編集者:れもん
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目次
オレンジ色の黒板と、月曜日のパンケーキ
ある日の放課後、4年1組の教室は夕方の日差しでほんのりオレンジ色に染まっていた。
日直の仕事で黒板を拭いていた葵(あおい)は、背後で「じゃあね!」と元気な声が聞こえるたびに、少しだけドキドキしていた。
(……まだ、帰ってないよね)
そっと振り返ると、後ろの席で荷物をまとめていた陸(りく)と目が合った。陸はニコッと笑って、葵のほうへ歩いてくる。
「葵、日直おつかれ! 黒板消すの、上のほう届いてなくない? 手伝うよ」
陸はそう言うと、背伸びをしていた葵の手からスッと黒板消しを受け取り、高いところのチョークの跡をきれいに消してくれた。
「あ……ありがとう、陸くん」
「いいって! いつも葵にはノート見せてもらったりしてるしね」
陸は照れくさそうに頭をかきながら、黒板消しの粉をパッパッと払った。
そのとき、葵の心臓はいつもより少し早くトントンと音を立てていた。席替えで陸の隣になってからもうすぐ1ヶ月。休み時間に話すだけで嬉しかったけれど、こんなふうに2人きりで話すのは初めてだった。
「ねえ、陸くん。今日の5時間目の理科の実験、すごく面白かったね」
葵が思い切って話しかけると、陸の目がぱっと輝いた。
「ね! あの実験、すごかったよね! 俺、家でもやってみようかと思ったもん」
「ふふ、家でやったらお母さんに怒られちゃうかもよ?」
「たしかに! それはヤバいかも」
2人で顔を見合わせて、思わずクスクスと笑い合った。
「あ、そうだ。葵、明日からの連休ってなにか予定あるの?」
ランドセルを背負いながら陸が聞いた。
「明日はね、家族で新しいカフェに行く予定なんだ。陸くんは?」
「俺は学童の友達と公園でサッカーかな。あ、カフェって、駅の前にできたパンケーキのお店?」
「そう! よく知ってるね」
「妹が『行きたい!』ってずっと騒いでるからさ。美味しかったら、休み明けにどんな感じだったか教えてよ」
「うん、絶対教えるね!」
教室を出て、下駄箱で靴を履き替える。昇降口を出ると、秋の涼しい風がフッと吹き抜けた。
校門の前で、陸が「じゃあね、葵! また来週!」と言って元気に手を振った。
「うん! また来週ね!」
大きく手を振り返しながら、葵は少しだけ胸がキュッとなるのを感じた。
(来週の月曜日、真っ先に陸くんにパンケーキの話をしなくちゃ)
夕道をとことこ歩きながら、葵の足取りはいつもよりずっと軽かった。
月曜日の約束と、ひみつのパンケーキ
週末が明けた月曜日の朝。
葵(あおい)はいつもより少し早めに家を出た。ランドセルの中には、昨日お母さんと行ったカフェのショップカードと、写真をプリントした紙が大事に入っている。
(陸(りく)くん、もう学校に来てるかな……)
教室のドアをガラガラと開けると、まだ人はまばらだった。だけど、葵の席のすぐ後ろ——陸の席には、もう青いランドセルが置いてあった。
陸は窓際で、友達と週末にあったサッカーの試合の話をして盛り上がっている。葵が自分の席に座ると、陸が「あ、葵! おはよう!」と元気よく声をかけてくれた。
「陸くん、おはよう!」
「ねえねえ、例のパンケーキのお店、どうだった? 妹が今朝も『お兄ちゃん聞いてきて!』ってうるさかったんだよ」
陸が葵の机の前にやってきて、身を乗り出す。
