自分を押し殺して生きてきた少年が歌を聴き、自分が届ける側になる物語です。
③から莉犬くんが出てきます。
生き別れ兄弟です。
BLではありません。
続きを読む
読み方
1話ずつ表示します。
閲覧設定
名前変換設定
この小説には名前変換が設定されています。以下の単語を変換することができます。空白の場合は変換されません。入力した単語はブラウザに保存され次回から選択できるようになります
1 /
目次
声をなくした少年①
雨の日だった。
小学四年生の瑛人は、教室の窓から外を見ていた。
楽しそうに話しているクラスメイトたち。
笑い声。
友達同士の会話。
でも、その輪の中に瑛人はいなかった。
「ねぇ、なんであいついつも一人なの?」
後ろから聞こえた声に、瑛人の肩が震えた。
聞こえないふりをした。
慣れていたからだ。
小さい頃から周りと少し違うだけで、いろんなことを言われてきた。
自分でも説明できない苦しさを抱えていた。
でも誰かに話したところで、分かってもらえない。
そう思っていた。
家に帰ると、ランドセルを投げるように置いた。
母が心配そうに聞く。
「学校どうだった?」
瑛人は笑った。
「楽しかったよ」
嘘だった。
本当は全然楽しくなかった。
でも心配をかけたくなかった。
母が振り返った瞬間、瑛人は下を向いた。
目に涙が浮かんでいた。
夜になると、布団の中で天井を見つめる。
静かな部屋。
時計の音だけが響いている。
その時だけは、本当の自分と向き合わなければならなかった。
「なんで僕なんだろう」
誰に言うでもなくつぶやく。
答えは返ってこない。
そのまま泣きながら眠る日が増えていった。
中学に入った。
「ここなら変われるかもしれない」
そう思っていた。
でも現実は違った。
最初は普通だった。
けれど少しずつ噂が広がった。
悪口。
陰口。
からかい。
そして無視。
教室に入るだけで胃が痛くなった。
朝になると吐き気がする。
学校へ向かう足が動かない。
それでも頑張って通った。
「弱いと思われたくない」
その一心だった。
ある日の昼休み。
机の中に紙が入っていた。
開くと大きな文字で書かれていた。
「消えろ」
瑛人の手が震えた。
周りを見る。
何人かが笑っていた。
犯人は分からない。
でも誰がやったかなんて関係なかった。
その瞬間、自分が本当に嫌われていることだけが伝わってきた。
家に帰ると、部屋の鍵を閉めた。
バッグを床に落とした。
そして初めて声をあげて泣いた。
「もう嫌だよ……」
涙が止まらない。
呼吸も苦しい。
胸が痛い。
世界中で一人ぼっちになった気がした。
その夜だった。
眠れずにスマホを見ていた時。
おすすめ動画に一つの配信が流れてきた。
歌だった。
顔も知らない誰かが歌っていた。
だけどその歌声は不思議だった。
優しくて。
温かくて。
まるで自分の傷を知っているみたいだった。
陽斗は画面を見つめた。
そして配信者が最後に言った。
「今つらい人へ。
今日を生きただけでも偉いよ。」
その瞬間。
瑛人の涙があふれた。
誰も言ってくれなかった言葉だった。
ずっと欲しかった言葉だった。
画面の向こうの知らない人が、初めて自分を認めてくれた気がした。
次の日も学校はつらかった。
でも昨日とは少し違った。
家に帰ればあの歌がある。
そう思えた。
少なくとも完全な一人じゃなかった。
いつしか瑛人は歌うようになった。
誰もいない部屋で。
小さな声で。
苦しさを吐き出すように。
泣きながら歌う日もあった。
