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13話 「新皇帝 ナツキ・スバル」
神聖ヴォラキア帝国の頂点に立つということは、世界のすべてを敵に回すことと同義であった。帝都ルプガナの中心にそびえ立つ水晶宮。その最上階に位置する玉座の間は、かつて数多の英雄や怪物が座り、血で血を洗う歴史を見届けてきた絶対の聖域である。だが、現在その絢爛豪華な黒曜石の玉座に深く腰掛け、眉間をこれ以上ないほどに険しく歪めているのは、圧倒的な暴威を纏う武人でも、すべてを見透かす稀代の知将でもなかった。ナツキ・スバル。異世界に召喚されてから、わずか一年。武力もなく、魔法の素養も皆無、ただ足掻くことしか能のなかったはずの異邦の少年が、今、第77代神聖ヴォラキア帝国皇帝として、その細い両腕に帝国のすべてを背負わされていた。
__トギスマス。トギスマス……。思考を削れ。感情を削げ
スバルは自らの魂に刃を当てるようにその言葉を繰り返した。彼の目の前に置かれた巨大な黒檀の机の上には、視界を埋め尽くすほどの羊皮紙の山が築かれている。それらはすべて、帝国全土から集められた上奏文や軍事報告書、領地割の裁定書、そして隣国であるルグニカ王国やカララギ都市国家連盟との外交文書であった。皇帝の仕事は、大変だ。そんな生易しい一言では、今のスバルを取り巻く地獄の片鱗すら表現しきれなかった。
「ボス、顔色が死人のようになっていますよ。いくら最強の演出家たるあなたが舞台を支配しているとはいえ、劇の開幕前に役者が倒れてしまっては、観客への言い訳が立ちませんからねえ」
静寂に包まれた玉座の間に、場違いなほどに陽気で滑らかな声が響いた。声の主は、腰に二振りの至高の刃を帯び、全身から隠しきれない青い雷光を燻らせている世界最強の怪物
__『青き電光』セシルス・セグムントであった。彼はスバルのすぐ傍らに立ち、まるで退屈な芝居でも眺めるかのように、スバルの手元を覗き込んでいる。
「……セッシー。お前が呑気に笑ってられるのは、この書類の一枚、文字の一行に、どれだけの命の重みがかかっているかを知らねえからだ」
スバルは濁りきった瞳を書類から離さず、ひび割れた声で応じた。彼が手にしているのは、北方の有力貴族が提出した「亜人部族の処刑および領地没収」に関する決済書であった。ヴォラキアの鉄の掟である実力至上主義に従えば、敗北した弱者を踏みつぶすことは至極当然の権利である。だが、この書類にそのまま「皇帝の血印」を押せば、三日後に隠れ潜んでいた亜人の残党による大規模なテロがルプガナの南区で発生し、数千人の民衆が爆炎の塵と化す。なぜ、それがわかるのか。答えは、あまりにも残酷で、あまりにも単純だった。ナツキ・スバルは、すでにその『三日後の惨劇』を、その身をもって体験し、肉体を消し飛ばされて死んできたからだ。
「この決済は却下だ。北方の部族は処刑ではなく、帝都の防衛機構の最前線へ『奴隷兵』として再配置する。没収するはずだった領地は、九神将の管理下に置き、貴族には代替の鉱山権を一時的に与える。……これで、ドミノの最初の牌は倒れねえ」
スバルは震える手で、却下の印を羊皮紙に叩きつけた。彼には、かつての皇帝ヴィンセント・ヴォラキアのような、他者の思考を何十手先まで見通す天才的な『知略』はない。腕力もない彼が、この化け物だらけの帝国を統治し、玉座を維持できている唯一の理由。それこそが、数え切れないほどの死の痛みを代償に世界の因果を強制的に書き換える、最悪の権能『死に戻り』であった。政治の最適解を見つけるための、内政的な死。それが、皇帝ナツキ・スバルに課せられた、本当の地獄だった。外交の文言を一つ間違えれば、ルグニカとの全面戦争の引き金が引かれ、スバルは一晩で首を撥ねられる。国内の有力者に与える利権のバランスをミリ単位で誤れば、その日の夜には寝所に暗殺者の銀刃が滑り込んでくる。実際、今日という一日が始まってから、スバルはすでに四回の「死」を経験していた。一回目は、朝食の薄いスープに盛られた、無色無臭の遅効性の猛毒。喉を焼かれ、内臓をドロドロに溶かされながら玉座の前でのたうち回った。二回目は、廊下ですれ違った近衛兵に偽装した刺客による、背後からの心臓への刺突。三回目と四回目は、上奏された書類の裏に仕込まれていた、開いた瞬間に発動する極小の爆破魔石の罠。
