編集者:タヌキ
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目次
第1話:『始まりのそよ風』
薄暗い視界。鼻を突く焦げ臭い匂い。
あの日の記憶は、今でも俺の夢にこびりついて離れない。
「逃げろ……っ! 迅(じん)、前を見るな、走れ!」
血まみれになりながら俺をかばったのは、優しかった恩師の背中だった。
その背中を、容赦なく【漆黒の雷】が貫く。
「がはっ……!」
「先生……っ!!」
崩れ落ちる恩師。その向こう側に立っていたのは、世界のすべてをあざ笑うかのような冷たい目をした『悪魔』だった。
「悲しむ必要はない。お前もすぐに同じ場所へ送ってやる」
男が再び手を掲げた瞬間、恩師は最後の力を振り絞って、俺を突き飛ばした。
それが、俺の見た恩師の最後の姿だった。
あの日、俺の心は死んだ。そして、あの悪魔への復讐と、奴の仲間である『3人の悪魔』を全員この手で葬るという誓いだけが、俺を動かす唯一の原動力になった。
「――次、Dクラス。迅。測定を始めろ」
教官の冷淡な声で、俺は過去の記憶から現実に引き戻された。
ここは能力の高さで全てが決まる実力主義の『対魔特務学校』。
周囲の天才たちが炎や雷を派手に出す中、前に出た俺に向けられるのは、冷え切った落胆の視線とクスクスという嘲笑だ。
「あいつ、またあの『そよ風砲』だろ?」
「よくこの学校に入れたよな。そんなに一般人と変わんないのに」
言わせておけばいい。
俺の視線の先にあるのは、目の前の測定用ターゲットじゃない。恩師を殺した悪魔とその仲間の首だけだ。
「ふぅ……」
深く息を吐き、右拳を引く。
――ただの衝撃波? ああ、そうだよ。
だったら、その『ただのそよ風砲』で、世界の頂点までぶち抜いてやる。
フォォーーーヌ!
手のひらから放たれた目に見えない空気の塊が、測定器に当たった。
だが、表示されたランクは無情にも最低評価の『D』。
「ハハハ! そんなものか!」
笑い声を上げたのは、背後で腕を組んで立っていた、学園の上位ランカー。
数キロ先から目に見えない速度の圧縮した水の弾丸を放つ天才ガンナーのレンだった。
レンは昔からの悪友で、顔を合わせればいつもこうして俺をバカにしてくる。……そういう奴だ。
「何? バカにするなら帰ってよ」
俺はムッとして、肩をすくめた。
「まぁまぁ、そんなキレんなって。悪かったよ」
レンはひらひらと手を振りながら、いつもの軽い調子で俺の頭をぽんぽんと叩いてなだめてくる。この呆れるほどのマイペースさも、いつものことだった。
―――その日の放課後
「今日の迅の家の夕飯なに〜?」
そんな何気ない会話をしていると、数キロ先にある高層ビルの工事現場から悪魔アラームが鳴り響いた。
「悪魔だっ……! あんな遠くに!?」
まだ逃げ遅れている人が多くいる。このままでは被害が出る。今から走っても絶対に間に合わない。
そんなことを考えて焦る俺の横で、レンがすっと真剣な顔になる。
―――レンが能力を使う。
指先を銃の形に構え、遥か遠くの悪魔に狙いを定めた。
「『ウォーターガン』」
ドォン!! と激しい破裂音が響く。
レンが放った目に見えない速度の超圧縮された水の弾丸は、空間を切り裂き、一瞬で数キロ先の悪魔の核を真っ向から貫いた。
「ギ、ガッ……!?」
悪魔は悲鳴を上げる暇もなく、黒い霧となって消滅していく。
「ふぅ。楽勝だな」
す、すごすぎる。こんなに離れた場所から、一瞬で倒してしまうなんて。
その後、警察や救急隊が駆けつけ大事にならず終わった。
そして帰ろうとしたとき。
「……レン。俺を強くしてくれ」
と言った。自分でも何で言ったか分からない。だが――
「フッ。しょうが無いな。俺がいないとできないもんな〜」
俺が初めて頼ってきたのが嬉しいのか、レンは少し煽りながら、でも本当に嬉しそうに笑った。
「フン」
俺は顔をムスッとさせたけど、内心は本当に嬉しかった。
「じゃあこれから、毎日5時間は練習な」
ニッコニコの満面の笑顔で言われ、俺は恐怖のあまりその場で気絶した。
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第2話:『シュッとやってパンッ、だ』
放課後のベルが鳴り響いた瞬間、俺は教室の席から逃げ出そうとした。だが、それよりも早く、ひらひらと手を振りながらレンがやってくる。
「おい迅、行くぞ。約束の5時間特訓だ」
「待ってくれ、昨日の今日で体中が筋肉痛なんだよ……」
「安心しろ、すぐに慣れるって」
問答無用で襟首を掴まれ、俺が連れてこられたのは学園の地下深くにある、使われていない古いコンクリートの演習場だった。湿った空気とコンクリートの匂いが鼻をつく。周囲には的として置かれた古びた鉄板が転がっている。
レンは腕を組み、ふざけた態度を消して真剣な瞳で俺を見た。
「お前の『そよ風砲』だけどさ。昨日見てて分かった。お前、出力が足りないんじゃない。エネルギーが四方八方に散らばってんだよ」
「散らばってる?」
「ああ。ただ空気を押し出すから、ただのそよ風になる。そうじゃなくて、手のひらのほんの一点、針の先ほどの面積にすべての威力を圧縮してぶつけてみろ」
レンが指を鳴らすと、彼の周囲の空気が一瞬だけ鋭く歪んだ。数メートル離れた鉄板に、目に見えない衝撃が走り、パキンと乾いた亀裂が入る。
「これが圧縮だ。お前のそよ風を、貫通する『針』に変えろ。まずはその鉄板に穴を空けるまで、正拳突き一万回な」
「一万回……!?」
「文句言うな。悪魔の核を撃ち抜くには、それくらい必要なんだよ」
ニッコリと笑う悪友の背中を見て、俺は右拳を強く握りしめた。息を吸い、手のひらに意識を集中させる。
ただのそよ風なんかじゃない。この拳で、すべてをぶち抜いてやる。
バチィッ! と、地下室に小さな破裂音が響いた。
だが的には当たったが傷1つできなかった。
「だ~か~ら~、シュッとやってパンッってやればできるって」
そんな感覚派なレンに、俺が盛大なツッコミを入れようとした、その時だった。
パチパチ、と地下演習場の蛍光灯が激しくチカチカし始める。
