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エピローグ「炎上衝動」
約6500文字
202X年9月7日 午前3:03 垢名:@
もう追っかけるだけにしよう。
美味いものを美味いって言ってる人の横で、
「うわまっず。これ美味いとか言う人の舌ヤバくね? どんだけいいもん食って来なかったんだよ」
――って声高に言いたい教の敬虔な信者様方がみな余りに活動熱心で、美味いと言うだけでお店に迷惑かけそうだから。
***
202X年9月10日 午前12:03 垢名:@
みなさんならご存じだと思うんですけど、あえて忠告してあげる。
このネットという広大無辺な集合知のなかに依存する、または入り込む人たちなら、最大限に注意を払って他人から『ヘイト』を買わないように生きようね。
でないと、君は磔に結わえて一昼夜炙られ、100度の熱湯で煮られ焼かれ、ガソリンをかけられて目玉をくりぬかれた挙句、ギロチンで首を飛ぶよりもひどいことが君に被るよ。
まあ、それでも群衆とやじ馬どもは泣いて喜ぶだろうけどね。
まるで中世ヨーロッパの人たちが、人の死――公開死刑を『娯楽』に使っていた野蛮な時代のように……。
近々そんなことが起りそうな臭いがするよ……。
***
202X年9月14日 午後4:33 垢名:@
これが人間のやることか。
定期的に誰かを磔に結わえ吊るされて、
「これは神に人身御供を捧げる神聖なるお祭りなのだ」
と周囲は崇め、絶え間なく定期的に興じなきゃ、彼らは退屈で死ぬんだろうな。電気で昼も夜も明るいのに、キャンプファイヤーの如く石祭壇の上に焚き木を組み、火をつけ、獲物を炙り殺すさまを見ないとおちおち眠れないのかな。
次は誰を生贄にするんだろう。
なかったら見ず知らず人に対して、あることないこと言って大衆操作すればいい。祭壇に向かわせれば名目は立つんだから。
今回のお祭りもいい生贄を手に入れたらしい。
炎上やらコンテンツ爆破やら……ネットの住民たちはみな、連日連夜大騒ぎだ。
その祭りが起こると、騒ぎを聞き付けた事情や詳細を知らない人が集団で来る。
その集団は多分こんな感じで軽口をたたく。
「お、祭りか。磔死体がひい、ふう、みいの……今回は結構多いな。どれ、俺もひと刺ししていくかな」
「大丈夫大丈夫。こんだけ刺されてりゃ、一回くらい刺したところで誰が刺したかわかんねぇよ。刺して雲の子を散らすように逃げれば面倒ごとは被らねぇ。後日、見て見ぬふりをすればいい」
「全くだね。責任転嫁のない、無責任な自由のある殺戮。日常では補えないこの快感と感覚の攪拌性……非日常的な行為をめいいっぱいに振り下ろす……むしろ、それが祭りのいいとこだよなぁ」
「お、コイツの顔俺知ってるわ、確か有名人でしょ。有名人で……でもなにやったっけ?――ま、いっか」
――くらいのノリで得物を手に取る。
そして心無い悪口と共に痛烈な1撃、2撃、3撃を繰り出し、快感が止まらず何度も刺してしまう。
だから彼ら――炎上フリーク――に尋ねよう。
――何が燃やされたんだ?
――何が爆破されたんだ?
――なぜ興奮できる?
磔にしている人――誰だか素性はよく解らんが――を生贄にしてまで、何がしたい?本当に気が紛れるのか――と。
***
このように炎上とは、下劣な参加者と酷悪な催事で成り立っている。
持っている長槍は実際には文字の羅列で、集まっている者・催事をする者たちは匿名という仮面で守られた内面的に好戦で、匿名ならば唾棄してもいいと考えている民族が多い。
そして生贄は、単純明快。
気に入らない奴、粗相をなした者だ。
こんな野蛮人がやるようなことが、ネットの匿名性のなかでは頻繁に起こなわれていて、しかし無罪放免だというように罷り通っている。
確かに多少は定義されてはいるだろう。
文字の暴力のことを『誹謗中傷』だと名義されてはいるが、そこまでだ。
『誹謗中傷』だとか、単なる批判・批評に属する物、とげはあるが鋭く的確な指摘などが混在していると、素人目では選別しきれない。先入観があっても知識がないのだから。
基本的にいじめ問題に発展しない限り、大事にならない限りは、本来の裁定者である裁判官が判断するものだ。素人が判断するのはかえって話が拗れるだけ。どうせダブルスタンダードや感情に訴えかけるような文言で、
「それ、誹謗中傷です。犯罪になりますよ?」
と、根拠薄弱な脅しをかけることしかできない。
言葉尻を捉えるようで恐縮だが、訴えようと思えば訴えることのできる誹謗中傷よりも刑事罰のある『脅迫罪』『名誉毀損』すれすれの案件のようだが、果たしてその自覚はあるだろうか……?