「痛みを忘れろ。恐怖を削げ。俺がここで一瞬でも正気を失えば、この国にいる仲間たちが全員、トッドの檻の時のように焼き殺される……っ」
五体満足で、何事もなかったかのように書類をめくるスバルの内面は、すでに幾千回もの凄惨な死の記憶によって、ズタズタに引き裂かれ、氷漬けにされていた。かつての少年らしい温もりや、健気な正義感など、この血塗られた玉座の重圧の前には、真っ先に捨て去るべき不要な肉片に過ぎなかった。
「ほう、さすがはボス。ボクがただ美しい剣を振るうことだけに命を費やしている間に、あなたは世界の裏側の台本を、本当に一人で書き換えてしまっている、その泥臭い執念、何度見てもゾクゾクするほどに主役の器ですよ」
セシルスは不敵に、しかし絶対的な敬意を込めて笑った。彼はスバルが「時間をやり直している」という事実の正確なメカニズムこそ知らないが、スバルの瞳に宿る、無数の死を乗り越えてきた者だけが持つ『暗い深淵の輝き』の価値を、誰よりも理解していた。
「主役、か。……笑えねえよ。俺はただの、舞台に上がる資格すらねえ脇役だ。その脇役が、本物の怪物たちを従えるために、自分の命を何回もドブに捨てて、帳尻を合わせてるだけに過ぎねえ」
スバルは自嘲気味に呟き、次の羊皮紙を手に取った。そこには、かつてこの国の頂点に君臨し、スバルによってその地位を完全に奪われた哀れな男
__ヴィンセント・ヴォラキアの動向に関する、隠密からの報告が記されていた。急に裏切られ、自分の立場をすべて剥ぎ取られた前皇帝。彼は今、帝国の底辺で息を潜め、自らが一体何を成し遂げられたのか、自らの人生に何の意味があったのかを、一人で問い続けているという。
「ヴィンセント……お前の頭脳がどれほど合理的で美しくても、俺の『死の物量』の前には届かなかった。お前が敷いた完璧な覇道のレールは、俺が命をベットして、内側からすべて噛み砕いたんだ」
スバルはその報告書を、蝋燭の火で静かに焼き落とした。罪悪感など、とっくの昔に死の底に置いてきた。弱肉弱食のこの帝国において、奪われた者はただの敗者であり、生き残った適者こそが正義である。ヴィンセントの孤独も、追放されたプリシラの陽の輝きも、すべてはナツキ・スバルという「新皇帝」がこの国を存続させるための、冷徹な布石に過ぎなかった。だが、どれだけ心を凍らせようとも、どれだけ冷酷に徹しようとも、人間としての限界は確実にスバルの肉体を蝕んでいた。
「__うっ、がはっ……っ!」
突如、スバルの口内から、大量の赤黒い鮮血が溢れ出し、白く清潔な羊皮紙を無残に汚した。見えざる手を使用した代償。そして、幾度もの死戻りがもたらす、脳髄への致命的な過負荷。激しい頭痛が頭蓋骨を内側から叩き割り、猛烈な嘔吐感と内臓の痙攣がスバルを襲う。
「おやおや、ボス! 大丈夫ですか? 血の演出としては最高に決まっていますが、本物の命が枯れてしまっては元も子もありませんよ」
セシルスが咄嗟にスバルの背中に手を当て、自らの洗練された『気』を静かに流し込む。その神速の制御によって、スバルの荒れ狂う心臓の鼓動が、かろうじて一定のテンポを取り戻していく。
「……はぁ、はぁ、……すまねえ、セッシー。助かった」
「御意、ボス。ボクはあなたの最高の引き立て役ですからね。あなたが倒れるその瞬間まで、ボクの剣はあなたのために世界の理を切り裂き続けますよ」
