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14話 「ロウアン・セグムント」
神聖ヴォラキア帝国において、強者とは『災害』の別名であり、英雄とは『理不尽』の体現である。その鉄の掟の真実を、ロウアン・セグムントという男は、極寒の北国で産声をあげたその瞬間から、自らの骨の髄まで、呪いのように深く叩き込まれることになった。年中凍てつくような貧しい武家に生まれたロウアンを待っていたのは、親の温かい抱擁ではなく、ただ「この赤子は家を興すための牙となり得るか」という、冷徹な品定めの視線だけだった。ヴォラキアにおいて、弱さはそれだけで生存を許されない大罪となる。ロウアンの幼少期は、文字通り血と泥、そして容赦のない暴力だけで満たされていた。まだ木の枝を握るのがやっとの小さな手の平に、容赦なく本物の鉄の剣が握らされた。国境から吹き付ける地を這うような寒風のなか、裸足で雪の上に立たされ、父親や師範代からの殴打に耐えながら、ただ一本の型を何千回、何万回と繰り返す。
「遅い! それでは戦場で一瞬にして首を撥ねられるぞ!」
罵声とともに浴びせられる容赦のない蹴りが、幼いロウアンの細い肋骨を容赦なく叩き割った。雪の上に転がり、自分の口から溢れた鉄の味のする血を啜りながら、それでも立ち上がらなければその場で踏みつぶされて死ぬ。それが彼にとっての「日常」であり、唯一の生きる術だった。手が凍傷で膨れ上がり、剣の柄を握る皮肉が固着して剥がれなくなっても、大人は誰も手を差し伸べない。夜、痛む身体を横たえながら、ロウアンが覚えたのは、強さへの憧れなどではなく、強者という名の理不尽な天災への、狂気的なまでの恐怖心だった。
強くなければいけない。目立たなければいけない。もしあの怪物たちに『こいつは使えない凡愚だ』と思われれば、その瞬間に僕の命も、僕の掴みたい小さな平穏も、すべては塵のように消し飛ばされる
少年期のロウアンは、その終わりのない恐怖の底から逃れたい一心で、文字通り自らの命を削りながら剣技を磨いた。彼の放つ刃は日ごとに鋭さを増し、その冷徹で隙のない太刀筋は、やがて周囲の凡庸な門下生たちを圧倒するようになる。どれだけ腕を上げ、周囲から「天才」と持て囃されるようになっても、彼の心の奥底に宿った歪んだ防衛本能が消え去ることはなかった。ロウアンの剣は、誰かを守るためのものでも、栄誉を掴むためのものでもない。ただ、「災害」に見つからないように群れに紛れ、息を潜めて生き残るための、極小の防衛手段に過ぎなかったのだ。やがて青年となったロウアンは、自らの血を引く男児を授かる。セシルス・セグムント。我が家を継ぐべきその幼い我が子が、初めて木刀を握り、道場の庭に立てられた案山子に向かって無邪気に一振りを放ったその瞬間、ロウアンは自らの全身の毛穴が恐怖で逆立つような、悍ましい戦慄を覚えた。その一振りは、ロウアンが生まれてからずっと、何十年もの血を吐くような地獄の修練の末にようやく辿り着いた剣の境地を、ただの三歳の幼児が、呼吸をするように容易く超えてみせた、絶対的な天災の証明だった。
「あはは、父上! ボク、うまく振れました!」
無邪気に笑う我が子の姿を見た瞬間、ロウアンの顔には、いつも通りの「優しい笑顔」が張り付いた。口元は穏やかに弧を描いているのに、その両目の奥だけが、実の息子であるはずの幼児へ向けて、見たこともないほどのどす黒い憎悪と嫉妬、放置すれば自分を食い破るであろう怪物への圧倒的な恐怖で濁りきった。自分は死に物狂いで、泥水を啜ってここまで這い上がってきたというのに。この狂った世界で、強者という名の災害に怯えながら、ようやく極小の平穏を掴み取ったというのに。目の前の「本物の怪物」は、ただそこに生まれてきたというだけで、世界のすべての台本を自らのために書き換えていく。