それと同時に、冷たいコンクリートの床や壁から、ドロドロとした黒いモヤが這い出すように湧き出してきた。
モヤは意思を持っているかのように中央に集まり、やがて、どす黒い不気味な笑みを浮かべた悪魔の形へと変貌していく。
「なっ……なんでこんな所に悪魔が!?」
俺は思わず身構えた。学園の結界を破って侵入してきたのだろうか。
横にいるレンが、いつになく鋭い視線でその悪魔を凝視しながら呟く。
「……いや、違うな。多分これは、日々の練習で学校の演習場に残った微弱なエネルギーの残滓が、長い時間をかけて集合してできた悪魔だ」
レンの言葉が終わるより早く、悪魔がその禍々しい腕を構えた。
その瞬間、ゾワリと周囲の空間がぐにゃりと奇妙に歪む。
「しまっ――」
レンが叫ぼうとしたが、遅かった。
歪んだ空間がバチンと元に戻る強烈な反動とともに、目に見えない巨大な衝撃が俺たちを襲う。
「がはっ……!?」
防ぎきれず、俺はコンクリートの床を何メートルも激しく吹き飛ばされた。
全身を叩きつけられた痛みに耐えながら、なんとか顔を上げる。
「何だ……今の攻撃は……」
痛む身体を支えて立ち上がろうとした時、視界の先でレンがニヤリと困ったように笑っているのが見えた。その身体は、まるで石像のようにピキピキと固まっている。
「悪い、迅……。悪魔の能力で全身を固定されてて、指一本動かせないわ。テヘッ」
お茶目にウインクをして見せる悪友に、俺の頭の中に凄まじい疑問と不安が一気に押し寄せた。
――いや、なんでそんなあっさり動けなくなってんだよ天才ガンナー!?
――ってことは、これ、俺だけであの化け物を倒さないといけないってことか……!?
目の前では、悪魔が勝ち誇ったような笑みを浮かべ、じりじりとこちらへ歩み寄ってきている。今の俺の『そよ風砲』じゃ、さっきの鉄板に傷一つ付けられなかった。そんな俺に、こんな奴が倒せるのか?
逃げ場のない地下室。動けない相棒。
恐怖で足が震えそうになる。だけど――。
恩師の仇である大ボスたちを倒すと誓ったあの日から、俺の辞書に「逃げる」なんて言葉は無い。
「――いや、やるしか無い……!」
俺は恐怖をねじ伏せ、右拳を限界まで引き絞った。
レンの言っていた感覚的なアドバイス。それは、素早く拳を引き、エネルギーを拳の『一点』に集中させ、一カ所めがけて一気に撃ち出すということだろう。
今はこのアドバイスを信じて、こいつを倒すしか無い!
「おおおお!! らああああああッ!!」
魂を込めて突き出した俺の拳から、これまでとは明らかに違う乾いた破裂音が響く。その瞬間、極限まで圧縮された目に見えない空気の塊が、真っ直ぐに悪魔の胸の核を貫いた。
「ぐわああああああああっ!!!!!」
悪魔が耳を劈(つんざ)く悲鳴を上げる。だが、核を破壊されながらも、悪魔は執念でその狂暴な瞳をギラつかせた。せめて1人は殺してやる、とでも言っているかのように、残った最後の力で俺に襲いかかってくる。
「しまっ――」
防ぎきれない。そう直感した、その時だった。
悪魔の能力が解け、自由を取り戻したレンの声が地下室に響き渡る。
「よくやった。後は任せろ」
ドン、ドン、ドン、と激しい銃声が連続して鳴り響いた。
レンが放った水の弾丸は、コンクリートの壁や床を縦横無尽に跳ね回り、予測不能な軌道を描きながら、背後から悪魔の肉体を何回も、何回も容赦なく貫いていく。激しい跳弾の嵐。にもかかわらず、俺たちには一発も当たらない。
あまりにも精密で、圧倒的な神業。
「こんなっ……ことができるの……か……?」
俺は呆然とその光景を見つめることしかできなかった。
やがて悪魔は力なく崩れ落ち、再び黒いモヤとなって虚空へと消え去っていった。
静寂が戻った地下室で、俺は張り詰めていた糸が切れたようにその場にへたり込む。
――すると、レンがすっと視線を動かして呟いた。
「……おい迅。これ、お前がやったのか?」
「え?」
レンの視線の先には、練習用の鉄板の的があった。
そこには、さっきまで傷一つ付けられなかった頑丈な表面に、俺が悪魔の核を貫いた時に放った衝撃の余波で、深々と拳の形に抉れたへこみ跡が刻まれていた。
「やった……できた……!」
自分の手が成し遂げた成果に、胸の奥から熱いものが込み上げてくる。
そんな俺の頭を、レンはいつも通りの軽い調子でぽんぽんと叩いた。
「ほらな? だから言ったろ。シュッとやってパンッ、だ」
得意げにニヤリと笑う悪友の顔を見て、俺は呆れつつも、確かにこいつの言う通りだったんだと小さく笑い返した。
第3話:氷の洗礼
第3話:氷の洗礼
「――で、その『シュッとやってパンッ』をいつでも再現できるように、今日から新しい特訓相手を連れてきたぜー」
翌日の放課後。また呼び出された地下演習場。
黒鉄レンがいつもの軽い調子でドヤ顔を見せる後ろから、コツン、コツンと冷たい靴音が響いた。
入ってきた人物を見て、俺の心臓が一瞬跳ね上がる。
透き通るような白髪のロングヘア。モデルと見紛うほど端正な顔立ち。
しかしその瞳は、周囲のすべてを拒絶するかのように凍りついている。
学園最高峰のAランク能力者であり、誰もが恐れる『氷の女王』ーー氷室氷華(ひむろひょうか)。
「レン、説明してくれる? あなたが私の貴重な時間を奪ってまで、わざわざここに連れてきた『面白い男』の正体を」
氷華は、最低ランクの制服を着た俺(迅)を一瞥すると、侮蔑すら含まない、ただ冷え切った声で言った。
「……冗談はやめて。なぜ私が、こんなDランクの『そよ風砲』の相手をしなければならないの?」
「いやいや氷華、こいつ昨日の夜、演習場の残滓悪魔をワンパンで消し飛ばしたんだって。な? 迅!」
レンが俺の肩に腕を回してニシシと笑うが、氷華の冷たい眼光は一切緩まない。
「その壊れた鉄板が証拠だと言うなら、私が今ここで、直接確かめるわ。……神凪 迅、構えなさい」
氷華がすっと片手を掲げた瞬間、演習場の空気が一気に凍りついた。ガキガキガキッ! と凄まじい速度で床が凍りつき、俺の足元を強固な氷塊が覆う。
「なっ……動けねえ!?」
「私の氷は、生半可な熱や衝撃じゃ砕けない。口だけじゃないことを見せて」
足が完全に固定された絶体絶命の距離。
氷華の鋭い視線が俺を射抜く。
(くそ……やるしかねえ!)
