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19 落とし主
雷を扱う男、ネイケイジに勝利したキリンジは、湖に沈んでいた剣の落とし主の住所≪ジンの国 D-09≫に一人で向かっていた。
そう、一人だ、エノコはついてこないらしい。一度だけ聞いてみたものの、人間の集まる場所はトラウマが蘇りそうだからやめておく、だそうだ。
しかし、それはキリンジも一緒である。育った境遇は違えど、同じ人間嫌い。
人間のキリンジがエノコと仲良くなれたのは、その辺も関係あるのだろうか。
なんやかんやありながらも、どうにかキリンジは落とし主の家にたどり着くことができた。その道中は正にいばらの道。
そもそもこの国の番地の読み方なんて当然分からないので、外に出歩いていた人たち全員に聞いてみたが「私もよく分からないです」とか、この国に住んでる人間とは到底思えないような世間知らずな回答しか返ってこない。なので、国中の地図を紙に描き、そこから地道に番地を当てはめていき、ついに目的の家が判明したときのキリンジの心の昂りといったら、それまた尋常ではなかった。
結果良ければ全て良し、に限度はないと心の底から感じた瞬間である。
キリンジが目的の家を目の前にし早速、扉をコンコンと叩く。
「誰かいるか?」
2、3秒待ってみたが、帰ってくるのはノック音の反響だけ。
これらを何回か繰り返してみたが、全くの無音。
仕方なく、一旦帰ろうと踵を返そうとした。
その時。
「どなたですか?」
今にも崩れてしまいそうな弱々しい男の声が、扉越しからキリンジを呼び止める。
「なんだ、いたのか」
「ええ、ここまで来るのに少し時間が掛かりまして……」
「別にいい。それより、お前がアキレスか?」
「はい、確かに私の名前ですけど、それが?」
「実は、お前に落とし物を届けに来たんだ。湖に落ちてた銀ピカの剣、知ってるだろ?」
「あぁ、多分、私の物だと思います。でも、どうして私のだと分かったんですか?」
「お前、剣の柄に自分の名前と住所を彫ったの覚えてないか? そこから辿って来たんだ」
「えーと……申し訳ないのですが、彫った覚えはないですね」
「はぁ?」
意表を突かれ、声に動揺が混ざる。
「いや、ちゃんと柄に彫ってあるだろ……! もしかして、病み上がりで呆けてるんじゃないか? 声に元気がないぞ」
「でも、本当に知らないんです……。あ、もし本当にそう彫ってあるなら、扉の横に置いておいてくれませんか? あとで確認するので……」
「今じゃダメなのか?」
「ダメです……!」
最も芯のある声でアキレスが反抗した。
「どうしてだ? 家に見られちゃマズいもんでもあるのか? 別にオレはそんなの気にしないぞ」
「いえ、そういう理由じゃなくて、これは**『不可抗力』**なんです……! 僕自身もそれに抗うことはできなくて、多分、あなたのことを傷つけてしまうかもしれません……! わざわざ落とし物を届けに来てくれたあなたの事を……!」
「おいおい……不可抗力……傷つける? お前、何を言ってるんだ? ……あ、分かったぞ。実はそういうお年頃なんだろ? 分かるぞ、オレも14か15ぐらいは同じだったし、今も若干そうだ……」
さっきから妙に波打つ心を無理に抑えようとするために軽口を叩くが、かえって鼓動が早くなる。
「……言いたいことは分かりますが、私はもうとっくにその年頃を過ぎてます。さっき言ったことは全て事実なんです。だから、剣を置いて、お引き取りください。本当に……ありがとうございました」
扉越しのアキレスの声には、ある種の信念のようなものがあった。他はどうなってもいいが、これだけは絶対に譲れないとでも言いたげな。ただそれだけの為に自分の命を抑えつけているような。
「もしもだぞ」
キリンジは足を動かそうともせずに、口を動かした。
「もしも、オレがあんたの忠告を無視して、この家に入ったら何が起きる? 勘違いしないでくれよ。別にあんたの親切心を無下にしようなんて気持ちは更々ない。ただ、何が起きるんだ?」
単なる興味は、冷然と物騒で返される。
「私の**『もう一つの人格』**が、あなたの命を奪ってしまうでしょうね……」
「もう一つの人格……あんた、二重人格か?」
「まあ、そうですね。その人格は9年前、唐突に現れたんです。たまに乗っ取られたこともあったんですけど、最初は数分ぐらいで収まりました。でも、ある日、私がそいつに一日中乗っ取られたみたいで、いつの間にか、近くの……麒麟族が暮らしている国を滅ぼしてたみたいなんですよ……私は全く覚えてないんですけどね……それだけ、この人格は凶暴なんです……!」
喉を必死に震わせて喋るアキレスの言葉に、嘘の要素は全く見られなかった。
純粋な真実だけが荒れることなく、静かに耳に流れて来る。
「……分かった。剣、置いとくぞ」
もう言葉を交わす必要はなかった。邪魔にならない場所に剣を置いて、踵を返す。
これで終わった、
__はずだった。
**「ぐわああぁぁ!」**
突如、家の中から耳をつんざくような絶叫が聞こえた。嫌な予感がして、思わず振り向く。外に置いていた剣は手を付けられてなく、壁に立てかけられていた。
扉に耳を近づける。もう絶叫は聞こえない。その代わり、人が床に倒れるような音がバタンと鳴った限り、もう二度と音は聞こえなかった。
「起きたな、何かしらが」
おそらくアキレスが言っていた**『もう一つの人格』**の仕業だろう。もしくは、叫びたくなるほど痛い病気で意識を失ったか。どちらにしても、既に覚悟は決まっていた。