公開中
第4話:極上地獄門
タヌキ
第4話:極上地獄門
対魔特務学園の敷地裏にある転移門をくぐり、俺たちが辿り着いた場所。
そこは、視界のすべてが真っ白に染まる、猛吹雪の極寒の雪山だった。
「ひぇぇ……寒っ……! ここが『極上地獄門(ごくじょうじごくもん)』……?」
あまりの寒さに俺が歯をガタガタと鳴らしていると、雪山の斜面にポツンと佇む、古ぼけた木造の小屋が見えてきた。
「先生! 氷室氷華、ただいま戻りました!」
普段はクールな氷華が、小屋の扉を開けるなり直立不動で大きな声を張り上げる。
どんな恐ろしい怪物が待ち構えているのかと、俺は思わず身構えた。だが――。
「ヒェ〜〜……寒い寒い、腰が痛ぇ……。誰じゃ、こんな極寒の日に扉を開けっ放しにする不届き者は……」
こたつの中から何枚も分厚い毛布を被り、ガタガタと震えながら鼻水をすすっていたのは、今にも消え入りそうなほどヨボヨボの、小さなおじいちゃんだった。
「よっ、ジジイ! まだ生きてたかー?」
「貴様レン! 先生に対してなんて無礼な口を利くの!」
いつも通り軽いノリのレンと、顔を真っ赤にして怒る氷華。
おじいちゃん――氷室厳十郎(ひむろげんじゅうろう)は、濁った瞳で俺をぼんやりと一瞥すると、ふがふがと口を動かした。
「なんじゃ、その貧弱な小僧は……。能力は『そよ風砲』? ゲホッゲホッ、儂にそんな生温い風を当てたら、寒さで本当に死んでしまうわい。長生きしたければ、とっとと学園へ帰りなされ……」
完全にナメられている。やっぱり、Dランクの俺じゃ相手にしてもらえないのか。
そう思って、俺が悔しさに拳を握りしめた、その時だった。
―――すっ、と周囲の風の音が、完全に消えた。
気がついた時には、こたつの中にいたはずのジジイが、俺の真横に立っていた。
レンも、氷華も、誰もその動きに反応できていない。
ジジイは俺の、毎日1万回の正拳突きで皮が剥け、固く分厚いタコができた右拳を、冷たい手で優しく包み込む。
そして、俺の耳元で、驚くほど低く澄んだ声で囁いた。
「……おぬし、毎日練習を頑張っているようじゃな」
背筋にゾクリと、言葉にできないほどの凄まじい覇気が走った。
このジジイ、ただ者じゃない――いや、バリくそに強い。
俺が息を呑んでいると、ジジイはいつの間にか俺の横から離れ、小屋の玄関口へすたすたと歩いていた。驚くレンと氷華を振り返り、ジジイはニヤリと不敵に笑う。
「ほら、修業するために来たんじゃろ? 突っ立っておらんで、ついてきなされ」
さっきまでのヨボヨボした雰囲気が嘘のように、ジジイの背中は大きく見えた。
俺たちは顔を見合わせ、急いでジジイの後を追った。
小屋の奥へと進むと、外の吹雪の音が嘘のように遮断された、信じられないほど広い、静謐な畳敷きの道場へと繋がっていた。
ジジイは道場の中央でくるりとこちらを振り向くと、俺の目を真っ直ぐに見据えた。
「神凪の小僧。おぬしの拳のタコ、そして昨日悪魔を穿ったという一撃……悪くない。だが、おぬしの能力をより高く引き出すには、能力の制御だけでは足りん。体の使い方も重要じゃ」
「体の、使い方……?」
「左様。どれほど強力な弾を込めようと、銃身(からだ)がブレていては威力は乗らん。おぬしの『そよ風砲』は手のひらから衝撃を放つだけじゃろう? ならば、その衝撃の始点を手先だけだと思うな。足の裏で大地を掴み、腰を回し、そのすべての体重と回転のエネルギーを拳の一点に『乗せる』のじゃ」
ジジイはすっと、何気ない構えを取った。
「見ておれ。儂は能力を一切使わん」
ジジイが静かに右拳を突き出した。
シュッ、と無駄のない動き。次の瞬間、ドッパァン!! と、道場全体の空気が爆発したかのような凄まじい衝撃波が走り、遥か遠くの壁が激しく震えた。
「なっ……能力を使ってない、だと……!?」
レンが驚愕の声を漏らす。
超能力ではない。ただの「完璧な身体操作」が生み出した、純粋な突風。
「体全体を一つのバネとし、おぬしの『シュッとやってパンッ』と連動させる。これができれば、おぬしのそよ風は本物の『烈風』へと化ける。……さぁ、息が絶えぬ限り、拳を突き出しなされ!」
ジジイの言葉に、俺の胸の奥の炎が激しく燃え上がった。