声が枯れるまで歌う日もあった。
すると不思議なことに、少しだけ心が軽くなった。
歌だけが、唯一の居場所になった。
しかし瑛人はまだ知らなかった。
数年後。
その歌が。
自分自身を救うだけではなく。
何万人もの人の涙を止めることになるなんて。
そして彼が、人生を変える大きな決断をする日が来る
読んでくれてありがとう
声をなくした少年②
中学二年生になった瑛人は、毎日が苦しかった。
朝、目が覚める。
時計を見る。
午前六時三十分。
その数字を見た瞬間から胸が重くなる。
「学校だ……」
ただそれだけで息が詰まった。
布団から出たくない。
目を閉じて、このまま時間が止まればいいのにと思った。
でも止まらない。
世界は残酷なほど普通に進んでいく。
朝食の席。
母は明るく話しかける。
「今日、給食カレーなんだってね」
「うん」
「楽しみ?」
「うん」
また嘘をついた。
本当は給食の時間が一番嫌いだった。
みんなで机をくっつけて食べる時間。
自分だけ輪に入れない時間。
笑い声が聞こえるたびに、自分だけ別の世界にいる気がした。
学校へ向かう途中。
瑛人は何度も引き返したくなった。
でも無理だった。
母に心配をかけたくない。
だから無理やり足を動かした。
教室の前に着く。
手が震える。
ドアを開ける。
すると何人かが瑛人を見て笑った。
本当に自分のことを笑ったのかは分からない。
でも瑛人にはそう聞こえた。
もう心は限界に近かった。
その頃の瑛人には秘密があった。
誰にも言えない秘密。
鏡を見るたびに感じる違和感だった。
自分自身なのに、自分じゃないような感覚。
みんなが普通に生きている姿を見るたび苦しくなる。
でも言えなかった。
言ったら嫌われる。
変だと思われる。
今よりもっと孤独になる。
そう思っていた。
だから全部隠した。
苦しみも。
涙も。
本当の気持ちも。
全部。
夜になると部屋に閉じこもる。
誰にも見られないように泣いた。
枕に顔を押し付けて声を殺した。
「なんで……」
何度も呟く。
「なんで僕だけ……」
答えてくれる人はいなかった。
ある日のこと。
体育の授業があった。
瑛人は体育が嫌いだった。
周りの何気ない言葉が胸を刺した。
みんなは冗談のつもりだった。
でも瑛人にとっては違った。
笑われるたび、自分が否定されている気がした。
授業が終わる頃には顔色が真っ白になっていた。
保健室に行った。
先生が優しく聞く。
「大丈夫?」
瑛人は無理やり笑った。
「大丈夫です」
本当は全然大丈夫じゃなかった。
助けてほしかった。
誰かに分かってほしかった。
でも言葉にならなかった。
その夜。
瑛人はベッドの上でスマホを見ていた。
心が苦しくて眠れない。
涙が止まらない。
そんな時だった。
偶然、とある歌配信が流れてきた。
優しい声だった。
強くて。
温かくて。
どこか傷を知っているような声。
瑛人は画面を見つめた。
コメント欄には、
「救われた」
「ありがとう」
そんな言葉が並んでいた。
配信の最後。
歌い手が静かに話し始めた。
「今苦しい人へ。」
瑛人の指が止まる。
「君は弱くないよ。」
胸が苦しくなる。
「今までよく頑張ったね。」
涙があふれる。
「生きていてくれてありがとう。」
その瞬間だった。
瑛人の中で何かが崩れた。
張り詰めていた糸が切れた。
スマホを抱えて泣いた。
何十分も。
何時間も。
泣き続けた。
ずっと誰かに言ってほしかった。
「大丈夫」
その一言を。
ずっと。
泣き疲れた頃。
