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腫れた目と佳奈ちゃん
2026/05/29 腫れた目と佳奈ちゃん
朝、学校に行って友人に挨拶をした時、あれ、と思った。「目腫れてるけど、泣いたの?」後半はあまりに無神経だったが私はその友人をからかいたいような少し傷つけたいような、いたずら心の延長線上にあるような、あるいはただのいたずら心のような、そんな軽さで口にした。友人は白い指を自身の目元にやって「え、ほんと?」と答えた。いつも通りの様子だったのでなんだかつまらなかったけれど、私の加虐性が友人に知られなくてよかったってうっすらの安堵もあった。「ほんとほんと。鏡見てきなよ。」と適当に返した。予鈴が鳴って、私は慌ててロッカーから1時間目の公民Aの教科書を取り出し席に戻る。制服のポケットに入れていたらしい鏡を開き友人は自分の顔を確認し、「うわーほんとだ、昨日夜更かししたからかな〜。」と独り言か私に話しかけているのか曖昧な声量で言う。なんだ、そんな理由か、泣いたんじゃないんだ。私はやっぱりつまらないような気分になった後、何か返そうとしたけど、言いたいことも言うべきことも浮かばなかったから相槌だけ打って時計の秒針を目で追った。秒針が9から1まで動いた時、ふと、口を動かす。「何時に寝たの昨日。」友人はえーと、と記憶を遡っているのか視線を右斜め上に投げて、くちびるをとがらす。それを見ていたら私は無性に言いたくなって返事も待たずに舌を回した。「目、水で冷やしてきたら?ブサイクだよ。」「え、最悪なんだけどー。」って言いながらも笑っている友人の輪郭を、私は今でも掴めないけど、そんな友人には私の気持ちはきっと一生届かないだろうから、満足もしている。
「次、理科Aってさー小テストあったっけ?」公民Aと公民Bが終わって、次は理科A。その次は数学Bで、5時間目に理科B。6時間目は家庭科だからまだマシ。だけど1日に社会と理科が2回と、数学まであるなんて一体なんてどんな時間割だ、と進級したての頃は信じられない気持ちだった。6ヶ月もそれでいれば、いい加減に慣れてしまったけれど。「さあ、知らない。ないんじゃない?誰も勉強してないし。」私は本当に知らないからそんなふうに答えた。だけど訊いてきた友人は不安そうに、それともこれは訝しげ、なんだろうか、眉を寄せて「でも、」とクラスを見回す。「勉強してる人もいるよ、内川さんとか。」「内川さんはいっつもしてるでしょ。桜木さんたちしてないじゃん。」「いや、桜木さんたちは小テストある時もしないし。」「そんな気になるなら相川先生に訊いたらいいじゃん。ほら、来たよ先生。」ちょうど教室に入ってきた理科Aの先生を指差しながら提案するが、あまり乗り気じゃない表情を友人は浮かべる。そして諦めたように自分の前の席に座っているクラスメイトの肩をたたき、「ねー佳奈ちゃん、理科Aって小テストあったー?」「え、小テストは確か次だよ、今週の金曜。」「ほんとー?よかったーありがとう。」なんだ、友達いるんじゃん。あんまり小林さんと雑談しているところとか見ないけど、名前呼びするくらいの仲なんじゃん…って馬鹿にするような気持ちが芽生える。さっさと小林さんみたいなわかる人に訊いたらよかったのに。逆にどうして渋ってすぐにできないの?という疑問が浮かんだところで、こういう思考回路は漫画でよく見る毒親の言うことだな、と自制する。だけど、毒親は親と子供で年齢も離れているから思考回路がわからないのも当たり前だ。それに対して私と友人は同じ中学3年生、15歳、なのに。友人の思考回路が、全くわからないのが私は不思議で仕方ない。
ねえ、と声をかけると、友人はこちらを振り向く。じっと見つめる。しばらくそうして黙り込んでいると、「なに。」友人は戸惑ったような声を出した。だから私は言う。「目、まだ腫れてるよ。ブサイクだよ。」「え、最悪なことまた言われたー。」安心したように頬を緩めて友人は笑う。ああやっぱり、輪郭がぼやけている。これは冗談じゃない。