「――はいっ!!」
厳十郎さんの見よう見まねで拳を突き出してもただ空気を殴ってるだけだった。
「体の重心を足、腰、腹、肩、腕、拳の順番で動かして全ての部位の力を最終的に拳に集中させろ。考えるより感じろ。それが1番じゃ」
ジジイの見よう見まねで拳を突き出してみるが、ただ空気を虚しく殴るだけだった。そんな俺を見て、ジジイがふがふがと顎を揺らす。
「体の重心をな、足、腰、腹、肩、腕、拳の順番で滑らかに動かすんじゃ。全ての部位の力を連動させ、最終的に拳の一点へと集中させろ。……考えるな、感じろ。それが一番の近道じゃ」
「ふぅ……」
深く息を吐く。厳十郎さんのアドバイスを頭の中で反芻し、意識を肉体の芯へと集中させる。
足の裏で畳を掴み、捻り出した回転のエネルギーを肩から腕へと伝える。
――今だ。
全神経を込めて拳を突き出した、その瞬間だった。
自分の能力と肉体の連動が噛み合った衝撃――しかし、俺の未熟な腕はその圧倒的な速度と負荷に耐えきれなかった。
「いってえぇぇぇ!!!!!?」
指の先から肩にかけて、骨が軋むような激痛が走り、俺は思わずその場にうずくまって叫んだ。あまりの痛みに視界がチカチカする。
すると、ジジイがトコトコと歩み寄ってきて、俺の腕を軽く突いた。
「まだ体がその速度に慣れておらんのと、圧倒的に筋肉が足りんのが問題じゃな。よし、これからは毎日、死ぬ気で筋トレもメニューに加えるように!」
ジジイの無慈悲な宣言が道場に響く。
「……毎日5時間の練習に加えて……筋トレも……ですか……?」
レンのスパルタメニューだけでも地獄だったのに、さらなる過酷なノルマ。
俺はあまりの絶望に、返す言葉も失ってその場にぽかーんと立ち尽くしてしまった。
「……毎日5時間の練習に加えて……筋トレも……ですか……?」
レンのスパルタメニューだけでも地獄だったのに、さらなる過酷なノルマ。
俺はあまりの絶望に、返す言葉も失ってその場にぽかーんと立ち尽くしてしまった。
◇
その日の修行を終え、ボロ小屋の居間に戻った頃には、俺の全身は生まれたての小鹿のようにガタガタと震えていた。
箸を持つどころか、床に座っていることすら限界だった。
「おーい迅、生きてるか〜? ほら、これ飲んどけよ」
ニヤニヤと笑いながら歩み寄ってきたレンが、俺の前に謎のシェイカーをドンと置いた。中にはドロドロとした怪しい液体が入っている。
「……何だ、これ」
「学園特製の超回復プロテイン! ジジイの筋トレはマジで筋肉ちぎれるからさ、それ飲んどかないと明日歩けなくなるぜ?」
「う……ありがたい、けど……」
口の悪さに反して、こういう時に真っ先に手を差し伸べてくれるのがレンという男だ。俺が震える手でシェイカーを持とうとすると、その手元にすっと影が落ちた。
「……貸しなさい。見ていてイライラするわ」
呆れたような声を上げて俺の前にしゃがみ込んだのは、氷華だった。
彼女は俺の手からシェイカーをひったくるように奪うと、蓋を開けて俺の口元へと乱暴に突きつけてくる。
「氷華……?」
「勘違いしないで。あなたがここで倒れたら、私の貴重な修行の時間が無駄になるから言っているだけよ。ほら、さっさと飲みなさい」
ぷいっと顔をそむける氷華の耳が、心なしか少し赤くなっている気がした。
横でそれを見たレンが「お、氷華が看病なんて珍しー!」とはやし立て、氷華が「黙りなさいレン! 凍らせるわよ!」と顔を真っ赤にして怒鳴り散らしている。
そんな2人の騒がしい掛け合いを見ながら、プロテインを口に流し込む。
めちゃくちゃ不味い。不味すぎて涙が出そうだ。
だけど、体の奥からじわじわと力が湧いてくるのを感じていた。
周りは学園トップクラスの天才たち。それに比べて、俺は最低ランクの『そよ風砲』。
(でも……こいつらとなら、どこまでも強くなれる気がする)
窓の外では猛吹雪が吹き荒れている。
俺たちの、本当の地獄の特訓はここから始まる。
【あさまるさんへ!】
ファンレターありがとうございます!「烈風のインパクト」カッコいいって言ってもらえてめちゃくちゃ嬉しいです!
あさまるさんが喜んでくれて私も安心しました。これからよろしくお願いします!