公開中
あめの日の図書室とふたつの傘
れもん
しとしとと雨が降り続く、木曜日の昼休み。
いつもならグラウンドでドッジボールやサッカーをする男子たちも、今日はおとなしく教室や廊下で過ごしていた。
葵(あおい)は、返却期限が今日までの本を返すために、1階の図書室へと向かった。
雨の日の図書室は、いつもより少し暗くて、静かだ。雨粒が窓をたたく規則正しい音と、ページをめくるカサッという音だけが響いている。
カウンターで本を返し、図書委員のスタンプを押してもらった葵は、なんとなく棚のあいだを歩いてみた。
(何か面白そうな本、あるかな……)
「物語」の棚の前で足を止めたとき、棚の向こう側からひょっこり顔が見えた。
「あ、葵だ」
陸(りく)だった。手には分厚い『世界の妖怪図鑑』を持っている。
「陸くんも図書室に来てたんだ」
「うん、雨だしさ。外で遊べないから、何か面白い本ないかなって」
ふたりは声をひそめながら、棚のあいだで並んで本を探し始めた。
「葵はどんな本が好きなの?」
「私はね、探偵が出てくるミステリーとか、ちょっと不思議なお話が好きかな」
「へえ、カッコいいじゃん! じゃあ、これ知ってる? 『名探偵テトラ』シリーズ。超面白いよ!」
陸がすっと指さしたのは、青い背表紙の文庫本だった。
「これ、陸くん読んだことあるの?」
「うん! 1巻から5巻まで全部読んだ。犯人のトリックがすごくてさ、葵なら絶対ハマると思う」
陸が自信満々に言うので、葵はその本を棚から抜き取ってみた。
「じゃあ、借りてみようかな」
「絶対面白いから感想教えてよ! あ、でもネタバレはしないから安心して」
陸がニッと笑う。その笑顔が、薄暗い図書室の中でそこだけパッと明るくなったみたいに見えた。
キーンコーンカーンコーン。
昼休みが終わるチャイムが鳴り、ふたりは急いで本を借りて教室へ戻った。
そして、放課後。
「うわあ……めっちゃ降ってきた……」
下駄箱で靴を履き替えていた陸が、外を見て声をあげた。さっきよりも雨足が強くなり、土砂降りになっている。
葵が折りたたみ傘を取り出そうとランドセルを開けていると、隣で陸が困った顔をしてポケットを探っていた。
「どうしたの、陸くん?」
「いや……置き傘持ってきたと思ってたのに、家に忘れてきちゃったみたいでさ」
「えっ、本当? 結構降ってるよ」
陸は参ったなというように頭をかいた。
「走って帰ろうかな。まあ、男だし濡れてもいっか!」
そう言って雨の中に飛び出そうとする陸の袖を、葵は思わずキュッと引っ張った。
「ダメだよ! 風邪ひいちゃうよ。……あのね、私の傘、ちょっと大きめだから……駅の近くの角まで一緒に入る?」
葵の顔は、自分でもわかるくらい熱くなっていた。
陸は驚いたように目を丸くしたあと、照れくさそうに笑った。
「えっ……いいの? たすかる! ありがとう、葵」
葵が広げた水色の傘の下に、陸がすっぽりと入る。
ふたりで肩が触れ合わないように少し緊張しながら、雨の通学路を歩き出した。
パシャ、パシャと、水たまりを跳ねる音がふたつ並んで響く。
「名探偵テトラ、今夜からさっそく読むね」
傘の中から葵が言うと、陸は嬉しそうに頷いた。
「うん! 明日の朝、どこまで読んだか教えてね」
雨の音に混じって聞こえる陸の声が、なんだかいつもよりずっと近くに感じられた。雨の日は少し嫌いだったけれど、葵は今日だけは、もう少し雨が降り続いてくれたらいいのに、と思った。