論理的でない文字列が『誹謗中傷』という暴力だと認定されるまで、長いスパンで見なければならない。
人の心を傷つけるのは一瞬なのに、判断するのはその1000万倍以上時間がかかる。他の法律より後手後手に回ったがために、ネットの法律が不完全だからだろう。
だったら明確に書いてほしい。
今までグレーゾーンだった実況の暗黙のルールに、メーカー側から“ガイドライン”という一石を投じたように、大勢が気に入らなければ『文字』でなら刺していいという法律を制定してくれ。
言っておくが『傷害罪』があるんだから、誹謗中傷はいわば『見えない傷害罪』、『精神的傷害罪』だと言い換えることができるとかいう、場違いな指摘やそういう冗談はこの際遠慮してくれ。
『決まり事が見えなければ、見えないものに頼ることになる』
ぼくはそういいたいわけだ。
つまり、暗黙の了解だとかマナー・道徳など拘束力のゆるい概念に依ることになってしまう。となれば、本来悪意のない文字が悪意を染めて刺す奴が出てくるだろう。
裁判所に出廷して検察官が、
「この人のことご存じですか? あなたはこの人を傷つけたんですよ」
と確認させても、原告側はこう答えるだけだろう。
「そいつら誰だ?」
――まるでサイコパス診断でもやっているようだ。
でも、こう答える可能性は大いにある。だって、そいつらに会ったことないんだし。
そいつらの悪いところは、刺した事すらすぐ忘れるところ。また罪の意識・その自覚がないこと。
刺せるところがなくなれば、また刺せる相手を探し、見つけ次第現場を去っていく。そのくらいレベルが低い。
そもそも本来人間って――
***
人間の本幹は純粋な欲望と圧倒的に長く感じられる死へのカウントダウンまでの暇つぶしの上に、残酷な感情が載ってできている。
普通は、その残酷な感情は理性という名のしがらみで雁字搦めになっていて、それは微動だにできない状態でぼくたちは暮らしている。
だが、何かの拍子にその理性というのは外れ、タガが外れたように内なる感情が漏れ出てくる。
それを我々は“怒り”と言い換えてはいるが、その実は違う。平和・平穏をことごとく排し、争いに発展させる残酷な感情だ。
残酷な感情を心のうちに留めておける、そんな優秀な人間はこの世にはいない。
いても既に死んでる。だってそういうのを理性で抑えられるほど高等な生き物じゃないし、いたら即座に叩いて存在を無くすだろう。
だって、歴史を見ても明らかじゃないか、我々って。
人間というのはその漏れ出た残酷な感情で、定期的にヘイトを集めた人などを吊るして下から刺すことをしなければ収まらない。
血が弾け、血飛沫が飛ぶさまを歓び、肉塊になるまで石を投じ続ける……いわば“サンドバック祭り”に興じる生き物だから、ヘイトを買わないよう発言の際は細心の注意を払おう――と考える人は多い。
炎上で刺激される怒りの矛先――加虐心の吐き出し口――というものは、脳内ホルモンも少なからず起因するだろうけど、なにより残酷な感情が漏れだしたものが、宿主を一時的に支配した状況にあると思う。
そもそも炎上という言葉自体、そこまで歴史のあるものじゃない。10年かそこらの、浅い歴史だ。
でもなぜだろう……? なぜ古来から有りそうな雰囲気のある、伝統的なお祭り感のある存在にまで、ネットの住民たちに浸透したのだろう。
個人的な考えだが、それは主催者側の思惑通りに祭り参加者が動いてくれるからだ。
ネット掲示板やアンチスレ、アンチスレから派生したまとめサイトを斜め読みした程度の知識で、素朴過ぎる脳味噌がそう判断し、知った気になってしまうのだ。
あれを読むということは、要するに、
『見ず知らずの人間が一瞬でファンになって一瞬でアンチになる』という、超短時間で行われるお清めのようなものだ。
あれはかなりの悪意が込められているだろう。生け贄の経歴をまとめる際、良いところ・普通のところは省くか一行にしてしまい、事の発端や焦点など炎上要素は、微に入り細を穿つよう、紙面一杯に埋め尽くしてやる。