「すごく美味しかったよ! これ、お店にあったメニューのカードと、お母さんが撮ってくれた写真なんだけど……見る?」
葵がランドセルからカードを出すと、陸の目が輝いた。
「うわ、なにこれ! パンケーキの上にクリームが山盛りじゃん! 超うまそう!」
「ふふ、見た目だけじゃなくて、フワフワで口の中で溶けちゃうんだよ。イチゴのソースが甘酸っぱくてね……」
葵が夢中で説明していると、陸は真剣な顔で写真を見つめたあと、ふっと笑った。
「そっか。葵がそんなに嬉しそうな顔するなら、絶対に美味しいんだな」
「えっ……!?」
思いがけない言葉に、葵の顔が一気に熱くなった。陸は全然気にしていない様子で、「よし、今度の週末、妹と親にお願いして連れて行ってもらおう!」と嬉しそうに言っている。
そのとき、朝の会を告げるキーンコーンカーンコーンというチャイムが鳴り響いた。
「あ、席つかなきゃ。葵、教えてくれてありがとう!」
陸は自分の席に戻りながら、葵に小さくピースサインを作ってみせた。
葵は自分の胸にそっと手を当てた。ドクドクと、心臓の音がいつもより大きく聞こえる。
(陸くんの『また来週!』の約束、ちゃんと果たせたな……)
黒板を見ると、今朝の太陽の光がやさしく反射していた。今週も、きっと素敵な1週間になる——そんな予感がした。
あめの日の図書室とふたつの傘
しとしとと雨が降り続く、木曜日の昼休み。
いつもならグラウンドでドッジボールやサッカーをする男子たちも、今日はおとなしく教室や廊下で過ごしていた。
葵(あおい)は、返却期限が今日までの本を返すために、1階の図書室へと向かった。
雨の日の図書室は、いつもより少し暗くて、静かだ。雨粒が窓をたたく規則正しい音と、ページをめくるカサッという音だけが響いている。
カウンターで本を返し、図書委員のスタンプを押してもらった葵は、なんとなく棚のあいだを歩いてみた。
(何か面白そうな本、あるかな……)
「物語」の棚の前で足を止めたとき、棚の向こう側からひょっこり顔が見えた。
「あ、葵だ」
陸(りく)だった。手には分厚い『世界の妖怪図鑑』を持っている。
「陸くんも図書室に来てたんだ」
「うん、雨だしさ。外で遊べないから、何か面白い本ないかなって」
ふたりは声をひそめながら、棚のあいだで並んで本を探し始めた。
「葵はどんな本が好きなの?」
「私はね、探偵が出てくるミステリーとか、ちょっと不思議なお話が好きかな」
「へえ、カッコいいじゃん! じゃあ、これ知ってる? 『名探偵テトラ』シリーズ。超面白いよ!」
陸がすっと指さしたのは、青い背表紙の文庫本だった。
「これ、陸くん読んだことあるの?」
「うん! 1巻から5巻まで全部読んだ。犯人のトリックがすごくてさ、葵なら絶対ハマると思う」
陸が自信満々に言うので、葵はその本を棚から抜き取ってみた。
「じゃあ、借りてみようかな」
「絶対面白いから感想教えてよ! あ、でもネタバレはしないから安心して」
陸がニッと笑う。その笑顔が、薄暗い図書室の中でそこだけパッと明るくなったみたいに見えた。
キーンコーンカーンコーン。
昼休みが終わるチャイムが鳴り、ふたりは急いで本を借りて教室へ戻った。
そして、放課後。
「うわあ……めっちゃ降ってきた……」
下駄箱で靴を履き替えていた陸が、外を見て声をあげた。さっきよりも雨足が強くなり、土砂降りになっている。
葵が折りたたみ傘を取り出そうとランドセルを開けていると、隣で陸が困った顔をしてポケットを探っていた。
「どうしたの、陸くん?」
