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マレウスとエースの交際が学園中にバレてから、赤いがおがおドラコーンくんをエースが持ち歩くまで
エースにとっての悲劇は、食堂でとうとつに起こった。
「なあ、マレウスは──」
マレウスを呼び捨て。失態に気づいたエースの口は、言葉の途中で閉じられた。
マレウスとデュースは驚いて、大きく開いた目でエースを見た。
あのドラコニアに失礼な口を聞かないように、と願っていた周囲の者たちもエースを凝視した。
エースたちを中心に静まる一画。幸運にも遠くにいて聞こえないでいた者たちの喧騒が、いつもより遠くに感じる。
「すんません」
先に口を開いたのはエースだった。
恐々と観察する周囲をよそに、マレウスは目を細めて「ふっ」と笑う。
「構わない。むしろもっと、そう呼んでほしい。二人だけのひみつもいいが、そろそろ認知されたかったからな」
「にんち?」
何も察せないデュースの疑問。やめろ聞くなと無言で訴える周囲。願いもむなしく、マレウスは機嫌よく答える。
「僕とエースは、恋人同士だ」
名前呼びされたエースは叫ぶ。
「ちょっとは誤魔化そうと思わないの!?」
とうとう周囲に認知されてしまったエースは、真っ赤な顔を手で覆った。
ホットニュースはたった数十分で学園中に広まった。
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「やっぱ男なら、一度はかわいい女の子のおっぱいに挟まれてみたいよな〜!」
「わかるわ。あの二つの膨らみに顔を埋めながら、後ろにも押しつけられたい」
「サンドイッチされてえの!? すげー変態じゃん!」
「でもそれ、わかるわ! 男のロマンだよなあ」
「ほう。それがお前のロマンか」
廊下のすみで盛り上がっていた低俗な話題に、冷たい声がかぶさった。
ピシリと固まる空気。エースはおそるおそる振り向く。予想通り、恋人のマレウスがいた。
王族の恋人に猥談をふっかけた不届き者と思われたくないクラスメイトたちは、そそくさとエースを置いて逃げていく。
冷や汗をダラダラ流しているエースに、マレウスは告げる。
「ローズハートに外泊届けを出せ。今夜、僕の部屋に泊まりに来い」
「はい」
そして夜。竜の巣穴に入っていったエースに待ち受けていたものは。
「よく来たな、僕たちの愛おしい恋人」
「かわいい僕たちが、お前のロマンを叶えてやろう」
「増えてるー!!」
魔法薬で二人に増えたマレウスだった。
肉体的にも精神的にも濃密な夜を過ごして、翌朝。二人のマレウスにたっぷり愛されたエースは、一人に戻ったマレウスの寝顔を見て決心する。恋人を挑発しかねないロマンは二度と言わないと。
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毎月やってくる、新月の夜。魔力を吸収してくれる月が完全に隠れて、マレウスは膨大な魔力を持て余していた。
いつもはさほど驚異ではないはずなのだが、不運にも今日は調子が悪かった。人形態のまま、意図せず尻尾が生え、耳の色も形も、竜に変わっている。
黒い爪も鋭いものに変わり始めた頃。扉からノック音がした。
立ち入り禁止のはずだ。不審者の気配に、一気に警戒心が増す。低い声を出す。
「誰だ」
扉を開いてきたら炎を吐くつもりで身構えていると、扉の向こうから声がした。
「アンタの恋人ですよ。開けていいですよね。つーか開けるわ」
開かれた扉の隙間から、エースの顔が見えた。
「入っていいでしょ? マレウス」
「……許す」
口の中に込めていた炎の気配は、もう消してある。
入室したエースは扉を閉める。ベッドに近づき、乗り上がろうとした瞬間。大きな手がエースを引きずり込んだ。
「エース……」
爪を当てないよう注意しながら、マレウスはエースを組み敷く。くちびるを深く重ねる。エースが発狂しない程度に、魔力をゆっくりと送り込む。
送れた魔力は微々たるものなのに、エースに触れているだけで、ずいぶんと楽になれた。
くちびるを解く。ため息を深くつきながら、エースの上で脱力する。伏せた顔は、エースの顔の真横に落ち着いた。
二人のマレウスだけでは飽き足らず、今度はマレウスとベッドに思いきりサンドイッチされたエース。「ぐえ」とうめいた後、抗議する。
「重いんだけど!?」
「もう少し、このまま……」
「……病人じゃなかったら剥がしてるとこだからな」
「ははは。恐れ知らずなやつだ」
「はあ……スマホくらい持ち歩いといてくださいよ。すぐにお助けメッセージ送ってくんなきゃさあ、こんな土壇場になんないと助けらんないじゃん」
「あれは苦手だ」
「ドラコーンは大事にしてるくせに……」
文句を言いながら、エースはマレウスの耳を指でいじる。いつもの尖った耳に戻っていた。
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抽選の戦いの果てに、ついに手に入れた、がけもライブチケット。
何かと理由をつけて、マレウスから借りたばかりの、マレウスのがおがおドラコーン。
以前から持っていた新品の、復刻がおがおドラコーン。カラーは赤だ。
これら三点を、エースは上着のポケットにまとめて入れる。歩くとガチャガチャと音がした。機械同士──うち一つは借り物だ──をぶつけるのはよくないと思い、借り物のほうを別のポケットに入れ直した。
目指すはイグニハイド寮。
「お願いしますイデア先輩! このチケットをあげますので、このがおがおドラコーンたちにチャット機能を付けてください!」
まずイデアはチケットを確認した。
本物だが、席の位置が最悪だった。三百六十度の観客席の中には、とうぜんアイドルたちがまったく見えない位置がある。しかもメインステージが柱で完全に隠れてしまう位置。一番安い席に応募したのは確実だ。
なじろうとしたが、やめた。二つのオモチャにチャット機能を付けるなど簡単すぎる。チケットの値段的に、報酬に見合う依頼と言えた。
イデアはエースに質問する。
「チャットってことは、ネットでつながりたいの?」
「はい。いつでもメッセージが送れるように」
「この二つのオモチャ限定?」
「その二つの間だけでお願いします。トランシーバーみたいな? あ、あと操作は複雑にならないように」
「そうなると、あまり文字数が送れないよ。ボタンもたった四つしかないし。この画面だと、せいぜい八文字がいいとこ」
「それでいいです。おはよう、とか、こんにちは、とか、そのくらいの文字が打てるだけでいいんで」
「へえ……」
いじらしい。
いくら一番安い席とはいえ、競争率の高いチケットだ。それを苦労して手に入れてまで、やってほしい依頼内容は、とてもいじらしいものだった。
リア充は嫌いだが、親しい者には当てはまらない。
「いいよ。すぐにできる。明日、オルトに届けるようにお願いしとく」
「よっしゃあ! お願いします!」
「スマホも使えない恋人を持つと苦労しますなあ」
「そ! そんなんじゃないですって! すぐに連絡が取れないのって不便なんですよ!」
捨てゼリフを吐いて、エースはイデアの部屋から出ていった。
残されたイデアはつぶやく。
「連絡、ねえ」
一言程度のあいさつだけで済まされる連絡など、あるわけがないのに。