瑛人は小さく呟いた。
「僕も……歌ってみたいな」
その言葉が、すべての始まりだった。
まだこの時の瑛人は知らない。
何年も後。
自分の歌を聴いて涙を流す人が現れることを。
そして、自分と同じように傷ついた誰かを救う存在になることを。
暗闇の中で見つけた小さな光は、
静かに瑛人の未来を照らし始めていた。
第三章予告
瑛人は初めて自分の声を録音する。
しかし、その声を聞いた瞬間、彼は深く傷つくことになる。
「こんな声じゃ無理だよ……」
夢を諦めかけた瑛人に訪れる、新たな試練とはーーー。
声をなくした少年③
「僕も……歌ってみたいな」
そう呟いた夜から、瑛人は少しずつ変わり始めた。
誰もいない部屋。
ドアを閉めて。
布団をかぶって。
小さな声で歌う。
最初は恥ずかしかった。
自分の声も嫌いだった。
録音して聞き返すたびに落ち込んだ。
「気持ち悪い声……」
「下手だな……」
録音ボタンを押しては消し、押しては消した。
何十回も。
何百回も。
学校では相変わらずだった。
陰口はなくならない。
教室も苦しい。
笑うことも減った。
でも以前と違うことが一つだけあった。
夜になると、楽しみがあった。
配信を見ることだった。
その配信者の名前は――莉犬。
赤い髪が印象的な配信者だった。
元気いっぱいで。
明るくて。
画面の向こうではいつも笑っている。
でも時々。
ふとした瞬間に見せる言葉が妙に重かった。
ある日の配信だった。
莉犬が言った。
「みんなさ、自分のこと嫌いになっちゃう時あるよね」
コメント欄が一気に流れる。
『ある』
『毎日』
『つらい』
莉犬は少し笑った。
そして言った。
「俺もあるよ」
瑛人は驚いた。
こんなに人気があって。
こんなに笑顔で。
たくさんの人に愛されている人でも。
そんなこと思うのか。
「でもね」
莉犬は続けた。
「自分が自分を嫌いでも、誰かはきっと好きでいてくれるから」
その言葉が胸に刺さった。
瑛人は思わず涙を拭いた。
その夜。
瑛人は初めて勇気を出してコメントを書いた。
『学校つらいです』
送信ボタンを押した瞬間、後悔した。
変なことを書いたかもしれない。
無視されるかもしれない。
しかし数秒後。
莉犬がコメントを読んだ。
「学校つらいのかー」
瑛人の心臓が止まりそうになった。
「毎日頑張って偉いじゃん」
涙が滲む。
「今日も来てくれてありがとね」
それだけだった。
たったそれだけ。
でも瑛人には十分だった。
誰かに認めてもらえた気がした。
生きていていいと思えた。
その日から歌の練習を始めた。
毎日。
毎日。
喉が痛くなるまで。
泣きながら歌う日もあった。
自信をなくす日もあった。
それでも続けた。
ある夜。
瑛人は配信アプリで歌を投稿した。
聞いている人はたった一人。
二人。
三人。
それでも嬉しかった。
数日後。
見知らぬアカウントからメッセージが届く。
「歌を聴いて元気が出ました」
その文章を見た瞬間。
瑛人の目から涙が落ちた。
スマホの画面が滲む。
「僕なんかが……?」
何度も読み返した。
昔の自分を思い出した。
暗い部屋で泣いていた自分。
誰かの言葉に救われた自分。
そして今。
自分の言葉で救われた人がいる。
その日の夜。
配信を開くと莉犬が話していた。
「辛かった過去って消えないんだよ」
優しい声だった。
「でもさ、無駄にはならない」
コメント欄が流れる。
莉犬は続けた。
「過去に泣いた人は、誰かの涙を理解できるから」
瑛人は画面を見ながら泣いた。