俺は覚悟を決め、昨日掴んだあの感覚を思い出しながら、右拳を限界まで引き絞った。
昨日掴んだ感覚を思い出しながら放たれた、目に見えない空気の塊。それが、俺の足元を縛る絶対の氷を激しく揺らした。
―――ドォン!!!
凄まじい衝撃音が地下室に反響する。
だが、巻き上がった白煙の先、俺の視線に入ってきたのは、相変わらず美しく君臨する傷一つ無い氷だった。
「無理だったか……」
俺は愕然として、その場に立ち尽くした。Aランクの壁は、今の俺にはまだ高すぎる。
そんな俺の様子を見て、氷華が冷徹な歩みで近づいてくる。
「……やっぱりダメね。Dランクの『そよ風砲』に、私の氷を壊せるわけが無いわよね」
彼女が落胆混じりの声を響かせ、背を向けようとした、その時だった。
「いや……これは……」
横で見ていたレンが、信じられないものを見るような目で呟きながら氷に近づく。そして、その指先でそっと氷の表面に触れた。
パキィ……。
小さな音を立てて、強固だったはずの氷が、まるで砂細工のようにボロボロと音を立てて崩れ落ちていく。
「ど、どういうこと……!?」
絶対の自信を持っていた氷華が、目を見開いて驚きの声を漏らした。
レンは崩れ去った氷の破片を拾い上げ、ニヤリと、でもどこか戦慄したような笑みを浮かべる。
「これは、衝撃波で『割れないギリギリ』の超高圧が、内部に加わってたんだよ。外側は無傷に見えて、中身はとっくに限界を迎えてた。だから、俺が微弱な力で触れただけで、一気に崩壊したんだ」
レンの解説を聞きながら、氷華は呆然と俺の右拳を見つめていた。その綺麗な瞳には、さっきまでの侮蔑は一切なく、ただ圧倒的な衝撃だけが揺らめいている。
「ただの……そよ風じゃ、ない……?」
「ほら、やっぱり迅はすごいだろ〜?」
自分のことのように嬉しそうな顔をして、レンが氷華に向かって自慢げに胸を張る。
「……所詮、触れなきゃ崩れないようじゃダメね」
氷華はフンとそっぽを向いて、まだ厳しい言葉を口にする。
「そんな……」
やっぱり認められないのかと、俺が絶望して立ち尽くしていると。
「…………でも、極めればどんなものでも一撃で破壊できるような、とんでもないモノになるかもね」
そう言って、氷華が初めて少しだけ、悪戯っぽく微笑んだ。
張り詰めていた緊張が一気に解け、俺は思わずその場にぺたりと座り込んでしまった。
「おぉ〜、あの氷の女王を笑わせるなんて、迅はすごいな〜」
レンが少しからかうような、でも本当に嬉しそうな響きを乗せて俺を褒めてくれる。
「……だけど、その力を極めるために、私が昔修行した『極上地獄門(ごくじょうじごくもん)』に行きましょうか」
名前ヤバすぎだろ……と俺が心の中で戦慄していると、
「お、じゃあさっそく行くか!」
と、まるで遠足にでも行くかのような明るさで、レンが先頭に立って歩き出した。そのあまりのマイペースさに、俺は呆れつつも思わず笑ってしまった。
「フッ……じゃあ、行こう」
そうして俺たちは、さらなる強さを手に入れるため、伝説の修行場『極上地獄門』に向かった。
【ファンレターをくれた あさまるさんへ!】
素敵なファンレターありがとうございます!めちゃくちゃ嬉しかったです!
