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第八話
朝、 あまりの眠さに今にも目が閉じてしまいそうな中、 私はゆったりとの空を眺めていた。 そんな頃合いに、少納言の君が息を切らせて私の前へ とやってきた。 その手には一つの文が握られている。 おそらくは······ 式部卿の宮様の姫君のことだろう。
「どうしたの、 少納言。 もしかしなくても、式部卿の宮様の姫君からのこと?」
「はい! 式部卿の宮様の姫君から、 御文が届きました!」
思ったよりも返事が早いわね。さすがはお兄様の北の方候補、 礼儀がしっかりしていらっしゃるわ。
中を確認してみれば…よし、 明日我が家へ来てくださるそうだ。 今のところは前向きに考えてくれているようで安心したわ。
「少納言、下がって良いわ。 代わりに命婦を呼んできてくれる? ちょっと話があるから」
「はい、分かりました。 五の宮様」
少納言の君がすぐに下がってくれたので、 私は命婦がやってくるまでの間、あの姫君のことを考えることにした。 そういえば、 我が家の庭に咲く朝顔が美しかった からと、 朝顔を添えて和歌を贈ったところ、 彼女はそれは素晴らしい和歌を返してくれたのだ。 だから、これからは仮に 「朝顔の君」とでも呼んでおこうかしら。 毎回、 式部卿の宮様の姫君、 と呼ぶのはあまりに長くて面倒だもの。
「宮様。 お呼びでございますか、 どうなさいました」
そこへ命婦が入ってきた。
「ん......。 まずは朝餉を持ってきてちょうだい。 話はそれからよ」
私の言葉に、命婦が一瞬、あからさまに呆れたような顔をした気がする。 話があると言って呼び出しておきながら、開口一番に「ご飯を持ってこい」と言われた ら、さすがに落胆するかもしれないとは思うけれど。
やがて、部屋の中に朝餉のあたたかい湯気がふわりと漂ってきた。
「あ・・・・・・ 命婦、ありがとう。 では、ここからが本題よ」
「はあ......」
命婦が私たちと親しい間柄なのは分かっているけれど、仮にも女房なのだから、 私の面と向かってあからさまにため息をつくのはやめて欲しいものだわ。
命婦への用件を話し終えると、私はすぐに彼女を下がらせた。 あらかじめ、 誰にも会話を聞かれないように周囲の者たちもすべて下がらせておいたのだ。命婦は話を 聞いている間、あからさまに 「またですか」といった顔をしていたけれど、 そうなのだ、 またなのだ。 私はあの今上の愚帝の動向を探るよう、 命婦に命じたのであ る。 幸いなことに、命婦の妹はあの愚帝の寵愛を受けている女房の一人だった。 そこを足がかりにして内裏の情報を探らせているのだ。 風の噂では、その妹君も 愚帝のことは心の底から嫌っているらしいのだが、 表向きは従順な振りを装って、 上手いこと情報を集めてくれているらしい。
「五の宮。 少しよろしいですか」
人払いを終えた部屋の御簾をくぐって入っていらしたのは、お母様だった。
「お母様。 いかがなさいましたか」
「・・・・・・民からの貢物が届いたのです。 それ自体はよくあることなのですが、その中に、見事な瑠璃の器が混ざっておりましてね。一介の民がこれほど高貴なものを持 っているはずがないと不審に思いつつも、気になったので下男に命じて持ってこさせたのです。......そうしたところ、器に毒でも塗られていたのでしょうか。 その下 男が器を持ち上げてしばらくした途端、 急に倒れてしまったそうなのです。 その後、不用意にその器に触れてしまった者たちも、次々に倒れてゆき・・・・・・。 民の衣をま とった刺客が、 私たちの周囲にまだ潜んでいるやもしれません。 あなたもくれぐれも気をつけてくださいね」
「そんな、嘘 倒れたという方々は、無事なのですか? もう回復なさったのですか?」
「ええ・・・・・。 なんとか一命は取り留めたのだけれど、まともに体が動かなくなってしまい、もう働くことは難しいかもしれないということで、 皆、暇を出して家に 帰っていきましたわ」
一刺客、 ねえ。 一体どこの誰が、 我が家にそれほどの敵意を向けているのかしら。 随分と命知らずな奴がいたものだわ。 私の大切な家族の命を脅かそうとす る不届き者は、それが誰であれ、本気で生かしておくつもりはないからね、 私は。
「五の宮? そんなに怖い顔をしないでちょうだい。 その貢物を持ってきた刺客なら、すでに捕まえて検非違使に渡しましたから、もう安心なさいませ」
お母様 は何でもないことのように微笑んだ。 ひとまず実行犯が片付いたのは良かったけれど、これで終わりとは限らないわ。 背後にいる黒幕が誰であれ、この後も第二、 第三の刺客を放ってくるかもしれない。 我が家の防衛のためにも、ここからは本気で警護を固めさせなくてはね。
「それで、 兵部卿の宮のお相手となる姫君は、無事に決まったのですか?」
お母様が思い出したように尋ねてこられた。
「ええ。 昨日、式部卿の宮様の姫君に私とお姉さまで文をお送りいたしましたの。 そうしたところ、 今朝早くに大変素晴らしいお返事が届きまし我が家へお越 しくださることを快諾してくださいましたわ。 あとは明日、 お兄様がご自身の目でそのお人柄を確かめ、お気に召すかどうかですわね」
「まあ、それは良うございました。 式部卿の宮様の姫君なら、 身分も教養も申し分ありませんものね」
お母様もようやく心からの笑顔になり、 我が家の素晴らしい未来を予感して、とても嬉しそうに目を細めていらした。
読んでくれてありがとね!