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バゥムクゥヘン・エンドロゥル 第二話
「光ちゃん、本当にバームクーヘン食べないの? 美味しいのに」
光野羽香は、相変わらず地面から五ミリメートル浮いたまま、光の机の横で小首を傾げていた。ツインテールにくっついた羽の髪飾りが、彼女の「上の空」な雰囲気を強調するようにふわふわと揺れている。
「……いらないって言ってるだろ。しつこい」
闇宮光は、目の下のクマを指先でこすりながら、露骨に嫌そうな顔で顔を背けた。頭のハサミ型のリボンがピクリと跳ねる。やさぐれた態度の光だが、胸の奥では少しだけ動揺していた。自分のような陰気で目つきの悪い人間に、なぜ羽香のようなクラスの人気者が毎日構ってくるのか、理解が追いつかないのだ。
「そっかぁ。じゃあ、私が二つとも食べちゃお」
羽香は怒ることもなく、いつもの眩しい笑顔を浮かべた。彼女は光を一度も睨んだことがない。その無条件の優しさが、光にとっては酷く眩しく、同時にどこか怖かった。
二人のやり取りを、教室の特等席――一番後ろの隅から、じっと見つめている目がもう一つ。
(あはっ、今日もやってる。光ちゃん、あんなに冷たくされてるのに羽香ちゃんに付きまとわれて、本当は嬉しそうな顔しちゃってさぁ)
柊蛇惡は、サイドポニーテールの根元でとぐろを巻く蛇の髪飾りをトントンと叩きながら、机の下でスマートフォンを操作していた。
画面には、羽香が普段SNSで友人たちと交わしている、華やかで中身のないチャットのログが映し出されている。天才的なITスキルを持つ蛇惡にとって、他人の秘密をハッキングして覗き見ることなど、朝飯前だった。
蛇惡は教室の隅で、いつも人間観察をしている。目つきが悪くて「いつも睨んでいる」と勘違いされる彼女だが、ひとたび誰かと目が合えば、瞬時に「おとなしくて優しい女の子」の化けの皮を被る。
(羽香ちゃんって本当にいい子。眩しくて、無垢で、上の空で……だからこそ、引きずり落とした時の顔が最高に傑作になりそう)
蛇惡の唇が、歪んだ形に釣り上がる。人の不幸は蜜の味。これほど甘いお菓子は他にない。
放課後、蛇惡は光が一人で下校するのを見計らい、わざとらしく小走りで彼女の後を追った。
「あの……闇宮さんっ、ちょっといいかな?」
声をかけられ、光は|怪訝《けげん》そうに振り返る。黒髪ショートの隙間から、警戒心の強い視線が蛇惡を刺した。
「……何。柊さん、だっけ」
「うん、覚えてくれてて嬉しいな! あのね、いつも光野さんとお話ししてるでしょ? 私、光野さんのことで、ちょっと闇宮さんに相談したいことがあって……」
蛇惡は困ったように眉を下げ、いかにも「友達を心配する優しい少女」の表情を作った。
光のやさぐれた心の隙間に、蛇惡の鋭い蛇の牙が、静かに、そして深く突き立てられようとしていた。
(第二話・終)
第二話行きました―――!第三話は明日かな。んじゃねー。