自分の傷。
孤独。
苦しみ。
全部意味があったのかもしれない。
そう思えた。
配信が終わった後。
瑛人はノートを開いた。
震える手で書く。
「いつか僕も、人を救える歌を歌いたい。」
その文字を見つめながら、小さく笑った。
昔なら書けなかった夢だった。
でも今は違う。
少しだけ信じられる。
自分の未来を。
そして数年後。
その夢は、想像もしなかった形で叶うことになる。
だがその前に。
瑛人には人生最大の試練が待っていた。
本当の自分を隠し続けることに、限界が近づいていたのだ――。
読んでくれてありがとう
声をなくした少年④
高校一年生の春。
瑛人は周りから見れば普通の高校生だった。
学校へ行き。
授業を受け。
家へ帰る。
そして夜になると歌う。
だけど、本当は全然普通じゃなかった。
心の中には、ずっと抱え続けている苦しみがあった。
鏡を見るたびに思う。
「違う」
制服姿を見る。
「違う」
友達と話していても。
笑っていても。
心のどこかで苦しかった。
まるで、自分が自分じゃないような感覚。
その違和感は年々大きくなっていた。
ある日の夜。
瑛人は部屋で一人泣いていた。
理由なんて分からない。
でも苦しい。
息ができないほど苦しい。
スマホが光る。
莉犬の配信通知だった。
瑛人は開いた。
いつもの明るい配信。
みんな笑っている。
コメントも流れている。
でもその日、莉犬はふと真面目な顔になった。
「みんなさ」
静かな声だった。
「誰にも言えない悩みってある?」
コメント欄が一気に流れる。
『ある』
『言えない』
『怖い』
莉犬は小さく頷いた。
「だよね」
そして少しだけ笑った。
「俺もそうだったよ」
瑛人は息を呑んだ。
「自分のことを話したら嫌われると思ってた」
「受け入れてもらえないと思ってた」
「だからずっと隠してた」
瑛人の胸が苦しくなる。
まるで自分のことを言われているみたいだった。
「でもね」
莉犬は続ける。
「本当の自分を否定し続ける方が、もっと辛かった」
その瞬間。
瑛人の中で何かが崩れた。
配信が終わったあと。
部屋は静かだった。
でも心は嵐みたいだった。
「もう限界だ……」
何年も隠してきた。
何年も苦しんできた。
何年も一人で抱えてきた。
その夜。
瑛人はリビングへ向かった。
父と母がテレビを見ていた。
「話がある」
二人が振り返る。
心臓が壊れそうだった。
手が震える。
足も震える。
逃げ出したかった。
でも逃げなかった。
「僕……」
声が詰まる。
涙が出る。
「ずっと苦しかった」
母の顔が変わる。
「僕、本当の自分を隠して生きてきた」
涙が落ちる。
止まらない。
「嫌われるのが怖かった」
父は黙って聞いていた。
「でももう無理なんだ」
瑛人は泣きながら全部話した。
何年も抱えてきたこと。
孤独だったこと。
苦しかったこと。
消えたかった夜があったこと。
全部。
全部話した。
長い沈黙だった。
瑛人は俯いた。
怖かった。
否定されると思った。
怒られると思った。
すると。
母が抱きしめた。
「ごめんね」
震えた声だった。
「一人で抱えさせてごめんね」
瑛人の涙があふれる。
「辛かったよね」
母も泣いていた。
父も静かに言った。
「話してくれてありがとう」
その言葉を聞いた瞬間。
何年も背負ってきた重たい荷物が少し軽くなった気がした。
初めてだった。
本当の自分を話して。
受け止めてもらえたのは。
その夜。
部屋へ戻った瑛人は空を見上げた。
涙はまだ止まらなかった。
