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Those crazy people 頭のおかしいやつら8
ある曇りの日、私はふと思い立って、アルバムの整理をはじめた。
この家に住むようになってからずっと、こまめに撮りためている写真たちが納まっているのだ。若草色の表紙をしばらく眺め、それから開く。
最初の写真は、家具も何もない、がらんどうの家の中を映したものだ。たぶん、初めてここに来たときに撮ったものだと思う。その次は、どこかの土産屋で売っていたカメレオンの置き物。その次は、薄汚い路地裏にうずくまった猫。その次は、この国の国旗が青空にはためく姿。その次は、どこかの知らないかわいい女の子。その次は、カラメルをかけすぎた手作りのプリン。
その次は、家の外に立ってマイホームを眺めているメロ。その次は、牛乳をめちゃくちゃにこぼしながら飲む幼いミハエル。
2人の写真が出てきて、私は手を止めた。光を反射するビー玉や、外の葉の影が透けるカーテンなどのキラキラした写真たちに包まれた2人は、とても幸せそうに見えた。でも私のそんな写真は一枚も、ない。
写真の中とはいえ、2人ばかり幸せになって。
私はアルバムから2人の写真を引き抜いた。ページをめくっては抜いて、まためくって、抜いてを繰り返した。薄い紙切れの中に静止した彼らは、もう二度と不幸になることがないのだ。そんなのっておかしい、抜け駆けだと私は呟く。
私は彼らの写真を細かく破り、引き裂き、彼らの永遠の停止を壊した。それから全部まとめて裏庭に持って行き、燃やして塵にした。
いつかこのアルバムを目にした誰か、あるいは私が、どうして彼らの写真を一枚も残さなかったのだろうと首をひねり、または後悔するように。私は「未来の自分」というものが大嫌いなのだ。彼らは今現在の私たちから、よりよい環境に置いてやろうという配慮を受け続けているからだ。
写真がすべて燃えると、私の胸には疲れと後悔がどっと押し寄せてきた。
随分早い後悔だと思いつつ悔やむ気持ちに身を任せていると、そのうち両目から涙があふれ出してきた。私はその涙をスプーンで集めて掬い、水を満たしたグラスに混ぜた。そしてその水を飲んだ。水はほのかに甘く、私の後悔などそ知らぬ顔をしていた。
涙を混ぜた水は少し残しておき、その日の夕食の調理に使った。学校から帰ったミハエルとクイズで遊ぶ間、私の後悔は仕込んだ鶏肉に染み込んでいった。それをいつもの顔でミハエルに出し、彼は普通の顔で食べた。遅く帰ってきたメロも同じだった。
私は自分の後悔が他人に容易に踏みにじられる程度のものであることに謙虚な安堵を覚えつつ、あたたかく沈んでいくような眠りについた。