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第9話:歪みを穿つ烈風(ガミジン戦・決着)
タヌキ
第9話:歪みを穿つ烈風(ガミジン戦・決着)
「まだ、終わってねえよ」
俺は不敵に笑い、ガミジンに向かって再び右拳を限界のさらに奥まで引き絞った。
「往生際の悪い羽虫だ。その貧弱な風で、この歪んだ空間のすべてをどうにかできるとでも思ったか!」
ガミジンが不快そうに顔を歪め、俺の周囲の空間を完全に押し潰そうと魔力を集中させる。
上下左右がねじ曲がり、立つことすらままならない混沌とした世界。
だが、今の俺の目には、ガミジンしか映っていなかった。
(能力じゃない。厳十郎さんの言った通り、俺の肉体そのものを一つの巨大なバネにするんだ……!)
足の裏で、歪んだ大地の感覚を掴む。
背筋を伸ばし、腰を落とし、腹、肩、腕、そして右拳へと、筋肉の一生分を前借りするような凄まじい勢いで全身のエネルギーを連動させていく。筋トレで限界まで鍛え上げた肉体が、悲鳴を上げながらもガチリと一本の「軸」として噛み合った。
手のひらの一点へ、すべての空気と衝撃を――シュッと集める。
「消え失せろ、神凪 迅!!」
ガミジンが空間を引き裂く最大の闇の刃を放ってきた。
それと同時に、俺は溜め込んだすべての力を解放し、全力の正拳突きを突き出した。
「パンッ、じゃねえ……。これが、俺たちの全力だぁぁぁッ!!!」
―――ゴォォォォォォォォンッ!!!!!
破裂音なんてチャチなものじゃない。
まるで世界そのものが破裂したかのような、大地を激しく揺るがす轟音が玉座の間に鳴り響いた。
俺の拳から放たれたのは、超高圧の塊――目に見えない『衝撃の巨杭』だった。
ガミジンは慌てて空間を歪め、その衝撃波を別の方向へ受け流そうとする。
だが、次の瞬間。
パキィィィィィン!!! と、まるでガラスが割れるような凄まじい音が空間に響き渡った。
「なっ……ば、馬鹿な!? 空間が……私の歪めた空間が、圧力に耐えかねて砕けていく、だと……!?」
ガミジンが驚愕のあまり目を剥いた。
ねじ曲げようとした空間そのものが、迅の放った圧倒的な衝撃の圧力に耐えきれず、真っ二つにひび割れて粉砕されたのだ。理不尽な超能力が、純粋な破壊力によって力技でへし折られた瞬間だった。
「あり得ん……! ただのDランクの風が、空間そのものを叩き潰すなど、あってはならんんんッ!!!」
空間の盾を完全に失ったガミジンの胸元へ、烈風の巨杭が真っ直ぐに突き刺さる。
―――ドッバァァァンッ!!!!!
「ぎゃあああああああああああああっ!!!!!」
ガミジンの胸の核(コア)が真っ向から粉砕され、奴は耳を劈く絶叫を上げながら吹き飛んだ。
空間能力が完全に解除され、ねじ曲がっていた世界が元の玉座の間へと戻っていく。
ガミジンの巨体はみるみるうちに黒い霧へと変わり、ボロボロと崩れ去っていった。
最期に、奴は血走った目で俺を睨みつけ、呪詛のような言葉を吐き出す。
「覚えておくがいい、羽虫ども……。三魔神の残りの2体、そして魔皇ゼノン様は……私の比ではないぞ……。お前たちは必ず、魔界の藻屑となるのだ……!」
ガミジンはそう言い残し、完全に消滅した。
後に残されたのは、粉々に吹き飛んだ玉座の間と、静寂だけだった。
「はぁ……はぁ……はぁ……っ!」
右腕の感覚が無い。全身の筋肉がちぎれそうなほど痛む。
だけど、俺は立っていた。腕は一本も壊れちゃいない。
「おい、マジかよ……。空間ごとガミジンを殴り倒しやがった……」
倒れていたレンが、呆然としながらも嬉しそうに呟く。
「……呆れた。本当に、ただの暴力ね」
氷華もまた、膝をつきながらも、フッとその綺麗な口元を誇らしげに緩めた。
「そよ風くん……ううん、烈風くん、やるじゃん……」
「ウチらの爆弾よりエグいの。お祝いにアメあげる」
双子も目を丸くしながら、完全に俺の実力を認めた目で駆け寄ってくる。
恩師を殺した宿敵【魔皇ゼノン】へと続く、最初の一歩。
俺たちの『烈風』は、ついに最初の三魔神を撃破した。
ーーガミジンを倒し、ふたたび転移門をくぐって戻ってきた『極上地獄門』。
魔界の禍々しい空気から一転して、肌を刺すような極寒の猛吹雪が、今はどこか懐かしく感じられた。