ファンレターだと直接お返事が返せなかったので、ここに書きますね。
ぜひネッ友になってください!これから小説の話などたくさんできると嬉しいです。
第4話:極上地獄門
第4話:極上地獄門
対魔特務学園の敷地裏にある転移門をくぐり、俺たちが辿り着いた場所。
そこは、視界のすべてが真っ白に染まる、猛吹雪の極寒の雪山だった。
「ひぇぇ……寒っ……! ここが『極上地獄門(ごくじょうじごくもん)』……?」
あまりの寒さに俺が歯をガタガタと鳴らしていると、雪山の斜面にポツンと佇む、古ぼけた木造の小屋が見えてきた。
「先生! 氷室氷華、ただいま戻りました!」
普段はクールな氷華が、小屋の扉を開けるなり直立不動で大きな声を張り上げる。
どんな恐ろしい怪物が待ち構えているのかと、俺は思わず身構えた。だが――。
「ヒェ〜〜……寒い寒い、腰が痛ぇ……。誰じゃ、こんな極寒の日に扉を開けっ放しにする不届き者は……」
こたつの中から何枚も分厚い毛布を被り、ガタガタと震えながら鼻水をすすっていたのは、今にも消え入りそうなほどヨボヨボの、小さなおじいちゃんだった。
「よっ、ジジイ! まだ生きてたかー?」
「貴様レン! 先生に対してなんて無礼な口を利くの!」
いつも通り軽いノリのレンと、顔を真っ赤にして怒る氷華。
おじいちゃん――氷室厳十郎(ひむろげんじゅうろう)は、濁った瞳で俺をぼんやりと一瞥すると、ふがふがと口を動かした。
「なんじゃ、その貧弱な小僧は……。能力は『そよ風砲』? ゲホッゲホッ、儂にそんな生温い風を当てたら、寒さで本当に死んでしまうわい。長生きしたければ、とっとと学園へ帰りなされ……」
完全にナメられている。やっぱり、Dランクの俺じゃ相手にしてもらえないのか。
そう思って、俺が悔しさに拳を握りしめた、その時だった。
―――すっ、と周囲の風の音が、完全に消えた。
気がついた時には、こたつの中にいたはずのジジイが、俺の真横に立っていた。
レンも、氷華も、誰もその動きに反応できていない。
ジジイは俺の、毎日1万回の正拳突きで皮が剥け、固く分厚いタコができた右拳を、冷たい手で優しく包み込む。
そして、俺の耳元で、驚くほど低く澄んだ声で囁いた。
「……おぬし、毎日練習を頑張っているようじゃな」
背筋にゾクリと、言葉にできないほどの凄まじい覇気が走った。
このジジイ、ただ者じゃない――いや、バリくそに強い。
俺が息を呑んでいると、ジジイはいつの間にか俺の横から離れ、小屋の玄関口へすたすたと歩いていた。驚くレンと氷華を振り返り、ジジイはニヤリと不敵に笑う。
「ほら、修業するために来たんじゃろ? 突っ立っておらんで、ついてきなされ」
さっきまでのヨボヨボした雰囲気が嘘のように、ジジイの背中は大きく見えた。
俺たちは顔を見合わせ、急いでジジイの後を追った。
小屋の奥へと進むと、外の吹雪の音が嘘のように遮断された、信じられないほど広い、静謐な畳敷きの道場へと繋がっていた。
ジジイは道場の中央でくるりとこちらを振り向くと、俺の目を真っ直ぐに見据えた。
「神凪の小僧。おぬしの拳のタコ、そして昨日悪魔を穿ったという一撃……悪くない。だが、おぬしの能力をより高く引き出すには、能力の制御だけでは足りん。体の使い方も重要じゃ」
「体の、使い方……?」
「左様。どれほど強力な弾を込めようと、銃身(からだ)がブレていては威力は乗らん。おぬしの『そよ風砲』は手のひらから衝撃を放つだけじゃろう? ならば、その衝撃の始点を手先だけだと思うな。足の裏で大地を掴み、腰を回し、そのすべての体重と回転のエネルギーを拳の一点に『乗せる』のじゃ」
ジジイはすっと、何気ない構えを取った。
「見ておれ。儂は能力を一切使わん」
ジジイが静かに右拳を突き出した。
シュッ、と無駄のない動き。次の瞬間、ドッパァン!! と、道場全体の空気が爆発したかのような凄まじい衝撃波が走り、遥か遠くの壁が激しく震えた。
「なっ……能力を使ってない、だと……!?」
レンが驚愕の声を漏らす。
超能力ではない。ただの「完璧な身体操作」が生み出した、純粋な突風。
「体全体を一つのバネとし、おぬしの『シュッとやってパンッ』と連動させる。これができれば、おぬしのそよ風は本物の『烈風』へと化ける。……さぁ、息が絶えぬ限り、拳を突き出しなされ!」
ジジイの言葉に、俺の胸の奥の炎が激しく燃え上がった。
「――はいっ!!」
厳十郎さんの見よう見まねで拳を突き出してもただ空気を殴ってるだけだった。
「体の重心を足、腰、腹、肩、腕、拳の順番で動かして全ての部位の力を最終的に拳に集中させろ。考えるより感じろ。それが1番じゃ」
ジジイの見よう見まねで拳を突き出してみるが、ただ空気を虚しく殴るだけだった。そんな俺を見て、ジジイがふがふがと顎を揺らす。
「体の重心をな、足、腰、腹、肩、腕、拳の順番で滑らかに動かすんじゃ。全ての部位の力を連動させ、最終的に拳の一点へと集中させろ。……考えるな、感じろ。それが一番の近道じゃ」
「ふぅ……」
深く息を吐く。厳十郎さんのアドバイスを頭の中で反芻し、意識を肉体の芯へと集中させる。
足の裏で畳を掴み、捻り出した回転のエネルギーを肩から腕へと伝える。
――今だ。
全神経を込めて拳を突き出した、その瞬間だった。
