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12話「理論爆弾」
**『警告:セクター・ゼロの論理崩壊まで残り120秒。全データを物理消去(フォーマット)します』**
旧校舎の地下室に、鼓膜を裂くような赤色灯の明滅と、AIの無機質なカウントダウンが鳴り響いた。
床に膝をついた斜藤あさひの胸元で、深紅のバッジが狂ったように明滅している。彼女の身体から染み出す漆黒のノイズは、もはや単なる電磁波ではなかった。
それは、神代景のサーバーから送り込まれた「世界を無に帰すための破滅の色彩」。
ノイズが触れたコンクリートの床や壁は、まるで古いビデオテープが擦り切れるように、デジタルデータの砂嵐となってドロドロと融解し始めていた。
「あさひちゃん……! 嘘でしょ、景は最初からあさひちゃんごと、私たちを消すつもりだったのね……!」
神代玲奈が恐怖に顔をクシャクシャに歪めながらも、今度は逃げずに、必死に綾の制服の裾を引っ張った。
彼女の赤い瞳はネオンブルーに激しく明滅し、指先は血が通わないほど白くなっている。半年前に全てを奪われたあの夜のトラウマが、彼女の華奢な肉体を容赦なく締め上げているのだ。
「神代さん、樽巻先輩、あさひを抑えてください」
綾は、色素の抜けきったプラチナホワイトの前髪をかき上げ、両目で景を見据える。
手元のスマホの画面に血が滲むほどの速度で指を滑らせた。
網膜の裏側、視覚演算システムが激しい熱量で悲鳴を上げる。
呼吸、1分間に42回。速い。だが、これは恐怖の脈拍じゃない。神代景という『偽神』が仕掛けた最悪のトラウマコードを、力ずくでハックし、書き換えるための脳髄の過負荷だ。
「イェア!! 任せとけフレンド! 暴走するデータの濁流だろうが、俺の筋肉のドメインでへし折ってやるぜ!!」
樽巻拳殴が咆哮した。身長221センチの巨軀が、音速を超える速度で動く。彼はあさひの周囲に渦巻く漆黒のノイズの障壁へと正面から突っ込み、その丸太のような両腕で、あさひの細い肩をがっしりと抱き留めた。
**バチバチバチバチッ!!!!**
「ぐぉぉぉッ! さすがにこの電気ショックは、プロテインより刺激が強いぜ!!」
樽巻の強靭な皮膚が火花を散らし、タンクトップが焦げていく。だが、その徐脈分速4回の心肺と超高密度の横紋筋は、AIの論理爆破という『概念』すらも物理的に締め上げ、あさひの肉体の霧散を強引に食い止めていた。
「離して……! 私は景様のゴミ箱じゃない……私は、私の絵で……っ」
ハイライトを失ったピンク寄りの赤瞳から、大粒の涙が溢れ出る。その時、あさひの前に影が差した。
「あさひちゃん!!」
玲奈が、融解していく床に膝を突き、あさひの冷え切った小さな手を強く握りしめた。
「私も同じだった! 数値だけを信じて、景にすべてを委ねて……裏切られて『0』になった! でもね、自分の本当の価値は、あんな男に決めさせるんじゃない! 私たちで、奪い返すのよ!!」
元・女王の、魂の底からの叫び。その瞬間、あさひの精神波の乱れが、ほんの一瞬だけ「静止」した。綾の眼は見逃さない。
彼女の喉の奥にある微細な痙攣。その奥の、本当の『生への執着』を。
「チェックメイトだ、神代景」
綾は一歩前へ出た。第一ボタンまでキッチリと閉めた制服の胸元で、【9242】の貴族バッジを、あさひの深紅のバッジへと直接叩きつける。
「お前が彼女に施した『0.2』の査定を、僕の『過去の特級秘密』で完全に上書きする。システムよ、このエラーコード(僕の人生)を処理してみろ!!」
**ピピッ、ピピピピピピピ!!!**
学園AIの基幹システムが、綾の脳内から流れ込む「国家機密級のバグ」の質量に耐えきれず、爆発的な警告音を上げた。深紅だったあさひのバッジから、ドロリとした呪詛の色が抜け落ち、静かに青い『共犯契約』の光へと書き換わっていく。
「解除……成功。樽巻先輩、走れ!!」
「おうよフレンド!! 筋肉超特急、発車だぜ!!」
樽巻があさひを軽々と横抱きにし、玲奈の襟元を掴んで、崩落する天井の隙間へと跳躍した。
背後で、旧校舎の地下室が完全に電子の塵へと分解され、轟音と共に瓦解していく。物理的破壊の煙を突き抜け、俺たちは月明かりの照らす旧校舎の裏庭へと転がり出た。
夜風が、冷え切った俺たちの肌を心地よく撫でる。
「……あ、れ」
芝生の上に横たえられた斜藤あさひが、ゆっくりと目を瞬かせた。そのピンク寄りの赤瞳には、しっかりと「生きた人間」の光が灯っている。
彼女は自分の素顔を隠していた狐の面が、もうどこにもないことに気づき、それから、静かに俺たちを見上げた。
「私の空気の膜が……全部、破れちゃった」
「ええ。あなたの嘘も、偽装迷彩も、すべて僕がハックして引き剥がしましたから」
綾は制服の襟元を正し、ガラスのようなライトブルーの瞳を彼女に向けた。
「斜藤さん。君の居場所は、あの偽神のゴミ箱じゃない。これからは僕の隣で、その異常な眼を僕のために使いなさい」
あさひは一瞬、きょとんとした顔をした後、その涙で濡れた瞳を妖しく細め、薄い唇で小さく微笑んだ。
「……うん。綾くんの雨の世界、私がたくさん、おもしろい色で塗り潰してあげる」
ピピッ——。俺
たちのスマホが同時に震えた。画面に浮かび上がったのは、強制的に書き換わった学園の最新データ。
**【共犯者チーム:御堂綾、神代玲奈、樽巻拳殴、斜藤あさひ —— 登録完了】**
「ふっ、くくく……」
俺の唇から、最高にドロリとした歓喜の笑いが漏れる。元・女王、規格外の先輩、そしてシステムの死角たるバグの少女。最高のパーツは全て揃った。
「さあ、次のステージへ進みましょう。僕たちの学園完全ハックの始まりです」
煙を上げる旧校舎を背に、最底辺の怪物たちの本当の反撃が、今、静かに幕を開けた。
——本日の観測を終了。地下迷宮での戦いが完結。チームの結成を記録。
次回、第13話「生徒会会計の『絶対防壁』」