公開中
声をなくした少年③
「僕も……歌ってみたいな」
そう呟いた夜から、瑛人は少しずつ変わり始めた。
誰もいない部屋。
ドアを閉めて。
布団をかぶって。
小さな声で歌う。
最初は恥ずかしかった。
自分の声も嫌いだった。
録音して聞き返すたびに落ち込んだ。
「気持ち悪い声……」
「下手だな……」
録音ボタンを押しては消し、押しては消した。
何十回も。
何百回も。
学校では相変わらずだった。
陰口はなくならない。
教室も苦しい。
笑うことも減った。
でも以前と違うことが一つだけあった。
夜になると、楽しみがあった。
配信を見ることだった。
その配信者の名前は――莉犬。
赤い髪が印象的な配信者だった。
元気いっぱいで。
明るくて。
画面の向こうではいつも笑っている。
でも時々。
ふとした瞬間に見せる言葉が妙に重かった。
ある日の配信だった。
莉犬が言った。
「みんなさ、自分のこと嫌いになっちゃう時あるよね」
コメント欄が一気に流れる。
『ある』
『毎日』
『つらい』
莉犬は少し笑った。
そして言った。
「俺もあるよ」
瑛人は驚いた。
こんなに人気があって。
こんなに笑顔で。
たくさんの人に愛されている人でも。
そんなこと思うのか。
「でもね」
莉犬は続けた。
「自分が自分を嫌いでも、誰かはきっと好きでいてくれるから」
その言葉が胸に刺さった。
瑛人は思わず涙を拭いた。
その夜。
瑛人は初めて勇気を出してコメントを書いた。
『学校つらいです』
送信ボタンを押した瞬間、後悔した。
変なことを書いたかもしれない。
無視されるかもしれない。
しかし数秒後。
莉犬がコメントを読んだ。
「学校つらいのかー」
瑛人の心臓が止まりそうになった。
「毎日頑張って偉いじゃん」
涙が滲む。
「今日も来てくれてありがとね」
それだけだった。
たったそれだけ。
でも瑛人には十分だった。
誰かに認めてもらえた気がした。
生きていていいと思えた。
その日から歌の練習を始めた。
毎日。
毎日。
喉が痛くなるまで。
泣きながら歌う日もあった。
自信をなくす日もあった。
それでも続けた。
ある夜。
瑛人は配信アプリで歌を投稿した。
聞いている人はたった一人。
二人。
三人。
それでも嬉しかった。
数日後。
見知らぬアカウントからメッセージが届く。
「歌を聴いて元気が出ました」
その文章を見た瞬間。
瑛人の目から涙が落ちた。
スマホの画面が滲む。
「僕なんかが……?」
何度も読み返した。
昔の自分を思い出した。
暗い部屋で泣いていた自分。
誰かの言葉に救われた自分。
そして今。
自分の言葉で救われた人がいる。
その日の夜。
配信を開くと莉犬が話していた。
「辛かった過去って消えないんだよ」
優しい声だった。
「でもさ、無駄にはならない」
コメント欄が流れる。
莉犬は続けた。
「過去に泣いた人は、誰かの涙を理解できるから」
瑛人は画面を見ながら泣いた。
自分の傷。
孤独。
苦しみ。
全部意味があったのかもしれない。
そう思えた。
配信が終わった後。
瑛人はノートを開いた。
震える手で書く。
「いつか僕も、人を救える歌を歌いたい。」
その文字を見つめながら、小さく笑った。
昔なら書けなかった夢だった。
でも今は違う。
少しだけ信じられる。
自分の未来を。
そして数年後。
その夢は、想像もしなかった形で叶うことになる。
だがその前に。
瑛人には人生最大の試練が待っていた。
本当の自分を隠し続けることに、限界が近づいていたのだ――。
読んでくれてありがとう