自分の能力と肉体の連動が噛み合った衝撃――しかし、俺の未熟な腕はその圧倒的な速度と負荷に耐えきれなかった。
「いってえぇぇぇ!!!!!?」
指の先から肩にかけて、骨が軋むような激痛が走り、俺は思わずその場にうずくまって叫んだ。あまりの痛みに視界がチカチカする。
すると、ジジイがトコトコと歩み寄ってきて、俺の腕を軽く突いた。
「まだ体がその速度に慣れておらんのと、圧倒的に筋肉が足りんのが問題じゃな。よし、これからは毎日、死ぬ気で筋トレもメニューに加えるように!」
ジジイの無慈悲な宣言が道場に響く。
「……毎日5時間の練習に加えて……筋トレも……ですか……?」
レンのスパルタメニューだけでも地獄だったのに、さらなる過酷なノルマ。
俺はあまりの絶望に、返す言葉も失ってその場にぽかーんと立ち尽くしてしまった。
「……毎日5時間の練習に加えて……筋トレも……ですか……?」
レンのスパルタメニューだけでも地獄だったのに、さらなる過酷なノルマ。
俺はあまりの絶望に、返す言葉も失ってその場にぽかーんと立ち尽くしてしまった。
◇
その日の修行を終え、ボロ小屋の居間に戻った頃には、俺の全身は生まれたての小鹿のようにガタガタと震えていた。
箸を持つどころか、床に座っていることすら限界だった。
「おーい迅、生きてるか〜? ほら、これ飲んどけよ」
ニヤニヤと笑いながら歩み寄ってきたレンが、俺の前に謎のシェイカーをドンと置いた。中にはドロドロとした怪しい液体が入っている。
「……何だ、これ」
「学園特製の超回復プロテイン! ジジイの筋トレはマジで筋肉ちぎれるからさ、それ飲んどかないと明日歩けなくなるぜ?」
「う……ありがたい、けど……」
口の悪さに反して、こういう時に真っ先に手を差し伸べてくれるのがレンという男だ。俺が震える手でシェイカーを持とうとすると、その手元にすっと影が落ちた。
「……貸しなさい。見ていてイライラするわ」
呆れたような声を上げて俺の前にしゃがみ込んだのは、氷華だった。
彼女は俺の手からシェイカーをひったくるように奪うと、蓋を開けて俺の口元へと乱暴に突きつけてくる。
「氷華……?」
「勘違いしないで。あなたがここで倒れたら、私の貴重な修行の時間が無駄になるから言っているだけよ。ほら、さっさと飲みなさい」
ぷいっと顔をそむける氷華の耳が、心なしか少し赤くなっている気がした。
横でそれを見たレンが「お、氷華が看病なんて珍しー!」とはやし立て、氷華が「黙りなさいレン! 凍らせるわよ!」と顔を真っ赤にして怒鳴り散らしている。
そんな2人の騒がしい掛け合いを見ながら、プロテインを口に流し込む。
めちゃくちゃ不味い。不味すぎて涙が出そうだ。
だけど、体の奥からじわじわと力が湧いてくるのを感じていた。
周りは学園トップクラスの天才たち。それに比べて、俺は最低ランクの『そよ風砲』。
(でも……こいつらとなら、どこまでも強くなれる気がする)
窓の外では猛吹雪が吹き荒れている。
俺たちの、本当の地獄の特訓はここから始まる。
【あさまるさんへ!】
ファンレターありがとうございます!「烈風のインパクト」カッコいいって言ってもらえてめちゃくちゃ嬉しいです!
あさまるさんが喜んでくれて私も安心しました。これからよろしくお願いします!
第5話:不意の襲撃と、三位一体(トリニティ)
第5話:不意の襲撃と、三位一体(トリニティ)
「おい迅! 背筋が曲がってるぞ! あとスクワット500回!」
「死ぬ……! 本当に、筋肉がちぎれる……!」
極上地獄門の道場に、俺の悲鳴が響き渡る。
厳十郎さんの地獄の筋トレメニューが始まってから数日。俺の体は毎日バキバキの筋肉痛で、立っているのすら奇跡に近い状態だった。レンがプロテインを片手にニヤニヤと見守り、氷華が冷たい視線でカウントを進める。それが俺の新しい日常だ。
―――その時だった。
ガガガガガッ!!! と、道場の強固な結界が激しく揺れ、悲鳴のような音を立てて破られた。
凍てつく猛吹雪とともに、道場の入り口から不気味な黒い影が立て続けに滑り込んでくる。
その数、5体。
禍々しい角を生やし、世界を脅かす3体の大ボスの紋章を胸に刻んだ、強力な悪魔の配下たちだった。
「チッ、大ボスの差し向けた刺客か……! こんなところまで嗅ぎつけてきやがったか!」
レンがすっといつものチャラさを消し、指先を銃の形に構える。氷華もまた、その綺麗な瞳に絶対零度の殺気を宿して片手を掲げた。
襲いかかる5体の悪魔を前に、俺もボロボロの体に鞭打って拳を握りしめる。
だが、その時。こたつでぬくぬくと茶をすすっていた厳十郎さんが、ふがふがと笑いながら声を放った。
「ほう、ちょうどいい動く標的が来たのう。おぬしら3人、協力してあの5体をすべて片付けるのじゃ。これは、おぬしらのコンビネーション力を鍛える実戦修業じゃ。儂は一歩も動かんぞ?」
「なっ……!?」
ジジイは本当に手伝う気がないらしく、こたつから出る気配すら見せない。
「ハハッ、言うねえジジイ! 面白そうじゃん! 氷華、迅、行くぞ!」
「レン、私に指示を出さないで。……神凪、足を引っ張ったら凍らせるわよ」
天才2人が一瞬で戦闘モードに切り替わる。
筋トレでボロボロの俺、最強の銃を誇るレン、すべてを凍らせる氷華。
異色の3人による、初めての共同戦線が幕を開けた――!