でも不思議だった。
悲しい涙じゃない。
救われた涙だった。
スマホを見る。
莉犬の配信アーカイブが残っている。
瑛人は小さく呟いた。
「ありがとう」
その言葉は届かないかもしれない。
でも確かに、あの日の配信が瑛人の人生を変えた。
そして数か月後。
瑛人は初めて大勢の前で歌うことになる。
しかしそのステージで、予想もしない出来事が待っていた——。
声をなくした少年⑤
家族に本当の気持ちを話した日から、瑛斗は少しずつ前を向けるようになった。
苦しみが消えたわけじゃない。
不安もある。
怖さもある。
でも、一人じゃなかった。
それだけで世界は少し違って見えた。
ある夜。
瑛斗は自分の机に座っていた。
目の前にはスマホ。
画面には配信アプリの画面が映っている。
指が震えていた。
「本当にやるのか……?」
何度も自分に聞いた。
もし誰も来なかったら。
もし笑われたら。
もし悪口を言われたら。
考え始めると止まらない。
しかし、その時だった。
机に置かれたノートが目に入る。
昔書いた夢。
『いつか僕も、人を救える歌を歌いたい』
瑛斗は深呼吸した。
そして。
配信開始ボタンを押した。
ピコン。
配信が始まる。
視聴者数。
0人。
胸が痛くなった。
「やっぱり無理かな……」
そう思った時。
数字が変わった。
1人。
瑛斗は目を見開く。
誰かが来てくれた。
たった一人。
でも嬉しかった。
「こ、こんばんは……」
緊張で声が震える。
コメントが流れる。
がんばれー
その一言だけで泣きそうになった。
しばらくして視聴者は3人になった。
5人になった。
10人になった。
決して多くはない。
でも瑛斗には奇跡だった。
「今日は歌います」
そう言って歌い始めた。
最初は震えていた声。
だけど途中から変わった。
苦しかった日々。
泣いた夜。
孤独だった時間。
救われた瞬間。
全部を歌に乗せる。
歌い終わる。
静寂。
瑛斗は下を向いた。
怖かった。
すると。
コメントが流れ始めた。
泣いた
声好き
気持ちが伝わった
また聴きたい
瑛斗の視界が滲む。
「ありがとう……」
声が震えた。
配信が終わった後も眠れなかった。
何度もコメントを読み返した。
その中に、一つだけ忘れられない言葉があった。
今日、消えたいと思ってた。
でもあなたの歌を聴いて、もう少し頑張ろうと思えました。
瑛斗は涙を流した。
昔の自分を思い出した。
暗い部屋。
泣いていた夜。
莉犬の配信。
救われた言葉。
そして今。
誰かが自分の歌で救われている。
「僕も誰かを助けられたんだ……」
その夜。
瑛斗は空を見上げながら小さく笑った。
「莉犬くん」
届かないかもしれない。
でも心の中で言った。
「あなたが救ってくれた命が、今度は誰かを救えました」
涙が頬を伝う。
だけどそれは、昔みたいな絶望の涙じゃなかった。
夢へ向かって歩き始めた人の涙だった。
しかし瑛斗はまだ知らない。
この小さな配信がきっかけで、ある日突然、多くの人に知られることになる。
そして――
憧れ続けた莉犬との運命的な出会いが待っていることを。
第六章 〜届いた一通のメッセージ〜 続く。
声をなくした少年⑦
瑛斗の配信は少しずつ大きくなっていた。
最初は1人。
次は10人。
そして100人。
気づけば毎日たくさんの人が来てくれるようになった。
ある日の配信。
瑛斗はいつものように歌っていた。
するとコメント欄が急に騒がしくなった。
本物?
え?
うそでしょ?
莉犬くんいる!?
