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1 無謀な男
元々別れていた1話と2話を繋げて、つよつよの1話にしてみました。
やっぱり、どんなシリーズ作品も最初の1話だけは他の話よりも力を入れて書いたほうがいいのかなと思いました。(小並感)
**「……どこだッ!? どこにあるんだッ!? 聞こえたら返事をしてくれッ!」**
息を切らしながら、森林をかき分けるロン毛の男がいた。
疲れが溜まった足を物ともせず、男は唇の横を流れる汗を舐めとる。
「はぁ……水、持ってくるべきだった」
口の中に広がる塩味が頭の中を後悔で埋め尽くす。
男は顔を真っ赤にしており、今にも熱中症でぶっ倒れそうだ。
しかし、何故、男はこのような熱帯雨林を彷徨っているのだろうか?
その理由は、《《とある雑草》》を探すためである。
実の話、この男はその雑草を食べる為だけに、日本からはるばる中国の熱帯雨林までやってきた。
だが、ろくな準備もしてこなかったので、すでに男は熱中症寸前。
そんな文字通り命懸けで雑草を探している無謀な男だったが、ついに視界が薄くぼやけ始めた。
男は命の危機が着々と迫ってきていると自覚し、捜索のスピードを速めるが、暑さのせいか身体に足が追い付かない。
男は半ば諦めかけていた。
あの雑草は、やはり自分には幾分程遠いものだった、と。
目が虚ろになり、まるで全ての景色を白いフリル越しに見ているような感覚になる。
ついに男はぶっ倒れた。
土にべったり顔を付けて、流れ出た汗が土に還る。
全てが終わったと思われたが__そこに、**幸運が訪れた。**
「何だ……アレ……?」
不自然なぐらい緑に光る草が丁度、男の近くで真っすぐに生えていた。
男は脳をフル回転させ、この雑草と、お目当ての雑草の照合を行う。
「はは……」
男は自然と笑みがこぼれた。
そう、この何気ない雑草こそが、お目当ての《《麒麟が食べたという伝説が残っている》》雑草だった。
男は最期の力を振り絞り、雑草を引き抜くと、そのまま口に放り投げた。
ムシャ、ムシャ、口の中で森の音が聞こえる。鼻から花の匂いが駆け抜ける。
その時、男は感動した。
心の底から生きていて良かったと実感し、人生でほとんど流したことのなかった涙が、今となって溢れんばかりに流れ落ちていく。
ああ、と感嘆を漏らすと、男のまぶたは閉じられた。
<そして、中国の熱帯雨林を八時間歩き続けた男__キリンジは死んだ。>
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意識がホワイトアウトし、ブラックアウトし、意識の中でオセロが始まる。
跡形なく混ざり合った意識が元の形に戻り、目の前がパッと鮮明になった。
なんとか意識を取り戻したかと思われたキリンジ。
しかし、目の前の光景は現実とは到底思えない。
「これは何だ……幽体離脱ってヤツか?」
キリンジは何故か、雲の上にいた。
周辺におびただしく広がる雲は、強く触るとその分ポヨッと跳ね返る。
まるでトランポリンのようだった。
しかし、キリンジはトランポリンで遊ぶ年でもないので、ぶっきらぼうな表情でスキップするばかり。
十分、遊んでいるように見えるが、これは仕方の無いことだ。
どんな人間もトランポリンの欲には従うことができない。
「こんなの、子供の頃以来だな……」
キリンジが懐かしみながら雲の上を飛び跳ねていると__突如、辺りを激しい閃光が包んだ。
思わぬ眩しさに目をひそめるキリンジ。
その目には一瞬だけ、今までの人生の憎悪だけを煮詰めて、それを戦いの方向に研ぎ澄ましたような獣の視線が浮かんでいた。
閃光が弱くなるにつれて、人影が姿を現す。
完全に閃光が止むと、顎ヒゲを立派に蓄えた老人がキリンジの目の前に立っていた。
その恰好は白の布を身体に纏っただけの変態スタイル、片手に杖を持っている。
物怖じせず、キリンジが問いかけた。
「お前、何者だ?」
「まあまあ落ち着け、キリンジよ」