「ゼノン様、そして三魔神の御名において……この地を滅ぼす!」
5体の悪魔が一斉に耳を劈(つんざ)く咆哮を上げ、猛烈なスピードでこちらへ突進してきた。
筋トレでボロボロの俺の体が一瞬すくむ。だが、俺の両隣に立つ2人の天才が、同時に地を蹴った。
「まずは足止めだ! 氷華、やっちまえ!」
「指示を出すなと言っているでしょう! ――『フリーズバインド』!」
氷華が冷徹な声を響かせ、床に片手を叩きつける。ガガガガガッ!と凄まじい氷の奔流が道場を駆け抜け、突進してきた悪魔たちのうち3体の足を一瞬で分厚い氷塊へと封じ込めた。
「ギ、ガァッ!?」
「よし、動けねえ奴から蜂の巣だ!」
レンが不敵にニヤリと笑い、指先から超圧縮された水の弾丸を連射する。
ドン、ドン、ドン、と激しい銃声が響き、跳弾の技術を駆使した予測不能な弾道が、氷漬けになった悪魔たちの弱点(コア)を正確に撃ち抜いていく。一瞬で3体の悪魔が黒い霧となって消滅した。
圧倒的な強さ。だが、残った2体の悪魔が、レンと氷華の隙を突いて、凄まじい速度で回り込んできた。その爪が、まだ動けない氷華へと迫る。
「しまっ――」
「させねえよ……ッ!!」
体が動かないなら、毎日1万回繰り返した『型』で動く。
厳十郎さんの言葉が脳裏に蘇る。足の裏で畳を掴み、腰の回転、体重のすべてを、引き絞った右拳へと一本の線で繋ぐ。
今こそ、レンのアドバイスとジジイの教えを一つにする。
エネルギーを一点に「シュッ」と集め、肉体のすべてを乗せて「パンッ」と弾けさせる!
「おおおおおッ!! 『そよ風砲(インパクト)』ォォォッ!!!」
―――ドッパァァァンッ!!!!
道場全体の空気が爆発したかのような、これまでで一番激しい轟音が炸裂した。
俺の拳から放たれた目に見えない「烈風の針」は、迫り来る悪魔の肉体を真っ向から貫き、その後ろにいたもう1体をも巻き込んで、2体同時に粉砕した。
「ギ、ガハッ……!?」
悪魔たちは悲鳴を残し、完全に消滅していく。
「はぁ……はぁ……っ!」
激痛。でも、さっきのように腕の骨が軋むような痛みじゃない。正しい体の使い方をしたおかげで、自分の放った衝撃の負荷に、肉体がちゃんと耐えきっていた。
悪魔が消え去った静寂の中、レンと氷華が呆然とした顔で俺を見ている。
「おいおい……今の、本当に『そよ風』かよ……?」
レンが引きつった笑みを浮かべ、氷華もまた、驚きで言葉を失ったように俺の拳を見つめていた。
道場の奥では、こたつに入ったままの厳十郎さんが、満足げに目を細めてふがふがと笑っていた。
「ほう……合格じゃ。おぬしら、なかなか良いコンビネーションじゃったな」
第6話:魔界への門と、おかしな双子
第6話:魔界への門と、おかしな双子
5体の悪魔を退けた興奮が冷めやらぬ道場で、厳十郎さんはこたつからゆっくりと腰を上げた。その片目がすっと鋭く見開かれ、伝説の戦士としての覇気が道場を満たす。
「おぬしら、見事な戦いじゃった。神凪の小僧、おぬしの『そよ風』はもう、ただの風ではない。これならば、三魔神が第1のボス――空間を支配する悪魔【歪魔(わいま)ガミジン】のいる異世界『魔界』でも戦えるじゃろう」
「ついに本拠地に乗り込むわけか。熱いじゃん!」とレンが不敵に笑う。
だが、厳十郎さんは首を横に振った。
「ただし、魔界の強固な結界を破って門を維持するには、おぬしら以外にもう一人、強力なAランク能力者の魔力が必要じゃ」
「もう一人……? Aランクの知り合いなんてそう簡単に――」
俺が言いかけたその時、道場の扉がガラッと勢いよく開いた。
「はーい! 噂を聞きつけて、超天才Aランクのウチらが助っ人に来てあげたよー!」
「来てあげたの。お姉ちゃん、アメちょうだい」
入ってきたのは、ゴスロリ衣装に身を包んだ姉と、パンク系の服を着た妹の、小柄な双子の女の子だった。いつもカラフルなお菓子をモグモグと食べている、学園最年少のエリート双子だ。
「なんだ、お前らも行くのか。相変わらず生意気そうなツラしてんなぁ」
レンがひらひらと手を振ると、姉のほうが俺を指さしてケラケラと笑った。
「だって魔界に行くんでしょ? 楽しそうじゃん! それよりレン、なんでそのDランクの『そよ風砲』のザコも連れてくの? 悪魔の顔に涼しい風でも当てる気? ギャハハハ!」
「そうなの。そよ風くん、お菓子のゴミ飛ばすのには便利そうなの」
妹までポテチを食べながら無表情に煽ってくる。カチンときたが、氷華がすっと間に入った。
「口を慎みなさい、二人とも。……でも、実力だけは保証するわ。行きましょう」
厳十郎さんが漆黒の鍵を空間に突き立てると、ガキィン!と空間が引き裂かれ、禍々しい紫色の光を放つ『魔界の門』が現れた。双子がそこへ魔力を流し込むと、門の維持が安定する。
「門の向こうは弱肉強食の世界じゃ。息災でな」
俺たちは光の中へと飛び込んだ。
視界が強烈な光に包まれ、次に目を開けたとき――そこは、紫色の不気味な雲が流れ、大地がひび割れた、異様で広大な『魔界』の世界だった。
「おっと、さっそくお出迎えだぜ」
レンの視線の先、魔界の凶暴な野生の悪魔たちが数十体、ヨダレを垂らしながら一斉にこちらへ突進してきた。
「よし、俺の烈風のインパクトで――」
俺が前に出ようとした瞬間、双子が「どいてどいてー!」と俺を突き飛ばして前に出た。
「ウチらの足引っ張らないでよね、そよ風くん! 『シュガー・ニードル』!」
