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13話「生徒会会計の『絶対防壁』」
じっとりと首筋にへばりつく汗を夜風に洗われながら、俺たちは瓦解した旧校舎の裏庭から、さらに隔離された北側倉庫の暗がりに身を潜めていた。
「ハァ、ハァ……っ。あさひちゃんを連れ出せたのはいいけれど、景の『生徒会インフラ』が、もう私たちのスマホのGPSを完全にロックしにきてるわ……!」
神代玲奈が、綺麗な顔をクシャクシャに歪めながら画面を見つめていた。彼女の赤い瞳は、焦燥感でネオンブルーに激しく明滅している。
「落ち着きなさい、神代さん」
俺——御堂綾(みどう りょう)は、第一ボタンまでキッチリと閉めた制服の襟元を正し、ガラスのようなライトブルーの瞳を冷徹に明滅させた。
「景の敷いた網は完璧だ。だが、どれほど緻密なロジックでも、計算の外側にある『完全なイレギュラー』までは遮断できない」
「イレギュラー……? そんなの、この管理された箱庭に存在するわけ——」
玲奈の言葉が、唐突に背後から響いたカラン、カランという、脳天気な金属音によって遮られた。
「よぉ〜! そこの君たち、こんな暗いところでパソコン睨みつけて、何のおもしろいゲームやってんだ?」
暗闇から姿を現したのは、およそこの凍りついた戦場には似合わない、陽気の塊のような少年だった。
茶髪でツンツンと跳ねたショートヘアに、片方の前髪を頭の上でオレンジ色のゴムでキュッと結んだ奇妙な髪型。鮮やかな黄色のプルオーバーパーカーに濃い茶色のカーゴパンツを合わせ、胸元には確かに一年生用のデジタルバッジがぶら下がっている。
「俺は金成 こいん。よろしく!」
少年は屈託のない笑みを浮かべ、白い歯を覗かせた。
挿絵:https://www.photo-pick.com/online/EUQAscS0.link
「なんかさ、俺の勘が『こっちに行くと最高にスリリングな番狂わせに会える』って言ってたんだけど……ははっ! 大当たりじゃん! 樽巻の先輩に、元・女王様に、狐面が外れた可愛いお嬢ちゃん。それに——お前が今噂の、スコア『9242』の怪物くんだな?」
「……金成、こいん」
俺の眼が、瞬時に彼のバイタルをスキャンする。
呼吸、1分間に18回。脈拍、72。
完全にリラックスしている。それどころか、彼の内面からは自己保身の嘘も、他者を排斥するための欺瞞の澱みも一切感知できない。
ただの、圧倒的な「陽」。
だが、おかしい。彼の胸元のバッジに表示されているスコアは【412】。お世辞にも貴族とは言えない数字だ。それなのに、彼がここに現れた瞬間、俺たちのスマホを執拗に追跡していた生徒会のGPSエラーログが、ピタリと「空振り」を示し始めた。
「あんた、どうやって生徒会のスキャンを躱したの……!?」
玲奈が驚愕に顔を歪める。こいんはポケットの中でジャラジャラと小気味良い音を立てながら、1枚の珍しい古銭を取り出し、親指で高く弾いた。
「別に策も何もないよ。俺は勘を信じてるだけなんだよな。ただ、この学校の制度があんま気に入らないんだよなぁ……だってAIでは図れない事だってあるはずだろ?」
カラン、と手の甲に落ちたコインを隠しながら、こいんは不敵に笑った。
「俺さ、非公認の『ゲーム部』で部長やってんだけど。あそこの部室、俺が色んなギャンブルで勝ち取った特注の防電磁波コインを敷き詰めてるから、AIの電波が一切届かないんだよね。隠れ家にするなら貸してあげるよ?」
完璧な計画(ロジック)を立てるわけではない。本で読んだデータやテレビの雑学を、彼の「適応的無意識」が超高速で自動処理し、一番勝てる選択肢を『勘』として出力しているのだ。AIの予測アルゴリズムすら超越する、天然のシステムハッカー。
「分かった。案内してくれ、金成くん」
俺が冷徹に告げた、その瞬間だった。
ウィィィィン——ッ!!!
倉庫の壁に据え付けられた古いスピーカーが、突如として重低音のシステム起動音を鳴り響かせた。
赤色灯ではない。冷徹な、そして圧倒的な物量を誇る「黄金色(ゴールド)」の光が、倉庫の窓ガラスを外側から遮光するように、物理的なシャッターとなって次々と閉ざしていく。
**『——不審なスコアの停滞、および電波障害ログを検知。これ以上の資産(スコア)の流出は、学園の経済を揺るがす損失と査定します』**
スピーカーから流れてきたのは、ソロバンの珠を弾くような規則正しい電子音と、冷徹極まりない少年の声。
室内のモニターが一斉に起動し、そこに映し出されたのは、高級なスーツのような制服を完璧に着こなし、金の眼鏡の奥からこちらを値踏みするように見下ろす少年の姿だった。
胸元のデジタルバッジに刻まれた数字は【学園スコア:7800】。
生徒会会計——。学園の全財産と、生徒たちのスコアの「流通」を完全に管理する絶対的守銭奴、御園生 財務(みそのう ざいむ)。
「御堂綾。君たちの行動は、我が生徒会会計の『絶対防壁』によって完全にロックされました。この倉庫の酸素供給、および君たちの口座資産は、1分ごとに10%ずつ強制没収(シャットダウン)されます。無価値な家畜として干からびたくば、そのまま足掻くがいい」
「資産の強制没収……!? 嘘でしょ、私の、私たちのスコアが削られていく……っ!」
玲奈が自分のバッジの数字が減衰していくのを見て、恐怖に顔をクシャクシャに歪めた。
「はは……はははっ! ギリギリの戦いは楽しいな……だからギャンブルはやめられないんだ!」
だが、その絶望の空間で、金成こいんだけが狂ったように目を輝かせて笑っていた。彼は融解しかけた倉庫の鉄扉に背を預け、黄金に染まるモニターを見据えてコインを高く弾く。
「俺たちの『命の保有権』と、お前のその『7800のスコア』……どっちが先に破産(パンク)するか、ノーガードのマネー・ゲームを始めようじゃねえか、会計さんよぉ!!」
生徒会会計の『絶対防壁』。その鉄壁の金庫を内側からハックするための、確率ゼロからの大博打が、今、幕を開ける。
——本日の観測を終了。生徒会会計・御園生財務の介入を確認。
次回、14話「確率の支配者」