「いや……置き傘持ってきたと思ってたのに、家に忘れてきちゃったみたいでさ」
「えっ、本当? 結構降ってるよ」
陸は参ったなというように頭をかいた。
「走って帰ろうかな。まあ、男だし濡れてもいっか!」
そう言って雨の中に飛び出そうとする陸の袖を、葵は思わずキュッと引っ張った。
「ダメだよ! 風邪ひいちゃうよ。……あのね、私の傘、ちょっと大きめだから……駅の近くの角まで一緒に入る?」
葵の顔は、自分でもわかるくらい熱くなっていた。
陸は驚いたように目を丸くしたあと、照れくさそうに笑った。
「えっ……いいの? たすかる! ありがとう、葵」
葵が広げた水色の傘の下に、陸がすっぽりと入る。
ふたりで肩が触れ合わないように少し緊張しながら、雨の通学路を歩き出した。
パシャ、パシャと、水たまりを跳ねる音がふたつ並んで響く。
「名探偵テトラ、今夜からさっそく読むね」
傘の中から葵が言うと、陸は嬉しそうに頷いた。
「うん! 明日の朝、どこまで読んだか教えてね」
雨の音に混じって聞こえる陸の声が、なんだかいつもよりずっと近くに感じられた。雨の日は少し嫌いだったけれど、葵は今日だけは、もう少し雨が降り続いてくれたらいいのに、と思った。
雲ひとつない空と赤と白の約束
「うわあ、最高の運動会日和!」
5月の土曜日。葵(あおい)は朝、窓を開けて青空を見上げ、思わず声をあげた。雲ひとつない、抜けるような青空だ。お母さんが朝早くから作ってくれたお弁当のいい匂いが、部屋中に漂っている。
今年の4年1組は、赤組と白組に別れた。葵は赤組、陸(りく)は白組だ。
「陸くん、白組かぁ……」
クラスメイトと競い合うのは少し寂しいけれど、陸は足が速いから、白組でもきっと大活躍するに違いない。
学校に着くと、グラウンドはすでに熱気に包まれていた。色とりどりの万国旗が風になびき、スピーカーからは元気な行進曲が流れている。赤組と白組のテントからは、それぞれの応援団の声が響いていた。
葵はダンスの発表を終え、少し息を切らしながらテントに戻ってきた。
「葵、おつかれ! ダンス、すごく上手だったよ!」
隣のテントにいた陸が、スポーツドリンクを飲みながら声をかけてくれた。白組のハチマキが、陸の少し日焼けした肌によく似合っている。
「ありがとう、陸くん! 陸くんの徒競走、すごかったね。1位だったじゃん!」
「へへ、まあね。でも、次はもっと大事な種目があるからさ」
陸は少し真剣な顔つきになった。
「学年対抗リレー、白組のアンカーなんだ」
「えっ、アンカー!? すごい!」
「でも、赤組のアンカー、隣のクラスの佐藤くんだろ? あいつ、めっちゃ速いから……」
陸は少し不安げにグラウンドを見つめた。佐藤くんは学年で一番足が速いと評判の男子だ。
葵は陸の横顔を見て、胸が少し痛くなった。
「陸くん、大丈夫だよ。陸くんだってすごく速いし、毎日練習してたの、私知ってるよ」
葵は陸の目を見て、まっすぐに言った。
「私、赤組だけど……陸くんのこと、応援してるから。絶対に、1位になれるよ!」
陸は葵の言葉を聞いて、少し驚いたような顔をしたあと、ニカッと笑った。
「ありがとう、葵! 葵に応援してもらえるなら、佐藤くんにだって勝てる気がしてきた!」
そう言って、陸は白組のテントの奥へと戻っていった。
午後。いよいよ、4年生の学年対抗リレーが始まった。
グラウンドの中央には、各クラスの代表選手たちが並んでいる。葵は赤組の応援席で、心臓がバクバク鳴るのを感じていた。
「位置について、よーい……」
パァン!