姉がペロペロキャンディを掲げた瞬間、空中に無数の、ダイヤモンド並みに硬く鋭いアメの針が生成され、豪雨のように悪魔たちに降り注いだ。悪魔たちの肉体がガガガガッと一瞬でハチの巣にされていく。
「はい、次はウチの番。『チューイング・ボム』」
妹が口で膨らませたピンク色のガムをぷっと吹き飛ばす。ガムは悪魔たちの群れの中心に張り付いた瞬間、ドガァァァン!!! と、空間を吹き飛ばすほどの凄まじい大爆発を起こした。
爆風が吹き荒れ、数十体いた悪魔の群れが一瞬で消滅する。
「ふぅ、お腹すいた。お姉ちゃんポテチちょうだい」
「はい、ガムあげるー」
何事もなかったのようにお菓子交換を始める双子の背中を見て、俺は完全に呆然と立ち尽くしていた。
「な、なんだあいつら……。あんなふざけた能力なのに、バリくそに強ぇ……!」
「だろ? だからAランクなんだよ」とレンがニヤニヤ笑う。
氷華も特に驚いた様子はなく、「あの二人の前衛制圧能力は、学園でもトップクラスよ。……でも、魔界の野生はこれだけじゃ終わらないわ」と、鋭い視線をさらに奥へと向けた。
氷華の言葉が現実となるのに、時間はかからなかった。
地響きが鳴り響く。
爆発の煙が晴れた大地の裂け目から、先ほどの雑魚どもとは明らかに格が違う、体長5メートルを超える巨大な【魔界獣】が3体、濁った眼光を光らせて姿を現した。三魔神ガミジンの魔力が濃いこのエリアでは、原生生物すら化物クラスに肥大化しているらしい。
「あーあ、また来た。ウチ、もうアメの在庫切れそうなんだけどー」
姉のゴスロリ少女がケラケラと笑いながらも、再びペロペロキャンディを掲げる。
「ウチもガム噛みすぎて顎痛い。……そよ風くん、ちょっとは盾になってよ」
妹のパンク少女が無表情に俺を煽りながら、ぷっと膨らませた爆弾ガムを放った。
だが、今度の魔界獣は手強かった。
放たれたガムの爆発を、巨大な爪の一振りで真っ向から掻き消し、爆風を突き破って凄まじい突進を仕掛けてきたのだ。
「うそ、弾かれた!?」
「お姉ちゃん、危ない!」
爆弾が通用せず、初めて双子の顔に焦りが走る。突進の軌道上には、魔力を使い果たしかけた二人がいる。今からレンの水弾や氷華の結界を張っても、間に合うかどうかという絶望的なタイミング。
(動け……! 何のためにジジイの地獄の筋トレに耐えてきたんだ!)
俺の肉体が、思考よりも先に爆音を上げて地を蹴った。
筋肉痛で引き裂けそうな全身の繊維が、厳十郎さんに教わった『完璧な連動』を再現する。足裏から腰、肩、そして右拳へと、すべてのエネルギーが一寸のブレもなく一本の線で繋がっていく。
「ウチらの前に出ろって言ってない――」
姉が叫ぶ声を、俺の突き出した右拳の風圧が掻き消した。
引き絞ったエネルギーを、肉体の回転とともに一点へ。シュッ、と集めて、パンッ、と弾けさせる!
「ナメんな……っ! これでも喰らいやがれぇぇぇッ!!!」
―――ドッパァァァンッ!!!!
地下道場で放った時とは比べ物にならない、空間そのものを震わせるほどの烈風の衝撃波が、俺の拳から炸裂した。
超圧縮された見えない「空気の杭」が、突進してきた魔界獣の脳面を真っ向から捉える。
外側は無傷――だが、次の瞬間。
パキィン、と硬質な音が響いた。
魔界獣の巨体が、内部からの圧倒的な圧力に耐えきれず、まるでガラス細工のようにボロボロと音を立てて内側から崩壊し、黒い霧へと霧散していったのだ。
「……え?」
双子の口から、間抜けた声が漏れる。
「よし、トドメは任せな!」
その隙を逃さず、レンが指先から放った超高速の水弾が残りの2体の核を正確に撃ち抜いた。氷華の氷結がその死体を完全に凍らせて粉砕する。
静寂が戻った魔界の大地で、ゴスロリとパンクの双子は、呆然とした顔で俺と、俺の右拳を交互に何度も見つめていた。
「な、なにあれ……今のそよ風じゃないじゃん、ただの暴力じゃん……」
「そうなの。ウチらの爆弾より、中身がグチャグチャになっててエグいの」
「ハハハ! だから言ったろ、迅の『そよ風』は突風なんだって」
レンが俺の肩を叩いて豪快に笑う。氷華もまた、ふっと口元を緩めて俺を見た。
「合格ね、神凪。魔界でも、あなたの力は十分に通用するわ」
「はぁ、はぁ……っ」
右腕は激しく痺れている。だけど、壊れてはいない。俺の肉体は、確実にあの烈風のインパクトに耐えられる強さを手に入れていた。
「……行くぞ。三魔神ガミジン、まずはあいつを引きずり出す」
俺は拳を強く握り直し、紫の雲が渦巻く魔界の奥地へと歩み出した。バカにしてきた双子も、今度は何も言わずに、俺の背中の後ろを大人しくついてくる。
落ちこぼれのそよ風が、世界を揺るがす大嵐に変わる旅路。その本当の激闘が、今ここから始まった。
これからは毎週日曜日に一話ずつ出したいと思っております。これからもよろしくお願いします。
第7話:歪みの空間迷路
第7話:歪みの空間迷路
野生の悪魔どもを蹴散らした俺たちは、紫の雲が渦巻く魔界の奥地へとさらに進んでいた。
だが、そんな俺たちの前に立ち塞がったのは、見上げるほど巨大な黒い石壁で造られた、先がまったく見通せない『巨大迷路』だった。
「何だこれ……。ガミジンの城に行くには、ここを通るしかないのか?」
俺が不気味な石壁に触れようとした瞬間、氷華が「待って、触らないで」と手を制した。