瑛斗は意味が分からなかった。
「どうしたの?」
そう聞いた瞬間。
一つのコメントが流れた。
『歌うまいね。』
投稿者の名前。
莉犬くん。
瑛斗の頭が真っ白になった。
呼吸が止まりそうだった。
「えっ……」
画面を何度も見る。
間違いじゃない。
本物だった。
昔。
暗い部屋で泣いていた自分を救ってくれた人。
生きる理由をくれた人。
その莉犬が。
今、自分の配信を見ている。
瑛斗は泣きそうになるのを必死に我慢した。
「ありがとうございます……」
やっとそれだけ言えた。
配信後。
震えながらSNSを見る。
すると通知が届いていた。
莉犬くんからのメッセージだった。
配信見たよ。
気持ちの伝わる歌だった。
よかったら今度話そう。
瑛斗はスマホを落とした。
涙が止まらなかった。
ずっと画面の向こうにいた人。
会えるはずのない人。
憧れの人。
その人が自分を見つけてくれた。
数週間後。
瑛斗は緊張しながら東京へ向かった。
待ち合わせ場所。
足が震える。
心臓がうるさい。
すると。
向こうから赤い髪の青年が歩いてきた。
「瑛斗くん?」
優しい声だった。
瑛斗は固まった。
動画で何百回も聞いた声。
配信で何千回も聞いた声。
目の前にいる。
本当にいる。
「は、はい……」
莉犬は笑った。
「会いたかった!」
その言葉を聞いた瞬間。
瑛斗の目から涙がこぼれた。
慌てて顔を隠そうとする。
すると莉犬は優しく言った。
「いっぱい頑張ったんだね」
その一言だった。
瑛斗はその場で泣き崩れた。
学校で苦しかった日。
一人で泣いた夜。
消えたいと思ったこと。
配信を始めた日。
全てが頭に浮かぶ。
莉犬は何も笑わなかった。
何も否定しなかった。
ただ隣で聞いてくれた。
全部話し終わったあと。
莉犬は静かに言った。
「生きててくれてありがとう」
瑛斗は顔を上げた。
昔。
配信越しに聞いた言葉。
今度は目の前で聞いた。
「瑛斗くんの歌で救われてる人がたくさんいるよ」
「だから自信持って」
「君が泣いた日々は無駄じゃなかった」
瑛斗は大粒の涙を流した。
そして初めて思った。
苦しかった過去も。
傷も。
孤独だった時間も。
全部が今日につながっていたんだ、と。
夕暮れの空の下。
莉犬と瑛斗は並んで歩いた。
その背中はもう、昔の泣いてばかりいた少年ではなかった。
誰かを救うために歌う、一人の配信者になっていた。
第七章 〜初めてのステージ〜 へ続く。
声をなくした少年⑧
莉犬と出会ってから半年。
瑛斗の人生は大きく変わり始めていた。
配信にはたくさんのリスナーが来るようになった。
歌を投稿すれば感想が届く。
「元気をもらった」
「泣いた」
「明日も頑張れそう」
そんな言葉が増えていった。
それでも瑛斗は、自分に自信が持てなかった。
配信を切った後。
鏡を見る。
すると昔の自分がいる気がした。
教室で一人だった少年。
泣いてばかりいた少年。
「本当に僕が人を救えるのかな」
何度も思った。
そんなある日。
莉犬から連絡が来た。
『今度イベントあるんだけど出てみない?』
瑛斗はスマホを二度見した。
『え?』
『歌ってほしい』
心臓が止まりそうになった。
人前で歌う。
ステージに立つ。
それは夢だった。
でも同時に一番怖いことだった。
『無理です』
瑛斗は反射的に送った。
するとすぐ返信が来た。
『本当に?』
『みんな瑛斗くんの歌待ってると思うけどな』
瑛斗は言葉を失った。
その日の夜。
眠れなかった。
逃げたい。
でも挑戦したい。
朝になる頃。
瑛斗は一通だけメッセージを送った。
『やります』
送信ボタンを押した瞬間、手が震えた。
そして迎えた当日。
会場には大勢の人がいた。
ペンライトが光っている。
歓声が響いている。
楽屋で瑛斗は青ざめていた。