ああ、こいつは『主役』だ。世界は、こいつにとって都合が良いようにできている。ならば、ただの『脇役』に過ぎない僕は、いつかこの化け物に、邪魔な小石のように踏み潰されるに違いない
その日以来、ロウアンの教育は、我が子を愛するためのものではなく、その圧倒的な才能を自分と同じ泥の深みへと引きずり下ろし、縛り付けるための『呪い』へと変貌した。セシルスが成長するにつれ、道場での指導は日ごとに苛烈さを増し、ロウアンの殺人剣は、息子の華奢な骨を幾度も叩き割り、その肉を冷酷に引き裂いた。どれだけセシルスが血を流そうとも、ロウアンは「優しい笑顔」を浮かべたまま、その奥に潜む牙を欺瞞の裏に隠し続けた。自らの道場で我が子への嫉妬を狂わせる裏で、ロウアンは帝国の軍人として戦場へも赴いた。彼が十四歳の冬のトッド・ファングが所属する辺境守備隊の駐屯地へ、一人の「英雄」として現れたのは、まさにその時期のことである。
「おい、凡愚ども。俺の退屈を紛らわせろ」
道場での「僕」という歪んだ仮面を脱ぎ捨て、戦場における圧倒的な「俺」としての暴威を剥き出しにしたロウアンが笑った。その瞬間、守備隊の平穏は跡形もなく消え飛んだ。
「あはは! 脆いな! ヴォラキアの兵なら、もう少し楽しませてみせろ!」
それが、ロウアン・セグムントという怪物の、戦場における唯一の生存戦略であり、狂気的な防衛本能のすべてであった。我が子という「本物の災害」に怯えきったロウアンにとって、戦場の凡愚どもをゴミのように蹂虙することだけが、自らの矮小なプライドと平穏を維持するための、唯一の逃避行だったのだ。戦友たちが、英雄のただの一振りで、文字通り「肉片」へと変えられていく。トッドのすぐ隣にいた、まだ十五歳になったばかりの少年兵の身体が、まるで邪魔な小石を蹴飛ばすかのように脚を振るわれただけで、上半身と下半身に泣き別れ、未消化の糧食が混ざった内臓を泥塗れの雪の上にぶちまけた。弱者が強者の真似事をして、戦場で華々しく散るなど、愚者の極みでしかない。トッド・ファングという猟犬の脳髄に、生涯消えない呪いの焼き印を押した男。そして時は流れ、セシルスが年の離れた高弟となり、実の兄以上の存在としてロウアンを慕うようになったある日、ついにその因縁の歯車が最後の噛み合わせを迎えた。セグムントの道場の裏庭で、ロウアンはいつも通りの「優しい笑顔」を張り付かせたまま、静かに、本物の白刃を抜いた。
「あははは! ほら、どうしたの天才! 防戦一方じゃないか! 早くその才能で、僕を驚かせてみせてよ!」
ロウアンの放つ殺人剣が、大気を引き裂き、セシルスの身体を肉片に変えんと狂い咲く。だが、我が子の才能の開花は、すでに父親の限界を遥かに超越していた。
「__ああ、そうか。あなたも、ただの脇役だったんですね、父上」
セシルスの目が、一瞬だけ鋭く細められた。次の瞬間、全身に青い雷撃が纏われる。世界最強という名の終わりなき演目を踊り続けると決めた少年の天才ぶりが、父親の殺人剣をその根元から一瞬で消滅させた。セシルスの持つ白刃が描いた軌跡は、ロウアンの動態視力を完全に置き去りにした。刃が肉を断つ音すら聞こえない神速の斬撃。ロウアンは、自らの身体が深く切り裂かれたという事実を、最初は痛覚ではなく、胸元から一気に噴き出した熱い液体の感触によって自覚した。右肩から左脇腹にかけて、斜めに一直線。セシルスの神速の一太刀は、ロウアンの肉体だけでなく、その下にある頑強な肋骨をも一切の抵抗なく滑らかに両断していた「あ、が……っ」