「ここはただの迷路じゃない。空間を支配するガミジンの魔力が満ちているわ。おそらく、普通に歩いても永遠に出口には辿り着けない『空間の無限ループ』よ」
「マジかよ。それは面倒くせえな〜」
レンが指先で水の弾丸を遊ばせながら眉をひそめる。
実際、試しに俺が少しだけ角を曲がって進んでみると、ほんの数十秒歩いただけで、なぜかレンたちのいる元の場所へと戻ってきてしまった。空間そのものがねじ曲がっている。
俺たちが頭を抱えていると、後ろからポリポリと小気味良い音が響いた。
「なーんだ、そよ風くん、そんなちっぽけな迷路にビビってんの? だっさー!」
姉のゴスロリ少女がペロペロキャンディを口から離し、不敵にニヤリと笑う。
「そうなの。ウチらの頭脳と能力があれば、こんな迷路、ただの遊び場なの」
妹のパンク少女もポテチを齧りながら無表情に言い放ち、2人で同時に前に出た。
「じゃあ、ウチらの超天才的な攻略法を見せてあげる! いくよ妹ちゃん!」
「うん、お姉ちゃん」
姉が手を掲げた瞬間、空中にきらきらと光る硬質なアメの結晶がいくつも生成された。
彼女はそれを、自分たちが通った曲がり角の壁に、次々とガキィン!と深く突き刺していく。
「ただ歩くだけじゃ空間がループするからね! こうやってウチのアメを道標(ルート)にして、空間の『繋ぎ目のバグ』を見つけるんだよ!」
「なるほど、目印をつければ、どこの空間がねじ曲がってるか一目で分かるってわけか!」
レンが感心したように声を上げる。お菓子を使った、あまりにもトリッキーな空間追跡だ。
しかし、歩みを進めるほどに迷路の歪みは激しくなり、ついには目の前が行き止まりの巨大な石壁に塞がれてしまった。アメの道標もここで完全に途切れている。
「あーあ、行き止まりじゃん。やっぱりダメか……」
俺が落胆しかけた、その時だった。
「誰が行き止まりって言った? 道が無いならさ、作ればいいじゃん」
妹ちゃんが口元でピンク色の風船ガムを、今度はこれまでにないほど巨大に膨らませた。
「『チューイング・ボム:メガバースト』」
ぷっと吹き飛ばされた巨大なガムの爆弾が、行き止まりの石壁にべったりと張り付く。
「下がって。……爆発するの」
次の瞬間、ーーードガァァァァァ!!
道場での爆発とは次元が違う、鼓膜が破れそうなほどの大爆破が轟いた。
凄まじい爆風と煙が晴れたその先を見て、俺は目を見開いた。
ただ石壁が壊れただけじゃない。ガムの凄まじい爆破エネルギーによって、ねじ曲がっていた空間の壁そのものが強引に吹き飛ばされ、その向こう側に、禍々しい黒い尖塔――三魔神ガミジンの居城がはっきりと姿を現したのだ。
「うそだろ……空間ごと爆破して近道を作ったのか……!?」
「ふぅ、顎疲れた。お姉ちゃんアメちょうだい」
「はいはーい、よくやったねー!」
何事もなかったのようにお菓子を食べ始める双子の背中を見て、俺はまたしても完全に圧倒されていた。こんなふざけた能力なのに、やっぱりこの2人、バリくそに強ぇ……!
「よし、道は開けたぜ。ガミジンの野郎を引きずり出しに行こうか!」
レンが銃口を城に向け、氷華もまた静かに魔力を高める。
双子の力で迷路を突破し、ついに俺たちは最初の三魔神の城の前に立った。
すると、開かれた城の門の奥から、
「ギィィィィ……!」
と不快な音を立てながら、これまでとは比べ物にならない威圧感を放つ巨大な悪魔が姿を現した。ガミジン直属の門番だろう。
「何だよ……こいつ。デカすぎだろ」
俺が思わず気圧されていると、
「関係ない。ただ倒すだけ」
と、隣で妹(パンク女子)の方が無表情に、冷淡に言った。
その言葉を合図に、氷華が鋭く片手を掲げた。凄まじい氷の冷気が悪魔を襲い、その巨大な足を瞬時に凍りつかせる。
しかし、その悪魔が少し力を入れただけで、絶対のはずの氷は、
「パキィィン!!」
と派手な音を立てて、一瞬で粉々に割れてしまった。氷華の氷を力技で破るなんて、格が違いすぎる。
「チッ、ならこれならどうだ!『バン!バン!』」
レンの鋭い銃声が響く。指先から放たれた超圧縮された水の弾丸は、悪魔に触れた瞬間、激流の『鎖』の形へと姿を変えた。水の鎖が悪魔の太い腕と巨体をがんじがらめに縛り付け、その動きを完全に停止させる。
「迅、今だ!!」
レンが叫ぶ。
「おおおおおッ!!」
今だ。この瞬間のために、俺はあの極上地獄門で死ぬ気で筋トレと体の使い方を叩き込んできたんだ。
足の裏で大地を掴み、腰を回し、すべての体重と回転のエネルギーを右拳のたった一点へと乗せる。厳十郎さんの教えと、レンの『シュッとやってパンッ』の感覚が、今、完全に一つに噛み合った。
「喰らいやがれぇぇッ!!!『そよ風砲(インパクト)』ォォォッ!!!」
―――ドッパァァァンッ!!!!!
魔界の空間そのものを爆裂させるような、凄まじい烈風の衝撃波が拳から放たれた。水の鎖で固定された悪魔の胸の核(コア)に向けて、目に見えない空気の杭が真っ直ぐに突き刺さる。
衝撃波が突き抜けた瞬間、巨大な悪魔の体は、内側からの圧倒的な圧力に耐えきれず、砂細工のようにボロボロと音を立てて崩壊し、黒い霧となって霧散していった。
「はぁ……はぁ……っ!」
腕の骨は軋んでいない。肉体が、完全にこの烈風の威力に耐えきっていた。
門番の悪魔が消え去り、城の奥へと続く道が完全に開かれた。
やっぱり月水土に一話ずつ投稿していこうと思います!!