時には証拠と言わんばかりにスクリーンショットや画像添付も辞さない。
このような印象操作が用いられた偏狭なまとめ方を見て、なんとなく、
「ああ、この人は悪い人なんだな」と思ってしまう。上出来だ。
こうして参加してきた人を出迎えて、社会問題という大きな祭にまで拡大・発展する。
これが炎上というものだ。
紙に火をつけたような集客力を使い、名を宣伝できることから揶揄して『炎上商法』と呼ぶこともある。
主催者であるアンチやアンチスレの住民たちは、次々にスレッドをたてては拡散させていく。そしてまとめサイトに転載されていく。
この時のまとめサイトは以下の2点に気をつけなければならない。
1つは簡潔でなければならない。これはまとめサイトだからだ。
そしてもう1つは閲覧者に『悪い』という印象のみ、思わせなければならない。
まとめを見た閲覧者は炎上祭りの準参加者の位置付けだ。
難しく考える必要はない。悪いと思うだけでいい。逆に考えたり訝ったりされたら御仕舞いだ。
あれらは感情的に来るよう仕組まれた、一見論理的に見えるけれどハリボテな論理でできた文字の羅列で……もとより中立的に書かれてない。
だから、有名人は大衆にちゃんと媚びてヘイト買わないように生きよう。
松明や篝火はしょうがない。だがその先の、大勢の人が火を分けて、小さな火を持ってしまった参加者たちは何をしでかすかわからない。
聖火ランナーのように、周囲に火をつけずに走り去ることはない――ということは、火を見るより明らかなこと。
真実・真相より、伝染が先。
ネットとはそういうものだ。
***
「みんな違ってみんないい」
――っていうのは真っ赤な嘘、きれいごとだ。きれいごとは義務教育以前に習うもので、今後裏切られる理想郷。理想なんだから現実に裏切られて当然。大人になるにつれて理想のような清廉潔白な知識より、意地汚くても有用な知識を身につけた方が己を守れると気づく時がくる。
だから、ぼくはこう言いかえた。
「みんながいいって言うからいい」
「みんなが悪いって言うから刺す」
日本人は周りに流されやすい付和雷同型だからさ。空気読めないと疎遠や村八分、いじめだったりとかなり生きにくくなる。
素直に生きちゃ駄目なんだ。
大勢のヘイトを買うと、たとえあなたの人権が損なわれても、大勢から嘲笑を喰らうだけ。
「ざまぁw」
といって、ガッツポーズ。失敗したら残念の声より歓声がわく。
手助け?――期待しない方がいい。匿名なら手より金より先に、心がしゃべる。頭を通さず、心が暴走する。残酷な感情が宿りし、心が。
そういう餌食にならないために、人前に出るならヘイト買わないように、そうでないならなるべく大人しく生きようね――って、ちゃんと教科書とかに、書いといてくれ。
きれいごとは童話や小説のなかで完結してほしい。逆に知りたいことこそ、教科書の説明文や論説文で書いてくれ。そして一生捨てるなと言っておいてくれ。
じゃないと、すぐ忘れるから。
学校でやった道徳心や情操教育を、今でも空で暗記してると思ったら大間違いだぞ。
***
今でもこんなことを言って自分の心を騙している者たちがいる。自分が素朴で平凡でそんな悪意とは無縁のただのつまらない人間ですよ――と他人事のように考える者たちが。
そのように考え、そのような固定観念をもって日常を暮らしているからこそ、第三者から大々的に報道されたり、紹介されたりするとこう思ってしまう。
「ああ、なんて楽しそうなことが起こったんだろう、行ってみたいな」
「ああ、なんて非現実なことが起こってしまったんだろう、残念で悲しい」
基本的にそんな風に思って生きてるから、普段は考えないという状態になる。巧妙に印象操作され、加工された事物に対し、第一印象だけ頭を働かせ――それだけ。5秒かそこらじゃないかなぁ……いつも通りの思考停止状態になるのは。
