公開中
声をなくした少年②
中学二年生になった瑛人は、毎日が苦しかった。
朝、目が覚める。
時計を見る。
午前六時三十分。
その数字を見た瞬間から胸が重くなる。
「学校だ……」
ただそれだけで息が詰まった。
布団から出たくない。
目を閉じて、このまま時間が止まればいいのにと思った。
でも止まらない。
世界は残酷なほど普通に進んでいく。
朝食の席。
母は明るく話しかける。
「今日、給食カレーなんだってね」
「うん」
「楽しみ?」
「うん」
また嘘をついた。
本当は給食の時間が一番嫌いだった。
みんなで机をくっつけて食べる時間。
自分だけ輪に入れない時間。
笑い声が聞こえるたびに、自分だけ別の世界にいる気がした。
学校へ向かう途中。
瑛人は何度も引き返したくなった。
でも無理だった。
母に心配をかけたくない。
だから無理やり足を動かした。
教室の前に着く。
手が震える。
ドアを開ける。
すると何人かが瑛人を見て笑った。
本当に自分のことを笑ったのかは分からない。
でも瑛人にはそう聞こえた。
もう心は限界に近かった。
その頃の瑛人には秘密があった。
誰にも言えない秘密。
鏡を見るたびに感じる違和感だった。
自分自身なのに、自分じゃないような感覚。
みんなが普通に生きている姿を見るたび苦しくなる。
でも言えなかった。
言ったら嫌われる。
変だと思われる。
今よりもっと孤独になる。
そう思っていた。
だから全部隠した。
苦しみも。
涙も。
本当の気持ちも。
全部。
夜になると部屋に閉じこもる。
誰にも見られないように泣いた。
枕に顔を押し付けて声を殺した。
「なんで……」
何度も呟く。
「なんで僕だけ……」
答えてくれる人はいなかった。
ある日のこと。
体育の授業があった。
瑛人は体育が嫌いだった。
周りの何気ない言葉が胸を刺した。
みんなは冗談のつもりだった。
でも瑛人にとっては違った。
笑われるたび、自分が否定されている気がした。
授業が終わる頃には顔色が真っ白になっていた。
保健室に行った。
先生が優しく聞く。
「大丈夫?」
瑛人は無理やり笑った。
「大丈夫です」
本当は全然大丈夫じゃなかった。
助けてほしかった。
誰かに分かってほしかった。
でも言葉にならなかった。
その夜。
瑛人はベッドの上でスマホを見ていた。
心が苦しくて眠れない。
涙が止まらない。
そんな時だった。
偶然、とある歌配信が流れてきた。
優しい声だった。
強くて。
温かくて。
どこか傷を知っているような声。
瑛人は画面を見つめた。
コメント欄には、
「救われた」
「ありがとう」
そんな言葉が並んでいた。
配信の最後。
歌い手が静かに話し始めた。
「今苦しい人へ。」
瑛人の指が止まる。
「君は弱くないよ。」
胸が苦しくなる。
「今までよく頑張ったね。」
涙があふれる。
「生きていてくれてありがとう。」
その瞬間だった。
瑛人の中で何かが崩れた。
張り詰めていた糸が切れた。
スマホを抱えて泣いた。
何十分も。
何時間も。
泣き続けた。
ずっと誰かに言ってほしかった。
「大丈夫」
その一言を。
ずっと。
泣き疲れた頃。
瑛人は小さく呟いた。
「僕も……歌ってみたいな」
その言葉が、すべての始まりだった。
まだこの時の瑛人は知らない。
何年も後。
自分の歌を聴いて涙を流す人が現れることを。
そして、自分と同じように傷ついた誰かを救う存在になることを。
暗闇の中で見つけた小さな光は、
静かに瑛人の未来を照らし始めていた。
第三章予告
瑛人は初めて自分の声を録音する。
しかし、その声を聞いた瞬間、彼は深く傷つくことになる。
「こんな声じゃ無理だよ……」
夢を諦めかけた瑛人に訪れる、新たな試練とはーーー。