キリンジから醸し出される正気ではない敵意を、慣れた手つきでたしなめる老人。あのキリンジを片手間に抑える老人は、あからさまに普通の人間ではない。
老人は、右手に持っている木の杖を野球少年みたいに肩の後ろに回す。
「わし、神様じゃ」
「は?」
老人は裏表のなさそうな笑顔を見せながら、自分を神様と名乗った。
確かに恰好はそう見えるのだが、こう自信満々な態度を取られると逆に怪しく見えてくる。
「そういう証拠はあるのか?」
「証拠も何も、さっきの光が証拠じゃよ。わしは神様だからな」
「……まあ、信じよう」
疑惑は残りつつも、キリンジは、まず自分の置かれた状況に疑問が残る。
「仮にあんたが神様だとして、一体ここはどこなんだ? あんた専用のトランポリンか?」
「いやいや、ここは死後の世界じゃ」
その返答に、キリンジはわざとらしくため息を吐いた。
「……やっぱり死んだのか、オレ」
「そりゃそうじゃよ。あんな熱帯雨林をよく水も飲まないで、8時間も歩いたわい」
「まあ、あれは準備不足だった……。それより何で知ってるんだ?」
「わしは神様だからな、おぬしをちと監視しておったのじゃ」
自分の死にざまが老人に見られていたかと思うと、恐れ多さよりも気持ち悪さが圧勝してくる。
キリンジは不快極まりない物を見るような、剥きだしの目つきで老人を睨んだ。
しかし、老人はキリンジの視線に気にも留めず、ゴホンとわざとらしく咳き込む。
「さて、ここからが本題で、実はおぬしに頼み事があるのじゃ」
「……頼み事?」
「そう! 麒麟に憧れるがあまり、山に籠って社会性をドブに捨ててしもうた、変人すぎるおぬしにしか頼めないことなのじゃ!」
今まで目を反らし続けていた事実を不意に突きつけられたキリンジの表情が明らかに曇る。
「……あのなあ、事実は事実なんだが、そんな直球に言われたら流石に傷つくぞ。……いや、さっさと要件を言ってくれ」
またしても老人はコホンコホンと咳き込んだ。
「では、キリンジよ。おぬしに頼もう。これから転移させる異世界で、《《麒麟を救ってほしい》》のじゃ」
「……おい、全く意味が分からんぞ」
「まあ、そう言うだろうとは思ったわい」
老人は杖の先を上空に向けた。
「実はな、おぬしが生きた世界とは別の世界が、この宇宙のどこかにあるのじゃ」
「へえ、知らなかった」
整理の付かない頭をフル稼働させて、老人の言ってる事をかみ砕こうとする。
「つまり、オレはその世界に送られるってわけか?」
「そういうことじゃ! そして、おぬしはその世界で麒麟を救わねばならぬ」
「……ならば、**いらっしゃるんだな?**」
唐突にキリンジが語気を荒めた。普段、キリンジは何事にも冷静な性格である。
しかし、麒麟の事になると、まるで好きが爆発したかのごとく熱が入って止まらなくなるのだ。
「**麒麟様が**、**その世界に**、**いらっしゃるんだなッ!?**」
「……そ、そうじゃが」
「**早くその世界に送ってくれッ!!**」
スイッチを切り替えたような変わりぶりに老人は圧倒されながらも、右手の指をパチンと鳴らす。
快音が雲の床に吸い込まれると、やがて、丸くて黒い穴が老人の右横に生まれた。
キリンジは意気揚々と穴に飛び入ろうとしたが寸前、杖に遮られる。
「その前に、この異世界について知っておかなければならぬことがあるのじゃ……」
「何だ?」
「おぬしには伝えにくいのじゃが……その……なんと言えばよいか……その異世界ではな__」
言葉を詰まらせる老人を前に、キリンジは落ち着きなく足踏みしまくっている。
「**ああもう爺さん、話が長いぞ!**」
わずか数秒で我慢の限界が来たキリンジは杖を撥ね退けるや否や、黒い穴に上半身から突っ込んだ。
黒い穴はキリンジを捕食するかのごとく呑み込み始め、全身が穴の中に隠される。
やがて黒い穴は縮こまって、完全に閉じられた。
老人は小さくため息を吐く。
だが、その表情には子の旅立ちを見守る親のような、温かいものが滲んでいた。
「説明くらい聞いてほしかったんじゃがな……ま、|あやつ《キリンジ》なら、何とかなるじゃろ」
そして、老人こと____神様は高らかに笑った。