ボロボロの身体を引きずりながら木造の小屋の扉を開けると、そこにはいつも通り、こたつから毛布を被ってガタガタと震えている厳十郎さんの姿があった。
「ヒェ〜〜……おぬしら、やっと帰ってきたか。遅いぞ、儂は寒さで餓死するかと思ったわい。ほら、早くこたつに入りなされ」
「ただいま戻りました、先生。……三魔神ガミジン、完全に討伐いたしました」
氷華が直立不動で報告すると、ジジイは鼻水をすすりながら、濁った瞳をすっと細めてふがふがと笑った。
「ほう、よくやったのう。神凪の小僧、おぬしの拳の音、ここまで響いておったぞ」
ジジイはそう言うと、こたつの上に、湯気が立ち上る大盛りのお鍋とご馳走をドンと並べた。
「おぉっ! ジジイ、今日は豪華じゃん! ウチらの大好きな肉がいっぱい!」
「ポテチ以外の本物のご飯、久しぶりなの」
双子の妹たちが目を輝かせて真っ先にこたつへ滑り込む。レンも「お疲れ、迅!」と俺の肩を叩きながら、嬉しそうに箸を手に取った。
「ほら、神凪。あなたも早く座りなさい。ボロボロの身体で突っ立ってると、見ているこっちが疲れるわ」
氷華が少しだけぶっきらぼうに、でも俺の分の座布団をトントンと叩いて席を空けてくれる。
皆で囲むこたつと、温かい鍋。
さっきまで命がけの死闘を繰り広げていたのが嘘のような、優しくて穏やかな時間が流れていく。
肉を口に運ぶと、筋トレと激闘で飢えていた細胞に染み渡るように美味かった。
「……美味い。生きて帰ってこれて、本当によかった」
ぽつりと溢した俺の言葉に、レンが「あったりまえだろ、俺たちが負けるわけねえじゃん」とニヤリと笑う。
すると、肉をバクバクと食べていたゴスロリ姿の姉が、箸をピタッと止めて俺を真っ直ぐに見つめてきた。隣のパンク姿の妹も、じっと俺を見ている。
「……な、なんだよ」
「んー、まぁ、アンタのあの『烈風』? あれはちょっとだけ認めまくってあげてもいいかなって」
姉がぷいっと顔をそらしながら、少し照れくさそうに口を開いた。
「そうなの。空間ごと大ボスをボコボコにするなんて、ウチらもびっくりなの。だから、もう『そよ風くん』って呼ぶのはやめてあげる」
妹がそう言うと、姉が胸を張ってドヤ顔を決める。
「ウチらは強い奴にしか名乗らない主義だからさ! ウチは姉の甘楽琥珀(かんらこはく)! アメのAランク能力者!」
「ウチは妹の甘楽風船(かんらふうか)。ガムのAランク。……よろしくね、迅」
二人が初めて、俺をあだ名ではなく名前で呼んでくれた。
「……俺は神凪 迅。よろしくな、琥珀、風船」
俺が名乗り返すと、琥珀は「ま、足引っ張ったらまたザコって呼ぶからね!」と笑い、風船は俺の皿にそっと高級そうなアメを1つ置いてくれた。それを見たレンが「お、お近づきの印か? 良かったな迅!」とはやし立て、氷華も小さくフッと微笑んでいる。
楽しい宴が一段落し、みんなが満腹でこたつでうたた寝を始めた頃。
お茶をすすりながら薪ストーブの炎を見つめていた厳十郎さんが、ふと、俺の方を真っ直ぐに見据えた。
その片目がすっと鋭く見開かれ、伝説の隠者としての覇気が静かに居間を満たす。
「神凪の小僧よ。おぬし、ガミジンの空間を力技で叩き潰したそうじゃな」
「ええ。厳十郎さんの教えてくれた体の使い方があったから、引き出せた一撃です」
「左様か。だが……おぬしの今の『烈風のインパクト』は、いわば肉体の全エネルギーをただ一本の太い杭にして放っているだけじゃ。威力は凄まじいが、大ボスの残りの2体、そして魔皇ゼノンにはそれだけでは通用せん」
ジジイの言葉に、俺の背筋がピシッと伸びる。
「……どうすればいいですか?」
厳十郎さんはニヤリと不敵に笑い、湯呑みを置いた。
「おぬしの『風』という能力は、もっと自由であるはずじゃ。一点を穿つ杭だけでなく、刃にも、弾丸にも、あるいは城をも包む大嵐にもなれる。……どうじゃ小僧、儂と共に、新しい技を作らないか?」
新しい、技――。
その言葉を聞いた瞬間、俺の胸の奥の炎が、昨日よりも激しく燃え上がるのを感じた。
ただの一発に全てを賭ける落ちこぼれのそよ風じゃない。世界の頂点をぶち抜く、俺だけのオリジナル必殺技だ。
「――はいっ! お願いします!」
窓の外では相変わらず猛吹雪が荒れ狂っている。
だが俺たちの心には、次なる進化への熱い烈風が吹き荒れていた。