会のうれしさだけでなく、そのやさしさに寄りかかりすぎていた自分への反省まで含めて書き残してみました。
こころちゃん推し活の半年を振り返る節目として、いまの自分なりの間合いと向き合い方を見つめ直す一篇になっていれば幸いです。