「無理だ……」
足が震える。
手も震える。
呼吸も苦しい。
その時だった。
トントン。
ドアが開いた。
莉犬だった。
「緊張してる?」
瑛斗は苦笑いした。
「めちゃくちゃです」
すると莉犬は笑った。
「俺もだよ」
「え?」
「今でも毎回緊張する」
瑛斗は驚いた。
何万人もの前で歌う人でも。
怖いんだ。
莉犬は続けた。
「でもさ」
「失敗してもいいじゃん」
瑛斗は顔を上げた。
「大事なのは上手く歌うことじゃなくて、届けることだから」
その言葉が胸に残った。
やがてスタッフが呼びに来た。
「瑛斗さん、本番です」
ついにその時が来た。
ステージへ向かう。
眩しい光。
大きな歓声。
足が震える。
だけど。
客席を見た瞬間。
一人の女の子が見えた。
うちわを持っていた。
そこにはこう書かれていた。
『瑛斗くんの歌に救われました』
瑛斗の目が潤む。
また別の人がいた。
『生きようと思えた』
もう駄目だった。
涙がこぼれた。
昔。
自分も同じだった。
誰かの言葉が欲しかった。
誰かに助けてほしかった。
そして今。
目の前には。
自分の歌で救われた人たちがいる。
瑛斗はマイクを握りしめた。
「今日は来てくれてありがとう」
声が震える。
「僕は昔、自分のことが大嫌いでした」
会場が静かになる。
「消えたいと思った日もありました」
涙が流れる。
「でも」
客席を見る。
「生きていてよかったです」
大きな拍手が起こる。
そして瑛斗は歌い始めた。
心を込めて。
魂を込めて。
泣いた夜も。
苦しかった日々も。
全部乗せて。
歌う。
歌う。
歌う。
曲が終わった時。
会場中が涙に包まれていた。
莉犬も袖から見ていた。
そして小さく笑った。
「本当に強くなったね」
その夜。
ステージを降りた瑛斗は空を見上げた。
昔。
真っ暗に見えた夜空。
今は違う。
たくさんの光があった。
まるで応援してくれる人たちみたいに。
その時、瑛斗はまだ知らなかった。
このライブ映像がネットで大きな話題になり、
彼の人生をさらに変える出来事が始まることを——。
第八章 〜瑛斗と莉犬の過去〜 続く。
声をなくした少年⑨
ライブが終わって数日後。
瑛斗は事務所の会議室に呼ばれていた。
そこには莉犬がいた。
でも、いつもと様子が違った。
どこか緊張している。
何かを決意したような顔だった。
「瑛斗くん」
莉犬が静かに言った。
「大事な話があるんだ」
瑛斗は首を傾げた。
「どうしたの?」
莉犬はしばらく黙っていた。
そして震える声で言った。
「実は俺たち……初めて会ったわけじゃないんだ」
瑛斗は意味が分からなかった。
「え……?」
莉犬はポケットから一枚の写真を取り出した。
古びた写真だった。
端が少し折れている。
そこには幼い子どもが二人写っていた。
一人は赤い服を着た男の子。
もう一人は少し小さな男の子。
瑛斗は息を呑んだ。
その小さい男の子は。
自分だった。
「な、なんで……」
指先が震える。
莉犬の目にも涙が浮かんでいた。
「俺たち……兄弟なんだ」
その瞬間。
世界の音が消えた。
兄弟。
その言葉が頭の中で何度も響く。
「うそ……」
瑛斗は立ち上がった。
「そんなはずない!」
莉犬は泣いていた。
「ごめん」
「本当にごめん」
震える声だった。
「俺も最近知ったんだ」
会議室は静まり返っていた。
昔。
家庭の事情で二人は離れ離れになっていた。
幼すぎてお互いの記憶も曖昧だった。
瑛斗は小さかった。
覚えていなかった。
でも莉犬は違った。
ぼんやりと。
弟がいた記憶だけが残っていた。
そして最近になって。
偶然。
昔の資料や写真が見つかった。
そこで真実を知った。
「あの日からずっと探してた」
莉犬は涙を流した。
「でも見つからなくて」
