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会話することの難しさ
会話は難しい。
なぜならば、相手の話を聞く必要があるからだ。
話を聞き、相手の事を理解し、それに応じて言葉を返す。単純なように見えるかもしれない。
しかし、その過程にはマニュアル、いわゆる正解などない。
相手が何を感じていて、どういう言葉を求めているのか、
それらを考え、自分で選択しないといけない。
つまり、会話とは既製品を並べる作業ではなく、その場その場で相手に合わせたオーダーメイドの製品を作る作業なのだ。
例えば
「大丈夫?」と声をかけられたとしよう。
その言葉をかけられた人は、どう思うだろうか。
救いを求めていた人には救いの言葉になる。
一方で、一人で抱えたい人には踏み込まれたと感じることもある。
この言葉をかけられて、喜ぶ人ばかりではない。
つまり、人ごとにマニュアルが違う。
それ以外にも、条件によって変化する言葉もある。
「頑張ってね」
その言葉をかけられた時、
すでに頑張っていたとしたら?
自分の中で最善を尽くして、全力で物事に取り組んでいたら?
余計なお世話だったり、少し頭に来たりするだろう。
でも、それ以外の状況だったらどうだろう。
体育祭のリレー中だったら?
持久走を走っている最中だったら?
「頑張って」が力になることもある。
その言葉をかけられた状況や、
その日のコンディションによって、正解は変わる。
そんな難しいコミュニケーションをするときに、
念頭に置いておくと楽なことがある。
人間は気分によって反応が変わる。
論理で武装している人も、
いつも仏の様な顔をしている人も、
何処かでは感情や、その日の気分に左右される。
昨日聞いた事が、今日は違う答えが返ってくるかもしれない。
これまでうまくいっていた返しが、
上手くいかなくなるかもしれない。
それに毎回”あの時はこうだったのに”なんて反応していたら、
心が削れて行ってしまう。
まぁ、たまには心が削れてもいい。
人間は生きている以上、
どこかで道を間違えることもあるし、一時の気の迷いに左右されることもある。
この文を書いている自分もそうだ。
気分によって、答えが左右されてしまう。
だけど。
そういうものだと思って、
今日も生きている。