ピストルの音とともに、第1走者が一斉に飛び出した。バトンが次々と渡されていく。赤組と白組は、ほぼ横一線だ。
「いけー! 赤組!」
「負けるなー! 白組!」
応援の声がグラウンド中に響き渡る。
そして、いよいよアンカーにバトンが渡される。白組は陸、赤組は佐藤くんだ。
バトンを受け取った陸は、弾かれたように走り出した。佐藤くんもほぼ同時に走り出す。
二人は競り合いながら、トラックを一周する。
「陸くん、がんばれ……!」
葵は両手を固く握りしめ、陸の背中を見つめた。
最後の直線。陸と佐藤くんは、ほぼ並んでいる。
「いけえええええええええ!!」
グラウンド中から歓声が上がる。
ゴールテープまで、あと少し。
陸は最後の一歩で、佐藤くんをわずかにかわし、ゴールテープを切った。
「やったあああああああ!!」
白組のテントから、割れんばかりの歓声が上がる。陸はそのままグラウンドに倒れ込み、チームメイトたちが駆け寄ってきた。
葵は赤組の席にいたけれど、胸が熱くなるのを感じた。陸が頑張っている姿を見て、すごく誇らしかった。
運動会が終わった後、夕暮れのグラウンドで。
「陸くん!」
葵が声をかけると、陸は少し疲れた様子だったけれど、晴れやかな笑顔で振り返った。
「あ、葵。……どうだった?」
「すごくカッコよかったよ! アンカー、本当にすごかった!」
「ありがとう。……葵のおかげだよ。応援してくれたから、最後まで諦めずに走れたんだ」
陸はそう言って、メダルを少し照れくさそうに見せてくれた。
「今度は、赤組も勝てるといいな」
「うん! 来年は、赤組も白組も、一緒に1位になろうね!」
ふたりは夕暮れの空の下、笑い合った。
運動会は、少し悔しかったけれど、陸の頑張る姿を見ることができて、葵にとって忘れられない思い出になった。
七夕の願い事と、風にそよぐ笹の葉
月に入り、梅雨の晴れ間が増えて蒸し暑くなってきた。4年1組の教室の後ろには、担任の先生が用意してくれた大きな笹の葉が飾られている。
「金曜日が七夕だから、みんなで短冊に願い事を書いて飾ろう!」
先生の言葉に、教室からは「やったー!」と歓声が上がった。
葵(あおい)は、折り紙でできたカラフルな短冊の束から、迷わず水色の短冊を選んだ。
(なんて書こうかな……)
「テストで100点が取れますように」
「ゲームのソフトが買ってもらえますように」
周りの友達が賑やかに願い事を書くなか、葵はそっとペンを握りしめた。
本当に叶えたい願い事は、ひとつしかなかった。
『また陸(りく)くんと、たくさん楽しくおしゃべりができますように』
でも、クラスのみんなに見られたら恥ずかしい。葵は小さく息を吸うと、少し言葉を変えて、丁寧に文字を書いた。
『みんなと仲良く、楽しい毎日が過ごせますように』
書き終わった短冊を手に持って笹の葉へ向かうと、ちょうど陸が笹の枝の少し高ところに自分の緑色の短冊を結びつけているところだった。
「あ、陸くん。何て書いたの?」
葵が声をかけると、陸は少し驚いたように振り返り、慌てて短冊を手で隠した。
「えっ!? い、いや……別に大したこと書いてないよ!」
「ふふ、そんなに隠さなくてもいいのに。見ないよ?」
「うっ……見たら笑うだろ!」
陸は少し顔を赤くしながら、必死に短冊の向きを変えて、文字が見えないように笹の奥へ押し込んだ。
葵はクスッと笑いながら、陸の短冊のすぐ隣の枝に、自分の水色の短冊を結びつけた。風が吹くと、緑色と水色のふたつの短冊が、サワサワと音を立てて寄り添うように揺れた。
その日の放課後。
葵は教室に筆箱を忘れてしまい、一人で誰もいない教室へと戻ってきた。
夕方のやわらかな光が、笹の葉をキラキラと照らしている。
「あ……」
風がフッと吹き抜けた瞬間、陸が結んだ緑色の短冊がくるりと裏返った。隠されていた文字が、夕日の中に浮かび上がる。
そこには、少し角ばった陸の字で、こう書かれていた。