「まさか瑛斗くんだったなんて思わなかった」
瑛斗の視界が滲んでいく。
昔から感じていた不思議な安心感。
初めて会ったのに初めてじゃないような感覚。
全部。
全部つながった。
「兄ちゃん……」
気付けばそう呼んでいた。
莉犬の肩が震える。
「うん」
「兄ちゃんだよ」
その言葉を聞いた瞬間。
瑛斗は泣きながら抱きついた。
何年も。
何年も。
一人だと思っていた。
苦しい時も。
泣いていた時も。
本当は。
ずっと兄がいた。
会えなかっただけで。
莉犬も瑛斗を強く抱きしめた。
「生きててくれてよかった……」
その言葉に瑛斗は大声で泣いた。
今までの孤独。
悲しみ。
苦しみ。
全部が涙になって溢れた。
窓の外では夕日が沈み始めていた。
まるで運命が。
離れた兄弟を再び結びつけたことを祝福しているようだった。
そして二人は約束した。
これからは一人じゃない。
兄弟として。
仲間として。
たくさんの人に希望を届けていこう、と。
その日。
瑛斗は人生で初めて心から思った。
「あの苦しい過去にも意味があったんだ。」
声をなくした少年⑩
兄弟だった。
その事実を知った日から、瑛斗の世界はまた変わった。
ずっと一人だと思っていた。
でも違った。
会えなかっただけで。
ずっと兄がいた。
それから二人はよく会うようになった。
一緒にご飯を食べたり。
配信について話したり。
たわいもないことで笑ったり。
瑛斗にとっては全部新鮮だった。
ある日。
二人は夜の公園を歩いていた。
人はいない。
静かな夜だった。
「なぁ、兄ちゃん」
瑛斗が言った。
「ん?」
「なんで俺を探してくれたの?」
莉犬は少しだけ驚いた顔をした。
そして笑った。
「弟だから」
あまりにも当たり前みたいに言う。
「離れ離れになっても家族じゃん」
瑛斗の目が潤む。
「いつか会える気がしてたんだよね」
莉犬は空を見上げた。
「だから諦めなかった」
その言葉が胸に染みた。
瑛斗は泣きそうになる。
昔の自分なら信じられなかった。
学校で一人だった日。
消えたいと思った夜。
布団の中で泣いていた時間。
あの頃の自分に言ってあげたい。
「大丈夫だよ」
「未来には兄ちゃんがいるよ」
そう。
全部終わりじゃなかった。
物語は続いていた。
数か月後。
兄弟で初めての合同配信が決まった。
配信開始。
画面に二人が映る。
コメント欄は大騒ぎだった。
『兄弟かわいい!』
『泣いてる』
『本当に運命じゃん』
瑛斗は笑った。
昔なら考えられなかった。
人前で笑うことすら苦手だった自分が。
今はこんなにも幸せだった。
配信の最後。
莉犬が言った。
「最後に瑛斗、何か言う?」
突然振られて焦る。
でも瑛斗は少し考えてからマイクを握った。
「昔の僕は、自分なんて必要ないと思っていました」
コメント欄が静かになる。
「でも今は違います」
瑛斗は隣を見る。
莉犬が笑っていた。
「生きていたから出会えました」
「生きていたから夢を見つけました」
「生きていたから兄ちゃんにも会えました」
涙が溢れそうになる。
「だから今苦しい人にも伝えたいです」
深呼吸する。
「どうか諦めないでください」
「未来は、本当に変わります」
配信画面の向こうでは、たくさんの人が涙を流していた。
そして配信終了後。
莉犬がボソッと言った。
「かっこよくなったな、瑛斗」
「やめてよ兄ちゃん」
「本当のことだし」
二人は顔を見合わせて笑った。
窓の外には満天の星空が広がっていた。
あの頃。
真っ暗だと思っていた空。
でも本当は違った。
ずっとそこに光はあった。
見えなかっただけだった。
そして瑛斗は思う。
苦しかった過去も。
流した涙も。
消えたいと思った夜も。
全部。
今日という幸せに繋がっていたんだ、と。
読んでくれてありがとう