血を袖で乱暴に拭い、スバルは再び、汚れた羊皮紙へと視線を戻した。生きている。胸は貫かれていない。首も繋がっている。だが、先ほど毒で内臓を溶かされた時のあの吐き気と、心臓を穿たれた瞬間の冷たい鉄の感触は、今も網膜の裏で生々しく、狂ったように拍動していた。死の恐怖は、因果を書き換えてもなお、魂の奥底に消えない呪いの棘として残り続けるのだ。この実力至上主義の神聖ヴォラキア帝国において、無力な羽虫が皇帝であり続けること。それは、毎分毎秒、迫り来る理不尽の刃に対して、自らの命を削り落としながら、完璧な答え合わせを無限に要求され続ける、終わりのない拷問に他ならなかった。それでも、ナツキ・スバルは玉座を降りない。拳を血が滲むほど強く握りしめ、再び前を見据える。
「弱者は死に、適者が生き残る。……だったら、俺は世界で一番泥臭い化け物になって、誰も見たことのない結末へ、この国ごと手を伸ばしてやる」
窓の外では、赤黒い夕闇が帝都の尖塔を血のように染め上げていた。明日もまた、終わりのない暗殺の網と、胃を焼く内政の地獄が始まる。だが、死の業を背負った新皇帝の黒眸が曇ることは、この先、どれほど凄惨な絶望が訪れようとも、決してなかった。神聖ヴォラキア帝国第77代皇帝、ナツキ・スバル。彼の血塗られた覇道は、今、無数の屍の山を越えて、冷徹に、そして美しく幕を開けるのだった。
14話次回予告
「これはこれは珍しい相手ですね」
「レム、だったかのぅ」
「まさかこんな相手とは…胃が痛くなります」
「かーっ!あの坊主よりかはマシだと思うんじゃぜ」
「ええ、それもそうですね。あの皇帝になって浮かれてる、英雄気取りのあいつよりかはマシです」
「かーっ!容赦ないのぅ。こんなこと言われてる坊主がかわいそうなんじゃぜ」
「そんな事はどうでもいいので早くタイトルコールをしてください」
「次回14話「ロウアン・セグムント」なんじゃぜ」
「…誰なんですか?それ。セグムントって事はセシルスの関係者である事は間違いないはずなんですが…」
「セシルスの父親らしいのぅ」
「まだ本編に1回も出てないのに名前回とは贅沢ですね」
「セシルスの兄師は一体誰なんですか?」
「こいつなんじゃぜ」
「…つまりまたあの長いセシルスの過去を語られると?」
「作者は効率厨だからパパってやるんじゃぜ」
「どっちかって言うとトッドの方が長く語られそうなんじゃぜ」
「これ以上はネタバレになるので喋んないでください」
【作者あとがき】
どうも!AnakeでありSnakeです!1回はこういう挨拶してみたいんですよね!さて、今回の『新皇帝 ナツキ・スバル』はいかがでしたでしょうか?楽しめたでしょうか?物語外でもスバルが何回も死んでるという実感が持てたと思います。大変そうですね。これを生き残っていたアベルクス恐ろしや。まぁでも急な皇帝の変化だったんで、スバルをよく思ってない人たちが、一気に爆発した可能性もあります。ここは1番作者が理解しないとダメなんですが、よくわかりませんね。この世界は。
今回の次回予告はまさかのコンビでしたね。あんまり見ないというか見ない。多分本編でも絶対に交わる事は無い2人です。そして次回はセシルスの兄師についていろいろ書かれると言うことですね。皆さんはセシルスの名前回覚えてますか?そこの過去のほうに出てきたあいつです。セシルスを殺そうとしたあいつです。そいつの名前回です。次回予告でも言ってましたが、本編で1回も出てないのにタイトルにされるってね。本編に出てるのにタイトルにされてない人たちがかわいそうです。(ヨルナ、オルバルト、レム、エミリア、プリシラ、アル)完結までにここら辺の全員の名前回書きたい。でもプリシラ陣営とエミリアたちは正直本編にあまり関係ないので、書かない可能性が高いです。展開次第では書きます。けど、正直エミリアとレムは原作で過去書かれてますしプリシラもアベルクスの名前回で出てきてるので、多分書きません。アルは…ちゃんと書きます。いつか書くので、その時をお楽しみにしておいてください。
(どうせそう言いながら、期限を先延ばしにするという自分が未来に見えながら)