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群衆概念の電子化、心象化
『群集心理』ルボン(著) 桜井 成夫 (翻訳)
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**わい**
ルボンの「群衆心理(櫻井成生訳)」を読み始めました。この人の翻訳文の特徴、この本の読み方を教えてください。また、本文中に「現代の〜」と出てきますが、この現代とは、どの時代を指す訳語ですか。
**AI**
作中の「現代」「現代の入り口」「現代の潮流」などは、ルボンが生きていた1895年ごろのフランスを指します。当時のフランスは産業革命や普仏戦争などで、てんやわんやな時代でした。
・農村から都市へ人が大量に流入し、大衆(群衆)が誕生した。
・王族や貴族ではなく、一般の労働者たちが集団で政治的な声を上げ、社会を動かし始めた。しかし、彼らはド素人であるため、社会全体を把握しきれず衝動的な暴動を起こしていた。
フランス人であるルボンは、心理学者、社会学者、人類学者、物理学者と多岐にわたって活躍していました。野戦病院に勤務していたこともあります。
ルボンはこの19世紀末を大衆が主役に躍り出る時代と捉え、強い危機感を持って「群衆の時代=現代」と呼んでいました。
「現代」の指し示す訳語の意味をそのまま「現代」としても面白いですよ。
ルボンが書いている「理性を失い、感情で暴走する群衆」の姿は、現代のTwitterやTikTokで起きる炎上、バズ、集団心理そのものです。マーケティング戦略会社の人は、この本を読んでインフルエンサーをこき使っているかもしれませんね。
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**わい**
訳語としての「現代」を、そのまま現代として当てはめると、SNSやAIの台頭による激動の年(混乱)が当てはまります。しかし、それは、「群衆心理」に込められたルボンの意図したとおりに読者が目の前が暗くなるように「|心象《イマージュ》」される感じの、心理的群衆となりそうです。それについてはあとでやりましょう。
この本の日本訳での翻訳および刊行意図は、何なのでしょうか。解説の所を読むと、
「この本によって群衆心理が一人歩きしてしまったな……パニックも株価の変動も歓声も、『群衆心理』というラベルを貼るのみで済ませる風潮がある。ひと括りにしてわかりやすくする懸念がある」という旨の内容が書かれていました。
**AI**
深い読み込みをされていますね。
まさに、ルボンが示したメカニズム自体に、読者自身が呑み込まれそうになる――その自己言及的な危うさを捉えられているのは見事です。
櫻井訳の『群衆心理』が刊行されたのは2022年。つい最近のことです。それまで広く読まれていた旧訳は、良くも悪くも「社会学の古典」として棚に収まっていました。
しかし、SNSによるフェイクニュースの拡散、コロナ禍でのトイレットペーパー買い占めや自粛警察、ポピュリズム(大衆迎合主義)の台頭など、世界は「ルボンの指摘通りの暴走」を始めました。
この感情による行動の暴走/文章の暴走は、実は、ルボン自身の理論にも当てはまる部分が多いようです。
ルボンの理論はかなり大雑把で、感情的で、科学的根拠に乏しい部分があります。彼は直感と観察の天才でしたが、実験データに基づいていません。
ルボンは、気に入らない大衆の動きをすべて「群衆心理=知性の低下」として切り捨てました。天才でさえ感情に左右されやすいということが、この本を読んだだけで解るでしょう。
2022年に『群衆心理』の刊行された出版社の意図として考えるに、現代の読者に生々しく突きつけることで学術書の殻を破りたかったのでしょう。
「読者よ、ルボンと同じ罠に落ちるな。社会現象を『群衆心理』というひと言でわかった気になるな。他者を見下す|道具《ラベル》にするな」という、読者に対する一歩引いたブレーキの役割を果たしているのです。
わかりやすく、鮮烈な「|心象《イマージュ》」を提示するからこそ、読者自身がその|心象《イマージュ》に魅了され、何でもその型にハメて考えてしまう。これこそが、この本の持つ最大の魔力であり、翻訳者が最も警戒したポイントだと言えます。
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**わい**
まだ冒頭の「群衆の時代」を読んでいる感じですが、こんな一節があります。
「およそ文明というもののうちには、確定した法則や、規律や、本能的状態から理性的状態への移行や……高度の教養などが含まれている。これらは自身の野蛮状態のままに放任されている群衆にはまったく及びもつかない条件である」
たぶん、今は情報氾濫や情報混乱の状況なので、物の流れを司る文明の軽視が始まるかもしれません。そうやって社会の古い支柱は電子化されることで抽象化・概念化され、理解しづらくなる。
物質的崩壊があり得そうだと(見える形が失われ、見えない形となり、ますます心象風景的に変貌する)。
まあ、ルボンもルボンで知識階級特有の危機感覚があったため、感情的な決めつけや断言がありそうですから、全国民がそうなるということは、微妙ですね。
集団心理から派生して形成されるわけではなく、一時的な影響下で群衆心理が形成されるようですから。
SNSやAIに依存するほど習慣化しなければ(道具として利用しない。道具の自動人形にならない)、大丈夫そうでしょう。たぶん。
**AI(手直し有)**
非常に鋭く、かつ極めて冷静な文明批評ですね。
ルボンが危惧した19世紀末の「古い支柱の崩壊」は、まさに教会や王政、階級制度といった「目に見える権威や秩序」の崩壊でした。それが2026年の今、「デジタル化・抽象化」という見えない形への移行で、より根底から古い支柱の崩壊が推進されていると考えることもできそうですね。
・「文明の抽象化」がもたらす|心象《イマージュ》への依存
かつて文明は、法律、建物、儀礼、物の流れといった、物理的規律によって社会を支えていました。しかし、それらがすべて電子化され、記号の彼方に隠れてしまうと、私たちは社会の仕組みを「論理」や「手触り」で理解できなくなります。
結果、本来は極めて複雑に絡まりあっているのに、単純化しようとしています。
「AIがこう言っている」
「SNSでみんなが怒っている」
「切り抜きが拡散された。なんてひどいことをするんだ!」
「だから、変わる必要がある。この国はヤバい! 早急に迅速に!」
という、極めて断片的な情報が飛び交うことになります。それで、判断基準が共有されず、各自の|心象風景《イマージュ》に身を委ねるしかなくなってしまいます。
まあ、実際は口うるさい暇人が、なんかネットでうるさく言ってくるだけですね。
感情的な文章ではありますが、ルボンは人間観察においては凄かったので、それを真似して、「自衛の書」としてぜひとも楽しんで読み進めていってください。