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七夕の願い事と、風にそよぐ笹の葉
れもん
月に入り、梅雨の晴れ間が増えて蒸し暑くなってきた。4年1組の教室の後ろには、担任の先生が用意してくれた大きな笹の葉が飾られている。
「金曜日が七夕だから、みんなで短冊に願い事を書いて飾ろう!」
先生の言葉に、教室からは「やったー!」と歓声が上がった。
葵(あおい)は、折り紙でできたカラフルな短冊の束から、迷わず水色の短冊を選んだ。
(なんて書こうかな……)
「テストで100点が取れますように」
「ゲームのソフトが買ってもらえますように」
周りの友達が賑やかに願い事を書くなか、葵はそっとペンを握りしめた。
本当に叶えたい願い事は、ひとつしかなかった。
『また陸(りく)くんと、たくさん楽しくおしゃべりができますように』
でも、クラスのみんなに見られたら恥ずかしい。葵は小さく息を吸うと、少し言葉を変えて、丁寧に文字を書いた。
『みんなと仲良く、楽しい毎日が過ごせますように』
書き終わった短冊を手に持って笹の葉へ向かうと、ちょうど陸が笹の枝の少し高ところに自分の緑色の短冊を結びつけているところだった。
「あ、陸くん。何て書いたの?」
葵が声をかけると、陸は少し驚いたように振り返り、慌てて短冊を手で隠した。
「えっ!? い、いや……別に大したこと書いてないよ!」
「ふふ、そんなに隠さなくてもいいのに。見ないよ?」
「うっ……見たら笑うだろ!」
陸は少し顔を赤くしながら、必死に短冊の向きを変えて、文字が見えないように笹の奥へ押し込んだ。
葵はクスッと笑いながら、陸の短冊のすぐ隣の枝に、自分の水色の短冊を結びつけた。風が吹くと、緑色と水色のふたつの短冊が、サワサワと音を立てて寄り添うように揺れた。
その日の放課後。
葵は教室に筆箱を忘れてしまい、一人で誰もいない教室へと戻ってきた。
夕方のやわらかな光が、笹の葉をキラキラと照らしている。
「あ……」
風がフッと吹き抜けた瞬間、陸が結んだ緑色の短冊がくるりと裏返った。隠されていた文字が、夕日の中に浮かび上がる。
そこには、少し角ばった陸の字で、こう書かれていた。
『サッカーがうまくなりますように。あと、葵とずっと仲良しでいられますように。』
葵は息をのんだ。
(……陸くんの願い事、私のことだ)
ドクン、と胸が大きな音を立てた。夕日のせいだけじゃない、顔がどんどん熱くなっていくのがわかる。
陸も、自分と同じことを願ってくれていた。
葵は自分の水色の短冊をそっと指で撫でた。表面に書いた「みんな」という言葉の裏にある、本当の気持ちが陸に届いたみたいで、胸の奥がじんわりと温かくなった。
「葵〜! どうしたの、遅いよー!」
廊下から友達の呼ぶ声が聞こえた。
「今行くね!」
葵はもう一度、風に揺れるふたつの短冊を見つめた。
織姫様と彦星様がいる夜空へ届くように。7月7日の夜、どうか晴れますようにと心の中で小さなお祈りをしながら、葵は軽やかな足取りで教室を後にした。