となると、今無意識でやっていることに大して何も感じないことが多い。
無意識で言葉を発する。
無意識でネットサーフィンをする。
無意識でコメントを読む・見る・書き込む。
無意識で炎上ニュースを見聞きする……。
無意識というのは厄介な代物だ。
故意や過失で人を傷つけるのとは計り知れないほどに遠ざかった存在だ。無意識で傷つけている――無意識で興味関心を持ち、無意識で炎上に傍観・参加するということ。
例を挙げてみよう。ネットサーフィン中、こんな文面が視界に入った。
ゲーム実況の無許可配信で不当な利益を得たという。誰かはわからないが、とりあえずその人の名前を検索。まとめサイトを覗き見ることにした。
……なるほど、なるほど。この人かぁ。
これは悪いなぁ。こんなことを平気でするなんて、私には考えたことのないものです。この際言いたくはありませんが、人として残念という他ありません。
テレビやネットで名前を知っていただけに、失望しました。
法律でちゃんと裁かれることを切に願います。
……てまぁ、お祭りが開かれた寺院内にて、このような絵馬を書くわけだ。
この絵馬の内容が誹謗中傷の類いに含まれるかはこの際置いておいていい。あくまで記念品でこういう者をネットに残すという比喩なのだから。
そんな僕だってたまにはこういうお祭りで、記念にこのような置き土産を残したいと思ったことがある。
ちょうど今日、職場で嫌な事あったし、まあ殴り書きくらい許されるだろ――くらいの気持ちで悪意も意思も何もなく、文字で人を刺していってしまう。
物理的にならまだ抵抗もあるだろうし、口頭で発するのも憚れるだろうけど、所詮単なる文字列だ。
血が出るでも肉が割れるでも骨が砕けるでもないから、力加減も忘れるし、手軽だから、強い意志がなくても出来る。
匿名だからこそ、文字に責任がない。
誰かに見られるでもないし、自分の手が本当に血で汚れるわけでもなし。
だから私達はどんどん恥知らずになっていく。
***
***
202X年9月15日 午前0:55 垢名:@
言葉が下手だというだけで、
性格が不器用だというだけで、
人に真意が伝わりづらいと言うだけで、
誤解を受けやすいと言うだけで、
生きるのが下手だからというだけで……、
淘汰されて然るべきというのなら、もう、必ずそういう人間に誰もがならないよう教育してくれ。
でないと、被害者が増えるばかり。
炎上のやばいところは着地点が見当たらないこと。
完璧さを求め、当事者が完璧に近い形で成功しても、あらを探すように暗躍する。
逆に自分らしさを優先し、当事者が感情を吐露し、不揃いな謝罪をしようものなら上記のように串刺しにする。
見ず知らずの匿名が、ファン(元ファン)と名乗り、
「私たちが一番傷ついたのだ」
とのたまいて、当事者以上のパワーで雄弁な口を開く。鉄槌を下したいという形骸的な言葉で罵る。
果たしてそこに正義はあるのか?
果たしてそこが着地点なのか?
果たしてそこを流血淋漓に処して本当に悦を得られるのか?
分からないし、分かろうとも思わない。
ただこう思う。『人の振り見て我が振り直せ』
さもなければ、いずれ肩を叩かれるだろう。このような台詞を吐きながらね。
「やあ、初めまして、だよね。
突然だけど、次の大役は君にしようと思って声をかけたんだけど……あれ、なんて顔をしてるの? 心当たりならいくらでもあるでしょ?
――君、外出する時マスクしたかい? ゴミ捨ての話さ。コロナ禍で油断したね。えっとね、撮られてるんだよね、証拠として、さ。
ほら、まだ周知してないのに参加者たちも喜んでる。状況的に察せるよね?――君に白羽の矢が立ったことは。
最後にご馳走してあげるよ。何が食べたい? 歩きながらでいいよ。
だからさ、ほら――」
こうして人は間違いを犯し、時に命を奪うことも厭わない。
…………。
……。
第四章「閉じられた世界」
エターナルエンド。