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14 湖の中
黒いスライムを擦り下ろしたキリンジは、階段を登って地上にたどり着く。
地上に戻るや否や、エノコが申し訳なさそうな表情で近づいてきた。
「……本当にごめん。私のせいで」
エノコは、傷だらけのキリンジの右手を見ている。
ナイフを受け止めた時にできた傷と、さっきの擦り傷が痛々しそうに疼いた。
キリンジは手の甲をチラッと見た。
「別に、こっちはお前のせいじゃないだろ。それより……お前こそ、ケガしてないか?」
「あ……分かる?」
エノコの膝には赤い擦り傷ができていた。
「階段を登ってるときにこけちゃって……ちょっと痛いけど、キリンジの傷に比べれば全然__」
「よくない」キリンジが神妙そうに割り込む。
「……エノコ、自分の両足だけは必ず大事にしろ。最悪、両腕を失ったって、両足さえあれば逃げられる。足は本当に大事だ。エノコ、一生歩けなくなってもいいのか?」
「だ、ダメ……」
「じゃあ、水で冷やしに行くぞ。エノコは背中に乗れ、案内を頼む」
「うん……わかった」
二人は外に出た。
すると、キリンジは平坦なところで両手を地面にべったり付けて、腰を背中と平行になるまで上げる。
「さあ、乗れ」
「……え? おんぶするんじゃないの?」
「おんぶより速い方法がある」
「どういうこと?」
エノコにはキリンジの考えている事が一切分からなかったが、いわれるがままにキリンジの背中にまたがる。
「はい、乗ったよ」
「よし、じゃあ一番近くの湖はどこの方向だ?」
「え~と……あっち!」
エノコの指さした方向にキリンジも向き直し__出発。
空気を裂く音を残し、キリンジは森の中に飛び込んだ。
あまりの速さにエノコも飛ばされないように、キリンジの背中をギュッと掴んでいる。
そんなことよりも、この状況はエノコにとって不可解すぎた。
(何この人間!? 人間なのに麒麟に迫るほど速い! それに四足歩行!!)
四足で走るキリンジが森の中を颯爽と駆け抜ける。
あまり走るのに向いてない森の中だったが、山で暮らしていた前世の経験を活かし、安全なルートを瞬時に判断して、枝の少ない所に飛び回る。
そのせいで無茶苦茶な軌道になって、エノコの目が回りに回りまくった。
そして、紆余曲折ありながらも、何とか二人は湖に到着したのだが、エノコの顔色が明らかに悪い。
「ちょっと酔ったかも……」
「言っとくが、オレの背中で吐くなよ」
そんな二人の目の前にひっそり佇む湖は、思ったよりも大きかった。
端から端まで、大人が大股で歩いて十歩で収まるぐらい。
でかい湖だな、と訝しみながらキリンジは左手で水をすくう。
もはやこの世に存在していないのではないかと思うほど、この湖の水は濁りなく透き通っていた。
左手いっぱいにすくった水を、傷ついた右手にゆっくりと掛ける。
冷水がポタッと滴った。
キリンジは傷口が染みるのを覚悟して、きつく歯を食いしばる。
「ん?」
しかし、不思議なことに傷口が染みる事はなかった。
水は妙にとろみがかっており、傷口を一切刺激せずに右手の血を洗い流す。
おかげで右手は、どこも痛まずに洗うことが出来た。
「凄いな。この水、全く傷に染みないぞ」
「でしょ?」
得意げな顔でエノコが返す。
「この『カタクリ湖』の水はね、どんな傷も優しく包み込んで、たちまち治してくれるんだよ」
「へぇ、便利だな」
水に目を凝らしながら、キリンジが感嘆の声を漏らした。
右手から粘度のある水滴が滴る。
「エノコ、なんか要らない布持ってないか? 傷口に巻きたいんだが」
「え、布? うーん……じゃあ、これ使う?」
エノコは自分が羽織っていたマントを脱いで差し出す。
「ああ、それでいい」
キリンジはマントの下の部分を破り、包帯のように右手に固く巻き付けた。
これで傷口が広がることはないだろう。
エノコも膝の擦り傷を洗い終えると、破ったマントをリボン結びに巻き付けた。
「よし、もう大丈夫!」
エノコが元気にはにかみ、つま先を地面で軽く叩く。
さっきまでの吐き気も落ち着き、何気なく湖の向かい側を見た。
「ん……なにあれ?」
思わず声が漏れ出る。
「どうした?」
キリンジも駆け寄った。
湖の奥底で沈んでいるソレは、自らの像をゆらゆらと揺らしていた。
ぼんやりと見えるソレに、エノコがおでこに手を当てながら目を細める。
奥底に沈むソレと、ついにピントが合った瞬間、大量のハテナがエノコの心に降り積もった。
「……剣?」