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バゥムクゥヘン・エンドロゥル 第四話
「……光ちゃん、どうしちゃったの?」
表情を失った光野羽香の声は、いつもより低く、教室の雑音に沈むほど静かだった。
地面から五ミリメートル浮いたままの身体が、かすかに小刻みに震えている。ツインテールの羽の髪飾りも、元気を失ったように力なく垂れ下がっていた。
「白々しいんだよ。お前のその『上の空』な態度も、全部他人をバカにするための演技だったんだろ」
光は、机を強く叩いて立ち上がった。黒髪ショートの隙間から覗く目は、激しい憎悪に染まっている。頭のハサミ型のリボンが、今にも羽香を切り裂きそうなほど鋭く逆立っていた。
「私はお前の暇つぶしの道具じゃない。哀れみの視線なら、他所でやれ!」
光は羽香が差し出していたバームクーヘンを乱暴に払いのけた。コロン、と乾いた音を立てて床に転がるお菓子。
いつもならどれだけ冷たくされても笑顔を崩さなかった羽香だが、この時ばかりは違った。彼女は床に落ちたバームクーヘンをじっと見つめた後、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には、光を睨み返すのとは違う、底の知れない深い闇が宿っていた。
「……そっか。光ちゃんは、私のこと、そういう風に見てたんだね」
羽香はそれだけ言うと、ふっと身を|翻《ひるがえ》し、教室から出て行ってしまった。その足元は、いつも通りぴったり五ミリメートル、地面から浮いたままだった。
その様子を、教室の一番後ろの隅から眺めていた柊蛇惡は、耐えきれないといった様子で肩を震わせていた。
(あははっ! 最高、最高の出来栄えだよぉ! 光ちゃんのあの絶望した顔、羽香ちゃんのあの凍りついた顔……!)
サイドポニーテールの蛇の髪飾りを愛おしそうに撫でながら、蛇惡はスマートフォンに保存された「偽造チャットログ」を眺める。自分のハッキング技術一つで、誰かの完璧な日常がこうも簡単に壊れていく。
目つきが悪くていつも誰かを睨んでいると誤解される蛇惡だが、今この瞬間、彼女の顔に浮かんでいるのは、間違いなく純粋な「悪意」の笑顔だった。
(人の不幸は蜜の味……あーあ、早く次の|層《レイヤー》を重ねたいな。次はどうやって、あの浮遊霊ちゃんを追い詰めようかな?)
やさぐれた心の隙間に毒を流し込まれた光。
無条件の優しさを拒絶され、何かが壊れてしまった羽香。
そして、その破滅を特等席から楽しむ蛇惡。
重なり合うお菓子の層のように、三人の関係はもう二度と、元の形には戻れないところまで狂い始めていた。
(第四話・終)
四話まで来た…。
見てくれてる人ありがとう…。