肺が真っ二つに裂けたことで、ロウアンの口から出たのは言葉ではなく、気泡の混ざった大量の血の塊だった。どくどくと溢れ出す鮮血が、セグムントの道場の白い床を、悍ましい赤色へと瞬く間に染め上げていく。重力に従って床へと膝をつくロウアンの視界は、自らの胸元から激しく噴き出す血の霧によって、真っ赤に遮られていた。完全に切断された胸筋の隙間から、未だに命を繋ごうと不規則に脈打つ心臓の拍動が、剥き出し of の肉の奥で生々しく視認できる。致命傷だった。内臓の半分を叩き割られ、全身の血液を失っていく速度には抗えない。ロウアンの指先から、急速に体温が奪われ、氷のように冷たくなっていく。だが、驚くべきことに、ロウアンの顔にはまだ、あの張り付いたような「優しい笑顔」が残っていた。口元は血塗れのまま穏やかに弧を描いているのに、その両目は、己を完全に凌駕した我が子の圧倒的な輝きを見つめ、狂おしいほどの悦楽と、底知れない怨念に濁りきっていた。
あはは……さすがはボクの、最高傑作…….物語の、主役……っ
ゴボリ、と喉の奥で血が逆流する音が響き、ロウアンの身体はそれ以上、自らの肉体を支えきれなくなって床へと倒れ伏した。切断された上半身の骨が、床に衝突した衝撃で鈍い音を立てて完全に砕け、傷口から溢れ出た内臓が、冷たい床の上に容赦なく引き摺り出される。ロウアンは崩れ落ちながらも、その「優しい笑顔」の仮面を剥ぎ取られることなく、満足げに、そして酷く歪んだ笑みを浮かべたまま、最期の呼吸を吐き出した。肺に残ったわずかな空気が、血を震わせてヒューヒューと虚しい音を立て、やがてその濁った瞳から、完全に光が失われた。その生涯の最期に遺したのは、我が子を世界最強の怪物へと呪い、縛り付ける、狂気的な血の証明であった。事件の翌朝、セシルスが取った行動は「隠蔽」でも「逃亡」でもなかった。年上の高弟であり父親である男を、木刀一本から逆転して斬り伏せた少年の姿に、周囲の目は驚愕と畏怖へと塗り替えられ、セシルスはやがて帝国の最高戦力である「九神将」の筆頭の座へと登り詰める。だが、その最強の怪物の誕生の裏には、十四歳の冬にすべてを失った一人の猟犬と、父親を斬って笑顔の仮面を被った一人の役者の、血塗られた因縁が、呪いのように深く刻まれていたのだ。帝都ルプガナの喧騒から遠く離れた、紅瑠璃城の最上階。その開かれた窓からは、夕刻のヴォラキアを赤黒く染め上げる禍々しいまでの烈日が差し込み、豪奢な絨毯の上に長い影を落としていた。
15話次回予告
「いやはや、あのワードを「バ」で止めたおかげで、ボスはまだですが、先に出禁を免れることができました!」
「さすが天才だな…先のことを見越しているのか」
「あ、あ、あ、兄師!?」
「久しぶりだな。セシルス」
「あ…そのぉ…ちょっと殺し方残酷すぎたかもしれしれません…」
「もともと俺が持ちかけた勝負だ。どう殺されようか許容範囲内だ」
「やっぱり僕はあなたみたいになりたいです」
「もう俺のレベルをとっくに超えてる。そんなこと言わなくていいんだ」
「兄師…」
「俺はお前の後追い星となる」
「後追い星といえば…次回!15話「後追い星」!さて誰が何の後追い星なんでしょうか!」
「そりゃ決まってるだろ。ア__」
「ストーーーーーーップ!!!!」
【作者あとがき】
ロウアンの名前回、どうでしたか?原作でもあんまり示唆されてないので、結構頑張って書いたと思います。あまり喋ることがないですね。最終的には、セシルスを自分が作った最高傑作として認めていたところ、個人的には大好きです。裏切り、認める。結構定番味がある内容ですが、私はこれ大好きです。
さて、次回は後追い星。リゼロで後追い星はプレアデス星団の後追い星!アルデバラン!プレアデスの和名はスバル。さて、ここから示唆される事は何でしょうね?結構有名なリゼロの考察ですが、そこを深めて書いていこうと思います!応援よろしくお願いします!
《次回の大事なところをほとんど言ってしまった、自分に軽く引きながら》