『サッカーがうまくなりますように。あと、葵とずっと仲良しでいられますように。』
葵は息をのんだ。
(……陸くんの願い事、私のことだ)
ドクン、と胸が大きな音を立てた。夕日のせいだけじゃない、顔がどんどん熱くなっていくのがわかる。
陸も、自分と同じことを願ってくれていた。
葵は自分の水色の短冊をそっと指で撫でた。表面に書いた「みんな」という言葉の裏にある、本当の気持ちが陸に届いたみたいで、胸の奥がじんわりと温かくなった。
「葵〜! どうしたの、遅いよー!」
廊下から友達の呼ぶ声が聞こえた。
「今行くね!」
葵はもう一度、風に揺れるふたつの短冊を見つめた。
織姫様と彦星様がいる夜空へ届くように。7月7日の夜、どうか晴れますようにと心の中で小さなお祈りをしながら、葵は軽やかな足取りで教室を後にした。
まぶしい太陽と、ひみつのビート板
7月中旬、梅雨が明けて本格的な夏がやってきた。
今日の4年1組の体育は、みんなが楽しみにしていたプール授業だ。
「キャー!」「冷たーい!」
水しぶきと歓声がプールいっぱいに広がる。真夏の太陽が水面に反射して、キラキラと眩しく輝いていた。
葵(あおい)はプールサイドに座り、足だけをバタバタと水につけていた。実は葵、泳ぐのが少しだけ苦手だった。
(けのびはできるけど、バタ足になるとすぐ沈んじゃうんだよね……)
「葵ー! なにボーっとしてるの?」
水の中からバシャッと音がして、濡れた髪をかき上げながら陸(りく)が顔を出した。陸は水泳が得意で、すでにプールの深めのゾーンで友達と勢いよく泳いでいた。
「あ、陸くん。ううん、なんでもないよ」
「もしかして、25メートルテスト緊張してる?」
陸はプールサイドに両手をついて、葵を下から覗き込んだ。葵の気持ちを見抜いたようなまっすぐな目に、葵は思わず視線を泳がせる。
「……うん。バタ足すると、足が重くなっちゃって」
小声で明かすと、陸は「そっか」と呟き、水の中から赤いビート板をひとつ持ってきてくれた。
「あのさ、力が入ると沈んちゃうんだよ。腕をまっすぐ伸ばして、お腹に少し力を入れると浮くよ」
陸はビート板の持ち方を優しく教えてくれた。
「ちょっとやってみなよ。俺、横で見張ってるから!」
「えっ、でも……」
「大丈夫、深くなったらすぐ引っ張り上げてあげるからさ」
陸のニッと笑う顔を見て、葵は勇気を出してドブンと水に入った。冷たい水が心地いい。
教わった通りにビート板をギュッと握り、お腹に意識を集中させてバタ足をする。
「そうそう! 足の甲で水を叩く感じ! すごく上手!」
隣を並んで泳ぎながら、陸が声をかけてくれる。
いつもはすぐに沈んでしまう足が、今日はすーっと前に進んでいく。プールの端まで泳ぎ切ったとき、葵は思わず笑顔になった。
「できた……! 陸くん、私泳げたよ!」
「な! 言っただろ? 葵、筋がいいんだよ!」
陸は自分のことのように嬉しそうに笑い、水の中でパチンとハイタッチをした。陸の大きな手が葵の手と重なり、冷たい水の中でも胸の奥がカッと熱くなった。
授業が終わり、着替えを済ませて教室へ戻る廊下。
プール上がりの濡れた髪から、まだ少しだけ消毒液の匂いが漂っている。
「葵、今日のテスト、絶対合格できるよ」
陸が後ろから並んで歩きながら言った。
「ありがとう、陸くんのおかげだよ。……すごく教えるの上手なんだね」
「へへ、妹に教えてるからね。でも……葵が頑張って泳いでるの見たら、俺も嬉しくなっちゃってさ」
陸は少し照れくさそうに首の後ろをかいた。
「夏休み、もしよかったら市民プールにも一緒に行こうよ。もっと速く泳げるコツ、教えてあげるから」
「本当!? 行きたい!」
葵が嬉しそうに答えると、陸は「よし、約束ね!」と嬉しそうに頷いた。
窓から差し込む夏の日差しの中で、ふたつの影が仲良く並んで揺れていた。夏休みまで、あと少し。