公開中
蠍
「かわいい!かわいい」
ありがとうおじさん!そう心底嬉しそうに笑った少女は嬉しさのあまりそこら中をぴょんぴょん跳ねていた。小学生ぐらいの年で、ファミリーにおける重役を担っているなんて聞いたから、どんなもんだと思っていたが、蓋を開けてみれば年相応のどこにでもいる愛らしい少女だった。ただ、この瞬間が訪れるまでは________
「ねぇ!おじさんはこの赤ちゃんどこから持ってきたの?」
「え?ああ、この赤ちゃんはおじさんの孫だ。可愛いだろう?」
「それにお嬢ちゃん、赤ちゃんは持ってくるんじゃない、連れてくるってのが正しい言葉だ」
本当に子供なんだな。まだ言葉の扱いも怪しい少女に重役を任せるだなんて、どこの判断なんだろうか。大方、どこかの金に目が眩んだオヤジの権力闘争に巻き込まれての事だろうな。
すると、目を離した隙に赤ん坊を抱き抱えようと手を伸ばしてきた。まずい。直感的にそう感じた。少女の目が、何故だかその一瞬だけ、赤ん坊に向けていた嬉々としたものからまるで気色の悪い害虫でも見るかのようなものへと豹変したからであった。そう、だから反射的にそのゆっくり近づいてくる小さな小さな子供の手を、大きく振り払ってしまった。
当然、大人の手のひらで子供の柔らかい手を瞬発的だったとしても、平手で振り払えば凄まじい痛みを伴うだろう。やってしまった。絶望した。いくら、子供でも重役は重役。上司には変わらないのだ。それでいて、この子はこの年にしてその役目を担う時点でボスの血族には違いない。これほどの器量の悪さがあっても、その身分の者に対して先ほどのしくじりはもはや、己の命の心配だけでは済まされない。ましてや、たった今こうして実の孫として赤ん坊の素性を明かしてしまった次第だ。状況は絶望的だった。まずいぞ、まずいぞ、まずいぞ。このまま最悪な事態になれば、きっと一族諸共消される。
どうにかしなければ、せめて娘夫婦だけでも生かしてやれば。子供は末子だが男であるこの子だけでも生き延びさせれば上々か。いやでも____
「んふふふふ」
「こんなんに引っかかるくらいの奴が、幹部候補?」
唇をゆっくりひきあげて笑う少女の冷たく響く弾む声は、苛立った心を鎮めるために必死に平静を装っているようだった。
「ぁああ………偉いわね、あなたこの赤ちゃんと自分の家族の命だけでもどうにかしなきゃ〜〜‼︎って今考えてる?」
「んん〜____素敵!いいわね…家族の絆はとっても尊いものだわぁ」
先程までの無垢でお世辞にも賢いとは言えない少女の面影はもうどこにもなかった。おかしい、普段ならよく笑い、優しく、温厚な子供だと聞いていたんだが。
「で?実の家族の為にてめぇはファミリーを捨てたっつう事か?」
「は?」
突然、先ほどまでの純真無垢な少女がまるで死んだかのように、否、別人が乗り移ったかのような言葉遣いに声色、表情、雰囲気全てが変わっていた。
「いや、違うな……てめぇ実の子供や妻に薬の売人させてたんだっけな?」
「詰めが甘いな、腐れ外道め……んふふふふふ」
子供の滑舌による可愛らしい言葉が唸るように少女の小さな唇から悍ましい程の重低音となって発せられた。言い切る時にはその寸前まで温かく柔らかな笑顔を見せていた表情はどこにもない。ただ、低い声に言葉の異様なまでの威圧感から怒っているという事がかろうじて伝わった。
「なぁジジイ、見透かされてるってまだ気づかねえか?」
「お前は今日、死ぬ。もちろん、妻も娘もその夫もこの赤ん坊の姉弟も。全員だよ」
「だが、……まずその前に薬漬けにされて機能してない脳みそをすすいでやろうか!____おい、水責めだ。そこの水槽持ってこい」
そう少女が一声かければ、先ほどまで2人きりだった室内に、大柄のスーツ姿の男が10人ほど入ってきた。
ああ、これが破滅か________
「手短に終わらそうな!」
「……じゃ、思いっきり息を吸って〜もっと、長く長____」
ゴボゴゴゴゴボゴボゴボ
水面に湧き立つ、無数の泡がやけに汚しく見えた。
「さぁ、顔を水で綺麗にすすいで指も汚いところは全部切り落としたんだ……尋問の時間にするか!__それとも泥水でマウスウォッシュでもしとくか?」